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8.グリア細胞と脳機能発現

2002年9月6日−9月7日
代表・世話人:井上芳郎(北海道大学大学院医学研究科)
所内対応教官:池中一裕

(1)
発達脳における放射状グリアの移動-第3報-
山田恵子(北海道大学大学院医学研究科生体構造解析学分野)
(2)
小脳グリア細胞の分化能
篠田陽子(理化学研究所脳科学総合研究センター)
(3)
発達期マウス体性感覚系におけるグルタミン酸トランスポーターGLT1の発現スイッチとバレル形成
高崎千尋(北海道大学大学院医学研究科生体構造解析学分野)
(4)
モノクロナール抗体を利用したアストロサイトの細胞系譜の解析
小川泰弘(生理学研究所神経情報研究部門)
(5)
マウス胎仔脳における中性アミノ酸トランスポーターASCT1の細胞発現
境 和久(北海道大学大学院医学研究科生体構造解析学分野)
(6)
「L-Serine合成酵素3PGDH遺伝子(Mouse 3PGDH)の転写調節機構の解析」
清水基宏(静岡県立大学薬学部/理化学研究所脳科学総合研究センター)
(7)
basic helix-loop-helix型転写因子Oligファミリーのニューロン,グリア分化における役割
竹林浩秀(生理学研究所神経情報研究部門)
(8)
培養アストロサイトにおける細胞内カルシウム動態のMAPキナーゼ経路による制御
本 孝則(東京薬科大学生命科学部生体高次機能学)
(9)
IP3 / Ca経路から見たアストロサイトとニューロンの比較
森田光洋(東京薬科大学生命科学部生体高次機能学)
(10)
培養アストロサイトにおけるNO産生経路の培養条件に伴った変換機構
小柄 渚(東京薬科大学生命科学部生体高次機能学)
(11)
神経系における4回膜貫通蛋白質CD9およびCD81の相補的分布と機能分担
石橋智子
(東京薬科大学薬学部機能形態学講座/生理学研究所神経情報研究部門)
(12)
脱髄モデルマウスへの神経幹細胞の移植
松本路生(生理学研究所神経情報研究部門)
(13)
FLRG(follistatin-related gene)mRNAとそのタンパク質産物の発現誘導
−特にtransforming growth factor-b1と脳障害との関連において
大澤良之(大阪大学大学院医学系研究科情報伝達医学専攻機能形態学)
(14)
けいれん重積発作後のミクログリア活性化と神経新生の経時的変化
久村隆二(藤田保健衛生大学総合医科学研究所難病治療共同研究部門/
名古屋大学大学院農学部)

【参加者名】
生田房弘(新潟脳外科病院),内山安男(大阪大・医),大澤良之(大阪大・医),渡辺雅彦(北大・医),山田恵子(北大・医),境和久(北大・医),高崎千尋(北大・医),森田光洋(東京薬科大・生命科学),本孝則(東京薬科大・生命科学),小柄渚(東京薬科大・生命科学),石橋智子(東京薬科大・薬),古屋茂樹(理研・脳科学研究セ),篠田陽子(理研・脳科学研究セ),久村隆二(藤田保健衛生大・総医研),萩原英雄(藤田保健衛生大・総医研),田中謙二(藤田保健衛生大・総医研),鹿川哲史(熊大・発生研),小野勝彦(島根医大・解剖),清水基宏(静岡県大・薬),吉田一之(東工大・連合農学研),高畑享(基生研),藤本一朗(生理研),竹林浩秀(生理研)

【概要】
 神経系の発達や機能調節において,グリア細胞が積極的に関与している実体が明らかになりつつある。本研究会では,形態学,病理学,生化学,生理学,分子生物学,発生工学,臨床医学などの幅広い分野でグリア研究に携わる若手研究者が一同に会し1)グリアの発生分化,2)グリア・ニューロンの構造機能連関,3)グリアを利用した遺伝子治療などに関する最新の研究成果を持ちより,情報交換をすることができた。また,グリア研究に造詣の深い研究者も参加し,若手研究者への助言や交流も図ることができた。

 

(1)発達脳における放射状グリアの移動-第3報-

山田恵子,渡辺雅彦(北海道大学大学院医学研究科生体構造解析学分野)
井上芳郎(北海道大学大学院医学研究科分子解剖学分野)

 放射状グリア(RG)は,ニューロンの産生と移動に関与し,その後星状膠細胞を産生する神経幹細胞と考えられている。しかし,RG自身の細胞移動については不明な点が多い。昨年度の本会において,私達は,RGに豊富な脳型脂質結合蛋白(BLBP)を細胞マーカーとして組織化学法を行った結果,BLBP発現細胞は活発なニューロン産生に引き続いて外套層に出現することを報告した。今回,この外套層出現がRGの細胞移動を反映しているかを検討する目的で,BrdU投与3時間後と2日後に固定して脳室層と外套層におけるBrdU陽性/BLBP陽性細胞数を計測した。BrdU陽性/BLBP陽性細胞の数は,ある時期までは脳室層にほぼ限局した分布を示した。しかし,延髄ではE14,小脳ではE15,大脳皮質ではE17-P1になると二重標識細胞は外套層に優勢な分布となった。以上の結果は,RGの外套層出現がこのグリアの細胞移動を反映していることを強く示唆する。

 

(2)小脳グリア細胞の分化能

篠田陽子,古屋茂樹,平林義雄(理化学研究所脳科学総合研究センター)

 近年,これまでグリア系譜の一部であると考えられてきた放射状グリアやアストロイサトが神経細胞とアストロサイトの両系譜を産生しうることが証明され,神経前駆細胞としての性質が注目されつつある。

 本研究では小脳由来のアストロサイトについて神経細胞への分化能の検討を行った。胎生21日ラット小脳から調製したアストロサイトを血清存在下で単層培養し低密度で2週間拡張すると,GFAPとGLASTを高頻度で発現し,神経細胞マーカーであるTuJ1の発現はほとんど見られなかった。これらを続けて高密度で培養するとTuJ1陽性細胞数が顕著に増加した。bFGFの添加はTuJ1陽性細胞の出現に影響を与えなかったが,bFGF処理後無血清条件で培養するとcalbindin陽性細胞が出現し,その一部にTuJ1を共発現する細胞が低頻度ながら観察された。これらの結果より,小脳アストロサイトは神経細胞へ分化する能力を維持している可能性が示された。

 

(3)発達期マウス体性感覚系におけるグルタミン酸トランスポーターGLT1の発現スイッチとバレル形成

高崎千尋,横山理恵子,境和久,渡辺雅彦
(北海道大学大学院医学研究科・生体構造解析学分野)

 グルタミン酸トランスポーターGLT1は成長軸索に一過性に発現後,星状膠細胞に発現スイッチすることが知られている。今回我々は,発達マウス脳におけるバレルの発達・形成とGLT1の発現スイッチとの関連性について,酵素組織化学,蛍光抗体法による二重染色,免疫電顕により検討した。その結果,生後第2週の前半で臨界期が終了する三叉神経核のバレレットでは,GLT1の発現スイッチは生後7日までに完了した。一方,生後6日には臨界期が終了する大脳皮質のバレルでは,発現スイッチは生後5日までに完了していた。以上の結果から,体性感覚系においてGLT1のニューロンから星状膠細胞への発現スイッチは脳幹および大脳皮質の両者で生後第1週に起こり,両者それぞれの臨界期終了に先立って,GLT1発現スイッチが完了した。これらの事実を考えあわせると,GLT1の発現スイッチは体性感覚系のシナプスモジュール構築の発達成熟,特に臨界期の終了と密接に連動して起こることが示唆された。

 

(4)モノクローナル抗体を利用したアストロサイトの細胞系譜の解析

小川泰弘(生理学研究所神経情報研究部門)

 哺乳動物の中枢神経系は,大多数を占めるアストロサイトの多様性により,極めて複雑に構築され,より高次な機能を獲得していると考えられる。それ故,アストロサイトの発生・分化及び多様性の存在等,その実体を明らかにすることは大変意義深い。

 我々はアストロサイト系譜を認識すると考えられる数種類のモノクローナル抗体から,免疫染色法を用いてより早期よりアストロサイト系譜を認識すると考えられる抗体をスクリーニングした。これらの内,放射状グリア細胞からアストロサイト系譜を認識するものが存在し,GLAST,Vimentinとは異なることが免疫染色,ウエスタンブロッティングより示された。さらにこれらの内1つはマウス胎生期12日目の結果よりGLASTの染色パターンと相補的となることから,放射状グリアの多様性を示す可能性がある。

 

(5)マウス胎仔脳における中性アミノ酸トランスポーターASCT1の細胞発現

境和久,清水秀美(北海道大学大学院医学研究科生体構造解析学分野)
古屋茂樹(理化学研究所脳科学総合研究センター)
渡辺雅彦(北海道大学大学院医学研究科生体構造解析学分野)

 L-セリンは,培養ニューロンに対して顕著な神経栄養効果を有している。L-セリン合成酵素3-phosphoglycerate dehydrogenase (3PGDH)の発現解析から,ニューロンにはセリン合成能がなく,脳内では専らグリア細胞が合成していることが示されている。マウス成熟脳では,L-セリン輸送能を持つ中性アミノ酸トランスポーターASCT1が3PGDH陽性のグリア細胞で優位な発現を示すことから,グリア産生セリンの輸送体として機能している可能性を前回報告した。今回我々は発達過程でのセリン輸送機構を明らかにする目的で,胎仔期および新生仔期マウス脳におけるASCT1の発現細胞について検討を行った。ASCT1の発現は脳では3PGDH陽性の放射状グリアに発現し,生後発達に伴い星状膠細胞へと受け継がれた。一方,ASCT1の著明な発現は3PGDH陰性の胎仔期血管内皮細胞にも認められたが,生後2週までにその発現は消失した。これらの結果は,血管由来およびグリア細胞由来のセリンが発達期脳の活発な成長を支えており,脳が成熟するにつれてグリア細胞がセリンの供給源となっていることを示唆する。

 

(6)L-Serine合成酵素3PGDH遺伝子(Mouse 3PGDH)の転写調節機構の解析

清水基宏(静岡県立大学薬学部/理化学研究所脳科学総合研究センター)
古屋茂樹,篠田陽子(理化学研究所脳科学総合研究センター)
吉田一之(理化学研究所脳科学総合研究センター/東京農工大・連合農学研究科)
三苫純也(The Burnham Institute)
平林義雄(理化学研究所脳科学総合研究センター)

 我々はこれまでにアストロサイト条件培養液中の神経栄養活性因子としてL-Serineを同定し,さらにL-Serine生合成経路の第一段階酵素である3PGDH (3-phosphoglycerate dehydrogenase)がアストロサイト特異的に発現している事を示してきた。そこで3PGDH遺伝子の中枢神経系での発現制御機構を明らかにする事を目的として,マウスの3PGDH遺伝子を単離し,そのpromoter活性をReporter gene assayによって解析してきた。これまでに培養アストロサイトにおけるルシフェラーゼの発現は翻訳開始点から上流約1.8 kbの5’-flanking sequenceによって活性化されることを見いだしており,そのような活性化は神経細胞やメラノーマ細胞(MEB4)においては起こらないことを確認している。今回さらに以下のような知見を得た。1)翻訳開始点から-1792〜-1095間の約700bpを欠失させるとアストロサイトにおけるルシフェラーゼの発現は大幅に低下する。2)この700bpの配列はアストロサイトの核蛋白質と特異的に結合するelementを含む。以上の結果から,翻訳開始点から-1792〜-1095の配列を認識する転写因子との相互作用によって3PGDH遺伝子のアストロサイト特異的な転写活性化が促進されている可能性が強く示唆された。

 

(7)basic helix-loop-helix型転写因子Oligファミリーのニューロン,グリア分化における役割

竹林浩秀,池中一裕(生理学研究所神経情報研究部門)

 Oligファミリーは,最近同定された新しいbasic helix-loop-helix型転写因子ファミリーである。Olig1, Olig2はオリゴデンドロサイト特異的な分化因子として最初に報告されたが,我々は,Olig2の発現を詳細に解析することにより,Olig2は運動ニューロンの分化にも関わっている可能性を指摘した。この仮説は,ニワトリ神経管におけるOlig2の異所性発現の実験からも支持された。しかしながら,胎生期脊髄では,Olig1, Olig2は,ほぼ同様の発現パターンを示し,異所性発現でも活性を区別することができないので,実際の発生においてOlig1, Olig2のどちらが,より重要な働きをしているのかは,ノックアウトマウスの作製にて検証する必要がある。今回,我々は,Olig2ノックアウトマウスを作製し,その表現型解析から,Olig2が運動ニューロン,オリゴデンドロサイトの発生に必須の因子であることを証明した。

 

(8)培養アストロサイトにおける細胞内カルシウム動態のMAPキナーゼ経路による制御

本 孝則,工藤佳久,森田光洋(東京薬科大学生命科学部生体高次機能学)

 これまでに私達は培養アストロサイトにおけるカルシウム振動が成長因子(GF; EGF+bFGF)と炎症性サイトカイン(Cytok; IL1b,TNFa,LPS等)によって競合的に制御されていることを示してきた。今回,この現象がMAPキナーゼ経路の最下流に位置する転写制御に対する競合であり,細胞内カルシウムストアのサイズ調節を介してカルシウム振動を誘発していることを示す。GFはERKのリン酸化,egr-1遺伝子の発現誘導などMAPキナーゼ経路を介した現象を活性化するが,CytokはGFによるERKのリン酸化に影響を与えない一方でegr-1遺伝子の転写誘導を阻害した。また,イオノマイシン処理による細胞内ストアからのカルシウム放出量を測定し,細胞内カルシウムストアのサイズを推定したところ,GFがこれを増加させる一方でMEK阻害剤U0126とCytokはGFの効果を抑制した。

 

(9)IP3 / Ca経路から見たアストロサイトとニューロンの比較

森田光洋,吉木文人,須々木仁一,土屋礼美,工藤佳久
(東京薬科大学生命科学部・生体高次機能学)

 Phospholipase C (PLC)の活性化に伴うinositol 1,4,5-trisphosphate (IP3)の産生はIP3受容体を活性化し,細胞内ストアーからのカルシウム放出を引き起こすと一般には考えられている。しかしPLCβに共役するmGluR5やショウジョウバエ由来のオクトパミン受容体を活性化させた場合,アストロサイトではカルシウムオッシレーションを含む多様な細胞内カルシウムの動態が見られるのに対してニューロンのカルシウム応答を検出することは困難である。今回われわれはアストロサイト,ニューロン,PC12h,HEK293などの細胞においてカルシウムイメージング,IP3イメージング,パッチクランプなどの実験的検討を行い,IP3 / Ca経路の実際の動態を比較検討した。これによりIP3産生経路のカルシウム依存性,細胞の膜電位に与える影響などが細胞ごとに異なることが明らかにンなったのでこれを報告する。

 

(10)培養アストロサイトにおけるNO産生経路の培養条件に伴った変換機構

小柄 渚,工藤佳久,森田光洋(東京薬科大学生命科学部生体高次機能学)

 アストロサイトは脳傷害時に一酸化窒素(Nitric Oxide; NO)を産生することが知られている。本研究では培養アストロサイトがNOを産生するために必要な培養条件の検討を行った。その結果,LPSと炎症性サイトカインがそれぞれ異なった培養条件下でNO産生を誘導することを見出した。LPSは播種時の初期密度を一定以上にした場合のみNO産生を誘導した。この条件下のアストロサイトは細胞面積の減少が見られた。一方,炎症性サイトカインは,低濃度血清(1%FCS)条件下でIL1β,TNFα,IFNγを同時に処理することでNO産生を誘導した。LPS,サイトカインに対する応答性をNFkBなどのレポータージーンアッセイにより検討したところ,NO産生条件に関わらず応答が見られた。これは受容体発現量などには変化がないことを示している。また,NOの産生はiNOSタンパク質の発現上昇を伴っていた。以上のことから培養アストロサイトは培養条件によりiNOS遺伝子の発現制御のメカニズムを変化させることが明らかになった。

 

(11)神経系における4回膜貫通蛋白質CD9およびCD81の相補的分布と機能分担

石橋智子(東京薬科大学薬学部機能形態学講座/生理学研究所神経情報研究部門)
池中一裕(生理学研究所神経情報研究部門)
丁 雷,井上芳郎(北海道大学大学院医学研究科分子解剖学分野)
林 明子(東京薬科大学薬学部機能形態学講座)
目加田英輔(大阪大学微生物病研究所)
馬場広子(東京薬科大学薬学部機能形態学講座)

 軸索上を伝わる活動電位の発生には電位依存性チャネルが重要な役割を担っていることがよく知られている。近年,この軸索上のチャネル分子の局在は軸索周囲を取り囲む髄鞘の存在によりダイナミックに変化し,特に軸索と髄鞘が直接結合するパラノードと呼ばれる領域形成が重要であることが明らかとなり,パラノード構成分子も次第に解明されつつある。しかしながら,どのようなメカニズムで軸索側および髄鞘形成グリア細胞側の分子がパラノードに正確に運ばれるのか,また両分子がパラノードでどのように相互作用しジャンクション形成しているのか詳細は明らかにされていない。

 我々はこれまでに髄鞘最外層に存在する4回膜貫通蛋白質(TM4SF)CD9がパラノードにも局在し,CD9欠損マウス(KO)の解析よりCD9がパラノード形成および軸索上のチャネル局在に重要な役割があることを示唆する結果を得ている。しかしながらCD9KOにおけるこれら異常は個体間および部位により程度が様々であった。一般的にTM4SFは他のTM4SFを含む様々な分子と複合体を形成し細胞間シグナル伝達において重要な役割を担っていることが知られている。以上のことを考え合わせると,神経系においてもCD9以外にも他のTM4SF分子が存在し,互いに機能し合っている可能性が考えられた。そこで,TM4SFの中でCD9に最も性質の類似しているCD81の神経系における分布を詳細に検討した。結果,CD81が髄鞘に存在すること,CD9がCNSよりもPNSに優位に存在するのに対して,CD81はPNSよりもCNSに優位に存在することを明らかにした。さらにCNSの中でもCD9とCD81の分布は相反する傾向を認めた。またCD81KOのCNSでは,CD9KO同様パラノードに存在する膜蛋白の局在異常が認められた。これらの結果から神経系ではCD9,CD81という2つの異なったTM4SFがそれぞれ部位特異的に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 

(12)脱髄モデルマウスへの神経幹細胞の移植

松本路生,竹林浩秀(生理学研究所神経情報研究部門)
鹿川哲史(熊本大学発生医学研究センター)
Francois Lachapelle,Anne Baron-Van Evercooren(INSERM U546, France)
池中一裕(生理学研究所神経情報研究部門)

 多発性硬化症(MS)をはじめとする脱髄性疾患の治療法として,神経幹細胞の移植が注目されている。我々はこれまでにPLP遺伝子を過剰発現させた自発性の脱髄モデルマウスPLP-4eTgマウスを作製した。MSを始めとする脱髄性疾患の治療に役立てる目的で,PLP-4eTgマウスに神経幹細胞を移植し,ミエリンが再生されるかどうかを検討した。移植には全ての体細胞でGFPを発現させたグリーンマウスより調整した細胞を用いた。正常なPLP遺伝子を持つグリーンマウスの胎生14日胚前脳のganglionic eminenceよりneurosphereを作製し,それらを脱髄の進行した8か月齢のPLP-4eTgマウスのcorpus callosumに移植した。移植後20日目に,移植した細胞の一部がオリゴデンドロサイトに分化している事が分かった。また,オリゴデンドロサイトに分化した細胞の中には,ミエリンを形成していると思われるものもあった。

 

(13)FLRG(follistatin-related gene)mRNAとそのタンパク質産物の発現誘導−特にtransforming growth factor-β1と脳障害との関連において

大澤良之,内山安男(大阪大学大学院医学系研究科情報伝達医学専攻機能形態学)

 TGFβスーパーファミリーの一つであるアクチビンは,中胚葉誘導作用や個体発生に関与すると共に,脳障害時における神経細胞死を抑制する因子として報告されてきた。フォリスタチンはアクチビンと結合してその活性を抑制する分子として知られているが,近年,フォリスタチンと類似した構造を有する因子としてFLRG(follistatin-related gene, Oncogene, 1998)が同定された。フォリスタチンファミリー分子とアクチビンとの結合/非結合のバランスは細胞の分化増殖,そして組織の修復機構に重要であると考えられている。そこで,我々は脳組織におけるFLRGの機能解析を行なうため,培養神経細胞,アストログリアにおけるFLRG遺伝子およびタンパク質の発現を詳細に解析した。また脳障害モデルを作製し,FLRGの発現様式を検索した。その結果,FLRGはTGFβ1依存性にアストログリアから分泌され,さらに脳障害モデルにおいてFLRG遺伝子の発現が誘導され,肥大化したアストログリアに局在することが分かった。

 

(14)けいれん重積発作後のミクログリア活性化と神経新生の経時的変化

久村隆二,萩原英雄(藤田保健衛生大学総合医科学研究所難病治療共同研究部門/
名古屋大学大学院農学部)
中野紀和男(名古屋大学大学院農学部)
田中謙二(藤田保健衛生大学総合医科学研究所難病治療共同研究部門/
慶應義塾大医学部)
澤田 誠(藤田保健衛生大学総合医科学研究所難病治療共同研究部門)

 けいれん刺激によって海馬歯状回や側脳室脳室帯において細胞新生が増加することが報告されている。本研究では,nestinプロモータ依存性にEGFPを発現するトランスジェニックマウス(nestin-EGFP mouse) 8週齢を用い,けいれん刺激前後における海馬歯状回のEGFP陽性細胞数とBrdU陽性細胞数および,GFAP,Vimentin,F4/80陽性細胞数の変化を調べた。けいれん刺激は,ピロカルピン(muscarinic acethylcholine receptor agonist)の腹腔内単回投与し,けいれん重積発作を示したものについて解析を行った。けいれん刺激4日後では対照に比べてEGFP陽性細胞数,BrdU陽性細胞数に有意な差は見られなかったが,7日後ではいずれも有意に増加した。一方,GFAP,Vimentin陽性細胞数にはけいれん刺激による変化はみられなかったが,活性化ミクログリアのマーカーであるF4/80は刺激後1日から強い染色像を示し,これが刺激後7日まで持続した。以上のことから,ミクログリアはけいれん刺激後早期から活性化し,けいれん刺激後の細胞新生に対して何らかの役割を担っていることが予想された。

 


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