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10.ATP受容体の生理機能の解明

2002年8月29日8月−30日
代表・世話人:井上和秀(国立医薬品食品衛生研究所)
所内対応者:井本敬二

(1)
基調講演:グリア細胞とATP
高坂新一(国立精神神経センター神経研究所代謝研究部)
(2)
ミクログリアのTNF産生誘導におけるATP受容体サブタイプの役割とシグナル制御
鈴木智久,井戸克俊,秀 和泉,仲田義啓
(広島大学大学院医歯薬学総合研究科薬効解析)
(3)
ATPによるグリア細胞でのケモカイン産生誘導
南 雅文,中村美香,片山貴博,伊藤美聖,佐藤公道
(京都大学薬学研究科生体機能解析学分野)
(4)
ミクログリアP2Y6受容体の薬理学的解析
重本(最上)由香里1,小泉修一1,溝腰朗人1,2,檜槇大介1,2,井上和秀2
1国立医薬品食品衛生研究所薬理,2九大院分子制御)
(5)
小腸絨毛上皮下線維芽細胞の機械受容とATP
古家喜四夫1,古家園子2,曽我部正博1,31科学技術振興事業代細胞力覚,
2生理学研究所形態情報解析,3名古屋大学医学生理)
(6)
グリオーマ細胞からの細胞膨張性グルタミン酸放出と細胞外ATPによる制御
挾間章博(統合バイオサイエンスセンター)
(7)
ATP刺激で引起される知覚神経終末シュワン細胞のカルシウム波
岩永ひろみ,葉原芳昭北海道大学大学院医学研究科生体機能構造学
北海道大学大学院獣医学研究科比較形態機能学)
(8)
アストロサイトからの自発的ATP放出とシグナル伝達制御
小泉修一1,藤下加代子1,2,井上和秀1,2
1国立医薬品食品衛生研究所薬理,2九州大学大学院薬分子制御)
(9)
HEK293細胞に発現させたecto-ATPaseおよびecto-apyraseの性質と
 P2受容体シグナリングにおよぼす影響
松岡 功,熊坂忠則,木村純子(福島県立医科大学医学部薬理学講座)
(10)
ラット脳におけるアデニン結合サイトの解析
渡辺 俊1,2,池北雅彦2,中田裕康1
1都神経研生体機能分子,2東京理科大理工応用生物科学)
(11)
孤束核ネットワーク情報処理とP2X受容体
繁冨英治,加藤総夫
(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター
神経科学研究部神経生理学研究室)
(12)
ATP受容体による脂肪細胞のmembrane ruffling
尾松万里子,松浦 博(滋賀医大第二生理)
(13)
PC12細胞のATP産生能に及ぼすアデニン化合物の影響
 藤森廣幸,芳生秀光(摂南大学薬学部衛生分析化学研究室)
(14)
ラット脳スライス標本からのATP放出反応の性質
小野委成,松岡 功,木村純子(福島県立医科大学医学部薬理学講座)
(15)
ヒト表皮ケラチノサイトの内在性ATP誘発細胞間Ca2+wave伝播の解析
藤下加代子1,2,小泉修一1,最上由香里1,井上かおり3,小濱とも子1,井上和秀1,2
1国立医薬品食品衛生研究所薬理,2九州大学大学院薬理分子制御,
3資生堂Research Center)
(16)
Angiotensin II によるATP放出へのイノシトール3−リン酸系シグナルの関与
Lou Guangyuan,佐藤千江美,桂木 猛(福岡大医薬理)
本多健治(同薬生体機能制御)
(17)
痛みと後根神経節細胞からのヌクレオシド,ヌクレオチド放出機構
中谷直美1,2, 長井 薫1,西崎知之1,太城力良2
(兵庫医科大学1生理学第二講座,2麻酔科学教室)
(18)
P2Y受容体による心筋緩除活性型遅延整流性K+チャネル(IKs)の制御機構 
−ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)の関与−
丁 維光,豊田 太,尾松万里子,松浦 博(滋賀医科大学第二生理)
(19)
海馬錐体細胞の興奮性におよぼすATPの相反的影響
川村将仁1,田中淳一2,加藤総夫3
1慈恵医大薬理学第1,2総研大院,3慈恵医大神経生理)
(20)
麻酔下ウサギ迷走神経性呼吸反射におよぼす孤束核P2X受容体遮断の影響
高野一夫1,加藤総夫2
1慈恵医大薬理学第2,2慈恵医大総合医科研神経生理)
(21)
大腸癌細胞に対するATPの細胞増殖抑制作用の検討
西藤 勝1,2,長井 薫,西崎知之,中川一彦,山村武平
(兵庫医科大学生理学第二講座,外科学第二講座)
(22)
ラット腎メサンギウム細胞におけるP2X7受容体活性化を介する細胞死
原田 均,月本光俊,五十里 彰,高木邦明,祐田泰延
(静岡県立大薬学部産業衛生学教室)

【参加者名】
井上和秀(国立医薬品食品衛生研究所),岩永ひろみ(北大医),木村純子,松岡功,小野秀成,熊坂忠則(福島医大医),田村誠司(山之内製薬),加藤総夫,繁冨英治,川村将仁,高野一夫,津氏典子,池田亮,山崎弘二(慈恵医大),中田裕康,渡辺俊(東京都神経研),池北雅彦(東京理科大理工),小泉修一,重本由香里,溝腰朗人,藤下加代子,篠崎陽一,多田薫,戸崎秀俊,檜槇大介(国立医薬品食品衛生研究所),高坂新一,佐々木洋(精神神経センター神経研),保田慎一郎(三菱ウェルファーマ),栗原琴二(明海大歯),原田均(静岡県立薬大薬),古家喜四夫,F. Lopez-Redondo(科技団「細胞力覚プロジェクト」),柴田あずみ(名大医),富永真琴(三重大医),下条雅人(ファイザー製薬),吉岡和晃(金沢大医),尾松万里子,丁維光(滋賀医大),井上和子(立命館大理),藤森廣幸(摂南大薬),山下勝幸(奈良医大医),南雅文(京大薬),西崎知之,西藤勝,中谷直美,長井薫(兵庫医大),仲田義啓,秀和泉,鈴木智久,井戸克俊(広島大医総合薬学),桂木猛,Lou Guangyuan(福岡大医),挾間章博(統合バイオ),松下かおり,佐々木幸恵,井本敬二(生理研)

【概要】
 ATP受容体はイオンチャネル型であるP2X受容体と代謝調節型(G蛋白共役型)であるP2Y受容体に分類され,それぞれ7種及び10種類のサブタイプがすでにクローニングされている。ATP受容体は多種多様の組織,細胞系に発現し,神経伝達,疼痛発生,炎症反応,細胞増殖などの重要な生理機能を担っていることが,ようやく明らかになりつつある。しかし,その受容体機能および組織分布の多様性のために,研究者は各研究領域に分散しており,既存の一つの学会では総合的な情報交換ができない。このような現状に鑑み,本研究会の第一の目的は,生理学,薬理学をはじめとする広範な領域から研究者を集め,相互に最新のデータと情報を交換し,研究の進展を図れるような場を提供することであり,第二に,最近特に注目されている分野に集中して議論を深めその研究を促進させることであった。研究会の内容はこれらの目的にかなった総合的なものとなるが,最近のホットな話題に関しては特別セッション「グリア細胞におけるATP受容体機能の解明」を設け,ミクログリアやアストロサイトでのATP受容体の役割,ならびにグリア細胞・ニューロン間の情報伝達分子としてのATPの役割等について議論を展開した。

 

(1)基調講演:グリア細胞とATP

高坂新一(国立精神神経センター神経研究所代謝研究部)

 グリア細胞は脳内において,ニューロンの約10倍という数が存在するにも関わらず,長年にわたりニューロンの単なる支持細胞と考えられていた。しかしこの四半世紀における研究の進展により,グリア細胞の機能が次第に明らかにされつつある。ミエリン形成細胞としてのオリゴデンドロサイトはさておき,アストロサイトの機能は多岐にわたっており,恒常性の維持,血液脳関門,物質代謝,神経栄養因子の分泌などニューロンの機能に密接したものである。また第3のグリア細胞であるミクログリアも脳内におけるスキャベンジャー細胞としての機能に加え,免疫応答や損傷修復作用が注目されている。更に,最近になりグリア細胞に各種神経伝達物質の受容体やトランスポーターが発現していることが明らかにされたり,グルタミン酸など刺激によりアストロサイトにおいてカルシウムオシレーションが観察されるに至り,神経情報処理にもグリア細胞が関与する可能性が示唆され多くの研究者にとって注目を集めている。

 我々の研究室に於いてもミクログリアが神経伝達物

 質の一つ,あるいはモデュレーターと考えられているATPに対して様々な反応を示すことを明らかにしてきた。例えば,ATPはミクログリアからのプラスミノーゲン(PGn)の分泌を促進したり,ミクログリアに対する走化性を示すことが判明した。さらにATPはミクログリアからのTNFやインターロイキン6(IL-6)の分泌を促進することも報告されている。このようにATPはアストロサイトのみならずミクログリアに対しても多種多様な作用を示すが,この反応の多様性は細胞に発現しているATP受容体の種類によって一義的に調節されていることが明らかにされつつある。例えばPGnの分泌はイオンチャネル型であるP2X7によって,又,走化性はG蛋白共役型であるP2Y12によって担われている。TNFやIL-6の分泌に関しても,それぞれに関与する受容体が判明している。かように神経伝達物質あるいはモデュレーターであるATPはニューロンとグリア細胞との間のクロストークの主な担い手であると言っても過言ではなく,今後の研究の進展が期待される。

 

(2)ミクログリアのTNF産生誘導におけるATP受容体サブタイプの役割とシグナル制御

鈴木智久,井戸克俊,秀 和泉,仲田義啓
(広島大学大学院医歯薬学総合研究科薬効解析)

 我々はこれまでに,脳ミクログリアのATP誘発性TNF産生におけるMAPキナーゼ(ERKおよびp38)の役割を検討し,ERKはTNF遺伝子転写を,p38はTNF転写後の過程を制御すること,さらにP2X7受容体はERKではなくp38の活性化のみに関与することを報告してきた。一方JNKはERK,p38とともにMAPキナーゼの重要なメンバーである。この酵素はATPによって活性化されP2X7受容体遮断薬Brilliant Blue G(BBG)により抑制されることから,p38と同様P2X7受容体の制御を受けると考えられる。そこで,ごく最近開発されたJNK特異的阻害薬(SP600125)を用いてATP誘発性TNF産生に対する影響を検討した。その結果,SP600125はATPによるTNF遊離およびTNFmRNA発現を部分的に抑制したことから,P2X7受容体はJNKを介してTNF遺伝子転写にも関与することが示された。

 さらに,P2X7はイオンチャネル型受容体でありながら,p38やJNKの活性化はCa2+流入には依存しない。最近イオンチャネル型受容体とチロシンキナーゼ(PTK)の会合が報告されたことから,P2X7受容体がPTKを介してTNF産生を制御する可能性を検討した。PTK阻害薬であるgenisteinはATPによるTNF遊離を濃度依存的に抑制し,またATPによるERKの活性化には影響を及ぼすことなく,p38およびJNKの活性化を強く抑制した。従って,P2X7受容体からp38およびJNK活性化にPTKが関与することが示された。さらに,SrcファミリーPTK選択的阻害薬PP2,およびSrcファミリーPTKの制御に関わる分子シャペロンHsp90の特異的阻害薬geldanamycinはいずれもTNF遊離を抑制した。P2X7受容体には特異的な長いC末構造があり,最近,この部分がイオンチャネル機能とは独立したシグナル伝達の足場となることが明らかにされつつある。さらのHsp90がこのC末に会合する分子の一つであることも報告された。従って,P2X7受容体はC末へのHsp90/SrcファミリーPTKの会合を介してJNK,p38活性化を引き起こし,TNF産生を誘導する可能性が示唆された。

 

(3)ATPによるグリア細胞でのケモカイン産生誘導

南 雅文,中村美香,片山貴博,伊藤美聖,佐藤公道
(京都大学薬学研究科生体機能解析学分野)

 脳内ケモカインの産生調節機構を明らかにするため,ラット培養グリア細胞を用いて,monocytechemoattrac- tant protein-1 (MCP-1)およびcytokine-induced neutrophil chemoattractant-1 (CINC-1)のmRNA発現および各蛋白の培養上清への遊離に対するATPの効果を検討した。ATP処置により,培養アストロサイトおよびミクログリアにおいてATP濃度依存的なMCP-1およびCINC-1のmRNA発現が惹起された。また,アストロサイトにおいてMCP-1およびCINC-1の培養上清への遊離量が,ミクログリアにおいてCINC-1の遊離量が増加した。さらに,これらATPにより誘導されるケモカインmRNA発現に関与するP2受容体のサブタイプ同定を目的として,各種P2受容体アゴニストを用いて検討を行った。その結果,細胞種およびケモカインの種類により,異なる組み合わせの受容体サブタイプがmRNA発現誘導に関与している可能性が示された。

 単離・培養したグリア細胞ではすでにある程度の活性化が起こっており,無処置群においてもケモカインの産生が検出される。そこで,よりインビボに近い培養系として脳切片スライス培養系を用い,ケモカイン産生に対するATP受容体刺激の効果を検討した。ラット新生児脳より調製した大脳皮質-線条体を含む培養組織切片にATPγS(300μM)を処置したところMCP-1の産生誘導が認められた。MCP-1産生細胞はグリア細胞と考えられる形態を有していた。現在,蛍光免疫二重染色により産生細胞の同定を行っているところである。

 

(4)ミクログリアP2Y6受容体の薬理学的解析

重本(最上)由香里1,小泉修一1,溝腰朗人1,2,檜槇大介1,2,井上和秀2
1国立衛研薬理,2九大院分子制御)

 ミクログリアは脳の病態時や損傷時に活性化し神経組織の再生修復など,さまざまな役割を果たしている。この活性を制御する主要な伝達系として近年,P2レセプターが注目されている。これまでに,ミクログリアにはイオンチャネル型のP2X7と,G‐蛋白共役型のP2Y2,Y12が存在し,ケミカルメディエーターや炎症性サイトカインの産生,ケモタキシスの誘導を引き起こすことが報告されている。しかしながら,このほかにミクログリアに発現するP2レセプターおよびその機能については,いまだ明らかになっていない。

 本研究では,RT−PCRおよび,DNAチップ法を用い,ラット初代培養ミクログリアに発現している他のP2受容体の解析を試みた。ラットミクログリアには,これまでに報告されていたレセプターに加え,P2Y6受容体mRNAが大量に発現していることが明らかとなった。P2Y6は1995年にはじめてクローニングされたUDPをアゴニストとするGq/11共役型受容体である。UDPは,濃度依存的にミクログリアのCa2+上昇およびMAPKの活性を引き起こし,これらの反応はP2Y6 antisense oligonucleotideおよびP2Y6アンタゴニスト(reactive blue2)によって顕著に抑制された。以上の結果からミクログリアに機能的なP2Y6が発現していることがはじめて示唆された。現在ミクログリアにおけるP2Y6の生理的役割について検討しているが,そのひとつとして,ミクログリアのファゴサイトーシス活性の増強が確認されたので本研究会にて報告する。

 

(5)小腸絨毛上皮下線維芽細胞の機械受容とATP

古家喜四夫1,古家園子2,曽我部正博1,3
1科学技術振興事業代細胞力覚,2生理学研究所形態情報解析,
3名古屋大学医学生理)

 小腸絨毛上皮下線維芽細胞(Subepithelial Fibroblasts)は,上皮基底層直下で互いに突起を伸ばしネットワークを形成している。この細胞系はGap結合および細胞外の物質を介して互いにコミュニケートするとともに,平滑筋や血管にも突起を伸ばしている。私たちはこの細胞の培養に成功し,この細胞がエンドセリン(ET-1,3),ATP,をはじめ,血管作動性,神経作動性の多様な生理活性物質に対する受容体を持つとともに,細胞内cAMP濃度に応じて,扁平な形(扁平状)から星型の形(星状)へ形態を変化させることをすでに明らかにした。これらの性質及び形態は脳のアストロサイトと,発生の起源は異なるが,極めてよく類似しており,脳機能に果たすアストロサイトと同様,この細胞系は,細胞間情報伝達を制御することにより腸の機能に関わっていると考えられる。この1つの細胞を細いガラスピペットで触るといった機械的刺激を与えると,ATPの放出とP2Y受容体(P2Y1)の活性化による細胞間Ca2+波が発生した。また伸展機械刺激にも応答し,細胞内Ca2+上昇とともに強度依存的にATPが放出されることをルシフェレース反応を用いて明らかにした。これら機械的刺激に対する応答性は,dBcAMP処理によって扁平状から星状へと形態変化させた細胞では抑制されていた。この時,機械刺激によるATP放出量の減少ばかりでなく,個々の細胞でのATPに対する反応性の低下もみられた。この星状の細胞にET(1-10nM)を投与すると,扁平状の形態に戻るとともに機械刺激に対する応答性も回復した。このように小腸絨毛下線維芽細胞は各種活性物質によってその形や性質を変えることにより,ネットワークの機械的性質や物質の透過性を制御していると考えられる。また,伸展刺激によるATP放出は,絨毛の動きに応じるメカノセンサーとしての機能が示唆される。

 

(6)グリオーマ細胞からの細胞膨張性グルタミン酸放出と細胞外ATPによる制御

挾間章博(統合バイオサイエンスセンター)

 低浸透圧刺激により細胞は速やかに膨張するが,その際に種々のアミノ酸の放出が起こることは既に知られている。しかし,それらの分子の膜透過経路については,明らかにされていない。我々は,グルタミン酸に着目して低浸透圧性膨張に伴うグルタミン酸放出経路の同定を目指している。まず,グルタミン酸脱水素酵素とNADに対する発色基質を用いて,1μM以上の濃度のグルタミン酸をプレートリーダを用いて容易かつ迅速に測定できるシステムを確立した。このシステムを用いて,グリオーマ細胞株C6からの低浸透圧性グルタミン酸放出を測定した。低浸透圧刺激(200mOsm)をC6に与えると,細胞外液のグルタミン酸は刺激前の数μMから,10μM以上にまで増大する。このグルタミン酸放出は,16℃から36℃までの温度変化による影響をあまり受けなかった。この結果は,グルタミン酸がトランスポータや開口放出の経路で放出されるのでなく,チャネルにより放出されることを示唆する。また,グルタミン酸の膜透過路の候補であるCl-チャネルの阻害剤を加えてもグルタミン酸放出は抑制されなかった。さらに,これまで,低浸透圧性ATP放出を抑制することが知られているGd3+を加えてもグルタミン酸放出は抑制されなかった。また,グルタミン酸放出はATP受容体阻害薬であるsuramin,あるいはATP加水分解酵素apyrase投与により抑制され,さらに等浸透圧条件下で細胞外にATPを投与しただけでグルタミン酸放出が起こることを見出した。これらの結果から,C6より放出されるグルタミン酸は,Cl-チャネルでもなくATP透過路とも別の透過経路より細胞外に放出され,その放出に細胞外ATPが関与することが示唆された。

 

(7)ATP刺激で引起される知覚神経終末シュワン細胞のカルシウム波

岩永ひろみ,葉原芳昭
北海道大学大学院医学研究科生体機能構造学,
北海道大学大学院獣医学研究科比較形態機能学)

 知覚神経終末のシュワン細胞は,丸い細胞体から複数の突起を異なるニューロンに向かってのばす点,これらの突起で互いにつながり合い,網をなす点で,脳のアストロサイトに似る。私たちは,ラット頬髭の知覚装置である槍型神経終末を,随伴するシュワン細胞の網工とともに膜片標本として分離し,蛍光性カルシウム指示薬を用いた画像解析を行なって,この終末シュワン細胞が,アストロサイトと同様,ATP刺激に対し代謝型プリン受容体P2Yを介した細胞内Ca2濃度の上昇を示すことを見出した。 今回は,この応答が細胞内を伝播する様子を観察した。蛍光顕微鏡で10秒間隔で記録したカルシウム画像では,終末シュワン細胞の細胞内Ca2+濃度は,10µMから1mMのATP灌流刺激に反応して一過性上昇を示し,同一細胞での反応開始は,細胞体よりも,軸索終末に伴行する突起で先行する傾向がみられた。共焦点顕微鏡による0.5-1.0秒間隔の記録では,100 µM ATPで刺激した終末シュワン細胞のCa2+濃度に,しばしば,約20秒周期のスパイクが認められた。このカルシウム振動は,同じ細胞に由来する突起間で,波形が異なり,同期性も認められなかった。また,カルシウム波は,突起の遠位側から細胞体に向かって伝播した。これらの観察結果は,ATP刺激による終末シュワン細胞のカルシウム振動が,異なる軸索終末に随伴する突起でそれぞれ独自に,多焦点性に生じ,それが細胞体に伝わることを示唆する。中枢神経系では,ATPに対するアストロサイトの興奮性が,細胞自身の突起形成や近接ニューロンの活動調節に関わると予測されている。末梢知覚装置の終末シュワン細胞の興奮性が,同様の意義をもつ可能性について考察する。

 

(8)アストロサイトからの自発的ATP放出とシグナル伝達制御

小泉修一1,藤下加代子1,2,井上和秀1,21国立衛研薬理,2九大院薬分子制御)

 昨年の本研究会で,astrocytesは機械刺激に応答して,ATPを放出すること,このastrocytes由来ATPが,[1]astrocytes間Ca2+wave伝播を形成していること,[2]近傍神経細胞の興奮性シナプス伝達をダイナミックに制御していることを報告し,ATPを仲介役とした“tripartite synapse(pre-, post-及びastrocyteが作るperi-synapse)仮説”を提唱した。この仮説は,シナプス外に漏れた神経伝達物質が周囲のastrocytesを刺激し,astrocytesがATPを放出し,近傍シナプス活動にフィードバック制御をかける,というものである。しかし,ラット海馬神経−グリア共培養細胞では,astrocytesはtetrodotoxinで神経活動を遮断した場合でもCa2+wave伝播が観察され,またastrocytesのみの培養系でもCa2+waveが観察された。またこれらの自発的Ca2+wave伝播の多くはapyrase及びsuraminで消失した。従ってastrocytesは神経活動に依存しない,自発的ATP放出機構を有していることが示唆された。神経−グリア共培養細胞における自発的興奮性シナプス伝達はapyraseにより増強された。以上,astrocytesは自発的ATP放出によりシナプス伝達を恒常的に制御していること,astrocytesのより積極的なシナプス伝達制御機構の存在が示唆された。さらにastrocytesからのconstitutive ATP放出が他の受容体を介する細胞内シグナル伝達に与える影響に関しても報告する。

 

(9)HEK293細胞に発現させたecto-ATPaseおよびecto-apyraseの性質と
P2受容体シグナリングにおよぼす影響

松岡 功,熊坂忠則,木村純子(福島県立医科大学医学部薬理学講座)

 今日,多くの種類のecto-nucleotidaseが同定されているが,各酵素のATP分解酵素としての特性や,P2受容体を介する反応におよぼす影響は良く知られていない。そこで,ATP分解の活性が高く,各組織に広範に分布しているecto-ATPaseおよびecto-apyraseのcDNAをHEK293細胞に発現させ,その性質を調べた。HEK293細胞では内因性のATP分解活性はほとんど見られなかった。Ecto-ATPaseおよびecto-apyraseを発現させた細胞は,非常に高いATP分解活性を示し(ATP 100mMを基質とした場合,105細胞存在下のATPのt1/2は約40秒),各々ADPおよびAMPが産生された。両酵素のKmは約2mMと高く,広範囲な濃度のATPを効率良く分解すると考えられた。P2受容体アゴニストのうちATPの安定誘導体として用いられるabMeATP,bgMeATP,AppNHpおよびATPgSは両酵素によりほとんど分解されなかったが,2MeSATPはATPと同様に分解された。P2受容体阻害薬として用いられるスラミン,PPADS,Cibacron blueはecto-ATPase活性を30-40%抑制したが,ecto-apyraseに対する抑制作用は弱かった。P2受容体の研究に用いられる色素系化合物の中ではエバンスブルーが最も強力な阻害作用を示した。また,ATP分解阻害剤として市販されているARL67156はecto-ATPaseよりecto-apyraseを強く抑制した。HEK293細胞をATPで刺激すると内因性のP2Y受容体を介して細胞内Ca2+濃度の上昇が認められるが,ecto-ATPaseやecto-apyraseを発現させた細胞では最大応答の大きさは小さくなるものの,用量作用曲線が左にシフトしATPの反復刺激に対しても受容体の脱感作が生じにくいことが示唆された。

 

(10)ラット脳におけるアデニン結合サイトの解析

渡辺 俊1,2,池北雅彦2,中田裕康1
1都神経研生体機能分子,2東京理科大理工応用生物科学)

 プリン化合物の一種であるアデニンのもつ新規な生理作用として,ラット小脳皮質プルキンエ細胞を分散培養に移した際におこる細胞死を強く抑制することを見出した(渡辺ら,細胞生物学会,2001,生化学会,2001)。この細胞死の抑制機構として,新規なアデニン受容体を介する可能性が考えられるため,今回はラット脳中におけるアデニン結合サイトの存在を[3H]アデニンをリガンドとした結合実験で明らかにすることを目的とした。ラット全脳から調整した膜画分を[3H]アデニンと反応後,ポリエチレンイミンコートされたガラスフィルターを用いて濾過により膜結合アデニンを分離し,細胞膜への[3H]アデニン結合量を測定した。また,過剰の非標識アデニンの添加により非特異的結合を算出した。その結果,ラット脳膜画分には可逆的に結合する[3H]アデニン結合サイトが存在しており,KdとBmaxはそれぞれ約156nM,16.3pmol/mg proteinであった。この結合はプリン,2,6-ジアミノプリン,4-アミノピラゾロ[3,4-d]ピリミジンにより阻害されたが,グアニン,ヒポキサンチン,キサンチン,ウラシル,シトシン,チミン塩基をもつプリンやピリミジンによっては阻害されなかった。また,アデノシンによっても部分的に阻害を受けたが,アデノシン受容体特異的リガンドであるNECAや,ヌクレオチドトランスポーター阻害剤であるNBTIによっては阻害を受けなかった。一方でラット脳内分布を調べたところ,このアデニン結合サイトは大脳皮質よりむしろ小脳に多く存在していた。以上のことから,ラット脳の膜画分中にアデニン塩基に特異的な可逆的結合サイトが存在することが明らかとなった。

 

(11)孤束核ネットワーク情報処理とP2X受容体

繁冨英治,加藤総夫
(東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター神経科学研究部神経生理学研究室)

 求心性自律情報の中継・統合核である孤束核は,グルタミン酸作動性ならびにGABA作動性の小型介在ニューロン,および,コリン作動性あるいはカテコラミン作動性などの大型出力ニューロンからなる階層的ネットワークから構成されている。我々は,細胞外ATP(10-4M)が孤束核小型ニューロンへのグルタミン酸放出頻度を増加する事実を示したが(Kato & Shigetomi, J. Physiol., 2001),孤束核ネットワークにおける細胞外ATPの機能的意義を確定するためには,P2X受容体活性化がグルタミン酸以外の伝達物質,特にGABAの放出にも影響を及ぼすのか否かを検証する必要がある。そのために,幼若ラット脳幹冠状断スライスの孤束核大型ニューロンからkynureic acid,strychnineおよび8-cyclopenty1 -1,3-dipropylxanthine存在下にGABA作動性抑制性シナプス後電流(IPSC)を導出してP2X受容体作動薬の影響を観察した。ATPおよびa,b-methyleneATPは,小型ニューロン微小EPSC頻度を有意に増大する濃度(10-4M)において,自発IPSCの頻度に影響せず,微小IPSCの頻度にも影響しなかった。高濃度ATP(10-3M)はATP受容体電流を誘発したが,微小IPSC頻度には影響しなかった。以上より,孤束核における細胞外ATP濃度上昇は,抑制性シナプス伝達に影響せずに,興奮性シナプス伝達をシナプス前性機構を介して選択的に促進することによって,ネットワークの興奮性を高進させることが示唆された。

 

(12)ATP受容体による脂肪細胞のmembrane ruffling

尾松万里子,松浦 博(滋賀医大第二生理)

 多くの細胞において細胞内Ca2+ストアからのCa2+遊離を惹起する最も主要なメッセンジャーはGタンパク連関型受容体などの刺激で産生されたイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3)である。IP3によって引き起こされるCa2+放出はストアを枯渇させ,それに伴い容量性Ca2+流入機構が活性化されることが知られている。我々は,ラット褐色脂肪細胞において,細胞外ATPが(1) P2受容体を介して容量性Ca2+流入を抑制すること,(2)細胞骨格アクチンを細胞膜周辺に厚く再重合させること,(3)アクチンの脱重合剤であるサイトカラシンDで細胞を処理するとATPによるアクチンの再重合も容量性Ca2+流入阻害も起こらないことを見出し,P2受容体刺激による容量性Ca2+流入阻害は細胞膜近傍におけるアクチンの再重合による可能性が高い事を報告した。

 今回,マウス由来の分化誘導型白色脂肪細胞である3T3-L1細胞を用いてATP受容体刺激による細胞骨格の変化を観察したところ,未分化の3T3-L1線維芽細胞においても,分化誘導後の3T3-L1脂肪細胞においても細胞外ATPによってアクチンフィラメントの分布が著しく変化し,細胞膜がラッフリングを起こしていることがわかった。このP2受容体を介する細胞膜ラッフリングについて,その細胞内情報伝達機構および容量性Ca2+流入阻害との関係について検討する。

 

(13)PC12細胞のATP産生能に及ぼすアデニン化合物の影響

藤森廣幸,芳生秀光(摂南大学薬学部衛生分析化学研究室)

【目的】細胞外のアデニン化合物の生理的意義解明の一端として,ラット褐色細胞腫由来PC12細胞の細胞内アデニン化合物,特に,ATP含量変動に及ぼすアデノシン(Ado)及びその関連化合物の影響を検討した。

【方法】Locke’s液に溶かしたAdo等の化合物をPC12細胞に加え,一定時間後,細胞内の酸可溶性物質を抽出した。酸可溶性画分中のアデニン類は標識試薬クロロアセトアルデヒドで蛍光化した後,陰イオン交換樹脂を用いるHPLC法により測定した。

【結果及び考察】PC12細胞にAdoを加えると細胞内のATP量は有意に増加したが,ATP,ADPあるいはAMPを加えても細胞内のATP量は変化しなかった。P1受容体のagonistであるCCPA, CGS21680, NECAあるいはCHAを細胞に加えても,細胞内のATP量は変化しなかった。P1受容体の拮抗薬theophyllineはAdoによる細胞内ATP含量増加作用を阻害しなかった。AdoのATP産生促進効果はAdo取り込み阻害剤dipyridamole及びAdo deaminase阻害剤coformycin共存下でさらに上昇したが,Ado kinase阻害剤iodotubercidinにより阻害されなかった。Glucose-free Locke’s液中のPC12細胞にAdoを加えると,glucoseを含む場合と同様に,細胞内のATP含量は増加した。PC12細胞にinosineを加えると,細胞内のATP量は増加し,その効果はAdoの場合と,ほぼ同程度であった。

 以上の結果より,PC12細胞の細胞外液に加えたAdoはAdo kinaseではなくhypoxanthine-guaninephosphori- bosyltransferaseによるAdoのsalvage系を介して細胞内のATPの産生を促進することが示唆された。

 

(14)ラット脳スライス標本からのATP放出反応の性質

小野委成,松岡 功,木村純子(福島県立医科大学医学部薬理学講座)

 中枢神経系には多くのATPの受容体サブタイプの分布が認められているが,ATPの放出動態の詳細については不明な点が多い。そこで,ラット脳スライス標本を用いて,ATPの放出反応の特徴を検討した。Wistar系雄性ラット(3-16 W)の脳から作製した大脳皮質,線条体,視床下部および小脳のスライス標本を灌流装置に保持しKrebs-Ringer液で表面灌流した。薬物は灌流液中に添加し,2本の白金電極を介して電気刺激を行った。灌流液中に放出されたATPをルシフェリン・ルシフェラーゼ法で測定した。ラット脳各部位のスライス標本にKCl (60 mM)を作用させると潅流液中のATPが増加したが,その量は非常に少なかった。一方,標本に電気刺激(2-50 Hz,0.5-2.5 ms)を与えると,刺激頻度,刺激強度に依存して著明なATP遊離が認められた。刺激条件を2 Hz, 1 ms, 2分間とし各部位からのATP放出量を比較すると,視床下部が最も多く,小脳では少なかった。以下,視床下部を用いて電気刺激によるATP放出の性質を検討した。視床下部からのATP放出はテトロドトキシン(1mM)の前処置では消失しなかったが,Clチャネル阻害薬(NPPB,100mM)の前処置で完全に抑制され,灌流液中のNaClをメタンスルホン酸に置換するとATP放出はほぼ完全に消失した。また,生理的緩衝液に用いられるHEPESやTrisは,電気刺激によるATP放出を強力に抑制した。さらに,ニコチン(10mM)存在下では電気刺激によるATP放出は,大脳皮質において増強が認められたが,線条体および視床下部では減弱した。以上の結果から,電気刺激によるラット脳スライス標本からのATP放出反応にはClチャネルが関与するとともに,他の神経伝達物質により調節される可能性が示唆された。

 

(15)ヒト表皮ケラチノサイトの内在性ATP誘発細胞間Ca2+wave伝播の解析

藤下加代子1,2,小泉修一1,最上由香里1,井上かおり3,小濱とも子1,井上和秀1,2
1国立衛研薬理,2九大院薬理分子制御,3資生堂Research Center)

 近年,中枢及び末梢における情報伝達物質としてのATPの役割が注目されるようになってきている。表皮細胞であるケラチノサイトにおいても,以前からATPにより細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)が一過性に上昇すること(J. Clin. Invest., 90(1),42-51, 1992),細胞損傷時(Trends Pharmacol. Sci., 19, 99-107, 1998)だけでなく正常時においてもケラチノサイトからATPの放出がみられること(Br. J. Pharmcol. 127, 1680-1686, 1999)が示されており,表皮の恒常性調節に果たすATPの役割が注目されている。

 今回我々はヒト表皮ケラチノサイトに注目し,fura-2法を用いた[Ca2+]i測定により,ケラチノサイトには機能的P2受容体が発現することを確認した。また,単一ケラチノサイトを局所的に機械刺激すると,周囲のケラチノサイト間にCa2+waveの伝播が惹起されること,この伝播がケラチノサイトに由来するATPの放出および拡散にるものであることを見い出した。ギャップ結合はケラチノサイト間の情報伝達を担うと言われているが(Carcinogenesis, 15(9), 1859-1865, 1994),阻害剤を用いた検討から,Ca2+waveの伝播に対するギャップ結合の寄与は小さいことが示された。この内在性ATPに起因するCa2+wave形成の薬理学的,生理学的性質から,ケラチノサイトにおけるCa2+wave伝播の主たる責任受容体はP2Y2受容体であることが明らかとなった。ケラチノサイトにおける[Ca2+]i上昇はその分化および増殖に関与すると言われており(J. Cell. Physiol., 134, 229-237, 1988; Br. J. Dermatol., 132, 892-896, 1995),機械刺激を始めとする様々な外部刺激に対する,ケラチノサイト間の液性情報伝達物質としてのATPの役割の重要性が示唆された。

 

(16)Angiotensin II によるATP放出へのイノシトール3−リン酸系シグナルの関与

Lou Guangyuan,佐藤千江美,桂木 猛(福岡大医薬理)
本多健治(同薬生体機能制御)

 ATPは神経伝達物質の他にオートクリン/パラクリン物質として働き,広汎な細胞機能の調節因子であると考えられている。本研究ではAngiotensin II(Ang II)の培養結腸紐平滑筋細胞からのATP放出作用に対してどのような細胞内シグナルが関与しているかについて検討がなされた。

 Ang II(0.3−1mM)は著明なATP放出を引き起こすが,これはPD123319(AT2−アンタゴニスト)でなくSC52458(AT1−アンタゴニスト)で特異的に拮抗された。このATP放出はニフェジピン(Ca2+チャネルブロッカー)で影響されず,U‐73122(phospholipase C阻害薬)で著しく抑制された。さらに細胞内Ca2+キレート剤であるBAPTA/AMおよび小胞体のCa2+ポンプ阻害薬のthapsigarginにより明らかに拮抗された。しかし,低浸透圧刺激によるATP放出を抑制するといわれるCl−チャネルブロッカーのDIDSやglibenclamideによって,Ang IIによるATP放出は全く影響されなかった。Ang IIは10mMでもLDHを細胞外へ漏出させなかった。またAng II(1mM)は同細胞においてSC-52458で拮抗されるIns(1,4,5)P3の産生増加を引き起こした。従ってAng IIによるATP放出にはIns(1,4,5)P3受容体刺激による細胞内Ca2+シグナルの関与が考えられる。

 

(17)痛みと後根神経節細胞からのヌクレオシド,ヌクレオチド放出機構

中谷直美1,2 長井 薫1 西崎知之1 太城力良2
(兵庫医科大学1生理学第二講座,2麻酔科学教室)

 後根神経節にP2X受容体が発現しているが,その受容体を活性化するATPがどこから放出されているか不明である。末梢神経損傷時に,交感神経の軸索発芽がみられ軸索終末部が後根神経節内に至ることが報告されている。我々は,後根神経節内に投射した交感神経が後根神経節細胞に作用してATPを放出しているのではないか,という仮説をたてた。この仮説を証明するために,胎生17日目ラット後根神経節細胞を初代培養し,ノルアドレナリン添加後に放出されるATP量をHPLCを用いて分離定量した。その結果,ノルアドレナリンは後根神経節細胞からのATP放出を刺激する,ことが判明した。さらに,ノルアドレナリンはADP,AMP,アデノシンの放出も促進していた。このように,後根神経節P2X受容体は交感神経刺激により後根神経節細胞から放出されるヌクレオシド/ヌクレオチドによって活性化され,それが疼痛増強に関与しているのかもしれない。現在,培養後根神経節細胞にwhole-cell patch-clampを施行し,ノルアドレナリン刺激によりP2X受容体反応が得られるかどうか検討中である。本研究結果は,痛みと交感神経の関与を示唆している。

 

(18)P2Y受容体による心筋緩除活性型遅延整流性K+チャネル(IKs)の制御機構
−ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PIP2)の関与−

丁 維光,豊田 太,尾松万里子,松浦 博(滋賀医科大学第二生理)

 遅延整流性K+チャネル(IK)は活動電位の再分極過程を制御する重要な電流系であり,電気生理学的・薬理学的特性の異なった2つの電流成分,すなわち急速活性型(IKr)と緩除活性型(IKs)から成る。G蛋白共役型ATP受容体(P2Y)刺激はモルモット洞房結節,心房筋,心室筋細胞のIKsに増大作用をおよぼすことが知られているが,その細胞内機構は十分には明らかにされていない。本研究ではモルモット洞房結節細胞および心房筋細胞に全細胞型パッチクランプ法を適用して,細胞膜PIP2の関与について検討した。1)細胞外ATPによるIKsの増大作用はホスフォリパーゼCのブロッカーであるU-73122 (1mM)により抑制された。2)細胞膜PIP2含量を減少させるwortmannin (50mM)を電極から細胞内に負荷すると,IKsは徐々に増大していった。3)細胞内にPIP2 (100mM)を直接負荷するとIKsは著明に減少していった。4)細胞内にPIP2 (100mM)を負荷した細胞においては,細胞外ATP (50mM)によるIKsの増大作用はほとんど消失した。これらの実験結果から,細胞膜PIP2はIKsチャネルに対して抑制性作用をおよぼし,ATP受容体刺激にともなう細胞膜PIP2の減少がIKsの増大に結びついている可能性が示唆された。さらに,PIP2のもつ陰性荷電をうち消すことが知られているneomycin (50mM)やAl3+イオン(50mM)を細胞内に負荷してもIKsの増大が観察されたため,PIP2のもつ陰性荷電がIKsの増大反応に関わっているものと思われた。

 

(19)海馬錐体細胞の興奮性におよぼすATPの相反的影響

川村将仁1,田中淳一2,加藤総夫3
1慈恵医大薬理学第1,2総研大院,3慈恵医大神経生理)

 海馬には各種プリン受容体ならびにATPからアデノシンへの細胞外変換酵素系が豊富に発現している。現在までの多くの知見は培養海馬細胞において得られており,海馬ネットワークの情報処理,特に,シナプス伝達の制御において,これらの細胞外プリン関連機能分子群が果たす役割はまだ確定していない。この問題に答えるために我々は,幼若ラット海馬冠状断スライス標本におけるシナプス電流をパッチクランプ法により記録した。

 ネットワーク全体の活動を維持するため,受容体チャネル遮断薬の非存在下に,CA3錐体細胞から自発性興奮性および抑制性シナプス後電流(それぞれEPSCおよびIPSC)を弁別的に同時記録した。ATP(0.1-1 mM)はEPSC頻度を減少させ,高濃度(1 mM)では,同時にIPSC頻度を増加した。前者の効果はDPCPX(1µM)により消失し,後者はPPADS(40µM)により抑制された。アデノシンは,EPSC頻度の減少のみを,また,α,β-methylene ATP (1 mM)は,IPSC頻度の増加のみを引き起こした。これらの効果はtetrodotoxin存在下には観察されなかった。また,ATPとアデノシンは外向き電流を誘発した。CA3近傍の上昇層介在ニューロンの中にATP誘発内向き電流を示す細胞が見い出された。

 以上の結果は,ATPが,(1)P2X受容体の活性化を介して抑制性介在ニューロンを興奮させ,(2)アデノシンへの加水分解後シナプス前A1受容体の活性化を介して興奮性入力を減少させ,さらに,(3)A1受容体の活性化により錐体細胞を過分極させるという3つの異なる機序により錐体細胞の興奮性を低下させる,と解釈される。本機構は虚血や低酸素時におけるCA3錐体細胞の過剰興奮を抑制する役割があると考えられる。

 

(20)麻酔下ウサギ迷走神経性呼吸反射におよぼす孤束核P2X受容体遮断の影響

高野一夫1,加藤総夫21慈恵医大薬理学第2,2慈恵医大総合医科研神経生理)

 孤束核P2X受容体の活性化はシナプス前性機構によって興奮性シナプス伝達を促進する(Kato and Shigetomi, J Physiol, 2001)。呼吸運動のリズムは,下部脳幹に局在する中枢性呼吸リズム形成機構によって自動的に形成されているが,この呼吸リズムを修飾する最も重要な求心性入力は,迷走神経を求心路として孤束核に至る肺伸張受容器からの入力であり(Takano and Kato, J Physiol, 1999),その1次求心性線維から2次ニューロンへの神経伝達はグルタミン酸を介している。そこで,肺伸張受容器反射の発現における孤束核P2X受容体の関与を検討した。

 麻酔下,非動化・人工呼吸管理下に適正呼気炭酸ガス濃度下に維持したウサギから横隔膜神経遠心性活動を記録し,中枢性呼吸リズムを解析した。左右いずれかの一側性迷走神経低頻度刺激は,いずれも吸息促進反射を誘発した。一側の孤束核尾側へのPPADS(50 nmol / rabbit)微量注入は,注入と同側の迷走神経低頻度刺激による吸息促進反射を1時間以上にわたり消失させたが,対側の迷走神経の刺激効果には影響を及ぼさなかった。迷走神経高頻度刺激によって生じる吸息抑制は,同側,対側によらず影響を受けなかった。等量のPBS微量注入による吸息促進反射の抑制は一過性であった。また,迷走神経無傷下にno-inflationにより誘発される吸息促進反射は,一側の孤束核内へのPPADS微量注入によっては影響を受けなかったが,対側孤束核へのPPADS追加注入によって消失した。以上の結果は,孤束核内のP2X受容体が求心性入力の頻度に依存して活性化され,興奮性シナプス伝達を修飾することによって呼吸反射の発現に関与している可能性を示している。

 

(21)大腸癌細胞に対するATPの細胞増殖抑制作用の検討

西藤 勝1,2,長井 薫1,西崎知之1,中川一彦1,山村武平2
(兵庫医科大学1生理学第二講座,2外科学第二講座)

 近年,様々な細胞において細胞外ヌクレオチドがプリン受容体を介し細胞増殖調節に関与するという報告がある。本研究は,消化器癌モデルとして大腸癌細胞株Caco-2を用いて細胞増殖に対するATPの効果を判定し,消化器癌治療薬としてのATPの可能性について検討した。培養Caco-2細胞にATP (1 mM)を48時間以上処理した時,有意に細胞生存率が減少した。ATP処理後の細胞はHoechst33342染色に反応せず,ATPの効果はCaspase阻害剤で抑制されなかった。この結果は,ATPによる細胞生存率はアポトーシスによるものでないこと,を示している。細胞周期をS期で止めるアフィデイコリン存在下でATPの効果は認められなかった。このことから,ATPはCaco-2細胞の増殖抑制により細胞生存率を減少させることが判明した。P2受容体アンタゴニストであるSuraminはATPの効果を阻害したが,PPADSは影響を与えなかった。また,ab-methylene ATPはATPと同様に細胞生存率を減少させたが,bg-methylene ATPあるいはUTPでは効果がなかった。以上の結果は,ATPがP2X受容体シグナルを介してCaco-2細胞増殖を抑制する,ことを示唆している。このATPの作用は大腸癌の治療に応用できるかもしれない。

 

(22)ラット腎メサンギウム細胞におけるP2X7受容体活性化を介する細胞死

原田 均,月本光俊,五十里 彰,高木邦明,祐田泰延
(静岡県立大薬学部産業衛生学教室)

 腎糸球体内メサンギウム細胞は糸球体毛細血管の構造維持,平滑筋機能による糸球体濾過の調節や食作用,生理活性因子の産生などの役割を担っている。また,アポトーシスによる細胞死が糸球体障害の発症,進展および治癒過程において重要とされている。我々はラット腎由来メサンギウム細胞においてP2X7受容体アゴニスト2'-&3’-O-(4-benzoyl-benzoyl)-ATP(BzATP)がDNA合成抑制および細胞死を誘導することを報告している[1]。BzATPはHL-60細胞やヒト好中球で活性酸素種の産生を誘導する[2]。また,メサンギウム細胞において活性酸素種がTNF-aによる細胞死の二次メッセンジャーとして働いているとの報告もある[3]。

 そこで,ラットメサンギウム細胞におけるBzATPによる活性酸素種産生について活性酸素種反応性蛍光指示薬H2DCF-DAを用いて解析した。BzATP処置により濃度依存的な活性酸素種の産生が認められた。各種活性酸素産生系阻害薬の中でNADPHオキシダーゼ阻害薬がこの活性酸素種の産生を最も強く抑制した。次いで,活性酸素種およびその供与体のDNA合成ならびに細胞死に及ぼす影響を調べた結果,スーパーオキサイドアニオンにBzATPに似た作用が認められた。

 以上の結果から,メサンギウム細胞においてP2X7受容体活性化による細胞死において産生されるスーパーオキサイドアニオンが二次メッセンジャーとして働いている可能性が示された。

【参考文献】

  1. Harada, H., Chan, C.M., Loesch, A., Unwin, R., and Burnstock, G. (2000) Kidney Int., 57, 949-958
  2. Suh, B.C., Kim, J.S., Namgung, U., Ha, H., and Kim, T. (2001) J. Immnnol. 166, 6754-6763
  3. Moreno-Manzano, V., Ishikawa, Y., Lucio-Cazana, J., and Kitamura, M. (2000) J. Biol. Chem. 275, 12684-12691

 


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