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11.興奮性組織のイオン調律性制御メカニズム

2002年8月1日−8月2日
代表・世話人:井本敬二

(1)
カルシウム流入からカルシウムシグナリングへ:
     心筋興奮収縮連関における制御機構
赤羽悟美(東京大学大学院薬学系研究科)
(2)
心筋細胞のストア依存性Ca2+流入
竹島 浩(東北大学大学院医学系研究科)
(3)
ペースメーカーモデル細胞再構築の試み:
リアノジン受容体およびCa2+依存性K+チャネル強制発現HEK293細胞における自発性Ca2+遊離とイオンチャネル活性制御機構
後藤隆代1,山田亜紀1,我謝徳一1,大矢 進1
村木克彦1,Wayne Chen2,今泉祐治1
1名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞分子薬効解析学分野,
2カナダ・カルガリー大学医学部生化学・分子生物学教室)
(4)
Na,K-ATPaseα2サブユニット遺伝子欠損ヘテロマウスにおける不整脈
川上 潔(自治医科大学分子病態治療研究センター)
(5)
Na,K-ATPaseα2サブユニット遺伝子は発生と情動行動に関与する
池田啓子(自治医科大学分子病態治療研究センター)
(6)
ATP感受性K+チャネルによる細胞興奮性の制御機構
三木隆司(千葉大学大学院医学研究院細胞分子医学,千葉大学遺伝子実験施設)
(7)
輸送体を取り巻くタンパク質間相互作用の探索
金井好克(杏林大学医学部)
(8)
TRPチャネルによるイオン調律機構とその意義
森 泰生(統合バイオサイエンスセンター)
(9)
TRP蛋白質ホモログTRPC6およびTRPC7のCaによる制御機構
井上隆司,史 娟,1森 泰生,伊東祐之
(九州大学大学院医生体情報薬理,1統合バイオサイエンス生命環境)
(10)
P型Ca2+チャネル変異マウスのシナプス伝達
井本敬二1,2,松下かおり1
1生理学研究所液性情報,2総合研究大学院大学生命科学)
(11)
マウスプルキンエ細胞から単離した新規Cav2.1スプライスバリアントはP型Ca電流を生じない。
 常深泰司,三枝弘尚,石川欽也,永山 真,村越隆之,水澤英洋,田邊 勉
(東京医科歯科大学脳神経機能病態学,東京医科歯科大学高次機能薬理)
(12)
R型Caチャネルの機能的多様性−精子における生理機能−
田邊勉(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
認知行動医学系高次機能薬理学分野)
(P-1)
Ca2+-induced Ca2+release(CICR)制御におけるCa2+チャネルのCa2+依存性不活性化機構の役割
高松 肇,赤羽悟美(東京大学大学院薬学系研究科)
(P-2)
ラット心筋細胞L型カルシウムチャネルのPKAリン酸化制御におけるbサブユニットの役割
名黒 功,赤羽悟美(東京大学大学院薬学系研究科) 

【参加者名】
竹島浩(東北大医),川上潔,池田啓子(自治医科大医),三木隆司(千葉大医),赤羽悟美,高松肇,名黒功(東大薬),田邊勉,水澤英洋,石川欽也,常深泰司,融衆太(東医歯大医),金井好克(杏林大医),山本伸一郎(昭和大),今泉祐治,波多野紀行,森村浩三,坂本多穂,堀田真吾(名市大薬),中山晋介,柴田貴広(名大医),井上隆司,史娟(九州大医),森泰生,岡村康司,岩崎広英,村田喜理,西田基宏,原雄二,吉田卓史,山田和徳(統合バイオ),中井淳一,大倉正道,宮田麻理子,井本敬二(生理研)

【概要】
 神経・筋・分泌組織の興奮性はイオンの動きに基づく。これらの興奮性組織が調和の取れた持続的な活動を保つためには,高度な制御が必要であるが,その分子細胞的基盤に関する知見は乏しい。細胞の集団としての活動を,分子のレベルから統合的に理解することは容易なことではない。本研究会では,骨格筋,平滑筋,心筋,神経細胞,分泌細胞という多様な興奮性組織の研究者が,調律的活動制御機構に関し,細胞内・細胞間分子メカニズム,発生過程,障害と疾患という観点から各々の研究を紹介し,興奮性組織における一般的な調節制御メカニズムに関しての理解を深めることを目的とした。

 

(1)カルシウム流入からカルシウムシグナリングへ:心筋興奮収縮連関における制御機構

赤羽悟美(東京大学大学院薬学系研究科薬効安全性学教室)

 心筋細胞における電位依存性L型Ca2+チャネルの細胞内局在は細胞内Ca2+シグナリングの空間的局在を規定し,L型Ca2+チャネルのゲーティング・キネティクスは細胞内Ca2+シグナリングのタイムコースを規定する。

 細胞膜表面のL型Ca2+チャネルは筋小胞体からのCa2+依存性Ca2+放出機構の引き金役と,筋小胞体へ貯蔵されるCa2+の流入路としての役割を担う。また,L型Ca2+チャネルは筋小胞体から放出されたCa2+によるCa2+依存性不活性化を受ける。これは,活動電位持続時間とL型Ca2+チャネルからのCa2+流入量を制御して筋小胞体のCa2+貯蔵量を調節し,Ca2+依存性Ca2+放出機構の効率をファイン・チューニングする。Ca2+依存性不活性化機構にはL型Ca2+チャネルa1Cサブユニット(Cav1.2)の細胞内カルボキシル末端部分IQモチーフ付近の領域とCa2+・カルモジュリンの相互作用が関与することが示されている。我々は,a1Cサブユニット細胞内カルボキシル末端下流のProline-rich domainがCa2+チャネルの不活性化キネティクスの制御にCa2+依存的に関わることを新たに見出した。

 心筋細胞のL型Ca2+チャネルは交感神経刺激によりPKAリン酸化を介して機能亢進することが知られている。我々は,PKAリン酸化によるL型Ca2+チャネルの開口確率の上昇および電位依存性のシフトには細胞内カルボキシル末端やbサブユニットを含む複数のドメインの相互作用が関与する可能性を示した。一方,我々は,a1CサブユニットのIIIS5-S6 Pループ領域がCa2+チャネルアゴニストによる開口時間延長作用にクリティカルな役割を担うことを見出し,Ca2+チャネルのゲーティング制御におけるポア領域の関与を初めて示した。

 本研究会では,興奮性細胞の例として心筋細胞について,L型Ca2+チャネルに焦点を当ててCa2+流入からCa2+シグナリングへのCa2+イオン調律性制御メカニズムに関する我々の作業仮説と今後の課題についてディスカッションしたいと考えている。

 

(2)心筋細胞のストア依存性Ca2+流入

竹島 浩(東北大学大学院医学系研究科)

 心臓のリズミックな収縮は心筋細胞のCa2+調律により制御される。心筋細胞の主要なCa2+輸送体としては,細胞表層膜の電位依存性Ca2+チャネルとNa+-Ca2+交換体やCa2+ポンプ,筋小胞体のCa2+放出チャネル(リアノジン受容体)とCa2+ポンプが知られている。我々のグループでは細胞内Ca2+ストアの構造や機能に注目しており,心筋細胞の小胞体上のリアノジン受容体と細胞表層膜-小胞体膜の架橋蛋白質としてのジャンクトフィリンの機能を主に変異マウスを作成することにより解析している。一方,細胞内ストアの貯蔵Ca2+依存的に活性化するCa2+流入機構(SOC流入)の存在が非興奮性細胞を中心に多くの細胞系で近年報告されているが,SOCチャネルの分子実体は不明であり,横紋筋細胞でのSOC流入の解析はない。さらに,SOC流入機構ではCa2+放出チャネルの直接結合がSOCチャネルを活性化するというカップリングモデルが最近有力であるが,確定されるには今後の検討が必要である。

 最近我々は,胎児期の心筋細胞におけるSOC流入を確認するとともに,その簡単な薬理学的性質,分化レベルでの活性調節,ノックアウトマウスを用いたカップリングモデルの検証などを遂行したので,その詳細を発表する。

【参考論文】

  1. Uehara, A., Yasukouchi, M., Imanaga, I., Nishi, M. & Takeshima, H. Store-operated Ca2+entry irrelevant to Ca2+release channel and junctional membrane complex in heart muscle cells. Cell Calcium 31, 89-96, 2002.
  2. Takeshima, H., Komazaki, S., Nishi, M., Iino, M. & Kangawa, K. Junctophilins: a novel family of junctional membrane complex proteins. Mol. Cell 6, 11-22, 2000.
  3. Takeshima, H., Komazaki, S., Hirose, K., Nishi, M., Noda, T. & Iino, M. Embryonic lethality and abnormal cardiac myocytes in mice lacking ryanodine receptor type 2. EMBO J. 17, 3309-3316, 1998.

 

(3)ペースメーカーモデル細胞再構築の試み:リアノジン受容体およびCa2+依存性K+チャネル強制発現HEK293細胞における自発性Ca2+遊離とイオンチャネル活性制御機構

後藤隆代1,山田亜紀1,我謝徳一1,大矢 進1,村木克彦1,Wayne Chen2,今泉祐治1
1名古屋市立大学大学院薬学研究科細胞分子薬効解析学分野,
2カナダ・カルガリー大学医学部生化学・分子生物学教室)

 ペースメーカー電位の発生機序として少なくとも3種のタイプが認識されていると思われる。イオンチャネル活性バランスに主に起因する心臓タイプ,細胞内Ca2+オシレーションとそれに伴うイオンチャネル活性変化に主に起因すると推測される消化管などのタイプ,神経ネットワークの相互機能連関に主に起因すると考えられている呼吸中枢のようなタイプである。

 細胞内Ca2+オシレーションがペースメーカー電位発生の基盤となる場合,まず細胞内局所Ca2+貯蔵部位からの自発性Ca2+遊離がCa2+ウェーブとして細胞内に伝播され,次いでそのCa2+上昇によりイオンチャネルが活性化されて電位が発生され,さらに周囲の細胞に伝播するという3ステップによると考えられる。自発性Ca2+遊離とその細胞内伝播は小胞体上のイノシトール3リン酸(IP3)受容体あるいはリアノジン(RyR)受容体を介して生じると推測される。またCa2+依存性イオンチャネルとしてはCa2+依存性K+あるいはCl-チャネルや,まだ充分に同定されていないその他のチャネルの寄与が想定されている。消化管・尿道・門脈などからのペースメーカー細胞の単離・培養が難しいこともあってCa2+オシレーションの発生機序・チャネル活性制御機構・細胞群での調律機構の詳細は充分解明されてはいない。そこで我々はペースメーカーモデル細胞を再構築してこれらを検討するため,2あるいは3型RyR受容体をそれらが殆ど機能発現していないHEK293細胞に一過性に強制発現させた。またCa2+依存性K+チャネルを定常発現させたHEK293細胞にもRyRを発現させて検討した。以下に結果の概要を示す。

1. RyR2およびRyR3受容体発現HEK293細胞において自発性局所Ca2+遊離(Ca2+spark)が生じ,Ca2+sparkを起点としたウェーブがCa2+オシレーションとして周期的に生じることを見出した。RyR3も発現系でCa2+遊離チャネルとして機能し得る。

2. このCa2+オシレーションの継続は外液Ca2+に強く依存し,非選択的陽イオンチャネルの抑制薬で阻害され,Xestospongin Cや2-APBによっても抑制された。

3. 大あるいは小コンダクタンスCa2+依存性K+(BKあるいはSK)チャネルを定常発現させたHEK293細胞にRyRを共発現させると,RyR発現細胞にCa2+オシレーションに同期した膜電位オシレーションが生じ,後者は細胞間を伝播した。

 以上より,本発現系は自発性Ca2+遊離でトリガーされるペースメーカー電位発生・調律モデルとして興味深い特性を備えていることが明らかとなった。

 

(4)Na,K-ATPaseα2サブユニット遺伝子欠損ヘテロマウスにおける不整脈

川上 潔(自治医科大学分子病態治療研究センター細胞生物研究グループ)

 Na,K-ATPaseは細胞内外のNa+およびK+の濃度勾配を維持し,イオンや栄養素の輸送,神経興奮の基礎,細胞体積の制御,など細胞の基本的な種々の活動に必須な膜タンパク質である。ATP水解のエネルギーを用いて,3分子のNa+を細胞内に輸送し2分子のをK+細胞外へくみ出す。本酵素はαとβ二つのサブユニットからなり各々α1からα4の4種,β1からβ3の3種が知られており,ラットにおいてはα1はubuiquitousに発現し,α2は骨格筋心筋及び脳に,α3は脳に特異的に発現するサブユニットである。発生途上の心臓では,α1に加えてα3の発現が増加するが,途中からα2への発現の切り替えが起きることが知られいる。脳においては,α1はむしろ限局した発現を示し,α2やα3が広く脳に分布すると考えられる。同酵素の特異的な阻害剤であるウアバインに対する感受性はα1が最も低く,α2及びα3は感受性が高い。

 私たちは,Na,K-ATPaseの生体内での生理的な作用を理解するために,α2サブユニット遺伝子欠損マウスを作成し解析した。

 ホモマウスは生直後に死亡する(池田の発表参照)が,ヘテロマウスは,正常に生まれ,心臓,骨格筋には解剖学的異常がみられない。しかし,成マウス(生後6ヶ月)の心電図を調べたところ,麻酔下で上室性の不整脈が高頻度に観察された。この不整脈は痛み刺激で消失した。また,ヘテロマウスは野生型に比し,除脈傾向を示した。24時間心電図を装着し,覚醒時の心電図モニターにて一日数回の上室性不整脈発作が観察された。現在薬剤を用いて不整脈の原因が,神経性か刺激伝導系異常によるものかを検索中である。

 

(5)Na,K-ATPaseα2サブユニット遺伝子は発生と情動行動に関与する

池田啓子(自治医科大学分子病態治療研究センター細胞生物研究グループ)

 我々はNa,K-ATPaseα2サブユニット遺伝子(Atp1a2)欠損マウスを用い,胎児期の神経伝達機構を明らかにし周産期の神経系機能確立機構の解明を目指す。ホモマウス新生仔は,外観上異常を認めず,生直後は心臓も正常に機能しているが,胎生期の胎動・神経反射が全く観察されず,生直後に死亡する。ホモマウスの横隔膜神経筋標本を用いた実験結果より,骨格筋の静止膜電位や,神経刺激に対する収縮には異常が観察されなかったため,中枢神経系の異常の検索に焦点をあてた。出生直前の脳においては,amygdalaとpiriform cortexにおいて神経細胞のアポトーシスによる縮退が認められた。さらに,脳内伝達物質含有量は有意に増加していた。シナプトソームを用いた伝達物質取込・放出能を調べた結果,種々の伝達物質の取込が障害されていた。さらに野生型で観察される脳における部位特異的c-Fos発現がホモマウスではいちじるしく増強していることが明らかとなった。一方,ヘテロマウスにおいては,明暗ボックス,高架十字迷路,オープンフィールド,条件付け恐怖刺激などの行動試験でいずれも行動抑制の傾向がみられた。ヒトATP1A2遺伝子は側頭葉てんかんの原因となる遺伝子座に一致しており,また,躁鬱病ではNa,K-ATPaseα2サブユニット遺伝子の発現量が低下していることが報告されている。本遺伝子欠損マウスはこうした病気のモデルマウスとして活用できる可能性がある。

 

(6)ATP感受性K+チャネルによる細胞興奮性の制御機構

三木隆司(千葉大学大学院医学研究院細胞分子医学,千葉大学遺伝子実験施設)

 ATP感受性K+チャネル(KATPチャネル)は,心筋,骨格筋,脳,膵β細胞,血管平滑筋などに存在し,ホルモン分泌や細胞保護にかかわっていると考えられているが,各組織における生理的役割については多くが不明である。KATPチャネルはスルホニル尿素受容体(SUR1あるいはSUR2)と内向き整流性K+チャネルメンバー(Kir6.2あるいはKir6.1)の2つのサブユニットから構成されるヘテロ8量体である。我々は,KATPチャネルのポアを構成するKir6.2およびKir6.1のノックアウトマウス(Kir6.2-/-,Kir6.1-/-)を作製し,膵β細胞,視床下部,心臓のKATPチャネルの機能を検討した。

 この結果,1)Kir6.2は膵β細胞のKATPチャネルを構成し,細胞膜電位や細胞内Ca2+濃度を規定し,膵β細胞からのグルコースによるインスリン分泌を制御していること,2)Kir6.2はさらに視床下部グルコース応答性ニューロンのKATPチャネルを構成し,細胞外グルコース濃度による細胞発火の頻度を調節していること。3)Kir6.1は血管平滑筋のKATPチャネルを構成し,血管のトーヌスを調節しており,マウスKir6.1遺伝子の破壊によりヒトの異型狭心症に酷似した冠動脈スパスムが惹起されることが明らかになった。このことから,KATPチャネルは,広く代謝の変化を感知する代謝センサーとして働いており,細胞膜の興奮性を制御することによって種々の細胞機能を調節していることが示された。

 

(7)輸送体を取り巻くタンパク質間相互作用の探索

金井好克(杏林大学医学部薬理)

 細胞が,細胞内外の環境の変化に適応した適切な物質輸送を行い,恒常性を維持するためには,細胞膜を介する物質輸送を担当するトランスポーター(輸送体)の発現と機能が適切に調節される必要がある。我々は,アミノ酸トランスポーターの分子クローニングの過程で,トランスポーターの本体を形成する12回膜貫通型の主サブユニット(軽鎖)と,1回膜貫通型の補助サブユニット(重鎖)から構成されるヘテロ2量体型トランスポーターを見い出し,これを契機に,タンパク質間相互作用を介したトランスポーターの機能調節の解明に向けた研究を開始した。このヘテロ2量体型トランスポーターにおいては,(1)2つのサブユニット間の相互作用により,如何にして機能性トランスポーター分子が形成されるか,(2)細胞膜移行を含め,ヘテロ2量体複合体の機能活性がどのようにして実現されるか,(3)細胞内外のシグナル伝達系を含めて,ヘテロ2量体複合体がどのようなタンパク質系と連結することにより種々の細胞機能と関わっていくのか,といった課題を解決してく必要がある。我々は,シスチン尿症の患者解析の過程で,ヘテロ2量体型トランスポーターの主サブユニットBAT1のC-末端のP482の変異を見い出し,これによりヘテロ2量体複合体の細胞膜移行が障害されることを見い出した。また,ヘテロ2量体型トランスポーター補助サブユニット4F2hcの細胞内ドメインが細胞内シグナル伝達系と連結することを示唆する結果を得ている。本演題では,これらの結果をもとに,ヘテロ2量体型トランスポーターを取り巻くタンパク質間相互作用について議論したい。

 

(8)TRPチャネルによるイオン調律機構とその意義

森 泰生(統合バイオサイエンスセンター)

 Ca2+透過型カチオンチャネルは,形質膜の膜電位調節及び,細胞内Ca2+濃度調節の2つの重要な生理的役割を担う。我々は既に,Phosphatidyl Inositol(PI)応答と連関して活性化開口する7つのTransient Receptor Potentialチャネル(TRPC),TRPC1-7,を見出している。Ca2+シグナルの時空間パターン(Ca2+律動)決定に重要な,形質膜-小胞体間の機能的相互作用の解明を目的に,モデル系として遺伝学的操作の容易なB細胞DT40を用いて,TRPC1欠損株を作製した。TRPC1欠損細胞においては,B細胞受容体刺激ににより惹起されるストア依存性Ca2+流入だけでなく,小胞体からのIP3受容体を介したCa2+放出も減弱していた。また,Ca2+-oscillation,その下流で起きるはずの転写因子NF-ATの活性も同様に抑制されていた。このことから,TRPC1はストア依存性Ca2+流入を担うチャネルの一部を形成するだけではなく,IP3受容体の活性を制御し,さらには小胞体−形質膜のカップリングを増進する役割を担っているものと考えられる。一方,フォスフォリパーゼC(PLC)g2欠損細胞においては,細胞内Ca2+ストア枯渇剤thapsigarginによるストア依存性Ca2+流入が減弱していた。また,最近開発したIP3センサータンパク質を用いて細胞内IP3濃度を測定したところ,SOCを介したCa2+流入によるIP3産生が見られた。このようなPLCg2とストア依存性Ca2+チャネル(SOC)のカップリングは,TRPC3を介したものであることが明らかになった。以上の実験より,PI応答/ Ca2+シグナルにおける,PLCとSOC(TRPチャネル)を中心とした,細胞応答の統合協調(coordination)機構が明らかになった。

 今回,「細胞死」の制御に関与する,新しいCa2+透過型カチオンチャネルTRPM2を同定した。即ち,活性酸素/窒素種による細胞の酸化ストレスをニコチンアミドが感受し,その酸化体が直接結合することにより,TRPM2は活性化開口することを示した。また,活性化TRPM2チャネルを透過したCa2+/ Na+が,TNF等によって誘導されるグルタチオン感受性のCa2+-oscillation,更にはネクローシスを仲介することを明らかにした。一方,TRPC1-7の活性制御にも,活性酸素種による酸化が重要であることを見い出した。TRPチャネルと活性酸素種とのこのような機能的協関は,Ca2+シグナル及び膜電位変化が,酸化ストレスに対する生体応答制御の重要な基盤であることを示唆する。さらには,TRP遺伝子ファミリーによってコードされるカチオンチャネル群が,細胞の恒常性維持,増殖や死/生存に深く関与することも示唆する。

 

(9)TRP蛋白質ホモログTRPC6およびTRPC7のCaによる制御機構

井上隆司,史 娟,1森泰生,伊東祐之
(九大院医生体情報薬理,*統合バイオサイエンス生命環境)

 平滑筋を始めとする様々な組織では,脂質代謝と連動したG蛋白質共役型受容体が刺激されると,Ca透過型陽イオンチャネル(ROCCs)の持続的活性化が起こる。これらのチャネル活性は,細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)変化によって効果的に制御されていることが知られているが,その分子機構は殆ど不明である。近年,ROCCsの分子実体の有力な候補として,TRP(transient receptor potential)蛋白質ファミリーが注目を集めている。その中でTRPC6は血管組織に遍く分布し,交感神経刺激(a1アドレナリン受容体)や機械的刺激によって活性化されるCa2+流入に密接に関わっていることが示されている。本研究では,TRPC6をROCCsの分子モデルとし,Ca2+によるROCC活性制御の分子機構の探索を試みた。

 TRPC6およびこれと高い分子的相同性を示すTRPホモログ,TRPC7をHEK293細胞に強制発現し,パッチクランプ法による電流解析を行った。ROCC電流はcarbachol(100mM)で惹起し,液交換にはY-tubeを使用した。Ca欠除液中で活性化したTRPC6電流に1 mM Ca2+を細胞外から添加すると,速やかな増強,数十秒オーダーの強力な増強とそれにひき続く抑制が観察された。これに対し,TRPC7による電流はCa2+添加によって速やかな抑制を受け,Ca2+の除去後もその抑制の大部分は持続した。速やかな抑制は,電位依存性を示し(脱分極で軽減),細胞内を10 mM EGTAやBAPTAで灌流しても影響を受けなかったが,TRPC7の膜貫通領域をTRPC6のそれで置換すると消失したことから,イオン透過孔内(or近傍)の細胞外部位におけるpermeation blockであると考えられた。一方,TRPC6のCa2+による速やかな増強は,TRPC6型の膜貫通領域に依存し,細胞内を10mM EGTAで灌流しても影響を受けなかったが,10mM BAPTAによって完全に消失したことから,イオン透過孔近傍の細胞内部位を介して生じていると考えられた。Inside-out法で記録したTRPC6およびTRP7の単一電流は,[Ca2+]iに対して全く異なる依存性を示した。すなわち,前者はnM範囲の[Ca2+]iでは殆ど影響を受けなかったが,mM範囲の[Ca2+]iで劇的な活性増加を示した。一方後者は,nM範囲の[Ca2+]iで濃度依存的な抑制を受けた。これらのCa2+の効果はカルモジュリン拮抗薬calmidazolium (3mM)投与によってほぼ完全に消失し,カルモジュリン(10mM)添加によって部分的に回復した。更に,Ca2+非感受型の変異カルモジュリンをTRPC7と共発現すると,全細胞および単一両電流レベルにおいて,電流密度が増加する傾向を示し,nM範囲におけるCa2+抑制効果は消失した。一方,変異カルモジュリンをTRPC6と共発現した場合は,電流の活性化そのものが顕著に抑制された。同様の結果は,細胞内を<10 nM以下の[Ca2+]iで灌流したり,TRPC6のC端のカルモジュリン仮想結合部位を欠失させても観察された。以上の結果より,細胞内[Ca2+]i上昇は,カルモジュリンを介して,TRPC7の場合は持続的な抑制を,TRPC6の場合は,活性化初期過程およびその後の活性化維持過程において増強的な役割を果たしていることが示唆された。

 

(10)P型Ca2+チャネル変異マウスのシナプス伝達

井本敬二1,2,松下かおり11生理学研究所液性情報,2総合研究大学院大学生命科学)

 脳の主要なサブタイプであるP/Q型Ca2+チャネルの遺伝子異常により,小脳変性症など神経疾患がヒト,マウスで起こることが近年明らかとなっている。マウスでは,tottering,rolling,leanerなどの変異が知られており,変異マウスの神経症状も知られている。しかしながら,Ca2+チャネルの異常が,どのようにして小脳失調症などの神経症状を引き起こすのか,また変異マウスの系統により神経症状の重篤度や発症時期が異なるのは何故なのかという疑問は解決されていない。

 この問題を解決するために,totteringおよびrollingの小脳における興奮性シナプスの変化を検討した。まず平行線維−プルキンエ細胞シナプスのEPSC(PF-EPSC)は,rollingマウスで著明に減弱していた。失調症を示さぬ若いtotteringマウスでは,PC-EPSCの減少の程度は小さかったが,失調を示す年長のtotteringマウスでは,PC-EPSCの減少は著明であった。登上線維−プルキンエ細胞シナプスのEPSC(CF-EPSC)の大きさは,totteringでは著変なく,rollingでは増加していた。低親和性AMPA受容体を用いたシナプス伝達の阻害の程度から,この増加にはグルタミン酸放出の変化はないと考えられた。また,CF-EPSCの機能維持には,N型およびR型Ca2+チャネルサブタイプの寄与が関係していると考えられた。同一遺伝子の異常によりおこる小脳失調症でも,シナプスにおける変化は変異によりかなり多様であることが明らかとなった。

 totteringではてんかんを示すことが知られているが,その症状に関係すると考えられる大脳皮質の神経回路異常に関しても検討を行った。視床刺激で得られる大脳皮質錐体細胞のEPSCには軽度の減少が見られたが,IPSCには著明な減少が見られた。しかし自発性の微小IPSC(mIPSC)はtotteringマウスでも観察され,mIPSCの大きさはむしろ増加傾向にあった。誘発されるIPSCが著減しているがmIPSCは観察されるという結果は,小脳核でも観察されており,現在詳細を解析中である。

 

(11)マウスプルキンエ細胞から単離した新規Cav2.1スプライスバリアントはP型Ca電流を生じない。

 常深泰司,三枝弘尚,石川欽也,永山 真,村越隆之,水澤英洋,田邊 勉
(東京医科歯科大学脳神経機能病態学,東京医科歯科大学高次機能薬理学)

【序論】
 P型とQ型のCa2+チャネルはチャネルの不活性化とw-agatoxin-IVA感受性が異なっているが,メインのサブユニットであるa12.1サブユニットは共通であり,その相違が作られるメカニズムは解っていない。本研究ではP型Ca2+チャネルが殆どを占めるマウスプルキンエ細胞からsingle-cell RT-PCRによりP型のa12.1サブユニットをクローニングし,その機能を解析した。

【方法】
 マウス小脳のスライスから顕微鏡下でプルキンエ細胞を採取した。これからsingle-cell RT-PCRにより8箇所に分けてa12.1サブユニットをクローニングした。この新規a12.1サブユニットをb,a2dサブユニット,pEGFP-C2とHEK293細胞に共発現させwhole-cell patch-clamp法によりBa2+電流の記録を行った。電気生理学的実験のコントロールとしてエクソン46で終止するa12.1サブユニットを作った。

【結果】
 2種類の新規a12.1サブユニットcDNA(MPI,MPII)をクローニングした.これらには既知のin vitroでQ型の特性を示すa12.1サブユニットに対しエクソン1から41までで16箇所の一塩基置換を認め,内6箇所ではアミノ酸変異が生じていた。またエクソン46-47の境界でalternative splicingがあり,MPIIではエクソン47においてalternative splicingと考えられる150塩基の欠失を認め,MPIでは1箇所RNA editingが見つかった。電気生理学的,薬理学的特性はコントロールと差はなかった.

【考察】
 P型Ca2+電流を作るためにはプルキンエ細胞のa12.1サブユニットのスプライスバリアントだけでは不十分で,翻訳後修飾やチャネル機能に作用する未知の蛋白の影響等の何らかの環境による影響が必要である。

 

(12)R型Caチャネルの機能的多様性−精子における生理機能−

田邊 勉
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科認知行動医学系高次機能薬理学分野)

 Voltage-dependent calcium channels (VDCCs) areclassified into several distinct groups termed L-, N-, P-, Q-, R-, and T-types. These types of VDCCs play important roles in various activities including the control of transmitter release, membrane excitability, and gene expression, but exact roles of each channel type are not necessarily clarified. In particular, functions of the R-type Ca2+channel are least understood. The R-type Ca2+channel was originally defined as a channel‘Resistant’to blockers for L-, N-, P-, and Q-type Ca2+channels, therefore it is possible that the R-type current is a mixture of several different drug-resistant Ca2+currents. Although the R-type Ca2+channel is suggested to play a critical role in the release of neurotransmitters and somatodendritic excitability in a certain set of neurons, the physiological functions of this channel remain to be clarified. To elucidate physiological roles of R-type Ca2+channel, we have generated a mouse strain lackinga1E subunit of the Cav2.3 (R-type) Ca2+channel. Analysis of the knockoutmouse uncovered a variety of unknown physiological function of R-type Ca2+channel. R-type Ca2+channel knockout mouse showed (1) increased level of fear for some kind of stimuli such as exposure to a novel environment, (2) reduced response to inflammatory pain stimulus, (3) enhanced ischemic neuronal injury, (4) impaired spatial memory, (5) reduced insulin sensitivity and exhibited hyperglycemia resembling symptoms of non-insulin-dependent diabetes mellitus. Although male mice lacking the Cav2.3 channel were found to be fertile, we searched for possible abnormalities in functions in male germ-line cells from the mutant mice and explored the contribution of this channel to the Ca2+current, intracellular Ca2+transient related to acrosome reaction, and sperm motility. Whole-cell current in acutely dissociated pachytene spermatocytes from the wild-type (Cav2.3+/+) and Cav2.3+/+ mice displayed a typical profile of low-voltage-activated Ca2+currents and kinetics showing no significant differences.The averaged rising rates of Ca2+transients induced bya-D-mannose-bovine serum albumin in the head region of Cav2.3+/+ sperm were significantly lower than those of Cav2.3+/+ sperm. A computer-assisted sperm motility assay revealed that straight-line velocity and linearity were greater in Cav2.3+/+ sperm than those in Cav2.3+/+ sperm. These results suggest that the Cav2.3 channel, which makes no detectable contribution to the Ca2+current in the immature spermatocyte, is functional in mature sperm, playing a role in Ca2+transients and controlling sperm flagellar movement.

 

(P-1)Ca2+-induced Ca2+release(CICR)制御におけるCa2+チャネルのCa2+依存性不活性化機構の役割

高松 肇,赤羽悟美(東京大学大学院薬学系研究科薬効安全性学教室)

 電位依存性L型Ca2+チャネルと筋小胞体上のリアノジン受容体の間には,密接な相互制御が働いている。筋小胞体からのCa2+放出に依存したL型Ca2+チャネルのCa2+依存性の速い不活性化は,心室筋細胞において活動電位の間にもCa2+チャネルを不活性化させると考えられる。Ca2+チャネルのCa2+依存性不活性化機構の生理的意義を明らかにする目的で,ラット単離心室筋細胞において活動電位とCa2+流入量の関係を検討した。

 Thapsigargin処置によって筋小胞体のCa2+を枯渇させ,Ca2+依存性不活性化機構を除くと,活動電位のプラトー相が2倍に延長した。この活動電位の延長にforward mode Na+/Ca2+exchange activityが含まれるか否かを検討するために,細胞外液のNa+をLi+に置換することでNa+/Ca2+exchangerのforward mode activityを阻害したところ,プラトー相が短縮した。しかしながら,action potential-clampによるCa2+チャネル電流の解析から,この活動電位持続時間の短縮は,Na+/Ca2+exchangerのforward mode activityを阻害するとCa2+チャネルを介して流入したCa2+により膜直下のCa2+濃度が上昇しCa2+チャネルを不活性化するためであることが明らかとなった。SR-intact型とSR-depleted型の活動電位波形でaction potential-clampを行ったところ,SR-intactの心室筋細胞に比較してSR-depletedの心室筋細胞において,Ca2+電流のピーク値は20%減少したものの,総Ca2+流入量は40%増加していた。

 以上のことから,心室筋細胞において,Ca2+チャネルのCa2+依存性不活性化機構は活動電位持続時間を調節し,活動電位の間の総Ca2+流入量を変化させることで,筋小胞体Ca2+貯蔵量を一定に保持し,CICRの効率を維持するためのfeed back制御機構としての生理的意義を担うことを明らかにした。

 

(P-2)ラット心筋細胞L型カルシウムチャネルのPKAリン酸化制御におけるbサブユニットの役割

名黒 功,赤羽悟美(東京大学大学院薬学系研究科薬効安全性学教室)

 心筋細胞に存在する電位依存性L型カルシウムチャネルはPKAリン酸化による機能修飾を受け,リン酸化によりカルシウムイオンの流入量を大きく増加させる。PKAによるL型カルシウムチャネルの活性化はbアドレナリン受容体を介する心機能亢進など重要な生理機能に関与しているが,チャネルの機能変化に関わるPKAリン酸化部位などその分子メカニズムは未だに正確な理解がなされていない。我々は以前PKAリン酸化による機能変化において,L型カルシウムチャネルa1Cサブユニット(Cav1.2)のカルボキシル末端に存在するリン酸化部位の関与とさらに複数のリン酸化部位が関わる可能性を示した。bサブユニットもPKAリン酸化部位を持つことから,本研究ではL型カルシウムチャネルのPKAを介した機能修飾におけるbサブユニットの関与について検討した。

 アデノウイルスベクターによる遺伝子導入を用い,ラット心室筋にbサブユニットコンストラクトを過剰発現させ解析を行った。コントロール群(GFPのみを発現)ではPKA活性化刺激によりL型カルシウムチャネル電流は約2倍に増加した。b1aサブユニットを心室筋細胞に過剰発現させると,コントロール群に比較してL型カルシウムチャネル電流が約2倍に増加し,PKA活性化刺激に対する反応は消失した。ゲーティングチャージの総量はb1a過剰発現では増加しておらず,カルシウムチャネル電流増加はPKA活性化刺激の場合と同様にカルシウムチャネルの開口確率の上昇によるものと考えられた。さらに,b1aサブユニットのアミノ末端領域の欠損ミュータントを用いた実験およびb2サブユニットアイソフォームの比較から,bサブユニット過剰発現によるカルシウムチャネル電流の増加の程度はアミノ末端領域に依存することを見出した。

 これらの結果から,PKAによるL型カルシウムチャネルの機能変化にはa1サブユニットだけでなくbサブユニットがアイソフォーム特異的に関与することが明らかになった。また,PKA刺激による電流増加がbサブユニット過剰発現で模倣されたことからL型カルシウムチャネルのPKAリン酸化による電流増加はa1,b両サブユニットの相互作用を増強することでなされている可能性も考えられる。bサブユニットがL型カルシウムチャネルのPKAシグナルに対する反応性の決定要因になりうることは,各組織において非常に多くの組み合わせが存在するL型カルシウムチャネルのサブユニット構成の意味を理解する上でも重要な知見であると考えられる。

 


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