生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

17.消化管機能

2002年8月27日−8月28日
代表・世話人:鈴木裕一(静岡県立大学食品栄養)
所内対応者:尾崎 毅(動物実験センター)

(1)
消化管自動運動の発生機序
高木 都,米田 諭(奈良県立医科大学生理2)
(2)
小腸絨毛上皮下線維芽細胞の形態変化と機械受容
古家喜四夫1,古家園子2,曽我部正博1,3
1科技団・細胞力覚,2生理研・形態情報解析,3名大医学部)
(3)
モルモット大腸粘膜の振動性クロライド分泌
河原克雅,安岡有紀子,鈴木喜郎,錦谷まりこ1,高村泰弘2
1北里大学医学部生理,帝京大学医学部公衆衛生学,
2北里大学理学部生物科学)
(4)
グレリンによる消化管機能調節について
新島 旭(新潟大学医学部名誉教授)
(5)
The effect of leptin and ghrelin on the gastrointestinal motility
Michal Ceregrzyn, Wojciech Korczynski, Toru Mochizuki, Atsukazu Kuwahara.
(静岡県立大学環境科学研究所環境生理)
(6)
Short-chain fatty acids-induced inhibitory response on spontaneous contractions of longitudinal muscle in the rat colon
小野茂之1,唐木晋一郎2,桑原厚和2
1花王株式会社スキンケア研究所,2静岡県立大学環境科学研究所環境生理)
(7)
CCK-A,B,AB受容体ノックアウトマウスの消化器機能
宮坂京子(東京都老人研)
(8)
カハールの介在細胞の分布と細胞学的異型性
小室輝昌,関 馨介,三井 烈,池田愛美(早稲田大学人間科学部)
(9)
大腸癌とトロンボキサン
酒井秀紀1,鈴木智之1,鵜飼政志1,田内克典2
南村哲司2,堀川直樹2,塚田一博2,竹口紀晃1
1富山医科薬科大学・薬・薬物生理),2富山医科薬科大学・医・第2外科)
(10)
ラット耳下腺導管の重炭酸イオン分泌と導管内径制御
柴 芳樹,広野 力,杉田 誠,岩佐佳子
(広島大院医歯薬総合病態探究医科学口腔生理)
(11)
消化管における管腔内酸感知機構におけるvanilloid receptor-1の役割
秋葉保忠(慶応大学医学部内科)
(12)
Aeromonas sobriaが産生する溶血毒が腸管上皮細胞のイオン輸送に与える影響
高橋 章1,田ノ上奈緒美1,粟田志香1,前田恭子1
藤井儀夫2,岡本敬の介3,中屋 豊1
1徳島大医学部栄養,2徳島文理大生薬研,3岡山大薬)
(13)
大腸上皮細胞のカルバコール刺激に対する容積変化応答における水チャネルの役割
真鍋健一,森島 繁,岡田泰伸(生理研機能協関)
(14)
消化管におけるキチン分解酵素の発現と今後の研究展開
岩永敏彦(北海道大学獣医学研究科解剖)
(15)
ウナギをモデルとして飲水行動の調節機構を探る
安藤正昭(広島大学総合科学部)
(16)
胃幽門腺粘液細胞開口放出のCa2+とcAMPによる調節
中張隆司(大阪医大生理)
(17)
大腸菌毒素STbの大腸イオン輸送に及ぼす効果
鈴木裕一1,吉村麻由1,梅田 譲1,川俣幸一1
渡辺ひとみ1,本家孝一2,藤井儀夫3,岡本敬の介4
1静岡県大食品栄養生理,
2大阪大学院医学系研究科生体制御医学生化学・分子生物学,
3徳島文理大生薬研,4岡山大・薬)
(18)
ほ乳期におけるバクテリアトランスロケーション
矢島高二(明治乳業栄養科学研究所)
(19)
モチリンによる胃血流の調節
成瀬 達(名古屋大学医学部内科)

【参加者名】
鈴木裕一,林久由(静岡県立大),高木都(奈良県立医科大),安藤正昭(広島大),酒井秀紀,鈴木智之(富山医薬大),宮坂京子,金井節子,吉田由紀(東京都老人研),河原克雅(北里大),高橋章,中屋豊(徳島大),秋葉保忠(慶応大),小室輝昌(早稲田大),柴芳樹,広野力(広島大),中張隆司(大阪医大),桑原厚和,Michal Ceregrzyn,唐木晋一郎,三井烈(静岡県立大),成瀬達(名古屋大),古家喜四夫(科学技術振興事業団),小野茂之(花王株式会社),矢島高二,成島聖子(明治乳業),岩永敏彦(北海道大),新島旭(新潟大名誉教授),岡田泰伸,真鍋健一,稲垣詠子(名古屋学芸大),越智靖夫,三上忠世志(ファイザー製薬),岡田泰伸,真鍋健一,尾崎毅(生理学研究所)

【概要】
 消化管は食物を摂取し,消化し,栄養物を吸収し,残りを便として排泄する。それを支えるため,消化腺等による分泌,腸管上皮での分泌吸収,腸管壁の筋による運動,血液循環,関連しての自律神経やホルモンの働き等,多彩な機能的側面がある。さらに,生後発達,癌の問題もある。今回の研究会では,消化管に関する多彩な側面につき発表があった。また,それらを支える細胞の基本的な性質に関する研究も紹介された。それぞれの研究は独立して存在するのではなく,互いに関連しあっている。そのことは,活発に討論がなされたことからも明らかである。消化管分野でのすばらしい成果を聞くことができ満足のいくものであった。また同時に,今後この分野での若い研究者をさらに育てていく必要があることも大事であると思われた。

 

(1)消化管自動運動の発生機序

高木 都,米田 諭(奈良県立医科大学生理2)

【序】消化管の自動運動(振子運動,分節運動,正および逆蠕動運動)のペースメーカー細胞として近年カハールの間質(介在)細胞(ICC)が注目を得るに至っている。一方,福原ら(1968)は,ラット,モルモットの近側結腸と遠側結腸の境界部に“ぺースーメーカー部位”を発見し,ここから,規則正しい逆蠕動が起こることを報告した。この部位にはICCが豊富に分布しており,小林ら(1996)はこの部位で規則的な律動収縮を記録している。

【研究1】ラット近側結腸では規則的な律動的収縮が起こる。c-kit positive ICC-SMとICC-MYが欠損するWs/Ws変異ラットでも同様の律動収縮が見られた。Ws/Ws変異ラットではc-kit negativeなICC-SMが残存しているという報告があり,このc-kit negative ICC-SMと他のc-kit positive ICC-SMとICC-MYが協調して自発運動の頻数調節をしていると考えられる。

【研究2】マウス近側結腸では頻数の異なる2つの自動運動が見られた。ICC-SMからはプラトー相をもつ緩電位が,輪走筋からは群発するaction potential,縦走筋からは群発するmembrane oscillationが記録できた。輪走筋方向の運動を記録するとICC-SMの緩電位と一致して起こる収縮が主であり,縦走筋方向の運動を記録するとaction potentialやmembrane oscillationに一致して起こる収縮が記録された。逆蠕動がICC-SMにより制御されていると考えられる。

【研究3】マウスES細胞から分化誘導した腸管では一定の方向への蠕動運動が発生した。この腸管ではICCがよく発達しているが,腸壁内神経は分化しているもののネットワークを形成するに至っていなかった。

【まとめ】消化管の自動運動の発生機序にICCが重要な役割を果たしていることは明らかであるが,それぞれの自動運動での役割については今後さらに研究を進めていく必要がある。

 

(2)小腸絨毛上皮下線維芽細胞の形態変化と機械受容

古家喜四夫1,古家園子2,曽我部正博1,3
1科技団・細胞力覚,2生理研・形態情報解析,3名大医学部)

 小腸絨毛上皮下線維芽細胞(Subepithelial Fibroblasts)は,上皮基底層直下で互いの突起を介してネットワークを形成するとともに,平滑筋や血管にも突起を伸ばしており,単にコラーゲンを産生するばかりでなく,細胞間の情報伝達を制御することにより,腸の働きに関わっていると考えられる。私たちはこの細胞の培養に成功し,この細胞がエンドセリン(ET-1,3),ATP,Substance-P,5HT,AngII,Bradykinin等,血管作動性,神経作動性の多様な生理活性物質に対する受容体を持つとともに,細胞内cAMP濃度に応じて,扁平なかえでの葉のような形態(扁平状)から丸い細胞体と長い突起を持った星型の形態(星状)へと形態を変化させることをすでに明らかにした。この1つの細胞を細いガラスピペットで触るといった機械的刺激(タッチ)を与えると,ATPの放出とP2Y受容体の活性化による細胞間Ca2+波が発生した。また伸展機械刺激(ストレッチ)にも応答し,細胞内Ca2+上昇とともに強度依存的にATPが放出されることをルシフェレース反応を用いて明らかにした。これら機械的刺激に対する応答性は,dBcAMP(1mM)処理によって扁平状から星状へと形態変化させた細胞では抑制されていた。この時,機械刺激によるATP放出量の減少ばかりでなく,個々の細胞でのATPに対する反応性の低下もみられた。この星状の細胞にET(1-10nM)を投与すると形態が扁平に戻るとともに機械刺激に対する応答性は回復した。このように小腸絨毛下線維芽細胞は各種活性物質によってその形や性質を変えることにより,絨毛下のネットワークとして,その機械的性質や物質の透過性を制御していると考えられる。また,伸展刺激によるATP放出は,絨毛の動きに応ずるメカノセンサーとしての機能が示唆される。

 

(3)モルモット大腸粘膜の振動性クロライド分泌

河原克雅,安岡有紀子,鈴木喜郎,錦谷まりこ,高村泰弘1
(北里大学医学部生理,帝京大学医学部公衆衛生学,1北里大学理学部生物科学)

 大腸粘膜の電解質・溶液輸送の神経性調節は,自律神経系と腸管神経叢(おもに粘膜下神経叢)の活動により制御されている。単離したモルモット大腸粘膜をUssingチャンバーに固定し,静止時と活性化時の上皮短絡電流を測定することにより,粘膜下神経叢の役割と制御機序を調べた。大腸粘膜の血管側に低濃度(0.2-1 mM)のBa2+を投与すると,ピーク値が400-500μA/cm2の振動性正電流(2-3 strokes/min)が記録された。この振動電流の振幅は,2 mM Ba2+で低下し,5 mM Ba2+で完全に消失した。一方,テトロドトキシン(TTX)は,濃度依存性にBa2+誘発-振動電流を阻害し,1μMアトロピンも同電流を完全に阻害した。また,チャンバー内液を低Cl-液(11 mM)に置換したり,管腔側にNPPB(Cl-チャネル阻害薬)を投与すると,Ba2+誘発-振動電流は著しく低下した。さらに,チャンバー内液を0Ca2+液に置換すると,Ba2+誘発-振動電流は抑制された。しかし,高K+液置換(40 mM)においても,Ba2+誘発電流の振動性は失われなかった。これらの結果は,モルモット大腸粘膜下神経叢にBa2+感受性のコリナージックニューロンがあり,脱分極刺激に応じて周期的Cl-分泌を誘発することを示した。

 

(4)グレリンによる消化管機能調節について

新島 旭(新潟大学医学部名誉教授)

 近年発見された脳腸ペプチド「グレリン」は,主に胃の内分泌細胞と視床下部ニューロンで生産され,成長ホルモン分泌促進作用の他,胃酸分泌,消化管運動および摂食の亢進作用を有すると報告されている。本実験はグレリンが自律神経を介して消化管機能調節に果たす役割を解明することを目的として行われた。

【方法】体重300g程度のウイスター系ラットを使用しウレタン麻酔下で開腹し,迷走神経胃枝,腹腔枝,内臓神経(交感神経)胃枝,の切断中枢側より神経フィラメントを分離し遠心性神経活動を記録した。さらに,副腎,腎臓,肝臓,脾臓,背側褐色脂肪,副睾丸白色脂肪を支配する交感神経活動も同様の方法で記録した。また,迷走神経胃枝の切断末梢側より求心性神経活動を記録した。

【実験結果】グレリン1~10ngの静脈内投与により迷走神経胃枝および腹腔枝の遠心性活動は促進し交感神経胃枝および他の内臓器官を支配する交感神経枝の遠心性活動は抑制された。これらの自律神経反応は迷走神経切断ラットでは発現しなかった。さらに,グレリン1~10ngの静脈内投与は迷走神経胃枝の求心性神経活動を強く抑制する事が観察された。

【考察】これらの実験結果から,グレリン刺激による胃壁グレリンセンサーからの求心性信号の減少は反射的に迷走神経胃枝,腹腔枝の活動を増強し,胃酸分泌,消化管運動の促進さらには摂食の亢進など同化作用の促進を起こす事が示唆される。一方,交感神経活動の減少により代謝の抑制など異化作用の抑制が起こるものと思われる。グレリンはエネルギー蓄積反応を促進する重要なホルモンの一つであろう。

 

(5)The effect of leptin and ghrelin on the gastrointestinal motility

Michal Ceregrzyn, Wojciech Korczynski, Toru Mochizuki, Atsukazu Kuwahara.
(静岡県立大学環境科学研究所環境生理)

 The aim of the present study was to investigate the influence of newly discovered gastrointestinal hormones: leptin and ghrelin on gastrointestinal motility. The animals (rats or mice) were intraperitoneally injected with leptin (L), ghrelin (G), leptin + ghrelin (LG) at a dose 20 microg/kg BW or saline (C). In in vitro experiments the motility of longitudinal strips of gastric fundus and corpus, segments of the proximal duodenum and distal jejunum was recorded under isotonic conditions 30 minutes after injection. Tissues were stimulated by electrical field stimulation (EFS), 10-6 M acetylcholine (ACh), 10-6 M 5-hydroxytryptamine (5-HT), and 10-2 M potassium chloride (KCl). In vivo experiments were performed in order to measure gastrointestinal transit and gastric emptying using the activated charcoal method and the phenol red method, respectively.

 The amplitude of in vitro spontaneous contractions of duodenum significantly increased after leptin administration. The frequency of jejunal contractions was increased in the LG group. The induced contraction of duodenum increased in leptin treated animals while in jejunum these contractions were smaller. Ghrelin abolished the effect of leptin in duodenum, while there was no such effect in jejunum. In vivo experiments has shown that ghrelin significantly increases gastrointestinal transit. Additionally, leptin decreased gastric retention. In conclusion, the present study shows a significant, direct effect of leptin on gastric and intestinal motility. Thus, we suggest that leptin and ghrelin take part in regulation of digestive tract motility and it is possible that ghrelin and leptin interplay regulating duodenal motility.

 

(6)Short-chain fatty acids-induced inhibitory response on spontaneous contractions of longitudinal muscle in the rat colon

小野茂之1,唐木晋一郎2,桑原厚和2
1花王株式会社スキンケア研究所,2静岡県立大学環境科学研究所環境生理)

 難消化性糖類から大腸内発酵により生成する短鎖脂肪酸類(short-chain fatty acids: SCFAs)は,大腸運動に影響することが報告されている。SCFAsは,主に盲腸および上行結腸で生成される一方,糞塊が形成されてくる中位結腸後半から遠位結腸ではほとんど生成されない。しかし,糞塊中には100 mM程度のSCFAsが存在するため,糞塊が蠕動反射を誘発する遠位結腸では,SCFAsは糞塊とともに移動しているものと考えられる。SCFAsは,糞塊体積による物理的刺激と同様,大腸壁を局所・化学的に刺激すると考えられるが,物理的作用ほど蠕動反射時の役割は理解されていない。そこで我々は,ラット遠位大腸縦走筋粘膜付き標本を用い,SCFAsの自発運動に対する影響を検討した(大腸内のpHはほぼ中性条件下にあるので,SCFAsはNa塩を用いた)。自由摂食下,遠位大腸内には通常糞塊が認められるが,一昼夜絶食させることにより,遠位大腸内の糞塊は存在しなくなるか,あるいは明らかに減少した。絶食動物から摘出した糞塊の存在しない標本は,自由摂食動物の糞塊の存在する標本に比し,自発運動回数が有意に増加していた。さらに,その自発運動回数の増加した標本に5mM以上のSCFAsを作用させると,自発運動回数は自由摂食動物の標本とほぼ同じ回数に減少した。このことから,絶食による自発運動回数の増加は,大腸内がSCFAsにさらされていないため,すなわち,SCFAs不足の状態による影響であることが示唆される。絶食動物の標本における,自発運動回数を低下させるSCFAsの作用は,NOS-阻害剤の影響を受けることから,部分的にNOを伝達物質とする作用であることが示唆された。また,このSCFAsの作用はTTXにより抑制された。さらに,ニコチン様ACh受容体および5-HT3受容体の関与も示唆された。結論として,ラット遠位大腸縦走筋の自発運動回数は,大腸内SCFAsの有無に応答して変化する可逆的な状況下にあり,SCFAsは,蠕動反射にともなう収縮回数を制御することで,糞塊輸送に関与していることが推察された。

 

(7)CCK-A,B,AB受容体ノックアウトマウスの消化器機能

宮坂京子(東京都老人研)

 コレシストキニン(CCK)は,消化管ホルモンでありかつ神経ペプチドである。2種類の-A, B受容体は,消化管の迷走神経求心路末端に存在し,A受容体は,胃排出速度を遅延させ,満腹効果を生じる。しかしB受容体の胃酸分泌亢進以外の役割は,はっきりしない。CCK-A,B受容体遺伝子ノックアウトマウス(KO)とA,B double KOの液体飼料(non-nutrient)の胃排出速度を検討した。B受容体を欠損すると,排出速度が早く,A受容体欠損は野生型と相違がなかった。CCK-8S(7 nmol/kg sc)の投与は,A受容体欠損マウスでは,胃排出速度に影響しないが,その他のマウスでは,著明に排出速度を遅延させた。アトロピン(0.2, 1, 5 mg/kg)の投与は,いずれも胃排出速度を遅延させたが,B受容体を欠損するマウスでは,他のマウスと同等の効果をえるには,より大量のアトロピンが必要であった。オメプラゾールの投与による胃酸分泌抑制は,血中ガストリンを上昇させるが,胃排出速度に影響しなかった。以上の結果からB受容体は,食間(非刺激時)の胃排出速度を維持していると結論された。

 

(8)カハールの介在細胞の分布と細胞学的異型性

小室輝昌,関 馨介,三井 烈,池田愛美(早稲田大学人間科学部)

 カハールの介在細胞(ICC)は,消化管運動ペースメーカーとしての機能が注目される一方,豊富な神経支配とgap junctionによる細胞網を介して神経筋間の興奮伝達装置として働くことが証明されている。

 しかしながら個別にみると,胃,小腸,大腸では,筋層の配列,神経叢の分布にかなりの違いがあり,ICCもそれぞれ特徴的な分布を示すことが知られている。更に胃では,単一の器官内においても領域によりICCの分布や細胞学的特性に相違のあることが観察されており,胃各部の運動機能と共に,ICCの型の解析が進みつつある。本講演では,種,器官,組織層の違いによって多様性を示すICCについて,マウス,ラット,モルモットを材料とした免疫組織化学的観察,微細構造上の特徴について報告する。特に胃については,自律的蠕動運動の開始部位,各領域における筋層の興奮伝播様式の検討を念頭に,マウス胃におけるc-Kit陽性細胞とgap junction蛋白Cx43の分布について述べる。

 

(9)大腸癌とトロンボキサン

酒井秀紀1,鈴木智之1,鵜飼政志1,田内克典2
南村哲司2,堀川直樹2,塚田一博2,竹口紀晃1
1富山医科薬科大学・薬・薬物生理,2富山医科薬科大学・医・第2外科)

 大腸癌の進行が,アスピリンなどの非ステロイド系抗炎症薬の投与によって有意に抑制されることが,臨床的に明らかにされている。薬物の作用点は主にアラキドン酸カスケードのシクロオキシゲナーゼであるため,大腸癌の発生・進行はシクロオキシゲナーゼ経路と何らかの関係があると考えられるが,その詳細については不明な点が多い。シクロオキシゲナーゼより下流のトロンボキサン合成酵素によって産生されるトロンボキサンA2は動脈収縮,血小板凝集,気管支収縮などといった循環器,呼吸器系の分野でその生理機能が注目されてきた。しかし,最近ではトロンボキサン合成酵素mRNAが比較的多くの組織に発現していることやトロンボキサン合成酵素遺伝子のプロモーター領域に転写因子が認識可能な配列が多く存在していることなどから循環器・呼吸器系以外でも重要な生理機能を担っていることが示唆されている。我々は,大腸癌患者から摘出した腫瘍組織および近傍の正常組織との間で,トロンボキサン合成酵素,シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現量変化について検討した。トロンボキサン合成酵素mRNAおよび合成酵素タンパク質は,大腸癌組織において,再現性良く発現量の増大が観察された。免疫組織染色において,合成酵素タンパク質の発現量増大が,癌細胞自身に由来していることがわかった。COX-2 mRNAの腫瘍組織における発現量増大の程度はトロンボキサン合成酵素に比べて顕著ではなく,再現性も低かった。トロンボキサン合成酵素mRNAの発現は,各種ヒト大腸癌培養細胞においても再現性良く観察された。一方,COX-2 mRNA発現の再現性はトロンボキサン合成酵素の場合よりも乏しかった。以上の結果から,大腸癌とトロンボキサン合成酵素発現量増大の機能的関連性が示唆された。

 

(10)ラット耳下腺導管の重炭酸イオン分泌と導管内径制御

柴 芳樹,広野 力,杉田 誠,岩佐佳子
(広島大院医歯薬総合病態探究医科学口腔生理)

 唾液腺導管は分泌・吸収による唾液組成の調節とともに腺房から口腔内への分泌物の通り道としての役割を果たしている。特に唾液中の重炭酸イオンは,口腔健康維持に重要で,導管での重炭酸イオン分泌と導管内径制御との関連について調べた。

 ラット耳下腺から酵素処理で分離した導管を,共焦点レーザー顕微鏡下で蛍光色素sulforhodamine Bでしばらく潅流すると,導管内腔断面に蛍光が観察された。導管内腔の蛍光染色された顆粒は,carbachol(CCh)刺激やforskolin刺激で,導管切断端から排出された。同時に導管内腔の蛍光は減少し,導管内径も拡大した。これらの変化は,Na+-K+-2Cl--cotransporter阻害剤bumetanideやCl--HCO3-exchanger阻害剤DIDSで影響を受けず,陰イオンチャネル阻害剤DPCで抑制された。炭酸脱水酵素阻害剤methazolamideは導管内腔の蛍光減少を抑制したが,導管内径の拡大を抑制しなかった。分離導管細胞をグラミシジン穿孔パッチ法で,解析すると,CChやforskolin刺激で陰イオン電流が観察された。この電流は,bumetanideやDIDSでは変化せず,methazolamideで抑制された。ラット耳下腺導管では,Ca2+依存性の陰イオンチャネルやCFTR Cl-チャネルを介して重炭酸イオンが分泌され,この分泌は導管内の水駆動力として働くとともに,初期の陰イオン分泌は導管細胞収縮を引き起し導管内腔の拡大にも寄与していることが示唆された。

 

(11)消化管における管腔内酸感知機構におけるvanilloid receptor-1の役割

秋葉保忠(慶応大学医学部内科)

 消化管粘膜は様々な物質と接する外界との境界であり,管腔内の状況変化に応じた粘膜防御機構を有し,消化管本来の機能である消化,吸収,運搬を支えている。なかでも血流調節は重要な粘膜防御機構の一つであり,自律神経系とともにpost-epithelial因子として粘膜の恒常性を保っている。とくに胃十二指腸粘膜は絶えず胃酸に暴露されることから,迅速な酸感知機構と連動した粘膜防御が必要である。粘液分泌,重炭酸分泌および血流増加が防御因子として知られているが,粘膜がいかに管腔内の酸を感知してこれら生理的応答をするかは十分論じられてこなかった。下部消化管においても,管腔内物質を感知し吸収および蠕動を調節する上で,nutrient tasting機構が必要であり,例えば短鎖脂肪酸の吸収において管腔内pHの調節が重要であることが知られている。以上より,管腔内pHを感知して血流増加といった粘膜防御反応や生理的応答をおこす経路の存在が推察される。近年,capsaicin感受性知覚神経上のcapsaicin receptorとしてvanilloid receptor-1(VR-1)がcloningされ,VR-1がproton自身を感知することが明らかとなった。そこで,ラット十二指腸粘膜での酸による血流増加とcapsaicin感受性知覚神経の関係を検討すると,管腔内pHの低下-粘膜上皮細胞の酸性化-Na+/H+exchangeによるprotonの汲み出し-VR-1の活性化-CGRPおよびNOの放出-血流増加という経路が存在することが判明した。また,大腸粘膜においても,管腔内pHの低下がVR-1を介して血流を増加させた。VR-1の発現は消化管において粘膜固有層から筋層まで陽性神経線維として認められ,さらにmyenteric plexusの神経細胞にも認められた。以上のことから,VR-1がacid sensorとして管腔内酸に対する消化管粘膜血流増加に関与することが明らかになった。

 

(12)Aeromonas sobriaが産生する溶血毒が腸管上皮細胞のイオン輸送に与える影響

高橋 章1,田ノ上奈緒美1,粟田志香1,前田恭子1,藤井儀夫1,岡本敬の介3,中屋 豊1
1徳島大医学部栄養,2徳島文理大生薬研,3岡山大・薬)

【目的】Aeromonas Sobriaは食中毒原因菌として知られている。主要な臨床症状として下痢があげられるが,その下痢誘発機構はいまだ明確ではない。下痢が起こるとき,腸管上皮細胞でイオン輸送が変化することが考えられる。そこで,AeromonasSobriaの主要な病原因子と考えられている溶血毒(aerolysin)を単離精製し,aerolysinが腸管上皮細胞のイオン輸送に与える影響を解析し,Aeromonas Sobriaの下痢誘発機構を解明することを目的とした。

【方法】ヒト大腸癌株化細胞Caco-2細胞をフィルター上に2~3週間培養した後に,Ussing chamber法を用いて腸管上皮細胞を介するイオン輸送を測定した。

【結果・考察】フィルター上培養したCaco-2細胞のapical側にaerolysinを添加すると,Caco-2細胞を介するイオン電流が増加したが,basolateral側に添加した時は,電流の変化は認めなかった。aerolysinによる電流の増加は抗aerolysin抗体の添加により阻害された。さらにaerolysinによる電流の増加は,glybenclamideにより阻害される成分と阻害されない成分があり,glybenclamide感受性の成分はCystic fibrosis transmembrane conductance regulatorを介するCl電流であると考えられた。以上よりaerolysinは腸管上皮細胞のCl分泌を促進させ下痢を引き起こす可能性が示唆された。

 

(13)大腸上皮細胞のカルバコール刺激に対する容積変化応答における水チャネルの役割

真鍋健一,森島 繁,岡田泰伸(生理研機能協関)

 大腸クリプト上皮が分泌刺激に応答して容積変化を示すことはクリプト総体の観察によって示唆されてきたが,個々の上皮細胞の容積変化についての報告は,技術的困難さから皆無であった。我々は,蛍光色素の退色が少なく組織標本深部の探索も可能な二光子レーザー顕微鏡法を用いることにより,クリプト内部の個々の細胞容積変化を捉える事に成功した。モルモット大腸からクリプトを単離し,これにカルバコール刺激すると主としてクリプト基底部細胞が縮小し,その後時間経過と共に元の容積にまで回復することが分った。同様の分泌性容積減少(secretory volume decrease: SVD)とそれに続く調節性容積増加(regulatory volume increase: RVI)はヒト大腸上皮由来の培養細胞T84においてもコールターカウンター法で確認された。RT-PCR法と免疫染色法でT84細胞における水チャネルAQP3の発現を確認したので,AQP3のアンチセンス処理を行ったところSVDが抑制された。水チャネルブロッカーMMTSの前投与及び後投与によってそれぞれSVDとRVIが抑制された。以上の結果から,大腸クリプト上皮細胞の分泌刺激に応答した細胞縮小にも,その後の調節性容積増加にも水チャネルが重要な役割を果たす事が結論された。

 

(14)消化管におけるキチン分解酵素の発現と今後の研究展開

岩永敏彦(北海道大学獣医学研究科解剖)

 哺乳類は摂取したキチンの約40%を消化できるが,この分解活性は腸内細菌由来のキチン分解酵素(キチナーゼ)によるものと考えられていた。2001年に,哺乳類自身がキチナーゼを産生することが初めて報告されたことを受けて,我々はin situ hybridization法と免疫組織化学により,産生細胞の同定を行った。マウスでは,耳下腺の腺房細胞と胃の主細胞がキチナーゼを発現していた。いずれの細胞でも分泌顆粒内に存在することから,消化管腔内へ分泌されるはずである。凝乳酵素としても働く胃のペプシノーゲンが胎生期から発現するのに対し,キチナーゼは離乳に間に合うように,生後15日令で最初の発現が認められた。反芻動物(ウシ)では肝臓でのみ産生され,それは血中へ移行する。鳥類と両生類は,節足動物の外骨格をつくるキチンを大量に摂取することが予想されるが,やはり胃で非常に大量のキチナーゼを発現していた。

 キチナーゼはファミリーを構成しており,キチナーゼ活性をもたない関連蛋白が多数存在する。これらは特定の糖鎖を認識するレクチンとして機能し,細胞の分化や移動,疾患ではアレルギー・寄生虫疾患・関節炎・動脈硬化などに深く関係しているらしい。

 

(15)ウナギをモデルとして飲水行動の調節機構を探る

安藤正昭(広島大学総合科学部)

 陸上脊椎動物や海産魚にとって,飲水行動は生存のために必須の本能行動である。しかし多くの研究者のいる哺乳類でも,まだ飲水行動を調節する神経回路は明らかになってはいない。その理由として,哺乳類での飲水行動が複雑なことが挙げられる。哺乳類は渇感を覚えると水場を探し,水を口に含み,最後に嚥下する。このそれぞれの過程に神経回路が存在し,また飲水行動は体温調節とも関わっている。それに対して水中にいる魚類は,呼吸のために絶えず口中に水を含むので,嚥下だけで水は食道に入る。そのぶん,魚類における神経回路は哺乳類より単純であり,モデル動物としては優れていることが期待できる。海水ウナギの血中にANG IIを打つと飲水は促進され,ANPによって抑えられる。これらのペプチドを脳内に投与しても同様な効果が見られる。血中と脳内で同じ効果が見られることから,これらのペプチドは脳室周囲器官(CVOs)に作用していることが考えられる。ウナギの脳内で,magnocellular preoptic nucleus (PM)やnucleus anterior tuberis (NAT)およびarea postrema (AP)にある細胞体は,腹腔内に注射したEvans blue (EB)で染まった。このことはこれらの核群がウナギのCVOsであることを示唆している。一方,嚥下を担う上部食道筋にEBを注射すると,延髄のgrossopharyngeal vagal motor complex (GVC)が逆行性に染まった。これらEB陽性のGVC neuronはまた,アセチルコリン合成酵素であるcholine acetyltransferaseの抗体でも染まった。このことは,ウナギの上部食道筋はアセチルコリン(ACh)によって調節されていることを示している。事実,ウナギの上部食道括約筋(輪走筋,横紋筋)はcholinergic neuronの支配下にあった。Catecholamine合成酵素であるtyrosine hydroxylase (TH)の抗体を用いてウナギの延髄を染めると,APのneuronが強く染まり,繊維をGVCに伸ばしているのが観察された。そこでGVCのブロックを灌流し,灌流液にアドレナリンを作用させるとGVC neuronの自発発火が強く抑制された。このことは,GVCがcatecholamine性の抑制神経の支配下にあることを示唆している。以上の結果をまとめると,血液中に出た飲水促進物質(ANG IIなど)や抑制物質(ANP, ghrelinなど)は間脳のPMやNAT,延髄のAPという脳室周囲器官に作用していることが考えられる。特に飲水促進物質は,APを介してGVCを抑制することにより食道括約筋を緩め,嚥下を起こさせていると思われる。

 

(16)胃幽門腺粘液細胞開口放出のCa2+とcAMPによる調節

中張隆司(大阪医大生理)

 モルモット胃幽門腺粘液細胞における粘液放出はCa2+-調節性開口放出により維持されている。本研究では,アセチルコリン(ACh)により活性化されたCa2+-調節性開口放出に対するcAMPの効果についてイソプロテレノール(IPR)を用いて検討した。

 モルモット胃幽門粘膜より得られた単離腺管中の粘液細胞の開口放出をビデオ顕微鏡を用いて観察した。

 モルモット胃幽門腺粘液細胞におけるCa2+-調節性開口放出の特徴は2相性(一過性で高頻度の初期相とそれに引き続く低頻度の定常相)であることで,IPRによるcAMPの集積はCa2+-調節性開口放出の2相とも増強した。一般にCa2+-調節性開口放出は生化学的に異なる2つのステップ(priming, fusion)があり,‘priming’はATP,‘fusion’はCa2+により調節されている。ACh, Ca2+濃度依存性を調べた結果から,cAMPはCa2+-調節性開口放出のCa2+感受性を増加させることが明らかとなった。一方,dinitrophenol (DNP)処理,あるいは,無酸素負荷することによりATPを枯渇させたところCa2+-調節性開口放出の初期相は消失,定常相のみが観察された。しかしforskolinによりcAMPの集積を起こした後にATPを枯渇させた時は,初期相と定常相からなる二相性のCa2+-調節性開口放出を引き起こした。

 以上の結果から胃幽門腺粘液細胞Ca2+-調節性開口放出反応の初期相ではprimingした顆粒が一度にfusionし,定常相ではpriming/fusionが連続しておこっていることが明かとなった。またcAMPは‘fusion’,‘priming’を同時に修飾し,Ca2+-調節性開口放出の初期相と定常相を増強していることが考えられた。

 

(17)大腸菌毒素STbの大腸イオン輸送に及ぼす効果

鈴木裕一1,吉村麻由1,梅田 譲1,川俣幸一1
渡辺ひとみ1,本家孝一2,藤井儀夫3,岡本敬の介4
1静岡県大食品栄養生理,2大阪大学院医学系研究科生体制御医学生化学・
分子生物学,3徳島文理大生薬研,4岡山大・薬)

 ある種の毒素原性大腸菌は48個のアミノ酸からなる下痢誘発性の毒素STbを産生放出する。Ussing chamber法を用い,ウス遠位大腸でのSTbの効果のイオン機序と受容体に関して検討した。STbは管腔側液投与によってのみ短絡電流(Isc)と経上皮コンダクタンス(Gt)を上昇させた。この上昇は,溶液のClイオン除去,HCO3/CO2除去によりそれぞれ30%ほど低下した。両者を除去しても30%ほどの反応は残った。Na除去は反応を完全に抑制した。STbによるIsc上昇は,血液側bumetanideにより影響を受けなかった。イオンフラックスを測定したところ,22Naフラックスには影響がなく,36Clについては吸収方向のフラックスのみ低下し(Isc変化と同等量)分泌フラックスには影響しなかった。

 管腔側液に加えた酸性糖脂質スルファチドは濃度依存性にSTbによるIsc上昇を部分的に抑えた。スルファチド合成酵素のKOマウスにおいて,STbによるIsc上昇はwild-typeと差がなかった。以上より,Cl分泌活性化ではなく,Cl吸収抑制が下痢を引き起こすイオン機序と考えられる。Isc上昇のメカニズムは現在不明である。また,スフファチドはSTbの作用に影響を及ぼすものの,直接の受容体になってはいないと考えられる

 

(18)ほ乳期におけるバクテリアトランスロケーション

矢島高二(明治乳業栄養科学研究所)

 バクテリアルトランスロケーション(BT)とは腸管内の細菌が生きたまま腸管上皮を通過し,粘膜固有層や腸管膜リンパ節,他の組織にまで侵入する事である。病原菌は宿主との分子レベルでの相互作用を介して巧妙に侵入するが,腸管に常在している細菌が健康な宿主に侵入する事は通常なく,従ってBTは見られないとされている。

 これまで我々は,哺乳期のラットにおいて腸管膜リンパ節までのBTが高頻度で起こっていること,離乳に伴ってBTが消失する事を観察した。BTをひき起こす細菌の出現パターンは腸内細菌叢の構成を反映しておらず,大腸菌が最優勢であった。優勢な腸内細菌では無いスタヒロコッカスはBTを起こしやすい細菌であった。母乳哺育(MR)の代わりに生後3日齢でラット仔の胃にカニューレを装着し人工乳で哺育(AR)すると腸管膜リンパ節を越えて肝臓や脾臓へのBTが惹起された。AR群の肝臓にBTを起こした細菌は多い順に,大腸菌群,腸球菌,スタヒロコッカスであった。

 BTの阻止には上皮バリアーと侵入した細菌を貪食して殺菌する2段階が考えられる。そこで,小腸あるいは結腸粘膜に付着した菌叢を群間で比較した結果,AR群では大腸菌と腸球菌数がMR群に比べてそれぞれ100倍,10倍と有意に多かった。小腸の絨毛数(腸管横断切片上)を比較するとMR群に比べてAR群では空腸で1.3倍,回腸で1.7倍と有意に多いことから,細菌の付着の場がAR群の方がより多いと考えられた。一方,腹腔浸出性好中球の貪食活性はAR群の方がMR群より低い個体が多く散見され,グラム陰性細菌の細胞壁成分であるリポ多糖をMR群の乳仔に腹腔内投与すると,腹腔浸出性好中球の貪食活性は抑制された。

 哺乳期,特にAR群においてBTが高頻度に持続的に起こる背景として,小腸粘膜への大腸菌等付着菌数が高く細菌侵入を起こし易い状況にある。BTにより体内に持ち込まれたリポ多糖は細胞性免疫活性を減弱し,BTが持続し易くなっていることが考えられる。

 

(19)モチリンによる胃血流の調節

成瀬 達(名古屋大学医学部内科)

 空腹期の胃血流は約100分間隔で生じる胃の周期運動に同期して変動する1)。即ち,イヌでは胃運動の休止期(phase I)には左胃動脈血流34.3±5.0 ml/minでほぼ一定であるが,収縮期には(phases II & III)には平均値で55.8±9.0 ml/min,頂値で79.3± 11.8 ml/minと持続に増加する。また,個々の胃収縮に対応して胃血流は減少(-79±17%)と収縮後の増加(+170±42%)を反復する。上部消化管の空腹期の周期運動はモチリンにより調節されていることが知られている。そこで,本研究では無麻酔状態のイヌにおける空腹期の胃血流調節におけるモチリンの役割を検討した。

【方法】超音波トランジットタイム血流計のプローブを左胃動脈および上腸間膜動脈の根部に装着し,同時に胃瘻,十二指腸瘻を作成した2)。胃および十二指腸の運動はカテーテル型圧センサーを瘻孔より挿入して記録した。血圧は埋め込み型圧センサーを大腿動脈に留置し,テレメトリーシステムにより記録した。

【成績】モチリンを経静脈的に投与(12.5, 25, 50, 100 pmol/kg/h)すると,周期運動に随伴すると同様の胃血流の変化を生じたが,小腸血流,血圧には影響を与えなかった。granisetron(5-HT3 antagonist)はモチリンによる胃運動を完全に抑制したが,モチリンによる胃血流の持続性の増加は抑制されなかった。Atropineは胃運動,分泌ともに抑制したが,胃血流の持続的増加は抑制しなかった。またhexamethonium, phenoxybenzamine, propranolol, cimetidineはモチリンの胃運動と血流の増加を抑制しなかった。一方,GM-109 (motilin antagonist)はモチリンの胃運動,血流,分泌作用を完全に抑制した。モチリンの胃血流増加作用はほぼVIPに匹敵した。

【結論】モチリンは胃の血管に選択的な拡張作用を有し,空腹期の胃血流調節に重要な役割をはたしている3)。

  1. Naruse S, Takagi T, Kato M, Ozaki T. Interdigestive gastric blood flow: the relation to motor and secretory activities in conscious dogs. Exp Physiol 1992;77:701-708.
  2. Nakamura T, Naruse S, Ozaki T, Kumada K. Calcitonin gene-related peptide is a potent intestinal, but not gastric, vasodilator in conscious dogs. Regul Pept 1996;65:211-217.
  3. Jin C, Naruse S, Kitagawa M, et al. Hayakawa T. Motilin regulates interdigestive gastric blood flow in dogs. Gastroenterology, in press.

 


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