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分子生理研究系

神経化学研究部門

【概要】

 前年に続いて,脳機能を分子レベルで理解することを目指して,特に抑制性神経回路に着目し,特異的に発現する遺伝子のcDNAクローニング,遺伝子改変マウスの作成,解析を行った。
 また,新しいスタッフの着任により,イオンチャネル・受容体等の神経細胞の機能素子の構造と機能に関する研究,ミトコンドリア分裂を引き起こす新規高分子量G蛋白質の細胞内動態に関する研究を開始した。

 

グリシン・トランスポーター2の遺伝子構造と選択的スプライシング

柳川右千夫,海老原利枝,山本友美,小幡邦彦(理化学研究所)

 グリシン・トランスポーター2(GLYT2)は,中枢神経系ではグリシン作動性ニューロンに特異的に発現し,グリシン作動性シナプスにおける神経伝達の終了に関与する。マウスGLYT2の発現調節機構を明らかにする目的で遺伝子解析を行った結果,全長が55 kb以上で18個のエクソンから構成されていた。また,マウス脳幹と小脳のmRNAを用いて5’-RACE法で解析した結果,3種類のアイソフォーム(GLYT2a,GLYT2b,GLYT2c)を検出した。いずれも1遺伝子からの選択的スプライシングを受けており,マウスGLYT2bとマウスGLYT2cの両分子とも,マウスGLYT2aよりN末端で8アミノ酸少ないことが予測された。これらの結果は,(1)GLYT2ノックアウトマウス作成,(2)グリシン作動性ニューロンをGFPなどで標識する遺伝子改変マウス作成の上で重要な情報となる。

 

小胞型GABAトランスポーターのノックアウトマウスの作成

柳川右千夫,海老原利枝,有田早苗,上松正和

 小胞型GABAトランスポーター(VGAT)は,GABAをシナプス小胞に蓄積させる。脳高次機能におけるVGATの役割を明らかにする目的で,誘導型VGATノックアウトマウスの作成を目指した。最初に,VGAT遺伝子のイントロン1およびエクソン3の3'側にloxP配列を配置し,CreRecombinase活性のある細胞でVGAT分子の機能を完全に破壊できるようにターゲティングベクターを構築した。このターゲティングベクターをES細胞に導入し,Southern法で相同組み換えのおこった11個のESクローンを同定した。このESクローンをblastocystに導入することでキメラマウスを作成した。今後,交配を重ねることにより,VGATノックアウトマウスを得る。そして,VGATノックアウトマウスについて,野生型マウスあるいはGADノックアウトマウスと行動解析などについて比較解析する。

 

GAD65ノックアウトマウスを用いた味覚情報処理におけるGABAの役割

柳川右千夫,志村剛(大阪大学大学院人間科学研究科),山本隆(大阪大学大学院人間科学研究科)

 味覚情報処理におけるGABAの役割を明らかにする目的で,GAD65ノックアウトマウスを解析した。基本味,混合味に対する嗜好性について,二ビン法によりGAD65ノックアウトマウスと野生型マウスとを比較検討した。四基本味に対する嗜好性では,両群に有意の差は認められなかった。しかし,ショ糖と塩酸キニーネの混合味に対する嗜好性では,GAD65ノックアウトマウスで溶液摂取量の低下が観察された。また,野生型マウスで観察されるミダゾラム投与後のショ糖摂取量の増加が,GAD65ノックアウトマウスでみられなかった。これらの結果は,混合味のような複雑な味の情報処理にGABAが関与していることを示唆した。

 

イオンチャネル・受容体の構造機能連関,機能調節に関する研究

立山充博,三坂巧,中條浩一,藤原祐一郎,長友克広,山本友美,久保義弘

 イオンチャネル,受容体,G蛋白質等の膜関連蛋白は,神経細胞の興奮性とその調節に重要な役割を果たし,脳機能を支えている。我々は,これらの神経機能素子を対象として,生物物理学的興味から「その精妙な分子機能のメカニズムと動的構造機能連関についての研究」に取り組み,また,神経科学的興味から「各素子の持つ特性の脳神経系における機能的意義を知るための個体・スライスレベルでの研究」を目指している。具体的には,分子生物学的手法により,神経機能素子の遺伝子の単離,変異体の作成,tagの付加等を行い,卵母細胞,HEK293細胞等の遺伝子発現系に再構成し,パッチクランプ等の電気生理学的手法,細胞内Ca2+イメージング・全反射照明下でのFRET計測等の光生理学的手法,細胞生物学的研究手法により,その分子機能を解析している。本年度は,本格的な研究の開始に向けて,研究室の整備と立ち上げを行った。

 

ミトコンドリア分裂を引き起こす
新規高分子量G蛋白質の細胞内動態に関する研究

三坂巧,久保義弘

 我々は,これまでに,ミトコンドリアに局在する新規高分子量GTP蛋白質をコードするcDNAをサケ科魚類脳そして,マウス脳より単離した。後に,他グループより,ヒトの相同遺伝子の点変異が遺伝性視神経萎縮(optic atrophy)の病因であることが報告されたため,マウスの遺伝子をmOPA1と名付けた。mOPA1蛋白の細胞内局在とその動態について,作成した特異抗体と種々のミトコンドリアマーカーを用いて解析した。その結果,COS細胞において,この遺伝子を過剰発現させるとミトコンドリアの分裂を引き起こすこと,分裂したミトコンドリアにおいては,ひだ状の構造が失われ,内外膜間部分が,片隅に押しやられている像を示すこと,そしてmOPA1蛋白は偏在した内外膜間に局在することが観察された。さらに,GTP結合能を失った変異体の機能解析により,ミトコンドリア分裂能自体はGTP結合に依存しないこと,膜間部分の偏在にはGTP結合能が関与していることが明らかになった。

 

 

分子神経生理研究部門

【概要】

 われわれの研究室では哺乳類神経系の発生・分化機構について研究している。特に神経上皮細胞(神経幹細胞)からどのようにして全く機能の異なる細胞種(神経細胞,アストロサイト,オリゴデンドロサイトなど)が分化してくるのか,について興味を持って研究を進めている。また,得られた新しい概念や技術はできるだけ社会の役に立てるよう努めており,臨床研究への応用を視野に入れながら,病態の解析にも努力している。脳神経系の発生・分化を考えるとき,内因的要因(遺伝子に支配されるもの)および外因的要因(外部からの刺激・情報により分化方向が規定されるもの)に分けて考えるのは当然であるが,脳神経系では他の組織の発生とは異なり特徴的なことがある。それは多様性である。一言に神経細胞と言っても顆粒細胞,錐体細胞などいろいろな形態の細胞があるし,大脳皮質の錐体細胞はどの領野の細胞かによりその機能が異なる。また,神経伝達物質の種類も様々である。大げさに言えば,神経細胞は一つ一つが個性を持っており,そのそれぞれについて発生・分化様式を研究しなければならない程である。また,均一であると考えられてきたグリア細胞(アストロサイト,オリゴデンドロサイト)にも性質の異なる集団が数多く存在することも明らかとなってきた。そのため,他の多くの細胞種や組織の分化研究とは異なり,細胞株や脳細胞の分散培養系を用いた研究ではその本質に迫るには限界がある。われわれはinvitroで得られた結果を絶えずinvivoに戻して解析するだけでなく,神経系の細胞系譜の解析や移動様式の解析をも精力的に行っている。
 近年,成人脳内にも神経幹細胞が存在し,神経細胞を再生する能力を有することが明らかとなった。この成人における神経幹細胞数の維持機構についても研究を開始した。糖蛋白質糖鎖の解析法を開発し,その生理学的意義について検討している。ヒト正常脳においてはその発現パターンが個人間で驚くほど一定に保たれており,現在考えられているより,もっと重要な役割を果たしていると思われる。事実各種神経変性疾患においてその発現パターンが変化していた。また,癌の転移にも糖蛋白質糖鎖が関与していることを示唆するデータも得ているので,病態時における糖鎖異常に着目して研究している。

 

時期特異的遺伝子組み換え法を用いたオリゴデンドロサイトの系譜解析

竹林浩秀,政平訓貴,古性美紀,渡辺啓介,小野勝彦,池中一裕

 オリゴデンドロサイトは中枢神経系においてミエリンを形成し,跳躍伝導を可能にするグリア細胞である。オリゴデンドロサイトは,胎生期脊髄においてはその腹側部にあるpMNドメインと呼ばれる限局した部位に由来する。このpMNドメインからは運動ニューロンも発生してくることから,両者の発生には共通の前駆細胞が関与していることが予想されていた。竹林らによりオリゴデンドロサイト特異的な転写因子としてOlig2が同定され,機能獲得実験および機能喪失実験から,Olig2がオリゴデンドロサイトと運導ニューロンの両者の発生に必須の遺伝子であることが明らかにされた。
 我々はさらにOlig2の機能を詳細に解析するため,時期特異的な遺伝子組み換え法であるCreERTM/loxPシステムを確立した。CreERTMはエストロゲン拮抗薬であるタモキシフェンの存在下でのみ活性化し,遺伝子組み換えを起こす。我々は機能喪失実験の際,すでにOlig2遺伝子座にCreERTM遺伝子をノックインしたマウスを作成しており,このマウスをCre依存的な組み換えによりlacZ遺伝子を発現するマウスと掛け合わせて,ダブルトランスジェニックマウスを作成した。Olig2の発現が始まる胎生9.5日に,タモキシフェンを投与し胎生期18.5日でのlacZ陽性細胞の細胞種を調べた。その結果,胎生9.5日にOlig2を発現している細胞からは,オリゴデンドロサイトと運動ニューロンだけではなく,アストロサイトや上衣細胞も発生してくる可能性を見出した。我々はさらに,タモキシフェンの投与時期によって発生してくる細胞種が異なるのかどうか,また,成体での長期的な細胞系譜の追跡を行っている。

 

オリゴデンドロサイト前駆細胞の移動制御機構の解析

小野勝彦,渡辺啓介,池中一裕

 中枢神経系の機能は,多くの神経細胞やグリア細胞が正確に神経回路を形成することによって成り立っている。そのため複雑な神経回路が形成される発生期において,適切な神経軸索の伸長や細胞の移動はガイダンス分子と呼ばれる拡散性または細胞表面上の分子によって厳密に制御されている。
 中枢神経系でミエリンを形成するオリゴデンドロサイトの前駆細胞(OPC)は腹側に限局した部位に出現し,その後長い距離を移動し神経系全体に広がる。我々はこの移動に関わる分子として,拡散性のガイダンス分子であるネトリンに注目している。ニワトリ胚視神経において,ネトリンがOPCの発生部位である第三脳室腹側部,視神経耳側に強く発現すること,さらにそのレセプターがOPCの出現部位でOPCと同局在することを示した。この結果はネトリンがOPCの移動に対して反発的に作用することを強く示唆するものである。
 この結果に加え,我々のネトリンノックアウトマウスの解析によって,ネトリンが発生期の脊髄での背腹軸のドメイン構造の形成に関わることが明らかとなった。この結果は,ネトリンが軸索や細胞をガイダンスする機能だけではなく,神経細胞とグリア細胞の分化に関わる可能性を示唆するものである。そこで現在は,OPCの移動に対するネトリンのガイダンス作用のみでなく,さらにパターン形成などネトリンの広範な機能について解析を進めている。

 

bHLH型転写制御因子Olig3の機能解析

丁雷,竹林浩秀,小野勝彦,池中一裕

 Olig遺伝子はbHLH型転写調節因子で,これまでに3種類が同定されている。このうち,Olig1とOlig2は,オリゴデンドロサイトや運動ニューロンの分化に重要な作用をすることが明らかにされた。一方,Olig3は当部門の竹林によって同定され,脊髄や間脳での発現が報告されている。しかし,その機能は全く不明のままである。Olig3の機能を明らかにするため,Olig3-lacZノックインマウスを作製した。しかし,Olig3欠損マウスは胎生早期に致死を示した。一方,このノックインマウスの組織をX-gal染色することにより,Olig3発現細胞を短期的に追跡しその系譜の解析を行なうことが可能となった。脊髄や後脳では,それらの領域の最背側部の細胞からOlig3の発現が始まることが,insituhybridizationや免疫組織化学染色により示されていた。さらにノックインマウス脊髄をX-gal染色することにより,最背側部の細胞がニューロンに分化し脊髄の腹側部まで移動することが強く示唆された。脊髄では,このようなダイナミックな細胞の移動はこれまで報告されていなかった。今後は,マーカーの導入やスライス培養により,この細胞移動とその動態をより詳細に解析していく。

 

モデルマウスを用いた脱髄の病態解明

田中久貴,松本路夫,東幹人,馬堅妹,山田元,田中謙二,竹林浩秀,等誠司,池中一裕

 当研究室ではすでに脱髄モデルマウスであるPLPトランスジェニックマウス(PLPTg)を作製し,報告している。このマウスは2ヶ月齢までにまでに一度髄鞘がほぼ正常に形成され,Na+チャンネルはランビエ絞輪に,K+チャンネルはjuxstaparanodeにそれぞれクラスタリングする。5ヶ月齢頃から脱髄が始まり,K+チャンネルのクラスタリングが崩れはじめる。そして8ヶ月齢までにNa+チャンネルのクラスタリングも崩壊していくことを明らかにした。脱髄が生じる理由について検討するために中枢神経系でミエリンを形成する細胞であるオリゴデンドロサイト前駆細胞の存在を調べたところ,野生型マウスの白質よりも数多く前駆細胞が存在していることが明らかとなった。現在,この前駆細胞がなぜ分化しないか検討中である。イオンチャネルクラスタリングの変化と跳躍伝導の相関を調べるために,Invivoでの中枢神経系(後索路,前庭・網様体脊髄路,錐体路)の伝導速度及び不応期の解析を行う実験系を確立した。この実験系による解析から,野生型に比べPLPTgでは,髄鞘がほぼ正常な2ヶ月齢において,著明な伝導速度の低下と相対不応期の延長を認めた。マイクロアレーを用いて,野生型とPLPTgでの遺伝子発現の差を解析し,これらの現象の原因について探索を進めている。神経幹細胞は自己複製能と神経系の多分化能を持つ未分化な細胞である。脳の発生期に神経系の細胞を産出して脳の構築を司るだけでなく,正常の成体の脳においても特定の領域に存在し続け,神経新生を行っている。最近になって,成体の脳内に存在している内在性の神経幹細胞が,適切な誘導によって活性化されて脳の損傷を修復するという報告などから,中枢神経疾患に対する成体神経幹細胞の有用性は極めて高いことが示唆される。また自己複製能と多分化能を有するこの神経幹細胞の選択的培養法として,neurosphereassayが確立されている。この方法は,脳室周囲組織から採取した細胞を,成長因子を含む無血清培地で培養することで,球状の細胞塊neurosphereとして神経幹細胞を培養,増殖させる方法である。Neurosphereは継代する事で再び細胞塊を形成し,また増殖因子を除いた状態で培養皿に接着させると,神経細胞・アストロサイト・オリゴデンドロサイトの3種類の細胞を作り出すことが可能である。多発性硬化症を代表とするヒトの脱髄性疾患は,神経軸索を覆って保護するとともに跳躍伝導を可能にしている髄鞘が破壊され,迅速な神経伝達が失われる病態である。我々は,上述の脱髄モデルマウスを用いて,脱髄病態における神経幹細胞の動態と,神経幹細胞移植による再ミエリン形成のメカニズムの解明を行っている。この際,移植した神経幹細胞からオリゴデンドロサイトへの分化の動態を追うために,成熟したオリゴデンドロサイトで発現するプロモーター配列の下流にLacZレポーター遺伝子をもつマウスから神経幹細胞を調製し,脱髄モデル動物にこのレポーター遺伝子を持つ神経幹細胞の移植を行っている。この結果,移植した神経幹細胞は脳内に生着し,成熟したオリゴデンドロサイトへの分化が認められた。今後,neurosphereassayと移植法をより詳細に検討していき,病態での神経幹細胞の動態を解明していく予定である。

 

アストロサイトの分化,発生様式に関する研究

小川泰弘,成瀬雅衣,竹林浩秀,等誠司,池中一裕

 我々は米国コネチカットヘルスセンター大学のMatt Rasbandと共同研究を行い,アストロサイトを認識する多数の新規モノクローナル抗体を用いてアストロサイトの発生段階における多様性について検討を行った。その結果,発生期のマウス脊髄において,アストロサイト前駆細胞においても神経細胞と同様にドメイン構造に対応した多様性が存在することが示唆された。特に胎生期12.5日齢マウス脊髄においては,それぞれ腹側/背側の転写因子であるPax6/Pax7の発現ドメインに対しGLASTおよびephrin-B1が相補的に発現することが示された。これらを発現する細胞はアストロサイト前駆細胞であることから,前駆細胞での多様性が,その後のアストロサイトの分化に影響を与えることが示唆される。
 中枢神経系発生過程において,神経幹細胞はまず神経細胞を産生し,その後グリア細胞を産生する。神経幹細胞/神経前駆細胞からアストロサイト・オリゴデンドロサイトへの運命決定の機構に関しては,不明な点が多い。われわれはプロテアーゼインヒビターであるシスタチンCに着目して研究をおこなってきた。シスタチンCは,アストロサイトの発生・分化を制御する因子として当研究室で独自に単離された因子である。遺伝子発現解析により,シスタチンCはグリア細胞の発生する時期に脳室層周囲に産生されることが明らかになった。さらに,シスタチンCは,胎児期の神経幹細胞の増殖,生存に促進的に作用する機能を持つこと,アストロサイトの分化を促進し,オリゴデンドロサイトの分化を抑制する機能を有することが培養系において示された。以上の点からシスタチンCがアストロサイトの発生を制御する因子の一つである可能性,またアストロサイトの発生は,オリゴデンドロサイトの発生とも密接に関わっている可能性が示唆された。

 

アストロサイト機能不全モデルマウスの開発

田中謙二,竹林浩秀,池中一裕

 アストロサイトの新しい機能がinvitroで次々に明らかにされている。しかし,発見された機能が,脳活動にどのような貢献をしているのか分かっていない。脳活動の評価は個体を用いた解析,すなわちinvivoの解析が必要になる。そこで我々は,Cre-loxPシステムを応用した領域特異的なアストロサイト操作可能なモデルマウスの開発に着手した。マウスGFAPプロモーターの制御下でEGFPを発現するが,Cre組換え酵素が発現する領域のアストロサイトに限ってヒト変異GFAP(致死性神経疾患であるAlexander病の原因遺伝子であり,これまで報告されている変異の中で最重症のもの選択した)を発現するコンストラクトを持つトランスジェニックマウスである。対照にはCreによる組換え後にヒト野生型GFAPを発現するマウスを作出した。ファウンダーマウスを変異型,野生型それぞれで10ライン以上作出する事が出来た。すべてのラインでアストロサイトにEGFPを発現することが確認できた。

 

神経幹細胞の発生

等誠司,東幹人,成瀬雅衣,池中一裕

 胚性幹細胞(ES細胞)は万能細胞とも呼ばれ,我々の体を形成する全ての細胞に分化する能力を秘めると考えられている。近年,病気やケガで損傷した組織を,外から手を加えて再生させるという,再生医学が注目を浴びており,その材料の有力候補としてES細胞を用いた研究が進められている。神経組織,中でも中枢神経系は神経細胞の多様さや構造の複雑さのゆえ,特に再生が困難な組織と考えられる。これまでにも,ES細胞から神経細胞を分化誘導できることは示されていたが,我々は全く新しい方法を用い,ES細胞から神経幹細胞(さらに分化させて神経細胞やグリア細胞も)を作成する技術を確立した。脳に存在する神経幹細胞に比べて,より高い多分化能を示すことから,未分化神経幹細胞と呼んでいる。
 未分化神経幹細胞は,発生初期の胚の中にも存在する。マウス胎生5.5-7.5日胚のepiblast/neurectodermをleukemia inhibitoryfactor存在下で培養することにより,浮遊細胞塊を形成することで未分化神経幹細胞を検出できることを報告した。未分化神経幹細胞はinvitroで神経幹細胞へと分化させることができ,この過程にNotchシグナルの活性化が必須であることを解明した。今後は,未分化神経幹細胞から神経幹細胞へのinvitro分化系を利用し,神経幹細胞の発生・分化に関わる因子の同定や,それに付随する領域特異性の獲得の分子機構を解明していく予定である。

 

脳の発生と糖鎖

石井章寛,等誠司,Stephen Pfeiffer,池中一裕

 すべての細胞表面はタンパク質あるいは脂質を介して糖鎖で覆われており,これらの細胞表面糖鎖は,細胞間相互作用やシグナル伝達に深く関わっていると考えられている。これまでに我々は2種類の分析系-糖鎖構造解析系,糖鎖修飾遺伝子の網羅的解析系-を構築した。糖鎖構造の解析は,順相カラム・逆相カラムおよび陰イオン交換カラムを用いる3次元HPLCシステムで行い,細胞あるいは組織に発現する糖タンパク質のN- 結合型糖鎖をすべて同定できるようになった。この結果,(1)マウス,ヒト脳内に発現する糖鎖の割合は高い類似性示すこと,(2)脳内糖鎖発現パターンは個体発生の各時期で劇的に変化することから,脳の構築と発現糖鎖に密接な関係があると推察された。遺伝子発現解析は,マクロアレイ解析システムを用い,120以上の糖鎖生合成/分解酵素遺伝子群の発現変化を網羅的に解析できるようになった。その結果,神経変性疾患,細胞の分化などに伴う糖鎖パターンの変化を遺伝子発現レベルでも理解できるようになった。
 我々はこれらの手法を用いてさまざまな研究を行っている。例えば,髄鞘における糖鎖の意義を解明するために,髄鞘形成時および形成前後の正常マウスからスクロースグラジエント法を用いて髄鞘を抽出し,糖鎖の発現解析を行った。その結果,全脳に比べて髄鞘に増加あるいは減少する糖鎖構造がある事が分かった。現在,増減のある糖鎖が髄鞘の形成に伴って変化するか検討しており髄鞘形成と糖鎖発現の関係を明らかにできると期待できる。さらに,脱髄と糖鎖発現の関係を明らかにするために脱髄モデルマウスであるPLP transgenicマウスから同様の手法を用いて髄鞘を精製し,発現糖鎖の比較を行う事できるか検討している。また,糖鎖を指標とした神経幹細胞の単離法を確立するために,未分化状態あるいは分化させた神経幹細胞の糖鎖パターンを解析し,神経細胞・グリア細胞の運命決定や領域特異性付与に関わる糖鎖の同定を進めている。

 

糖蛋白質糖鎖解析方法の改良

田辺和弘,池中一裕

 ヒドラジン分解法,および2-アミノピリジン標識法は,組織に発現するN結合型糖鎖の定性および定量において有効な分析手段である。しかしながらこれらは煩雑な作業が伴う他,多くの時間を要することが欠点であり,多検体を処理する場合においてこれらは無視できない要因であった。われわれはこれらの問題を解決するために,ヒドラジン分解の後処理工程のハイスループット化と,2次元マッピング法の自動化に着手した。「ICA」と名付けたカラム内でのヒドラジン除去とN-アセチル化の一括処理を行う方法を用いると,従来の方法に比べて著しく後処理工程を短縮することができ,さらに糖鎖回収率も従来法に比べ改善させることができた。また2次元LCではイオン交換カラムを順相HPLCと逆相HPLCの間に挿入することにより,試料(糖鎖)を保持したまま,順相から逆相溶媒に置換することができ,これまで困難とされてきた順相HPLCと逆相HPLCの接続を可能とした。ICAと2D-HPLC法により,糖鎖解析に要する労力は大幅に軽減され,多検体同時処理がを可能とした。

 

新規癌遺伝子の発現様式に関する研究

中島弘文,小野勝彦,池中一裕

 我々の研究室は,消化器癌の発生にorphan receptorの一つであるG-protein coupled receptor 35 (GPR35) が関与している可能性について報告している。
 このGPR35の遺伝子発現形式について,正常消化管粘膜・胃癌・大腸癌を中心に検討してきたところ,正常胃粘膜には発現が弱いが細胞分裂帯には発現が認められる事,胃粘膜の腸上皮化生部に高発現していること,分化型胃癌においても高発現している事より,胃癌発生において何らかの役割を担っている事が類推されている。
 現在,この分化型胃癌発生におけるGPR35の生理学的機能を解析する準備をすすめている。

 

 

細胞内代謝研究部門

【概要】

 細胞内代謝部門では従来,生物活性物質や細胞−細胞間刺激に対する細胞の刺激受容機構,細胞内情報伝達機構,細胞機能発現機構を研究対象としてきた。特に受精時のCa2+増加やCa2+振動機構の研究を通して受精機構,卵成熟機構の研究を行ってきた。毛利,吉田らはマウス卵母細胞の自発的Ca2+振動機構,内分泌撹乱物質(エストロゲン)の卵母細胞への影響について研究を行った。本年2003年4月より曽我部正博(名大・大学院・医)が客員教授として着任し,11月より平田宏聡研究員が加わったことにより,研究内容も増大した。すなわち,電気生理学や先端バイオイメージングを用いて,イオンチャンネルや細胞内シグナル分子の動態を測定し,細胞応答に至るシグナルネットワークの時空間的統御機構の解明を目指している。特に機械刺激に対する細胞シグナリング機構の研究を展開しはじめた。

 

未成熟卵母細胞のCa2+振動に対するエストロゲンの作用

毛利達磨
吉田 繁(近畿大学・理工学部・生命科学科)

 卵巣から取出したマウス未成熟卵母細胞(以下卵母細胞)も自発的カルシウム振動をしている。卵母細胞は卵巣内でも,カルシウム振動をしており各種ホルモンの制御を受けて成熟すると考えられる。しかし,代表的なホルモンであるエストロゲンと卵母細胞発達との関係は不明である。エストロゲンやエストロゲン様内分泌撹乱物質によるカルシウム振動に及ぼす作用を調べるために,マウス卵巣から採取した卵母細胞をカルシウム蛍光色素Fura-2で染色し,顕微鏡下で自発的カルシウム振動を測定し,明視野での同時形態変化解析を行った。その結果,1)単離卵母細胞だけでなくスライスした卵巣内でも卵母細胞は自発的カルシウム振動を示した。2)エストロゲンの代表であるE2(17β-estradiol),細胞膜を通過しないE2-BSAでも,はカルシウム振動を抑制するだけでなく,振動パターンも乱すことがわかった。

 

F-アクチン網目構造からの張力依存的なストレスファイバーの形成

平田 宏聡
曽我部 正博

 内皮細胞や繊維芽細胞ではミオシンを含んだF-アクチンの束であるストレスファイバーが形成される。ストレスファイバーは細胞内外の力学環境の変化に応じて解消・再構成されることから,細胞内における力学トランスデューサーとして機能している可能性がある。しかし,その形成・解消の分子機構は不明である。Rho kinase阻害剤によりストレスファイバーを解消させた繊維芽細胞から作製したセミインタクト細胞を用い,ストレスファイバー形成の分子機構を調べた。その結果,セミインタクト細胞において,編目状のF-アクチンがミオシンII依存的に細胞中心方向へ移動しながら束化されることが示された。またF-アクチン網目構造を細胞中心方向へ人為的に引張ることによってもF-アクチンが束化することが観察された。F-アクチン網目構造がミオシンII依存的に引張られ,張力依存的にストレスファイバーに再編されるものと思われる。

 


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