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統合バイオサイエンスセンター

時系列生命現象研究領域

【概要】

 我々の部門は,神経発生過程における電気的活動の役割をそれを担う分子であるイオンチャネルやトランスポーターの発現制御を明らかにすることを第一目標としている。中枢神経細胞の主要なNavチャネルであるNav1.6の発現制御機構を解析することを目指した研究の第一段階として,発現系細胞を用いた機能再構成実験に成功した。また発生過程における電気的活動に関わる新規分子の探索を行い,イオンチャネル様の電位センサーと酵素を兼ね備えた新規タンパクの発見に到った。更に個体レベルで機能素子分子の発生過程での役割を同定するために,尾索動物で分子機能抑制実験を行った。

 

中枢神経細胞の自発発火を規定する
電位依存性NavチャネルNav1.6の持続性電流の制御機構

岩崎広英,岡村康司,高木正浩
白幡恵美,早坂清(山形大学医学部小児科学教室)

 持続性Nav電流は,ニューロンの興奮性の制御に重要であることが知られているがその分子実体は不明である。我々は自発発火特性を規定する重要なイオン機構である持続性Nav電流の形成機構を理解するため,中枢神経系ニューロンの主要なNavチャネル成分の一つであるNav1.6に注目し発現系細胞を用いて電位固定法による電流解析を行った。ヒトNav1.6チャネルの全長cDNAをPUC19にクローニングしアフリカツメガエル卵母細胞及びtsA201細胞へ発現させた。Nav1.6単独で顕著な持続性電流を生じ,その電流量は同じ神経系に発現するNav1.2に比較して有為に大きかった。持続性Nav電流の性質は,beta1サブユニットの共発現によって影響を受けなかった。持続性電流の成立機構を解析するための実験系として有用であると考えられる。

 

尾索動物ユウレイボヤゲノムからの
イオンチャネル関連分子遺伝子の網羅的解析

岩崎広英
村田喜理
森 泰生(京都大学大学院)
岡田泰伸
高橋信之
中條浩一
佐藤矩行(京都大学大学院)
佐藤ゆたか(京都大学大学院)

 尾索動物ホヤは,ゲノムサイズが小さく,神経系を構成するニューロン種,ニューロン数が極めて少ないため,チャネル遺伝子から個体レベルの生理機能をつなげるモデル生物として有望である。今回,ゲノムプロジェクトがなされたカタユウレイボヤにおいて網羅的にイオンチャネル様遺伝子のリストアップとアノテーション作業を共同で行い,160個以上のイオンチャネルについて,ヒト,フグ,線虫,ショウジョウバエにおける類似遺伝子との関係をアミノ酸配列の系統樹の作成によって検討した。その結果,神経シグナル伝達に関わるチャネル群(電位依存性チャネル及び,伝達物質受容体チャネル)は,脊椎動物のプロトタイプ的遺伝子が最少数存在するのに対し,イオン輸送などのホメオスタシスに関与するチャネル群は,遺伝子数が哺乳類のそれに匹敵し,分子種もホヤ独自の系列において多様化していることが判明した。更に,チャネル機能に重要なアミノ酸配列,Est情報による発現時期,発現細胞の同定も行った。これらのデータベースは論文として投稿するとともに,ホームページ上で公開する予定である。

 

哺乳類脊髄リズム形成の神経回路の発達機構

中山希世美

 神経系の発達過程において,GABAAおよびグリシン受容体を介した興奮性の入力が一過性かつ広汎に現れることが知られている。このようなGABAおよびグリシンを介した興奮が歩行運動や脊髄反射などを司る脊髄内神経回路網の形成に重要であるかを明らかにするため,その発現が発生初期の細胞では少ないためにこのような興奮性がおこると考えられているK+-Cl-cotransporter isoform 2 (KCC2)を発達過程の脊髄に強制発現させる系を確立した。歩行運動様リズムが起こり始める時期のマウスの胎児脊髄にIRES-GFPベクターを使ってエレクトロポレーションを行うことにより,分裂中の脊髄ニューロンにKCC2遺伝子とGFP遺伝子を同時に導入した。その結果,遺伝子導入の1日後から出生直前のマウスまで,脊髄後角を中心にGFPでラベルされた細胞を確認した。今後この標本を用いて脊髄内神経回路形成におけるGABAおよびグリシンを介した興奮の役割を検討する。

 

新規電位センサー分子のゲート電流解析

岩崎広英
村田喜理
佐々木真理

 発生過程での電気活動や膜電位変化の役割を担う分子メカニズムを探るため,脊椎動物の始原的祖である尾索動物のゲノムから網羅的に電位センサーを有する分子を探索したところ,偶然にもチャネル様電位センサーを有するタンパクをコードするがポアを欠く遺伝子を同定するに到った。この分子はPTENと相同なホスファターゼドメインを有し,電位センサーと酵素活性の両方を示す分子であることが予想された。電位センサー部分のみをツメガエル卵母細胞に発現させると大きなゲート電流様の非対称性電流を生じ,その電流はS4様セグメントの陽チャージをなくした変異分子では見られなかった。この分子の電位センサー領域はチャネルのそれと同様なメカニズムで動作することが示された。

 

筋細胞機能発達における電位依存性Caチャネルの役割

中條浩一(東京医科歯科大学大学院,現在生理学研究所)
大塚幸雄(産業技術総合研究所)

マボヤ発生過程での電位依存性Cavチャネル活性の役割を明らかにするため,Cavチャネルサブユニット遺伝子の同定をおこなった後,アンチセンスモルファリーノオリゴヌクレオチドを合成し,受精卵に顕微注入した。その結果,嚢胚形成の異常,尾部伸張の異常などの形態異常を示した。しかし,形態異常を伴わない場合にも運動機能の異常を示した。この点を更に明らかにするため,ファロイジン染色によるアクチン筋線維走行を検討したところ正常の幼生では螺旋状の形態を示すのに対して,アンチセンス注入幼生ではランダムなアクチン線維の走行を示し,また筋細胞間の接続部でアクチンが減少していた。同様な現象はd-ツボクラリン処理胚でも見られ,またアクチンミオシン相互作用を抑制するBTS処理胚でも見られたので,神経入力による筋収縮活動そのものがアクチン線維の構築形成に重要であることが明らかになった。

 

電位センサーの支配を離れた電位依存性Kチャネルの開閉

久木田文夫

 イカ電位依存性Kチャネルでは,高濃度の非電解質(グリセリン,ソルビトールや蔗糖など)中で,膜電位変化に対して瞬時に応答する電流成分が見られる。それに続く典型的な遅延性整流K電流は粘性依存的に立ち上がり時間が長くなる。最初の成分は電位センサーの支配を離れて開閉する成分であるが,その割合は溶液の浸透圧と共に増大する。この現象の分子的機構を解析中である。

 

 

戦略的方法論研究領域

【概要】

 「構造と機能」という分子生物学のパラダイムは生物の機能が生体高分子,特に蛋白質の独自の構造によって支えられていることを明かにして来た。本部門では細胞内超微小形態を高分解能,高コントラストで観察する新しい電子顕微鏡の開発を背景に細胞の「構造と機能」を研究している。
 永山グループはDNA1分子の塩基配列直読法の開発,チャネル蛋白質の電子線構造解析の研究を行った。
 物質輸送に関する研究が主眼である村上グループは,健常者の唾液糖と血糖の関係を唾液分泌速度と共に測定し,ラット顎下腺における傍細胞輸送の成果を臨床応用に結び付けることが可能になった。また,ケンブリッジ大学,カリアリ大学との共同研究も継続発展している。7月には第8回NMRマイクロイメージング研究会をカンファレンスセンターで主催し国内外より70名が参加した。大橋はエンドサイトーシス経路における選別輸送の研究を変異細胞を用いて行った。また年度中途の11月より助教授として瀬藤光利が当部門に赴任した。神経系の代謝研究,特に蛋白質の翻訳後修飾の分子生物学的,生理学的研究を開始した。

 

位相差電子顕微鏡の改良

Radostin Danev,杉谷正三,永山國昭

 電子位相顕微鏡の改良,すなわちZernike位相差法(π/2位相板の利用),微分干渉法相当のヒルベルト微分法(π位相板の利用)の改良を行った。ハードウエアについては電子銃を新規電界放射電子銃に交換し,輝度を確保した。また帯電防止位相板の昇温について最適条件を探索した。ソフトウエアについては新しいVirtual TEMの設計とコーディングを行った。Virtual TEMは電子顕微鏡実験をコンピュータ内でおこなうもので,対象物質の構造と元素組織がわかれば電顕像を通常法,位相差法を問わずシミュレーションするものである。これにより,事前に実験結果を予測できるようになった。

 

位相板用炭素薄膜の材料科学的研究

Dorian Minkov,Radostin Danev,伊藤俊幸,大河原浩,永山國昭
宇理須恆雄(分子研)

 位相板の帯電防止は電子位相顕微鏡にとって死命を制する重要な要素技術である。帯電の原因が位相板に付着した3種(有機物,酸化金属,マイカ粉)汚れによることが昨年度わかったので,その解決法を探求した。有機物汚れについては位相板を常に200〜300度の高温に保つことで防止できることがわかった。しかし位相板作成工程で不可避的に入るマイカ粉汚れについては種々の対策を行ったが解決されなかった。

 

DNA/RNA塩基配列の電子顕微鏡1分子計測法の開発

Krassimir Tachev,高橋佳子,伊藤俊幸,大河原浩,永山國昭
片岡正典(計算科学研究センター)
田坂基行(東大院・理)

 DNA/RNAの塩基配列決定の高速化を図るため,電子顕微鏡技術を基軸に新しい方法論を開発している。この方法はi) DNA/RNAの一本鎖の利用,ii) 完全伸長した多数の一本鎖DNA/RNA分子の一方向整列によるアレイ作成,iii)アレイ化した一本鎖DNA/RNAへの単量体A,T,G,Cの有機溶媒中での特異的水素結合,vi) 単量体塩基にあらかじめラベルしたマーカー分子(メタルクラスター)の電顕による観察と識別,v)識別したマーカー分子からの塩基配列の解読,の5つの要素技術により成り立っている。マーカーの識別には0.3nmの空間分解能と定量的コントラスト測定の2要件を満たす電子顕微鏡が必要だが,これは当部門で開発した位相差電顕を用いることになる。その他の要素技術は多くの未踏技術を含んでおり,現在開発中である。

 

潅流ラット顎下腺における傍細胞輸送経路
−唾液糖から血糖を推定する試み−

村上政隆
篠塚直樹,中村健治(札幌IDL)
桜井 健,杉谷博士,古山俊介(日本大学松戸歯学部)

 原唾液は細胞の中からの分泌と傍細胞経路を通過した成分との混合物であり,血液成分は唾液に移行しうる。バイオセンサを用いた自己血糖測定器が広く普及しているが,少量の血液を必要とするため,測定するには痛みや苦痛を伴う問題がある。本研究では非侵襲血糖測定法を開発するため,ラット摘出血管灌流顎下腺を用い分泌液糖と灌流液糖の関係について検討した。
 分泌液糖はグルコース脱水素酵素,NAD+,1-Methoxy-5-methylphenazinium methylsulfate(1-メトキシPMS)および2-(4-Indophenyl)-3-(4-nitrophenyl)-5- (2,4-disulfophenyl)-2H-tetrazolium (WST-1)から生成されるホルマザンを比色測定により測定した。灌流液糖濃度が一定でも,分泌液糖濃度は唾液分泌速度の変化に伴い変化し,灌流液糖濃度に対し必ずしも比例しなかった。一方,唾液糖濃度と灌流液糖濃度の比(S/P-G比)は唾液分泌速度に対し反比例の関係が得られた。このことは,1)唾液分泌速度が低い時,(S/P-G)比は高くなるとともに大幅にばらつき,2)唾液分泌速度が高い場合(S/P-G)比は一定値に収束した。唾液分泌速度が高い場合の値は灌流液の糖濃度に比例し変化した。唾液分泌速度が高い場合,唾液糖測定は非侵襲血糖測定法として可能性あることが示された。
 日本大学松戸歯学部にて健常者42名(男:28人女:14人,年令20〜28才)の耳下腺および顎・舌下腺唾液を刺激時および非刺激時に採取し,血糖値と比較検討した。口腔内を殺菌剤および水でよく洗浄した後,余剰水分を拭き取り唾液採取,採取前後の採取具重量を計り分泌速度を求めた。無刺激の耳下腺唾液において,唾液分泌速度と(S/B-G)比は反比例関係が認められた。甘味刺激を加え,唾液分泌速度を増加させると(S/B-G)比は一定となった。舌・顎下腺の方が耳下腺より唾液分泌速度が速く,刺激の有無に関わらず(S/B-G)比は一定になった。その結果,唾液分泌量が最も多い刺激条件下の舌・顎下腺より採取した唾液の糖測定は,非侵襲血糖測定法として用いうる可能性が高いことを見出した。

 

潅流ラット顎下腺における水分泌調節機構

村上政隆,大河原浩
細井和雄,KwartariniMurdiastuti(徳島大学歯学部)
Bruria Sachar-Hill, Adrian E. Hill(ケンブリッジ大学生理科学部)

 原唾液は細胞の中からの分泌と傍細胞経路を通過した成分との混合物であり,血液成分が唾液に移行するのはこのためである。標識デキストランをプローブとして分子径に対する分泌プローブの唾液/潅流液比を求めると,フィルター特性は,水の分子半径1.5Åでは1の値に外挿され,水のほとんどが細胞間隙/tight junctionを通過することを示唆した。さらに,管腔に導入した蛍光色素の希釈経過から細胞経由の水分分泌を求めると刺激初期一過性分泌と持続期には低レベルとなり,灌流腺での分泌速度と比較すると持続刺激期には傍細胞輸送経路を通過する水分が腺を経由する水分より多いことが示された。ここに水分子を主に通過させると考えられてきた管腔側膜に存在するAQP5がどのような機能を有するかが大きな疑問となった。HillはAQP5が浸透圧受容器として働き,高浸透圧の唾液が細胞より分泌されると細胞間隙経路を使う水分輸送が増加し原唾液浸透圧を低下させる仮説を提出した。細井らはSDラットnにおいてAQP5発現と分布が不均一であることを見いだしAQP5低発現ラットを開発した。我々は2002年度に続き,AQP5低発現ラットの開発を待って血管灌流顎下腺の高浸透圧ショックに対する水分泌反応の違いを比較検討した。AQP5低発現ラットでは通常ラットにくらべ分泌反応には大きな差は観察されないが,高浸透圧ショックに対する水分分泌の低下程度は少なく,調節機能低下が示唆された。また,AQP5を阻害する水銀の効果を比較する予備実験を行った結果,低濃度の水銀でAQP5低発現ラット顎下腺の反応が再現された。現在,浸透圧ショック時の傍細胞輸送能の変化を測定している。

 

灌流ラット顎下腺の細胞間分泌細管の分泌時形態変化

村上政隆,前橋 寛
Alessandro Riva, Felice Loffredo, Francesca Testa-Riva(Cagliari大医,細胞形態学)

 灌流腺実験の利点は水分泌,蛋白分泌,酸素消費などの種々の生理機能を静止時と刺激時を明確に分離して測定できることにある。ラット顎下腺において細胞間分泌細管(IC)での開口分泌と腺レベルのムチン分泌が連結された。しかし1mMのcarbachol (CCh)刺激では水分泌と酸素消費は刺激中維持されるが1mMのisoproterenol (ISP) 添加では予測されたこれらのup-regulationは観察されなかった。一方0.1mM CCh刺激下での0.5mM ISP添加は水分泌と酸素消費を増加させた。さらにP-31NMR観測により低濃度のCCh分泌刺激でも1mM ISP添加によりATPが細胞より放出されうることが示された。これらの観察は低濃度CCh刺激が唾液分泌調節の研究には望ましいことを示している。1mM以上の高濃度CChおよびISP刺激ではICの変形とATP放出が起る。今回低濃度のCCh and/or ISPをもちいて灌流顎下腺の開口分泌反応を高分解能SEMにより形態学的に検討した。その結果,刺激試薬の生理学的濃度範囲では,個々の開口分泌の形態変化には刺激薬の濃度依存性はなかった。しかし腺レベルのムチン分泌は用量依存的に増加するので微視的な開口分泌の時間的頻度が増加すると考えられる。これは開口分泌の顕微鏡レベルの単位分泌が空間的および時間的に加算されて腺レベルの巨視的な分泌を形成することを意味する。すなわち,微視的な開口分泌は分泌の微小単位であり,生理学的刺激範囲では用量依存的な形態変化は示さず,微小単位の加算により巨視的な分泌が形成される可能性が支持された。

 

単粒子解析による膜タンパク質TRPM2の立体構造解析

松本友治,永山國昭
原雄二,森泰生(京都大院工)

 カルシウム透過性カチオンチャンネルTRPM2は細胞内レドックス状態の変化によって引き起こされる細胞死に関連があるものと考えられている。本研究では,バキュロウイルス−カイコ系を用いて大量発現させたTRPM2をアフィニティカラムならびに微量ゲル濾過によって精製し,アミノ酸組成比が配列情報から予想される値とほぼ一致するサンプルをmgオーダーで得た。
 陰染色試料を作成して電子顕微鏡下で観察したところ,粒径10nm弱の比較的サイズの揃った多数の粒子像が確認できたので,単粒子解析による立体構造モデルの構築を試みた。単粒子解析では元の粒子像に含まれるノイズにより各粒子像間の角度関係の推定が困難となることが多い。本研究ではトモグラフィー的手法を適用し,一軸傾斜像シリーズから予め相互の角度関係の分かった粒子像を得ることで逆投影操作の精度を高め,比較的少数の粒子像から分解能3.2nm程の立体構造モデルを得た。

 

エンドサイトーシス選別輸送のメカニズムの解析

大橋正人

 エンドサイトーシス経路の生理機能とメカニズムの解明を目指している。これまでに,後期エンドソーム多胞体(MVB)からゴルジに向かう受容体の,MVBからの選別にコレステロールが必要なこと,そこで必要なコレステロールを供給するコレステロール合成酵素であるNAD(P)Hステロイド脱水素酵素様蛋白質(Nsdhl)が,後期エンドソームでの選別機能蛋白質であるTIP47と細胞内脂肪滴(LD)表面で共存すること,胎児発生異常の原因変異G205Sを持つNsdhlはLD上に局在できないことなどを示した。本年度は,Nsdhlが,LDの有無によりLD-小胞体間で二相的分布を示し,その局在により,コレステロールの生合成系が調節されることを示すデータを得た。以上の知見より,LD表層ドメインがコレステロール代謝系と細胞内膜系での細胞シグナル分子選別機能を結びつける制御プラットフォームとして働いているという仮説を提唱した。

 

 

生命環境研究領域

【概要】

 イオンチャネルは,細胞内環境を外環境から隔てている形質膜に存在し,イオン流入・流出等を仲介することによって,外環境からの刺激に対する細胞応答を制御している。多様な環境変化に対応すべく,イオンチャネル群は,活性化開口させるトリガー(或いはアゴニスト)への応答性及び輸送物質選択性において,進化的に莫大な多様性を獲得している。本研究領域においては,環境への生物応答の本質に迫るべく,様々な物理刺激や生理活性物質をトリガーとするカルシウムイオンチャネルに焦点を当て,どのように遺伝情報としてコードされているか,さらにその活性化機構や細胞生理機能の解明を行っている。またイオンチャネルを介して流入したカルシウムイオンにより,様々な細胞応答が繰り広げられる。我々は遺伝学的手法や新規分子プローブを駆使し,細胞内カルシウムシグナリングの分子メカニズム解明を目指している。

 

酸化修飾により活性化するCa2+透過性カチオンチャネルのメカニズム解析

吉田卓史,原 雄二,西田基宏,森泰生

 細胞外からのCa2+流入を促すCa2+チャネルには電位依存性型,リガンド作動性型,受容体活性化型の3種類に大別される。我々のグループでは受容体活性化Ca2+チャネルの分子的実態として考えられているTRPチャネルのひとつTRPC5が,活性酸素種であるH2O2や活性窒素種であるNOにより活性化することを明らかとした。これら酸化剤によるTRPC5活性化にはシステイン残基の特異的酸化が必須である。我々は分子プローブを用いた検討から,TRPC5活性化に関与する標的システイン残基の同定に成功した。
 またTRPC5はレチノイン酸誘導により血管内皮細胞での発現が増強することが知られている。我々は現在TRPC5の内皮細胞における生理的意義同定を試みている。さらにTRPC5遺伝子欠損マウスの作製を行っている。

 

免疫B細胞におけるCa2+シグナル増幅機構

西田基宏,清中茂樹,沼賀拓郎,森泰生

 ホスホリパーゼC (PLC)は受容体を介したCa2+動員やシグナル伝達の中枢的役割を担っている。PLCの活性化は,イノシトール3リン酸(IP3)を産生し,ストアーからのCa2+放出や細胞外からのCa2+流入を引き起こす。非興奮性細胞において,受容体刺激は2相性の細胞内Ca2+濃度上昇を引き起こす。最初のCa2+応答はストアー依存的であるが,持続的なCa2+応答の分子メカニズムは未だに良くわかっていない。PLCg2を欠損させた免疫B細胞株DT40とIP3センサータンパクを用いて,受容体刺激やストアー枯渇刺激による細胞外からのCa2+流入とPLCg2活性との関係を調べた。その結果,Ca2+流入がPLCg2のC2ドメインを介してPLCγ2を膜近傍マイクロドメインに移行させ,持続的なCa2+振動(オシレーション)を引き起こすことを明らかにした。また,PLCγ2は恒常的にTRPC3カルシウム透過型チャネルと結合することで,受容体刺激によるCa2+応答を増大させていることを明らかにした。Ca2+流入によるPLCγ2活性化は,IP3産生を介してCa2+シグナルを増幅させる一方で,ジアシルグリセロール(DG)を産生しMAP kinase (ERK)を活性化させた。ERKは従来から細胞増殖・分化を誘導するシグナルとして位置付けられていることから,TRPチャネルを介したCa2+流入によって引き起こされるシグナル増幅機構がB細胞における細胞応答に必要不可欠であることを証明した。現在,欠損細胞株を用いたTRPC3チャネル機能解析,新規カルシウム流入阻害剤の開発およびその薬理学的解明を行っている。

 

細胞内蛋白質の活動の可視化を目指した蛍光性バイオセンサーの構築

清中 茂樹,西田 基宏,森 泰生

 細胞内の生命現象を明らかにするために,細胞内バイオセンサーに関する研究が精力的に進められている。小分子濃度を感知するセンサー構築においては,Ca2+に対するFura2などいくつか成功を収めているが,小分子が細胞内蛋白質に結合する段階を評価する方法論は皆無に等しい。細胞内カスケード反応を解明するにはこの問題点を克服する必要があり,次世代の細胞内バイオセンサーの課題だと我々は考える。そこで細胞内蛋白質の活動(小分子の結合)を評価可能な蛍光性バイオセンサーの構築を遂行する。その方法論としては,細胞内蛋白質の基質結合部位をそのまま蛍光性センサーに変換する手法を採用する。この手法だと細胞内で本来担う機能を損なうことなくバイオセンサーへと変換できる。標的蛋白質としてはアセチルコリン受容体(AChR)を選択する。AChRは神経伝達物質であるアセチルコリン(Ach)を認識し,細胞表層から細胞内への情報伝達における第一ステップを担っている。AChの結合を蛍光の強度で評価可能になれば,細胞内におけるAChの濃度分布だけでなくAchRの活動を時間・空間分解的に可視化できる。現在,in vitroでのバイオセンサー構築を遂行している。

 

細胞内酸化還元状態の変化により活性化される
チャネルTRPM2の分子機能解析

原雄二,森泰生

 細胞内の酸化還元状態は定常状態を保っているが,恒常性が破綻すると生理機能の障害を引き起こす。この破綻機序の一つに,細胞内のイオン動態の急激な変化が挙げられるが,直接的な高親和性標的であるイオンチャネルの分子的実体は大きな謎であった。我々は細胞内酸化還元状態により活性化されるCa2+透過型カチオンチャネルTRPM2を発見した。TRPM2にはヌクレオチドが結合しうるNudixモチーフが存在する。我々はNudixモチーフにβ-NADなどのヌクレオチド類が結合することにより,TRPM2チャネル活性を引き起こすこと,酸化還元状態変化による活性化にはβ-NAD含量増加が関与することをそれぞれ見い出した。現在,TRPM2細胞質領域に結合するタンパク質の同定,TRPM2遺伝子欠損マウスを用いた,血球系細胞における生理的意義の解明を試みている。

 

多点細胞電位記録法を用いた
てんかんモデルマウス海馬の神経ネットワーク活動の解析

三木崇史(京都大学工学研究科),下野健(アルファメッドサイエンス株式会社),清中茂樹,森泰生

 電位依存性Ca2+チャネルにおける自然発生点変異マウスは,神経系でのCa2+チャネル生理機能解析に対する重要なツールの一つである。我々は,これまでてんかんのマウスモデルとして知られるP/Q型Ca2+チャネルα1Aサブユニット点変異マウスtotteringの細胞レベルでの電気生理学的解析を行ってきた。しかしてんかんの発症メカニズムを明らかにするためには,神経ネットワークを保持した組織レベルでの解析が必要不可欠である。そこで平面型微小電極アレイを有する多点電位計測システム(MED64)を用い,変異マウスにおける海馬スライスでの可塑性及びコリン作動性リズムの変化を追跡したところ,変異型と野生型でコリン作動性オシレーションの有意な変化が見られた。今後抑制性ニューロンなどの寄与などについても検討して行きたい。

 


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