生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

1.生体内神経発生におけるドレブリンの機能解析

白尾智明(群馬大学大学院医学系研究科)
関野祐子(群馬大学大学院医学系研究科)
田中聡一(群馬大学大学院医学系研究科)
柳川右千夫(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

 ドレブリンは発生過程において発現量が一過性に増加するアクチン結合蛋白であり,種々の細胞の形態形成にとって重要な働きをしていることが示唆されている。本研究はドレブリンを,時期特異的且つ部位特異的にノックアウトしたマウスを作成し,そのマウスにおける神経系の変化を解析することにより,神経発生におけるドレブリンの役割を明らかにすることを目的とする。また,本研究成果は,神経形態形成におけるアクチン細胞骨格制御の分子基盤解明に役立つと期待される。

 ドレブリンは神経細胞特異的アイソフォームであるドレブリンAと非神経細胞にも発現するアイソフォームドレブリンEがある。ドレブリンは細胞間接着に関した役割が最近明らかになってきているが,本研究では神経細胞の細胞間接着部位シナプス形勢におけるドレブリンの機能を解析するために,ドレブリンA特異的抗血清の作成を行った。従来のドレブリンA特異的抗血清(DAS1) は免疫組織化学では,非特異的染色が強く,そのため,ドレブリンAの局在性についてはまだ何もわかっていない。そこで,免疫染色科学でも使用できる新規ドレブリンA特異抗体(DAS2) を作成した。DAS2を用いて,免疫電子顕微鏡解析を行い,ドレブリンAは興奮性シナプス後部に特異的に存在すること,また,発生過程においては,まだシナプス小胞やPSD構造が発達するより前に,シナプス部に局在することを明らかにした(J. Comp. Neurol. in press) 。このシナプス形成初期のドレブリンはアクチンに結合していないことが生化学的に示された。次に,ドレブリンAを過剰発現する遺伝子改変マウスを,電子顕微鏡により観察した。その結果,予備的実験ではあるが,スパイン密度が増加していることがわかった。さらに,ドレブリンの発現総量を変化させずにドレブリンのアイソフォーム変換を阻害し,成熟後もドレブリンEを発現する遺伝子変換マウスにおけるスパイン形成密度を現在測定中である。ドレブリンの発現を完全に阻害した遺伝子改変マウスの作製は,柳川博士と共同で,実験計画を遂行したが,現在までのところ,まだ目的のキメラを作製することに成功していない。今後は,効率良い遺伝子改変マウス作製のための戦略をもう一度検討し直して,実験を行う予定である。

 

2.外分泌腺における傍細胞輸送の役割と制御

村上政隆(統合バイオ/生理研)瀬川彰久(北里大医)橋本貞充(東京歯大)
杉谷博士,吉垣純子,通川広美(日大松戸歯),瀬尾芳輝(京都府医大)
細井和雄(徳島大歯)小林聡子,金関 悳(基礎生物研)

 唾液腺におけるTJ構成蛋白の局在とその機能を明らかにするために,ZO-family,Claudin-family,Occludinを中心にして,ラットの正常顎下腺,耳下腺,舌下腺での局在,Isoproterenol (IPR) ,Carbachol (CCh) 刺激による変化を検討したところ,IPR/CCh刺激下の共焦点レーザー顕微鏡観察では,TJの形態が変化するとともに,分泌刺激後の細胞間分泌細管部のTJの不規則な形態変化にともない,ZOの細胞内局在がTJ部から膜近傍の細胞質内へと移行しており,これら,TJ構成蛋白の細胞膜上あるいは細胞内での動態の変化が明らかとなった(Hashimoto et al, Euro J Morphol, 41,35-39,2003) 。また,急速凍結試料によるフリーズフラクチャーレプリカ法解析では,TJにフリーエンドやターミナルループが増加するとともに,TJの膜内粒子が,細胞膜直下に存在するActin線維と,TJ介在蛋白を介し結合していた(Hashimoto et al, Euro J Morphol, submit) 。

 ラット耳下腺分泌顆粒のアクアポリンについて検討した。腺腔側膜に存在するといわれるAQP5が,分離精製した分泌顆粒膜に存在することを,イムノブロット解析および免疫電子顕微鏡法により明らかにした。さらに,抗AQP5抗体は分泌顆粒の融解を惹起したが,その抗体の効果は顆粒の懸濁液よりClイオンを除くかClチャンネル阻害剤で抑制された(Matsuki et al., J. Membr Biol., in press) 。一方,ラット耳下腺にAQP6の発現をイムノブロット解析およびRT-PCRにより明らかにした。抗AQP6抗体も顆粒の融解を引き起こした。これらのことから,分泌顆粒膜のAQPは顆粒内の浸透調節に関わることが考えられた。

 

3.腺分泌におけるアルブミン分子の酸化・還元状態と高次構造解析

恵良聖一,根川常夫(岐阜大医)
林 知也,西川弘恭(明治鍼灸大学生理)
村上政隆(統合バイオ/生理研)

 唾液腺においてはアルブミンなどの蛋白質の分泌機構は一般に認められていないが,ラット単離・灌流顎下腺モデルを用いた我々のこれまでの研究では,灌流液中のアルブミンが分泌唾液中にわずかながら漏出している(ムスカリン受容体刺激)ことが明らかになっている。ところで,ヒト血清アルブミン(HAS) は反応性の高いSH基がフリーな状態の「還元型」と,そのSH基が酸化的化学修飾を受けた「酸化型」アルブミンよりなっている。本研究の目的は,分泌唾液中に観察されたアルブミンがどのような経路を通って唾液中に分泌され,さらにアルブミンの酸化的化学修飾が唾液腺組織内のいずれの部位で生じているかを明らかにすることである。

 10〜11週令の雄性ウィスターラットの顎下腺を麻酔下で単離し,市販のHSAを含むKrebs-HEPES緩衝液にて灌流した。カルバコールにて唾液分泌刺激を行い,静脈液,組織間液,唾液を採取し,それぞれの溶液中のHSAの酸化・還元比を特殊なカラムを装着したHPLCによって分析した。

 分泌唾液中に認められるわずかな量のアルブミンの濃度は,灌流液中のタンパク濃度の約0.05〜0.7%の範囲であり,腺組織における差が顕著であった。一方,アルブミンの化学修飾に関する特徴的な結果としては,一酸化窒素(NO) がSH基に結合したS - ニトロソアルブミンが唾液にのみ検出されたことであり,その濃度は唾液中のアルブミン量の約10〜30%であった。また唾液において,活性酸素によって直接酸化を受けた不可逆的な超酸化型アルブミンが増加する傾向が認められた。

 これらの結果は,灌流液中のHSAがラット顎下腺組織のタイトジャンクションのような傍細胞経路を通って唾液中に漏出し,さらにその通過過程で何らかの機序によって上記の化学修飾を受けたことを示唆している。

 

4.スパインシナプスの動的制御の分子基盤

阿部輝雄(新潟大学脳研究所)
河西春郎(生理研)

 大脳皮質の錐体細胞樹状突起のスパインは2光子励起観察法やGFP導入の導入により,形態や更にその機能の変化の長期的追跡が可能となってきている。我々は,更に,2光子励起グルタミン酸法によって,単一スパインの形態可塑性を誘発することを可能とし,これに機能変化が伴うことを見出している。この手法を用いて,シナプス可塑性に関わる分子・超分子のダイナミズムが可視化定量化するための分子標識法,有効な追跡分子,標本の選択などについて検討を行った。また,開口放出関連分子についてもその動態を捉えるための分子構築や遺伝子導入の条件出しを進めた。

 

5.虚血性神経細胞死と容積調節チャネルの機能連関

塩田清二,大滝博和,中町智哉,尹麗(昭和大学医学部・第一解剖学)
土肥謙二(昭和大学医学部・救急医学科)
坪川宏,岡田泰伸

 虚血性神経細胞死は炎症性サイトカイン,グルタミン酸,アラキドン酸,接着分子,フリーラジカルや一酸化窒素(NO) などの様々な因子が関与する。しかし,その詳細な機構については依然不明である。近年,細胞容積調節の異常がアポトーシス様細胞死誘導に先立って出現し細胞容積調節の破綻を抑制すると細胞死誘導が抑制されることが報告された(Maeno et al., 2000) 。しかしながら本細胞容積破綻が虚血性神経細胞死誘導時に認められるかどうかは不明である。本研究は,前脳虚血再潅流モデルにより誘導される虚血性神経細胞死誘導時の海馬CA1領域の神経細胞の容積の変化を多光子レーザー顕微鏡を用い検討した。

 前脳虚血モデルは,両総頚動脈を25分間血管クリップにより閉塞し,その除去により血流の再潅流をする漁総頚動脈閉塞再潅流モデルにより行った(Matsunaga et al., 2003 Neurosci Res) 。本研究では,C57/BL6系の生後14日目のマウスをもちい,脳虚血後,経時的に海馬CA1領域のスライス標本を作製した。Calcein,DAPI,sulforhodamine Bを用いて細胞質ならびに核をイメージング化し細胞容積の変化を観察した。虚血負荷後2日目より海馬CA1領域の神経細胞に明らかに遅発性神経細胞死が観察される。細胞容積の変化を観察したところ細胞容積の変化は細胞死が観察される前の1日目より認められた。2日目には虚血前の約75%まで縮小した。さらに,アポトーシス様細胞死の指標であるTUNEL染色を行なった結果,細胞死の惹起に伴いその陽性細胞数の増加が認められた。

 これらの結果,脳虚血性神経細胞死誘導時にも細胞容積の破綻によるアポトーシス様神経細胞死がか認められることを明らかにした。

 

6.細胞容積調節におけるアルドース還元酵素の生理的意義の解明

宮崎裕明,新里直美,丸中良典(京都府立医科大学大学院・生理機能制御学)
清水貴浩,サビロブラブシャン,岡田泰伸

 細胞外液(血漿)浸透圧上昇時には,細胞内から細胞外へと浸透圧差に応じて,水が移動する。このことにより,細胞容積が減少する。しかしながら,このような状況(細胞外浸透圧上昇)下においても,細胞性脳浮腫,すなわち脳グリア細胞の容積増加が観察されるが,そのメカニズムは明らかにされていない。本研究においては,細胞外浸透圧上昇を原因とする脳グリア細胞容積増大メカニズムの解明とアルドース還元酵素の関与を明らかにすることを目的とした。

 まず,細胞外液の浸透圧上昇により,グリア細胞(rat C6 glioma cell) の容積増大が起こるかを確認した。種々の浸透圧物質(NaCl,尿素,グルコース,スクロース)を通常培地に添加し高浸透圧培地(正常〜600mOsm/kg H2O)を作製した。それら高浸透圧培地中で細胞を48時間培養し,coulter counterを用いて細胞容積を測定した。尿素群においては,600 mOsm/kg H2O処理,スクロース群では,450 mOsm/kg H2O処理で,細胞容積の増大が見られた(図1)。どちらの実験群においても,通常培地群の,約2倍に細胞容積が増大していた。尿素群では,細胞は非常に扁平で,辺縁部は大きく波打つ様な形態を有しており,細胞表面には小突起が確認できた。一方,スクロース群では,通常培地で培養した細胞と同様の形態を有しているが,細胞内に大小の空胞が,非常に多く形成された(図2)。

 以上の結果から,細胞外液浸透圧上昇が,脳グリア細胞容積増大(脳浮腫)の直接的な原因の一つであることが示唆された。しかし,この反応は浸透圧物質の種類に依存するものであると考えられる。また,尿素群,スクロース群では,その形態的特徴は全く異なっており,それぞれの細胞容積増大メカニズムは,異なっている可能性が考えられる。

 今後は,細胞外液浸透圧変化に反応してその酵素活性が増大すると報告されているaldose reductaseの活性を測定する。また,aldose reductase活性時の細胞内浸透圧物質であるソルビトール量を定量するとともに,aldose reductase inhibitor (ARI) を投与することによる細胞容積増大阻害を試みる。さらに,細胞容積の増大を引き起こす可能性のあるイオンチャネルやイオン輸送体(Na+channel,Cl- channel,Na+/Cl-共輸送体,Na+/K+/2Cl-共輸送体)の細胞外浸透圧亢進下のおける発現制御機構の解明も研究課題とする。

 

7.神経細胞における電位依存症イオンチャンネル局在化調節機構の解明

馬場広子,山口宜秀,林 明子(東京薬科大学 薬学部 機能形態学)

 有髄神経軸索では,興奮の発生に関与する電位依存性ナトリウムおよびカリウムチャネルはランビエ絞輪周辺に局在化する。この特徴的な分布にはミエリン膜と軸索の間のparanodal junction (PJ) が深く関わっている。我々はこのPJの形成にミエリン膜糖脂質のスルファチドおよび4回膜貫通タンパク質であるCD9が関与することをノックアウトマウス解析によって明らかにしてきた。特にスルファチド欠損マウスの中枢神経系では,軸索上のナトリウムチャネルサブタイプが変化し,脱髄がないにもかかわらず加齢によってチャネルクラスター自体が消失していく。これらのことから,軸索−髄鞘間の相互作用の異常によってどのような分子が変化してくるのかを,遺伝子発現およびタンパク質レベルで解析した。まず,PJが欠損した場合の神経細胞上の遺伝子発現の変化を明らかにするため,視神経の細胞体がある網膜を用いて,野生型およびスルファチド欠損マウス間でサブトラクションライブラリーを作成した。この結果,スルファチド欠損マウスで減少しているcDNA10個,増加しているcDNA14個を得た。これらの発現部位および変化をin situ hybridizationで解析するとともに遺伝子の同定をすすめている。PJを欠損した場合のタンパク質レベルでの変化を明らかにするために,22週齢スルファチド欠損および野生型マウスの脊髄ホモジネート(膜,可溶性画分)を2次元電気泳動した。銀染色したゲル上でスポットを比較した結果,スルファチド欠損マウスで明らかに増加するもの4個および減少するもの1個を見出し,質量分析により同定した。増加するものの一つheat shock protein 27 (HSP27) に関してさらに解析したところ,4週齢では変化なく,チャネルが消失する22週齢で明らかに増加していることがわかった。抗体を用いた組織染色の結果,軸索上のチャネルの局在変化の時期に一致してアストロサイトの活性化が生じ,白質部分の活性化アストロサイトのみにHSP27が増加していることが明らかになった。今後これらの変化している遺伝子およびタンパク質が軸索変化とどのように関わっているかを調べていくことが重要であると考える。

 

8.肺癌における糖蜜白糖鎖異常の系統的解析

和田洋巳(京都大学 大学院医学研究科)

 N - 結合型糖鎖は主に細胞表面に存在し,他の細胞や細胞外基質との相互作用を介して数々の重要な機能を果たすことが知られている。我々はこれまでにマウスの正常発達過程やヒトのがん,神経変性疾患などを対象に糖鎖の発現パターンの研究を行ってきた。

 癌転移に糖鎖が関与する例はいくつかよく知られたものがあるが,遺伝子やタンパク質のように網羅的な発現パターン解析に基づく研究はほとんど見られないため,より重要な糖鎖の機能が未解明であることが予想される。我々は独自の定量的糖鎖構造解析手法を用いて,癌の肺転移において特に重要となる糖鎖構造の特定を行っている。

 我々はB16(マウスメラノーマ細胞)を用いて肺転移と肝転移モデルを作成し,両者の糖鎖パターンの比較からα1,6-フコース構造が肺転移に特に多いことを見出した。同構造を認識するレクチンであるLCA (Lens culinaris agglutinin) によって同構造を多く持つ細胞集団と少ない細胞集団をB16からフローサイトメーターでソーティングしてマウスの尾静脈から注入したところ,前者の集団は有意に多くの肺転移結節を形成した。以上から,α1,6-フコース構造は肺転移において重要な機能を持つことがマウスにおいて示唆された。現在,京都大学呼吸器内科において臨床病理標本のLCA染色を行い,ヒトにおいてもα1,6-フコース構造が肺転移を促進しているかを検証中である。

 α1,6-フコース構造は正常の肺にも非常に多く見られる糖鎖構造である。この研究は,臓器の特徴的糖鎖構造がその臓器への癌転移を促進する可能性を示唆しており,非常に興味深いといえる。

 

9.悪性グリオーマ特異的レトロウイルスべクターの開発と
 遺伝子治療の臨床応用に関する基礎的検討

清水恵司(高知医科大学)

 グリオブラストーマは原発性脳腫瘍の約10%を占める,非常に悪性度の高い脳腫瘍である。グリオブラストーマは高い増殖性と浸潤性を特徴とし,発見されたときには広範に進展しており,手術技術や放射線照射技術の進んだ現在でも,完全な治療は困難である。また,化学療法もこの10年間進歩は見られず,それゆえに新しい治療法の開発が待たれている。

 近年,グリオブラストーマにおいて,オリゴデンドロサイト前駆細胞に特異的に発現する転写因子Olig1,2が発現していることが報告された。オリゴデンドロサイト前駆細胞は脊髄の発生過程において腹側の限局した部分から発生し,脊髄全体に移動するという高い機動性を持つ。我々はこの性質がグリオブラストーマの高い浸潤性に関与しているのではないかと考えた。

 グリオブラストーマでのOlig1,2 の発現を組織染色で調べるため,まずヒトOlig1,2に対する抗体の作成を行った。ヒトOlig1,2のアミノ酸配列において抗原性の高いと予想される部位に相当する抗原ペプチドを合成し,ウサギから抗血清を得ている。今後,この抗血清から得られた抗体で腫瘍組織の染色を行い,発現頻度や,悪性度,予後との相関関係を調べる予定である。

 また,Olig1,2を発現しているグリオブラストーマでは,Olig1,2発現以降の正常な分化経路に異常があり,それが幼若な性格の維持に関与している可能性がある。特にOlig2遺伝子は運動ニューロンとオリゴデンドロサイトの発生に必須であるため,分化経路を正常化することにより腫瘍細胞を分化誘導できるのではないかと考えた。そこで我々は,Olig2の関与する細胞分化の分子的機構を明らかにするため,時期特異的遺伝子組み換え法であるCreERTM/loxPシステムを用いてマウス胎仔において細胞系譜解析を行った。我々はすでにOlig2の遺伝子座にCreERTMをノックインしたマウスを作製している。このマウスを,CreERTM依存的な組み換えによって,永久的にlacZ遺伝子を発現するマウスと掛け合わせることにより,特定の時期にOlig2を発現している細胞を追跡できるダブルトランスジェニックマウスを作製した。そして解析の結果,これまでOlig2陽性細胞からは運動ニューロンとオリゴデンドロサイトのみが発生してくると考えられていたが,それ以外にアストロサイトや上衣細胞も生じてくる可能性を見出した。今後は,Olig2を発現しているグリオブラストーマ細胞に,分化誘導因子を発現させ,腫瘍細胞が分化していくかどうかを検討することを予定している。

 

10.神経成長因子の下流に働く細胞内シグナリングカスケードの解析

鹿川哲史(熊本大学 発生医学研究センター 転写制御分野)

 FGF2は神経幹細胞の増殖を促進し,同時に未分化状態を維持する作用が知られているが,その分子機序は未だ明らかになっていない。我々は,神経幹細胞を豊富に含む大脳神経上皮細胞の培養系にFGF2を添加するとPI3キナーゼ(PI3K)-Akt経路を介してglycogen synthase kinase 3β (gsk3β) の活性が抑制され,その下流で細胞周期チェックポイントに働くcyclinD1の発現が促進されることをRT-PCRとウエスタンブロットによって明らかにした。また,ドミナントアクティブgsk3βの遺伝子導入やPI3K阻害剤の添加によってFGF2による神経上皮細胞の増殖が抑制されることが分かった。gsk3βは,神経幹細胞の増殖促進因子として働くWnt/β-cateninシグナリングの下流標的でもあることから,gsk3βがFGF2とWntの共通のシグナル標的分子として神経幹細胞の増殖を調節していることが考えられた。一方,神経上皮細胞にFGF2添加すると,PI3K-Akt-gsk3β経路を介してNotch細胞内シグナルの修飾がおこり,下流で働く分化抑制因子Hes-1の転写が促進されることをHes-1リポーターアッセイにより明らかにした。これらの結果は,FGF2やWntなどのシグナル標的分子であるgsk3βが,cyclinD1の発現を促進することによる神経幹細胞の増殖とNotchによる未分化状態の維持の両方に作用することにより,増殖と分化のスイッチングを同時に制御していると考察された。

 

11.Hzf 遺伝子欠損マウスの生理学的解析

岡野 栄之(慶応大学・医学部・生理学教室)
飯島 崇利(大阪大学・医学部・機能形態学講座)
宮田 麻理子,井本 敬二(液性情報)

 mRNAの輸送蛋白であるHzfの遺伝子欠損マウスは,小脳失調症状とともに,一方向に回転するなどの特異な神経症状を呈する。小脳プルキンエ細胞でIP3受容体一型のmRNAの分布を観ると,野生体では細胞体から樹状突起までmRNAが一様に分布しているが,Hzf遺伝子欠損マウスでは,IP3受容体一型のmRNAは細胞体に留まり,樹状突起には存在しない。このことから,Hzf蛋白がIP3受容体mRNAを樹状突起まで運び,樹状突起およびスパインなどの局所においても,転写をしていることが示唆された。Hzf遺伝子欠損マウスでは其れが欠損することにより,小脳皮質回路にも何らかの障害が起こり,小脳失調症状を呈するのではないかと仮説を立てた。

 Hzf遺伝子欠損マウスの小脳における遺伝子,蛋白の解析は岡野研究室で行い,液性情報部門で,Hzf遺伝子欠損マウスの小脳スライスを用いて,シナプス伝達機能の解析を行った。プルキンエ細胞に入力する2つの興奮性入力である平行線維シナプス,登上線維シナプスのシナプス特性を測定した。Hzf遺伝子欠損マウスでは,静止膜電位は野生体と同じであり,平行線維シナプスの刺激強度に対するEPSCの反応は野生体と差がなかった。登上線維のシナプス応答も正常であり,平行線維シナプスで見られる,paired pulse facilitation,登上線維シナプスに見られるpaired pulse depressionなどの短期シナプス可塑性についても,正常であった。結果,Hzf遺伝子欠損マウスでは,小脳プルキンエ細胞の通常のシナプス伝達はほぼ正常であることが示唆された。

 

12.脳の獲得的性質におけるCNR/プロトカドヘリン分子の機能解析

八木 健,平林敬浩,金子涼輔(生理学研究所 高次神経機構研究部門)
先崎浩次,野口由起子(国立精神神経センター神経研究所)
江角重行,雲出 佑(大阪大学大学院生命機能研究科)

 新規カドヘリン様細胞接着分子CNR (Cadherin-related neuronal receptor) /プロトカドヘリンaは14種のファミリー分子(CNRv1〜v12,CNRc1,CNRc2) が存在しており,その遺伝子構造は染色体上にタンデムに並んだ14個の可変領域エクソンと3つのエクソンからなる共通領域からなるクラスター構造からなる。各CNR分子の転写様式は免疫系での多様性を司るT細胞受容体やイムノグロブリン遺伝子群と類似しており,それぞれひとつの可変領域エクソンと共通領域から転写されていることが明らかになっている。これまでの予備的な検討では1個の神経細胞では1種あるいは2種のCNRのみが発現していること,また2本ある染色体のうち片側の染色体からのみ発現していることをSingle-cell PCRで明らかにした。そこで,このユニークな発現様式を制御する機構を動物個体レベルで解析することを目的とし,各可変領域エクソンの上流にEGFP,HcRedなどの蛍光タンパク質遺伝子をノックインした遺伝子改変マウスの作製を行った。現在までにCNRv11可変領域エクソンの上流にHcRed遺伝子をノックインしたマウス作製が終了しており,導入した蛍光タンパク質を指標にCNRv11遺伝子の発現様式を解析している。その他の可変領域エクソンについても作製が進行している。

 

13.大脳基底核を巡る線維連絡の研究

高田昌彦(東京都神経科学総合研究所)
南部 篤

 大脳基底核を巡る神経回路の中で,視床下核はグルタミン酸作動性ニューロンで構成されており,淡蒼球外節・内節に興奮性投射を送っている。淡蒼球外節・内節には,イオン調節型グルタミン酸受容体の他,代謝調節型グルタミン酸受容体も存在し,この両者を介して,淡蒼球外節・内節ニューロンは,視床下核からの情報を受け取っていることになる。一方,パーキンソン病の際には,視床下核の活動性が亢進していることが知られており,淡蒼球外節・内節においてグルタミン酸濃度が上昇していると考えられる。このような上昇により代謝調節型グルタミン酸受容体の発現がどのように変化しているかを探るため,健常なサルとMPTPを投与して作製したパーキンソン病モデルザルを用いて,大脳基底核,とくに淡蒼球外節・内節の代謝調節型グルタミン酸受容体の分布様式を調べた。その結果,以下のことが明らかになった。(1) 健常なサルの淡蒼球外節・内節では,Group I mGluRs (mGluR1&mGluR5) が後シナプス性に強く発現している。(2) パーキンソン病モデルザルでは,mGluR1の発現が特異的に減少している。mGluR1を介した情報伝達は興奮性作用をもたらすと考えられるので,パーキンソン病の際には,mGluR1の発現を減少させることで,視床下核からのグルタミン酸入力増大を代償し,淡蒼球ニューロンの過興奮を抑えることでパーキンソン病の症状を軽減するのではないかと考えられる。

 

14.サル二足歩行モデルを用いた直立二足歩行運動の制御機序

稲瀬正彦,中陦克己(近畿大学医学部)
南部 篤,森 大志

 二足歩行は,起立姿勢と上下肢の律動的な動きが統合された運動である。最近ヒトを対象とする脳機能画像法を用いた研究から,直立二足歩行の実行に関与する高次脳領域が注目を集めている。しかし脳機能画像法において得られた結果から,賦活された複数の脳領域がそれぞれ歩行運動のどのような機能的側面を制御するのか,という問いに答えることはできない。

 ニホンサルは報酬条件付けにより二足歩行を流れベルト上で学習できる。我々の糖代謝陽電子撮影法Positron Emission Tomography (PET) を用いた研究から,このサルの二足歩行中には一次運動野(M1) ,補足運動野(SMA) および背側運動前野(PMd) の各領域が両側性に賦活されることが明らかとなってきた。

 本研究課題では直立二足歩行の大脳皮質制御機序の解明を目的として,サルのM1,SMAおよびPMdの体幹/下肢領域へムシモル(GABAAのアゴニスト)を選択的に注入することから,各領域の皮質機能を選択的かつ可逆的に脱落させた。そして歩行するサルに生じた姿勢および歩容の変化から,各運動領野が直立二足歩行のどの側面を制御するのかについて解明を試みた。

 現在まで得られた結果は以下の三点に要約される。 1) ムシモル(5-10μg/μl) を片側M1の下肢領域へ選択的に微量注入した場合には,限局的な対側下肢関節の律動的運動が障害され,跛行が生じた。片側の体幹領域へ注入した場合には体幹は前傾した。2) 両側SMAの体幹/下肢領域へムシモルを注入した場合には歩行中の起立姿勢および左右下肢/体幹の協調的な運動が障害された。3) 両側PMdの下肢領域へ注入した場合には,報酬の提示に対して歩行運動を開始することが困難となった。歩行を開始できた場合にはその運動を継続することができた。

 以上の結果は,サルの大脳皮質運動領野が直立二足歩行の遂行においてM1は下肢/体幹の要素的な運動を,SMAはそれらが統合された全体的な運動および起立姿勢を,そしてPMdは歩行運動の発動(または発動の準備)をそれぞれ分担的かつ階層的に制御することを示しており,大脳皮質運動領野の上肢領域において明らかにされている階層的な運動制御機序がその体幹/下肢領域においても存在することを示唆する。

 

15.錐体細胞への異質性興奮性入力の交錯について

窪田 芳之
小島 久幸(理化学研究所 脳科学総合研究センター)
森 琢磨(京都大学 霊長類研究所)

 大脳皮質で,錐体細胞に入力する異質性興奮性入力の交錯について検討した。大脳皮質において,皮質由来の興奮性入力終末はシナプス小胞グルタミン酸トランスポーターのサブタイプの一種であるVGLUT1を使っている。一方で,視床由来の興奮性入力終末はもう一つの種類であるVGLUT2をトランスポーターとして使っている。以上のようなシナプス小胞グルタミン酸トランスポーターのサブタイプの相補的分布パターンを利用して,皮質の興奮性入力の種類を簡単に見分ける事ができる。ラット大脳皮質の1層から6層まで免疫組織化学法でVGLUT1,VGLUT2陽性神経終末が錐体細胞の樹状突起にどのようにシナプス入力するかを検討した。その結果,一つの錐体細胞の樹状突起の棘突起にランダムに上記の2種類の興奮性入力が入る事がわかった。また,これらVGLUT1,VGLUT2陽性の興奮性神経終末が入力する棘突起に,さらにもう一つの入力があるのかどうかを,棘突起頭部を連続切片で全て観察することにより検討した。その結果,VGLUT2陽性神経終末が入力する棘突起(350個観察)の1割程度に対称型シナプス(抑制性)の入力を認めたが,VGLUT1陽性神経終末が入力する棘突起(250個観察)には対称型シナプス(抑制性)の入力を認めなかった。従って,一部の視床からの入力のみが,その最初の入力場所である棘突起に抑制支配を受けていると考えられる。この抑制性入力の由来は,我々の観察によると,ダブルブーケ細胞,マルティノッティ細胞,ニューログリアフォーム細胞等の非錐体細胞である可能性が大きい。今後は,サルで同様の神経回路が存在するかどうか,検討する予定である。

 

16.海馬興奮性シナプスの動態と微細形態

岡部繁男(東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
重本隆一(自然科学研究機構・生理学研究所)
久保義弘(自然科学研究機構・生理学研究所)

 海馬神経細胞培養系におけるシナプス構造の動態を解析する目的で以下の2項目について実験を行った。

(1) GFP分子の波長変異体を用いた複数のシナプス分子の局在変化の同時観察

 これまでの研究により,シナプス後肥厚部(Postsynaptic density ; PSD) に局在するPSD-95およびPSD-Zip45 (Homer 1c) 分子について,GFP融合分子を作成してその動態を明らかにした。更にGFP分子を用いたシナプス形態の観察を発展させるために,GFP分子を海馬CA1錐体細胞に発現させることでシナプス後部に形成されるspine構造を観察し,同時にシナプス前部構造であるvaricosityをrhodamine-dextran分子を用いて観察することを試みた。この目的の為にCrerecombinase依存的にGFPを発現するトランスジェニックマウスを作成し,海馬CA1錐体細胞の一部に選択的にGFPを発現させた。一方CA3錐体細胞には電気穿孔法を用いてrhodamine-dextran分子を導入した。二種類の蛍光分子を指標としてspineおよびvaricosityを可視化し,両者が結合する部位をシナプスとして同定することが可能となった。シナプス結合を保持しながらspineおよびvaricosityは短時間でその形態を変化させ,また強い電気刺激により樹状突起の形態が大きく変化してもシナプス結合は維持されていた。以上の結果はシナプスにおける接着構造が機械的に強固である事を示す。

(2) 神経活動依存的なシナプス分子の局在変化

 PSDに存在する足場蛋白質であるPSD-95,GKAP,Shank,HomerにGFP分子を融合した蛍光プローブを用いてその動態を分散培養系において観察した。それぞれの分子の動態は異なり,PSD-95が最も安定にシナプス部位に存在し,Homerの動態が最も急速であった。GKAPおよびShank分子の動態は前二者の中間であった。PSD-95はその動態が最も遅い事から,シナプス後部に安定に存在し,他の足場分子の安定化の基盤になっている事が想定された。これを確かめるために薬理学的にPSD-95分子をシナプス部位から分散させた所,他の足場蛋白質の局在および動態は変化しなかった。またPSD-95の結合相手であるNMDA受容体の遺伝子欠損マウスにおいてもPSD-95を含む足場蛋白質の局在および動態には変化が見られなかった。これに対してシナプス後部に豊富に存在するアクチン線維を薬理学的に脱重合させるとPSD-95以外の分子に関して急速なシナプスからの分散が観察された。更にシナプス活動依存的な足場蛋白質の局在変化は,アクチン線維を安定化させる事により完全に抑制された。以上の結果はPSDを構成する足場分子の局在化においては細胞質側からの細胞骨格要素による支持が重要である事を示す。

 

17.海馬錐体細胞シナプスにおけるNMDA受容体サブユニットの
左右非対称分布−そのメカニズムの解明

伊藤 功(九州大学大学院理学研究院)

 本共同研究により,我々は成獣マウス海馬神経回路に構造的・機能的非対称性が存在することを,はじめて分子レベルで明らかにした。この成果は米科学誌Science(2003年5月9日号)に掲載され,脳の左右差に明確な分子基盤の存在を示した研究として高く評価されている。現在,NMDA受容体サブユニットのノックアウトマウスを用い,上記の事実をさらに生理学的,解剖学的に証明した論文を準備中である。

 我々の結果は,脳はその構造的階層性の各レベルで様々な非対称性を持ち得ることも示唆している。脳内で明確な左右差を示すタンパク質分子が明らかにされたことにより,これを指標として,今後は(a) 脳の機能的,構造的非対称性が何時,どのようにしてできあがるのか。(b) 左半球と右半球の神経細胞を特徴づけている性質は何か。(c) 左と右という性質は複雑な脳の構造を作り上げ,それを適切に機能させるためにどのような意味があるのか。等の問題を明らかにすべく,研究を行う計画である。

 

18.サッカード運動を指標とした神経回路に対する
時空間的な信号抑制機構の解析

小林康(大阪大学大学院生命機能研究科)
渡邊雅之,伊佐正

 上丘中間層には近接する領域間は興奮性,離れた領域間は抑制性の内在性回路が存在する。この内在性回路の機能的意義について検討するため,ニホンザル2頭を用いて上丘局所領域にアセチルコリンのアゴニストであるニコチンを微量注入して神経細胞活動を増強し,サッケードへの影響について検討した。注入後,自発サッケードは注入部位の神経細胞群が表現する領域(注入部位表現領域)に頻繁に向かった。この結果は,ニコチンが上丘神経細胞活動を増強するという仮説と一致する。視覚誘導性サッケードの反応潜時は,標的が注入部位表現領域近傍に呈示された場合に短縮した。しかし,標的が注入部位表現領域から離れていた場合,反応潜時の遅延は生じなかった。サッケードの終点,軌道は注入部位表現領域方向にバイアスした。終点への影響と比較すると,反応潜時への影響はより注入部位表現領域近傍に限局していた。これらの結果は,反応潜時は上丘の限局した領域の活動によって決定され,終点,軌道はより広い範囲の活動によって決定されると想定したモデルと一致する。しかし,反応潜時の遅延が生じなかった結果より,上丘内の抑制性内在性回路は運動準備期間中の活動を制御するほど充分に強くはないと考えられた。

 

19.海馬錐体細胞における代謝型グルタミン酸受容体を介した
逆行性シグナル伝達調節機構

狩野方伸(金沢大学大学院 医学系研究科 シナプス発達・機能学)
坪川 宏(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

 最近の研究により,脳の様々な領域において,内因性カンナビノイドが逆行性シグナルとして働くことによりシナプス伝達を調節していることが明らかとなった。内因性カンナビノイドはシナプス後ニューロンから合成・放出され,それがシナプス前終末に存在するカンナビノイド受容体を活性化し,神経伝達物質の放出を抑制する。我々は,培養海馬ニューロンを用いて,内因性カンナビノイドの合成・放出が,(1) 脱分極による細胞内Ca2+濃度上昇,(2) グループI代謝型グルタミン酸受容体やM1/M3ムスカリニック受容体などのGq共役型受容体の活性化,により引き起こされることを報告してきた。また,脱分極と受容体活性化が同時におこると,内因性カンナビノイドの合成・放出が著しく促進されることを見いだした。しかし,この相乗効果のメカニズムはこれまで不明であった。Gq共役型受容体はホスホリパーゼCβ (PLCβ) を活性化し,一方,生化学的な過去の実験から,PLCβ活性はCa2+依存的であることが知られている。そこで我々は,脱分極と受容体活性化の相乗効果をPLCβのCa2+依存性で説明できるかどうか検討した。

 培養海馬ニューロン・ペアよりIPSCを記録し,受容体活性化による内因性カンナビノイドの放出をIPSCの振幅を指標にして調べた。IPSCにはカンナビノイド感受性のものと非感受性のものがあるが,本実験ではカンナビノイド感受性IPSCのみを使用した。ムスカリニック受容体アゴニスト(oxo-M) 投与により引き起こされる内因性カンナビノイドの放出は細胞内Ca2+濃度に強く依存し,脱分極による一過性のCa2+濃度上昇により著しく増強された。グループI代謝型グルタミン酸受容体のアゴニスト(DHPG) 投与によっても同様の結果が得られた。また,これらの受容体活性化による内因性カンナビノイドの放出はPLCβ1欠損マウスでは消失しており,内因性カンナビノイドの合成・放出にPLCβ1が必須であることが判明した。

 次に生きた細胞内のPLCのCa2+依存性を調べるために,その代謝産物であるジアシルグリセロール(DAG) 産生量を,DAG感受性のTRPC6チャネルを用いてリアルタイムで測定した。まず培養海馬ニューロンに強制発現させたTRPC6チャネルがDAG感受性であり,且つPLCβ1依存的であることを確認した。TRPC6チャネル電流asを指標として,PLCβ1活性を調べたところ,oxo-MおよびDHPG投与によるPLCβ1の活性化が細胞内Ca2+濃度に強く依存し,また,脱分極によるCa2+濃度上昇により著しく増強されることが示された。

 以上の結果より,内因性カンナビノイド放出に対する脱分極と受容体活性化の相乗効果が,PLCβ1のCa2+依存性で説明できることが判明した。すなわち,内因性カンナビノイド合成・放出の律速酵素と考えられるPLCβ1が,生理的範囲において強いCa2+依存性を示すため,細胞内Ca2+濃度上昇と受容体活性化が同時に起こると強く活性化され多量のカンナビノイドが放出される,と考えられた。内因性カンナビノイド放出のみならず,受容体-PLCβシグナル伝達系はさまざまな神経活動において重要な役割を担っており,本研究の結果から,それが生理的範囲のCa2+濃度変化の影響を強く受ける可能性が示唆された。

 

20.PKC-GFPトランスジェニックマウス用いた神経可塑性制御に
対するPKCの役割の解明

酒井規雄(広島大学 大学院医歯薬学総合研究科 創生医科学専攻)
病態探究医科学講座 神経・精神薬理学教室)
坪川 宏(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

 昨年度作製に成功したγPKC-GFPを線条体,小脳プルキンエ細胞,海馬を含む前脳に発現するトランスジェニックマウスを用いて検討した。これらのマウスから,特に小脳のスライスを作製し,小脳プルキンエ細胞におけるPKCのトランスロケーションを二光子励起レーザー顕微鏡や高感度CCDカメラを用いて観察した。代謝型グルタミン酸受容体作動薬の投与により,プルキンエ細胞の樹状突起においてγPKC-GFPは,一過性にトランスロケーションを起こす事が確認できた。特に樹状突起幹の部位でトランスロケーションは明瞭に観察することができた,さらに,平行線維を電気刺激すると刺激を受けた樹状突起の末梢部から細胞体の方向にγPKC-GFPのトランスロケーションが伝播することが観察することができた。このように,今回作製したマウスを用いることにより,スライスの生細胞で初めてPKCのトランスロケーションをリアルタイムに観察することに成功した。また,このマウスは,タンパク質のレベルでの刺激依存的な神経興奮の伝播を観察しその意義を検討するのに非常に有用なマウスであることが明らかになった。現在まで明らかになったγPKC-GFPトランスロケーションの伝播の性質は,

1) 代謝型グルタミン酸受容体の刺激により誘発される。

2) 伝播速度は,4-10μm/秒であり,タンパク質輸送の速度よりは早くカルシウム波よりは遅い。

3) 一度伝播がおこると30分以上の不応期が生じる。

といったものであった。
 今後,その生理的な意義と伝播のメカニズムについて検討していく予定である。

 

21.Hirshusprung病コンジェニックラット(LE-Ednrbsl) の病態解析

安居院高志(北海道大学大学院獣医学研究科)
尾崎 毅(自然科学研究機構・動物実験センター)

 aganglionosisrat (AR) は被毛色の欠損と腸管神経節欠損のため巨大小腸・結腸症を呈するヒトHirschsprung病のモデル動物である。原因遺伝子はエンドセリンレセプタータイプB (Ednrb) 遺伝子の部分欠失であることが既に我々を含めた複数のグループにより明らかにされている。ARは巨大小腸・結腸症のために生後3週齢で全例死亡するが,我々のこれまでの研究から,他の系統ラット(LE) と遺伝背景が適度に混じりあうことで被毛色の欠損は起こるが,巨大小腸・結腸症が軽度となり3週齢で死亡することなくadultまで成長するラットが出現するという事実が発見された。この原因となっている遺伝背景の本体を明らかにすべく,LE-+/EdnrbslとAR-+/Ednrbslとを交配して得られるF2 (LE.AR) - Ednrbsl/Ednrbslを2週齢でsacrificeし,腸管神経節欠損の程度を数値化するとともに全ゲノムスキャンを行い,これらのパラメーターを用いてquantitative loci (QTL) 解析を行うことを計画した。交配により解析に必要な個体を得るのは効率が低いために大変時間が掛かるが,現在までに約40匹のEdnrbslホモ個体を得,それらの腸管神経節欠損の程度を測定し,同時に尾からゲノムDNAを調製した。一方,全ゲノムスキャンを行うためにARとLEで多型を示すマイクロサテライトマーカーの洗い出しを行い,現在までに使用可能なマーカーとして16種類を準備した。今後個体例数を増やすとともに,使用可能なマイクロサテライトマーカーの数も増やしQTL解析を行う予定である。

 

22.イカの触手と表皮細胞の脳を介したエレガントな微調整機構の解明

筒井泉雄(一橋大学)
井上 勲(一橋大学)
尾崎 毅(動物実験センター)

 イカは個体間情報伝達に体表色の変化を用いている。眼球直下に視神経節を発達させており,視覚情報は2つの視神経節を介して脳で統合されている。解剖学的には,視神経節の神経はすべて脳に直結しているのではなく,多くの神経線維が直接視神経節から組織に投射している。個体行動制御は視覚情報を開始信号として捉えることから視神経節の神経投射が体色変化にどのように関与しているのかをしらべた結果,体色変化が視神経節によって制御されていることが判明した。制御される受容筋肉細胞(色素胞細胞)では体色変化(情報制御)を行う必要がある。視神経節はこの微調整を行うため色素胞細胞の筋肉への興奮性投射と抑制性投射の二重支配を行っていることが判明した。他方,獲物を捕らえる蝕腕の投射には星状神経節が関与しているが,その受容筋肉細胞は興奮性のみの制御を受けていることが判明した。獲物を瞬時に捕まえる必要のある蝕腕のような速度が要求される系では興奮性支配,他方微妙な情報伝達を行う微調整機構系では興奮性と抑制性の二重支配おこなうという,行動に最適な制御のための神経支配系を発達させていることが明らかになった。

 

23.電子位相顕微鏡を用いたin situでの蛋白質局在性の証明

臼田信光,中沢綾美(藤田保健衛生大医)
横田貞記(山梨医科大医)
金子康子(埼玉大理)
伊藤正樹(佐賀医科大医)
中山耕造,亀谷清和,橋本 隆(信州大医)
Rasmus Schroeder(マックスプランク生物物理研)

 前年度に引き続き高コントラストを特徴とする電子位相顕微鏡法のうち微分干渉法(Hilbert変換法)を用いて種々のテストを行った。高加速の300kV電顕を用いた位相差法では電子染色なしで高コントラストの電顕像が微小管,培養細胞等において得られた。特に無染色氷包埋の体細胞丸ごとの観察において,ペルオキシゾーム,ER,ミトコンドリア等の細胞小器官が明確に認められ,本法の生物系への応用への可能性が強く示唆された。

 

24.電位依存性Caチャネルの発現調節機構

大塚 幸雄(産業技術総合研究所)
亀山 仁彦(産業技術総合研究所)
岡本 治正(産業技術総合研究所)
海老原 達彦(産業技術総合研究所)
岡戸 晴生(東京都神経科学総合研究所)
岡村 康司

 電位依存性チャネルは,神経機能およびその変容に中心的な役割を担う機能分子であり,その分子細胞生物学的動態の機構解明は,脳神経慢性疾患防御などの効果を通じて高齢化社会への対応に必須な課題のひとつである。本研究では電位依存性Caチャネルの局在,分解,生成の分子機構を,分子生物学,電気生理学の手法により解明することを目的としてきた。

 尾索動物ホヤの発生過程でのCaチャネルの発現制御についてはこれまでαサブユニット同士の会合が発現の負の調節に重要である可能性を見出してきたが,哺乳類において細胞膜へのトラフィッキングに重要であるとされるβサブニットの役割については不明であった。そこで,マボヤよりこれまでにクローニングしていたβサブユニットの発生過程での発現を検討した。βサブニットは卵細胞から幼生に到るまですべてのステージに発現が認められた。またツメガエル卵母細胞の発現系においてαサブユニットと共発現させるとCa電流量の著明な増加を認め,哺乳類で知られるのと同様にトラフィッキングの制御に関与することが示唆された。

 更にbサブユニットのcDNAクローニングに際して,以前にC末端側を欠くスプライスバリアントが,トラフィッキング制御機能をもたないことに注目し,βサブユニットのC末端側と結合する因子を酵母two-hybrid法により検索した。

 Xenopus卵母細胞のcDNAライブラリーからスクリーニングを行ったところ,ユビキチンリガーゼドメインを有するタンパクが結合タンパクとして同定された。現在この分子が直接Cavチャネルβサブユニットと結合するかどうか,更に発現系細胞において哺乳類L型Cavチャネルの発現制御にどのような役割を有するかを検討している。

 

25.ヒト電位依存性Nav1.6チャネルの機能多様性と
変異に関する電気生理学的解析

山下 直秀(東京大学医科学研究所付属病院)
中瀬古 寛子(東京大学医科学研究所付属病院)
白幡 恵美(山形大学医学部)
早坂 清(山形大学医学部)
木島 和己(山形大学医学部)
岡村 康司

 電位依存性NaチャネルNav1.6が,哺乳類神経系細胞において軸索での興奮伝播,自律的発火パターンの形成,樹状突起での情報統合などに関与することが知られているが,この分子の機能的多様性の分子的基盤は不明である。またNav1.6は神経系の主たるNaチャネルであり遺伝性神経変性疾患や末梢神経の病態との関連が着目されているが病態と分子機能との関係は明らかでない。本研究の主旨は,ヒトでのNav1.6と遺伝病や病態との関連を理解するための生理学的実験系を構築することである。

 これまでNav1.6チャネルを哺乳類培養細胞に発現させて詳細な電気生理学的解析がなされたことがなかった。そこで,コード領域全長をPuc19プラスミドに組み込み,CMVプロモーターをサブクローニングし,tsA201細胞へ一過的発現により遺伝子導入してホールセルパッチクランプ法による解析を行なった。Nav1.6チャネルは,中枢神経細胞における持続性電流とResurgent電流の両方を担うメジャーな分子種であると言われてきたが,CsFをパッチ溶液として用いた記録では両者とも記録されなかった。そこで,より生理的条件に近いCsClを用いて記録を行なったところ,顕著な持続性電流を認めた。一方,プルキンエ細胞に見られるのと同様なResurgent電流は,認められなかった。持続性電流は,時間依存的に現象し,run down現象を示し,細胞内因子による調節が重要であることが示唆された。

 細胞内で持続性電流を制御する因子を探索するため,細胞内ATPやcAMP濃度を変化させた条件下で記録を行なったが持続性電流量には大きな変化を認めなかった。タンパク性の因子としてNav1.6と結合することが知られているβ1サブユニットとアンキリンGを検討したところ,β1サブユニットは活性化の閾値をシフトさせたものの持続性電流には影響を及ぼさなかった。一方アンキリンGは,持続性電流量を顕著に減少させた。

 更にアンキリンの持続性電流抑制効果のメカニズムを検討するため,アンキリンGの局在化をGFPシグナルとしてイメージングした。Nav1.6と共発現させるとアンキリンGは細胞膜付近へ移行することから,アンキリンGとNav1.6の直接結合が,持続性電流の減少の原因となることが予想された。現在他のアンキリン分子の効果を比較することにより持続性電流が変化する分子機構を明らかにする研究を行っている。

 

26.ナトリウムチャネルゲーティングのイオン感受性

吉田 繁(近畿大学・理工学部・生命科学科)
岡村康司(統合バイオサイエンスセンター)
高見英人,池 甲珠(財団法人海洋科学技術センター)
佐藤主税,三尾和弘(産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門)

 本研究の主旨は,「電位依存性Na+チャネル,NaV (v = voltage)」と「濃度感受性Na+チャネル,NaC (c = concentration)」の構造と機能の相違点を調べると共に,それぞれのNa+チャネルと生物進化の関連性を考えることである。

【 A 】電位依存性Na+チャネルの三次元構造と機能モデル

 NaVが側面多孔構造を持つことが判明したので(Sato et al., Nature409: 1047-1051, 2001),それを元に「Twist- Sprinkler Model」という機能モデルを提唱した(Ogata, N. & Yoshida, S. Curr. Med. ChemiCNS Agents2:59-81, 2002) 。これにいくつかの改良を加えたモデルを考えた。即ち,正電荷に富むS4セグメントが膜電位変化を感知して移動することによって中央孔の捩れが解消される,Na+ 流によって作られる陰圧が不活化ヒンジゲートを吸い寄せて不活化を起こす,TTXが多孔の少なくともひとつを塞ぐことによってNa+流が減弱して捩れが戻る,等である。

【 B 】電位依存性Na+チャネルと生物進化

 海で誕生した生命のひとつの頂点である「植物」は,徹底的に高濃度Na+から逃避する道を選びNaVを獲得しなかった。一方,NaVを積極的に利用したのが「動物」である。

【 C 】濃度感受性Na+チャネルの脳内機能

 電位変化ではなく細胞外Na+濃度変化を感知して開くNaC (Hiyama et al., Nature Neurosci., 5:511-512, 2002) の機能をマウス正中隆起(median eminence; ME) で調べると,第三脳室に面する上衣細胞層には細胞外Na+濃度上昇によって開くNa Cと閉じるNa Cの2種類が存在することが判明した。また,クモ膜下腔に面する外層はNa+ではなく浸透圧変化に応ずることが分かった。

【 D 】濃度感受性Na+チャネルと生物進化

 バイオインフォマティクスによれば,Na Cはバクテリア・植物・下等動物(ホヤ・ニワトリ等)には存在せず,哺乳動物(マウス・ラット・ヒト)になって初めて出現したものと思われる。Na Cによって脳脊髄液浸透圧調整が可能になったことが,哺乳動物における急激な脳肥大化の原因ではないかと考えられる。

 

27.リンパ球の活性化調節を担うCa2+透過性チャネルの
同定とその機能に関する研究

清水俊一,木内祐二,石井正和,山本伸一郎(昭和大学・薬学部)
森 泰生

 リンパ球の活性化及びその制御は,喘息の発症や進展に深く関与していると考えられているが,その機序には不明な点が多い。本共同研究では,活性酸素感受性Ca2+透過性チャネルとして同定されたTRPM2チャネルに焦点を当て,最初に喘息患者のリンパ球および単球におけるTRPM2の発現変化を検討した。その結果,喘息患者のTリンパ球及びBリンパ球においてはTRPM2の発現変化は認められなかったが,単球において低下していることを見出した。そこで,単球におけるTRPM2活性化の生理学的意義について検討を進めたところ,IL-8の産生に関与していることが明らかとなってきた。喘息患者の単球におけるTRPM2の発現低下と病態の関連について今後検討する必要がある。

 

28.ラット肺動脈におけるTRPCチャネルの発現とその機能に関する研究

北村憲司,加藤健一(福岡歯科大学)
森泰生

 ラット肺細動脈において低酸素依存性収縮に関与していると考えられるエンドセリン-1 (ET-1) は,ジヒドロピリジン非感受性の持続性収縮,および細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i) 上昇を惹起する。これは,L-type Ca2+チャネル以外のCa2+流入経路がこの反応において主要な役割を担っていることを示唆する。本研究において,このET-1依存性Ca2+流入の生理学的および薬理学的性質が,報告されている数種のTRPCチャネルのそれと類似した性質を持つことが分かった。また,RT-PCR法を用いた実験より,ラット肺動脈に数種のTRPCチャネルサブタイプのmRNAの存在を確認した。今後,これらのTRPCチャネルとET-1依存性Ca2+流入の関係を詳細に検討していきたい。

 


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