生理学研究所年報 年報目次へ戻る生理研ホームページへ


1.海馬神経における虚血性Ca2+動員とイオンチャネル異常

出崎克也,矢田俊彦(自治医科大学医学部・生理学講座統合生理学部門)

 脳細胞が虚血状態に陥ると,細胞への酸素およびグルコースの供給が途絶し,エネルギー障害により細胞外から水が流入し脳浮腫が生じる。一方,海馬における虚血性神経細胞死では,細胞内Ca2+濃度上昇が細胞障害の引き金と考えられている。しかし,脳浮腫形成と細胞内Ca2+濃度増加との関連については不明な点が多い。そこで本研究では,マウス海馬スライス標本および単離海馬神経細胞を用いて,虚血刺激時の細胞内Ca2+動態および細胞容積変化を測定した。虚血刺激(無酸素/無グルコース)により海馬神経細胞の外液Ca2+依存的な細胞内Ca2+濃度の上昇が観察された。一方,虚血刺激による細胞容積増加は外液Ca2+非依存的であり,細胞外Cl -の除去やCl -チャネルブロッカー(DIDS) によって抑制された。以上の結果より,海馬神経において虚血時に細胞外からの水の流入が惹起され,これにはCl -チャネルを介した神経細胞内へのCl -流入が関与することが示唆された。また,虚血時に観察される細胞外からのCa2+流入は,脳浮腫形成に必須ではないと考えられる。従って,虚血性Ca2+動員と脳浮腫は独立した現象と考えられ,両者の制御が虚血性脳障害の治療に必要であると思われる。

 

2.容積感受性Cl-チャネルの候補蛋白質の機能解析

富永真琴,赤塚結子(三重大学医学部・生理学第一講座)
岡田泰伸

 細胞外及び細胞内の浸透圧変化に対応して自らの容積を一定に保とうとする働きは,動物細胞が生命を維持する上で必要不可欠な機能であるが,最近ではこの容積調節の破綻が細胞死につながることが明らかとなっており,細胞がいかに自らの容積をセンスし対応するかという点に注目が集まっている。細胞が一旦膨張した状態から元の体積に戻る調節性容積減少(regulatory volume decrease: RVD) の過程は,細胞内の蛋白質による情報伝達を介して,最終的には細胞内からのK+とCl-流出が駆動力となって細胞内の水が細胞外に流出することによって達成される。特にこの場合のCl-の通り道であるチャネルは細胞の容積上昇を感知して開口するために容積感受性Cl-チャネル(VSOR)と名づけられているが,最近では正常浸透圧下でアポトーシス誘導剤やH2O2によってVSORが活性化されることによって,細胞の持続性収縮が起こることが明らかとなり,容積調節だけでなくアポトーシスにも深く関わっていることがわかってきている。VSORの分子実体はいまだ不明であるが,VSOR及びVSORの制御因子はアポトーシスをコントロールするという観点からも重要な蛋白質であり,これら蛋白質群の分子同定によって細胞の容積調節やアポトーシスのメカニズムについてさらに多くの情報が得られることが期待される。

 現在までに報告者らは,VSORの調節蛋白質としてATP-binding cassette (ABC) 蛋白質スーパーファミリーに属するABCF2を同定しているが,機能協関部門の岡田泰伸教授との共同研究によって,ABCF2がVSORの電流を抑制することと,ABCF2の発現によってRVDの遅延が起こることを明らかにしている。さらに,ABCF2がアクチン結合蛋白質であるアクチニン-4と結合することも見出しており,アクチン-アクチニン-4-ABCF2が相互作用し容積センサーとして働くことが明らかとなった(投稿準備中)。

 本共同研究によって,細胞の容積調節機構が分子レベルで明らかになりつつあり,VSORを含めて,細胞の容積調節を司る全蛋白質が同定されその相互作用を明らかにすることで,細胞の容積調節機構に関する総合的な理解が深まることが期待される。

 

3.Hippocampal cholinergic neurostimulating peptide
前駆体蛋白コンディショナルノックアウトマウスの作成

中澤秀嘉,松川則之,小鹿幸生(名古屋市立大学大学院 医学研究科)
八木 健,平林敬浩(生理学研究所 高次神経機構)

 本年度HCNP前駆体蛋白遺伝子コンディショナルベクターをES細胞に導入し,組み替えES細胞を得た後に,8細胞胚へのES細胞注入まで行った。しかしながら,キメラ率が低く目的とした個体を得ることはできなかった。今回の操作においては,過程において組み替えES細胞が分化してしまったことによるキメラ率低下の可能性が考えられた。現在,組み替え率向上を目的に,コンディショナルベクターを再構築し,再度ES細胞への遺伝子組み換えを行っている。

 

4.パニック障害モデルマウス作製の試み

松岡洋祐(大阪大学大学院生命機能研究科・分子移動学)
八木 健,平林敬浩,三宝 誠(生理学研究所高次神経機構部門)

 パニック障害は日本人の1〜3%が罹患している神経症で,誘因なく驚愕反応が出現し,心拍数の増加,動悸,めまい,吐き気,下痢,発汗といった自律神経系の強い変化を伴う。本研究ではパニック障害の原因として,クロマチン高次構造を制御すると考えられるクロモドメインを有する核蛋白質をコードし,この障害の脆弱因子とされる染色体重複部位  (Cell, vol. 106, 367-369, 2001)  に存在するMRG15遺伝子の倍加を考え,疾患モデルマウスの作製を試みた。MRG15遺伝子を含むマウスBACフラグメントをマウス卵に導入することで,この遺伝子を重複して持つトランスジェニックマウスの作製を行ったが,残念ながら,現在までに解析した82匹の仔においてトランスジーンを有するものはいなかった。

 

5.CNR/プロトカドヘリン遺伝子クラスター改変マウスの作成と機能解析

濱田 俊(大阪大学大学院 生命機能研究科)
八木 健,平林敬浩(生理学研究所 高次神経機構研究部門)

 CNR/プロトカドヘリンファミリーは神経系で発現するプロトカドヘリン様分子群であり,特異な遺伝子クラスター構造をとる。マウスの場合,遺伝子クラスター全体では約50種類のプロトカドヘリン分子がコードされており,その蛋白質は神経回路形成期に軸索やシナプスなどに局在するが,その機能はほとんどわかっていない。CNR/プロトカドヘリンファミリーは3つの異なるサブファミリーからなるが,本研究ではこのうちCNR (Pcdhα) の遺伝子改変マウスを作成し,その生体内機能を明らかにすることを目的としている。

 本年度は,CNRの細胞内領域の大部分を占め,かつ全てのCNRが共通して利用する3つの定常領域エクソン全てを欠損させたCNR遺伝子改変マウスの作成を行った。また,マウスCNRファミリーは全部で14種類から構成される多様性分子であるが,互いの相同性が高いため,in situハイブリダイゼーション法や免疫染色法では個々のCNRの特異的な発現を可視化することは困難であり,機能解析の障害になっている。このため,それぞれのCNRのプロモータの制御下でGAP43-Venusあるいは核移行配列を付加したVenusを発現させるノックインマウスの作成を行った。CNRv1およびCNRv10に対して2種類の標的組み換えベクターを用い,1500クローン以上のES細胞を単離し,PCR法とサザンブロット法によりスクリーニングを行った。このうちCNRv1プロモータ制御下で核移行型Venusを発現させる組み換えベクターを用いて,組み換え体ES細胞が1クローン得られた。このES細胞を8細胞胚へ注入し,キメラマウスの作成を試みたが,高キメラ率のマウスは得られなかった。

 

6.遺伝子改変マウスを用いたヒスタミンH1受容体の中枢機能の解析

福井裕行,堀尾修平(徳島大学薬学部薬物学教室)
八木 健,平林敬浩(生理学研究所 高次神経機構研究部門)

 中枢においてヒスタミンH1受容体は,睡眠・覚醒,学習・記憶,食欲の制御などの機能に関与することが指摘されている。本研究では,H1受容体を過剰発現させた遺伝子改変マウスを作製し,行動を正常及びH1受容体ノックアウトマウスと比較することにより,H1受容体の中枢における機能をさらに詳しく解析することをめざしている。

 我々は,H1受容体の細胞内情報伝達機構を調べる過程で,脱感作が全くおこらない変異H1受容体を得た。この受容体は脱感作の一種であるダウンレギュレーションがおこらないがヒスタミン応答は正常であった。本研究では,H1受容体にこの変異を導入したノックインマウスを作製する。この遺伝子改変マウスでは,H1受容体脱感作異常のため受容体発現レベルが増大し,ヒスタミン応答が過剰になると考えられる。

 まずH1受容体遺伝子に目的の変異を導入したターゲティングベクターを作製し,ES細胞に導入,サザンブロット法により相同組換え変異体を同定した。400個余りのコロニーを検定したが,相同組換えをおこしたES細胞は得られなかった。ちょうどこの時期に,マウスの全ゲノム配列が決定されたので,さっそく,H1受容体遺伝子の前後の配列を調べてみた。その結果ターゲティングベクターとして用いた領域の末端2.0 kb程が,その下流に5箇所にわたって繰り返されていることが判り,これが相同組換えの起こりにくい一因と考えられた。そこでこの重複部分を切り取ったターゲティングベクターを新たに作製しES細胞に導入した。その結果,相同組換えをおこしたES細胞クローンが3個得られた。引き続いて,ES細胞をマウス2.5日胚に注入し,仮親の子宮内に移植しキメラマウスを得た。キメラマウスは現在6匹得られており,そのうち2匹は100%キメラであった。今後,交配によりF1マウス,ホモ変異マウスを作成する予定である。

 

7.ジーンターゲティングマウスを使ったSIAHの神経系における役割の解明

山下拓史,中村 毅,永野義人,松本昌泰(広島大学大学院脳神経内科)
高橋哲也(翠清会梶川病院神経内科)
八木 健,平林敬浩(生理学研究所 高次神経機構研究部門)

 パーキンソン病(PD) の発症機序については遺伝性PDの原因遺伝子を中心に解析がすすめられているがいまだ解明に至っていない。PD剖検脳では黒質ドパミン神経を中心とする神経細胞内凝集体形成が特徴的であり,その形成過程の解明はPD病態解明に重要である。凝集体形成にはubuquitin-proteasome systemの異常が考えられ遺伝性PDの原因遺伝子の一つであるparkinはE3 ubiquitin ligaseであり凝集体の主要蛋白質であるα-synuclein,synphilinを分解する。われわれはα-synuclein,synphilinを分解する新規タンパク質としてE3 ubiquitin ligaseの一つであるSiahをyeast-two hybrid systemにより同定した。(Nagano,2003)  HumanではSiah-1,Siah-2が存在し両者ともにα-synuclein,synphilinを分解する。マウスではsiah蛋白にはsiah-1a,siah-1b,siah-2の3種が存在し,これらは機能的に補足しあっている。凝集体の形成機序の一つとしてubuquitin-proteasome systemの異常を考えた場合,これらsiah蛋白質をノックアウトし凝集体形成への影響を検討する事は重要と考えられる。昨年度までにcre-loxp systemを用いたコンディショナルノックアウトマウスのターゲティング遺伝子の作成を継続している。コンストラクト作製にあたりベクターに組み込むinsertをBAC cloneを用いてPCR法にて構築中であるが,その過程においてmutationを生じるなどの問題が生じ完成に至っていない。構築手法を変えるなどの検討が必要と思われ現在その方向で実験を進めている。マウス作製後には行動解析,中枢神経細胞における凝集体形成の有無とその形成機序,ドパミン神経細胞の機能解析をすすめる。

 


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