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1.細胞内シグナル伝達機構の多角的・包括的理解

2003年10月9日−10月10日
代表・世話人:宮脇 敦史(理化学研究所脳科学総合研究センター)
所内対応者:河西 春郎(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所)

(1)
2次元蛍光スペクトル顕微測光による細胞内多因子同時測定
白川 英樹,宮崎 俊一(東京女子医科大学・第二生理))
(2)
1分子イメージングによる細胞質-核間輸送の分子機構
徳永 万喜洋(国立遺伝学研究所・構造遺伝学研究センター・生体高分子研究室)
(3)
2光子励起法を用いた副腎髄質細胞の開口放出の解析
岸本 拓哉,河西 春郎(岡崎国立共同研究機構生理学研究所・生体膜部門)
 木村 良一(弘前大学・医学部)
(4)
RGS蛋白質によるムスカリン性カリウムチャネルの制御〜その分子機構から生理機能まで〜
石井 優,鈴木 慎悟,倉智 嘉久(大阪大学大学院医学系研究科・情報薬理学講座)
(5)
TRP関連チャネルの新奇機能
森 泰生(京都大学大学院工学研究科・合成,生物化学専攻・分子生物化学分野))
(6)
SAチャネルの活性化機構
曽我部 正博1,2,吉村 健二郎2,野村 健2,早川 公英2,辰巳 仁史1成瀬 恵治1,2,唐 涼揺2
 (1名古屋大学院医,ICORP2細胞力覚プロジェクト,JST)
(7)
Photo-induced peptide cleavage in the green-to-red conversion of a fluorescent protein
水野 秀昭,宮脇 敦史(理化学研究所・脳科学総合研究センター・細胞機能探索技術開発チーム)
(8)
Development of FRET-based biosensors with expanded dynamic range
永井 健治1,2,宮脇 敦史1
1理化学研究所・脳科学総合研究センター・細胞機能探索,2科学技術振興事業団・さきがけ21)
(9)
細胞周期とBcl-2ファミリーによる細胞死のタイミング
橋本彰子,廣瀬謙造,飯野正光(東京大学院医学系研究科・細胞分子薬理学教室)
(10)
B細胞抗原受容体シグナルにおけるRas活性化機構
黒崎 知博(関西医科大学・肝臓研究所・分子遺伝学部門・
 理化学研究所・横浜研究所・免疫,アレルギー科学総合研究センター・免疫細胞制御研究チーム)
(11)
Calyx of HeldにおけるPKCシグナリングとシナプス小胞の動態
斎藤 直人,山下 慈郎,水谷 治央,高橋 智幸
(東京大学大学院医学系研究科・機能生物学専攻・神経生理学教室)
(12)
活性化とトランスロケーションによるPKC機能の2重制御
斎藤 尚亮(神戸大学バイオシグナル研究センター・分子薬理)
(13)
膵β細胞におけるPKCの活性化機構とその作用
最上 秀夫,鈴木 優子(浜松医科大学・第二生理)
小島 至,張 恵(群馬大学生体調節研究所・調節機構部門細胞調節分野))
(14)
逆行性シナプス伝達を担う内因性カンナビノイド同定の試み
狩野 方伸,少作 隆子,福留 優子,前島 隆司
(金沢大学大学院医学系研究科・シナプス発達機能学研究分野)
(15)
プロトンシグナルの反応性制御機構
久野 みゆき,森畑 宏一,森 啓之,酒井 啓,川脇 順子
(大阪市立大学大学院医学研究科・分子細胞生理学))
(16)
腎尿細管K+分泌能の発達における側底膜K+チャネル(Kir7.1) の役割
河原 克雅,安岡 有紀子,鈴木 喜郎
(北里大学医学部・生理))

【参加者名】
黒崎 知博(関西医大付属肝臓研究所),宮崎 俊一(東京女子医大),白川 英樹(東京女子医大),尾田 正二(東大新領域創成科学研究科),小島 至(群大生体調節研究所),長澤 雅裕(群大生体調節研究所),最上 秀夫(浜松医大),鈴木 優子(浜松医大),斎藤 尚亮(神大バイオシグナル研究センター),足立 直子(神大自然科学研究科),河原 克雅(北里大・医),安岡 有紀子(北里大・医),久野 みゆき(市大大院医学研究科),飯野 正光(東大大院医学系研究科),橋本 彰子(東大大院医学系研究科),大久保 洋平(東大大院医学系研究科),中村 直俊(東大大院医学系研究科),古谷 和春(東大大院医学系研究科),高橋 智幸(東大大院医学系研究科),辻本 哲宏(東大大院医学系研究科),斎藤 直人(東大大院医学系研究科),石川 太郎(東大大院医学系研究科),鈴木 大介(東大大院医学系研究科),水谷 治央(東大大院医学系研究科),渡邉 博康(東大大院医学系研究科),金子 雅博(東大大院医学系研究科),鈴木 慎悟(阪大大院医学系研究科),石井 優(阪大大院医学系研究科),曽我部 正博(名大大院医学研究科),狩野 方伸(金沢大大院医学系研究科),森 泰生(京大大院工学研究科),沼賀 拓郎(総研大),徳永 万喜洋(国立遺伝子学研究所),十川 久美子(理研免疫センター),宮脇 敦史(理研脳科学総合研究センター),水野 秀昭(理研脳科学総合研究センター),永井 健治(理研脳科学総合研究センター),下薗 哲(理研脳科学総合研究センター),唐沢 智司(理研脳科学総合研究センター),宮内 崇之(理研脳科学総合研究センター),河西春郎(生理研),岸本 拓哉(生理研),根本  知己(生理研),高橋 倫子(生理研),松崎 政紀(生理研),兒島 辰哉(生理研),木瀬 環(生理研),大嶋 章裕(生理研),安松 信明(生理研),本蔵 直樹(生理研),畠山 裕康(生理研),野口 潤(生理研)

【概要】
 特定の外界刺激を受けて,細胞内では特定のカスケード反応が起こり,細胞の分化,移動,分裂などの現象が具現化される。こうした細胞内シグナル伝達系を多角的かつ包括的に司会するためには,ここに空間の3軸と時間軸を導入しなければならない。各事象が空間的,時間的に巧妙に制御されているからである。生化学,遺伝子,バイオイメージング等の技術を総動員し,さまざまな分野にまたがる知識をもとに議論することが重要である。日本における細胞内シグナル伝達の研究は,多くの研究者がそれぞれの研究の目的に適した,異なった細胞(例えば神経細胞,上皮細胞,免疫細胞等)を用いて業績を挙げており,国際的にも高く評価されている。しかしながら,各研究者それぞれが異なる細胞を用いて専門的な研究を行っているがゆえに他の研究システムを用いての研究の成果,及び異なった視点に立脚することが困難であり,学際的情報,及び学際的研究の重要性が強く望まれている。本研究会は細胞内シグナル伝達の研究において,問題点,課題点を多様な研究システム・研究視点から討論して解決すべきアプローチを見出していこうとして企画した。
 その結果,抄録にあるように,分野を異にする多数の研究室から新しい未発表の成果の発表が積極的に行われ,それに対して活発な討論,意見交換がなされ,新しい研究の方向性をつかむ絶好の機会となった。また,各研究室から多くの若手の参加があった。

 

(1)2次元蛍光スペクトル顕微測光による細胞内多因子同時測定

白川 英樹,宮崎 俊一 (東京女子医科大学・医学部・第二生理)

 近年,様々な細胞内分子や細胞活性に対する蛍光性プローブが開発されてきており,複数種のプローブを用いれば複数種の因子を同時に光学的に測定することが可能である。しかしプローブ同士のスペクトルが大きく重複している場合には,両者のシグナルを正確に分離することは容易ではなく,同時に適用できるプローブ数はしばしばこのスペクトルの重複によって制限される。また細胞の内因性蛍光(自家蛍光)が有意な場合は,各プローブ由来の蛍光シグナルを正確に分離測定することはさらに困難になる。今回,単一細胞からの蛍光の2次元スペクトル(励起波長x蛍光波長)から数多くの蛍光成分を分離・測定するシステムを開発したので紹介する。

【構成】励起波長は9種類のバンドパスフィルタを用いて高速に切り替えた。蛍光はモノクロメータで分光したのち,1024チャネルの冷却CCDセンサにより全波長域を同時に記録した。得られた3次元のデータ(2次元スペクトルx時間)に適当な補正を施した後に,Parallel Factor Analysis (PARAFAC) と呼ばれる多成分解析の手法により独立した蛍光成分のスペクトルおよび混在量の変化を同時推定した。

【性能】市販のカルシウム蛍光プローブの混合水溶液を用いて評価したところ,互いに大きく重複するスペクトルをもつ11個の蛍光成分を完全に分離できることが確認された。

【適用例】マウス卵の自家蛍光を単一細胞レベルで測定・解析したところ,NAD (P) Hと酸化型フラビン以外にも最低でも2種類の成分が確認され,例えばミトコンドリア呼吸系阻害剤を投与した際のそれぞれの経時変化を分離測定することができた。さらに,自家蛍光成分と細胞内カルシウムやpHの経時変化を同時に測定することも可能であった。

 

(3)2光子励起法を用いた副腎髄質細胞の開口放出の解析

岸本 拓哉,河西 春郎(岡崎国立共同研究機構生理学研究所・生体膜部門)
木村 良一(弘前大学・医学部)

 神経や内分泌細胞におけるカルシウム依存性開口放出機構は,細胞内深部にある分泌小胞が細胞膜への動員され,融合準備状態になってはじめて融合することができると考えられている。ところが,細胞深部にある小胞は従来の方法では可視化できなかった。そこで,我々は組織標本に近い状態の副腎髄質細胞塊に,2光子励起顕微鏡の深部到達性と同時多重染色性を生かした2次元蛍光相互相関法を用いることで,細胞深部における小胞が頻繁に逐次開口放出を起こすことを明らかにした。この逐次開口放出においては,融合細孔が20nm以下に制御されており,小胞内のゲルが細胞外に出ることができず,小胞内でゲルが膨潤することによって増強されていることがわかった。また,細胞表層部における開口放出と細胞深部における開口放出の融合速度が同じであったことから,細胞表層部と細胞深部における小胞は共に融合準備状態であると考えられた。このように,逐次開口放出機構は外分泌細胞のみならず神経内分泌においても主要な分泌機構であることがわかった。

 

(5)TRP関連チャネルの新奇機能 − TRPC5の酸化状態感受性

森 泰生(京都大学大学院工学研究科・合成,生物化学専攻・分子生物化学分野)

 Caイオンは細胞の生存,増殖,分化の様々な局面において必須のシグナル伝達因子として働いている。形質膜越えのCaイオン流入はカルシウムチャネルタンパク質により制御され,作動メカニズムにより電位依存性,リガンド作動性,受容体活性化チャネルに大別される。中でも,近年注目されているTRP (transient receptor potential) タンパク質は受容体活性化チャネルを形成し,受容体からホスファチジルイノシトール代謝回転へつながるシグナルカスケードを制御するタンパク質群と,強い相互作用を示すことが分かってきた。今回,我々はこの中のひとつであるTRPC5が生理活性物質である活性酸素種(ROS) や,活性窒素種(RNS) によっても活性化・開口することを報告する。HEK293株に一過的にTRPC5を発現させた系において過酸化水素,NO供与剤であるSNAPを処置することによりTRPC5が活性化する事を認めた。特にシステインの特異的酸化剤である5-Nitro-2-PDSは顕著な活性化作用を示した。ラベル化実験等によりPDSはTRPC5の細胞質内に面した領域のシステインを直接修飾する事が示唆された。このようにTRPC5を含むカルシウムシグナル複合体が細胞の酸化状態センサーとして働きうることが考えられる。その生理的意義に関しても考察したい。

 

(6)SAチャネルの活性化機構
-メカニカルインターフェースとしての細胞骨格-
Activation Mechanisms of Stretch Activated Ion Channels
-cytoskeleton works as a mechanical interface-

曽我部 正博1,2,吉村 健二郎2,野村 健2,早川 公英2,辰巳 仁史1,成瀬 恵治1,2,唐 涼揺2
1名古屋大学院医,ICORP2細胞力覚プロジェクト,JST)

 我々の内耳に分布する有毛細胞や皮膚機械受容器はもとより,大腸菌や植物細胞も機械刺激に応答する。また,細胞の成長,分裂,形態変化,運動に伴って細胞の各所に多様な力が発生し,細胞応答を修飾する。このメカノトランスダクションでは,細胞に加えられた機械刺激がメカノセンサーに受容され,細胞内シグナルに変換される。このプロセスには2つの謎がある。1つ目はメカノセンサーの分子実体であり,2番目は機械刺激がどのようにしてそのメカノセンサーを活性化するのかという仕組みである。1つ目の謎は,SA (Stretch Activated) チャネルの発見によって部分的に解かれた。細菌,酵母,あるいは高等動物の神経,心筋などからSAチャネル遺伝子がクローニングされ,細菌SAチャネルの高次構造も決定された。しかしながら,細胞への機械刺激がどのようにしてSAチャネルを活性化するのかという2番目の謎はまだ解けていない。大腸菌SAチャネルでは細胞膜に生じる膜張力が直接SAチャネル分子を変形させて活性化するという説が有力である。一方,高等生物ではチャネル間,あるいはチャネルと膜を連結する細胞骨格の張力がSAチャネルの活性化に重要であるという主張が繰り返し提出されてきたが未だに証明されていない。本口演では,高等動物の細胞(ヒト血管内皮細胞)においては細胞骨格(アクチン線維束)に生じたストレスがSAチャネルを活性化するという直接証拠を提出する。

 最後に,最近我々がクローニングした心筋SAチャネルの分子構造に基づいてその活性化機構と細胞骨格の関連について議論するとともに,細菌SAチャネルの膜張力による活性化機構との比較を行う。

 

(7)Photo-induced peptide cleavage in the green-to-red
conversion of a fluorescent protein

水野 秀昭,宮脇 敦史(理化学研究所・脳科学総合研究センター・細胞機能探索技術開発チーム)

 我々の研究室ではクラゲGFPと相同性をもつ蛍光タンパク質のクローニングを刺胞動物より行っている。その一つ,ヒユサンゴよりクローニングされた蛍光タンパク質は,紫(外)光を吸収することによって蛍光色が緑から赤に変わるというユニークな性質を持っており,この色の変化からカエデと命名された。しかしどのようなメカニズムで赤色化が起こるのか,という点に関してはこれまで不明であった。

 反応機構の解明にあたり,我々はカエデのトリプシン消化産物から発色団を含むペプチド断片を精製し,その構造をESI-MS及びNMRにて解析した。カエデの緑色の発色団は,アミノ酸残基His62-Tyr63-Gly64の部分で形成され,クラゲGFPの発色団と同様の構造をとっていた。赤色の発色団の解析より,紫(外)光の照射に伴いHis62の Cα-Nαの結合が,β脱離反応というタンパク質内では他に例のない反応によって切断されることがわかった。この切断の結果形成されるHis62のCα-Cβ間の二重結合によって発色団のp-共役がHis62のイミダゾール環へと広がり,吸収及び蛍光波長の長波長側へのシフトが説明できる。

 これまでに知られているタンパク質内のペプチド鎖の切断は,そのほとんどがプロテアーゼや酸処理によるペプチド結合の加水分解であるが,カエデの光依存的なペプチド鎖の切断はこれとは全く異なるβ脱離反応であった。またこのβ脱離反応ではカルボキサミド基が脱離基となっているが,有機化学的な脱離反応でカルボキサミド基が脱離基となる例はない。発色団を包み込むカエデタンパク質の高次構造に由来する自己触媒的な作用によって,初めてこのような特異な反応が成立し,カエデのユニークな性質を生み出していると思われる。

 

(8)Development of FRET-based biosensors
with expanded dynamic range

永井 健治1,2,宮脇 敦史1
1理化学研究所・脳科学総合研究センター・細胞機能探索,
2科学技術振興事業団・さきがけ21)

 Fluorescence resonance energy transfer (FRET) technology has been used to develop genetically-encoded fluorescent indicators for various cellular functions. While most indicators have cyan- and yellow-emitting fluorescent proteins (CFP and YFP) as FRET donor and acceptor,   their poor dynamic range often prevents detection of   subtle but significant signals. Here, by using new construction method, we developed FRET-based Ca2+ and active caspase3 sensors that show dramatic and much bigger change in the ratio of YFP/CFP in accordance with Ca2+concentration and caspase3 activation, respectively. The new sensors enable visualization of subcellular dynamics of Ca2+ and active caspase3 with better spatial and temporal resolutions than before. Our study will provide an important guide for development and improvement of indicators using GFP-based FRET.

 

(9)細胞周期とBcl-2ファミリー(BAD) による細胞死のタイミング

橋本彰子,廣瀬謙造,飯野正光(東京大学院医学系研究科・細胞分子薬理学教室)

 サイトカインなど増殖因子の除去による細胞死の機構について,細胞周期が関与する機構と,Bcl-2ファミリー分子が関与する機構の二通りの説が従来論じられてきた。しかし,細胞周期と細胞死シグナルの関連については明らかにされていなかった。本研究では,細胞周期の担い手であるCdc2によってBcl-2ファミリー分子であるBADの機能が周期的に調節されていることを明らかにした。

 BADは,通常14-3-3蛋白と結合し不活性な状態にあるが,増殖因子が除去されると14-3-3蛋白から解離してミトコンドリアに移行し,細胞死を誘起すると考えられていた。しかし,ノックアウトマウスの解析から,BADは細胞死を誘起するのではなく,ミトコンドリア依存性細胞死の閾値を下げる効果を持つことが分かってきた。我々は蛍光エネルギー移動(FRET) を用いた観察により,血球細胞内でBADと14-3-3蛋白が細胞周期ごとに結合・解離することを見出した。BADと14-3-3蛋白の解離はCdc2によるBADのリン酸化によってG2/M期毎に生じており,それ自体が細胞死を招くものではなかった。更に,増殖因子(IL-3) の除去による細胞死がG1/S期よりも,BADと14-3-3蛋白が解離しているG2/M期に進行しやすいことを示した。これらの結果はBADによる細胞死促進効果が細胞周期の機構そのものに調節されていることを示しており,細胞周期と細胞死シグナルの密接な関係が明らかになった。

 

(10)B細胞抗原受容体シグナルにおけるRas活性化機構

黒崎 知博(関西医科大学・肝臓研究所・分子遺伝学部門・
理化学研究所・横浜研究所・免疫,アレルギー科学総合研究センター・免疫細胞制御研究チーム)

 Rasの活性化メカニズム,特にRasの不活性型(GDP結合型)を活性型(GTP結合型)に変換する酵素(RasGEFs) は,Sos群とRasGRP群の2種類存在するが,多くの異なったレセプターがRasを活性化するが,異なるレセプターが,これらRasGEF群を使い分けているのかどうか明らかではなかった。

 モデル細胞DT40を用いSos群欠損,RasGRP群欠損細胞を作製することにより,まずB細胞レセプターは主としてRasGRP群を用い,EGFレセプターはSos群を用いてRasを活性化していることを明らかにした。さらにB細胞レセプターは,PLC-g2を活性化することにより生じたジアシルグリセロール(DAG) が,RasGRPを膜分画にリクルートし,活性化を引き起こすのに重要なメカニズムであることが示唆された。

 

(11)Calyx of HeldにおけるPKCシグナリングとシナプス小胞の動態

齋藤 直人,山下 慈郎,水谷 治央,高橋 智幸
(東京大学大学院医学系研究科・機能生物学専攻・神経生理学教室)

 ラット台形体内側核(MNTB) にある巨大なシナプス前終末Calyx of Heldには,カルシウム非依存性のPKCであるεPKCが局在している。Calyx of Held内の,εPKCはPhorbol dibutyrate (PDBu) によって活性化され,シナプス側の膜へ移行する。また,PDBu投与によりMNTBのシナプス伝達はカルシウム非依存的に増強する。

 PKCのターゲットの一つと考えられているSNAP25のリン酸化を,脳幹スライスを用いて解析した。PDBu投与によって濃度依存的にSNAP25のリン酸化は亢進し,この作用はPKC阻害剤Bisindolylmaleimide I によって阻害されたが,カルシウム依存性PKCに選択的な阻害剤Go6976では阻害されなかった。さらに,εPKCは免疫沈降したSNAP25をin vitroでリン酸化することが出来た。

 次に,シナプス小胞の局在を免疫染色法によって,共焦点レーザー顕微鏡下で解析した。シナプス小胞のマーカーとしてVAMP2またはSynaptophysinを用い,t-SNARE分子であるSyntaxinまたはSNAP25との共局在を解析した。PDBu投与によってシナプス小胞マーカーとt-SNARE分子の共局在の程度は上昇し,この効果はBisindolylmaleimide I によって阻害された。また,ボツリヌス毒素でSNAP25を切断すると共局在の減少が認められた。

 以上の結果より,Calyx of HeldにおいてεPKCは活性化に伴ってシナプス側の膜へ移行し,SNAP25をリン酸化することによって,シナプス小胞を膜に向かって移動させ,シナプス伝達の増強に関与していると推察される。

 

(12)活性化とトランスロケーションによるPKC機能の2重制御

斎藤 尚亮(神戸大学・バイオシグナル研究センター)

 我々は,プロテインキナーゼC (PKC) が多くの細胞機能の制御に関与するには,様々な刺激に応じて,PKC各分子が目的とする場所に,特定のタイミングで移動し,標的をリン酸化する機構,つまり,ターゲッティング機構が重要であることを提唱してきた。

 今回,セラミドによるアポトーシスを例とし,セラミドにより特定のPKCサブタイプが,特定の細胞内部位にトランスロケーションし,特定の活性化機構で活性化されることがアポトーシスの誘導に必要であることを示し,PKCの機能制御におけるターゲティング機構の重要性について述べる。

 

(15)プロトンシグナルの反応性制御機構

久野 みゆき,森畑 宏一,森 啓之,酒井 啓,川脇 順子
(大阪市立大学大学院医学研究科・分子細胞生理学)

 プロトン(H+) はpHを調節し,イオンや種々の生理活性物質のトランスポートを制御する。H+が殆どの化学現象に根幹的に関わる重要なシグナルイオンであることは言うまでもないが,H+シグナルはいくつもの細胞内情報伝達機と連動するためinput-outputの関係は単純ではない。更に,細胞にはpHを一定の範囲に調節するために強力な調節機構が幾重にも備わっており,H+シグナルの変動とその応答メカニズムを細胞レベルで捉えるのは存外に難しい。この強力なpHホメオスターシスを打ち破るH+シグナル発生器として膜電位依存性H+チャネルは有力な研究手段となる。すなわち,電位パルスプロトコールを工夫することによってH+シグナルの大きさと作用時間を任意に制御することができ,同時にチャネル活性自体を細胞内H+シグナルのリアルタイムモニターとして利用できる。

 他のイオンチャネルをブロックしておくと膜電位はH+チャネルによって制御される。このとき膜電位は10 ms, 100 ms, 数秒以上の様々な周期で絶えず振動しており,H+チャネル活性が細胞状況に即応して微小な増減を繰り返していることが示唆される。H+チャネル活性はpH変化に基づくフィードバックを第一の制御機構とするが,同時に多くの物理化学的因子や代謝調節因子の作用によって大きく変動する。私達は,H+チャネルの特性を用いて,細胞内H+シグナリングをどのように把握できるか,また膜電位およびCa2+がH+と連繋する細胞内シグナルとしてどのようにH+シグナリングに関わっていくかを探ってみた。

 

(16)腎尿細管K+分泌能の発達における側底膜K+チャネル(Kir7.1) の役割

河原克雅,安岡有紀子,鈴木喜郎(北里大学医学部・生理)

 腎臓は体液の電解質組成を正常域に保持する唯一の臓器であるが,新生児期は糸球体濾過や尿細管イオン輸送機能などの腎機能が未熟である。このため,新生児の血清K+濃度は成人の正常域に比べ高値を示すが,体および腎臓の成長に伴って低下し正常域に調節される。腎集合管に局在する内向き整流性K+ チャネル(ROMK1,管腔膜;Kir7.1,側底膜)の発現量の変化を,この間の新生仔期ラットの尿中K+ 分泌能の発達と比較する事でそれぞれのK+ チャネルの役割を検討した。RNase protection assay の結果,ROMK1 mRNA は,新生仔期初期(1 wk) において中後期(2-3 wk) の約50%量が発現していた。中後期(2-3wk) においては,ROMK1 mRNA の発現量は増加しなかったが,Kir7.1 mRNA は有意に増加した。一方,腎K+分泌能の発達においては,経口負荷K+の尿中への排出量(総量)はこの間(2-3 wk) 増加しなかったが,初期値(初期時間K+ 分泌量)は有意に増加した。免疫組織染色の結果,ROMK1蛋白質は尿細管管腔膜に,Kir7.1 蛋白質は側底膜に局在していた。われわれの実験結果は,ROMK1(管腔膜)が新生仔期ラット腎集合管K+ 分泌路として機能するという従来の仮説を支持する。さらに,Kir7.1(側底膜)が外来性に負荷されたK+ の時間尿中分泌能の発達に寄与することを示した。

 

 


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