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4.バイオ分子センサー研究会

22003年5月21日−5月22日
代表・世話人:富永真琴(三重大学医学部)
所内対応者:森泰生(統合バイオサイエンスセンター)

(1)
腎マクラデンサ細胞のNaClセンサーATPチャネル
岡田泰伸,サビロブ・ラブシャン,林誠治,森島繁,J-Y Lapointe,PD Bell(生理学研究所・機能協関部門)
(2)
アミノ酸センサーの探索
金井好克(杏林大学・医学部・薬理学教室))
(3)
機械受容チャネルTRPV4の構造と機能
鈴木誠(自治医科大学・薬理学講座)
(4)
大脳皮質ニューロンの容積センサーCl-チャネル
井上華,岡田泰伸(生理学研究所・機能協関部門)
(5)
心筋ストレッチセンサーの分子メカニズム
古川哲史(東京医科歯科大学・難治疾患研究所・生体情報薬理分野)
(6)
血管内皮細胞における機械受容と細胞反応
辰巳仁史,早川公英,河上敬介,清島大資,曽我部正博(名古屋大学大学院医学系研究科)
(7)
Cell acidosis環境における膜電位依存性プロトンチャネルの応答様式
久野みゆき,森畑宏一,森啓之,酒井啓,川脇順子(大阪市立大学大学院・医学研究科)
(8)
プロトン依存性電位作動性チャネルPCL
森泰生(統合バイオサイエンスセンター・細胞生理部門)
(9)
温度センサーとしてのTRPチャネル
冨樫和也,沼崎満子,森山朋子,東智広,村山奈美枝,富永知子,富永真琴
(三重大学・医学部・分子細胞生理学分野)
(10)
線虫C. elegansにおける感覚ニューロン機能の多様性
森郁恵(名古屋大学大学院・理学研究科)
(11)
細胞内信号伝達を担うへム関連タンパク質
齋藤正男(東北大学・多元物質科学研究所))
(12)
タンパク質グルタチオン化:酸化ストレスのセンシング機構
内田浩二(名古屋大学大学院・生命農学研究科)
(13)
共鳴ラマン分光法によるガスセンサー蛋白の特異的センシングメカニズムの解明
北川禎三(統合バイオサイエンスセンター・生体分子部門))
(14)
嗅覚細胞においてcAMPはユニバーサルな情報伝達因子である
竹内裕子,倉橋隆(大阪大学大学院・生命機能研究科))
(15)
GFPを用いたカルシウムセンサーG-CaMPの改良とその応用
中井淳一(理化学研究所・脳科学総合研究センター))
(16)
クリプトクロームの機能
藤堂剛(京都大学・放射線生物研究センター))
(17)
核内レセプター VDRによるビタミンD・胆汁酸認識機構の解析
安達竜太郎,山田幸子,下村伊一郎,槇島誠(大阪大学大学院・生命機能研究科)
(18)
開状態におけるイオンチャネルポアの柔軟性の分子基盤
藤原祐一郎,久保義弘(東京医科歯科大学大学院・医歯学総合研究科))
(19)
脳黒質網様部ニューロンのエネルギー基質センシング機構
山田勝也,袁宏杰,稲垣暢也(秋田大学・医学部・生理学第一講座))
(20)
糖・脂質代謝センサーとして働くABCタンパク質の作用メカニズム
植田和光(京都大学大学院・農学研究科))

【参加者名】
稲垣暢也,山田勝也(秋田大・医),齋藤正男(東北大),金井 好克(杏林大・医),古川哲史(東京医科歯科大大院),久保 義弘,藤原 祐一郎(東京医科歯科大大院),槇島 誠,安達竜太郎,森田健太郎,金子恵美,中野寛之(大阪大大院・生命機能),鈴木 誠(自治医大),中井 淳一(理研),森郁恵(名古屋大大院・医),内田浩二(名古屋大大院),藤堂剛(京都大・放生研),植田和光(京都大大院・農),久野 みゆき(大阪市大大院・医),辰巳 仁史(名古屋大大院・医),倉橋 隆,竹内 裕子(大阪大大院),富永 真琴,沼崎満子,森山 朋子,冨樫 和也,東 智広,村山 奈美枝,三村 明史(三重大・医),岡田 泰伸,R.Sabirov,清水 貴浩,高橋 信之,井上 華,森島繁(生理研),北川禎三,岡村 康司,岩崎 広英,久木田 文夫,森泰生,原 雄二(統合バイオ)

【概要】
 細胞は,それを取り巻く環境の大きな変化の中で,その環境情報を他のシグナルに変換し,細胞内や周囲の細胞に伝達することによって環境変化に対応しながら生きている。細胞が存在する臓器・組織によって細胞が受け取る信号は異なり,従って細胞が持っている信号を受信する機能も異なる。最近,膜の代謝型受容体のみならず,チャネルやトランスポーターなどの膜輸送蛋白質も,さらには細胞質内の受容体も環境情報センサーの働きをしていることが明らかになりつつある。これらの分子センサー蛋白は種々の化学的,物理的,生理的情報を受容して,他のシグナルに速やかに変換する能力を持っている。
 バイオ分子センサーは私たちの身体の中の細胞の至る所にあり,それぞれの場所で特異的に発現して,細胞独自の機能に重要な役割を果たしている。このバイオ分子センサーは,細胞生存の要とも言える重要な存在であり,創薬のターゲットにもなっている。こうした細胞膜・細胞質内・核内に存在するバイオ分子センサータンパク質の構造と機能の解明を,既に遺伝子の明らかになっている分子の研究を中心に新たな分子の探索も含めて,分子生物学,生化学,生理学の融合的研究によって推進するためにこの研究会を開催した。イオン・アミノ酸センサー,容積・メカノセンサー,温度・pHセンサー,Redoxセンサー,光・味・匂いセンサー,代謝センサーの6つのセッションに分かれて行われて20の演題発表があった。活発な討論,情報交換がなされ,「バイオ分子センサー」研究の発展に有益な会であった。

 

(1)腎マクラデンサ細胞のNaClセンサーATPチャネル

岡田 泰伸,SABIROV Ravshan,林 誠治,森島 繁,LAPOINTE Jean-Yves,BELL Darwin
生理学研究所,2モントリオール大学・理学部,アラバマ大学・医学部)

 腎マクラデンサ(密集斑)細胞は,腎尿細管(太い上行脚:TAL)管腔液のNaCl濃度を検知して,本細胞と共に傍糸球体装置を構成するメサンギウム細胞を介して輸入細動脈平滑筋細胞や顆粒(レニン分泌)細胞にシグナルを伝達して,体液量や血圧の調節に関与するというユニークかつ重要な細胞である。そのNaClセンサー機序やシグナル伝達機序を明らかにするためにウサギ腎より密集斑を単離して解析した。その結果,マクラデンサ細胞膜に380pSの大型単一チャネルコンダクタンスを示すマキシアニオンチャネルの存在が同定され,NaCl濃度増によって活性化されること,ATP4-を透過させることなどが明らかとなった。そして実際にマクラデンサ細胞はNaCl増に応答してATPを放出することが示された。次に,糸球体とTALごと単離した標本においてTAL潅流液中のNaCl濃度を上昇させると,マクラデンサの基底側からATPが放出されることが示された。更にはメサンギウム細胞株にP2Y2型のATPレセプターの存在を確認し,この細胞をマクラデンサ基底側に密着させると,尿細管腔NaCl増に応答して本ATPレセプターが刺激されることが明らかとなった。これらの結果から,マクラデンサ細胞のNaClセンサーはATP透過性マキシアニオンチャネル(ATPチャネル)であり,メサンギウム細胞へのシグナル分子はそこから放出されるATPであることが結論された。

 

(2)アミノ酸センサーの探索

金井好克(杏林大学医学部薬理学教室)

 細胞は,アミノ酸の供給量に応じて,タンパク質合成を含めた細胞内代謝を調節し,栄養環境に適応する。この代謝調節において,細胞へのアミノ酸供給量をモニターする2種のアミノ酸センサーが酵母にはある。第一は,細胞膜アミノ酸センサーであり,アミノ酸トランスポーターと相同な構造を持つ12回膜貫通型タンパク質Ssy1が細胞内へシグナルを伝達するとされている。第二は,細胞内アミノ酸センサーであり,アミノ酸シグナリングの中心的位置を占めるTOR (target of Rapamycin) の上流因子として想定されている。

 我々は,悪性腫瘍細胞への必須アミノ酸の供給を担当するトランスポーターLAT1を同定し,その抑制により細胞増殖抑制効果が得られることを明らかにした。LAT1抑制による細胞増殖抑制は,TORシグナル経路をOFFにすることから,細胞内センサーを介する応答であると考えられる。また,LAT1の結合タンパク質4F2hcは,膵臓ランゲルハンス島β- 細胞に強制発現させるとランゲルハンス島を肥大させ,培養細胞に導入するとTOR経路とともにPI3 Kinase経路を活性化することが明らかになった。細胞内センサーは,その分子実体は明らかではないが,これがロイシンに選択性を示すことから,アミノ酸応答性を示すHEK293細胞の細胞可溶化画分のロイシン結合タンパク質として細胞内センサーを探索する方向性で研究を開始している。

 

(3)機械受容チャネルTRPV4の構造と機能

 鈴木誠(自治医大,薬理学分子薬理学部門)

 TRPV4はswell-activated channelとして報告されている,機械受容性であるCa透過性チャネルである。この機械受容性について,3つの角度から発表する。(1) CHO細胞に遺伝子を発現した結果は,Multi-sensitive channelで,inflation, low pH, citrateで特異的に反応した。HEK細胞で発現させると,swell-activatedは著明になる。(2) ノックアウトマウスを作成すると,閾値の高い圧反応は低下する。つまり,尻尾の圧域値が上昇し,これには,Aβ,γ線維に関わっていた。圧受容といわれるC線維は検出できなかった。皮下の受容器,自由終末の問題と考えられる。腹腔内の酢酸投与は陽性,熱回避は陰性の結果である。(3) 圧感受に関して細胞依存性の反応は修飾蛋白の存在を示唆する。TRPV4C末端のTwo-hybrid解析から,酵素CaプロテアーゼとMAPなどが得られた。MAPはactinとも結合するといわれ,この蛋白と共発現することで,TRPV4の膜への移行とactinとの連絡があることがわかった。

 

(4)大脳皮質ニューロンの容積センサーCl-チャネル

 井上 華,岡田 泰伸 (生理学研究所・細胞器官研究系・機能協関部門)

 容積感受性Clチャネルは細胞膨張によって活性化され,容積調節,特に調節性容積減少(regulatory volume decrease: RVD) に重要な役割を果たしている。神経細胞における細胞膨張は,虚血や過興奮時などの病態下のみならず,生理的な神経伝達の際にも観察されており,このチャネルの生理学的・病態生理学的役割の重要性が推定される。今回私たちは容積感受性Clチャネル電流が大脳皮質ニューロンにも存在することをはじめて見出した。即ち,大脳皮質ニューロンにおいて低浸透圧性細胞膨張によって活性化されるCl電流は,これまで他の細胞で報告されている容積感受性Clチャネルに類似する性質を示し,外向き整流性,強脱分極下での時間依存的不活性化,低フィールド的なアニオン選択性,ClチャネルブロッカーNPPB,DIDS,phloretinへの感受性,中間型の単一チャネルコンダクタンス等を示した。また,このClチャネルはニューロンにおいても他の細胞と同様にRVDに関与していることが明らかになった。更には,神経細胞の膨張が観察される事例としてよく知られる過興奮性の刺激によっても,varicosity formation(dendriteの局所的な膨張)の出現に伴って活性化されるという所見が得られた。このように本チャネルは細胞全体および局所の容積変化を検知して活性化することが明らかになった。

 

(5)心筋ストレッチセンサーの分子メカニズム

 古川哲史(東京医科歯科大学・難治疾患研究所・生体情報薬理分野)

 心筋細胞には精巧なストレッチセンサー機構が備わっており,その破綻は心不全・心肥大・心筋症などの循環病態をもたらす。ストレッチセンサーの一つにmechano- electrical feedbackがあり,心筋細胞に張力がかかると再分極が促進され,過度のカルシウム流入および筋収縮から保護する。心筋再分極に重要な遅延整流カリウムチャネルの活性化の遅い成分(IKsチャネル)がストレッチ・細胞内カルシウムにより活性化されることが知られているが,その分子メカニズムは不明である。最近我々はminKに結合するタンパクとしてT - cap (telethonin) を同定した。T - capは,Z盤特異的タンパクtitin,MLPと結合する。すなわち,分子複合体minK-T-cap-titn / MLPはT管膜とZ盤をつなぐmolecular linkerとして働き,T-cap,titin,MLP遺伝子の変異は特発性心筋症の原因となる。KvLQT1・minKにはカルシウム結合部位は存在しないが,T - capが心筋特異的カルシウム結合タンパク(CaBP) に結合することも判明した。以上から,minK-T-cap-titn / MLPおよびminK-T-cap-CaBPはIKsチャネルのストレッチ・カルシウムセンサーの有力な候補と考えられ,mechano-electrilal feedbackの分子基盤として機能する可能性が示唆される。

 

(6)血管内皮細胞における機械受容と細胞反応

 辰巳仁史1,2,早川公英4,河上敬介3,清島大資,曽我部正博1,4
1名古屋大学大学院医学系研究科,2CREST,JST
3名古屋大学医学部保健学科,4細胞力覚プロジェクト,JST)

 培養血管内皮細胞での機械刺激による細胞Ca2+動員の分子機構やCa2+の空間動態はほとんど明らかにされていない。そこで我々は,ヒト臍帯静脈由来の培養内皮細胞の上面に細胞外マトリックス(フィブロネクチン)をコートしたガラスビーズを接着させて,そのビーズを移動することにより細胞に局所的機械刺激を与え,引き続いて生じるCa2+動員の空間動態をCa2+指示薬であるFluo - 3の蛍光を用いて解析した。共焦点レーザー顕微鏡を用いてミリ秒オーダーの高時間分解でCa2+動態を測定することができた。Ca2+濃度は,局所的機械刺激の直後に,まずビーズの接着している細胞上面と,基質と細胞が接着している細胞底面で上昇し,やや遅れて細胞中央部で上昇することがわかった。このCa2+動員はSAチャネルの阻害剤であるガドリニウムによって阻害された。また,ビーズの接着面と細胞底面の間を連結するストレスファイバーが観察され,このアクチンを脱重合させると,機械刺激に対するCa2+動員が強く抑制された。全反射型近接場照明を用いて,細胞底面でのカルシウム動員を詳しく観察したところ,Ca2+上昇は底面の接着斑近傍から生じることがわかった。以上の結果から,機械刺激はアクチン線維を通して細胞底面の接着斑に伝わり,そこに分布するCa2+透過性のSAチャネルを活性化して,局所的なCa2+動員を引き起こしたと思われる。

 

(7)Cell acidosis環境における膜電位依存性プロトンチャネルの応答様式

 久野みゆき,森畑宏一2,森啓之,酒井啓,川脇順子3
(大阪市立大学大学院医学研究科,分子細胞生理学・2神経内科・3中央研究室)

 膜電位依存性H+チャネルは,非常に高いH+選択性を特徴とし,開口するとcell acidosisを迅速に解除する。チャネル活性は細胞内外のH+濃度の変化に即応して変動し,基本的にはH+濃度差をキャンセルするように働くが,同時に電位の影響を強く受ける。生体内では,pHを狭い範囲内で維持するために,多様なpH調節機構が存在する。cell acidosisはH+チャネル活性化を引き起こす第一要因であるが,cell acidosis環境で実際にH+チャネル活性がどのように制御されているかはよくわかっていない。H+チャネルは,それ自体でpHセンサーとして働き,逆転電位を指標に記録中の細胞のpH変動をリアルタイムで検出することが可能である。実験的によく用いられる負荷NH4Clの除去は急速なcell acidosisを引き起こし,同時にH+チャネルを活性化した。チャネル活性増強の時間経過はacidosisの過程によく相関した。一方,細胞外からHClを負荷した場合はcell acidosisがゆっくり進行する。この過程ではH+チャネル電流はむしろ減少していた。これらのH+チャネル応答の主因は細胞内外のpH勾配の変動にあったが,乳酸アシドーシス,ホルボールエステル,低浸透圧刺激によって生じるcell acidosisでは,H+チャネル活性の増強にpH以外の要因が大きく関与していた。

 

(8)プロトン依存性電位作動性チャネルPCL

 森泰生,山田和徳,西田基宏,吉田卓史,沼賀拓郎,森恵美子
(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター 細胞生理)

 常染色体優性遺伝型多発性嚢胞腎の原因遺伝子として,PKD1とPKD2が同定され,PKD関連遺伝子として,PKDL,PKD2L2,PKDREJ,PKD1L1がクローニングされている。PKDLの遺伝子産物であるPolycystin-L (PCL) とPKD2の遺伝子産物であるPolycystin-2 (PC2) は互いによく似た構造をしており,ともにS4領域に電位センサーと考えられるドメインを持つ。我々はPCLをHEK293細胞に発現させ,パッチクランプのwhole-cell modeを用い,PCLのチャンネル機能について解析した。PCLはカルシウム透過型の非選択的陽イオンチャンネルであるが,細胞外のカルシウムによって抑制されることが明らかとなった。また電位依存性を示し,脱分極によって大きな電流が生じた。S4領域が電位センサーとして機能していることが明らかとなった。またPCLはアシドーシスによって活性化されることが判明した。さらに,電位センサーの変異体では,pH依存性も減弱または消失が認められ,PCLにおいてはS4領域の電位センサーはpHセンサーとしても機能している可能性が示唆された。これらの結果よりPCLは細胞内でのカルシウムシグナルへの関与,興奮性細胞での再分極の促進,尿細管での酸塩基平衡または他のイオン輸送の調節に関与している可能性が考えられる。

 

(9)温度センサーとしてのTRPチャネル

 冨樫和也,沼崎満子,森山朋子,東智広,村山奈美枝,富永知子,富永真琴
(三重大学ゲノム細胞医科学大講座分子細胞生理学分野(生理学第一講座))

 近年,末梢感覚神経に特異的に発現する温度受容体TRPチャネルがクローニングされている。

 TRPV1は,6回の膜貫通型のCa2+透過性の高い非選択性陽イオンチャネルであり,カプサイシンの他に生体において痛みを惹起する酸(プロトン),熱(43度以上)によっても活性化される。弱い酸性化はTRPV1の活性化温度閾値を体温以下に低下させる。また,炎症関連メデイエイターのATPやbradykininはそれぞれのGq蛋白質共役型受容体に作用してPKCによってTRPV1をリン酸化して,その活性化温度閾値を体温以下に低下させる。体温がTRPV1の活性化刺激となって痛みをひき起こすことになり,これは新しい急性炎症性疼痛発生メカニズムとして注目されている。

 低浸透圧によって活性化されると報告されたTRPV4が,35度くらいの暖かい熱刺激によっても活性化される新たな温度受容体であることが明らかとなり,皮膚の角質細胞や視床下部神経細胞に発現することが分かった。

 TRPV1,TRPV4の他に,TRPV2 (VRL-1),TRPV3,TRPM8 (CMR1),TRPA1 (ANKTM1) が温度受容体として機能することが明らかとなっており,それぞれ52度以上,30-35度以上,28度以下,17度以下で活性化される。

 

(10)線虫C. elegansにおける感覚ニューロン機能の多様性

 森 郁恵(名古屋大学大学院理学研究科)

 我々は,以前に温度受容を担う主要な温度受容ニューロンAFDを同定したが,同時にAFDとは独立の温度感覚ニューロンの存在を予想していた。我々が最近単離したttx-6 (nj8) 変異体は,飼育温度に関わらず,常に温度勾配上で低温に移動する好冷性異常を示す。nj8の原因遺伝子をクローニングした結果,既に同定されていたeat-16遺伝子と同一であり,RGS (Regulators of G protein Signaling) ホモログをコードしていた。RGSは,GαのGTPase活性を上昇させて活性型Gαから不活性型Gαへの移行を促進するため,Gαの負の制御因子として機能する。最近,温度走性神経回路上のAFD,AIY,あるいはAIZニューロンでEAT-16を発現させても,eat-16変異体の温度走性異常は回復せず,嗅覚ニューロンとして機能することが知られていたAWCでEAT-16を発現させると,eat-16変異体の温度走性異常が回復するという非常に興味深い結果を得た。すなわち,従来嗅覚ニューロンとして詳細に解析が行われてきたAWCニューロンに温度受容機能が備わっていることを初めて明らかにした。

 

(11)細胞内信号伝達を担うへム関連タンパク質

 齋藤正男(東北大学多元物質科学研究所)

 ヘムタンパク質はバクテリアから高等動物にいたるまでのさまざまな生物に存在して,小分子の輸送,電子伝達,酸化還元,などの生命活動にとって必要不可欠な役割を担っている。1990年代に入り一酸化窒素合成酵素 (NOS) と可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC) がヘムタンパク質であることが確立し,細胞内信号伝達においても,へムタンパク質が,重要な役割を果たしていることが明らかになった。その後新種センサー型ヘムタンパク質が相次いで発見され,信号伝達に関与するヘム関連タンパク質は最近の生物無機化学,金属タンパク質研究分野で大きな注目を集めている。

 センサー型ヘムタンパク質では,ヘムはセンサーとして機能しており,タンパク質の機能中心・活性中心ではないという点がHb,Mb,P-450等の周知のへムタンパク質とは基本的な点での大きな相違である。信号分子としては,ガス状2原子分子(O2, CO, & NO) がよく知られているが,へムそのものを信号として用いるヘムセンサータンパク質も存在する。センサー型タンパク質はcyclase,kinase,phosphodiesterase等の活性が信号分子によって制御される酵素として機能するものと,核酸との相互作用が信号分子によって制御される転写因子とに分類される。今回はセンサー型ヘムタンパク質研究の現状,問題点,将来への展望について,我々の研究成果を交えて報告する。

 

(12)タンパク質グルタチオン化:酸化ストレスのセンシング機構

 内田浩二(名古屋大学大学院生命農学研究科)

 細胞内は,グルタチオンなどの様々な還元物質により還元的状態が保たれている。しかしながら,酸化ストレスにより局所的な酸化状態が生じた場合,タンパク質中のシステイン残基はスルフェン酸に酸化され,さらに酸化が進行した場合,スルフィン酸やスルフォン酸などの不可逆的な最終酸化物が生成され,タンパク質は変性に至る。しかし,初期生成物であるスルフェン酸に対してはグルタチオンが作用することが知られ,グルタチオン化タンパク質が生成する(“タンパク質S - チオール化反応”)。このようなシステイン残基の可逆的な修飾はセリンやスレオニン,チロシン残基のリン酸化・脱リン酸化に相当し,また酸化ストレスを感知し,酸化ストレスに対する応答手段を惹起するセンシング機構と考えられる。これまでの研究から,このようなS- チオール化反応は細胞内のシグナル伝達に関与しており,細胞の増殖,分化,アポトーシス,ネクローシス,細胞間情報などを制御することが明らかとなっている。タンパク質のグルタチオン化はタンパク質SH基を保護する役割を担う。また,酸化ストレス応答を惹起する初期段階の酸化反応として,標的タンパク質の解析研究が期待されている。本研究会では,モノクローナル抗体を用いたグルタチオン化タンパク質検出法の開発と,ビオチン化プローブを用いたグルタチオン化の標的タンパク質の検索に関する研究の一端を紹介する。

 

(13)共鳴ラマン分光法によるガスセンサー蛋白の
特異的センシングメカニズムの解明

 北川禎三(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター生体分子)

 NO,CO,O2といった2原子分子を環境情報として検出し,それに応答する生理作用を生み出すヘム蛋白質が,最近いくつか見つかっている。O2を検出するとHisのリン酸化をやめるFixL,ホスホジエステル化活性を示すDos,PDEA1,COを検出して生体リズムを制御するNPAS2 - BMAL1等はPASファミリーに属するが,O2を検出して走化性を誘起するHemAT,NOを検出してGTP→cGMPの反応を促進する可溶性グアニレートシクラーゼ(sGC),COを検出してDNAに結合する転写制御因子のCooAはPASドメインをもたない。CooAはCRPファミリーに属していて,カタボライト遺伝子活性化蛋白(CAP) のcAMPの代わりにヘムを置いたような構造をとっている。

 可視共鳴ラマン及び紫外共鳴ラマンの実験から得られた最近の成果を報告する。これらのセンサー蛋白は全て,還元型ではHisをFeの配位子として持ち,Fe-His伸縮振動数はT型deoxyHbのものより低く,何らかの張力がかかっていると思われる。sGCの場合,NOが結合するとFe-His結合が切れ活性は〜200倍高くなるが,COが結合してもFe-His結合は切れず活性もあまり高くならない。しかしYC-1という薬物が存在しているとCOでも活性は高くなる。CooAは常にダイマーとして存在していて,ヘムの第6配位座側は別のサブユニットのProが配位しているが,COがくるとそのProがCOと置換する。Dosも還元型で6配位である。COはMet95を押しのけてFeに配位する。DosやHemATでは鉄に結合したO2が蛋白と強い水素結合を作ることに特色がある。

 

(14)嗅覚細胞においてcAMPはユニバーサルな情報伝達因子である

 竹内裕子,倉橋 隆(大阪大学大学院生命機能研究科)

 嗅覚情報変換は全く異なった分子構成を持つ2種類のpathwayが並行して存在していると長い間信じられていた。匂い物質の種類によって嗅細胞がセカンドメッセンジャーとしてcAMPかIP3のどちらかを選択的に活性化させると考えられている。cAMP pathwayはそのカスケードに関わる構成分子の種類や特性の研究が既に確立しているのに対し,IP3Pathwayは未だに議論が引き続いている。今回,3000個近い数の単離嗅細胞にホールセル記録を試行して,応答性のスクリーニングを行い,IP3匂い物質に対する応答解析をおこなった。また,同時に,応答する細胞に対してケージドcAMPの細胞内光解離を行った。cAMP匂い物質に対する応答,IP3匂い物質に対する応答,そして細胞内cAMPに対する応答はいずれも同一細胞で直接比較検討すると,応答電流波形の立ち上がり,ピークの値,dose-dependence,順応過程,交差順応などのユニークな特性において,ほぼ一致する電気生理学的特性を示し,IP3匂い物質と呼ばれてきたものに対する応答が実際にはcAMPで仲介されている可能性を強く支持した。以上より,匂いの分子には,何万種類の多様性の分子があるのに,リセプタ−分子のレベルでは約1000種類に絞られて,嗅細胞内の二次伝達物質のレベルになると物質としてはcAMP一種類になると結論した。

 

(15)GFPを用いたカルシウムセンサーG-CaMPの改良とその応用

 中井淳一(理化学研究所・脳科学総合研究センター・神経回路ダイナミクス研究チーム)

 今回我々はG-CaMPをミオシン重鎖キナーゼプロモーターの下に平滑筋に発現するtransgenic mouseを作成し,神経の電気刺激により膀胱壁の平滑筋で,平滑筋の収縮に同期してG-CaMPからの蛍光が変化するのを観察した。また,G-CaMP1.6を脳スライス標本に発現させ,Glutamateの添加により神経細胞のspinやshaftで蛍光が変化することを観察した。

 G-CaMPおよびG-CaMP1.6は温度に感受性があり,37度では量子収率が低下して蛍光を発しにくくなる欠点があった。今回我々は37度でも安定して蛍光を発するG- CaMP1.6 # X-1を開発した。G-CaMP1.6 # X-1はこれまでのG-CaMP,G-CaMP1.6と同様にカルシウムイオンの有無により最大で約5倍蛍光強度が変化する。G-CaMP1.6 # X-1はpkaがG-CaMP1.6と比較してやや小さいため,pH7.4ではG-CaMP1.6よりさらに明るくなることがわかったが,依然pH感受性があり測定には注意する必要がある。

 またCFPを基にカルシウムイオンに感受性をもつセンサー(C-CaMP) を開発した。C-CaMPはG-CaMPとは逆に,カルシウムイオンが結合すると蛍光強度が減少するセンサーである。C-CaMPはG-CaMPに比較して蛍光波長が短波長側にシフトしているのでGFPやYFPを用いたセンサーとの同時測定が可能である。

 

(16)クリプトクロームの機能

 藤堂 剛(京都大学・放射線生物研究センター)

 クリプトクローム(Cryptochrome; CRY) は,光回復酵素・青色光受容体タンパクファミリーの一員である。クリプトクロームは,この外部刺激入力系の光受容体として機能していると予想された。実際,ショウジョウバエにおいて,この遺伝子に変異を持つ個体は概日リズムの光に対する応答が低下しており,光に応答して他の時計タンパクの分解を促進する事が明らかにされた。また,植物においては,概日時計のみでなく,成長の制御,屈光性,開花時期の制御などの光受容体として機能していることが明らかになった。一方,ゼブラフィッシュ・マウス等の脊椎動物においては,クリプトクロームは全く別の機能を持つことが明らかになった。脊椎動物のクリプトクロームは,約24時間周期の遺伝子発現の振動の負の転写制御因子として機能している事が明らかになった。この転写抑制活性には光は全く関与していないが,脊椎動物においてクリプトクロームが,概日リズムを含む何らかの光に応答する生理機能に関与しているかどうかは現在明らかではない。

 光回復酵素・青色光受容体タンパクファミリーは,補酵素(クロモフォアー)としてFADを持つ。光回復酵素においては,光を受容したFADから基質に電子が付与されることが酵素活性の最重要ステップとなっている。光受容体として機能しているクリプトクロームにおいても同様な反応の関与が考えられるが,現在の所不明である。

 

(17)核内レセプターVDRによるビタミンD・胆汁酸認識機構の解析

 安達竜太郎1,山田幸子3,下村伊一郎1,2,槇島誠1,2
1大阪大学大学院医学系研究科,2生命機能研究科,3東京医科歯科大学生体材料工学研究所)

 近年,核内レセプターが脂質代謝におけるバイオ分子センサーとして機能していることが明らかになった。オキシステロール受容体LXR,脂肪酸受容体PPAR,胆汁酸受容体FXR,PXR及びVDRなどが脂質代謝を調節している。

 胆汁の主要な成分である胆汁酸は,脂質の消化吸収において重要な働きをしている。コレステロールを原料に肝臓で合成される一次胆汁酸は,胆汁の成分として腸管に分泌されるが,それらの大部分は腸管から再吸収される。再吸収されなかった一部の胆汁酸は,腸内細菌によって二次胆汁酸に変換される。薬剤に応答する核内レセプターPXRが,二次胆汁酸に応答することが報告されたが,我々は,ビタミンD受容体として知られていた核内レセプターVDRも二次胆汁酸に応答することを発見した。PXRとVDRは,肝障害や大腸がんの発症と関連するといわれているリトコール酸に応答し,リトコール酸解毒酵素CYP3Aの遺伝子発現を誘導している。

 我々は,VDRと近縁の核内レセプターPXRとのアミノ酸配列および立体構造の比較を行い,それに基づきVDRのリガンド結合ポケットの各種変異体を作成した。その結果,活性型ビタミンD3選択的VDR変異体及びリトコール酸選択的VDR変異体を見出し,VDRリガンド結合ポケットへの結合様式が活性型ビタミンD3とリトコール酸との間で異なることを明らかにした。

 

(18)開状態におけるイオンチャネルポアの柔軟性の分子基盤
-- P2X2型 ATP受容体チャネルは自身の発現密度をセンスする --

 藤原祐一郎,久保義弘(東京医科歯科大学・大学院・機能協関システム医学,CREST)

 イオンチャネル型のATP受容体P2X2をアフリカツメガエル卵母細胞に発現させ,ATP投与後の定常状態における電流を2本刺し膜電位固定下で記録し,受容体の種々の性質を発現レベルとの関連において解析した。その結果,以下の知見が得られた。

 (1) 内向き整流性の強弱は発現密度と負の相関を示した。内向き電流の大きさの増大に伴ってコンダクタンス電圧関係曲線のV1/2はより脱分極側へシフトした。脱分極パルス直後に観察される外向き電流(Iinitial) は,経時的に減衰し定常レベルに(Isteady) に達した。Iinitialおよび Isteadyの,内向き電流の大きさに対する割合はどちらもチャネルを高発現にすることによって増加した。(2) [ATP]- 応答関係のKdの値は発現密度と負の相関を示した。Hill係数は発現密度に相関なく一定値2であった。(3) PK+/ PNa+の発現密度に依存した変化は観察されなかったが,PNMDG+/ PNa+は発現蜜度と負の相関を示した。(4) 高濃度のATP (100 μM) により弱い内向き整流性電流を呈する発現密度の高い細胞に,低濃度ATP (3μM) を投与するとその内向き整流性は増強した。

 よって「P2X2受容体の内向き整流性等の性質は,膜上に存在する「開状態」のチャネルの密度に依存して動的に変化する。」と考察した。

 

(19)脳黒質網様部ニューロンのエネルギー基質センシング機構

 山田勝也,袁宏杰,稲垣暢也(秋田大学医学部生理学第一講座)

 我々は,ATP感受性カリウムチャネル(KATPチャネル)を欠失させたマウスを用いた実験から,黒質網様部(SNr)のチャネルが低酸素環境で開口して膜電位を過分極方向にシフトすることによりSNr発火活動を低下させ,それにより代謝障害時の脳の全般発作に対して抑制的に働くことを明らかにした。すなわちSNrのKATPチャネルは,脳において一種の酸素センサーとして機能し,脳保護の役割を果たしている可能性がある。これに対して,酸素と同様に重要なエネルギー基質であるグルコースとSNr神経活動との関係は未解明であった。今回我々は脳スライスを用いた実験から,SNr神経細胞の半数以上がグルコース濃度を低下させると発火頻度を上昇させるグルコース感受性(glucose-sensitive) ニューロンとしての性質を有することを見いだした。さらに,SNrに1-6 mMの範囲のグルコース濃度もしくはGABAA受容体阻害剤存在下で,発火活動を分オーダーの周期でダイナミックに変動(オシレーション)させる細胞を見いだした。SNrのオシレーションの周期は極端に遅く,しかもGABAおよび興奮性アミノ酸性の神経伝達阻害剤により影響されなかった。今後,SNrのグルコース感受性の分子メカニズムおよびオシレーションとの関係を種々のレベルで解析することにより,SNrのエネルギー基質検知機構の生理的役割の解明を目指したい。

 

(20)糖・脂質代謝センサーとして働くABCタンパク質の作用メカニズム

 植田和光(京大院・農・応用生命科学)

 ABCA1はapoA - Iにコレステロールとリン脂質を受け渡すことによってHDLコレステロール形成に関与している。細胞のコレステロール量が上昇すると,ABCA1はオキシステロールをリガンドとする核内受容体LXRを介して発現が促進され,細胞膜へ輸送された後,apoAIに受け渡すことで細胞内コレステロール濃度を減少させる。しかし,発現したABCA1は半減期1-2時間でプロテアーゼによって速やかに分解され,コレステロールの過度の排出が起こらないようになっている。

 我々はABCA1によるコレステロール排出機構を解明するため,血中HDLが激減する遺伝病であるTangier病で見つかっているアミノ酸置換変異のうち,第1細胞外ドメインの587 - 597に集中している3つの変異をABCA1に導入し,ABCA1の機能に与える影響を検討した。その結果,R587WとQ597R変異をもつABCA1は形質膜へ輸送されずに小胞体にトラップされたままになることが明らかになった。一方,W590S変異は細胞膜への局在には影響せず,ATPとの相互作用も野生型と同様であった。W590S変異体の機能の検討はコレステロール排出機構の解明に重要な知見を与えると期待される。また,ABCA1の翻訳後活性調節機構を解明するため,相互作用する蛋白質を酵母two - hybrid法を用いて探索し,それらのABCA1の活性調節への関与を検討している。

 


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