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5.生体防御の最前線:
上皮輸送制御因子の構造活性相関

2003年10月2日−10月3日
代表・世話人:丸中良典(京都府立医科大学大学院生理機能制御学)
所内対応者:岡田泰伸(細胞器官研究系機能協関部門)

(1)
がんの化学予防
西野輔翼(京都府立医科大学大学院医学研究科分子生化学)
(2)
食品成分を用いた癌の分子標的予防に関する基礎的研究
酒井敏行(京都府立医科大学大学院医学研究科分子標的癌予防医学)
(3)
脳循環障害により起こされるラットの学習記憶障害に対するイソフラボノイドの改善作用
鄒莉波,董愛梅(瀋陽薬科大学薬理学教研室)
馬場正樹,奥山 徹(明治薬科大学天然薬物学研究室)
(4)
高分子薬の消化管膜透過性の促進とその機構
高田寛治(京都薬科大学薬物動態学教室)
古閑健二郎(北陸大学薬学部)
(5)
植物ポリフェノールの脂質二重層に対する親和性とその構造活性相関
中山 勉(静岡県立大学食品栄養科学部))
(6)
Caco-2細胞を用いたフラボノイドとイソフラボノイドの腸管吸収代謝比較
室田佳恵子,清水寿美恵,寺尾純二(徳島大学医学部栄養学科食品学講座)
(7)
Helicobacter pylori VacA 毒素受容体の多様性と毒性発現におけるlipid raftの重要性
平山壽哉(長崎大学熱帯医学研究所病原因子機能解析分野))
(8)
ヘリコバクター・ピロリ菌病原因子CagA−胃上皮細胞間相互作用
畠山昌則(北海道大学遺伝子病制御研究所分子腫瘍分野)
(9)
H. pyloriの4型分泌機構と病態
東 健(福井医科大学第二内科))
(10)
Claudinは偽性低アルドロン症typeII原因遺伝子WNK4の標的分子である
内田信一,山内小津枝,佐々木 成(東京医科歯科大学医歯学総合大学院体内環境調節学分野)
(11)
尿酸輸送の分子機構と制御
遠藤 仁,安西尚彦,宮崎博喜,細山田 真,金井好克(杏林大学医学部薬理学教室)
(12)
細胞外浸透圧感受機構:チロシン脱リン酸化酵素の活性化とENaC遺伝子発現
新里直美,宮崎裕明,丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科生理機能制御学)
(13)
腎尿細管マクラデンサ細胞のATPチャネルとNaCl検知シグナリング
岡田泰伸,Ravshan Z. Sabirov,林 誠治,森島 繁,Janos Peti-Peterdi,Jean-Yves Lapointe,P. Darwin Bell
(生理学研究所機能協関部門)
(14)
Modulation of cAMP-regulated ciliary beat frequency by cell volume
in rat bronchiolar ciliary cells during stimulation with an b2-adrenergic agonist
Takashi Nakahari (Department of Physiology, Osaka Medical College)

【参加者名】
東 健(福井医科大学内科学第二),大谷昌弘(福井医科大学内科学第二),高田寛治(京都薬科大学薬物動態学教室),古閑健二郎(北陸大学薬学部),金沢和樹(神戸大学),遠藤 仁(杏林大学医学部薬理学),金井好克(杏林大学医学部薬理学),入部雄司(杏林大学医学部薬理学),坂本信一(杏林大学医学部薬理学),藤村正亮(杏林大学医学部薬理学),畠山昌則(北海道大学遺伝子病制御研究所),室田佳恵子(徳島大学医学部栄養学科),寺尾純二(徳島大学医学部栄養学科),内田信一(東京医科歯科大学体内環境調節学),佐々木 成(東京医科歯科大学体内環境調節学),平山壽哉(長崎大学熱帯医学研究所),中張隆司(大阪医科大学生理学),中山 勉(静岡県立大学食品栄養科学部),岡田泰伸(生理学研究所機能協関部門),鄒莉波(瀋陽薬科大学薬理学教研室),奥山 徹(明治薬科大学天然薬物学),酒井敏行(京都府立医科大学大学院医学研究科分子標的癌予防医学),西野輔翼(京都府立医科大学大学院医学研究科分子生化学),丸中良典(京都府立医科大学大学院医学研究科生理機能制御学),新里直美(京都府立医科大学大学院医学研究科生理機能制御学),宮崎裕明(京都府立医科大学大学院医学研究科生理機能制御学),加治屋 勝子(静岡県立大学食品栄養科学専攻),望月美佳(静岡県立大学食品栄養科学専攻),SABIROV Ravshan(生理学研究所機能協関部門),清水貴浩(生理学研究所機能協関部門),真鍋健一(生理学研究所機能協関部門),沼田朋大(生理学研究所機能協関部門)

【概要】
 上皮組織は,生体における外部からの刺激に対する種々のバリアーとなり,また体内環境の恒常性を保つ上で,重要な役割を担っている。特に,体血圧や体液量といった生命維持に不可欠な要素は上皮組織におけるナトリウム吸収により制御されている。また,一方で,肺気道などの防御機構はクロライド分泌を通じて制御されており,クロライド分泌異常により,種々の感染を引き起こし,生体機能の重篤な失調を引き起こす。このように,生体防御という観点においても上皮組織は重要な働きを担っている。上皮輸送は種々の因子により制御されており,多くの精力的な研究がなされてきた。これらの研究の多くは,特に内分泌系および神経系といった内因性の制御という観点から進められて来た。一方で,生体防御および疾病予防の観点から種々の生理活性・薬理活性を有する物質が発見されつつある。例えば,降圧効果を有するとされる大豆成分,その実体がイソフラボンであることも明らかにされてきている。「イソフラボンが上皮輸送,特に上皮型クロライドチャネルおよび輸送体を制御することにより,上皮型ナトリウムチャネル発現を調節している」というイソフラボンの有する降圧効果の分子メカニズムも明らかとなりつつある。これらのことを踏まえ,生体防御に重要な役割を果たしている上皮組織の機能を基軸に,フラボンをはじめとする生理活性物質の構造活性の研究分野の第一線において活躍している研究者に講演を行なって戴いた。

 

(1)がんの化学予防

西野輔翼(京都府立医科大学大学院医学研究科 分子生化学)

 がん化学予防法の開発にあたって,生体防御系の調節を適正化させることを目標とした取り組みは重要である。

 発がんを引き起こすに至る調節異常は,多因子性であることが多い。したがってその対策には,複数の予防因子をコンビネーションで活用することが合理的であると考えられる。たとえば,がん予防効果が認められているフラボノイドやカロテノイドは,それぞれ特有の多彩な生物活性を示すため,組み合わせて用いることが有効であろうと予測されている。すなわち,同じ臓器の発がんを結果的には同じように抑制するフラボノイドやカロテノイドであっても,それらの作用機序を解析してみると,種々のフラボノイドが細胞膜機能を修飾し,がん化に伴って引き起こされる栄養素等の細胞膜輸送の亢進を抑制したり,情報伝達を担っている細胞膜上のリセプター群の機能を修飾することなどが特徴として見出される一方で,カロテノイドは,がん抑制遺伝子群の発現を促進させる効力が優れている点に特徴があることなど,それぞれの個性が明らかとなってくる。そこで,これらを組み合わせて活用することにより,生体機能調節を総合的に適正化させることが可能となり,がん化学予防の実用化が達成できるのではないかと期待されているのである。現在,どのフラボノイドとカロテノイドを組み合わせるのか,また,どのような配合比率で使うのが良いのかを選択・決定していくことに重点をおいて研究が進んでいる。

 以上のようながん化学予防の分野における研究の現状を紹介し,今後の展望について討議したい。

 

(2)食品成分を用いた癌の分子標的予防に関する基礎的研究

 酒井敏行(京都府立医科大学・大学院医学研究科・分子標的癌予防医学)

 膨大なる疫学的研究から,食事の内容により発癌リスクが大きく左右されることはよく知られている。一方では分子生物学の急激な進歩により,ヒトにおける発癌原因が分子レベルでかなりの部分まで明らかにされてきた。その結果,ほとんどのヒト発癌において,最終的に癌抑制遺伝子であるRB遺伝子が主にタンパクレベルで失活することが明らかになってきた。私達はそこで,種々の発癌抑制に働く食品成分がこの経路を活性化することにより発癌を予防する可能性を考え検討を行ってきた。その結果,食物繊維の代謝産物である酪酸,茸類などに含まれるビタミンD3,野菜に含まれるフラボノイド他,多くの食品成分がこの経路を活性化させることを見いだしたので,その一部を紹介したい。このような疾病の発症の原因となる分子を標的とした予防法を私達は「分子標的予防」と名付け,その重要性を主張している。この方法を用いることにより,遺伝性でない疾病の予防に極めて有用であるばかりでなく,例えば遺伝性に発癌感受性が高い人に対する特異的予防法に道を開く唯一の手段でもある。体質診断に比重が置かれすぎている現在において,最も重要視されるべき研究分野の一つであると考えている。

 

(3)脳循環障害により起こされるラットの学習記憶障害に対するイソフラボノイドの改善作用

 奥山 徹(明治薬科大学天然薬物学研究室)

【目的】イソフラボノイドに抗酸化作用,脳循環改善作用,抗脳虚血作用及びscopolamineにより誘発される学習記憶障害に対する改善作用などが報告されている。そこで,葛根イソフラボノイドの脳血管性痴呆モデルに対する学習記憶障害の改善作用を検討した。

【結果及び考察】葛根イソフラボノイド(280-840 mg/kg. po.) は,ラットの2VOにより誘発される八方向性放射状迷路の作業記憶エラーと参照記憶エラー数の増加を用量依存的に減少させた。Morris水迷路試験では2VOにより起されるラットのescape latencyの延長を用量依存的に改善し,プローブ試行において,プラットホーム象限に滞在する時間を有意に延長した。2VO処置37日後,ラットの大脳皮質と海馬CA3での神経細胞の変性が認められ,神経細胞に対する保護作用が認められた。次に,400-1200 mg/kg. po.ではマウスの両側総頚動脈を虚血・血流再開することにより,学習記憶障害を用量依存的に改善し,脳組織のNOS活性の増強とNO含量の増加を有意に改善した。

 以上の結果より,葛根イソフラボノイドは脳循環障害により起こされる健忘に対しても有効であり,脳血管性痴呆の治療薬としての可能性が示唆された。

 

(4)高分子薬の消化管膜透過性の促進とその機構

 高田寛治(京都薬科大学薬物動態学教室)
古閑健二郎(北陸大学薬学部)

 遺伝子組換えタンパク質やヘパリンなどの高分子薬の経口吸収を可能とするために種々の吸収促進剤の探索研究が行われてきている。我々は自己微少乳化型界面活性剤caprylocaproyl macrogol-8 glycerides (LabrasolTM) がインスリンや低分子ヘパリンの消化管からの吸収に対して強力な吸収促進作用を発揮することを見いだした。本剤は水に不溶な超脂溶性薬物の溶解性改善の目的に用いられていた。しかし,超水溶性の低分子ヘパリンに対しても強力な吸収促進効果を示すことから,消化管上皮細胞の膜透過性に及ぼす効果について研究を行ってきている。ラット小腸へのLabrasolの投与時間をずらすと低分子ヘパリンの吸収促進効果が低下することから,Labrasolの作用は一過性であると考えられる。また,吸収促進効果はLabrasolの投与量には比例せず,Labrasolと低分子ヘパリンの混合液中における低分子ヘパリン濃度に依存した。ラット回腸における水溶性物質の吸収において,5%以下のLabrasolではその促進効果を認めなかったことから,2%を超えるLabrasol濃度を維持できる環境において,その膜透過性の促進効果を発揮できると考えた。またin vitro膜透過実験よりLabrasolはタイトジャンクション開口作用を示さず膜脂質流動性を顕著に増大させた。以上の結果,ミセルが上皮細胞膜と相互作用を引き起こし,ミセル親水領域に包含する水溶性物質を細胞内経路を介して効率よく膜透過させることが示唆された。

 

(5)植物ポリフェノールの脂質二重層に対する親和性とその構造活性相関

 中山 勉(静岡県立大学食品栄養科学部)

 茶に含まれるカテキン類や,豆に含まれるイソフラボン類などをはじめとした,植物ポリフェノールの生理機能が注目されている。動物細胞を用いたin vitro実験により同じ系統のポリフェノールの生理活性の強弱を比べた結果が多く報告されているが,植物ポリフェノールに特異的なトランスポーターは,現在まで動物細胞中には見つかっていない。そこで我々は,「in vitro実験で報告された様々な活性の強弱は,ポリフェノールの細胞膜への取り込み量をある程度反映しているのではないか」との仮説を立て,それを数値化する方法を開発した。すなわち,モデル生体膜として比重の大きなリポソームを調製し,ポリフェノールと一定時間インキュベートした後,超遠心分離し,リポソームに取り込まれた量などを調べた。その結果,(1)取り込み量,(2)脂質二重層中での存在位置,(3)膜の物性に与える影響などが,当該のポリフェノールの化学構造と密接に関係していることが明らかになった。特に茶カテキン類に関しては,ガロイル基の存在が脂質二重層への親和性の増大に寄与し,これがin vitro系での実験結果に大きく反映していることが明らかになった。それ以外の構造的特徴,脂質二重層中での位置,カテキン類以外のポリフェノールの構造活性相関等についても述べたい。

 

(6)Caco-2細胞を用いたフラボノイドとイソフラボノイドの
腸管吸収代謝比較

 室田佳恵子,清水寿美恵,寺尾純二(徳島大学医学部栄養学科食品学講座)

 植物性食品成分であるフラボノイドは,種々の疾病予防に寄与することが強く示唆されている。一方で,反応性の強いフラボノイドは高濃度存在すると生体高分子に損傷を与えることもin vitroで報告されており,生体内では解毒代謝を受け主に抱合体として存在することが近年の研究で明らかになっている。本研究では,フラボノイドのbioavailabilityを明らかにする一環として,消化管における吸収代謝を検討するため主にヒト腸管細胞モデルとして汎用されているCaco-2を用いて食品中の主要なフラボノイドであるケルセチン(フラボノール型フラボノイド)とゲニステイン(イソフラボノイド)の吸収代謝を比較した。

 ケルセチンをCaco-2のapical側に与えると,basal側に現れる主要な代謝物はグルクロン酸あるいは硫酸抱合体であり,少量のメチル化体も検出された。一方で,ゲニステインを与えた場合,basal側には未代謝のアグリコンが抱合体に比べ有意に多く検出された。そこで,ケルセチンと構造が類似した各種フラボノイドを用いて代謝の違いを検討したところ,イソフラボン以外のフラボノイドでは抱合体が主要な代謝物として検出された。これらのことより,3位にB環をもつイソフラボンはCaco-2におけるphaseII酵素の基質になりにくいことが示唆され,ケルセチンを含むフラボノイドと比べて生体内で活性型(アグリコン)として存在しやすいと予想された。

 

(7)Helicobacter pylori VacA毒素受容体の多様性と毒性発現におけるlipid raftの重要性

 平山壽哉(長崎大学熱帯医学研究所病原因子機能解析分野)

Helicobacter pyloriの産生する空胞化致死毒素(VacA) は標的細胞の細胞質内に空胞を形成し,死滅させる。我々はVacAの宿主への初期作用を理解するため,胃由来株化細胞からVacA受容体を免疫沈降法にて同定・精製し,受容体型のチロシンホスファターゼ(RPTP) b であることを報告した(1) 。加えて,RPTP b遺伝子KOマウスでは正常マウスにみられるVacAの経口投与による胃炎,胃潰瘍が観察されないことなどを示して,VacAの胃粘膜障害にはRPTP b の介在を明らかにした(2) 。加えてVacAの標的細胞に共通して認められたVacA結合膜蛋白p140がRPTP aであることを明らかにした(3) 。このRPTP aはユビキタスに発現していることから,RPTP a 遺伝子KOマウスで認められたVacAの胃粘膜組織への結合はこのRPTP aが担い,このマウスでのVacAの細胞内侵入と空胞形成に携わっているものと推察している。

VacAの空胞形成には種々の細胞内輸送に関わる蛋白質が関与する。特に,SNARE蛋白の一つSyntaxin7のドミナントネガティブ遺伝子を発現することによりその関与が示された(4) 。

VacAによる空胞形成には,受容体と結合したVacAのlipid raftへの集積が重要であり,methyl-b-cyclodextrin で処理した細胞ではVacAによる空胞形成が著明に抑制された。

参考文献

  • J. Biol. Chem.  (2000) 275: 15200-15206
  • Nat. Genet.      (2003) 33: 375-381
  • J. Biol. Chem.  (2003) 278: 19183-19189
  • J. Biol. Chem.  (2003) 278: 25585-25590

 

(8)ヘリコバクター・ピロリ菌病原因子CagA-胃上皮細胞間相互作用

 畠山昌則(北海道大学遺伝子病制御研究所分子腫瘍分野)

 ヘリコバクター・ピロリ菌(ピロリ菌)の胃内持続感染は,慢性胃炎・胃潰瘍さらには胃癌の発症に深く関わる。なかでも,cagA遺伝子陽性のピロリ菌は強い萎縮性胃炎を惹起し,胃癌との関連が強く疑われている。cagA遺伝子産物であるCagAタンパク質は,ピロリ菌菌体内から接触した胃上皮細胞内へと直接注入され,細胞内でSrcファミリーキナーゼによりチロシンリン酸化を受ける。我々は,CagAが,細胞の増殖・運動制御に深く関わるSHP-2ホスファターゼとチロシンリン酸化依存的に結合することを見い出した。この結合を介してCagAはSHP-2のホスファターゼ活性を著しく亢進し,その結果,胃上皮細胞は増殖因子刺激を受けた場合と同様の細胞形態変化を引き起こす。さらに,CagAによるSHP-2の過剰な持続的活性化は細胞にアポトーシスを誘導する。一方,チロシンリン酸化CagAはSHP-2に加え,Srcの抑制分子として知られるCskとも結合しそのキナーゼ活性を促進する。Csk活性化によるCagAリン酸化レベルの低下は,CagAを介したSHP-2活性化を減弱させ,胃上皮細胞のアポトーシスを阻止するフィードバック制御系を構成するものと予想される。CagA-SHP-2相互作用を介する宿主細胞内シグナル伝達系の持続的な撹乱が,ピロリ菌感染を起点とする胃癌発症の分子基盤となることが推察される。

 

(9)H. pyloriの4型分泌機構と病態

 東 健(福井医科大学第二内科)

 我々は,H.pylori感染において,H.pyloriが胃粘膜上皮細胞に接着するとH.pyloriの4型分泌機構を介し,病原因子CagAが胃粘膜上皮細胞内に注入され,上皮細胞内でチロシンリン酸化を受けることを認めた。さらに,チロシンリン酸化されたCagAが細胞内シグナル伝達分子SHP-2チロシンフォスファターゼと特異的に結合し,細胞増殖因子用効果を引き起こすことを明らかにした。今回,CagA-SHP-2複合体形成の臨床的意義を解析するため,臨床分離株のcagA遺伝子の多型性と病態との関連につき検討した。今回,福井株(胃炎株36,胃癌株29株)と日本で胃癌の最も少ない沖縄の株(胃炎株38,胃癌株8株)を用い,CagAの多型と胃粘膜萎縮との関係を検討した。CagAのチロシンリン酸化部位は972番目のチロシン残基であり,SHP-2結合部位はリン酸化部位下流に認め,同部位に日本株に特異的な配列を認めた。日本型のCagAは欧米型のCagAに比べSHP-2との結合が有意に強かった。胃炎株では,日本型のCagA感染例において,欧米型のCagA感染例に比べ胃粘膜萎縮度が有意に高度であった。全ての胃癌株は日本型のCagAであった。従って,日本型CagAはSHP-2との強い結合を示し,胃粘膜萎縮及び胃発癌に関与することが考えられた。

 

(10)Claudinは偽性低アルドステロン症typeII
原因遺伝子WNK4の標的分子である

 内田信一,山内小津枝,佐々木 成(東京医科歯科大学医歯学総合大学院体内環境調節学分野)

 偽性低アルドステロン症typeII (PHAII) は常染色体優性遺伝形式をとる高K血症,高血圧を呈する疾患である。ポジショナルクローニングによりその原因遺伝子として同定されたWNK1,WNK4はMEKK kinaseと相同生の高いキナーゼであるが,その生理的機能,高血圧との関係は明らかでない。PHAIIは臨床データより遠位部尿細管でクロライド透過性の亢進がその原因として推定され,サイアザイドで病態が改善されることからサイアザイド感受性Na-Cl共輸送体(TSC) の機能亢進がその原因であろうと推定されてきた。最近TSCへの関与を示唆する報告もあるが,生体内でのWNK4の分布がタイトジャンクションであること,TSCへのリン酸化が明らかでないこと,TSCの存在しない皮質集合管にもWNK4は分布していることなどから,TSCが唯一のWNK4の標的分子である可能性は低いと考えた。我々はタイトジャンクションに標的分子を求め,近年細胞間輸送を制御しているといわれているclaudinがWNK4の標的分子であるか否か,また変異体 WNK4強制発現が細胞間のクロライド透過性に与える影響を検証した。結果:野生型,変異体WNK4強制発現は,MDCK細胞においてクロライド透過性を増加させた。増加の程度は変異体でより大きかった。また調べたclaudinすべて(1-4) がWNK4と免疫沈降で共沈し,その結合は変異型で著明に増加していた。その結合の増加に従って,claudinはそのC末細胞内領域がリン酸化された。結論:変異体WNK4は細胞間クロライド透過性を増大させる。これはPHAIIにおける高血圧発症と高K血症の分子メカニズムであると考えられた。その変化は,claudinとの結合度やリン酸化の程度と並行することから,claudinがWNK4の標的分子と考えられた。

 

(11)尿酸輸送の分子機構と制御

 遠藤 仁,安西尚彦,宮崎博喜,細山田 真,金井好克(杏林大学医学部薬理学教室)

 ヒトとチンパンジーは進化の過程でプリン代謝の最終酵素であるウリカーゼ(uricase) を欠失している為,他の動物種とは異なり尿酸がプリン代謝の最終代謝産物となる。従って血中尿酸値は高く保たれており,尿中に多量の水難溶性の尿酸が排泄される時には尿路結石の原因となる。腎での尿酸再吸収が亢進したり,体内尿酸産生が増大する場合は高尿酸血症となり,痛風や各種循環器系疾患のリスクファクターになることは周知の事実である。

 腎内での尿酸輸送機構としては,4要素仮説(糸球体濾過,近位尿細管での再吸収,近位尿細管での分泌,分泌後の再吸収)が提唱されている。著者らは,この第ニ要素を構成する近位尿細管での管腔側膜に存在する12回膜貫通の尿酸トランスポーター,URAT1 (urate transporter 1) をin silico cloningにより明らかにした。このURAT1は尿酸と有機及び無機陰イオンとの交換輸送体であり,血中尿酸値を制御し,この変異による機能異常(低下)は特発性腎性低尿酸血症の原因となる。URAT1内には,推定PKAリン酸化部位が存在し,A kinaseによるリン酸化は尿酸輸送を低下させる。他方,C末端にはPDZドメインが存在し,PDZK1と結合する。URAT1とPDZK1の共発現により,尿酸輸送は増大する。URAT1はbenzbromarone, probenecid, losartan等の尿酸排泄促進薬の標的分子である事も明らかにされた。尿酸の分泌や分泌後の再吸収のより詳細な分子機序は残された課題である。

 

(12)細胞外浸透圧感受機構:チロシン脱リン酸化酵素の
活性化とENaC遺伝子発現

 新里直美,宮崎裕明,丸中良典
(京都府立医科大学大学院医学研究科生理機能制御学)

 これまで我々は,腎遠位尿細管上皮細胞のモデルであるA6細胞を用いて低浸透圧刺激がナトリウム再吸収を促進する制御機構について報告してきた。しかし,細胞が如何に細胞外浸透圧変化を認識し,細胞内にどのようなシグナルを伝達してナトリウム再吸収を促進するかについてはほとんど知られていない。そこで我々は,低浸透圧刺激の細胞内シグナルとして,調節性容積減少(RVD) を介して減少することが知られている細胞内クロライド濃度([Cl-]c) に注目して研究を行ってきた。その結果,RVDを介して減少した[Cl-]cはチロシン脱リン酸化酵素を活性化して基質の脱リン酸化を促進し,ENaC遺伝子発現を増大することによりナトリウム再吸収を促進していることが示唆された。さらに,この浸透圧刺激によるENaC遺伝子発現を介したナトリウム再吸収促進は,Na+/K+/2Cl- cotransporterを人為的に活性化して細胞内クロライド濃度を増大することやRVDをクロライドチャネルブロッカーで阻害することにより顕著に抑制された。以上のことより,浸透圧刺激感知メカニズムの1つとして細胞内クロライドの重要性がクローズアップされると考えており,細胞内シグナルとして重要なチロシンリン酸化を制御するチロシン脱リン酸化酵素の活性化や基質への親和性に細胞内クロライドの果たす新たな役割りが示唆された。

 

(13)腎尿細管マクラデンサ細胞のATPチャネルとNaCl検知シグナリング

 岡田泰伸,Ravshan Z. Sabirov,林 誠治,森島 繁,Janos Peti-Peterdi,Jean-Yves Lapointe,P. Darwin Bell
(生理学研究所機能協関部門)

 腎尿細管マクラデンサ(密集斑)細胞は,尿細管腔液のNaCl濃度を検知して,そのシグナルを糸球体輸入細動脈平滑筋細胞やレニン分泌細胞に伝達する。ウサギより糸球体ごと単離したマクラデンサにパッチクランプ法を適用し,380pSという巨大な単一チャネルコンダクタンスのアニオンチャネルを見出した。このマキシアニオンチャネルはアニオン型ATPを透過させること,更には細胞外のNaCl濃度増によって本チャネル活性が刺激されることが明らかとなった。尿細管腔液NaCl増に反応して,事実マクラデンサ細胞の基底側壁膜からATPが放出され,このATPが隣接するメザンギウム細胞のP2レセプターを刺激することが,バイオセンサーATP放出法やFura2法などによって明らかになった。2光子レーザー法による3次元イメージング法によって,尿細管潅流液中のNaCl濃度増に伴って,マクラデンサ細胞の膨張と,それに同期した輸入細動脈の収縮が観察されたので,マクラデンサのATP放出性マキシアニオンチャネルの活性化には,マクラデンサ細胞膨張が関与している可能性が示唆された。

 

(14)Modulation of cAMP-regulated ciliary beat frequency by cell volume in rat bronchiolar ciliary cells during stimulation with an β2-adrenergic agonist

 Takashi Nakahari(Department of Physiology, Osaka Medical College)

 Ciliary beat frequency (CBF) of single rat bronchiolar ciliary cells were measured using video-optical microscopy. The rats were anesthetized by intraperitoneal injection of pentobarbital sodium (60- 70 mg/kg). Lungs were removed from animals, and then were treated with elastase at 37℃ for 40 min and single bronchiolar ciliary cells were obtained. Terbutaline (a specifically selective β2-adrenergic agonist) increased CBF in a dose-dependent manner, and it also decreased volume of the bronchiolar ciliary cells. These terbutaline actions were inhibited by H-89 (10µM) and mimicked by forskolin (10µM) , DBcAMP (500µM) or IBMX (1mM) . Studies of ion channel blockers demonstrated that quinidine (500µM) induces cell swelling and amiloride (1µM) and bumetanide (20µM) induces cell shrinkage. Although cell volime changes did not affect CBF in unstumlated ciliary cells, cell swelling inhibited the CBF increase and cell shrinkage potentiated the CBF increase in terbutaline-stimulated cells. The cell shrinkage shifted the terbutaline dose-response curve to the lower-concentration side. Moreover, cell swelling, which was induced by KCl solution containing amiloride (1µM) and strophanthidine (100µM), inhibited the CBF increase during terbutaline stimulation, however, the subsequent removal of either amiloride or bumetanide, which induced cell shrinkage, increased CBF gradually. Thus, the terbutaline-stimulated CBF increased with decreasing cell volume. These observations suggest that the cell shrinkage increases terbutaline-stimulated CBF, in contrast, the cell swelling decreases it. In conclusion, in rat bronchiolar ciliary cells, terbutaline increases CBF and also decreases cell volume mediated via cAMP accumulation. The cell shrinkage potentiates the CBF increase by increasing the cAMP sensitivity.

 


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