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6.ATP・アデノシン受容体相互作用の解明

2003年8月28日−8月29日
代表・世話人:井上和秀(国立医薬品食品衛生研究所)
所内対応者:井本敬二(液性情報)

(1)
脊髄内痛覚伝達系におけるATP・アデノシン受容体の相互作用
中塚映政1,Gu Jianguo2,労力軍 3,藤田亜美3,熊本栄一3吉村恵1
1九州大学大学院統合生理学,2フロリダ大学脳研究所,3佐賀医科大学神経生理学)
(2)
海馬錐体細胞の興奮性制御におけるATPおよびアデノシン受容体のインタープレイ
川村将仁1,加藤総夫21慈恵医大・薬理学第1,2慈恵医大・神経生理)
(3)
リゾリン脂質によるATP分解酵素の活性化
松岡功,佐藤薫,小野委成,木村純子(福島医大・医・薬理,麻酔
(4)
P2Y2受容体とTRPV1の機能連関による熱性痛覚過敏
富永真琴1,森山朋子1,飯田陶子1,小林きみ子2,東智広1
村山奈美枝1,福岡哲男2,井上和秀3, 4,野口光一2
1三重大・医・分子細胞生理,2兵庫医大・解剖2,3国立衛研・代謝生化学,4九大院・薬)
(5)
P2Y2受容体刺激により惹起されるアロディニア
檜槇大介1,3,小泉修一2,溝腰朗人1,3,津田誠1,重本−最上由香里1,井上和秀1,3

1国立衛研・代謝生化,2国立衛研・薬理,3九大院・薬・分子制御)
(6)
ヒト表皮ケラチノサイトで惹起された Ca2+ wave は細胞外 ATP 及び P2Y2 受容体を介して知覚神経に伝達される
藤下加代子1,小泉修一2,井上かおり4,最上−重本ゆかり1,井上和秀1, 3
1国立衛研・代謝生化学部,2薬理部,3九州大学・院・薬・分子制御,4資生堂リサーチセンター)
(7)
マウス網膜P2X受容体の免疫組織化学的検討
金田 誠1,石井 勝好2,森島 陽介3,赤木 巧2,端川 勉2,中西 重忠3
1慶応大生理,2理研・脳センター・神経構築,3京大院・生体情報科学)
(8)
視索上核におけるATP応答とP2X受容体発現
上野伸哉1,山田順子2,福田敦夫1,2
1浜松医科大学生理第一,2静岡大学大学院・電子科学研究科・生態情報処理講座)
(9)
MNTBニューロンにおけるATP γ Sによる自発および誘発シナプス後電流に対する異なる制御
綿野智一1,2,Richard J. Evans2,Ian D. Forsythe2
1福島医大・医・薬理,2 Dept. of Cell Physiology & Pharmacology, Univ. of Leicester)
(10)
ATPおよびATP γSによるmonocyte chemoattractant protein-1 (MCP-1)
産生調節に関する脳切片培養系を用いた検討
片山貴博,伊藤美聖,南雅文,佐藤公道(京大院・薬・生体機能解析学)
(11)
培養ラット腸管壁内神経細胞のATPによる細胞内Ca増加反応の性質と
関与する受容体サブタイプの同定
太田 利男,久保田 茜,村上 真津香,乙黒 兼一,伊藤 茂男(北大・院・獣医・薬理)
(12)
P2受容体を介する脂肪細胞分化促進作用
尾松万里子,松浦 博(滋賀医大・第2生理)
(13)
ATP放出可視化による放出機構解析
古家喜四夫1,秋田久美1,柴田あずみ2,曽我部正博1,21科技団・細胞力覚,2名大院・医)
(P1)
ユビキチンC末端水解酵素(UCH L1) によるATP受容体の機能制御
真子好正1,節家理恵子1,2,櫻井省花子1,2,和田圭司2,野田百美1
1九大院・薬,2国立精・神セ・神経研)
(P2)
P2Y受容体を介した内皮細胞層透過性促進作用
田中直子1,禰占奈美江1,窪田洋子1,籠田智美1,中村一基1
高橋幸一2,橋本道男3,国友 勝1,篠塚和正1
(武庫川女子大・薬・1薬理,2薬剤,3島根医大・第一生理)
(P3)
PC12 細胞の ATP 産生能に及ぼすアデニル酸シクラーゼのP-サイト阻害剤の影響
藤森廣幸,芳生秀光(摂南大学 薬学部 衛生分析化学研究室)
(P4)
P2Y12受容体を介するミクログリアのケモタキシスとインテグリンb1集積
多田薫1,小泉修一1,井上和秀2, 3(国立衛研・1薬理,2代謝生化学,3九大・院・分子制御)
(P5)
ミクログリアにおけるα7ニコチン性アセチルコリン受容体発現とTLR4およびP2X7受容体機能調節
鈴木智久1,松原明代1,松林弘明2,酒井規雄2,秀 和泉1,仲田義啓1
(広大・医歯薬総合 1薬効解析,2神経・精神薬理)
(P6)
P2X7受容体活性化による細胞死誘導機構の解析
月本光俊,原田均,五十里彰,高木邦明(静岡県立大・薬)
(P7)
孤束核シナプス前P2X受容体活性化による高振幅EPSCの発生
繁冨英治,加藤総夫
(東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター・神経科学研究部・神経生理学研究室)
(P8)
シナプス前アデノシン受容体による孤束核シナプス伝達短期可塑性の修飾
津氏典子,繁冨英治,加藤総夫(慈恵医大 神経生理)
(P9)ラット冠循環におけるアデニンヌクレオチド代謝とこれにおよぼす虚血の影響
佐藤薫,松岡功,木村純子(福島医大・医・麻酔科,薬理)
(P10)アストロサイトからの自発的ATPによる細胞内シグナル調節
小泉修一1,宮竹真由美2,藤下加代子3,井上和秀3,4
(国立衛研・1薬理,3代謝生化学,2星薬科大学,4九州大・院・分子制御)

【参加者名】
井上 和秀(国立衛研・代謝生化学),太田 利男(北大・院・獣医・薬理),岩永 ひろみ(北大医・解剖),木村 純子,松岡 功,小野 委成,綿野 智一(福島医大・医・薬理),佐藤 薫(福島医大・医・麻酔),熊坂 忠則(福島医大・医・神経精神),田村 誠司(山之内製薬・薬理第一),関澤 俊洋,前本 琢也(藤沢薬品),金田 誠(慶応大・生理),川村 将仁(慈恵医大・薬理1),加藤 総夫,津氏 典子,繁冨 英治,池田 亮,山崎 弘二(慈恵医大・神経科学・神経生理),中村 行宏(東大神経生理),小泉 修一,藤下 加代子,多田 薫(国立衛研・代謝生化学),篠崎 陽一,戸崎 秀俊,檜槇 大介,国房 恵巳子(国立衛研・薬理/九大),中田 裕康(東京都神経研),黒田 洋一郎 (CREST) ,野澤 良久,江村 智博(大鵬薬品・創薬センター),中村 秀雄(帝国臓器),上野 伸哉(浜松医科・生理),月本 光俊,原田 均(静岡県立大・薬),古家 喜四夫(科技団・細胞力覚),柴田 あずみ(名大),須崎 尚(名古屋学芸大),小川 慎志,我謝 徳一,新庄 勝浩(ファイザー),富永 真琴(三重大・医・分子細胞生理),山下 勝幸,杉岡 美保(奈良医大・第一生理),尾松 万里子(滋賀医大・第2生理),南 雅文,片山 貴博(京都大・薬・生体機能解析),市川 純(関西医大・第2生理),藤森 廣幸(摂南大学・薬学部),桔梗 充博(三菱ウェルファーマ),篠塚 和正,田中 直子,禰占 奈美江(武庫川女子大・薬・薬理),仲田 義啓,秀 和泉,鈴木 智久,松原 明代(広大・医歯薬・薬効解析),中塚 映政,塩川 浩輝(九州大学大学院統合生理学),真子 好正,佐藤 あゆみ(九州大・院・薬),桂木 猛(福岡大・医・薬理),清水 秀忠(基生研),根本 知己,山肩 葉子,籾山 俊彦,井本 敬二(生理研)

 

(1)脊髄内痛覚伝達系におけるATP・アデノシン受容体の相互作用

 中塚映政1,Gu Jianguo2,労力軍3,藤田亜美3,熊本栄一3吉村恵1
1九州大学大学院統合生理学,2フロリダ大学脳研究所,3佐賀医科大学神経生理学)

 末梢における感覚情報は一次求心性細胞を介して脊髄後角の二次ニューロンに入力され,更に脊髄内上行路を経て高位中枢に伝達される。脊髄後角レベルでは様々な神経伝達物質によって末梢由来の感覚情報が修飾されることは知られているが,近年,脊髄内のATP P2X受容体およびアデノシン受容体が感覚情報を修飾することが明らかとなってきた。すなわち,ATP P2X受容体作動薬の脊髄腔内投与によって行動学的に痛覚過敏が惹起されることや,アデノシンによって逆に鎮痛効果が得られることが報告された。今回,ATPおよびアデノシン受容体の脊髄後角内作用機序の詳細を明らかにするため,脊髄スライス標本を用いて脊髄後角細胞からパッチクランプ記録を行った。脊髄後角細胞は末梢からグルタミン酸作動性入力を受けているので,ATPおよびアデノシン受容体のグルタミン酸作動性興奮性シナプス伝達に及ぼす作用を検討した。自発性のグルタミン酸作動性興奮性シナプス後電流に対してATP (100 μM) を灌流投与すると,その発生頻度は最初の短期間において増強して,その後に引き続いて比較的長期間に減弱するという二相性の変化を示した。代謝安定型のP2X受容体作動薬であるα,β-methylene ATP (100 μM) によって,微小興奮性シナプス後電流の発生頻度は著明に増強したことから,ATP投与によって観察された最初の増強効果はATP P2X受容体のシナプス前性機構を介するグルタミン酸の遊離促進作用であることが明らかとなった。一方,アデノシン(100 μM) あるいはアデノシンA1受容体作動薬CPA (1μM) によって,微小興奮性シナプス後電流の発生頻度は逆に減弱したことから,ATP投与によって観察された後続の抑制効果は代謝されたアデノシンがシナプス前末端に発現するアデノシンA1受容体に作用し,グルタミン酸の遊離を抑制することに起因していると考えられる。従って,脊髄内において細胞外ATPは直接的にシナプス前のP2X受容体に作用するだけでなく,アデノシンに代謝されてシナプス前のA1受容体に作用し,P2X受容体と逆の効果をもたらした。以上の結果より,脊髄痛覚伝達系におけるATPの作用は経時的な要素を有する多彩な影響を及ぼすものと推察された。

 

(2)海馬錐体細胞の興奮性制御におけるATP
およびアデノシン受容体のインタープレイ

 川村将仁1,加藤総夫21慈恵医大・薬理学第1,2慈恵医大・神経生理)

 細胞外に放出されたメッセンジャー分子が特異的受容体を活性化させるのみならず,特異的酵素系によって細胞外で代謝を受けた後,その代謝産物がさらにその特異的受容体を活性化させる,という系は,現在までにATP-アデノシン系においてのみしか知られておらず,これは他の系では見られない細胞外ATPによるシグナリングのユニークな特性であると考えられる(Kato & Shigetomi, J. Physiol. 530:469-, 2001) 。

 海馬は各種ATP受容体,アデノシン受容体ならびにATPからアデノシンへの細胞外変換酵素系の豊富な発現を示しているため,このような制御系の生理的意義を検討する上で適した脳領野である。しかし,現在までの分散培養ならびに急性単離標本を用いたこれら受容体の活性化に関する知見はもっぱらATPもしくはアデノシン受容体への効果を記述したものであり,このようなATP-アデノシンのインタープレイを解明するにはニューロンおよびグリア細胞の細胞構築が維持されている急性スライスもしくはin vivo標本を用いて検討することが必須である。事実,海馬において,ATPからアデノシンへの細胞外変換酵素系は大部分グリア細胞に発現しており,また,現在までに報告されている海馬スライスでのATPの効果はほとんどがアデノシン受容体を介したものである。

 このようなATP-アデノシン系のインタープレイの実体を解明するため,幼若ラット海馬冠状断スライス標本CA3錐体細胞から,興奮性および抑制性のシナプス入力をパッチクランプ法により同時記録し,ATPおよびプリン受容体作動薬の作用を検討した。ATPはIPSCの頻度を増加させ,かつEPSCの頻度を減少させた。この2つの相反する作用は,記録された錐体細胞22例全例で同時に観察された。薬理学的検索によって,IPSCの頻度増加は2meSATPで強く活性化されPPADSで遮断されるP2X受容体を,また,EPSCの頻度減少はDPCPXで遮断されるアデノシンA1受容体の活性化を介していることが示された。

 以上の結果は,細胞外ATPが(1) P2X受容体の活性化を介した抑制性入力の増加,および,(2) アデノシンへの加水分解を経たのちのアデノシンA1受容体の活性化を介した興奮性入力の減少という2つの異なる効果を同時に引き起こし得ることを示す。興味深いことに,これらの効果はいずれも錐体細胞の興奮性を低下させる。ATPは1つの分子でありながら,ATP受容体とアデノシン受容体をそれぞれ合目的に活性化し,神経ネットワークの興奮性を協働的に制御し得ると考えられる。

 

(3)リゾリン脂質によるATP分解酵素の活性化

 松岡功,佐藤薫,小野委成,木村純子(福島医大・医・薬理,麻酔

 細胞外のATP代謝に関わるecto-nucleotidaseは,P2受容体の刺激作用を終結させるだけでなく,細胞膜局所における迅速なアデノシン産生をもたらし,アデノシン受容体を介する作用への情報変換に重要な役割を果たしている。最近,炎症や虚血病変にいおてecto-nucleotidase活性の変化を示す成績が報告されている。また,血小板や内皮細胞から放出されるATPやADPの分解が障害されると循環器系障害の原因になることも明らかにされている。しかし,どのような機序でATP代謝酵素の機能変化が生じるかは知られていない。我々は,摘出ラット心臓のLangendorff標本において,虚血にした心臓の再灌流液中にecto-nucleotidaseが逸脱することを見い出した。虚血心ではリン脂質代謝が異常に亢進し,大量のリゾリン脂質などの脂質メディエーターが産生される。そこで,本研究ではecto-nucleotidase活性におよぼすリゾリン脂質の作用を検討した。培養ヒト血管内皮細胞およびモルモット単離心筋細胞におけるATP分解活性は,リゾホスファチジルコリン(LPC) により濃度依存的に増大した。このLPCによるATP分解活性の亢進は,界面活性剤として細胞膜透過性を亢進させるLPCの作用より低濃度で認められた。また,ATPの分解活性に比べ,AMPの分解活性への影響は小さかった。LPCのATP分解活性亢進作用はecto-nucleotide triphophate diphophohydrolase 1 (E-NTPDase 1, ecto-apyrase) を発現させたHEK293細胞でも再現された。この細胞を用いて側鎖の脂肪酸が異なる種々のLPCの作用を検討した結果,デカノイン酸(C10) では作用がなくミリスチン酸(C14) より長鎖の脂肪酸を持つことがE-NTPDase 1の活性化に必要であった。また,他のリン脂質ではリゾホスファチジルセリン,リゾホスファチジルイノシトールには作用が認められたが,リゾホスファチジン酸,スフィンゴシン-1-リン酸は無効であった。さらに,LPCを処理した細胞では酵素活性が反応液中に遊離し,LPCを洗浄した後では細胞のecto-NTPDase1活性が低下していた。以上の結果から,虚血心で認められたATP分解酵素の遊離は心臓内で産生されるリゾリン脂質により媒介される可能性が示唆された。

 

(4)P2Y2受容体とTRPV1の機能連関による熱性痛覚過敏

 富永真琴1,森山朋子1,飯田陶子1,小林きみ子2,東智広1
村山奈美枝1,福岡哲男2,井上和秀3, 4,野口光一2
1三重大・医・分子細胞生理,2兵庫医大・解剖2,3国立衛研・代謝生化学,4九大院・薬)

 以前,本研究会で,HEK293細胞に発現したカプサイシン受容体TRPV1が細胞外ATPによってP2Y1受容体活性化からPKCを介して機能制御されることを報告した。さらに詳細な検討を行った。先ず,生化学的な手法によってTRPV1が直接PKCによってリン酸化されることを証明した。点変異体を用いた電気生理学的機能解析から,TRPV1の細胞内ドメインのPKCによってリン酸化される2つのセリン残基を同定した。これらのセリン残基をアラニンに置換した変異体では,ATPによるTRPV1のカプサイシン活性化電流の増大がみられないのみならず,野生型では観察される活性化温度閾値の低下も認められなかった。このメカニズムの重要性を個体レベルで検証するために,ATP投与による熱性痛覚過敏をマウスで観察した。野生型マウスでは,ATPの足底投与によって著しい熱性痛覚過敏が認められたが,TRPV1欠損マウスでは,そのような痛覚過敏は全くみられなかった。個体レベルにおいて,ATPとTRPV1の機能連関が明らかになった。驚くべきことに,P2Y1欠損マウスでも野生型と同様の痛覚過敏が観察され,マウスにおいてはP2Y1受容体が関与しないことが分かった。そこで,マウスの後根神経節細胞を用いたパッチクランプ法による電流解析を行うと,薬理学的な検討から,P2Y2受容体が関与することが示唆された。マウス後根神経節におけるTRPV1,P2Y1,P2Y2のmRNA発現を検討したところ,TRPV1とP2Y2のmRNAの共発現が明らかになり,後根神経節細胞を用いた機能解析を支持する結果が得られた。P2Y2受容体はUTPにも感受性があることが知られている。そこで,UTPを用いて行動実験を行うと,野生型マウスにおいてATPと同様の熱性痛覚過敏が惹起されることが明らかになった。以上の検討から,マウスにおいては,傷害時に細胞外に放出されるATP, UTPによってP2Y2受容体が活性化され,PKCを介したTRPV1のリン酸化が熱性痛覚過敏を引き起こすものと結論された。

 

(5)P2Y2受容体刺激により惹起されるアロディニア

 檜槇大介1,3, 小泉修一2, 溝腰朗人1,3, 津田誠1, 重本−最上由香里1, 井上和秀1,3
1国立衛研・代謝生化,2国立衛研・薬理,3九大院・薬・分子制御)

 ATPは知覚神経においてイオンチャネル内蔵型P2X受容体を介して,痛覚伝達に関与している。実際,ATPやP2X受容体アゴニストα,β-methylene ATP (αβmeATP) をラットの足底部に投与すると,様々な疼痛反応が観察される。我々は以前,αβmeATP刺激が,中型でカプサイシン非感受性DRG神経に存在するP2X2/3受容体を介して,触刺激に対する過敏応答“機械的アロディニア”を誘発することを明らかにした(J. Neurosci., 20, RC90, 2000) 。しかし,後根神経節(DRG) には様々なサブタイプのGタンパク共役型P2Y受容体も発現・機能しており,これらP2Y受容体が知覚・痛覚伝達系で担う役割の解明が待たれている。本研究で我々は,DRGのP2Y受容体に注目し,その薬理学的特徴及び痛覚伝達との関係について詳細な研究を行った。先ずCa2+イメージング(fura-2法) により,多くの小型かつカプサイシン感受性DRG神経にUTP感受性P2Y2受容体が発現している事を明らかにした。P2Y2受容体アゴニストであるUTPを足底部に投与すると,濃度依存的にアロディニアが誘発され,これはP2受容体の拮抗薬,さらにP2Y2受容体のアンチセンスオリゴヌクレオチドでP2Y2受容体をノックダウンすることにより消失した。UTPにより引き起こされるアロディニアはαβmeATPにより誘発されるそれよりも長時間持続した。αβmeATPと異なり,UTPにより惹起されるアロディニアはカプサイシン感受性神経を破壊したラットでは観察されなかった。またカプサイシン受容体アンタゴニストであるカプサゼピンは,UTP誘発アロディニアには影響しなかった。以上,小型でカプサイシン感受性のDRG神経にはP2Y2受容体が発現・機能していること,またこのP2Y2受容体刺激によりカプサイシン受容体非依存的なメカニズムでアロディニアが誘発されることが示唆された。

 

(6)ヒト表皮ケラチノサイトで惹起されたCa2+ waveは細胞外ATP及びP2Y2受容体を介して知覚神経に伝達される

 藤下加代子1,小泉修一2,井上かおり4,最上−重本ゆかり1,井上和秀1, 3
1国立衛研・代謝生化学部,2薬理部,3九州大学・院・薬・分子制御,4資生堂リサーチセンター)

 皮膚は,身体の広い範囲を占めており,乾燥,化学物質,侵害性熱刺激,UV照射などの有害な環境因子に常に曝されているだけでなく,損傷や炎症性疾患,アレルギー反応などによりATP,bradykinin,histamineといった様々な物質から影響を受ける組織である。皮膚はそれらの刺激に対する様々なセンサーを発現しており,それを介して細胞内Ca2+濃度を変化させる。Ca2+は皮膚の最外部にあたる表皮の恒常性維持に重要であり,表皮角化細胞の増殖と分化のバランスを制御している。ATPは数多くの細胞において,細胞間情報伝達物質として機能することは良く知られている。今回,我々は正常ヒト表皮角化細胞(Normal Human Epidermal Keratinocytes: NHEKs) の単一培養系及び,マウス後根神経節(DRG) 神経細胞との共培養系を用いて,細胞外ATPにより媒介されるCa2+ waveの伝播について検討を行なった。薬理学的解析の結果,NHEKsは機能的な代謝型P2Y2受容体を発現することが明らかとなった。単一のNHEKをガラスピペットで刺激すると,被刺激細胞で細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i) の上昇が見られ,続いて細胞外ATP依存的に周囲のNHEKs へCa2+ waveの伝播が確認された。Luciferin-luciferase法に基づくATPイメージング解析により,NHEKsから刺激依存的なATPの放出及び拡散が観察された。DRG神経細胞は,表皮の基底細胞層にその末端を延ばしていることが知られている。NHEKsとDRG神経細胞の共培養系においても,NHEKsで機械刺激により惹起されたCa2+ waveが,細胞外ATP及びP2Y2受容体依存的に,隣接するDRG神経細胞の[Ca2+]iを上昇させた。このことから,細胞外ATPはNHEKsにおいて細胞間Ca2+ waveを形成する主要な情報伝達物質となっているだけでなく,皮膚と知覚神経の間でも,ダイナミックなクロストークを形成するシグナル伝達物質として機能している可能性が示唆された。

 

(7)マウス網膜P2X受容体の免疫組織化学的検討

 金田 誠1,石井 勝好2,森島 陽介3,赤木 巧2,端川 勉2,中西 重忠3
1慶応大生理,2理研・脳センター・神経構築,3京大院・生体情報科学)

 細胞外ATPは網膜神経伝達物質の候補と考えられている。網膜内にはP2X受容体遺伝子が発現しており,外来性に投与したATPがAChの放出を抑制することが報告されている。AChの放出の抑制は薬理学的実験からP2X受容体を介して起こると考えられているが,どのサブタイプが関与しているのかは不明である。これは網膜におけるP2X受容体の分布について体系的に検討されていないことが大きな原因となっている。本研究では,マウス網膜のP2X1,P2X2,P2X4,P2X7受容体の分布について免疫組織化学的手法を用いて検討した。また同時にコリン作動性ニューロンに存在するP2X受容体のサブタイプに注目してそのシナプス部位における局在をimmunotoxin-mediated cell targeting technology (IMCT) を用いて検討した。P2X1受容体は内顆粒層と内網状層の境界部付近に点状に分布する陽性所見が観察された。P2X2受容体は一部のアマクリン細胞の細胞体と内網状層のサブラミナaで強い免疫反応陽性像が観察された。P2X4受容体は,神経節細胞層で強い免疫反応陽性像が観察された。P2X7受容体は内顆粒層と神経節細胞層の細胞体で陽性所見が観察され,内顆粒層の陽性細胞は硝子体側と強膜側に存在していた。P2X2の免疫反応はコリン作動性ニューロンのマーカーであるChATの免疫反応と一致した。またP2X2の免疫反応はコリン作動性ニューロンにGFPシグナルを発現するtransgenic mouseにおいても一致した。Transgenic mouseにIMCTを用いてコリン作動性ニューロンを選択的に細胞死させると,GFPシグナルが消失した領域のみでP2X2の免疫反応が消失した。このことからP2X2の免疫反応はstarburstアマクリン細胞の樹状突起上に選択的に発現しているものと考えられる。以上の結果から,P2X2受容体はマウス網膜のOFF経路の信号伝達に関与していることが示唆された。

 

(8)視索上核におけるATP応答とP2X受容体発現

 上野伸哉1,山田順子2,福田敦夫1,2
1浜松医科大学生理第一,2静岡大学大学院・電子科学研究科・生態情報処理講座)

 視索上核は,オキシトシン,バゾプレッシンを下垂体後葉において分泌する神経分泌細胞である。我々は生後16-23日の雄性ラットを用い,視索上核の神経細胞に,スライスパッチ法を適用し,ATP投与による反応を記録した。電流固定化において,ATP投与による脱分極および,活動電位の発生が観察され,投与後には自発発火頻度の低下が観察された。また,電位固定化(保持電位-50mV)において,ATP投与によって内向き電流のみならず,投与後に外向き電流成分が観察された。この内向き電流成分はPPADSによって抑制された。ATP 1 mM存在下での電圧-電流曲線は,内向き整流作用が見られた。スライスパッチで観察された電流はすべて,遅い不活性化過程を持つものであり,機械的単離によって観察された早い不活性化過程を持つものは見られなかった。また,αβmethylen ATP投与によっても内向き電流を惹起したがそのピーク値はATP投与による値の10-20%であった。ATPに反応を示した細胞体および,電極内液を回収し,single cell RT-PCRを行い,mRNAレベルでの発現を観察した。P2X2サブタイプが,主に検出された。視索上核神経細胞体において,P2X2サブタイプを主体とするP2X受容体が機能していることが示唆された。

 

(9)MNTBニューロンにおけるATPγSによる自発および誘発シナプス後電流に対する異なる制御

綿野智一1,2,Richard J. Evans2,Ian D. Forsythe2
1福島医大・医・薬理,2 Dept. of Cell Physiology & Pharmacology, Univ. of Leicester)

 Medial nucleus of the trapezoid body (MNTB) は脳幹において音源定位に関わる聴覚中継に重要な働きをしている神経である。我々はMNTBニューロンにおいて,プリン受容体がどのような働きをしているかを明らかにするため,各種プリン受容体アゴニストの自発シナプス後電流(sPSC) ,誘発シナプス後電流(ePSC) に対する作用を検討した。9-14日齢のLister-hoodedラット脳幹より170-200 μmのスライスを作成し,ホールセルパッチクランプ法により電流を記録した。MNTBニューロンでは興奮性(sEPSC) および抑制性(sIPSC) 自発シナプス後電流が観察されるが,P2受容体アゴニストで比較的分解されにくいとされているATPγSおよびP2X1,3,6受容体の選択的アゴニストであるα,β-me-ATPはsEPSCおよびsIPSCの頻度を増加させ,P2X1,6受容体の選択的アゴニストであるl-α,β-me-ATPはsIPSCのみを増加させた。P1受容体アゴニストのadenosine,P2Y受容体アゴニストのADP,UTP,UDPは電流の頻度を変化させなかった。またsEPSCに対する作用のみがTTXにより消失したことより,神経終末および細胞体の異なるP2X受容体がsPSCを制御していると考えられた。またMNTBニューロンでは,2極性の白金電極を用いてスライスを刺激すると3種類のePSC,すなわちcalyx of Heldという巨大シナプス神経終末を介するgiant eEPSC,このシナプスを介さないeEPSCおよびeIPSCが観察される。ATPγSはこれらの誘発電流の電流値を抑制した。ATP,ADPも同様に抑制作用を示したが,α,β-me-ATPおよびUTP,UDPは電流値を変化させなかった。adenosineが同様の抑制作用を示し,A1受容体アンタゴニストであるDPCPX (10 nM) およびecto-ATPase阻害薬のARL67156 (50μM) がATPγSの抑制作用を消失させた。これらのことより,これらのP2アゴニストの誘発シナプス後電流抑制作用は自発的シナプス後電流に対する制御と異なりadenosine A1 受容体を介するものであると考えられた。しかしATPγSの作用は,直接adenosineに分解されるためなのか,グリアあるいは神経などからのATPの遊離を介するものであるかは明らかになっておらず今後の検討課題である。

 

(10)ATPおよびATPγSによるmonocyte chemoattractant protein-1 (MCP-1) 産生調節に関する脳切片培養系を用いた検討

 片山貴博,伊藤美聖,南雅文,佐藤公道(京大院・薬・生体機能解析学)

 脳組織切片培養系は,細胞構築や個々の細胞の活性化状態が分散培養系と比較してよりin vivoに近い状態にあるため,活性化状態の違いが細胞の反応性を大きく左右するグリア細胞の研究に非常に有用であると考えられる。本研究では,ATPおよびその非水解性アナログATPγSのMCP-1の産生・遊離に対する効果について,この脳切片培養系を用いて検討を行った。

 生後2-3日齢ラットの大脳皮質−線条体領域から冠状切片(300μM厚)を作製し,10-11日間静置界面培養後,実験に用いた。組織切片中のMCP-1は抗MCP-1 抗体を用いた免疫染色法を用いて検討し,培地中に遊離したMCP-1量はELISA法により測定した。

 ATPあるいはATPγS処置により,濃度依存的な培地中へのMCP-1の遊離が観察された。その産生のタイムコースは,ATPあるいはATPγS(ともに300 μM)3時間処置により,処置開始後1時間で既に観察され,処置開始後3-4時間をピークとする一過性のものであった。また,その主な産生細胞はアストロサイトであった。このATPによるMCP-1産生・遊離は,プリン受容体拮抗薬suraminあるいはPPADS(ともに300μM)どちらによっても,部分的に抑制された。一方で,ATPγSによるMCP-1産生・遊離に対しては,suraminは全く影響を与えず,逆にPPADSはほぼ完全な抑制効果を示した。MAPキナーゼ阻害薬の効果を検討したところ,ATPあるいはATPγSによるMCP-1の産生・遊離は,ともにMEK阻害薬PD 98059およびJNK阻害薬SP600125により部分的に抑制され,反対にp38 MAPキナーゼ阻害薬SB 230580によって増強された。

 以上の結果より,脳組織切片培養系においてATPあるいはATPγSは,アストロサイトでのMCP-1の産生・遊離を惹起することが明らかにされた。また,このATPあるいはATPγSによるMCP-1産生誘導に関して,少なくとも一部には異なるサブタイプのプリン受容体が関与していること,また両処置ともにERKおよびJNKキナーゼは促進的に,逆にp38MAP キナーゼは抑制的にそれぞれ関与していることが示唆される。

 

(11)培養ラット腸管壁内神経細胞のATPによる細胞内Ca増加反応の性質と関与する受容体サブタイプの同定

 太田利男,久保田茜,村上真津香,乙黒兼一,伊藤茂男(北大・院・獣医・薬理)

 ATPは腸管壁内神経において速い興奮性シナプス後電位を形成する神経伝達物質の一つであることが知られている。本研究では初代培養ラット腸管壁内神経細胞を用いて,ATPによる細胞内Ca濃度([Ca2+]i) をfura-2レシオ画像解析法により測定し,[Ca2+]i増加反応の性質及び関与する受容体サブタイプをP2受容体活性化薬や遮断薬による薬理学的検討,パッチクランプによる電流測定,RT-PCRによる遺伝子検出及び免疫染色による蛋白検出により同定した。Fura-2を負荷した細胞において高濃度K及びニコチンによる[Ca2+]i増加は神経特異蛋白PGP9.5抗体陽性細胞のみで生じたことから,本実験では両反応が生じる細胞を神経細胞として機能的に同定した。

 ATPは壁内神経細胞において濃度依存性(0.3〜100μM) に[Ca2+]i増加反応を引き起こした。この反応は外液Ca2+除去により大きく抑制した。ATPによる[Ca2+]i増加反応は電位依存性Caチャネル遮断薬のNifedipine,ω-Conotoxin GVIA,ω-Agatoxin VIA存在下で55%抑制された。Whole-cell voltage-clampした細胞において,ATPは外液Na存在下で逆転電位が0mVの不活化の遅い内向き電流を引き起こした。P2受容体遮断薬のSuramin及びPPADSはATPによる[Ca2+]i増加及び内向き電流反応を可逆的に抑制した。P2受容体活性化薬を同一細胞に適用した結果,[Ca2+]i増加の力価順はATP≧ATPγS>CTP≧2MeSATP>BzATP(α,β-MeATP は無効)であった。ATPによる内向き電流は低濃度(0.2〜200 μM)のZn2+,Cu2+,Cd2+により増強された。また,ATP電流はpH6.6では約3倍に増大し,逆にpH8では約30%に減少した。RT-PCRによりラット腸管壁内神経細胞にP2X2,P2X4,P2X5のmRNAが検出された。抗P2X4抗体による免疫染色で陽性細胞が検出され,この細胞でのP2活性化薬の力価順も上記と一致した。

 本実験により培養ラット腸管壁内神経細胞においてATPによる[Ca2+]i増加反応は主に外液Ca依存性のP2Xを介して生じていること,更にそのサブタイプはP2X4であることが示唆された。

 

(12)P2受容体を介する脂肪細胞分化促進作用

 尾松万里子,松浦 博(滋賀医大・第2生理)

 マウス胎児由来前駆脂肪細胞3T3-L1は,脂肪細胞分化のモデルとして最もよく研究されている培養株細胞の一つである。3T3-L1細胞が終末分化に移行するためには細胞周期がG0/G1で停止することが必要であり,通常の培養実験では細胞をコンフルエントになるまで培養し,接触障害により細胞周期を停止した後,dexamethasone,1-methyl-3-isoxanthine及びinsulinを分化誘導因子として加えることによって成熟脂肪細胞に分化させる方法が最も標準的な手法として用いられている。コンフルエントに達していない細胞では分化誘導因子を加えても効果がないことは古くから知られていたが,低密度の状態でも薬剤によって細胞周期を停止させると分化誘導可能であるという報告があることから,細胞周期がG0/G1で停止することが重要であると考えられている。

 我々は,未分化3T3-L1細胞における細胞骨格と細胞運動について調べたところ,増殖中の細胞にはアクチンストレスファイバーが発達しているが,コンフルエントに達するとストレスファイバーは消失し,細胞膜近辺にアクチンが集積すること,増殖中の細胞において細胞外ATPはストレスファイバーを壊して細胞膜周辺に特異的にアクチンを再構築し,ラッフリングや糸状仮足による著しい細胞形態の変化を引き起こすこと,及び,約30%の低い細胞密度の細胞にATPを与えてインキュベーションした後に分化誘導因子を加えると,増殖を続けながら成熟脂肪細胞に分化すること,を見出した。これらの効果はP2受容体阻害剤スラミン及び細胞骨格制御に関与する低分子量G蛋白Rho kinase阻害剤Y27632によって阻害された。これらのことから,脂肪細胞におけるP2受容体の分化促進作用について検討する。

 

(13)ATP放出可視化による放出機構解析

 古家喜四夫1,秋田久美1,柴田あずみ2,曽我部正博1,2
1科技団・細胞力覚,2名大院・医)

 普遍的な細胞内情報伝達物質として働く細胞内カルシウムと内外立場は異なるが,細胞外ATPは普遍的な細胞外情報伝達物質として働いていると考えられる。実際,その受容体は代謝型及びイオンチャネル型とも数多く同定され,ほとんどの細胞で発現しており,様々な機能を果たしていることが明らかになってきた。しかしATPシグナルの発生源であるATP放出経路に関してはまだほとんど明らかではなく,現在,開口放出,イオンチャネル,トランスポーターなどの可能性がいくつかの細胞で指摘されている。乳腺細胞は種々の機械刺激によるATP放出と周りの細胞でのATP受容体活性化が生理機能に深く関わっていることを私たちは明らかにしてきた。この細胞でのATP放出機序を明らかにすべく,Luciferin-Luciferase (L-L) を用いた放出ATPの定量,薬理学的処理などを行った。その結果,ATP放出は機械刺激による一過性の放出以外に細胞外カルシウム-free溶液潅流によって持続的な放出がみられ,また刺激を加えなくとも自発的に放出しており,それらに少なくとも2種以上の異なったATP放出経路が関与していることが示唆された。L-Lを用いた放出ATPのイメージング等最新の結果からその経路について議論する。ATP放出経路はいわばカルシウムシグナリングにおけるカルシウムチャンネルに相当しており,その機序は重要であり,多種類の経路の存在は不思議ではないと考えられる。

 

(P1)ユビキチンC末端水解酵素(UCH L1) によるATP受容体の機能制御

 真子好正1,節家理恵子1,2,櫻井省花子1,2,和田圭司2,野田百美1
1九大院・薬,2国立精・神セ・神経研)

 UCH L1はエネルギー依存的なタンパク質分解系であるユビキチン-プロテアソームシステムに含まれる脱ユビキチン化酵素の一つであり,哺乳類においては神経細胞と精巣に特異的に発現する。UCH L1の生理作用としてユビキチンC末端低分子残基の水解やポリユビキチン鎖切断によるユビキチンモノマーの供給が想定されており,ユビキチンプールサイズを保つ重要な因子であると考えられている。タンパク質の脱ユビキチン化はタンパク質分解の素過程として重要であり,脱ユビキチン化酵素の異常による脳機能障害もいくつか報告されている。我々は世界に先駆けてgad (gracile axonal dystrophy) マウスがUCH L1の機能喪失を有する神経変性モデルであることを示し神経細胞においてユビキチンレベルが低下していることを見いだした。アメフラシにおいてはUCH L1と相同性の高いUCHが学習と記憶に重要であることが報告されているが,哺乳類での神経回路機能におけるUCH L1の役割はいまだ解明されていない。そこで,本研究では神経伝達におけるUCH L1の作用について検討することにした。今回,神経伝達物質受容体のうち,神経細胞も含めて幅広く分布した発現を示し神経伝達物質の分泌制御にも関わるATP受容体について検討することにした。ATP受容体のうちP2X受容体チャネルの開孔によるATP誘導性の内向き電流を,mock,UCH L1あるいはmutant UCH L1のcDNAをトランスフェクションしたPC12 Tet-Off細胞を用い,ホールセル・パッチクランプ法で測定したところ,UCH L1はATP誘導性の内向き電流を有意に増強することを見いだした。このUCH L1による増強効果はPKA,CaMKIIに依存していたが,その他のプロテインキナーゼには依存しなかった。さらに,PC12 Tet-Off細胞にドーパミンにより制御されるリン酸化蛋白DARPP-32が発現していることを定量的RT-PCRにより確認し,DARPP-32のリン酸化とPKA,CDK5の制御がどのようにP2X受容体反応に影響するかを検討した。今回,我々が得た結果は,UCH L1がATP受容体に対してPKA,CaMKII,DARPP-32を介して調節的な役割を果たしていることを示唆しており,神経伝達におけるUCH L1の機能解明につながるものと期待される。

 

(P2)P2Y受容体を介した内皮細胞層透過性促進作用

 田中直子1,禰占奈美江1,窪田洋子1,籠田智美1,中村一基1
高橋幸一2,橋本道男3,国友 勝1,篠塚和正1 
(武庫川女子大・薬・1薬理,2薬剤,3島根医大・第一生理)

 【目的】我々は,低浸透圧状態下で増大した血管内皮細胞容積の修復機構(調節性体積減少機構:RVD)に対し,内因性のATPが促進的に関与すること,さらに等浸透圧状態下においても,ATPがP2Y受容体を介して細胞面積減少作用を有することを報告してきた1) 。今回は,ATPの生理的役割を更に明らかにするために,細胞面積減少作用と細胞層透過性との関連性について検討した。

 【方法】実験標本にはラット尾動脈初代培養内皮細胞を用い,細胞内カルシウムレベル([Ca2+]I) はCalcium Green-1-AMを指示薬として共焦点レーザー顕微鏡・画像解析装置を用いて測定,細胞容積は顕微鏡画像より得られた細胞面積をNIH Imageで数値化してその指標とした。細胞層の透過性は,内皮細胞層を透過したFITC-labeled dextran (FD-4) 量を指標として検討した。さらに,ラット尾部灌流標本を用いて,尾部表層へ透過したFD-4を共焦点レーザー顕微鏡にて測定した。

 【結果】1) 2meS-ATPとADP,さらにUTPは細胞面積を有意に減少させるとともに,[Ca2+]iを有意に上昇させた。2) 2meS-ATPによる細胞面積の減少および [Ca2+]iの上昇はP2Y受容体拮抗薬であるPPADS,PLC阻害薬のU-73122および細胞内Ca2+ストア枯渇薬のthapsigarginにより抑制された。3) 2meS-ATPは内皮細胞層を透過するFD-4量を有意に増加させるとともに,この増加作用はPPADSによって抑制された。4) ラット尾部灌流標本においても同様に,2meS-ATPは尾部表層に透過するFD-4量を有意に増加させた。またこの増加作用はPPADSによって抑制された。

 【考察】血管内皮細胞において,ATPは生理的条件下においても細胞面積調節作用を示し,その作用にはP2Y受容体を介した[Ca2+]iの上昇が関与していること,さらにこのような細胞面積減少作用は,内皮細胞層における物質透過性に促進的に関与することが示唆された。

 (1) Clin. Exp. Pharmacol. Physiol. 28, 799-803, 2001.

 (2) Life Sci. 72 1445-1453, 2003

 

(P3)PC12 細胞の ATP 産生能に及ぼすアデニル酸シクラーゼのP-サイト阻害剤の影響

 藤森廣幸,芳生秀光(摂南大学 薬学部 衛生分析化学研究室)

 細胞外のadenine化合物の生理的意義解明の一端として,ラット褐色細胞腫由来 PC12 細胞にadenosine (Ado) を加えると,Ado kinaseではなくhypoxanthine-guanine phosphoribosyltransferaseによるAdoのsalvage系を介して細胞内のATPの産生を促進する可能性のあることを報告した。一方,Adoは弱いながらもアデニル酸シクラーゼの細胞質側に存在するP-サイトを介してcAMPの産生を阻害することが知られている。今回は,アデニル酸シクラーゼのP-サイト阻害剤のうち膜透過性の高いと推定される,deoxyAdo, 2',5'-dideoxyAdo (DDA) 等のPC12 細胞のATP産生能に及ぼす影響を検討した。

 Locke's液に溶かしたDDA等の化合物をPC12細胞に加え,一定時間後,細胞内の酸可溶性物質を抽出した。酸可溶性画分中のadenin類は標識試薬chloroacetaldehyde で蛍光化した後,陰イオン交換樹脂を用いるHPLC法により測定した。

 PC12細胞にdeoxyAdoあるいはDDAを加えると,細胞内のATP含量は有意に増加した。次に,deoxyAdoあるいはDDAとAdo同時に加えると,細胞内のATP含量は各々単独の場合より増加した。P-サイト阻害剤ではないMethylAdoを細胞に加えても,この様な影響は認められなかった。以上の結果より,deoxyAdoとDDAはAdoのsalvage系以外のpathwayを介してPC12細胞の細胞内ATP含量に影響を及ぼすことが示唆された。

 

(P4)P2Y12受容体を介するミクログリアの
ケモタキシスとインテグリンβ1集積

 多田薫1,小泉修一1,井上和秀2, 3(国立衛研・1薬理,2代謝生化学,3九大・院・分子制御)

【目的】ミクログリアは中枢神経系に特化した免疫担当細胞として知られ,その神経保護作用と過剰な活性化による神経ダメージの二面性が注目を浴びている。近年,ATPとADPがGi/o-coupled P2Y受容体を介し,ミクログリアの遊走誘導分子(chemoattractant) として機能していることが判明した(Honda et.al. 2001)。細胞は移動する際に,インテグリンなど接着分子を制御する。インテグリンはα鎖とβ鎖から成る接着分子ファミリーの一つで,細胞接着のみならずシグナル伝達分子としても機能している。ミクログリアは数種類のインテグリンを発現し,その発現の増減はミクログリアの活性化状態と関わっている。今回我々は,ADPにより誘導されるケモタキシスを解析し,インテグリンβ1の関与及びその調節機序を調べた。

【方法】ミクログリア細胞は生後1-2日の新生仔ラット大脳から調整し,DMEM 10% FCS mediumで1週間培養したものを使った。ケモタキシス実験にはファイブロネクチン・コーティングを施したカバーガラスの上にミクログリアを接着させ,Dunn chemotaxis chamberを用いて測定した。インテグリンの分布変化やメンブレン・ラッフリング形成は免疫染色法を用いた。

【結果と考察】ADPにより誘導されるケモタキシスは,P2Y12特異的阻害剤ARC-69931で消失したことから,責任受容体がP2Y12受容体であることを確認した。ファイブロネクチン上にミクログリアを播種したとき,このケモタキシス発現はインテグリンβ1に依存的であった。さらに,ADP刺激によりミクログリア上のインテグリンβ1が集積すること,またそれがメンブレン・ラッフリングとcolocalizeする事を見出した。ADP刺激によるインテグリンの集積及びケモタキシスはミクログリアをforskolinやdibutyryl cyclic AMP処置することによって消失した。このインテグリン集積抑制は,PKA阻害剤であるKT-5720により回復したことから,PKAはADPにより誘導されるインテグリンβ1集積のnegative regulatorであることが予想される。以上,ADPによるケモタキシス発現には,ラッフリングとcolocalizeするインテグリンβ1の集積が必要であり,これはcAMP/PKA依存的な抑制性制御を受けていることが明らかとなった。

 

(P5)ミクログリアにおけるα7ニコチン性アセチルコリン受容体発現とTLR4およびP2X7受容体機能調節

 鈴木智久1,松原明代1,松林弘明2,酒井規雄2,秀 和泉1,仲田義啓1
(広大・医歯薬総合 1薬効解析,2神経・精神薬理)

 私達はこれまで本研究会において,ミクログリアのP2X7受容体を介したTNF放出の細胞内シグナルとその神経保護作用について報告してきた。一方,ニコチン性アセチルコリン受容体の一つであるα7受容体は,神経伝達物質放出制御や神経保護など,さまざまな神経機能に関与することが知られている。最近,マクロファージやケラチノサイトなどの非神経細胞においてもα7受容体の発現が報告されつつあるが,その機能は十分知られていない。また,ミクログリアにおける発現も不明である。本研究では,ラット脳ミクログリア初代培養細胞におけるα7受容体の発現を検討し,P2X7受容体およびTLR4を介したTNF放出におけるα7受容体の役割を検討した。まず,ウェスタンブロッティングおよび免疫染色によりミクログリア細胞膜へのα7受容体発現が確認された。α7受容体はCa2+透過性の高いイオンチャネルであることが知られているが,ミクログリアにおいてニコチン(1 mM)は一過性の細胞内Ca2+上昇を引き起こし,その作用はα7受容体阻害薬methyllycaconitine (MLA,10 nM) により強く抑制された。また,リポポリサッカライド(LPS) によるTLR4受容体を介した大量のTNF放出は低濃度のニコチン(1-100μM) により有意に抑制された。一方,ニコチンはATPおよびP2X7受容体アゴニストBzATPによるTNF放出に対して有意な増強効果を示した。しかしながら,ニコチンはATPおよびBzATPによるTNF mRNA発現には影響を及ぼさなかった。従って,α7受容体刺激はP2X7受容体を介するTNFの産生・放出を遺伝子転写後レベルで増強する可能性が示唆された。

 以上の結果より,α7ニコチン性アセチルコリン受容体はシナプスにおける神経伝達において機能するのみならず,ミクログリアにも発現し,P2X7受容体およびTLR4を介したシグナルをそれぞれ正および負に修飾することにより,脳内免疫を制御する可能性が明らかとなった。

 

(P6)P2X7受容体活性化による細胞死誘導機構の解析

 月本光俊,原田均,五十里彰,高木邦明(静岡県立大・薬)

【目的】P2X7受容体の活性化は細胞死を誘導することが知られているが,その機構の詳細は未だ明確でない。今回,P2X7 cDNAをニワトリB細胞由来DT40株に導入して得られた変異株(DT40/P2X7細胞)を作成し,細胞死誘導機構について解析した。

【方法】細胞障害性は代謝酵素活性測定により,アポトーシスの誘導はDNA断片化ならびにホスファチジルセリン(PS) の細胞表面への露出をアネキンシンV-FITCを用いて検出することにより調べた。細胞内Ca2+濃度変化は特異的蛍光指示薬fura-2を用いて測定した。小孔の形成はHoechst33258の細胞内への取り込みを測定することにより解析した。カスパーゼの活性は蛍光標識ペプチドを用いて測定した。また,細胞周期の変化はフローサイトメトリーにより各細胞のDNA含量を測定することにより解析した。

【結果および考察】DT40/P2X7細胞においてP2X7受容体アゴニストATPおよび2'&3'-O-benzoyl-benzoyl-ATP (BzATP) 処置により細胞質内へCa2+流入,小孔の形成ならびに細胞死の誘導が観察され,DT40/P2X7細胞が機能的なP2X7受容体安定発現株であることが示された。DT40/P2X7細胞においてBzATP刺激によりDNAの断片化ならびにPSの細胞表面への露出が検出され,カスパーゼ3の活性化も認められた。カスパーゼ阻害薬z-VAD-fmkはBzATPによるDNAの断片化ならびにPSの細胞表面への露出を抑制したが,細胞死の誘導は阻害できなかった。以上より,P2X7受容体活性化による細胞死誘導にはカスパーゼに依存しない経路も関与するものと考えられた。

 さらに,細胞周期の変化について検討した結果,BzATP刺激後3時間でG1/G0期の細胞の減少が認められた。同時にLDHの放出も認められたことから,G1/G0期の細胞の減少は細胞死に由来するものと考えられた。このことから,P2X7受容体活性化後の比較的早い段階でG1/G0期にある細胞には細胞死が誘導されることが明らかになった。

 

(P7)孤束核シナプス前P2X受容体活性化による高振幅EPSCの発生

繁冨英治,加藤総夫
(東京慈恵会医科大学・総合医科学研究センター・神経科学研究部・神経生理学研究室)

 シナプス伝達の基幹過程は,軸索終末の脱分極が細胞内Caシグナルに変換されて生じるシナプス小胞の開口放出である。一般に活動電位→軸索終末Caシグナル変換を担う分子は電位依存性Caチャネル(VDCC) である。P2X受容体はシナプス前にも発現しており,その高いCa2+透過性のため,VDCCの関与なくシナプスでの開口放出を誘発しうる事実が脊髄後角および孤束核のnativeなシナプスにおいて示されており,脳・脊髄におけるP2X受容体の重要な機能の一つは細胞外ATP濃度→軸索終末Caシグナル変換である。

 幼若ラット孤束核スライスにおいて記録される活動電位非依存的自発グルタミン酸放出によって生じる微小興奮性シナプス後電流miniature EPSC (mEPSC) は,〜10 pAの振幅を持ち,毎秒約5-10回発生する(basal mini) 。P2X受容体作動薬が,Cd2+存在下においても細胞外Ca2+依存性にmEPSC頻度を増加する事実をすでに示した。この時,およそ80%のニューロンで,高振幅mEPSC (large-mini) が観察された。高振幅mEPSCは,20->50 pAの振幅を持ち,その分布はbasal miniのそれと有意に異なっていた。P2X受容体作動薬による large-miniの発生中も,AMPA直接投与によるシナプス後AMPA受容体電流の振幅は影響を受けず,膜入力抵抗も変化しなかった。Cyclopiazonic acid, ryanodineあるいは2-aminoethoxydiphenyl borate潅流下にもmEPSCは非潅流時と同様に観察された。高頻度・高振幅mEPSCは高頻度・高振幅微小興奮性シナプス後電位を惹起し,その時間的加重はシナプス後細胞に活動電位を発生させた。孤束核興奮性シナプスにおいて,シナプス前P2X受容体を介した軸索終末Ca2+濃度上昇は,細胞外Ca2+非依存的自発グルタミン酸放出とは異なる機構によってCa2+依存的グルタミン酸放出を高効率で惹起し,VDCCを介さない「シナプス伝達」を起こし,二次ニューロン以下の神経回路の興奮を引き起こすことが示唆された。これは,孤束核における細胞外ATP濃度上昇が,求心性興奮性シナプス入力の増加と等価であるという可能性を示している。

 

(P8)シナプス前アデノシン受容体による
孤束核シナプス伝達短期可塑性の修飾

 津氏典子,繁冨英治,加藤総夫(慈恵医大 神経生理)

 動脈血圧,血液ガス分圧,肺伸張,消化管伸展などの生体内環境に関する内臓感覚情報は,第IX,X脳神経を経て延髄孤束核に投射する。1次求心性線維(孤束)から孤束核ニューロンへの興奮性シナプスにおけるシナプス伝達効率は頻回刺激による短期抑制を示す。一方,このシナプス伝達はATPおよびadenosineによってadenosine A1受容体を介して抑制される(Kato and Shigetomi, 2001) 。

 孤束から孤束核ニューロンへのシナプス伝達の短期可塑性に及ぼすadenosineの影響とその機構の解明を目的として,幼若ラット脳幹冠状断スライスからホールセルパッチクランプ法で興奮性シナプス後電流(eEPSC) を薬理学的に単離記録した。孤束の連続刺激(50 Hz, 2-10回)時に観察される誘発eEPSC振幅におよぼすadenosineの影響を検討した。孤束連続刺激時の1回目と2回目のeEPSC振幅比(paired-pulse ratio, PPR) は,全記録ニューロンにおいて1より低値であり,著明な短期抑制を示した。Adenosine (100 ìM) は,PPRを0.33±0.04から0.48±0.05に有意に増加させた(n=35) 。細胞外Ca2+濃度を2 mMから0.5 mMに低下させると,PPRは有意に増加しむしろ短期増強が見られた。この時,adenosineによるPPR増加作用は観察されなくなった。一方,20ms間隔で与えた連続刺激(5-10回) 中のeEPSC振幅の指数関数的減衰はadenosineによって有意に遅延した(時定数:投与前1.4±0.5回,投与中1.9±0.7回; n=28)。このとき,adenosineは,孤束連続刺激の第一刺激によるeEPSC振幅を72.3±2.7%q (n=46) まで減少させたが,第二刺激によるeEPSC振幅には有意な影響を及ぼさず(113.7±12.4%; n=45) ,第三刺激によるそれを増大させた(175.5±25.9%; n=30) 。これらのadenosineの作用はA1受容体拮抗薬DPCPX (1 ìM) 存在下にほぼ消失した。Adenosineは自発EPSCの振幅および頻度には影響を及ぼさなかった。

 以上から,孤束終末シナプス前adenosine A1受容体の活性化は,おそらくはシナプス前電位依存性カルシウムチャネルからのCa2+流入を抑制し,シナプス伝達効率の急速な減衰を緩和してシナプス後応答を平坦化させることにより,内臓受容器からの持続的なシナプス入力に対する孤束核ネットワークの応答を安定化させる可能性が示された。

 

(P9)ラット冠循環におけるアデニンヌクレオチド代謝と
これにおよぼす虚血の影響

 佐藤薫,松岡功,木村純子(福島医大・医・麻酔科,薬理)

 ATPの急性投与は発作性上室性頻拍を停止させることが知られている。このATPの作用にはecto-nucleotidaseが重要な役割を果たし,体内で速やかにアデノシンに変換され効果を現すと考えられている。一方,心筋の虚血再灌流障害時にはecto-nucleotidase活性の変化が示唆されているが詳細は明らかでない。本研究では冠循環におけるヌクレオチドの代謝におよぼすecto-nucleotidase阻害薬の作用からATP代謝に関わる酵素の性質を調べ,虚血が酵素活性におよぼす影響を検討した。

【方法】実験にはWister rat (150-250g) の摘出心臓標本を用い,混合ガス(95% O2, 5% CO2) で飽和し37℃に加温したKrebs-Ringer液を用いてLangendorff方式で4-5㎖/分の灌流を行った。灌流を開始してから20分間平衡化させた後,5分間隔に,ATP,ADP,AMP,アデノシンおよび各アデニン化合物のエテノ化誘導体を灌流液中に投与した。投与直後に心臓から滴下する灌流液を回収し,灌流液中の代謝物はHPLCで定量した。虚血心におけるATPの代謝活性は,30分灌流液を停止し引き続き30分の再還流後,ヌクレオチドを投与しHPLCにて代謝物を測定をした。また,灌流液中のnucleotidase活性を測定するために,虚血直前,再灌流直後ならびに実験終了時の滴下灌流液を採取し,ATP, AMP, アデノシンを基質として30分間反応させHPLCで代謝物を定量した。

【結果・考察】正常心では,ATP,ADPは速やかに,AMP, アデノシンにまで代謝された。nucleotide pyrophophatase phosphodiesterase (NPP) 1とecto-alkaline phosphatase (ALP) を強く抑制するPPADS (30 mM) 存在下ではATPの分解が若干抑制されたが,AMPからのアデノシンの産生は影響されなかった。これに対し,ecto-5'-nucleotidase (CD73) の特異的な阻害薬a,b-methyleneADP存在下では,ATPの分解は阻害されなかったが,AMPからアデノシンの産生が強く抑制された。以上の結果から,冠血管床のATP分解には主にATP,ADPを分解するecto-apyrase (CD39) が関与し,アデノシン産生はCD73により媒介されると考えられた。また,虚血心では再吸収の低下に起因すると思われるアデノシンの蓄積が認められたが,ATP,AMPの代謝はむしろ低下していた。一方,虚血直後の再灌流液中にはATP, AMP, アデノシンの代謝酵素が存在し,特にATP, アデノシンの分解活性が高かった。以上の結果から,虚血急性期の冠血管床ではCD39とアデノシンデアミナーゼが血液中に遊離-消失し,ATP代謝活性が減少している可能性が示唆された。

 

(P10)アストロサイトからの自発的ATPによる細胞内シグナル調節

 小泉修一1,宮竹真由美2,藤下加代子3,井上和秀3,4
(国立衛研・1薬理,3代謝生化学,2星薬科大学,4九州大・院・分子制御)

 アストロサイトはほとんどすべての神経伝達物質受容体を発現しており,シナプス間隙から漏れた伝達物質に素早く応答する。アストロサイトのGq/11共役型受容体が刺激されると,phospholipase Cβ (PLCβ) /inositol trisphosphate (InsP3) を介し細胞内ストアからCa2+が遊離されることは良く知られているが,Gi共役型受容体が刺激を受けた場合のCa2+応答に関しては報告の一貫性が無く,不明な点が多い。Dopamineで培養ラット海馬アストロサイトを刺激すると,Gi共役型dopamine D2受容体を介して細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i) が上昇した。これは,G蛋白質βγサブユニットがPLCb/InsP3系を活性化する事に起因していた。このCa2+応答は,D2受容を介するcAMP産生抑制作用よりも高用量のdopamineを必要としたが,アストロサイトにGα15を強制発現させ,D2受容体とPLCβを直接リンクさせると,低容量dopamineに応答するようになった。P2受容体拮抗薬suramin,PPADS,P2Y1受容体拮抗薬MRS2179及びATP分解酵素apyraseは,dopamineにより惹起される[Ca2+]i上昇を消失させた。アストロサイトは,自発的にATPを放出しており,これはdopamine刺激により変化しなかった。以上,自発的なATP放出と恒常的なP2Y1受容体活性化が,Gi共役型dopamien D2受容体からPLCβ/InsP3系を介する効率的なCa2+応答に必須であること,またアストロサイトはATP放出を調節することにより,自身のGi共役型受容体を介するCa2+応答を制御している可能性が示唆された。

 


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