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7.生体の恒常性と細胞の生存・増殖・死を制御するイオン機構と細胞機能

2003年8月11日−8月12日
代表・世話人:今泉祐治(名古屋市立大学大学院薬学研究科))
所内対応者:井本敬二(液性情報)

(1)
痛み刺激後長期にわたって持続する痛覚過敏・痛覚鈍磨とN型Caチャネル
田邊 勉(東京医科歯科大学大学院認知行動医学系高次機能薬理学分野)
(2)
Ca2+シグナル・センサーとしてのL型Ca2+チャネルおよび Na+-Ca2+交換体を介したCa2+シグナル時空間制御機構
赤羽 悟美(東京大学大学院薬学系研究科細胞情報学教室))
(3)
電位依存性Ca2+チャネルβ3サブユニット欠損マウス平滑筋におけるCa2+動態
今泉祐治1,森村浩三1,山村寿男1,村上学2,大矢進1,村木克彦1,布木和夫2,柳澤輝行3
1名市大院・薬・細胞分子薬効解析,2秋田大・医・薬理,3東北大院・医・分子薬理))
(4)
Ca2+依存性細胞増殖におけるTRP蛋白質TRPM7の新しい役割について
井上隆司,原雄二*,森恵美子*,森泰生*
(九州大学大学院医学研究院生体情報薬理,*京都大学大学院工学研究科生物化学)
(5)
脳血管及び発現細胞における機械刺激感受性陽イオンチャネルとしてのTRP蛋白質TRPM4
森田 浩光1, 2,本田 啓2,伊東 祐之1,Joseph E. Brayden2,Mark T. Nelson2
1九州大学大学院医学研究院生体情報薬理,
2 The University of Vermont, College of Medicine, Department of Pharmacology, VT, USA)
(6)
メカノバイオロジー:−機械受容チャネルを中心に−
成瀬恵冶1,2,31名大・院・医・細胞生物物理,2細胞力覚プロジェクト・
国際共同研究・科技団,3メカニカルストレスプロジェクト・NEDO)
(7)
ヘテロ二量体型アミノ酸トランスポーターの細胞膜移行を規定する因子
金井好克(杏林大学医学部薬理)
(8)
成熟ニューロンにおけるcdk5の役割:特異的阻害薬roscovitineの作用から考える
佐竹伸一郎1,2,3,井本敬二3,小西史朗1,2
1三菱化学生命科学研究所,2CREST・JST,3生理学研究所)
(9)
神経活動におけるNa,K-ATPaseの新機能
池田啓子,鬼丸洋,川上 潔
(自治医科大学分子病態治療研究センター細胞生物研究部,
昭和大学医学部生理学)
(10)
PLCγ2-TRPC3チャネル連関の生理的意義
西田 基宏,原 雄二2,森 泰生2
1生理研・統合バイオ,京都大院・工学系・合成生物)

【参加者名】
今泉祐治(名市大薬),川上潔(自治医大分子病態治療研究センター),金井好克(杏林大医),赤羽悟美,高松肇,名黒功(東大薬学),田邊勉,水澤英洋(東京医歯大),大矢進,坂本多穂,森村浩三,堀田真吾,森本岳,山崎大樹(名市大薬),成瀬恵治,岸尾正博,杉村岳俊(名大医),井上隆司,森田浩光(九大医),森泰生,西田基宏(統合バイオ),檜山武史(基生研),佐竹伸一郎,宮田麻理子,沼田朋大,井本敬二(生理研)

 

(1)痛み刺激後長期にわたって持続する
痛覚過敏・痛覚鈍磨とN型Caチャネル

田邊 勉(東京医科歯科大学大学院認知行動医学系高次機能薬理学分野)

 侵害受容性疼痛は組織の傷害に伴って発生する痛みで,特に急性の生理的な侵害受容性疼痛は外部からの侵害性刺激や体内の病変に対する生体防御機構として働き,生命維持に重要な警告反応である。一方,慢性の侵害受容性疼痛や神経因性疼痛は病的な慢性疼痛であり,治療を必要とするものである。これらの疼痛は機械的および熱的侵害刺激に対する閾値を下げて痛覚過敏現象を引き起こすばかりでなく,本来痛みを誘発しない触覚刺激が痛みを誘発する異痛現象(アロディニア)をしばしば伴い,疼痛管理に難渋する主要な原因となる。電位依存性Caチャネルは細胞外Caの流入経路を形成する膜蛋白質であり,伝達物質放出や細胞膜興奮性調節,そしてCa依存性の細胞機能調節,遺伝子発現調節など種々の生理機能に必須の働きをしている。従ってその発現変化や機能異常が疼痛感受性に変化を及ぼし,異常痛発現に深く関与する可能性は非常に高いと考えられる。我々は,急性炎症により引き起こされる痛覚過敏とN型Caチャネルの関わりについて検証するために,ラットの足底部に一過性の炎症を引き起こし,炎症および痛みが鎮静化した後,痛覚過敏が起こっているかどうかを炎症性メディエータによって惹起されるアロディニアの程度で評価した。その結果,カラゲニンによる一過性の急性炎症の後,プロスタグランジンE2誘発性アロディニアの長期にわたる遷延が認められた。N型チャネル阻害薬は,この感作に対して抑制作用を示したが,比較的高用量が必要であった。この感作の原因として,後根神経節及び脊髄後角におけるN型チャネルの発現の増加が示唆された。

 生体は生命維持に重要な警告反応である侵害受容の発達に伴い,内因性疼痛抑制機構も発達させたが,この疼痛受容と抑制のバランスの崩れが慢性疼痛発症の一つの重要な原因になると考えられる。従って痛覚情報伝達機構の研究を進めていく上において,痛覚情報伝達機構そのものの研究と同時に,生体の持つ内因性疼痛抑制機構のメカニズムを明らかにし,自然界が発達させたストラテジーをより深く理解することも重要となる。我々は内因性疼痛抑制機構を賦活させるメカニズムの検討を行う過程で,内臓痛条件刺激により三週間以上の長期間にわたって賦活されるオピオイド非依存性の内因性疼痛抑制機構を見出した。疼痛条件刺激によりこのような長期にわたって持続する疼痛抑制系賦活の報告例はなく非常に興味深い。さらにN型Caチャネル欠損マウスにおいてはこの長期疼痛抑制系賦活機構に異常が生じており,おそらく脊髄より上位のレベル(中脳および延髄) において,下行性疼痛抑制系賦活に関与する可塑的メカニズム発現にN型Caチャネルが重要な寄与をしていることが推察された。

 

(2)Ca2+シグナル・センサーとしてのL型Ca2+チャネル
および Na+-Ca2+交換体を介したCa2+シグナル時空間制御機構

 赤羽 悟美(東京大学大学院薬学系研究科細胞情報学教室)

 Ca2+チャネルは,Ca2+シグナルの時間・空間制御の第一ステップである。心筋細胞は,発達に伴い細胞膜のL型Ca2+チャネルからのCa2+流入に加えて筋小胞体のリアノジン受容体(RyR) からのCa2+依存性Ca2+放出(CICR) 機構を介してCa2+シグナルを増幅し,より大きな収縮張力を発生するようになる。このCa2+シグナル増幅系の構築には,接合膜構造におけるCa2+シグナル関連分子の密接した空間配置が重要である。心室筋細胞においてL型Ca2+チャネルは近接したRyRからのCICRを誘発するとともに放出されたCa2+によりCa2+依存性不活性化を引き起こす。我々はL型Ca2+チャネルがCa2+依存性不活性化を介してCICRの増幅率を感知し,活動電位持続時間および活動電位中のCa2+流入量を調節することにより筋小胞体Ca2+貯蔵量を一定に保ち,Ca2+シグナルの増幅効率を安定化するCa2+シグナル・センサーの役割を担うことを明らかにした。

 L型Ca2+チャネルのサブタイプであるCaV1.2 (α1C) とCaV1.3 (α1D) はいずれも心臓や膵臓β細胞に共存するが,サブタイプ特異的な役割を担う。これらの差異は,電気生理学的性質や細胞内局所へのターゲッティングに関わる蛋白間相互作用の差異によると考えられる。そこで我々はCaV1.2とCaV1.3のキメラCa2+チャネルを作製して解析した。その結果,CaV1.3に特有の深い膜電位での活性化にはリピートI-IVいずれも関与するが,一方,CaV1.3に特有の深い膜電位での不活性化にはリピートIIが大きく寄与することを見出した。

 Na+-Ca2+交換体は1分子のCa2+と3分子のNa+を交換する起電性のCa2+ハンドリング蛋白であり,細胞内Ca2+濃度の制御に重要である。しかしながら,虚血中の脱分極と細胞内Na+濃度上昇は再灌流時にNa+-Ca2+交換体を逆モードに駆動しCa2+を細胞内へ取り込み虚血再灌流障害を招く。またNa+-Ca2+交換体の機能亢進は催不整脈性の脱分極を引き起こす。我々は,心筋梗塞モデルラット心室筋細胞におけるNa+-Ca2+交換体の機能亢進を見出した。Na+-Ca2+交換体の制御機構と破綻のメカニズムを明らかにするべく,現在,angiotensin (AT-1) 受容体刺激によるNa+-Ca2+交換体機能亢進のメカニズムを検討中である。

 

(3)電位依存性Ca2+チャネルβ3サブユニット欠損
マウス平滑筋におけるCa2+動態

 今泉祐治1,森村浩三1,山村寿男1,村上学2,大矢進1,村木克彦1,布木和夫2,柳澤輝行3
1名市大院・薬・細胞分子薬効解析,2秋田大・医・薬理,3東北大院・医・分子薬理)

 膀胱や消化管などの興奮性の高い平滑筋において,電位依存性Ca2+チャネル(VDCC) 活性化でトリガーされる興奮収縮連関の際に,Ca誘発性Ca 遊離機構(CICR) が機能しているかについては,未だ議論がある。我々はモルモット膀胱平滑筋細胞において,CICRが局所的に生じる細胞膜と筋小胞の体接合部位が比較的少数(細胞当たり10-20箇所程度)存在し,活動電位発生時にはそれらの部位で緊密なCICRが機能して局所的に急激なCa濃度上昇(Caホットスポット)が生じ,その後に細胞全体のCa濃度上昇が広がるという機構を提唱している(J. Physiol., 1998; 2001) 。

 VDCCのβサブユニットはチャネル機能発現量の調節,活性化・不活性化の調節などに関係しており,4種類のサブタイプが同定されている。平滑筋ではβ2とβ3サブユニットが強く発現しておりVDCC活性に大きく寄与し,細胞内のCa2+動態に影響を与えていると考えられるが,その寄与の程度は明らかではない。村上らとともに我々はVDCCβ3サブユニット欠損マウス(β3-/-) 大動脈平滑筋細胞において,Caチャネル電流の密度が50 %程度減少し,不活性化が遅延していることを見出した(投稿中)。そこでさらに膀胱平滑筋細胞においてVDCCの発現量およびCICRの機能変化について検討した。

 VDCCの発現量は,電流密度でもDHP結合部位でもβ3-/-において約50%減少していた。VDCC電流の定常状態における不活性化の電位依存性は正電位側に約15 mV移動し,不活性化過程は有意に遅くなっていた。Ca2+活性化K+チャネル(BK, IK, SK) は,BK, SKの発現量・電流密度には変化がなく,IKはβ3-/-で減少していた。β3-/-において脱分極刺激直後のCa2+ホットスポットでのCa2+濃度上昇が減少しており,さらにホットスポット発生も減少(あるいは遅延)していた。さらに同様の脱分極で活性化されるCa2+活性化K+チャネル電流もb3-/-細胞で減少していることを見出した。以上の結果はβ3サブユニット欠損により膀胱平滑筋のCICRが減弱した事を示唆しており,おそらくβ3-/-膀胱平滑筋での興奮収縮連関の減弱の主な原因となっていると思われる。β3-/-での結果も膀胱平滑筋細胞においてCICRが緊密に生じる特定の細胞膜―筋小胞体接合部の存在を裏付けると考える。

 

(4)Ca2+依存性細胞増殖における
TRP蛋白質TRPM7の新しい役割について

 井上隆司,原雄二*,森恵美子*,森泰生*
(九州大学大学院医学研究院生体情報薬理,*京都大学大学院工学研究科生物化学)

 最近,transient receptor potential (TRP) 蛋白質スーパーファミリーの中に,細胞の生存や死・異常増殖との関係を示す興味深い遺伝子群(メラスタチンサブファミリー;TRPM1-8)が見出された。その中でTRPM7は,細胞生存に関わるCa2+,Mg2+透過型陽イオンチャネルであることが報告され,ついで細胞内Mg2+ホメオスタシス維持に必須の細胞増殖を制御するMg2+流入チャネルであることが示唆されている。本実験では,ヒト網膜芽細胞腫(human retinoblastoma cell ; RB) 細胞を用い,その増殖能制御における持続的なCa2+流入経路としてのTRPM7の別の側面について検討した。

 RB細胞は,血清や細胞外Ca2+濃度に依存して増殖する性質を有し,培地内の血清やCa2+の除去によってその増殖をほぼ停止した。従って,血清刺激によって発現する何らかの形質膜経路を介して流入したCa2+が密接に関与していることが予想された。実際,Ca2+イメージング法を用いて測定したRB細胞の静止[Ca2+]iレベル,細胞外Ca2+濃度に依存する[Ca2+]i成分(D[Ca2+]I) やCa2+流入速度(d[Ca2+]i/dt) は,培地からの血清除去(24 - 48時間)によって有意に減少した。また,パッチクランプ法(ナイスタチン穿孔法)を用いてRB細胞から電流記録を行うと,Ca2+透過性を示す自発性内向陽イオン電流(Ispont) が記録でき,この電流も血清除去後速やかに消失した。更に,増殖速度,Δ[Ca2+]i,Ispontの3者に対する,種々の構造的に異なる陽イオンチャネル阻害薬(Gd3+,La3+,LOE908,2-APBなど)の阻害効力を比較すると,いずれの場合もほぼ同程度の抑制効果が観察された。以上の結果から,RB細胞の増殖が,Ispontチャネルを介したCa2+流入によって(恐らく一定の[Ca2+]iレベルを維持することによって)効果的に制御されていることが強く示唆された。

 パッチクランプ法で検討したIspontの電気生理学的性質は,TRPM7蛋白質を強制発現させた細胞から記録される陽イオン電流のそれと,多くの点で類似していた(強い外向き整流性を示す電流電圧関係や細胞外二価イオンの除去・細胞内MgATP除去による著明な電流振幅の増大等)。また,RB細胞から抽出したRNAからはTRPM7 mRNAの転写産物が増幅され,更にTRPM7特異的抗体を用いた免疫細胞化学的手法によって,RB細胞膜にTRPM7蛋白質に対する強い免疫蛍光を確認することができた。そこで,TRPM7に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNAを作成し,培地中に添加してRB細胞を24時間培養すると,TRPM7免疫蛍光の低下に伴う,Ispont電流密度,Δ[Ca2+]i,d[Ca2+]i/dtの有意な低下が観察された。また,TRPM7のキナーゼ領域やzinc finger motifを点変異させたloss-of-function mutantを発現しても同様の結果が得られた。これらの結果は,RB細胞におけるIspontチャネルを介した持続的Ca2+流入の発生に,TRPM7蛋白質がそのチャネル経路を構成する必須の分子(あるいは制御因子として)として参与している可能性を強く示唆している。

 RB細胞の増殖速度,Δ[Ca2+]i,Ispontを抑制する阻害薬は,これらを抑制するのとほぼ同等の効力で,RB細胞へのBrdU取り込みを抑制した。一方,FACSを用いた細胞周期解析では,TRPM7アンチセンセオリゴヌクレオチド処理や培地中のCa2+除去によって,G/G期に留まる細胞の割合が増加しS期にある細胞の割合が減少することが明らかになった。これらの結果は,細胞周期のG1後期からS期への進行過程が細胞外Ca2+濃度に最も高い感受性を示すという以前の報告と良く一致している。しかし他方,アンチセンス処理によるTRPM7発現の抑制やTRPM7の過剰発現によって細胞が劣化し死に至るという一見矛盾する実験事実がある。この点に関しては,恐らく,TRPM7の発現レベルとその結果生じる細胞の‘状態’(生存・増殖・死)の間には,それを最終的に規定する何らかの質的・量的関係(例えば細胞内Mg2+ホメオスタシスの維持)が存在していると考えるべきだろう。

 

(5)脳血管及び発現細胞における機械刺激感受性陽イオンチャネルとしてのTRP蛋白質TRPM4

 森田 浩光1, 2,本田 啓2,伊東 祐之1,Joseph E. Brayden2,Mark T. Nelson2
1九州大学大学院医学研究院生体情報薬理,
2 The University of Vermont, College of Medicine, Department of Pharmacology, VT, USA)

 血管や膀胱などの管腔を有する臓器を構成する平滑筋細胞には,その内圧変化を感知する何らかのセンサーがあり,これによって張力がコントロールされていると考えられてきた("myogenic" response) 。実際,最近のパッチクランプ法を用いた研究から,張力の変化によって直接活性化されたり,あるいは活性の修飾を受ける非特異的陽イオンチャネル(NSCC) の存在が明らかになっている。しかしながら,これらのチャネルの分子実体に関する手がかりは全く得られていなかった。一方,近年種々の物理化学刺激で活性化されるNSCCとして注目を集めているTRP蛋白質スーパーファミリーの中には浸透圧刺激や張力変化に応答して活性化される例(TRPV4, NOMPC) が見つかっている。そこで,我々はその実体を解明すべく,TRPチャネルに焦点を絞り,RT-PCR法及びパッチクランプ法を用いてラット脳動脈平滑筋細胞とHEK細胞を比較することにより以下の結果を得た。RT-PCR法によりTRPチャネルの発現を検討した結果,脳血管およびHEK細胞の両者に共通して高頻度に発現しているTRPチャネルはTRPC1, C3, C4, M3, M4, M7, V2, V4であった。また,パッチクランプ法により,ラット脳動脈平滑筋細胞及びHEK細胞の両者に共通して,Cell-attached modeでsuction tubeより20mmHg以上の陰圧を加えると,20〜25pSのコンダクタンスを有し,主にNa+やCs+等の一価陽イオンを透過させる陽イオンチャネルの活性が観察された。この張力感受性チャネルはinside-out modeにすると消失したが,細胞内Ca2+濃度を上昇(>1μM) させることによって再活性化することができた。さらにこのチャネルは,細胞内からのGd3+ (100μM),DIDS (100μM) の投与により完全に抑制されたが,La3+ (100μM),ruthenium red (30μM) またはNPPB (50μM) では抑制されなかった。これらの結果から20〜25pSのコンダクタンスを有するチャネルとしてTRPV4及びTRPM4Bチャネルが考えられたため,両チャネルを過剰発現しその性質を調べるとTRPM4Bを過剰発現させたときのみに上記のチャネルと類似した性質を有するチャネルの活性の増加が観察された。以上のことから,脳動脈平滑筋においてTRPM4が機械刺激感受性非特異的陽イオンチャネルとして血管の筋緊張維持に重要な役割を果たしていることを強く示唆された。

 

(6)メカノバイオロジー:−機械受容チャネルを中心に−

 成瀬恵冶1,2,31名大・院・医・細胞生物物理,2細胞力覚プロジェクト・
国際共同研究・科技団,3メカニカルストレスプロジェクト・NEDO)

 われわれの体は触覚・聴覚・血圧などといった物理的刺激を常に受容し適切に応答しているが,そのメカニズムには不明な点が多い。本講演では心・血管系におけるメカノバイオロジーを機械受容チャネルを中心に展開する。

 1.機械受容の生理学

 心・血管系組織には血流から常にメカニカルストレスが加わっている。短期的には血管作動性物質放出による血管トーヌスの恒常性の維持,中・長期的には細胞増殖などによる組織のリモデリングが起こる。また高血圧症・動脈硬化などの病態との関連が示唆される。独自に開発した定量的・高再現性ストレッチ装置により,ストレッチ刺激に対する細胞応答(細胞内情報伝達(Ca2+),機構の解明,核転写因子活性化機構,増殖反応など)に関する研究を行った。その結果,ストレッチ刺激に対しては,機械受容チャネル→カルシウム流入→チロシンリン酸化→細胞骨格・細胞接着斑の再構成→形態変化というカスケードが存在することが判明した。

 2.機械受容チャネルの分子・細胞生理学

 Touchに代表されるような機械刺激を受容するリセプターの一つとして機械受容チャネルがある。このチャネルの電気生理学的研究は広く行われてきたが,その分子実体は長い間不明であった。幸運にも我々は真核生物から世界ではじめてカルシウム透過性機械受容チャネル(Mid1) の単離・同定に成功した(Science 1999) 。また近年,心筋より新しいタイプの機械受容チャネル(SAKCA) の単離・同定に成功し,更に,機械感受性責任部位の同定およびそのメカニズム解明に一歩近づいた。このチャネルはヒト心筋・血管平滑筋などに分布していることが確認され,血圧調節機構などに関与している可能性がある。

 

(7)ヘテロ二量体型アミノ酸トランスポーターの細胞膜移行を規定する因子

 金井好克(杏林大学医学部薬理)

 ヘテロ二量体型アミノ酸トランスポーターは,12回膜貫通型の活性サブユニット(軽鎖)と,糖タンパク質である1回膜貫通型の補助サブユニット(重鎖)がジスルフィド結合によって連結することにより構成される。活性サブユニットは,トランスポーターの本体でありSLC7 familyに属する9種が知られて,補助サブユニットはSLC3 familyに属する2種(4F2hc及びrBAT)が知られている。ヘテロ二量体型アミノ酸トランスポーターにおいては,活性サブユニットは特定の補助サブユニットと連結する。すなわち,6種が4F2hcと,1種がrBATと連結し,残りの2種は未同定の補助サブユニットと連結することが明らかになっている。

 活性サブユニットはトランスポーターの物質輸送機能を担っているが,補助サブユニットの役割は,特定の活性サブユニットを認識して連結し,細胞膜へ移行させることである。上皮細胞においては,4F2hcは連結した活性サブユニットを側基底膜に移送し,rBATは連結した活性サブユニットを頂上膜に移送するため,補助サブユニットがソーティングシグナルを内在しいていると考えられている。しかし,最近我々は,シスチン尿症の患者解析の過程で,腎尿細管からのシスチン取り込みを担当するヘテロ二量体型トランスポーター(BAT1-rBAT complex) の活性サブユニットBAT1のC-末端のPro 482のLeuへの変異を見い出し,これによりヘテロ二量体複合体の細胞膜移行が障害されることを明らかにした。この変異によりBAT1のC-末端へbulkyな側鎖が導入され,この部位でのタンパク質間相互作用が阻害されることが細胞膜移行障害の原因と考えられ,ヘテロ二量体複合体の細胞膜移行にはさらなる第三の因子の存在が必要であることが示唆された。

 従って,ヘテロ二量体型トランスポーターの細胞膜移行の理解には,(1) 2つのサブユニット間の相互認識の機序,(2) 補助サブユニットの担うソーティングシグナル,(3) ヘテロ二量体複合体の細胞膜移行を推進する活性サブユニットC-末端に連結する第三の因子を,明らかにする必要がある。本演題では,このような観点から開始した我々の研究について紹介したい。

 

(8)成熟ニューロンにおけるcdk5の役割:
特異的阻害薬roscovitineの作用から考える

 佐竹伸一郎1,2,3,井本敬二3,小西史朗1,2
1三菱化学生命科学研究所,2CREST・JST,3生理学研究所)

 cyclin-dependent kinases (cdks) は,細胞の分化・増殖の制御に関わるタンパク質リン酸化酵素である1,2。cdkファミリーの一つcdk5は,成熟ニューロンの軸策に多く発現することから3,細胞分化・増殖の制御とは別の機能も担うと推定されている。しかし,cdk5ノックアウトマウスは脳形成に異常を来たし周産期に死んでしまうため4,成熟ニューロンでのcdk5の役割は現在も明らかでない。そこで,シナプス機構におけるcdk5の機能を検索するため,小脳スライスでパッチクランプ記録を行い,cdk5特異的阻害薬roscovitine5,6がシナプス伝達におよぼす作用を調べた。

 2週齢ラットから作成した小脳スライスにroscovitineを灌流投与すると,籠細胞−プルキンエ細胞間の抑制性シナプス伝達および平行線維−プルキンエ細胞間の興奮性シナプス伝達は顕著に増強された。一方,登上線維-プルキンエ細胞間の興奮性シナプス伝達にroscovitineは無効であった。薬理学実験や量子解析(ペアパルス比・変動係数の比較)から,この阻害薬は,P/Q型カルシウムチャネルの機能を亢進して,神経伝達物質の放出確率を増大させることが示唆された(文献7,8参照)。また,roscovitineは,プルキンエ細胞から記録した抑制性シナプス後電流の減衰時定数(τ)や,tetrodotoxin非依存性の微小抑制性シナプス後電流の振幅を増大させた。

 したがって,cdk5は,抑制性シナプスを後シナプス性に調節する機能も併せ持つと推定される。cdk5は,シナプスの種類特異的かつ複数の機構により,小脳皮質のシナプス伝達制御に関わることが示唆された。

【文献】

  1. Maccioni R. B., Otth C., Concha I. I. & Muñoz J. P. (2001) . Eur. J. Biochem. 268, 1518-1527.
  2. Smith D. S., Greer P. L. & Tsai L.-H. (2001) . Cell Growth Differ. 12, 277-283.
  3. Matsushita M. et al. (1995) . Neruoreport6, 1267-1270.
  4. Ohshima T. et al. (1996) . Proc. Natl. Acad. Sci. USA93, 11173-11178.
  5. De Azevedo W. F. et al. (1997) . Eur. J. Biochem. 243, 518-526.
  6. Bibb J. A. et al. (1999) . Nature402, 669-671.
  7. Tomizawa K. et al. (2002) . J. Neurosci. 22, 2590-2597.
  8. Yan Z., Chi P., Bibb J. A., Ryan T. A. & Greengard P. (2002) . J. Physiol. (Lond.)540, 761-770.

 

(9)神経活動におけるNa,K-ATPaseの新機能

池田啓子,鬼丸洋,川上 潔
(自治医科大学分子病態治療研究センター細胞生物研究部,昭和大学医学部生理学)

 我々はNa,K-ATPaseα2サブユニット遺伝子(Atp1a2) 欠損マウスの作成及び解析を行った。ホモマウス新生仔は,外観上異常を認めず,生直後は心臓も正常に機能しているが,胎生期の胎動・神経反射が全く観察されず,生直後に死亡する。出生直前の脳においては,扁桃体と梨状野で神経細胞のアポトーシスによる縮退が認められた。さらに,脳内神経伝達物質含有量は有意に増加していた。シナプトソーム画分を用いて神経伝達物質取込・放出能を調べた結果,種々の神経伝達物質の取込が障害されていた。さらに野生型で観察される脳における部位特異的c-Fos発現がホモマウスでは著しく増強していることが明らかとなった。こうした観察から,Na,K-ATPaseα2サブユニットは神経伝達物質の輸送体と機能的に共役し,遺伝子欠損の結果,細胞間隙の神経伝達物質のクリアランスが阻害され,神経過興奮につながるものと推測された。

 帝王切開によって出産させたホモマウスでは,運動が見られず呼吸不全で生直後に死亡する。この神経機序を明確にするため,脳幹ブロック標本を用いて,グラミシジンパッチ法にて顔面神経核ニューロンを解析したところ,野生型とホモマウスとの間に静止膜電位の差はみられないが,GABAによる膜抵抗の低下率には有意差が見いだされた。このことはホモマウスでのGABA受容体の減少を示唆する。また,GABA投与によって,野生型では一時的な過分極の後脱分極が見られるのに対し,ホモマウスでは脱分極のみが観察された。このことは,ホモマウスの神経細胞内におけるClイオン濃度の上昇を示唆する。さらに,延髄腹外側部の電気刺激に対する第4頚髄腹側根(C4) の反射応答は,ブロック標本調製直後のホモマウスではきわめて弱く,潅流液処理にともなって徐々に回復することが観察された。また,E18.5のホモマウスでは自発呼吸活動は見られないが,1-5μMアドレナリンを投与すると,遅いリズムながら安定した吸息性活動が誘発された。このときの呼吸神経活動パターンを光学的測定により解析した。アドレナリン誘発吸息性活動は野生型では,延髄腹外側部(most rostral root of XIIth nerve) 付近に発生し,吻側あるいは尾側へと広がる。ホモマウスでも,類似の活動パターンが観察された。ただし,野生型では,吸息開始にやや遅れて,顔面神経核領域に強い抑制が認められたのに対し,ホモではこのような抑制は見られなかった。これらのことから,考えられるNa,K-ATPaseα2サブユニット遺伝子の機能を推論する。

 

(10)PLCγ2−TRPC3チャネル連関の生理的意義

 西田 基宏,原 雄二2,森 泰生2
1生理研・統合バイオ,京都大院・工学系・合成生物)

 非興奮性免疫B細胞において,受容体刺激によって惹起される持続的なCa2+振動(オシレーション)は,c-Jun, NF-ATなどの特定の転写因子を活性化し,遺伝子発現や細胞増殖を引き起こす。受容体刺激による細胞内Ca2+濃度上昇は,細胞内Ca2+ストアーからのCa2+放出と形質膜越えのCa2+流入の両経路を介して引き起こされる。しかし,Ca2+オシレーションの発生メカニズムについては未だ明らかではない。

 新たに開発したイノシトール1,4,5-三リン酸(IP3) 検出蛍光プローブを用いて,受容体刺激による細胞内Ca2+動態と細胞内IP3動態を経時的に解析した。その結果,受容体刺激やストアー枯渇によって惹起されるCa2+流入に依存した持続的なIP3産生が起こることがわかった。また,受容体刺激やストアー枯渇刺激による形質膜越えのCa2+流入が,ホスホリパーゼCg2 (PLCg2) の膜集積を引き起こすことがわかった。この膜集積は,PLCg2のC2ドメインによって制御されると考えられる。さらに,Ca2+流入を担う受容体活性化チャネルの分子実体であるTRPCチャネル群のうち,TRPC3が,恒常的にPLCg2と結合することを示した。以上の結果から,TRPC3-PLCg2の機能的結合が,受容体刺激によるCa2+oscillation patternを制御することが明らかとなった。

 これまで,受容体刺激で引き起こされるCa2+流入そのものが,持続的なCa2+オシレーションを発生させると考えられてきた。しかし,本研究結果により,TRPC3を介したCa2+流入に依存したIP3産生が,細胞内Ca2+ストアーからのCa2+放出を引き起こすことで,Ca2+ oscillationを形成する可能性が示された。

 


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