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8.「視知覚のメカニズム
 - 生理,心理物理,計算論的アプローチ」-3

2002年6月19日−6月20日
代表・世話人:内川惠二 (東京工業大学総合理工学研究科)
所内対応者:小松英彦 (生理学研究所感覚認知情報部門)

(1)
人間の奥行き知覚における異方性と個人差
佐藤雅之(北九州市立大学))
(2)
輪郭線表現の構築−V2 野における折れ曲がりの表現
伊藤 南(生理学研究所)
(3)
加齢による色覚の変化 〜解剖学的・生理学的変化が色覚特性にあたえる影響〜
篠森敬三(高知工科大学 情報システム工学科))
(4)
視覚運動情報からの自己運動知覚とそのモデリング
花田光彦(千葉大学文学部)
(5)
弁別難易度の違いがサル下側頭葉皮質細胞反応の刺激選択性に及ぼす長期的影響
鈴木航,田中啓治(理化学研究所脳科学総合研究センター)
(6)
Adaptive Opticsシステムを用いたL/M錐体比の同定と色知覚
山内泰樹(富士ゼロックス)
(7)
ヒト視覚野における空間相互作用とその文脈効果
郷田直一(ATR 人間情報科学研究所))
(8)
運動視における色メカニズムの役割-心理物理学的観察と生理学的機序の考察
吉澤達也(金沢工業大学人間情報システム研究所)
(9)
腹側視覚経路の両眼視差感受性細胞の機能的役割
田辺誠司,藤田一郎(大阪大学大学院生命機能研究科)
(10)
視環境の統計的性質を手がかりとした色彩恒常性
中内 茂樹(豊橋技術科学大学 情報工学系)
(11)
手の到達運動制御における視覚運動情報の影響
芦田宏(京都大学文学研究科)
(12)
一次視覚野における広視野情報の統合処理
佐藤宏道(大阪大学健康体育部・大学院生命機能研究科)
(13)
時間的視差による奥行きと運動方向の知覚
酒井 宏(筑波大学 電子・情報工学系))
(14)
サル前部側頭皮質における「顔」に基づくアイデンティティ認知のニューロン機構
永福智志(富山医科薬科大学 医学部第二生理)

【参加者名】
佐藤雅之(北九州市立大学),篠森敬三(高知工科大学),花田光彦(千葉大学),鈴木航(理化学研究所脳科学総合研究センター),山内泰樹(富士ゼロックス),郷田直一(ATR人間情報科学研究所),吉澤達也(金沢工業大学),中内茂樹(豊橋技術科学大学),芦田宏(京都大学文学研究科),佐藤宏道(大阪大学),酒井 宏(筑波大学),永福智志(富山医科薬科大学),三上章允(京大霊長研),田辺誠司,舘俊太,村上浩文,池添貢司,稲垣未来男,定金理 ,石川理子,木田裕之,内藤智之,赤崎孝文(大阪大学),金子寛彦,打田武俊,増田修,永井岳大,寺田昌弘,党兵,石田勳,小林大輔,杉江和彦,河原勇美,椎橋哲夫,Sherry Sung,漆畑健司,加藤憲史郎,山口大志,鶴原亜紀,福田一帆,澤田忠正,坂野雄一,横井健二,松宮一道(東京工業大学),丸谷和史(東京大学),久保田正善,後藤充慶,吉野知也(豊橋技科大),岡嶋克典(防衛大・東工大),山根ゆか子(理研),本間良太(理研 BSI),欄 悠久(九州大学),村上郁也(NTT CS研),小濱剛(愛知県立大学),内田淳(慶應義塾大学),橋本章子,渡辺昌子,吉田正俊,三木研作,柴田愁子,足澤悦子,森近洋輔,小松英彦,伊藤南,小川正,鯉田孝和,松本正幸,田辺裕梨,横井功,安田正治(生理学研究所)

【概要】
 本研究会では視覚生理学,心理物理学,計算論の研究者が一堂に集まり,最新の情報交換と討論を行った。それぞれ方法は異なってもその目的は同一である。各分野は現在ではそれぞれ高度に発達したが,分野間の情報交換はまだ十分とは言えない。これは研究者が望んでいてもそのような機会が少ないためであり,そこに本研究会の開催意義がある。本研究会では,生理学からは5名,心理物理学からは7名,計算論からは2名の計14名の第一線の研究者が研究成果を発表した。心理物理学からは奥行き知覚の対比効果,加齢による色覚の変化,自己運動知覚,網膜上のL/M錐体比の同定,fMRIを用いた空間相互作用の文脈効果の解明,運動視と色メカニズム,手の到達運動への視覚情報の影響についての講演があった。生理学からはサルのV2野での折れ曲がり線分刺激に対する応答,サルの下側頭葉皮質細胞応答の刺激選択性の学習効果,腹側視覚経路の両眼視差細胞の役割,一次視覚野での文脈効果,サル前部側頭皮質での顔認知機構に関する生理実験結果が報告された。計算論からは色彩恒常性のアルゴリズムは自然画像中の色分布の統計的性質を用いて説明できること,および時間視差による知覚がV1受容野の時空間的構造に起源しているという興味深い報告があった。いずれも最新の研究結果の報告であり,心理物理の分野からの報告は心理物理特性を視覚のメカニズムから説明するという立場が明確であったため,生理学の分野の研究者にとっても大変興味ある内容であった。生理学研究のスピードは速く他分野からでは研究の追従が難しいが,このような講演で生理学研究の最新のテクニックやホットな領域が示され,心理物理研究者も多いに刺激を受けた。さらに計算論では会場での討論は極めて活発に行われた。参加者には大学院生も多く見られ,このような研究会を通して幅広い分野に通じた若い研究者が育っていくことが期待できる。

 

(1)「人間の奥行き知覚における異方性と個人差」

佐藤雅之(北九州市立大学)

 両眼視差による奥行き知覚には異方性があるといわれている。水平方向の視差勾配(すなわち右に行くほど遠い,あるいは近い)は,垂直方向のそれ(上に行くほど遠い,あるいは近い)に比べて知覚が困難であるとされている。しかし,両眼視差による奥行き知覚には大きな個人差が存在すると考えられ,異方性に関しても,その程度や原因についての詳細は明らかではない。ここでは,奥行き知覚の異方性の程度や個人差の分布を明らかにするために,約30名の被験者に対して,奥行きのコーンスウィート錯視と対比効果の大きさを測定した。興味深いことに,ランダムドットパターンを刺激として用いた条件よりも,格子状のパターンを用いたときに効果の大きさと異方性がより顕著になった。これは,これらの錯視現象および効果の異方性において,遠近法による奥行き手がかりが重要な役割を果たしていることを示唆している。

 

(2)輪郭線表現の構築−V2野における折れ曲がりの表現

 伊藤 南(岡崎国立共同研究機構 感覚認知情報研究部門)

 第一次視覚野のニューロンがある特定の傾きを持つ直線成分に選択的に反応することはよく知られている。ではこうした一次情報からどのような過程を経て物体の形状が認識されるのであろうか?我々は注視課題遂行中のサルの第二次視覚野のII/III層より細胞外記録を行い,2直線の組み合わせにより作成した受容野を横断しかつその中心で折れ曲がる輪郭線刺激に対する反応を調べた。刺激セット中のいずれかの刺激に反応する145細胞のうち126細胞は折れ曲がりに対する反応選択性を示し,なかには特定の折れ曲がりに選択的に反応する細胞も存在した。94細胞では反応選択性が刺激中の直線成分の方位に依存しており,多くの場合で1〜2方向への興奮性反応と特定方向への抑制性反応との組み合わせにより説明することができた。従って第二次視覚野は方位選択的な線情報の組み合わせにより輪郭線の折れ曲がりや分岐を検出する最初のステップであると考えられる。

 

(3)「加齢による色覚の変化 〜解剖学的・生理学的変化が色覚特性にあたえる影響〜」

 篠森敬三(高知工科大学 情報システム工学教室)

 加齢による水晶体濃度の増加や老人性縮瞳は,単に網膜照度を減少させるだけではなく,刺激光の分光分布をも変化させる。また生理学的変化によって錐体の形状が変化し,光受容の感度が低下するとともに,神経細胞の減少も生じる。しかし,一般的な視環境のもとでは,人間の視覚系は,生涯を通じて相当程度まで色の恒常性を維持する。この事実は,網膜上での錐体感度の低下を,視細胞以降の神経経路において補償していることを示唆している。その補償量は,刺激条件や強度に依存し,異なる種類の錐体間での感度のバランスを保つ働きがある。一方,波長弁別実験や色弁別実験の結果は,弁別感度低下が生じていることを示した。錐体信号増幅の効果がある一方で,一部の色では神経回路網でのS/N比減少により弁別が悪化したと考えられる。このように加齢に対する神経回路網の色覚補償作用は完全ではないことが明らかとなった。

 

(4)視覚運動情報からの自己運動知覚とそのモデリング

 花田光彦 (千葉大学文学部)

 回転運動がないときには,網膜上のフローの中心が自己進行方向と一致する。しかし,首や体,眼球などの自己回転があるときには,網膜上のフローの中心と自己進行方向は一致しない。自己回転運動がある場合,視覚運動情報だけから正確に自己運動方向を知覚することができる場合もあるが,通常はフローの中心の方向へバイアスが生じる。自己進行方向知覚の心理物理実験の結果を概観し,自己進行運動の知覚処理モデルを提案する。モデルでは,まずフローの中心を求め,次にサンプリング点が視野に一様に分布していることを仮定し,自己回転運動の成分と一致する期待値により自己回転運動を推定する。最後にフローの中心と推定した自己回転運動から自己進行方向を求める。心理物理実験を行ったところ,提案した自己回転運動の推定方法により視覚システムが自己回転を推定し,自己進行方向を計算していることが示唆された。

 

(5)弁別難易度の違いがサル下側頭葉皮質細胞反応の
刺激選択性に及ぼす長期的影響

 鈴木航(理化学研究所脳科学総合研究センター認知機能表現研究チーム)

 下側頭葉皮質細胞の刺激選択性は学習に依存して変化することが示されている。本研究では弁別難易度の異なる条件下での弁別学習が刺激選択性に及ぼす影響を調べた。それぞれ3つの刺激からなる3グループの動物を模した刺激を用いた。最初の数カ月はグループ内の刺激を弁別する高難易度条件下で課題を行わせて細胞活動を記録し,次の数カ月は異なるグループ間の弁別のみを行う低難易度条件下で課題を行わせて記録した。高難易度課題期間中に記録した細胞の刺激選択性は,低難易度課題期間中に記録した細胞の刺激選択性より有意に鋭かった。しかし高難易度課題期間中に二つの難易度の弁別ブロックを交互に行わせて同じ細胞の反応を記録したところ,刺激選択性は二つのブロックの間で変化しなかった。この結果は下側頭葉皮質細胞の刺激選択性が,その瞬間に行っている弁別難易度に従って変化することはないが,長期的には課題の難易度依存的に変化することを示す。

 

(6)Adaptive Opticsシステムを用いたL/M錐体比の同定と色知覚

 山内 泰樹(富士ゼロックス(株))

 人間の色覚メカニズムのフロントエンドは3種類の錐体であるが,生体における錐体の網膜上での分布や各錐体の比率等を計測することは,Adaptive Opticsと呼ばれる補償光学技術を視覚系に応用して網膜像を撮影することにより初めて可能になった。その結果,これまで2:1といわれてきたL/M錐体の比率は,色覚正常であっても大きく個人差が存在することがわかった。また,同一被験者に対する心理物理実験を行うことにより,色知覚と錐体構造との相関を求めることが可能になった。赤−緑反対色の拮抗点であるUnique YellowはL,M錐体からの出力が拮抗したときに生じると考えられるが,Unique Yellowと知覚される単色光は,全ての被験者でほぼ同一の値となり,L/M錐体比との相関は見られなかった。このことは,網膜上の錐体比率が色覚を決定する要因ではないことを示している。

 

(7)ヒト視覚野における空間相互作用とその文脈効果

 郷田直一(ATR脳情報研究所)

 ヒト視覚野 V1,V2,V3/VPにおける神経機構間の空間相互作用を明らかにすることを目的として,ある局所刺激(テスト刺激)に対するfMRI応答にその周囲が及ぼす効果(周囲刺激のオン/オフや特徴変化時の影響)を検討した。fMRI応答を各視覚野・視野偏心度領域毎にサンプリング・加算平均する新しい手法を用い,fMRI応答変調の視野位置依存性を詳細に解析した結果,各視覚野内において,刺激提示部¯非提示部間の拮抗的な相互作用,刺激提示部内の抑制相互作用,及びテスト・周辺間の文脈依存的な抑制相互作用が生じることが示された。テスト刺激領域の応答変調はテスト刺激の見かけのコントラスト変化とも対応することから,コントラスト知覚がこれら空間相互作用の影響を受けていると考えられる。また,相互作用の大きさはテスト刺激の提示位置に依存することから,空間相互作用は全視野領域にわたって等質ではないことが示唆される。

 

(8)運動視における色メカニズムの役割
-心理物理学的観察と生理学的機序の考察

 吉澤達也(金沢工業大学人間情報システム研究所)

 近年,運動視に輝度チャンネルだけでなく,色メカニズムも寄与していることが報告されている。ここでは,色メカニズムが運動視にどのように寄与しているのかを我々の最近の知見をもとに先行知見と比較して議論する。

 一般に,最近の色運動知覚に関する実験では色チャンネルを選択的に刺激するための等輝度刺激の輝度アーティファクトが注意深く排除されている。しかし,我々の実験結果は,色度変調で定義される等輝度刺激は,心理物理学的に等輝度でも視覚系内で生成される動的な輝度アーティファクトを誘発するため,その運動知覚の情報は主に輝度チャンネルにより処理されることを示唆している。一方,刺激が色度のコントラスト変調により定義される場合は,純粋に色チャンネルにより運動知覚が生起されることが明らかとなった。これらは,色運動知覚に2つ以上のメカニズムが寄与していることを示唆しており,先行知見間における矛盾点を説明する手がかりとなる。

 

(9)腹側視覚経路の両眼視差感受性細胞の機能的役割

 田辺誠司 藤田一郎 (大阪大学大学院生命機能研究科)

 形・色・模様などの2次元図形特徴を処理すると考えられてきた霊長類腹側視覚経路においても,視覚対象の奥行きの手がかりである両眼視差に感受性を持つ細胞が多く存在する。奥行きや形に関する単眼性手がかりを完全に排除したダイナミックランダムドットステレオグラム(RDS) に含まれる両眼視差に対して,V4野やIT野の細胞は反応するが,両眼視差を含みながら知覚的には奥行きを感じない輝度反転RDSに対しては,V4細胞の多くは両眼視差感受性を失い,知覚と類似したふるまいを示す。サルが心理学的閾値周辺の細かい奥行きを弁別する課題を遂行中に,ITニューロンの活動を記録し,同一の刺激に対して単一ニューロンの活動が示す反応の変動と動物が示す奥行き判断の正誤の間の関係をROC解析により調べたところ,両者には相関があった。以上の結果は,腹側視覚経路が,両眼視差に基づいた奥行き知覚の形成に関わることを示唆している。

 

(10)視環境の統計的性質を手がかりとした色彩恒常性

 中内 茂樹 (豊橋技術科学大学 情報工学系)

 視覚系が色彩恒常性を実現するため手がかりとして,灰色世界仮説が知られているが,こうした1次統計量だけでは実際の現象を説明することは難しい。本研究では,2次統計量(輝度と色の相関値) が色恒常性の手がかりとなるか否かについて,数値実験により検証した。分光反射率が既知であるマンセル色票から構成されたシーンに対し,様々な分光分布の照明を照射した状況をシミュレートし,シーンに対する錐体信号の1次,2次統計量を説明変数とする重回帰モデルによって,同シーンに置いた白色面に対する錐体信号の予測を行った。その結果,こうした統計量を手がかりにすればほぼ良好に照明色を推定できることが確認された。また,推定された重回帰モデルは,Golz & MacLeod (2002) らの実験結果を再現できた。このことは,照明光に関する情報が多数の色から構成されるシーン中に内在していることを意味しており,2次統計量に対する適応が視覚系に存在する可能性を示唆している。また,色彩透明視現象についても同様の説明が可能であるか検討する。

 

(11)手の到達運動制御における視覚運動情報の影響

 蘆田宏(京都大学文学研究科)

 視覚情報処理は神経伝達などの遅れを伴うので,私たちは常に少し過去の世界を見ていることになる。そのため,実際に動く物体をつかんだり避けたりするためには予測的プラニングが必要であり,視覚系そのものが予測の一端を担っている可能性が高い。我々は,ガボールパッチの位置が搬送波の運動方向にずれて知覚される錯覚が,即時の開ループ到達運動において顕著であるという実験結果から,視覚系が運動制御に特異的な予測的符号化を行なっている可能性を示唆した(Yamagishi, Anderson & Ashida, 2001, Proc. R. Soc.Lond., B) 。また,その後の実験から,そのような行動特異的な反応は等輝度変調刺激においては見られないことが示された。これらの結果は,到達運動における位置錯誤が大細胞系−背側経路における輝度運動信号によって生起することを示し,MilnerとGoodaleによる,背側経路が無意識的な視覚運動協応に用いられるという説を支持する。

 

(12)一次視覚野における広視野情報の統合処理

 佐藤宏道(大阪大学健康体育部・大学院生命機能研究科)

 視覚野ニューロンの受容野を最適パラメータのグレーティングパッチで刺激しているときに,受容野周囲に呈示したグレーティングは,そのパラメータに依存して主に抑制性の修飾効果を及ぼす。この現象は刺激文脈依存的修飾と呼ばれ,知覚的図地分離の神経機序と考えられている。この現象の入力メカニズムを検討するため,ネコの視覚野でビククリンの局所投与により皮質内GABA抑制を遮断しながら刺激パッチのサイズに対する反応のチューニングを観察した。この実験は受容野周囲まで刺激が拡大したときに抑制が興奮を上回るために反応抑制が生じるという仮説を検討するものである。その結果,皮質内抑制がこの修飾の主たる原因ではなく,刺激サイズに対するチューニングは興奮性応答も抑制性応答も同様のプロフィールを示すことが推定された。この結果は,皮質の神経回路に与えられる視床からの入力が刺激特徴選択的な反応修飾特性を有していることを示唆する。

 

(13)時間的視差による奥行きと運動方向の知覚

 酒井 宏(筑波大学 電子・情報工学系)

 遮蔽物の背後から物体が現れてくる場合には,その像が投影される時刻に両眼間で差が生じる。この時間視差は奥行きと運動方向の知覚を与える。従来この現象は,遮蔽と密接な関係があるものと考えられてきた。しかし,V1細胞受容野の両眼2次構造が時空間的に分離できないことは(Anzai et al, 2001),時間的視差が空間的視差と同様の細胞反応を生起することを示唆する。本研究では,時間的視差が与える奥行き・運動方向と遮蔽の関係について,心理物理学的に検討した。実験では,運動するランダムドットをスリットをとおして両眼観察した場合と等価の刺激を利用した。スリット幅を1pixelとし,静止したドットが時間的視差をもって呈示されるものとした。遮蔽方向はスリット方向により独立に与えた。実験の結果,時間的視差が与える知覚が遮蔽方向に対して支配的になり,それは空間視差が与えるものとほぼ一致することが判った。これは,時間視差による知覚が,V1受容野の時空間構造に起源していることを示唆する。

 

(14)サル前部側頭皮質における「顔」に基づく
アイデンティティ認知のニューロン機構

 永福智志,Wania C. De Souza,田村了以,小野武年
(富山医科薬科大学 医学部 第二生理)

 「顔」に基づくアイデンティティ認知課題遂行中のサル上側頭溝前部領域(吻側部・尾側部)と下側頭回前部領域から「顔」ニューロン応答を記録した。「顔」ニューロン全体の応答パターンに対する多次元尺度分析を行い,「顔」空間を構成したところ,上側頭溝前部領域では「顔」の向きが, 下側頭回前部領域ではアイデンティティが,「顔」空間に表現されていることが示された。また,下側頭回前部領域の一部の「顔」ニューロンでは応答潜時と行動反応時間に有意な正の相関を認めたが,上側頭溝前部領域の「顔」ニューロンでは有意な相関を認めなかった。さらに,上側頭溝前部領域の吻側部と尾側部の「顔」ニューロンでは,(1)「顔」の方向に対する選択性,(2)鏡像的ニューロン応答の頻度,(3)視線方向による応答の修飾の程度が異なることが示された。以上の知見から,「顔」に基づくアイデンティティ認知に関わるサル前部側頭皮質の機能的分化について考察する。

 


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