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9.大脳皮質・視床・基底核の神経回路

2003年10月9日−10月10日
代表・世話人:金子 武嗣(京都大学大学院・医学研究科)
所内対応者:川口 泰雄(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所)

(1)
大脳皮質視覚野5層錐体細胞の高頻度発火により誘発される抑制性伝達の可塑的変化
黒谷 亨(名古屋大学・環境医学研究所・視覚神経科学)
(2)
新規に発見された皮質−基底核回路における調節機構
古田 貴寛(京都大学大学院・医学研究科・高次脳形態学)
(3)
線条体投射細胞の閾値下二状態遷移の検証
北野 勝則(立命館大学・理工学部・情報学科)
(4)
大脳皮質ダブルブーケ細胞の形態的解析
窪田 芳之(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所・大脳神経回路論研究部門)
(5)
大脳皮質錐体細胞のsubsystem: zinc-enriched neural system
一戸 紀孝(理化学研究所・脳科学総合研究センター・脳皮質機能構造研究チーム)

【参加者名】
福田孝一(九州大学・医),姜英男(大阪大学・歯),宋文杰(大阪大学・工),木村文隆(大阪大学・医),金子武嗣(京都大学・医),古田貴寛(京都大学・医),藤山文乃(京都大学・医),古谷野好(京都大学・医),青柳富誌生(京都大学・情報),野村真樹(京都大学・情報),古屋敷智之(京都大学・医),黒谷亨(名古屋大学・環境医学研究所),北野勝則(立命館大学・理工),福田敦夫(浜松医科大学・医),山下晶子(日本大学・医),深井朋樹(玉川大学・工),端川勉(理化学研究所),谷藤学(理化学研究所),小島久幸(理化学研究所),一戸紀孝(理化学研究所),伊藤哲史(福井医科大学・医),竹川高志(京都大学・情報),森琢磨(京都大学・理),坪泰宏(京都大学・理),中村公一(京都大学・医),日置寛之(京都大学・医),松田和郎(京都大学・医),倉本恵梨子(京都大学・医),趙龍昊(京都大学・医),周里鋼(京都大学・医),水野昇(生理研),川口泰雄(生理研),窪田芳之(生理研),根東覚(生理研),苅部冬紀(生理研),金桶吉起(生理研),柳川右千夫(生理研),橋本章子(生理研),山口幸子(生理研),森大志(生理研),橘吉寿(生理研),海老原利枝(生理研),小松勇介(基生研),渡我部昭哉(基生研)

【概要】
 平成15年10月9〜10日には以下の5人の講演者の方々にお願いして,講演による話題提供と議論を行いました。生理研以外から約30人,生理研内から10数人といった参加者でした。「大脳皮質視覚野5層錐体細胞の高頻度発火により誘発される抑制性伝達の可塑的変化」黒谷 亨氏はスライス標本を用いた抑制性シナプスの可塑性の講演で昨年の吉村先生の講演に連続的な話題が提供されました。「新規に発見された皮質−基底核回路における調節機構」古田貴寛氏は,Neurokinin Bを利用する線条体から無名質への投射とNeurokinin B受容体を発現する無名質ニューロンから大脳皮質への投射の話しを,「線条体投射細胞の閾値下二状態遷移の検証」北野勝則氏には皮質線条体入力と線条体ニューロンの Up/Down states のホットな議論を提供していただきました。「大脳皮質ダブルブーケ細胞の形態的解析」窪田芳之氏あるいは「大脳皮質錐体細胞のsubsystem: zinc-enriched neural system」一戸紀孝氏の講演は大脳皮質の抑制性あるいは興奮性ニューロンの作る神経回路について主に形態学的な観点からの研究を述べていただきました。

 昨年と同じく主に30代から40代前半の講演者に現在進行形の話題を提供していただいて,参加者の多くが大脳皮質・線条体の神経回路について様々な議論を交わすことが出来ました。昨年より講演者を一人減らしてことによって予定時間をオーバーすることはありませんでしたが,議論は白熱して1時間の持ち時間のところを実質1時間半ずつ議論すると云った学会などでは出来ないレベルの密度の高い討議が出来たものと感じています。また,システム的神経科学をボトムアップの方向で研究するという意味で志を同じくする研究者が集まって議論を交わすことにより,新たな着想を得る,客観的な批判にさらされるなど大脳皮質・線条体研究の発展に役立つ様々な効果があったと思います。

 

(1)大脳皮質視覚野5層錐体細胞の高頻度発火により
誘発される抑制性伝達の可塑的変化

黒谷 亨(名古屋大学・環境医学研究所・視覚神経科学)
小松由紀夫(名古屋大学・環境医学研究所・視覚神経科学)

 我々は近年,視覚野5層のニューロンを通電により高頻度発火させると,その細胞に生じるIPSPに長期抑圧(LTD) が誘発されることを見いだした。このLTDには,1) シナプス後細胞の高頻度発火により生ずる,2) 誘発には少なくともL型電位依存性Caチャネルの活性化による細胞内Ca濃度の上昇が必要である,3) シナプス後細胞でのGABAコンダクタンスの減少を伴う,などの特徴がある。今回,その発現メカニズムをIR-DIC観察下でスライスパッチを行うことにより検討した。その結果,高頻度発火を模した脱分極パルスにより誘発されるIPSCのLTDには,クラスリン依存性のGABAA受容体の内在化が関与していることが明らかになった。またこのLTDは,シナプス後部における機能的シナプスのサイレント化により発現すると考えられる。

 

(2)新規に発見された皮質−基底核回路における調節機構

古田 貴寛(京都大学・医学研究科・高次脳形態学)

 最近我々は新線条体においてニューロキニンBを産生していることを特徴とするニューロンが第3の線条体ニューロン群として存在していることを見い出した。このニューロキニンB産生ニューロン群は線条体で約5%の割合を占め,従来知られていた2種の新線条体投射ニューロン系とは異なる第3の投射系として特異的に無名質に投射線維を送ることを示した。

 さらに今回,この新たに発見された線条体投射系の機能をさらに明らかにするために,ニューロキニンBの受容体であるNK3受容体を発現する無名質のニューロンについて研究を行い,以下のような結果を得た。結果1) 無名質に分布するNK3受容体発現ニューロンの9割以上が抑制性のニューロンであった。結果2) 大脳皮質に投射するニューロンの一部はNK3受容体を発現していた。結果3) 大脳皮質に投射するニューロンをwhole-cell clampによって記録しながらNK3受容体のアゴニストを適用したところ,膜抵抗の低下を伴う脱分極あるいは内向き電流の増加を示すニューロンがあった。

 以上の結果をまとめると,線条体核の特別な神経細胞群がニューロキニンBを大脳基底部に放出し,それによって促進的な影響を受けた大脳皮質に投射するNK3受容体発現ニューロンが抑制性に大脳皮質の神経細胞の活動を調節している,という神経回路の存在が明らかにされたといえる。

 

(3)線条体投射細胞の閾値下二状態遷移の検証

北野 勝則(立命館大学・理工学部・情報学科)

 近年 in vivo における細胞内記録実験により,膜電位が閾値下において二つの状態間を遷移する現象が異なる領野で報告されている。中でも線条体投射細胞はこの現象が最初に発見された神経細胞であり,大脳皮質ー線条体投射路の興奮性入力がその起源とされている。これまでの実験は麻酔下で行われていたが,覚醒時に同様の現象が起こりうるかを調べる為,覚醒時に困難な細胞内記録実験に代わり,細胞外記録実験とモデルによるシミュレーションとの相補的研究により覚醒時における閾値下状態遷移を検証した。投射細胞モデルのシミュレーションから予測されるように,線条体に投射する皮質への電気刺激により引き起こされる投射細胞スパイクの潜時は2つのピークを示し,それぞれが閾値下の二状態に対応すると考えられる。このことから線条体投射細胞では覚醒時においても閾値下状態遷移を示すものと推察される。

 また,同様の現象は大脳皮質でも観測されており,閾値下状態遷移の生成メカニズムに関する,大脳皮質のモデル神経回路を用いた予備的な研究を紹介する。

 

(4)大脳皮質ダブルブーケ細胞の形態的解析

窪田 芳之(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所・大脳神経回路論研究部門)

 大脳新皮質の神経回路がどのような配線で構成されているの詳細は不明である。本研究では,非錐体細胞の一つであるダブルブーケ(DB) 細胞のシナプス結合について私のこれまでの解析結果を報告する。ラットの前頭皮質のスライスを作成し,ホールセル電極でバイオサイチンを注入した。固定後,ABC液で反応しDAB染色後エポンに包埋した。その後,軸索部分を電子顕微鏡で観察し,3次元再構築画像解析ソフトで前後シナプス要素の3次元像を再構築し,その構造を形態的に解析した。これまでにカルレチニンもしくはCRFを含有する4個の細胞を解析した。その結果,DB細胞のターゲットは,約1 / 3が興奮性終末が多く入力する非錐体細胞の樹状突起の幹であった。また,約1 / 3は棘突起が多く存在する錐体細胞と思われる樹状突起の幹であった。残りは,棘突起の頭部や柄部に入力していた。その棘突起には興奮性入力を認めたので,特定の入力信号を抑制することが示唆された。細胞体に対する入力は少数存在した。

 

(5)大脳皮質錐体細胞のsubsystem: zinc-enriched neural system

一戸 紀孝(理化学研究所・脳科学総合研究センター・脳皮質機能構造研究チーム)

 近年 in vivo における細胞内記録実験により,膜電位が閾値下において二つの状態間を遷移する現象が異なる領野で報告されている。中でも線条体投射細胞はこの現象が最初に発見された神経細胞であり,大脳皮質ー線条体投射路の興奮性入力がその起源とされている。これまでの実験は麻酔下で行われていたが,覚醒時に同様の現象が起こりうるかを調べる為,覚醒時に困難な細胞内記録実験に代わり,細胞外記録実験とモデルによるシミュレーションとの相補的研究により覚醒時における閾値下状態遷移を検証した。投射細胞モデルのシミュレーションから予測されるように,線条体に投射する皮質への電気刺激により引き起こされる投射細胞スパイクの潜時は2つのピークを示し,それぞれが閾値下の二状態に対応すると考えられる。このことから線条体投射細胞では覚醒時においても閾値下状態遷移を示すものと推察される。

 亜鉛イオン(Zn2+) は,大脳皮質で一部のグルタミン酸作動性のシナプスに含まれ,活動依存性にシナプス間隙に放出され,神経調節物質として働いていると考えられている。また興奮性細胞死,アルツハイマー病に関与することも示唆されている。我々はZn2+の分布をサル大脳皮質において調べ,また,sodium selenite (SS) 脳内注入法によりZn2+陽性終末の起始細胞分布も調べた。(1) Zn2+は記憶,学習,情動に関与すると考えられている辺縁系皮質に高密度に見られた。他の皮質はこれらの領域から離れるに従いZn2+密度は低くなる傾向が見られた。また,抑制性interneuron由来と思われるparvalbumin陽性神経要素の染色密度はZn2+密度と逆のグラデーションを示した。領域による情報処理様式の違いを反映している可能性がある。(2) 我々はTE野にSSを注入した。ラベルされた神経細胞はTE野自体のみならず,TE野にfeedback投射を送る辺縁皮質に主として見られた。Zn2+の終末は辺縁皮質からの出力において優位に使われている可能性がある。(3) 我々はサル大脳皮質の広い領域において1,2層の境界にZn2+の染色で染め出されるpatch状またはhoneycomb状の構造を見いだした。1,2層にも何らかの機能構造があることを示唆すると思われる。

 


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