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14. 痛みの基礎と臨床

2003年9月4日−9月5日日
代表・世話人:緒方宣邦(広島大学大学院医歯薬学総合研究科神経生理)
所内対応者:柿木隆介(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

(1)
カプサイシン受容体TRPV1の感作・脱感作の分子機構
沼崎満子(三重大学医学部分子細胞生理学)
(2)
TRPV1ノックアウトマウスにおけるブラジキニン応答の行動学的および生理学的解析
片野坂 公明,Banik Ratan Kumar,Grion Moreno Rocio,富永真琴,水村 和枝
(名古屋大学環境医学研究所,三重大学医学部
(3)
マウス後根神経節ニューロンにおけるTTX感受性持続型Na電流の解析
松冨智哉,柿村順一,鄭泰星,大石芳彰,中本千泉,仲田義啓,緒方宣邦
(広島大学大学院医歯薬総合研究科・神経生理学,薬効解析科学)
(4)
ラット後根神経節初代培養細胞における
カプサイシンの反応に対するカンナビノイドの抑制効果について
大下恭子,河本昌志,天野託,酒井規雄,弓削孟文,唐 斌3,井上敦子3,仲田義啓3
(広島大院医歯薬学総合研究科,麻酔蘇生学,神経・精神薬理,3薬効解析学))
(5)
一次知覚神経系におけるoncostatin M の役割について
田村 志宣・森川 吉博・仙波 恵美子(和歌山県立医科大学第二解剖学)
(6)
三叉神経第2枝損傷モデル動物における主知覚核ニューロンの反応性
坪井美行,,呉 軍,清水康平3,久保田伊柄子4,岩田幸一,
日本大学歯学部生理学教室,日本大学歯学部総合歯学研究所機能形態部門,
日本大学大学院(3保存学II,4歯科麻酔))
(7)
脊髄後角深層細胞におけるサブスタンスPの抑制系神経伝達に対する賦活化作用
中塚映政,園部秀樹,古江秀昌,吉田宗人,吉村恵
(和歌山県立医科大学整形外科学教室,九州大学大学院統合生理学教室)
(8)
非侵害性刺激によって誘起される脊髄後角表層の抑制性シナプス応答の解析
古江 秀昌・加藤 剛・八坂 敏一・吉村 恵(九州大学大学院医学研究院統合生理学)
(9)
ラット大脳皮質第一次体性感覚野(SI) におけるin vivo patch clamp法を用いたシナプス応答の解析
水野雅晴,土井篤,八坂敏一,古江秀昌,粟生修司*,吉村恵
(九州大学・医学研究院・統合生理学,*九州工業大学・生命体工学・脳情報)
(10)
メラノーマ細胞同所移植マウスにおける疼痛反応と発生機序
安東嗣修(富山医科薬科大学薬学部薬品作用学)
(11)
ラット脊髄膠様質神経興奮に対するカプサイシンの作用
楠堂 圭(福井大学工学部知能システム工学科)
(12)
脊髄後角1層の投射細胞におけるシナプス可塑性
池田 弘(福井大学工学部知能システム工学科)
(13)
炎症性痛覚過敏におけるProstaglandin産生機構
伊吹京秀(京都府立医大・麻酔)
(14)
Gタンパク共役型ATP受容体P2Y2によるアロディニア
檜槇大介(九大・薬・化学療法分子制御)
井上和秀(国立医薬品食品衛生研)
(15)
血小板活性化因子(PAF) の脊髄腔内投与によるアロディニアの誘発機構の解析
森田克也,森岡徳光,土肥敏博(広島大学大学院医歯薬学総合研究科病態探究医科学講座歯科薬理学)
(16)
新しいN-acetyl-aspartic-glutamate (NAAG) 分解酵素阻害薬の鎮痛効果について
山本達郎(千葉大学医学研究院麻酔学領域)
(17)
慢性疼痛における抗うつ薬の作用機序
鈴木高広,李永花,柴田政彦,真下節(大阪大学医学部麻酔科)
(18)
末梢神経損傷後の脊髄後角における接着因子の挙動
山中博樹 野口光一(兵庫医科大学解剖学第二講座)
(19)
サーモグラフィーを利用した痛みの研究
小山なつ(滋賀医科大学生理学第一講座)
平田和彦(福岡大学医学部麻酔科学講座)
岩下成人(滋賀医科大学生理学第一講座)
(20)
術後痛モデルを用いた先取り鎮痛に関する研究
村谷忠利, 南 敏明, 西村 渉, 伊藤誠二大阪医科大学麻酔科学教室,関西医科大学医化学教室)
(21)
C線維を上行する信号による末梢、脊髄、大脳での反応:Second painの認知メカニズム?
秋云海,乾幸二,王暁宏,Tuan Diep Tran,柿木隆介(岡崎国立共同研究機構生理学研究所統合生理)
(22)
ラット腰神経根の圧迫または髄核接触による行動学的・組織学的変化
—腰椎椎間板ヘルニアの病態—
佐々木伸尚,矢吹省司,菊地臣一(福島県立医科大学医学部整形外科)
(23)
Neuroimaging (fMRI) 法による難治性疼痛に対する脳の機能解析
池本竜則, 牛田享宏, 谷口慎一郎, 谷俊一, 森尾一夫, 佐々木俊一, 田中茂樹3
高知医科大学運動機能学教室,高知医科大学放射線科学教室,3仁愛大学心理学教室)
(24)
中枢性疼痛(視床痛)に対する各種外科治療の治療効果
平戸政史,高橋章夫,宮城島孝昭,斎藤延人(群馬大学医学部脳神経外科)

 

教育講演

その1
9月4日 午後6時〜7時
痛みの制御:ターゲットは脳か,脊髄か
土肥 修司 先生
岐阜大麻酔科

司会:大阪大麻酔
真下 節 先生
その2
9月5日 午後3時20分〜4時20分
痛みの分子メカニズムとペインリサーチ
野口 光一 先生
兵庫医大解剖

司会:和歌山県立医大解剖
仙波 恵美子 先生

 

【参加者名】
伊吹 京秀(京都府医大・麻酔),小山 なつ(滋賀医大・生理),岩下 成人(滋賀医大・生理),吉村 恵(九州大・医・統合生理),古江 秀昌(九州大・医・統合生理),水野 雅晴(九州大・医・統合生理),中塚 映政(九州大・医・統合生理),八坂 敏一(九州大・医・統合生理),又吉 達(九州大・医・統合生理),姜 楠(九州大・医・統合生理),園畑 素樹(九州大・医・統合生理),加藤 剛(九州大・医・統合生理),玉江 昭裕(九州大・医・統合生理),古賀 浩平(九州大・医・統合生理),富永 真琴(三重大・医・生理),沼崎 満子(三重大・医・生理),森山 朋子(三重大・医・生理),冨樫 和也(三重大・医・生理),東 智広(三重大・医・生理),村山 奈美枝(三重大・医・生理),三村 明史(三重大・医・生理),小西 康信(三重大・医・生理),村谷 忠利(大阪医大・麻酔),南 敏明(大阪医大・麻酔),伊藤 誠二(関西医大・医化学),牛田 享宏(高知医科大・整形外科),池本 竜則(高知医科大・整形外科),井上 智重子(高知医科大),櫻井 博紀(愛知医科大学),橋本 辰幸(愛知医科大学),井上 和秀(国立医薬品食品衛生研),檜槇 大介(九州大・薬・化学療法分子制御学),渡辺 和之(福島県医大・整形外科),佐々木 伸尚(福島県医大・整形外科),矢吹 省司(福島県医大・整形外科),高山 文治(福島県医大・整形外科),楠堂 圭(福井大・工・知能システム工学),池田 弘(福井大・工・知能システム工学),村瀬 一之(福井大・工・知能システム工学),石田 将之(福井大・工・知能システム工学),黒田 浩平 (福井大・工・知能システム工学),井上 誠(長崎大・薬・分子薬理),上田 知靖(長崎大・薬・分子薬理),松尾 杏奈(長崎大・薬・分子薬理),松本 みさき(長崎大・薬・分子薬理),野口 光一(兵庫医大解剖),山中 博樹(兵庫医大解剖),戴 毅(兵庫医大解剖),小畑 浩一(兵庫医大解剖),田村 志宣(和歌山県医大解剖),仙波 恵美子(和歌山県医大解剖),森川 吉博(和歌山県医大解剖),平戸 政史(群馬大脳神経外科),高橋 章夫(群馬大脳神経外科),宮城島 孝昭(群馬大脳神経外科),柴田 政彦(大阪大麻酔科),山本 達郎(千葉大麻酔科),銅冶 英雄(千葉大麻酔科),山田 寛明(千葉大整形外科),蓮江 文男(千葉大整形外科),土肥 修司(岐阜大麻酔科),水村 和枝(名古屋大環境医研),佐藤 純(名古屋大環境医研),片野坂 公明(名古屋大環境医研),小崎 康子(名古屋大環境医研),田村 良子(名古屋大環境医研),高橋 賢(名古屋大環境医研),田口 徹(名古屋大環境医研),余 錦(名古屋大環境医研),西嶋 泰洋(名古屋大環境医研),舟久保 恵美(名古屋大環境医研),太田 剛史(名古屋大環境医研),肥田 朋子(名古屋大理学療法),松田 輝(星城大理学療法学科),緒方 宣邦(広島大神経生理),柿村 順一(広島大神経生理),大石 芳彰(広島大神経生理),松冨 智哉(広島大神経生理),鄭 泰星(広島大神経生理),中本 千泉(広島大神経生理),岩田 幸一(日本大生理),坪井 美行(日本大生理),久保田 伊柄子(日本大生理),柿木 隆介(生理学研究所),乾 幸二(生理学研究所),Tran Diep Tuan(生理学研究所),王 暁宏(生理学研究所),田村 洋平(生理学研究所),秋 云海(生理学研究所),廣江 総雄(生理学研究所),Nguyen Thi Binh(生理学研究所),中田 大貴(生理学研究所),土肥 敏博(広島大・歯・薬理),森田 克也(広島大・歯・薬理),倉石 泰(富山医薬大薬品作用学),安東 嗣修(富山医薬大薬品作用学),仲田 義啓(広島大・薬・薬理),井上 敦子(広島大・薬・薬理),大下 恭子(大整形外科),鈴木 高広(大阪大麻酔科),真下 節(大阪大麻酔科),李 永花(大阪大麻酔科)

【概要】
 近年,医療の現場では患者のQuality of Life (QOL) が重要視されるようになり,その一つとして,これまで耐えるべきものとして軽視されてきた「痛み」を,積極的にコントロールすべきであるという考え方が強くなってきている。しかしながら,神経因性疼痛などの難治性疼痛は,旧来の鎮痛薬が奏功せず,その発症機序も未だ十分には分かっておらず,患者は長期にわたる痛みにただじっと耐えるしかないのが現状である。このような点から,難治性疼痛の発症機序の解明,ひいては新しいタイプの鎮痛薬の開発が,現在の急務となっている。米国では,「脳の10年(the Decade of Brain) 」に続いて,2001年に「痛みの10年(the Decade of Pain Control and Research) 」が宣言され,今後の研究成果が期待されている。

 最近の分子生物学の急速な進展によってさまざまなタイプの痛み受容体や痛覚伝導に関与するイオンチャネルが同定されているが,このような分析的基礎研究の成果がヒトにおける疼痛にどのように関与しているのかという点に関しては未解明な部分が多い。多種多様な病態生理からなる痛みの制御機構や疼痛発現メカニズムは,個体レベルあるいはヒトを対象としたよりマクロ的研究を含む多角的な面からアプローチしなければ,更なる研究のための有効な戦略が確立できない。このような観点から,疼痛機序の解明に向けた新たな展開の基礎を築くことを目的として,平成14年9月5・6日の両日,岡崎国立共同研究機構・生理学研究所において,「痛みの基礎と臨床:その接点から新しい展望を探る」と題した研究会を催した。本年度はその第2回であり,研究会では,昨年に引き続いて基礎・臨床の異なった立場から「痛み」の研究に携わる方々に最新の研究成果を紹介いただいた。

 内容的には,痛覚受容器やイオンチャネルに関する基礎的研究,炎症モデルや神経因性疼痛モデルなどの動物モデルを用いた疼痛発現機序の解析,生体内疼痛関連物質の痛覚可塑性における役割,神経因性疼痛や椎間板ヘルニヤなどの病態生理,脳磁図やfMRIなどを用いた痛みのイメージング,疼痛の発症メカニズムに関する臨床的アプローチなど,基礎および臨床の幅広い領域を網羅したものとなった。最後に,本研究会のために多大な努力を惜しまずご尽力いただいた生理学研究所関係各位に深く御礼を申し上げたい。

 

(1)カプサイシン受容体TRPV1の感作・脱感作の分子機構

 沼崎満子(三重大学医学部分子細胞生理学)

 組織損傷や炎症時に放出される様々な炎症関連物質が疼痛発生や痛覚異常に関与することが知られている。私たちは,細胞外ATPやブラジキニンが,それらのGq共役型受容体活性化からPKCによってカプサイシン受容体をリン酸化してTRPV1の活性増強をもたらすことを報告してきた。さらに,PKCによってリン酸化されるTRPV1の2つのセリン残基を同定した。異所性発現系において観察されたP2Y受容体を介したTRPV1の活性増強が動物の行動レベルに反映されるかどうかをマウスを用いて検討した。野生型マウスでは,ATPの足底への投与によって熱性痛覚過敏が観察された。この熱性痛覚過敏はTRPV1欠損マウスではみられず,TRPV1とATPの機能連関が個体レベルで明らかになった。しかし,P2Y1欠損マウスでも野生型と同様の熱性痛覚過敏が認められ,マウスにおいてはATPによる痛覚過敏にはP2Y1受容体は関与しないことが分かった。マウス後根神経節細胞において,パッチクランプ法を用いてカプサイシン活性化電流を測定すると,UTPによってATPと同程度の電流増強が観察され,それがスラミンによって阻害されたことから,P2Y2受容体が関与するものと推定された。ラット後根神経節細胞でTRPV1, P2Y1, P2Y2のmRNA発現を検討すると,TRPV1 mRNAはP2Y1 mRNAではなくP2Y2 mRNAと共発現しており,膜電流測定で得られた結果を支持した。さらに,P2Y2受容体の刺激物質であるUTPの投与はATPと同様の熱性痛覚過敏を引き起こした。

 発痛物質カプサイシンはまた,鎮痛薬として使われており,細胞外Ca2+依存性の脱感作がその細胞レベルのメカニズムの1つと考えられている。そこで,多くのCa2+透過性チャネルの不活性化に関与するCa2+結合蛋白質カルモジュリン(CaM) とTRPV1の関連を検討した。生化学的手法によってTRPV1とCaMの結合が明らかとなり,TRPV1のC末端の35アミノ酸がその結合に重要であることが判明した。この35アミノ酸を欠失した変異体では,細胞外Ca2+依存性の脱感作が減弱しており,CaM/Ca2+複合体のこの35アミノ酸部位への結合が脱感作をもたらすものと推測された。

 

(2)TRPV1ノックアウトマウスにおけるブラジキニン応答の行動学的および生理学的解析

 片野坂 公明,Banik Ratan Kumar,Grion Moreno Rocio,富永 真琴,水村 和枝
(名古屋大学環境医学研究所,三重大学医学部

 損傷組織に生じる内因性発痛物質ブラジキニン(BK) は,侵害受容器を興奮させることにより痛みを引き起こす。これまでに我々は,侵害受容器に存在する熱トランスデューサーであるカプサイシン受容体(TRPV1) の活性化温度閾値が,BKにより室温レベルにまで低下することを明らかにした。この実験結果および他の報告から,BKがTRPV1の活性を介して侵害受容器の興奮を引き起こしている可能性が想定されている。このBKの発痛作用に対するTRPV1の関与についてさらなる検討を加えるため,今回我々はTRPV1遺伝子を欠損させたノックアウト(KO)マウスにおいて,BKによる痛み関連行動,およびBKに対する侵害受容器の応答がどのようになっているかを調べた。

 まず行動レベルでは,足底皮下へのBK(濃度10-5 M)の注入後に足舐め行動を示す個体の割合は,野生型に比べてKOマウスで有意に低く,また足を舐めている時間もKOマウスの方で短い傾向が見られた。しかしながら,10倍高濃度のBK(10-4 M) を注入した場合の足舐め行動では,両者の間に有意な差は見られなかった。この結果から,TRPV1はBKによる発痛に関与しているものの,高濃度のBKに対してはTRPV1の寄与が小さくなることが示唆された。

 次いで,BKに対する単一神経線維レベルの応答を,皮膚−伏在神経単離標本から記録した。投与したBKの濃度域に依らず,BKに対する応答の強さおよびBK感受性線維の割合のいずれについても,KOマウスと野生型マウスとの間で有意な違いは見いだせなかった。さらに,培養後根神経節細胞において,BK投与により細胞内Ca2+濃度の増加が観察された細胞の割合は,KOマウスと野生型マウスとの間でほぼ同じであった。

 以上の結果,BKによる侵害受容器の興奮には部分的にTRPV1が関与するが,TRPV1を介さない機構も存在することが示唆された。

 

(3)マウス後根神経節ニューロンにおける
TTX感受性持続型Na電流の解析

 松冨智哉,柿村順一,鄭泰星,大石芳彰,中本千泉,仲田義啓,緒方宣邦
(広島大学大学院医歯薬総合研究科・神経生理学, 薬効解析科学)

 後根神経節(DRG) には7種類の電位依存性Naチャネルが発現し,侵害情報を含むさまざまな感覚信号の伝搬に役割分担して機能していると考えられる。そのうちTTX非感受性NaチャネルであるNaV1.9は主にC線維を発する小型DRG細胞に発現し,持続型のNa電流を起こすことを既に報告している。今回私たちは主に大型DRG細胞においてみられる持続型のNa電流を記録したので報告する。

 大型DRG細胞においては,速い一過性のNa電流に伴って,低振幅で持続性の内向き成分が観察された。この持続性成分は高濃度のCd2+により影響を受けず,外液Na濃度に依存することより,Na電流であると考えられた。またTTX投与により消失することやカイネティクスの違いから,小型DRG細胞でみられるNaV1.9による電流とも異なる電流であった。活性化閾値は約-60mVであり,一過性Na電流の閾値(約-40mV)より過分極側にシフトしていた。さらに一過性Na電流が不活性化する条件下でも,持続性内向き成分は不活性化を受けず単独で観察された。これらの結果より,持続性内向き成分は,一過性Na電流とは別のチャネルを介するものであると結論された。これまで報告されているTTX感受性の持続型Na電流は,殆どの場合,「一過性Na電流の遅い不活性化相」として記録され,関与するチャネルの遺伝子型としてはNaV1.6の可能性が強く示唆されている。一方,大型DRG細胞における持続型Na電流は,速い一過性の成分を全く含まない電流であった。また,パッチクランプ法とSingle cell RT-PCRを組み合わせた検討では,NaV1.6-mRNAを発現していた細胞でも電流が全く記録されなかった例,逆にNaV1.6-mRNAの発現が観察されなかった細胞でも明瞭に電流が記録された例もあり,NaV1.6と持続型Na電流とのはっきりした相関関係は認められなかった。

 以上のごとく,大型DRG細胞において観察された持続型Na電流は,従来報告されているTTX非感受性持続型Na電流とは機能的にもチャネルタイプとしても異なるものである可能性が強い。この持続型Na電流は,その著しく遅い時間経過や小さい電流値のため,活動電位の発生・伝搬自体には関与せず,小型DRG細胞におけるNaV1.9電流の役割と同様に,大型DRG細胞での閾値下での興奮性を制御していると考えられる。

 

(4)ラット後根神経節初代培養細胞におけるカプサイシンの反応に対するカンナビノイドの抑制効果について

 大下恭子,河本昌志,天野託,酒井規雄,弓削孟文,唐 和斌3,井上敦子3,仲田義啓3
(広島大院医歯薬学総合研究科,麻酔蘇生学, 神経・精神薬理,3薬効解析学)

 カンナビノイドは神経因性疼痛や炎症性疼痛モデル動物における痛覚過敏を抑制することが報告されている。一次知覚神経には,カンナビノイド受容体(CB1) とカプサイシンの受容体(TRPV1) が存在し,また,内因性のカンナビノイドであるアナンダミドはTRPV1の内因性リガンド候補としても注目されている。そこでカンナビノイドの作用機序を解明する目的で,カンナビノイドがTRPV1活性を調節している可能性を考え,ラット後根神経節初代培養細胞(DRG細胞)を用いて,アナンダミドの効果,及びカプサイシンの反応に対するカンナビノイドの効果を検討した。

 Wistar系雄性成熟ラットより脊髄後根神経節を単離し,酵素処理分散法によりDRG細胞を作成した。培養5日目に,細胞内への45Ca取り込み,サブスタンスP遊離量(ラジオイムノアッセイ法)の定量を行った。

 カプサイシンは濃度依存性に45Ca取り込みを誘発したが,アナンダミドは無影響であった。アナンダミド,2-アラキドノイルグリセロール,HU210(CB1アゴニスト)はカプサイシンによる45Ca取り込みを濃度依存性に抑制した。CB1アゴニストによる抑制効果はAM251 (CB1アンタゴニスト)により拮抗された。一方,カプサイシン,アナンダミドはサブスタンスP遊離増加を引き起こし,両者の反応はカプサゼピン(TRPV1 アンタゴニスト)により抑制された。しかし,CB1アゴニストはカプサイシンによるサブスタンスP遊離増加を抑制しなかった。

 以上の結果から,一次知覚神経において,カンナビノイドはTRPV1による反応をCB1を介して抑制することが示唆された。また,本研究のDRG細胞の標本では,CB1により抑制されるTRPV1の反応と,CB1により影響を受けないTRPV1の反応が観察され,これは各受容体の局在の相違による可能性があると考えた。

 

(5)一次知覚神経系におけるoncostatin M の役割について

 田村 志宣,森川 吉博,仙波 恵美子(和歌山県立医科大学第二解剖学)

 Interleukin-6メンバーの一員であるoncostatin M(OSM)は,1996年に,種々のサイトカインの刺激で活性化される転写因子STAT5により制御される遺伝子のひとつとして単離された。そして,発生過程における大動脈・生殖器・中腎領域での造血,胎仔肝臓の成熟などOSM特異的な作用がこれまでに報告されている。しかしながら,神経系におけるOSMの役割については,未だ報告は少ない。そこで,私たちは,成獣マウスの神経系におけるOSMの新たな生物学的作用の検索を試みた。

 初めに,神経系におけるOSM受容体の発現を検討するために,中枢神経系及び末梢神経系において,ノーザンブロット解析を行ったところ,嗅球においてその発現が認められたことに加え,三叉神経節と後根神経節において非常に強いOSM受容体の発現を認めた。ISH法を用いて検討を行った結果,OSM受容体は小型一次知覚ニューロンに発現していた。OSM受容体に対する抗体を用い,多重免疫組織染色を行ったところ,ほとんどのOSM受容体陽性のニューロンはTrkA陽性ではなく,Ret陽性の小型ニューロンに多く属することがわかった。さらに,このOSM受容体陽性の小型ニューロンはsubstance PやCGRPなどのneuropeptideは有さず,カプサイシン受容体であるTRPV1とATP受容体であるP2X3の両受容体を共に有することが明らかになった。

 OSMと同じメンバーであるleukemia inhibitory factor (LIF) の受容体も後根神経節に発現しており,損傷したニューロンに対して神経栄養因子作用を発揮すると考えられている。しかしながら,多重免疫組織染色により,LIF受容体の発現パターンはOSM受容体の発現パターンとは全く異なり,これらのことから,LIFとは異なるOSM特異的な作用が後根神経節とくに侵害受容器である小型ニューロンに存在することが示唆された。

 

(6)三叉神経第2枝損傷モデル動物における主知覚核ニューロンの反応性

坪井美行,,呉 軍,清水康平3,久保田伊柄子4,岩田幸一,
日本大学歯学部生理学教室,日本大学歯学部総合歯学研究所機能形態部門,
日本大学大学院(3保存学II,4歯科麻酔))

【目的】三叉神経第2枝にCCIを施して作成したneuropathic painモデルラットと正常ラットの三叉神経主知覚核および三叉神経脊髄路核尾側亜核ニューロンの各種刺激に対する応答特性および自発活動を調べ,三叉神経第2枝領域における異常疼痛発症に対するそれぞれの核の役割について検索した。【方法】実験にはSD系雄性ラットを用いた。機械刺激に対する逃避閾値と熱刺激に対する逃避潜時を測定した後,ネンブタール麻酔下で三叉神経第2枝を2箇所緩く4.0 chromic gutで結紮した(CCI)。顔面領域の機械刺激に対してneuropathic painが確立された動物について電気生理学的実験を行った。【結果】主知覚核ニューロン活動の記録実験から,以下の結果を得た。1. 機械刺激に対する逃避行動閾値は,CCI動物の方がsham動物に比べ,有意に低かった(CCI: 3.1±0.8g, n=6; sham: 34.5±8.5, n=4, p < 0.01) 。2. 自発放電頻度は,shamに比べ有意に高かった(CCI: 9.4±1.3 Hz, n=30; sham: 0.2±0.1 Hz, n=10, p < 0.01) 。3. 侵害刺激後放電頻度は,shamに比べ有意に高かった(CCI: 14.1±2.0Hz, n=30; sham: 0.9±0.6 Hz, n=10, p < 0.01) 。4. WDRニューロンの機械刺激に対する反応は,非侵害レベルにおいて有意に高かった(CCI: 15.7±1.1 spikes/s, n=16; sham: 3.5±1.1 spikes/s, n=6, p < 0.05) 。一方,脊髄路核尾側亜核ニューロン活動の記録実験からは,以下の結果を得た。1.機械刺激に対する逃避行動閾値は,CCI動物の方がsham動物に比べ有意に低かった(CCI: 6.7±1.5g, n=6; sham: 34.5±8.5, n=4, p < 0.01) 。侵害性機械刺激に対する逃避頻度は,CCI動物の方がsham動物に比べ有意に高かった(CCI:70.8±8.7%, n=6; sham: 12.5±7.2, n=4, p < 0.05) 。2.WDRニューロンの機械刺激に対する反応は非侵害および侵害レベルにおいて有意に高かった(p < 0.05) 。

【結論】三叉神経第2枝障害により顔面領域に発症する異常疼痛において,三叉神経主知覚核は主に非侵害刺激における痛覚異常の発症に関与する可能性が示された。一方,侵害刺激における異常疼痛の発症に対しては,三叉神経脊髄路核尾側亜核が強く関与する可能性が示唆された。

 

(7)脊髄後角深層細胞におけるサブスタンスPの抑制系神経伝達に対する賦活化作用

 中塚映政,園部秀樹,古江秀昌,吉田宗人,吉村恵
(和歌山県立医科大学整形外科学教室,九州大学大学院統合生理学教室)

 日常の中で遭遇する疼痛に対して様々な治療がなされているが,幻肢痛・脊髄損傷後疼痛・反射性交感神経性ジストロフィーなどの神経因性疼痛や慢性炎症に伴う遷延性疼痛に対する治療は未だ確立されていない。サブスタンスP(以下SP)はこれら難治性疼痛に関与していると考えられており,痛覚系において最も詳細に研究されている代表的な神経ペプチドである。しかしながら,近年,SP受容体拮抗薬は鎮痛効果を示さないという報告が散見され,更にNK1受容体ノックアウトマウスを用いた研究においても,急性疼痛および慢性疼痛に対する鎮痛作用は明らかではなかった。我々はその機序を解明するために,脊髄スライス標本からパッチクランプ記録を行い,脊髄後角深層細胞におけるSPの作用を検討した。脊髄後角深層細胞からパッチクランプ記録を行うと,グルタミン酸を介する興奮性シナプス後電流(以下EPSC)ならびにGABAまたはグリシンを介する抑制性シナプス後電流(以下IPSC)が記録された。SPおよびNK1受容体作動薬を潅流投与すると,グルタミン酸を介するEPSCが有意に増強するだけでなく,GABAまたはグリシンを介するIPSCも著明に増強した。SP受容体阻害剤の臨床応用は難治性疼痛などの痛み治療に対して長らく期待されてきたが,未だ実用化されていない。今後,SP受容体阻害剤の臨床応用を考える上で,本研究で明らかになったSP受容体による抑制性シナプス後電流の賦活化作用を考慮に入れることが必要であると推察された。

 

(8)非侵害性刺激によって誘起される脊髄後角表層の
抑制性シナプス応答の解析

 古江 秀昌・加藤 剛・八坂 敏一・吉村 恵(九州大学大学院医学研究院統合生理学)

 脊髄後角第II層,いわゆる膠様質は痛みを伝えるAδ線維やC線維とともに抑制性介在ニューロンの密な投射を受ける。また,種々の疼痛モデル動物において抑制性シナプス入力の脱落が観察されるなど,膠様質は痛みの伝達や調節さらに痛覚回路の可塑性発現に重要な役割を演じている。本研究では,脊髄スライス標本およびin vivo標本からのパッチクランプ記録法を用い,膠様質細胞に誘起される抑制性シナプス応答を記録・解析した。スライス標本を用いAδ線維やC線維の後根刺激を行うと,GABAおよびグリシンを介した抑制性シナプス後電流(IPSC) が誘起された。これらの細胞の中には単発刺激によってバースト状のIPSCを誘起するものが観察され,その応答は数秒〜数十秒間持続した。次に,in vivo標本から記録を行い皮膚へ触刺激を加えると,一過性にIPSCの発生頻度と振幅が著明に増大し,その応答は刺激終了後にもバースト状に持続した。機械的痛み刺激では持続性の応答は観察されなかった。一方,Aδ線維やC線維の後根刺激および皮膚への触や機械的痛み刺激によって誘起される興奮性シナプス応答では,IPSCで刺激終了後にみられたような持続性のEPSCの発生は全く観察されなかった。以上より,非侵害性刺激によって誘起される抑制性のバースト状のシナプス応答は抑制性介在ニューロンの膜特性によるものと推測され,この膜特性が脊髄における痛みの抑制に寄与することが示唆された。

 

(9)ラット大脳皮質第一次体性感覚野(SI) におけるin vivo patch clamp法を用いたシナプス応答の解析

 水野雅晴,土井篤,八坂敏一,古江秀昌,粟生修司*,吉村恵
(九州大学・医学研究院・統合生理学・*九州工業大学・生命体工学・脳情報)

【目的】末梢の触・痛覚情報は,視床を介して大脳皮質へ伝えられる。末梢への触・痛刺激に対する第一次体性感覚野神経細胞のシナプス応答の詳細な解析を目的に,皮質細胞からin vivo patch clamp 記録を行ない,鬢毛の触覚刺激および視床電気刺激によって誘起されるシナプス応答を記録解析した。【方法】In vivo 条件下でblind patch clamp法をラット第一次体性感覚野に適用した。鬢毛への感覚刺激はブラシを用いて加えた。視床核は同芯円双極電極を用いて電気刺激した。記録した細胞の形態観察は,電極内から注入したneurobiotinを用いて行なった。【結果と考察】皮質IV/V層の細胞から記録を行なうと,自発性の興奮制シナプス後電流(EPSC) が観察され,鬢毛へ触刺激を加えると,このEPSCの振幅と発生頻度が著明に増大した。また周期的なバースト状のEPSC (オシレーション)を示す細胞もみられた。このオシレーションは,CNQXを皮質表面に潅流投与すると抑制された。また,中継核の視床核を単発電気刺激することによっても消失した。これらのことより記録細胞に観察されたオシレーションは視床活動由来であることが示唆された。一方,視床へ比較的弱い電気刺激を与えた場合,皮質の記録細胞では短い潜時(約2ms)と長い潜時(約120ms)のEPSCが得らた。この皮質細胞は視床より単シナプス性および多シナプス性の入力を受けていることが示唆された。

 

(10)メラノーマ細胞同所移植マウスにおける疼痛反応と発生機序

 安東嗣修(富山医科薬科大学薬学部薬品作用学)

 癌患者では,癌の進行に伴って痛みの発生頻度が増加し,QOLの低下をもたらす主因となる。しかしながら,腫瘍細胞が直接の原因となる疼痛の発生機序に関する研究は,動物モデルの欠如からほとんど行われていなかった。そこで,我々は,C57BL系マウス由来のメラノーマ細胞B16-BL6をC57BL/6系マウス後肢足蹠に同所移植することにより動物モデルの作製を試みた。移植後11日目より,移植側後肢に有意な腫脹が観察され,その後,指数関数的に増大した。移植後10日目より,von Frey filamentによる機械刺激に対し著しい痛覚過敏が生じた。腫瘍中心部は,触刺激により疼痛反応を生じなかったが,その周辺領域に触アロディニアを生じた。また,腫瘍部への舐め行動時間が増加し,坐骨神経の自発発火が増加した。腫瘍周辺部の表皮内でprotein gene product 9.5陽性神経線維が増加したが,腫瘍中心部の表皮では神経線維が消失していた。移植後20日目において,morphine(3及び5mg/kg)及びgabapentin(100及び300 mg/kg)の経口投与が,痛覚過敏を用量依存的に抑制したが,diclofenac sodium(10及び30 mg/kg)の腹腔内投与は抑制しなかった。移植後16から20日目の移植側後肢からメラノーマ細胞塊を摘出し,水抽出液(1及び2 mg抽出物/20 ml)を作製した。抽出液(1及び2 mg抽出物/20 ml)のマウス後肢足蹠への注射が,用量依存的に浮腫及び機械刺激に対する痛覚過敏を生じた。これらの反応は,carrageenan (4%) による浮腫及び痛覚過敏を抑制する用量のdiclofenac sodium(10及び30mg/kg)の腹腔内投与では抑制されなかった。メラノーマによる疼痛様反応は,少なくとも一部,皮膚における神経線維分布の変化およびメラノーマが遊離するプロスタグランジン類以外の発痛物質が原因となっていると考えられる。

 

(11)ラット脊髄膠様質神経興奮に対するカプサイシンの作用

 楠堂 圭(福井大学工学部知能システム工学科)

 電位感受性色素を用いた神経活動の光計測法を用いて,脊髄切片後角II層に,後根C線維への単発刺激で生じる神経興奮を計測し,カプサイシンの効果を調べた。

 カプサイシン(1.5μM) は脊髄後角領域で光学的計測法により捉えられた神経興奮の最大振幅を約20%抑制し,この効果は濃度依存的でKd=0.5μMであった。受容体阻害薬カプサゼピン(10μM) はカプサイシンの効果に拮抗した。

 外液のpHを7.8から6.6に下げると神経興奮が抑制されたが,カプサゼピンにより阻害された。興奮性アミノ酸受容体拮抗薬AP5 (30μM) とCNQX (10μM) の存在下では神経興奮の緩除成分が消失しシナプス前興奮すなわち入力線維終末の興奮が記録できる。カプサイシン(0.15 - 1.5μM) はこの成分も濃度依存的に抑制した。また,カプサイシン(1.5μM) を15分以上投与し続けると抑制から回復しなかった。グリシン・GABAの阻害薬であるBMI・STRY投与下でカプサイシンを投与しても,抑制作用がみられた。次に細胞外のカルシウムイオンを除去した条件下でカプサイシンを投与したところ,抑制作用が見られなかった。

 以上の結果は,カプサイシンが直接シナプス前終末に抑制的に作用していること,カルシウムチャネルが関与していること,バニロイド受容体の脱感作が関与していること,そしてpHや温度変化の受容にバニロイド受容体が関与している可能性を示唆している。

 

(12)脊髄後角1層の投射細胞におけるシナプス可塑性

 池田 弘(福井大学工学部知能システム工学科)

 脊髄後角でのシナプス伝達の長期増強は痛覚過敏やアロディニアの惹起に重要な役割を担っていると考えられている。我々は,逆行染色によって識別された投射細胞からパッチクランプを行うことで,脊髄後角1層の投射細胞が長期増強を示すことを明らかにした(1)。しかし,パッチクランプ法では技術的に長時間の神経活動の記録は困難である。そこで我々は,長時間記録が可能な膜電位感受性色素を用いた光計測法によって脊髄後角1層の投射細胞で起こる長期増強の計測とメカニズムの解析を試みた。脳幹へ膜電位感受性色素を注入することによって逆行染色された脊髄後角1層の投射細胞は後根への低頻度条件刺激(2Hz,2分間)によって2時間以上持続する神経活動の増強が起こった。またこの増強は,選択的inducible NO (iNO) シンターゼの抑制剤AMTの投与下では抑制された。また,短時間の低頻度刺激(2Hz, 30秒)では起きなかった長期増強がNOドナーの長時間投与によって促進された。次に我々は,神経線維終末の活動への低頻度刺激の影響を調べるために,神経線維終末のみを後根より順行性に染色して計測した。その結果,低頻度刺激によって終末の活動が長期的に増強された。また,その増強は投射細胞で見られた増強と同様AMTの投与下で抑制された。これらの結果より,本研究で見られた投射細胞の長期増強は,iNOシンターゼによって長時間NOが合成され,そのNOが終末に作用することによって起こると考えられる。

 (1) Ikeda et al., 2003, Science 299; 1237-1240.

 

(13)炎症性痛覚過敏におけるProstaglandin産生機構

 伊吹京秀(京都府立医大・麻酔)

 末梢性炎症に伴う痛覚過敏において,炎症局所および中枢神経系で神経の興奮性増強に関与するProstaglandin (PG) 産生メカニズムの解明を,Cyclooxygenase-2 (COX-2) , Prostaglandin E2 (PGE2) に注目して行った。まずCOX-2およびPGE2産生の最終段階酵素であるPGE2 synthase (PGES) の局在を免疫組織化学的に調べたところ,いずれも脳,脊髄の実質,くも膜下腔の血管内皮細胞に局在していた。これらは同一細胞に共存し共存率は90 %以上であった。免疫陽性血管内皮細胞は広く中枢神経系に分布し部位差は認められなかった。なおCOX-2免疫陽性神経細胞は無刺激時,脳内の限定された部位に観察されたが,炎症惹起により変化しなかった。PGES免疫陽性細胞は無刺激時には認められなかった。次にカラゲニン炎症モデルでCOX-2免疫陽性血管内皮細胞の経時的変化を調べたところ,脳,脊髄ともに炎症惹起3時間後に観察され6時間後にはその数は最大になり以後減少した。脳脊髄液中のPGE2も同様の経時的変化を示し,6時間後におけるPGE2の上昇はCOX-2選択的阻害剤であるNS398をカラゲニン局注10分前に投与すると有意に抑制されたが,局注2時間後投与では有意な効果は見られなかった。カラゲニンモデルでの痛覚過敏は局注直後から見られ2時間後に最大に達し以後6時間後まで同程度に観察された。カラゲニン局注2時間後にNS398を腹腔内投与すると直ちに痛覚過敏は抑制され,作用部位同定のためにくも膜下腔投与したところ著明な抑制効果が見られた。これらより,カラゲニンモデルにおいて炎症後期の痛覚過敏に中枢神経系のC0X-2の関与が示唆された。炎症局所ではマクロファージ様細胞にCOX-2,PGES免疫陽性細胞が観察されたが同一細胞における共存率は低かった。局所ではPGE2以外のPGも興奮性増強に関与している可能性が考えられる。局所から中枢神経系への炎症情報伝達に関与する物質を同定するために,血中各種サイトカインの測定を行ったが,IL-6が関与する可能性が示唆された。

 

(14)Gタンパク共役型ATP受容体P2Y2によるアロディニア

 檜槇大介(九大・薬・化学療法分子制御)
井上和秀(国立医薬品食品衛生研)

 ATPは知覚神経においてイオンチャネル内蔵型P2X受容体を介して,痛覚伝達に関与している。我々は既に,P2X受容体アゴニストα, β-methylene ATP (αβmeATP) をラットの足底部に投与する事で,中型でカプサイシン非感受性の脊髄後根神経節(DRG) 神経に発現するP2X2/3受容体を介してアロディニアを誘発することを明らかにした(J. Neurosci., 20, RC90, 2000) 。一方,DRGには様々なサブタイプのGタンパク共役型P2Y受容体が発現しているにも関わらず,その痛覚伝達系における役割は明らかにされていない。

 そこで我々は痛み行動におけるDRGでのP2Y受容体の役割について研究を行った。まず,Ca2+イメージング(fura-2法)を用いて,小型でカプサイシン感受性DRG神経の多くにUTP感受性P2Y2受容体が発現している事を明らかにした。P2Y2受容体アゴニストであるUTPを足底部に投与すると濃度依存的にアロディニアが誘発され,これはP2受容体拮抗薬の投与,およびP2Y2受容体のアンチセンスヌクレオチドでP2Y2受容体をノックダウンすることにより消失した。UTPにより引き起こされるアロディニアはαβmeATPにより誘発されるそれよりも長時間持続した。αβmeATPと異なり,UTPにより引き起こされるアロディニアはカプサイシン感受性神経を破壊したラットでは誘発されなかった。しかしながら,カプサイシン受容体アンタゴニストであるカプサゼピンはUTP誘発アロディニアには影響しなかった。これらの結果より,UTP感受性P2Y2受容体を刺激することにより引き起こされるアロディニアは,小型でカプサイシン感受性DRG神経に依存するが,カプサイシン受容体には依存しないメカニズムにより誘発されることが示唆された。

 

(15)血小板活性化因子(PAF) の脊髄腔内投与によるアロディニアの誘発機構の解析

 森田克也,森岡徳光,土肥敏博
(広島大学大学院医歯薬学総合研究科病態探究医科学講座歯科薬理学)

 組織損傷や炎症に伴う慢性疼痛などの侵害受容器の持続した活性化は痛覚伝導に関与する末梢および中枢神経の構造的,機構的変化を引き起こし,痛覚過敏やアロディニアを誘発することが明らかにされつつある。近年,痛みの研究には長足の進歩が見られ,グルタミン酸受容体,ATP受容体,プロスタノイド受容体等が痛覚過敏やアロディニアの発症に重要な役割をはたすことが示唆されてきている。本研究は,炎症脂質メディエーター血小板活性化因子(PAF) がアロディニア発症に関与する可能性について検討を加えた。

 薬物はICR系雄性マウスの第5, 6腰椎間に髄腔内投与した。アロディニア反応は筆でマウスの側腹部,下肢の触覚刺激に対する逃避行動,およびvon Frey hairs刺激によるマウス後足引込め反射閾値より評価した。

 PAFの髄腔内投与は極めて低濃度より濃度依存的(3 fg-1 pg) に強力なアロディニア反応および痛覚過敏反応を誘発することを見い出した。Lyso-PAFは30 pgまで影響しなかった。脊髄後根神経節細胞にPAF受容体mRNAの発現を認めた。PAFのアロディニア誘発はPAF受容体阻害薬TCV-309,P2X受容体阻害薬PPADS,NMDA受容体阻害薬MK806,NO合成酵素阻害薬7-nitroindazole (7-NI) ,NOスカベンジャー carboxy-PTIO, hemoglobin,Soluble guanylate cyclase 阻害薬ODQ, NS 2028およびPKG阻害薬Rp-8-pCPT-cGMPSの前処置で抑制された。PAF誘発アロディニア反応および痛覚過敏反応はカプサイシン感受性神経破壊マウスにおいて消失した。

 以上の結果より,PAFはPAF受容体に作用してアロディニアを誘発し,その機序にP2X受容体,NMDA受容体およびNO-cGMP系を介した機構が含まれること,さらに,PAF誘発アロディニアおよび痛覚過敏反応は共にC線維が介在する可能性を示唆した

 

(16)新しいN-acetyl-aspartic-glutamate (NAAG) 分解酵素阻害薬の鎮痛効果について

 山本達郎(千葉大学医学研究院麻酔学領域)

 NAAGは,哺乳動物の中枢神経系で最も豊富に存在している神経伝達物質の1つであることが報告されている。NAAGは,それ自体mGluR3の作動薬であり,同時にNMDA受容体のmixed agonist/antagonistとして作用することが知られている。また,NAAGは分解されるとglutamateを放出するため,glutamateの供給源でもある。NAAGはNAAG peptidaseにより分解されることが知られている。NAAG peptidaseは2種類のisozymeが存在する。NAAG peptidaseはglia細胞の細胞膜上に存在する。従って,刺激により放出されたNAAGはシナプス間隙では分解されることなく,シナプス間隙外に出てから分解されることとなる。NMDA受容体などのイオンチャネル型受容体はシナプス後膜上に存在するが,代謝型の受容体はシナプス外に存在することが知られている。このような解剖学的特徴から,NAAGは放出されるとシナプス後膜のNMDA受容体に作用し,その後シナプス外に出てからmGluR3に作用すると考えられる。また,NAAGから放出されるglutamateはシナプス外に存在するmGluRに作用することが推定される。このように,NAAGの生体内での機能に関しては複雑であり,現在十分には検討されていないのが現実である。私は,NAAG peptidase inhibitorである2-PMPAを髄腔内投与し,その鎮痛効果を報告してきた。しかしながら,2-PMPAはmGluR3に対して拮抗作用があることが知られており,このような研究を行うには適当ではない。今回は,mGluR3に作用しない新しいNAAG peptidase inhibitorを合成し,その鎮痛効果を検討したので報告する。

 NAAG peptidase inhibitorとしては,ZJ-11(髄腔内投与・静脈内投与),ZJ-17(髄腔内投与),ZJ-43(静脈内投与)を用いた。疼痛モデルとしては,ラットホルマリンテスト(ラット後肢に5% formalinを50ml皮下注)と神経因性疼痛モデルの1つであるSeltzerモデル(ラット坐骨神経を8-0 silkにて半周結紮)を用いた。

 ホルマリンテストではZJ-11及びZJ-17の髄腔内投与・ZJ-11及びZJ-43の静脈内投与により,第1相・第2相ともに投与量依存性に鎮痛効果を示した。その効果は,第2相でより著明であった。ZJ-11の髄腔内投与・静脈内投与で同様に,ホルマリンにより誘導される脊髄後角の第I-II層のFos蛋白の誘導が抑制された。Seltzerモデルでも,ZJ-11及びZJ-17の髄腔内投与・ZJ-11及びZJ-43の静脈内投与により投与量依存性にmechanical allodyniaの程度は抑制された。これらの鎮痛作用は,type 2 mGluR (mGluR2及びmGluR3)の選択的阻害薬を前処置することにより完全に拮抗された。また,ZJ-11, ZJ-17, ZJ-43の髄腔内投与・静脈内投与により,副作用は見られなかった。

 以上の結果より,NAAG peptidase inhibitorが各種の疼痛モデルにおいて鎮痛効果を示すことがわかった。その作用機序は,NAAG peptidase inhibitorにより蓄積されたNAAGによるmGluR3の活性化により,脊髄後角浅層への侵害刺激入力を抑制されることが推測された。これらの薬剤は,副作用が見られず,今後臨床応用が期待できる薬物であると考えている。

 

(17)慢性疼痛における抗うつ薬の作用機序

 鈴木高広,李永花,柴田政彦,真下節(大阪大学医学部麻酔科)

 慢性疼痛の治療には3環系抗うつ薬(TCA) がしばしば用いられていて,痛みに対する治療効果は臨床,動物実験で証明されている。一方慢性疼痛患者ではしばしば抑うつ状態を呈することがあり,治療に難渋することが多い。我々は昨年のこの会で,マウスの神経結紮モデルにおいて不安様・うつ様行動が出現することを報告した。その中で,ノルアドレナリン再取り込み作用のあるデシプラミンには,抗痛覚過敏反応に加えて,神経結紮によって誘発される,うつ様行動に対しても効果を認めた。これまでTCAの疼痛,うつに対する効果にα2アドレナリン受容体(α2AR) の関与が示唆されてきた。今回我々は,α2ARノックアウトマウスを用いて,1) デシプラミンの抗侵害受容作用,2) 神経結紮モデルにおける抗痛覚過敏反応,3) 神経結紮によって誘発されたうつ様行動に対する作用,についてα2ARに注目し検討した。【方法】サブタイプα2Aとα2CARノックアウトマウスおよびコントロールとしてC57BL/6マウス(8-12週令雄)に左第5腰神経結紮手術またはシャム手術を行った。α2アゴニストのデクスメデトミジン(Dex) とデシプラミン(Des) を腹腔内投与または脊髄くも膜下投与を行った。疼痛行動の評価にはTail flick,Radiant heat,von Freyテストを行い,うつ行動の評価には強制水泳試験を行った。【結果,考察】抗侵害受容作用,痛覚過敏反応においてDex,Desの効果は並行していることから,Desの作用はα2ARが標的となっていることが示唆された。また,näive animalにおいてDex,Desの抗侵害受容作用にはα2AおよびCが関与したが,神経結紮マウスでは両剤の抗痛覚過敏作用にはα2Cが関与した。すなわち神経障害によって標的作用部位の変化が生じることが示唆された。さらにα2Aノックアウトマウスでは神経結紮によってうつ様行動が誘発されなかったことから,神経障害によって誘発される,うつ行動にα2Aの関与が示唆された。また,デシプラミンはα2AおよびCノックアウトマウスに対してうつ様行動を抑制しなかったことからデシプラミンの抗うつ作用はα2以外の作用が関与していることが示唆された。

 

(18)末梢神経損傷後の脊髄後角における接着因子の挙動

 山中博樹 野口光一(兵庫医科大学解剖学第二講座)

 末梢神経損傷は脊髄後角の神経サーキットの変化を引き起こすと考えられている。細胞間接着因子は細胞と他の細胞,または細胞外マトリックスとを繋げ,神経の突起伸張やシナプス形成に機能することが報告されている。今回我々は末梢神経損傷モデルラットにおいて細胞間接着因子であるL1, NCAM, E-cadherin, N-cadherinの発現を検討した。

【方法】SD 雄性 rat (250g) の坐骨神経を切断後の脊髄,後根神経節(DRG) を用いて免疫組織化学,Western blot,in situ hybridizationを行った。

【結果】mRNAの発現ではE-cadherinのみが著明な減少を示した。蛋白の局在はL1について著しい変化がみられた。DRGにおいては損傷後3日よりL1陽性が小型のneuronを中心に細胞体周囲の細胞膜に集積し,脊髄後角においてはL1の陽性終末が点状に増加してシナプス終末のマーカーと共存像を示すようになった。N-cadherinについては変化が見られなかったが,cadherin の接着を調節する細胞内結合因子であるalpha catenin, beta cateninが脊髄後角で著名な減少を認めた。

【考察】突起伸展活性を持つL1が細胞膜上とシナプスにおいて増加することは形態変化を含めたシナプスの可塑的変化にL1が関与していることが考えられた。

 

(19)サーモグラフィーを利用した痛みの研究

 小山なつ(滋賀医科大学生理学第一講座)
平田和彦(福岡大学医学部麻酔科学講座)
岩下成人(滋賀医科大学生理学第一講座)

 ハチに刺されると痛いことは周知の事実であるが,ハチ毒による痛みの研究は多くない。われわれは,ハチ毒主要成分のメリチン注入によって生じる皮膚温の変化をサーモグラフィーで解析している。ヒトとラットの解析から,注入部位局所では軸索反射性の皮膚温の上昇,そして手掌や足蹠では交感神経緊張の減少が生じることを確認した。

 メリチンを正常被検者の前腕に注入すると,痛みが誘発され,注入部位の皮膚温は上昇した。リドカインゲルを前塗布すると,皮膚温の上昇は小さかった。アロディニアのある帯状疱疹後神経痛(PHN) の患者でも,痛みと皮膚温の上昇がみられたが,アロディニアのないPHNの皮膚では,皮膚温の上昇はみられなかった。PHNに伴われるアロディニアは,機能している末梢のC線維が関与していると考えると,リドカインゲル塗布によって痛みを軽減させることができると示唆された。交感神経が密に分布している手掌の皮膚温は,前腕へのメリチン注入直後に下降した後,注入前よりも上昇した。注入前に皮膚温が低い被検者ほど,上昇度が大きいことから,メリチンは交感神経緊張を低下させると示唆された。

 ペントバルビタールで麻酔したラットでは,後肢足蹠の皮膚温は体幹部に比べて低く,交感神経緊張は大きいと考えられる。体幹部にメリチンを注入すると,浮腫は生じたが,皮膚温の上昇はみられなかった。しかし後肢足蹠にメリチンを注入すると,軸索反射が生じ,体幹部と足蹠の皮膚温の差が減少した。1時間間隔でメリチンを2回注入すると,初回注入後は,対側足蹠皮膚温も投与側より遅れて上昇し,交感神経緊張は減少したと示唆される。すでに交感神経緊張が減少している2回目投与後には,対側足蹠皮膚温は上昇しなかった。従って,メリチン注入による皮膚温の解析から,C線維の機能や交感神経緊張の解析が可能であると示唆された。

 

(20)術後痛モデルを用いた先取り鎮痛に関する研究

 村谷忠利, 南 敏明, 西村 渉, 伊藤誠二
大阪医科大学麻酔科学教室,関西医科大学医化学教室)

【目的】手術後,合併症防止のために早期離床が必要であり,そのために術後痛のコントロールは重要である。今回,我々は,マウス術後痛モデルを用い,術後痛に対する種々の薬剤の効果を検討し,以下の知見を得た。

【方法】4週齢,雄性マウス22 g ±2gを用い,Brennnanらの方法でマウス右後肢の足底部の皮膚,足底筋,筋膜を切開後,ナイロン糸で皮膚を縫合し,マウス術後痛モデルを作成した。von Frey firamentにより機械的刺激を加え,種々の薬剤に対する疼痛閾値の変化を測定した。

【結果】1) 術後痛モデルのコントロール群では,手術2時間後にvon Frey firamentに対する閾値が低下し,時間経過とともに閾値は軽減し,術後7日目に手術前値に戻った。2) 術後痛モデルに対し,SC - 560(COX - 1阻害薬),セレコキシブ(COX - 2阻害薬)は,鎮痛効果を示さなかった。3) COX - 2阻害作用とブラジキニンB2受容体拮抗作用を持つザルトプロフェンは鎮痛効果を示した。4) ブラジキニンB1受容体拮抗薬des10-Arg- HOE- 140は,鎮痛効果を示さなかったが,ブラジキニンB2受容体拮抗薬HOE - 140は,鎮痛効果を示した。5) ザルトプロフェンは,脊髄腔内投与では鎮痛効果を示さなかった。6) NMDA受容体サブユニットε1,ε4 欠損マウスと野生型マウスでは,術後痛に関して有意な差は認めなかった。7) NMDA受容体ε2 サブユニット拮抗薬CP - 101,606 - 27 脊髄腔内投与群は,生理食塩水投与群と比較し有意に鎮痛効果を認めた。

【まとめ】術後痛の発現には,末梢ではブラジキニンB2受容体と中枢(脊髄)ではNMDA 受容体ε2 サブユニットが関与している。

 

(21)C線維を上行する信号による末梢,脊髄,大脳での反応:Second painの認知メカニズム?

 秋云海,乾幸二,王暁宏,Tuan Diep Tran,柿木隆介
(岡崎国立共同研究機構生理学研究所統合生理)

 低強度,極小野炭酸ガスレーザー光線照射によるヒト皮膚無髄線維(C線維)選択的刺激法を開発した。誘発脳電位を用いた計測では,本方法による上行信号の末梢伝導速度は1.2±0.2m/s であった。マイクロニューログラフィーを用いた実験でも伝導速度は1.1±0.4 m/sであり,本方法がC線維を刺激することが確認された。次いで計測した脊髄視床路伝導速度は2.2±0.6 m/sであり,末梢のC線維信号は脊髄においても無髄線維を上行すると推定された。

 次にC線維関連大脳活動を知るために,本方法による誘発脳磁場を記録した。最初の活動は時間的にほぼ並行する刺激対側第1次体性感覚野(SI) と両側第2次体性感覚野−島の活動であり,次いで前部帯状回と内側部側頭葉に活動が認められた。さらに計算課題中の反応をコントロール条件での反応と比較したところ,計算課題では上記全ての活動が減弱し,同時に記録した誘発脳電位も同様に減弱した。この振幅変化は被験者の自覚的な感覚強度変化とよく一致した。

 選択的刺激法に問題があったためこれまでヒトC線維関連の脳研究はほとんど行われてこなかった。本研究はヒトC線維信号に関して末梢・脊髄・大脳での反応をまとめて計測したはじめてのものである。

 

(22)ラット腰神経根の圧迫または髄核接触による行動学的・組織学的変化
—腰椎椎間板ヘルニアの病態—

 佐々木伸尚、矢吹省司、菊地臣一(福島県立医科大学医学部整形外科)

【目的】
 神経根に機械的因子(圧迫)と化学的因子(椎間板髄核)を作用させた腰椎椎間板ヘルニア・モデルを作製し,椎間板ヘルニアによる痛みの病態を解析した。

【方法】
 実験1
 SD系雄ラットを用いた。全身麻酔後,左第5腰椎椎弓の一部を開窓し,神経根とdorsal root ganglia(以下DRG)を同定した。開窓部から椎間孔にむけて,stainless steel rodを挿入した。次いで、尾椎から採取した髄核をDRG上に置いた。これらを圧迫+髄核群とした。同様にrodの挿入のみを行った圧迫群,髄核投与のみを行った髄核群、展開操作のみを行ったsham群を作製した(各群n=6)。各群に対し,von Frey針を用いて左足底の50%閾値を計測した。
 実験2
 実験1と同様の圧迫群に対し,術後6日目に抗TNF-α抗体を静注し,これを抗体投与群とした。対照として,PBSを静注した群を作製した(各群n=6)。実験1と同様に左足底の50%閾値を計測した。

 【結果】

 実験1
 髄核群と圧迫+髄核群において,術後1日から28日にかけて閾値の低下が認められた(p < 0.01) 。圧迫群では、術後3日から28日にかけて閾値の低下が認められた。 (p < 0.01) 。
 実験2
 両群とも術後5日まで,機械的刺激閾値の低下が認められた。薬液静注翌日にのみ抗体投与群で有意な閾値の上昇が認められた(p < 0.01) 。

 【総括】
 神経根への圧迫,髄核接触のいずれの処置でも,時間的な差異はあるがallodyniaが惹起された。神経根の圧迫によるallodyniaにも,その発現には化学的因子(TNF-α) の関与が示唆された。

 

(23)Neuroimaging (fMRI) 法による難治性疼痛に対する脳の機能解析

 池本竜則, 牛田享宏, 谷口慎一郎, 谷俊一, 森尾一夫, 佐々木俊一, 田中茂樹3
高知医科大学運動機能学教室,高知医科大学放射線科学教室,3仁愛大学心理学教室)

 慢性的に痛みが存在するような病態では脊髄や脳の神経細胞の痛みに対する感受性が亢進し「痛みの経験」が繰り返された結果,痛みに対する受容や情動的要素にも影響を及ぼしていると考えられている。我々はfunctinal MRIによる脳イメージング法を用いて,難治性慢性疼痛患者における痛み刺激や痛みを想像させる刺激に対する脳神経活動を,健常ボランティアの結果と比較・検討しながら,慢性疼痛患者における痛みの病態解明の研究を行ってきた。1つ目として簡便に機械的刺激が与えられるFon frey filamenを用いて検討を行なった。健常者と右上肢にアロデニアを持つCRPS患者に対し,健常者に対しては右手に単純な機械的痛み刺激を,CRPS患者にはアロデニア領域への痛み誘発刺激を与え,その際の神経活動をfMRIにて検出した。健常者への機械的痛み刺激では,体性感覚野,前帯状回,視床,島,小脳に有意な活動性が観察され,被検者の痛みの認識が客観的に表現されていると考えられた。一方,CRPS患者のアロデニア領域への痛み誘発刺激では,個々にみると,痛みの認識に関与する神経活動パターンは一様でなく,すべてを同一の病態として評価することは困難であると考えられたが,全例で視床の活動性みられず,患者群での視床における可塑的変化の可能性が示唆された。2つ目として難治性慢性疼痛患者では,痛みが引き起こされる状況を仮想させただけで痛みを経験するのではないかと考え,視覚的に仮想疼痛刺激を提示することにより,痛みの情動的側面に対する検討を行った。患者群に,アロデニア部位を触られていると認識される映像を提示した場合,前頭葉連合野,前帯状回,体性感覚野に有意な神経活動が観察された。同じ映像でも痛みを認識しない健常者の活動パターンと明らかに異なっており,これらの領域が痛みの不快感とその認知に深く関与している可能性が示唆された。

 

(24)中枢性疼痛(視床痛)に対する各種外科治療の治療効果

 平戸政史,高橋章夫,宮城島孝昭,斎藤延人(群馬大学医学部脳神経外科)

【目的】中枢性疼痛(視床痛)例に対し各種の外科治療法を試み,その病態と治療効果について検討した。【対象,方法】10例の視床痛患者を対象とした。手術は3例(上肢,下肢遠位部局所疼痛例)で脊髄硬膜外電気刺激術,7例で微小電極法を用いた定位的視床Vim-Vcpc核手術を施行した。さらに,3例でGamma thalamotomy,3例で大脳皮質中心前回電気刺激術(脊髄硬膜外刺激術後1例,視床手術後2例),1例で内包後脚電気刺激術を追加した。定位的視床手術施行例では,術前PET scanを用い,安静時局所脳血流,疼痛側拇指brushing時の局所脳血流変化を測定した。【結果】脊髄硬膜外電気刺激術例3例では,いずれも良好な除痛を得た。定位的視床手術施行例7例では,安静時局所脳血流が患側視床で平均46% (35-60%),皮質感覚野で平均21% (5-43%) 低下していたが,このうち3例で疼痛側拇指brushing時患側皮質感覚野で平均17% (9-30%) の局所脳血流の増加を認めた。この3例では,術中視床において末梢自然刺激に対する反応を認め,手術が効果的であった。Gamma thalamotomy,大脳皮質中心前回電気刺激術追加例各3例では,いずれも一時的には疼痛の軽減が得られたが,長期の明らかな除痛は得られなかった。このうちの1例で内包後脚電気刺激術を追加し疼痛の軽減を得た。【結論】中枢性疼痛例のうち局所疼痛例では脊髄硬膜外電気刺激術が有効である。広範な疼痛例では,感覚視床皮質路機能がある程度残存している例で視床を中心とする手術効果が期待できる。これらの追加治療として内包後脚電気刺激術は選択すべき治療法の一つと考えられる。

 

(25)二つの教育講演に関して

 今回ご出席の先生方のなかから,基礎医学領域および臨床医学領域からそれぞれお一人ずつの先生に,これからの研究の指針となるべく,これまでの「痛み研究」の歴史的経緯,現在の未解決な問題点,これからの将来計画に対する提言などを基礎・臨床のそれぞれの立場からまとめていただいた。今回の研究会は,なるべく多くの若い研究者・学生のエントリーを心がけたこともあり,極めて役に立つ講演内容であった。

 


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