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15.電子位相顕微鏡法の医学的・生物学的応用
−超分子・細胞のナノ形態生理

2003年12月8日−12月9日
代表・世話人:臼田信光(藤田保健衛生大学医学部)
所内対応者:永山國昭(ナノ形態生理研究部門)

(1)
2光子励起法によるシナプス可塑性の可視化
河西春郎(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所)
(2)
顕微鏡の進化と形態生理学
寺川 進(浜松医科大学・光量子医学研究センター)
(3)
Application of Thin Film Phase Plates in Biological Electron Microscopy
Radostin Danev(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)
(4)
Biological control of magnetite crystals formation in the magnetotactic bacteria: Electron tomography for cytoskeletal structures of Magnetospirillum magnetotacticum (MS-1)
小林厚子(産業技術総合研究所(AIST) 関西センター)
(5)
受容体輸送超分子のナノ形態生理
瀬藤光利(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)
(6)
急速凍結・ディープエッチ・免疫レプリカの電顕CTによる細胞膜裏打ち構造の定量的解析
諸根信弘(科学技術振興機構・SORST/ERATO楠見膜組織能プロジェクト)
(7)
唾液分泌における細胞間分泌細管の形態変化
村上政隆(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)
(8)
カルシウムチャネル hTRPM2 の発現,精製と電子顕微鏡観察
松本友治(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)
(9)
専用型電子位相顕微鏡の開発
元木創平(日本電子株式会社・電子光学機器技術本部)
(10)
Dynamical Properties of Low-resolution Structure (Cryo-TEM) Studied
with Elastic Network Normal Mode Analysis
Florence Tama (The Scripps Kes. Inst.)
(11)
NMRで測定される蛋白質構造の局所的情報を積み上げる
山崎俊夫(理化学研究所・ゲノム科学総合研究センター)
(12)
ピコメーター(pm) レベルの動的1分子構造情報を得るには?
佐々木裕次(理化学研究所Spring8)
(13)
低温電子顕微鏡によるアセチルコリン受容体の構造と機能の解析
宮澤淳夫(理化学研究所播磨研究所Spring8)
(14)
低温電子顕微鏡による細菌べん毛繊維の原子モデル
米倉功治(大阪大学大学院・生命機能研究科)
(15)
DNAのナノ形態:特徴的な塩基配列に由来する特殊高次構造形成
加藤幹男(大阪府立大学・総合科学部)
(16)
電子位相顕微鏡による細胞構造の観察
臼田信光(藤田保健衛生大学・医学部)
(17)
水生食虫植物ムジナモの消化・吸収過程の微細構造観察
金子康子(埼玉大学・理学部)
(18)
ペルオキシソーム酵素移行阻害細胞の解析
伊藤正樹(佐賀大学・医学部)
(19)
Exocytosis of large dense core vesicles and calcium stores
中西節子(JT医薬探索研究所)
(20)
分子・細胞生物学におけるプラットフォームとしての電子顕微鏡画像
永山國昭(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)

【参加者名】
新井麻友美(科学技術振興機構),新井善博(日本電子(株)),伊藤正樹(佐賀大・医),上原清子(福岡大・医),臼田信光(藤田保健衛生大・医),河西春郎(生理研),片岡正典(計算科学研),加藤幹男(大阪府大・総合科学),金子康子(埼玉大・理),Christov Nikolay(統合バイオ),小林厚子(産技研・関西),佐々木裕次(Spring8),杉谷正三(統合バイオ),瀬藤光利(統合バイオ),Krassimir Tachev(統合バイオ),Radostin Danev(統合バイオ),Florence TAMA(The Scripps Kes. Inst.),垂石みどり(科学技術振興機構),寺川 進(浜松医大・光量子医学研),富永由香(科学技術振興機構),中西節子(JT医薬探索研),永山國昭(統合バイオ),早坂孝宏(科学技術振興機構),Stanislav Hucek(統合バイオ),深澤元晶(信州大院・工),松本友治(統合バイオ),宮澤淳夫(理研播磨),Minkov Dorian(統合バイオ),村上政隆(統合バイオ),元木創平(日本電子(株)),諸根信弘(SORST/ERATO楠見膜組織能p),矢尾育子(科学技術振興機構),山崎俊夫(理研横浜ゲノム科学総研),米倉功治(阪大院・生命),前田次郎(日本電子(株)),豊田正嗣(名大院・理),坂本匡史((株)八神製作所),渡辺良雄((株)八神製作所),水野昇(生理研),野口潤(生理研),松崎政紀(生理研),根本知己(生理研),藤田芸彦(日本電子(株))

【概要】
 昨年度より開始した本研究会は平成12,13年度と続いた生理研研究会「定量的高分解能電子顕微鏡法」を発展的に解消したものである。その狙いは,所内対応者の部門で開発された電子位相顕微鏡法を生物学医学にどう応用するか探索することである。平成14年度研究会は国際会議との共催であったため純粋な国内研究会は本年度が最初となる。

 今年度の研究会テーマは,電子顕微鏡分野と他の形態/構造解析分野との出会いである。将来の協奏関係を期待し,特に関連の深いミクロ解剖学,光計測細胞生物学,NMR構造生物学,X線構造生物学,計算生物学分野の研究者を招き,講演をお願いした。生物電子顕微鏡が長い間の停滞を脱却し,新時代を切り開くためには方法論の開発などの自助努力もさることながら,関連分野との密接な協力が必要である。電子顕微鏡の性能,高感度と高分解能のメリットを生かした関連分野との新しい共生の形を探った。

 

(1)2光子励起法によるシナプス可塑性の可視化

河西春郎,松崎政紀,安松信明,本蔵直樹(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所)

 大脳皮質では興奮性シナプスはグルタミン酸作動性で,錐体細胞においては,樹状突起スパイン上に入力する。この単一シナプスレベルの機能解析を行うために,  2光子励起可能なケイジドグルタミン酸を開発し,グルタミン酸の放出を光化学的に行う2光子アンケイジング顕微鏡を構築した。この顕微鏡を用いたAMPA受容体分布の空間解像は脳スライス標本において側方及び軸方向でそれぞれ0.65及び1.4ミクロンであった。この顕微鏡を用いて,シナプス可塑性を単一シナプスで誘発することに成功した。この結果,1) 長期及び短期増強はシナプス後部スパインの頭部体積の増大に伴って起きること,2) このスパイン頭部増大はアクチン重合を必須としていること,3) シナプス学習法則はスパイン形態依存的で長期増強は頭部体積の小さなスパインに選択的に起きることが明らかとなった。この様に大脳皮質錐体細胞のシナプス可塑性は微細形態的である。

 

(2)顕微鏡の進化と形態生理学

寺川進(浜松医科大学・光量子医学研究センター)

 形態学の手法を採り入れた生理学は,新しい展開を見せている。これまで困難であった形態と機能の2面的な性質をひとつの実態の両面として捉えなおすことが新しい魅力である。光学顕微鏡はこの形態学と機能学を結合させる媒体としての力を発揮しているといえる。講演では,最近試用している新型顕微鏡とその応用を紹介したい。

 1) ファイバー結合型共焦点顕微鏡

 イメージングファイバーの一端を通常の共焦点顕微鏡によって観察し,他端を標本に向けることによって画像を取得する。実質臓器の内部を観察する可能性を持つ。

 2) DLP型共焦点顕微鏡

 デジタルマイクロミラー(DMD or DLP) を光源側に使用し,有形照明による蛍光励起を行う。集めた蛍光を同じDMDを介して記録し電子走査による共焦点法とする。

 3) エバネッセンス顕微鏡

 超高開口数対物レンズを使用してエバネッセント光を作り,蛍光標識した細胞膜近傍のナノ構造を捉える。

 4) スリット光走査顕微鏡

 臨界角近傍の入射角を持つ光線をスリット状に整形し,標本内部に入るような照明とする。これを走査することにより細胞の表面とその近傍を高コントラストで観察する。

 5) 近接場露光顕微鏡

 光感受性樹脂の上に細胞を培養し,レンズ無しで光照射をし,細胞表面からの近接場光の強度分布を樹脂上に記録する。これを原子間力顕微鏡で読み出す。

 6) QPm

 明視野透過像3枚から光線追跡的な解析によって位相差像を得る手法(Keith Nugent) 。光学素子による光線の操作をコンピュータ処理に代替えする。

 

(3)Application of Thin Film Phase Plates in Biological Electron Microscopy

 Radostin Danev,永山國昭(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)
臼田信光(藤田保健衛生大学・医学部)

 We discuss two types of thin film phase plates and their corresponding contrast transfer properties in the Transmission Electron Microscope. The Zernike phase plate and the half-plane phase plate.

 The Zernike phase plate [1,2] consists of a thin film with a small hole in the center. It is positioned at the back-focal plane of the objective lens. This phase plate introduces half pi phase shift to the scattered electrons leaving the central beam of unscattered electrons intact. We call this new imaging technique - Phase Transmission Electron Microscope (PTEM).

 The half-plane phase plate [3] consists of a thin film covering one half of the diffraction plane. Only electrons scattered in this half will be phase-shifted. We call the resulting imager Difference-contrast Transmission Electron Microscope (DTEM) . It produces images with topographic appearance very similar to that produced by Nomarski DIC contrast in light microscopy.

 Both PTEM and DTEM provide considerable contrast improvement for biological specimens as demonstrated by the presented experimental images. Theoretical and practical aspects in the application of the phase plates will be discussed.

 K. Nagayama, J. Phys. Soc. Jpn., 68 (1999) 811, R. Danev, K. Nagayama, Ultramicroscopy 88 (2001) 243, R. Danev, H. Okawara, N. Usuda, K. Kametani, K. Nagayama, J. Biol. Phys. 28 (2002) 627.

 

(4)Biological control of magnetite crystals formation in the magnetotactic bacteria: Electron tomography for cytoskeletal structures of Magnetospirillum magnetotacticum(MS-1)

 Atsuko Kobayashi,Takahisa Taguchi(産業技術総合研究所(AIST) 関西センター)
L. Elizabeth. Bertani,Cody Z. Nash3  (California Institute of Technology (Caltech))

 Identification of chain-like structures and their unique crystal showing (111) face made of magnetite (Fe3O4) in the carbonate globules of the ALH 84001 meteorite, of the seven magnetite-based criteria currently being used to identify life on Mars, is one of the strongest evidence for the existence of ancient life on Mars. However, there is a debate about whether they can form through other nonbiological processes

 In living magnetotactic bacteria, it is known that individual magnetite crystals are formed within a string of vesicles, each of which is composed of a proper lipid-bilayer membrane. At present, the biological process that forms these structures is completely unknown. Biophysical arguments indicate that supporting structures are necessary to prevent the chains from collapsing into a disordered clump of particles. As the newly-sequenced genome of M. magnetotacticum (MS-1) contains highly conserved analogues of the cytoskeletal proteins actin and tubulin, these may be involved in the organization of the chains. However, in the past, the presence of buddle polymerized chain structure like actin have never been observed in prokaryote, in situ, by the conventional TEM.

 In this conference, I would like to demonstrate our recent electron tomography studies, for the analysis of continuity in the cell, showing clearly the presence of a condensed, intracellular organic layer that spatially follows the chain of magnetosomes in 3-dimentions, forming a Ômagnetosome sheathÕ. These structures may explain the persistence of magnetosome chain structures in the fossil record, perhaps including the putative magnetosome chain structures in the ALH84001 Martian carbonate blebs.

 Thomas-Keprta, K. L. et al. Truncated hexa-octahedralmagnetite crystals in ALH84001: Presumptive biosignatures. Proceedings of the National Academy of Sciences (USA)98, 2164-2169(2001), Atsuko Kobayashi. Investigation of thermal heated carbonate; Implication for ALH84001, Magnetite on Mars workshop at NASA Astrobiology Institute Meteorite focus group, NASA Ames Research Center, California U.S.A., June 5-6 (2002) , Kobayashi,A., L. Elizabeth, Bertani, Cody Z. Nash and Taguchi,T., Ultrastructure of the magnetite crystal chains in Magnetospirillummagnetotacticum(MS-1) : Evidence from TEM tomography for cytoskeletal supporting structures: Geochimica Et Cosmochimica Acta, v.67,p.A222-A222 (2003)

 

(5)受容体輸送超分子のナノ形態生理

 瀬藤光利(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)

 これまでモーター蛋白がアダプター蛋白質複合体を介してその荷物,具体的な例としては受容体を輸送するメカニズムの存在を神経細胞で示してきた。ごく最近,これら受容体を増加させる正の輸送だけでなく,減少させる負の輸送がどうもあるらしいことがわかってきた。さらにシナプスからの受容体の減少をつかさどる機構に選択性があることが判明し,それら選択性を物質的に保障できる大きな蛋白質輸送複合体が関与しているのではないかと考えられ始めてる。

 我々の同定した神経活動依存的に転写制御される新しいユビキチン付加酵素候補遺伝子に関する話題を中心に議論を行う。

 

(6)急速凍結・ディープエッチ・免疫レプリカの電顕CTによる細胞膜裏打ち構造の定量的解析

 諸根信弘(科学技術振興機構・SORST/ERATO楠見膜組織能プロジェクト)

 これまでに我々は,培養細胞から剥離した細胞膜を急速凍結/ディープエッチし,そのレプリカを用いて膜骨格の構造を細胞膜全体にわたる広い領域で調べてきた。本研究では,電子線コンピュータトモグラフィー(EM-CT) を適用して,3次元構造を高解像度で可視化することにより,細胞膜の膜近傍での膜骨格だけを特定して観察できるようになった。一方,藤原らと村瀬らは細胞膜上で1分子の運動を追跡し,細胞膜が30-200nm(細胞種に依存)のコンパートメントに細かく分割されていること,これがアクチンを主成分とする膜骨格(フェンス)や膜骨格にアンカーされた様々な膜貫通型タンパク質(ピケット)によることを見出している。EM-CTで決定された,細胞膜内側表面での膜骨格のメッシュサイズとリン脂質1分子の運動から決められたコンパートメントサイズ(中央値)はNRK細胞ではそれぞれ200と230nm,FRSK細胞では52と40nmとかなりよく一致した。これは,膜骨格のフェンスやピケットが細胞膜をコンパートメント化していることを支持する。以上の結果は急速凍結・ディープエッチ・免疫レプリカ試料に適用したEM-CT法が細胞膜裏打ち構造の定量的解析に有用であることを示している。

 

(7)唾液分泌における細胞間分泌細管の形態変化

 村上政隆(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)

 唾液腺における細胞間分泌細管(intercellular canaliculi, IC) は,電解質,水,タンパク質が混ざりあい原唾液をつくり出す最初の混和槽であり,細胞内より分泌される成分と細胞間隙を通過する成分が混和する場所でもある。本研究会では1) 細胞間隙を通過する標識デキストランから推定した分子フィルターの特性(Hill, Cambridge) 。2) 細胞内から分泌される水分と細胞間隙を通過する水分の時間変化の推定(Segawa, Sagamihara) 。3) 顎下腺でHR-SEMにて観察される開口分泌の出現と巨視的なmucin分泌測定の連結(Riva, Cagliari) 。4) 細胞間隙通路の凍結割断法による形態観察(tight junction配列の変化と傍細胞輸送能の関係; Hashimoto, Chiba)について実施した共同研究成果を基に,細胞間分泌細管の微小形態変化と臓器機能との連結を試みる。

 

(8)カルシウムチャネル hTRPM2 の発現,精製と電子顕微鏡観察

 松本友治(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)

 膜タンパク質 TRPM2 はレドックス準位依存性カルシウムチャネルであり,中枢神経細胞において高レベルに発現される。活性化因子β-NAD+の濃度上昇に伴ない TRPM2のチャネル活性も上昇することから,TRPM2は細胞内レドックス状態の変化を引き金とする細胞死に関連があると考えられている。

 ヒト全脳のcDNAライブラリーより再構成された全長のhTRPM2遺伝子をトランスファー・ベクター pYNGHis (C) /hTRPM2へと組み込み,組換えバキュロウイルス−カイコ系を用いてhTRPM2を大量発現させた。目的タンパク質はフッ化界面活性剤ペンタデカフルオロオクタン酸を用いることで抽出・可溶化でき,これをニッケル・キレート・アフィニティカラムクロマトグラフィーならびに微量ゲル濾過によって精製したところ,アミノ酸組成比が既知の配列情報から予想される値とほぼ一致するサンプルが得られた。

 ゲル濾過における主ピーク近傍で予想分子量160kDa の成分を含む分画から負染色試料を作成して電子顕微鏡下で観察したところ,比較的サイズの揃った多数の粒子像を確認できた。一軸傾斜法により撮影した電子顕微鏡画像から逆投影によりTRPM2分子の立体モデルを起こすことを試みた。現時点で得られているのは分解能が高々3.2 nm 程度の予備的段階のモデルではあるが,分子中心部の低密度領域とそれを取り囲む4 ~ 5個のドメインが指摘できる。

 

(9)専用型電子位相顕微鏡の開発

 元木創平,細川史生,新井善博(日本電子株式会社)
Radostin Danev,永山國昭(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)

 透過型電子顕微鏡(TEM) で位相差像を実現するには対物レンズの回折像面に位相板を挿入する必要があり,大型TEMで要素実験を行なった。一方で,通常型TEM(加速電圧100kV, 200kV)では構造上回折像面がポールピース内にあるため位相板を挿入出来なかったが,次の考案・改造を行う事で120kVTEMでの実用性を確認した。

 二つのmini-lens : (transfer doublet lens) により後焦点面と共役な回折像面を対物レンズと中間レンズの間に形成した。

 位相板を汚染とチャージ防止を目的として加熱ホルダーに装着し,専用ステージにより精密駆動した。

 本装置の実験結果は以下の通りである。

 相板を回折像面に正しく設置でき,カーボングラファイトの0.34nmの格子像を,位相差像および通常像のそれぞれで観測した。

 位相板加熱により汚れが防止され,位相板の長時間使用可能が確認できた。

 現在は加速電圧200kVの装置開発を進めており仕様は以下の通りである。

 加速電圧:200kV

 分解能:0.23nm,球面収差1.0nm,色収差係数:1.55mm,焦点距離:2.3mm,

 位相板:最高加熱温度700℃,X - Y 移動精度:0.01μm,Z 移動精度:1μm,

 最大倍率:位相差像 約50万倍,通常mode:150万倍

 本装置の開発は「科学技術振興機構」からの「新技術開発委託」で行われている。

 R. Danev and K. Nagayama, ®Transmission electron microscopy with Zernike phase plate©, Ultramicroscopy 88 (2001) 243-252, F. Hosokawa, Y. Arai, R. Danev and K. Nagayama, “Transfer Doublet and an Elaborated Phase Plate Holder for 120kV Electron-Microscope”, J. Electron Microscopy, submitted.

 

(10)Dynamical Properties of Low-resolution Structure (Cryo-TEM) Studied with Elastic Network Normal Mode Analysis

 Florence Tama  (The Scripps Kes. Inst.)

 We present a novel method for the quantitative flexible docking of a high-resolution structure into low-resolution maps of macromolecular complexes from electron microscopy. This method uses a linear combination of low frequency normal modes from elastic network in an iterative manner to deform the structure optimally to conform to the low-resolution electron density map. We demonstrate that refinement based on normal mode analysis provides an accurate and fast alternative for the flexible fitting of high-resolution structure into low-resolution density map determined by electron microscopy. Additionally, we show that lower resolution (multi-scale) structural models can also be used for the normal mode searching in lieu of fully atomic models with little loss of overall accuracy.

 

(11)NMRで測定される蛋白質構造の局所情報を積み上げる

 山崎俊夫(理化学研究所・ゲノム科学総合研究センター)

 蛋白質を水溶液状態で構造決定できるNMR法は,200アミノ酸程度までの小さな蛋白質については信頼できる方法となった。さらに大きな分子量の蛋白質への挑戦は,試料の安定同位体標識法や緩和を抑える実験法の開発によって続けられている。特に3重標識 (13C,15N,2H) した蛋白質を用いてTROSY法を適用すると,500アミノ酸を越えるものでも主鎖のNMR信号の帰属が得られるようになったのは大きな前進である。特に我々が開発した区分標識法を組み合わせると蛋白質を部分的に解析していくことができる。NMRから得られる構造情報は局所的である。化学シフトは2次構造,NOEは5A以下の水素の対を与える。大きな蛋白質の全体構造を求めるにはより長距離の構造情報が得ることが必要である。例えば標識によって導入した電子スピンを使った方法は10-60Aの距離が測れる(NMR法とESR法)。また,電子顕微鏡の可能性として多点標識に対して距離の依存性なく測れることを期待している。多種類の測定法をうまく組み合わせる可能性を考えている。

 

(12)ピコメーター(pm) レベルの動的1分子構造情報を得るには?

 佐々木裕次(理化学研究所Spring8)

 究極的な精度で,かつin-vivo時分割計測によって機能性生体分子の動的構造情報が取得可能になれば,生命科学の多くの謎に解答を得ることができるかもしれない。それが1分子で可能となるとなおさらである。ピコメートルという単位は,今流行のナノの1ランク下の単位で,今まで電子顕微鏡の世界でのみ使用されてきた。現在多くの研究者が利用するようになった1分子計測法は,ほとんどが可視光利用で,その手軽さ故に汎用的な測定手段になりつつある。しかし,機能発現に直結した極めて微小な生体分子内運動を計測するとなると可視光では計測精度が足りないことが分かってきた。その対策の一つとして,私は波長を短くすることを提案し,X線1分子計測法が登場した。ナノ結晶を目的タンパク質分子に標識するので,標識法一般の欠点,利点は背負ってくる。原理的にIn-vivoで計測可能であることは大いに利点となる。現在まで,DNA,ミオシン,アクチン,ミクログロブリン,GroEL/ES,GFP,紫膜内のバクテリオロドプシン等の実時間分子内運動を計測してきた。その結果,X線1分子計測によって,非常にゆっくりした(数−数十Hz)領域の運動を高精度(-pmレベル)で1分子計測することが可能であることが分かった。現在は,平面膜内でのKcsAのチャネル開閉に伴う分子内構造変化計測をハッチクランプ法と併用計測する実験を進めている。

 

(13)低温電子顕微鏡によるアセチルコリン受容体の構造と機能の解析

 宮澤淳夫(理化学研究所播磨研究所Spring8)

 神経筋接合部に存在するニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR) は,リガンド(アセチルコリン)との結合により,ポストシナプス膜を脱分極させる。こうしたnAChRの分子機能を明らかにするために,低温電子顕微鏡法によるnAChRの高分解能構造解析を行ってきた。nAChRを豊富に含んだシビレエイの電気器官からnAChRのチューブ状結晶を作製して,その結晶のイメージを撮影した。チューブ状結晶の「らせん」対称性を利用した画像解析と結晶性の補正処理を行い,359枚のイメージ(約100万個の分子)を平均化することにより,静止状態にあるnAChRの立体構造を4Åの分解能で解析した。そしてnAChRの1次構造情報から原子構造を決定し,アセチルコリンがnAChRのリガンド結合部位に結合した時に,どのようにして膜貫通部位にあるイオンチャネルのゲートを開閉させるのか,そのアロステリックな分子メカニズムを解明した。

 

(14)低温電子顕微鏡による細菌べん毛繊維の原子モデル

 米倉功治(大阪大学大学院・生命機能研究科)

 細菌の運動器官,べん毛は,細胞膜内で高速回転するモータと,細胞外に細長く伸びたプロペラ,べん毛繊維等から成る超分子ナノマシンである。べん毛繊維は一種類の蛋白質フラジェリン,2-3万分子が,らせん状に重合することにより構築され,その長さは菌体長の約10倍,10-15mmにも達する。今回,低温電子顕微鏡法によりべん毛繊維の立体構造を解析し,原子モデルを構築した。その結果,繊維のコア領域でa-ヘリックスの束が形成され,その疎水性相互作用により繊維構造が安定化されていることや,べん毛繊維の形態変換に重要な分子間相互作用等が明らかになった。フラジェリンはべん毛中央を貫通する細いチャネルを通して細胞内から先端へ輸送され,重合は繊維の先端で起こる。このチャネルが直径約20Åで,その内表面が主に極性アミノ酸でできていることもわかり,この性質が,細いチャネルを通過するためにほどけた状態のフラジェリンの速やかな輸送に重要であることが示唆された。

 

(15)DNAのナノ形態:特徴的な塩基配列に由来する特殊高次構造形成

 加藤幹男(大阪府立大学・総合科学部)

 ゲノムシーケンシングの進展によって,ヒトをはじめとしてさまざまな生物種のゲノム配列決定完了が報告された。これらの配列情報に基づいて,生命を構成する全遺伝子の機能解明を目指す研究へと発展している。一方,ゲノム配列は,遺伝子の情報をもつだけでなく,転写調節,複製制御,組換えなどのゲノム機能をつかさどる基盤情報であり,調節タンパク質はDNAの特異的な構造の上でそれぞれの役割を演じている。ゲノムシーケンシングは,これまでにいろいろなタイプの特徴的塩基配列の存在を明らかにした。これらの特徴的な塩基配列は,ランダムな塩基配列集団に予測される頻度よりも有意に高い頻度でゲノムに出現する。その高いゲノム内出現頻度は,ゲノム機能のいずれかの過程でなんらかの役割をはたすこと,あるいは少なくとも副次的な効果の存在を予想させるに十分である。これらの配列が存在する意味を明らかにするためには,まずその構造を理解することが必須である。本報告では,種々の特徴的な塩基配列のうち,1) ポリプリン・ポリピリミジン配列における分子内三重鎖構造の形成,2) 回文配列における十字架型構造とその変型の形成,3) ミニサテライト・マイクロサテライト配列周辺の特異な湾曲構造(bent DNA) 等を,生化学的手法と顕微鏡学的手法を用いて解析した結果を報告する。

 

(16)電子位相顕微鏡による細胞構造の観察

 臼田信光,中沢綾美,水谷謙明(藤田保健衛生大学・医学部)
Danev Radostin,永山國昭(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)

【目的】細胞は,電子線の吸収がほとんどなく,無染色では電顕観察が困難である。従来,細胞の超微構造は,重金属を用いた電子染色を行った標本で観察されてきた。得られる像は,本来の形態というよりむしろ,重金属の構造への親和性を示す像である。電子位相顕微鏡を用いて,無染色標本の観察を試みた。

【材料と方法】ラット脳から得た微小管と,肝臓から得たミトコンドリア分画をカーボン薄膜を張ったグリッドに採取した。カーボン薄膜を張った金グリッドに,HEK293細胞を培養した。液体エタン中で浸漬急速凍結固定を行い,液体ヘリウム冷却試料室に移した。無染色のまま,通常観察(CTEM)・ゼルニケ位相差法(PTEM)・微分干渉法(DTEM) 観察法により電顕観察を行った。

【結果と考察】微小管をCTEMにより観察すると,protofilamentsも明瞭に観察されたものの,コントラストが低く観察は困難であった。PTEMを行うとコントラスト良く,容易に観察された。ミトコンドリアは,CTEMではほとんど可視化できなかったが,DTEMによって目立ったコントラストの改善がみられた。培養細胞では,DTEMにより,細胞内構造の高コントラストな観察が行え,ミトコンドリアなどの細胞小器官が同定できた。電子位相顕微鏡により,細胞の無染色標本の観察が可能であることが示された。

 

(17)水生食虫植物ムジナモの消化・吸収過程の微細構造観察

 金子康子,厚沢季美江,新田浩二,松島久(埼玉大学・理学部)

 ムジナモは,ミジンコなどの小動物が捕虫葉の表面にある感覚毛に触れると,迅速に葉を閉じて捕える。その後,消化腺毛から分泌した消化酵素で分解し,吸収毛で分解物を吸収すると考えられている。ムジナモは国際的に絶滅危惧種に指定されている希少な植物であり,維持・栽培も困難であったために,生活環における微細形態とその機能の詳細は不明であった。本研究ではin vitro で培養・増殖したムジナモを用い,特に消化・吸収に関わると考えられている腺毛の微細構造の観察を行った。切り出した捕虫葉は化学固定法または急速凍結置換法で固定後樹脂包埋し,超薄切片を透過電子顕微鏡で観察した。消化腺毛ではラビリンチン壁,層状のER,タンニン液胞が発達していた。セリウムを用いた細胞化学法により,ラビリンチン壁とERに酸性フォスファターゼの局在が確認できた。吸収毛ではゴルジ体が著しく発達していた。さらに人為的にミジンコを捕食させ,消化・吸収過程の微細構造を観察することを試みた。

 

(18)ペルオキシソーム酵素移行阻害細胞の解析

 伊藤正樹(佐賀大学・医学部)

 オルガネラ移行型GFPの細胞内局在性を指標として,CHO細胞由来のペルオキシソーム欠損細胞を簡便に分離することが出来た。それら変異細胞の内で,リボソームで合成された蛋白質をペルオキシソームに運ぶレセプター機能を持つPex5pが欠損したSK32株に注目して,研究を進めた。SK32細胞は,Pex5p全長640アミノ酸残基内でG343Rの置換が起きている(Pex5pG343R) 。SK32での変異型Pex5pの産生は,ウエスタン法で調べると,野生型の1/10以下と推定された。レセプター機能を持つPex5pが少ないにもかかわらず,ペルオキシソーム酵素のチオラーゼ(脂肪酸ベータ酸化の最終酵素),Aox(脂肪酸ベータ酸化の初発酵素)のオルガネラ移行は正常であった。

 各種の方法により,これらの酵素はペルオキシソーム膜内に蓄積していることが示された。また,SK32では,チオラーゼの前駆体型(44kDa) から成熟型(41kDa) の変換が,温度感受性(TS) であることが明らかとなった。このTS性を利用して,膜内に蓄積しているチオラーゼが真正の膜透過型前駆体であることを確認し,透過装置(蛋白質複合体)の同定を試みる。

 

(19)Exocytosis of large dense core vesicles and calcium stores

 中西節子(JT医薬探索研究所)

 A subclone of PC12 cell, PC12h, expresses the characteristics of adrenergic neuron while those of cholinergic neuron are much reduced. Differentiated PC12h cells have many varicosities, which contain large dense core vesicles but not small synaptic vesicles. Using differentiated PC12h cells, changes in the concentration of cytoplasmic calcium ions were analyzed at individual varicosities upon stimulation with acetylcholine by laser scanning confocal microscope. Transient increases in cytoplasmic calcium ion concentration were localized in the varicosities and recognized in both the absence and presence of extracellular calcium ions. Immunocytochemical analysis of intracellular calcium ions, the inositol (1,4,5) -trisphosphate receptors and ryanodine receptors, demonstrated that immunoreactive sites were mainly localized on large dense core vesicles in the varicosities and neurites. These results suggest that the exocytosis of large dense core vesicles is regulated by an increase in cytoplasmic free calcium ion concentration from an intracellular calcium store, and large dense core vesicles are the possible candidates.

 

(20)分子・細胞生物学におけるプラットフォームとしての電子顕微鏡画像

 永山國昭(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)

 電子顕微鏡が研究推進の駆動力として生物学,医学に多大なインパクトを持った時代があった。現在その駆動力の座は蛍光顕微鏡にとって代わられ,往時の活況は昔語りである。私は電子顕微鏡が再び活性化する時代が来ると信じ,方法論の根底的改革を行っている。この改革の旗手は各種の電子位相顕微鏡であるが,ではどのような意味で生物学,医学領域に新たな寄与をなすことになるのか。

 生物電顕では従来電顕像へのコントラスト付与は重金属染色でなされた。現況では,研究時間のほとんどが試料調整に割かれている。この試料法を簡略化し,光顕の試料調整法と協調できるものにすれば,電顕に誰しも感ずる高い壁は軽減され,かつ他分野との本質的協調が可能となるのではないか。そのために最も重要なのは無染色凍結試料の高コントラスト電顕撮像法の確立である。すなわち簡便にin situの細胞像を蛍光顕微鏡の100倍程度の分解能で観察する方法論の確立である。この高分解能形態像を分子生物学研究,分子生理学研究,細胞生物学研究,神経科学研究のプラットフォームとして利用していく。その際,蛍光顕微鏡のGFPに対応するタンパク質特異的電顕ラベル法と組み合わせ機能研究との密結合を図りたい。

 生物学,医学のプラットフォームとして電顕技術を確立すること,これが先に投げた設問への答である。

 


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