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16.ロコモーションの統合的研究〜分子,細胞,システム

2003年10月2日−10月3日
代表・世話人:岡村 康司(統合バイオサイエンスセンター)
所内対応者:岡村 康司(統合バイオサイエンスセンター)

(1)
ミドリムシの光運動反応に関わる青色光センサー,光活性化アデニル酸シクラーゼ
伊関 峰生(科学技術振興事業団 さきがけ研究21)
(2)
単細胞藻類クラミドモナスはどうやって光の方向を知り,集まるか?
吉村 建二郎(筑波大学 生物科学系)
(3)
一分子生理学から学ぶ分子モーターの作動機構
木下 一彦(岡崎国立共同研究機構 統合バイオサイエンスセンター)
(4)
深海細菌のゲノムに見る情報伝達機能分子
高見 英人(海洋科学技術センター)
(5)
線虫の感覚情報によるロコモーションの制御
桂  勲(国立遺伝学研究所 構造遺伝学研究センター)
(6)
線虫のロコモーションの計測と神経系モデル
新貝 鉚蔵(岩手大学工学部)
(7)
ホヤ幼生の遊泳行動と感覚器官
津田 基之(姫路工業大学大学院 理学研究科)
(8)
ホヤ幼生の遊泳リズムとイオンチャネル
岡村 康司(岡崎国立共同研究機構 統合バイオサイエンスセンター)
(9)
ザリガニ尾扇肢運動修飾の神経機構
長山 俊樹(北海道大学大学院  理学研究科)
(10)
硬骨魚後脳の分節構造にもとづいて構築された逃避運動回路
小田 洋一(大阪大学大学院 生命機能研究科)
(11)
多足歩行動物の歩行パターンのエネルギー効率に基づく最適性
西井 淳(山口大学理学部))
(12)
哺乳類歩行リズム神経回路の発生
西丸 広史(カロリンスカ研究所)
(13)
ネコ歩行運動の脳幹−脊髄制御機構
松山 清治(札幌医科大学医学部生理学第二講座))

【参加者名】
伊関 峰生(科技団),渡辺 正勝(基生研),鈴木 武士(科技団),吉川 伸哉(科技団),津田 基之(姫路工大大院),川上 功(姫路工大大院),吉村 建二郎(筑波大学),小田 洋一(大阪大大院),小橋 常彦(大阪大大院),高見 英人(海洋科学技術センター),池 甲珠(海洋科学技術センター),高木 善弘(海洋科学技術センター),西丸 広史(カロリンスカ研),長山 俊樹(北海道大大院),木下 一彦(統合バイオ),松山 清治(札幌医大),桂 勲(遺伝研),新貝 鉚蔵(岩手大),坂田 和実(岩手大),西井 淳(山口大),日置 智子(山口大),筒井 泉雄(一橋大),西野 敦雄(東京大大院),岡村 康司(統合バイオ),久木田 文夫(統合バイオ),岩崎 広英(統合バイオ),村田 喜理(統合バイオ),中山 希世美(統合バイオ),佐々木 真理(統合バイオ),ISRAILHOSSAIN(統合バイオ)

【概要】
 動物の特質としてのロコモーションは,単細胞生物から多細胞動物にいたるまで,さまざまなパターンをとっているが,それらを構成する細胞,分子のレベルでは生物種間で類似した要素(モーター,骨格,輸送,etc)が用いられる。一方で,これら共通かつ多様な分子群は,個体の機能の文脈において,細胞レベルで集約されており,これらの理解には,遺伝子,分子,細胞レベルの研究に加えて,生物種間の進化的なつながり,また,各要素が統合されるシステムの理解が不可欠である。つまり,各生物のロコモーション機能を分子レベルで理解することは,分子の働きを,マクロな生物機能の立場から捕らえなおす新しい試みである。相補的な交流をはかり,「ロコモーション」という根源的であり且つ多様な生理機能に着目し新たな統合バイオサイエンスとしての位置づけを探った。ミドリムシ,クラミドモナスなどの単細胞生物の研究,単一タンパク分子の動きに関する研究,少数の神経系細胞を有するモデル生物を用いた研究,多数の神経細胞を有する脊椎動物における研究にいたるまで,多様な側面での研究内容を含む形となり,広い視点での議論が活発に交わされた。

 

(1)ミドリムシの光運動反応に関わる青色光センサー,
光活性化アデニル酸シクラーゼ

伊関 峰生(科学技術振興機構 さきがけ)

 ミドリムシ(Euglena gracilis) は光環境の変化に敏感に応答する。光驚動反応の光センサー分子として新奇な負ラビンタンパク質(PAC) を同定することに成功した。

 PACは発色団としてFADを結合した分子量約40万のタンパク質で,互いによく似たalpha, beta二種類のサブユニットから成るヘテロ四量体と推定される。PACはアデニル酸シクラーゼ活性を示し,青色光照射により劇的に増大する。RNAi法により,PACがステップアップ光驚動反応の光センサーとして機能していることが明らかになった。

 

(2)単細胞藻類クラミドモナスはどうやって光の方向を知り,集まるのか?

吉村 建二郎(筑波大学・生物科学)

 クラミドモナスは,葉緑体と核が大部分を占める細胞体と,運動装置である鞭毛からなる単細胞動物である。クラミドモナスの光受容体である眼点は,フォトダイオードのようなものであり,それ自体では光の方向は分からない。360度回転する泳ぎ方を示し,指向性の良いレーダーとして光をスキャンする。眼点の方向と遊泳方向との関係を調べると,眼点に光が入らなくなった時に光の方向へ急激に方向転換することが明らかになった。また,周期的な光刺激を与えると自転の周波数である2-5Hzの繰り返し刺激に対して最大の反応を示した。従って,眼点に入る光の中から自転に由来する光強度の変化を抽出することにより正しく方向転換することが明らかになった。

 

(3)一分子生理学から学ぶ分子モーターの作動機構

木下 一彦(岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンター)

 タンパク分子一個の動きを観察するだけでなく,光ピンセットや磁気ピンセットを使って分子機械に操作を加えることにより,タンパク分子の作動原理が理解できる。これらの手法によりATPの加水分解にともなう自由エネルギー放出により一方向の動きと力を生み出すF1分子モーターを解析したところ,加水分解のときよりも,ATPが結合するときと解離するときに主要な仕事がなされることが明らかになった。結合・解離による回転の仕組みについてのモデルを得ることができ,このモデルは逆回転によるATP合成も説明した。リニアー分子モーターであるミオシンが,アクチンフィラメントの上を歩行する機構についても一分子のイメージングを行うことで,興味深い詳細な機構が明らかになりつつある。

 

(4)深海細菌のゲノムに見る情報伝達機能分子

高見 英人(ゲノム解析研究グループ)

 様々な環境に生息するBacillus属関連種について,pHと塩濃度に着目し,高pH,高塩濃度環境に対する適応メカニズムの解明を目指して,好アルカリ性Bacillus haloduransおよび高度耐塩性好アルカリ性Oceanobacillus iheyensisの全ゲノム配列を決定した。既に配列が決まっている3種のBacillusと合わせてゲノム配列の比較を行った。その結果,354遺伝子は,Bacillusに共通する遺伝子であった。好アルカリ菌二種のみに共通な遺伝子として,243保存されていた。243のうち,約1/3の76遺伝子がtransport/binding proteinのカテゴリーであり,ABCトランスポーター,C4-ジカルボン酸関連トランスポーター,浸透圧に関わるトランスポーター,Naイオンの取り込みに関わるトランスポーターを含んでいた。一方,原核生物としては最初の発見である電位依存性Naチャネルが共通な遺伝子として見出された。このチャネルは一過的にNaイオンを供給することから,どのようにNaイオンサイクルに貢献しているかは,まだ不明である。

 

(5)線虫の「感覚情報によるロコモーション」の制御

桂 勲(国立遺伝学研究所,総合研究大学院大学)

 線虫の行動が様々に調節される機構を,遺伝学的に解析した以下の3つの結果について発表した。(1) 腸から行動への影響(2) 嗅覚の順応(3) 餌と匂い物質による学習(4) 感覚信号の選択と統合。

 これらの中で,(2) は,感覚ニューロンの中で細胞自立的に行われるが,他の制御は細胞間の信号伝達を含む。これらの遺伝子の機能を,感覚からロコモーションにいたる神経回路の中で議論した。

 

(6)線虫のロコモーションの計測と神経系モデル

新貝 鉚蔵(岩手大学工学部)

 線虫の移動をアガープレート上で画像解析し,前進,後退,停止を分け,虫の形態や首振り等から,頭部を識別し,自動判別した。また,餌のあるなし,やlaser照射の影響を解析することにより神経回路の特性を推定した。また,Hodgkin-Huxley型チャネルモデルとシナプス結合をパラメーター化して,前進運動を生成する神経回路モデルを作成することを試みた。いくつかの組み合わせにおいて,背腹の筋を交互に興奮させる周期的活動を構成することができた。

 

(7)ホヤの幼生の行動と感覚器

津田 基之(姫路工業大学大学院理学研究科生命科学専攻)

 脊椎動物の始原的生物である原索動物のカタユウレイボヤは,幼生期の前半に上昇運動を,後半は下降運動を示し,海底に着床して成体に変態する。この遊泳運動は脳胞の二つの色素細胞を含む感覚器に制御される。Laser ablation1により色素細胞除去の影響を調べたところ,前方の色素細胞を除去すると平衡機能が阻害され,後方色素細胞を除去すると光反応が消失した。更に,オプシン遺伝子に対するmorpholino oligoDNAを導入して遊泳運動を観察すると,光依存的な遊泳運動が阻害された。

 

(8)ホヤの幼生の遊泳リズムとイオンチャネル

岡村 康司(岡崎国立共同研究機構 統合バイオサイエンスセンター)

 脊椎動物の始原的生物である原索動物のホヤ神経筋に関する以下の3つの知見について報告した。(1) ゲノム情報からイオンチャネル遺伝子の網羅的解析を行った。脊椎動物のイオンチャネルの殆ど全ての種類の遺伝子が見られたが,興奮性の微妙な調節に関わる副サブユニットやホヤには形態学的に存在しない痛覚に関与する遺伝子が存在しないことが明らかになった。(2) 筋細胞特性の発達について,電気生理学的および分子生物学的手法により解析し,発生途中での電位依存性Caチャネルの機能は,筋細胞形態の成熟に重要であることを見出した。(3) ゲノムの解明されたユウレイボヤにおいて,ロコモーションとイオンチャネルの関係を解明するには,オタマジャクシ幼生から直接電気的に記録する方法が必要である。そこで,吸引電極および細胞内電極を用いた記録を行い,左右の遊泳リズムを単一幼生レベルで解析する系を確立した。

 

(9)ザリガニ尾扇肢運動修飾の神経機構

長山 俊樹(北海道大学大学院理学系生物科学)

 アメリカザリガニは尾部への機械的接触刺激に対し,刺激強度により異なる反応パターンを示す。強烈な刺激により巨大介在ニューロンを介した系により反対方向へ遊泳逃避する。弱い刺激では,尾扇肢を閉じ,前進歩行するdart responseを示す。行動修飾,選択の神経スイッチを解明するため,電気生理学的手法により解析を行い,ノンスパイキングニューロンの相反性並列型シナプス統合作用によって運動パターンが巧みに選択される仕組みが明らかになった。

 

(10)硬骨魚後脳の分節構造にもとづいて構築された逃避運動回路

小田 洋一(大阪大学大学院生命機能研究科)

 zebrafishや金魚の網様体脊髄路(RS) のニューロン群は,成魚においても分節構造を保ち,前後軸方向に7つの分節を形成する。第4分節には巨大なMニューロンが左右一対存在し,逃避行動をトリガーする。他の分節にも,Mニューロンと形態学的に良く似た相同RSニューロンが隣接する分節に繰り返される。これまでに,(1) 逃避運動中のzebrafishの稚魚のRSニューロンをカルシウムイメージングにより短潜時の逃避運動にはM細胞の活動を伴うことを明らかにした。(2) 第4節のM細胞と第5,6節のRSニューロンは異なる興奮性を示し,Kv1.2サブユニット依存性の低閾値Kチャネルと,M細胞特異的反回抑制性回路の働きによることが示唆された。(3) M細胞から第5,6分節のRSニューロンには一方向の結合があり,結合様式は細胞の形態的分類に従っていた。

 

(11)多足歩行運動の歩行パターンのエネルギー効率に基づく最適性

西井 淳(山口大学 理学部)

 歩行が速度によって変化することが知られているが,その理由として消費エネルギーによる最適化の可能性が考えられ,HoytとTaylorにより実験的に示された。しかし,(1) ウオークが遅い速度で,ギャロップが速い速度でエネルギー消費が低くなる理由は? (2) 歩容が速度により突然変化する理由は? (3) 多足歩行動物に観察され歩容はエネルギー消費に基づく最適解であるか?,などは不明であった。歩行パターンの決定において動物によらない共通の特徴があるが,実験的に検討することは困難である。そこで,生体の運動の力学モデルを用いた数理的方法により消費エネルギーを最小にする歩行パターンを求めてみたところ,実際の観察と高い類似を示した。また,歩容の遷移は,身体を支えるためのトルク発生に伴うエネルギー消費と,脚を振るための機械的仕事のバランスが速度とともに変化するために生じることや,最適な歩容の遷移が総転移的に起こりうることも明らかになった。

 

(12)哺乳類歩行リズム神経回路の発生

西丸 広史(カロリンスカ研究所神経科学部門)

 哺乳類脊髄の神経活動のリズムは,歩行様のパターンとして誘発され精力的に研究されてきた。しかし,介在ニューロンの性質や同定など不明な点が多い。脊髄のパターン形成回路を明らかにする目的で,胎生期ラットの脊髄摘出標本を用いて1) 生まれる一週間ほど前に始めて観察されるリズム活動においては左右の運動ニューロン群が左右で同期した活動を示すこと,2) 後肢の運動に対応する左右交代性のニューロン活動は生まれる前に出現すること,3) 同期したパターンから交代性のパターンへの変化において,GABAまたはグリシン作動性のシナプスの発達が重要であること,を明らかにした。

 

(13)ネコ歩行運動の脳幹―脊髄制御機構

松山 清治(札幌医科大学医学部生理学第二講座)

 歩行運動は動物の基本的運動のひとつであり,様々な随意行動や情動行動と密接に関連して発現する。このため,哺乳動物では歩行運動の発現・制御は大脳皮質・基底核・辺縁系などの高次脳の機能と深い関わりを持つ。一方,歩行運動の制御機構は,中枢神経系全般に分散配置された複数のサブシステムにより構築される。ネコを用いて基本神経機構としての脳幹―脊髄系に着目し,網様体脊髄路,外側前庭脊髄路,脊髄交連細胞機構を基礎的構成要素とする歩行運動の構成に関して明らかにした。

 


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