![]() |
![]() ![]() |
|
17.神経可塑性の分子的基盤2003年5月29日−5月30日
【参加者名】 【概要】 この今日的疑問に応えるため,本研究会では,近年重要な知見が数多く蓄積してきたPSD(シナプス後肥厚部)およびその周辺の情報伝達,ならびにその生物学的意義について,以下のテーマと演者による発表・討論を行った。1) グルタミン酸受容体,ならびにその活性を調節する分子装置としてのPSDにおける分子間相互作用に関する最新の知見:亀山公彦,籾山明子,畑裕,瀬藤光利,富田進,渡部文子ら。2) これらの中核となる分子群を統合的に調節する分子機構としての,翻訳後修飾,遺伝子発現,神経細胞分化調節,樹状突起パターニングや新規アダプター蛋白について:武井延之,徳光浩,見学美根子,上村匡,大塚稔久ら。これらの発表について,提案代表者ら数人の神経可塑性のエキスパートを中心に討議を行い,新たな概念・実験デザインの創成を試みた。
(1)AMPA受容体のリン酸化と機能制御亀山仁彦(産業技術総合研究所脳神経情報研究部門脳機能調節因子研究グループ) 中枢神経系におけるグルタミン酸受容体を介した興奮性シナプス電流は主にAMPAサブタイプにより輸送される。このサブタイプはリン酸化により受容体の機能やシナプス膜における分布が制御されてシナプス伝達効率を変化させると考えられている。 AMPA受容体のGluR1サブユニットは細胞内ドメインに3ヶ所のリン酸化部位が同定されている。PKCおよびCaMKIIによりリン酸化を受けるS831残基のリン酸化によりチャネルのコンダクタンスが増加してイオン透過性を上昇させる。一方,PKAによりリン酸化されるS845残基のリン酸化により受容体のシナプス膜への発現量が増加することによりイオンの透過量が増えるとされている。またT840残基は神経細胞や,異所性に培養細胞などに発現させた場合にもリン酸化されるが,この部位は刺激などによるリン酸化量の変化はあまり起こらない。LTPを誘導するような高頻度刺激を海馬CA1領域錘体細胞に与えることによりGluR1サブユニットのS831のリン酸化量は増加する。一方S845のリン酸化量は変化しない。一方LTDを誘導するような低頻度刺激を与えた場合にはGluR1サブユニットのS845のリン酸化量が減少し,S831のリン酸化量は変化しない。 一方で予め高頻度刺激を加えておいたサンプルに低頻度刺激を加えることにより誘導されるde-potentiationの系ではS831のリン酸化量が減少し,S845のリン酸化量は変化しない。逆にシナプスに予め低頻度刺激を加えた後に高頻度刺激を加えるde-depressionの系ではS845のリン酸化が増加しS831のリン酸化量には変化が見られない。これらの実験結果はシナプスにおける刺激の履歴により受容体のリン酸化の起こる部位の制御が行われていることを示唆している。
(2)AMPA receptor interacting protein GRIP steers kinesin to dendrites瀬藤光利(三菱化学生命化学研究所) 極性輸送においてモーター蛋白が結合蛋白の分布を決めるという常識はAMPA受容体結合蛋白GRIPの神経細胞での強制発現がキネシンの分布を制御するという報告(Setou et al., Nature 2002) で根底から覆された。即座に同様の結合蛋白依存モーター分布制御現象が酵母ミオシンで遺伝学的に検証され支持された(JCB2002Dec,Nature 2003Mar) 。この研究会ではこの能動輸送に一般的と現在考えられている一見パラドキシカルな現象の意義とメカニズムから,神経細胞における受容体輸送の極性獲得について考察する。
(3)PSD-95のクラスタリング機構の解析土井知子(京都大学理学研究科) PSD-95は,シナプス伝達に必須のイオンチャネルや受容体分子などを興奮性シナプスのシナプス後肥厚(PSD)に多数集積させる足場蛋白質群の1つである。N末側から順に3つのPDZドメイン(PDZ1,PDZ2,PDZ3),SHドメイン,GKドメインを持ち,各ドメインは蛋白質相互作用に関与している。PSDにおける分子集積はその神経細胞の生理活性と深く関わり,足場蛋白質群のマルチドメイン構造と制御された分子集積機構の相関は,興味深い。 COS細胞にPSD-95とNR2BまたはKv1.4を共発現させると,両者が細胞膜上で集積した斑状の共クラスターが形成される。この性質を利用して,全体構造に大きな影響を与えずにNR2BやKv1.4との結合能をなくする部分欠失および置換変異をPDZ1,PDZ2各々に導入した全長PSD-95を作成し分子集積機能を調べた1)。PDZ2にのみ変異を導入した変異体のKv1.4との共クラスター形成効率は,野生型が示した効率の約3%に激減したのに対して,PDZ1にのみ変異を導入したPSD-95では野生型の約67%の効率を示した。さらに,後者の変異PDZ1とPDZ2との分子内ドメイン配置を反転させると,共クラスター形成は野生型の約23%に減少した。これらの結果は,PSD-95とKv1.4との共クラスター形成にはPDZ2が必要で,その分子内配置も重要であることを示している。PSD-95が担う分子集積機構の1つは,PDZ2のリガンド結合に伴う分子内のドメイン間相互作用の変化によるものかもしれない。 さらに,これらの変異PSD-95-GFP融合蛋白質を培養海馬錐体細胞に強制発現させた所,(1) PDZ1,2両方のリガンド結合能を失った変異体(1m.-2m.) のシナプスクラスター効率は,野生型の約1 / 3程度に減少し,PDZ1または2のどちらかの結合能を失った変異体では中間的な性質を示した,(2) PSD-95-GFPのシナプスクラスター効率は,AMPA受容体(GluR1) のクラスター効率と相関がある,(3) 変異体を発現しているシナプスではスパインが細長く,1m.-2m.では特に顕著であるなどの特徴が観察された。PSD-95が,PSDの正常で十分な成熟に重要な役割を果たしていることが示唆される。 (1) Imamura, F., Maeda, S., Doi, T., and Fujiyoshi, Y. Ligand binding of the second PDZ domain regulates clustering of PSD-95 with Kv1.4 potassium channel. J. Biol. Chem.277, 3640-3646, 2002.
(4)TARPs (stargazin family) /AMPA receptor複合体の機能解析富田進(UCSF School of Medicine) 脳における神経活動依存的なシナプス伝達効率変化において,AMPA型受容体(AMPAR) 応答の変化は重要な役割を担っている。AMPAR応答変化の主要な分子機構は,AMPARのシナプス後膜上への発現量変化によることが,電気生理学的手法を用いた実験により明らかになっている。そして,小脳顆粒細胞におけるAMPARのシナプス後膜発現に関わる分子機構について,痙攣や運動失調を示す自然突然変異マウスstargazerを用いた興味深い結果が報告された。 Stargazerマウスの小脳では,苔状繊維と顆粒細胞の形成するシナプスにおいて特異的にAMPAR活性が消失している。小脳顆粒細胞の初代培養細胞を用いた研究により,4回膜貫通構造を持つ蛋白質stargazin(stargazerマウスの原因遺伝子)が小脳顆粒細胞におけるAMPARのシナプス後膜発現に必須であることが示された。しかしながら,stargazinの発現していない脳領域におけるAMPARシナプス後膜発現の分子機構はいまだ明らかでない。また,神経活動依存的なシナプス後膜上へのAMPAR発現量変化の分子機構も明らかでない。 我々はstargazin機能相同性蛋白質を同定し,そのmemberをTARPs (Transmembrane AMPA Receptor-binding Protein) と名付けた。それぞれのTARPが担う機能特異性について,また,神経活動依存的なAMPAR後膜発現量変化の分子機構について,興味深い知見を得たので報告する。
(5)AMPA受容体含有小胞の単離と共存蛋白質の解析板倉誠,高橋正身(北里大学医学部) シナプス伝達効率を可塑的に変化させることが脳の高次機能の基盤であると考えられる。シナプスの伝達効率を変化させる機構の一つにポストシナプス膜における神経伝達物質受容体の数の調節がある。Glutamate受容体であるAMPA受容体は,シナプス活動依存的にシナプスへの組み込みがおき受容体数が増加すると考えられているが,その機構の詳細についてはまだ明らかにされていない。そこでAMPA受容体がシナプスへ組み込まれる機構を明らかにするために,細胞内に存在するAMPA受容体含有小胞の単離と共存蛋白質の決定および共存蛋白質の解析を行った。 ラット大脳をホモジネートし,遠心分離によりシナプス小胞を含む膜成分を単離した。SucroseまたはIodixanol密度勾配法によりさらに小胞を分画化し,イムノブロッティングしたところAMPA受容体のサブユニットの一つであるGluR2が,膜一回貫通型のER蛋白質であるCalnexinと非常によく似た局在パターンを示すことがわかった。次に,anti-GluR2抗体を結合した磁気ビーズを用いてGluR2含有小胞の免疫沈降を行った。結果,シナプス小胞が濃縮した膜分画中にはGluR2とCalnexinを含む小胞が存在していることがわかった。また一部のGluR2はプレシナプス小胞蛋白質と共沈し,GluR2がプレシナプスにも存在することが示唆された。Calnexinを含有している小胞がGluR2のポストシナプス膜への組み込みに関与しているのであれば,ER蛋白質Calnexin もまたシナプス膜に存在しているはずである。そこで海馬および大脳皮質の初代培養神経細胞において,Calnexin が活動依存的に細胞膜へ組み込まれるか検討した。NMDA受容体Antagonist,AP-5存在下で培養したのち,15min間AP-5を除いたところ細胞膜上に存在するCalnexinの量が増加した。このことからCalnexinは,NMDA受容体依存的に細胞膜へ組み込まれたと考えられる。したがって今回単離したGluR2およびCalnexinを含有した小胞は,AMPA受容体のシナプスでのリサイクリングに関与すると考えられ,現在,その小胞に共存する蛋白質をイムノブロッティングとTOF-MASSを用いて同定中である。
(6)PSD分子構成の神経可塑性および記憶?学習行動における役割渡部文子(東京大学医科学研究所) シナプス後肥厚部に存在するNMDA受容体は,シナプス前細胞と後細胞の活動のcoincidence detectorとして,シナプス可塑性や学習行動に重要な役割を担う分子であると考えられている。NMDA受容体は様々な分子と結合して非常に大きなタンパク複合体を構成し,多様なパターンのシナプス刺激というシグナルを,長期にわたるシナプス伝達効率の変化というシグナルへと変換する。このような長期的シナプス伝達効率の変化すなわち神経可塑性は,記憶・学習の細胞レベルでのモデルとして広く研究されているが,その分子機構並びに生理的意義には未だ議論も多い。 これまで我々は,NMDA受容体複合体に含まれる足場タンパクであるPSD-95変異マウスや,PSD-95結合タンパクでありMAPキナーゼ系の負の調節因子であるSynGAP変異マウスなどの遺伝子改変マウスを用いて,長期増強(LTP) や長期抑圧(LTD) といったシナプス可塑性の変化,種々のパターン刺激によるLTPの誘導閾値の変化,ならびに記憶・学習行動の変化などを調べてきた。また,老齢マウスにおいて,アセチルコリンやノルアドレナリンなどによるLTP誘導閾値の修飾作用が大きくシフトしていることを示してきた。これらの結果から,記憶・学習の障害には,LTPの誘導閾値の変化が特に良く相関していることが示唆された。そこで今回の発表ではこれら一連の研究を簡単に紹介すると共に,LTP誘導閾値の活動依存的調節,すなわちメタ可塑性と記憶・学習行動の関係について考察を加えたい。
(7)Estimating errors associated with the peak-scaled non-stationary fluctuation analysis (PS-NSFA) of climbing fibre-Purkinje cell EPSCs by Monte Carlo simulation籾山明子(生理学研究所) Division of Cerebral Structure, National Institute of Physiological Sciences and CREST. We have recently applied the PS-NSFA to EPSCs at climbing fibre-Purkinje cell synapses, to estimate the weighted mean single-channel conductance of synaptic AMPA receptors. To evaluate errors associated with the analysis, we carried out Monte Carlo simulations using the AMPA receptor model by Hausser & Roth (1997). Deviation from the theoretical parabolic variance-mean relationship was reproduced by the model, as the skew of current-variance plots. However, fitting such skewed plots to the theoretical equation exhibited only 2%difference from the expected value. Our mean RC filtering attenuated the peak amplitude of EPSCs by 12% and the estimated conductance by 24%, resulting in a15% overestimation of the number of activated channels at the peak. Furthermore, bootstrap analysis of recorded and simulated EPSCs also indicated that variation in transmitter waveforms did not significantly affect our estimates.
(8)BDNFによる樹状突起での翻訳調節武井延之(新潟大学・脳研究所・分子神経生物学) 学習・記憶の過程やその基礎となるシナプスの可塑的変化のある種のものには新規の蛋白合成が必要であることが従来から指摘されてきた。しかしながらほとんどの研究は,蛋白合成阻害剤を用いた現象論敵な実験が主であり,ニューロンという細胞のなかでどのような分子メカニズムが活性化しているかなどはほとんどわかっていない。 最近,樹状突起内,さらにはシナプス近傍でおこる蛋白合成が比較的早いシナプスの可塑性に関与していることが示唆されるようになってきた。このような蛋白合成はシナプスへの刺激,入力によって引き起こされる調節的なものである可能性が高い。そこで我々はこの調節機構,すなわち翻訳調節のメカニズムについて検討した。中枢神経系における代表的な神経栄養因子であるBDNF (brain-derived neurotrophic factor)は,ニューロンの樹状突起部において新規の蛋白合成を増強した。この作用は免疫抑制剤であるラパマイシンによって完全にブロックされた。BDNFはラパマイシンの標的であるmTOR (mammalian target of rapamycin) というキナーゼを活性化し,その下流でcap依存性翻訳を制御する4EBP1のリン酸化及び5’-TOPmRNAの翻訳を調節するp70S6K / ribosomal S6蛋白のリン酸化を引き起こした。この作用はsynaptoneurosome 画分や単離樹状突起でも確認された。以上の結果はシナプス部へのBDNF刺激がmTORカスケードを活性化し,翻訳の増強を引き起こし,シナプス部での特定の蛋白の合成を増強している(実際BDNFの刺激によりCaMKIIやArcの新規合成が上昇していた)ことを強く示唆している。 さらにLTPや空間学習などの神経活動パラダイムにおける翻訳活性化の結果を紹介し,ニューロンにおける翻訳調節の役割ついて論議を深めたい。
(9)神経シナプス裏打ち蛋白質S-SCAMの解析飯田純子,畑裕(東京医科歯科大学大学院・医歯学総合研究科・病態代謝解析学) 神経後シナプスには,神経伝達物質受容体と神経細胞接着分子が局在し,神経伝達の場としてのみならず,神経細胞間の接着の場として機能し,神経シナプスにおいて,神経伝達と接着は密接に関わっている。神経シナプス活動依存性に接着強度が変化するというモデルは,神経細胞の特定のシナプスに選択的に可塑性が成立する分子機序として魅力的である。PSD-95とS-SCAMは,共に神経シナプスにおいて,神経伝達物質受容体と接着分子の双方に関与する裏打ち蛋白質である。これらの分子を解析することを通じて,神経シナプス活動依存的に接着が制御される機構を解明しようと試みている。神経シナプス後肥厚の主要な裏打ち蛋白質PSD-95は,PDZ領域を3つもち,NMDA受容体と接着分子ニューロリギンに結合する。S-SCAMは,PSD-95と同様にPDZ領域を複数個もち,やはり,NMDA受容体と接着分子ニューロリギンに結合する。私たちは,最近,S-SCAMがβカテニンに結合し,βカテニンを介して神経シナプスに局在決定されることを報告している。βカテニンは,接着分子カドヘリンの裏打ち分子である。従って,S-SCAMは神経シナプスの形成過程において,まずカドヘリンによる接着部位に局在決定されると想定される。さらに,私たちは,シナプス形成における分子集積機構を明らかにするため,1) S-SCAMとニューロリギンでは,どちらが先にシナプスに集積するか,2) シナプスへの分子集積において,S-SCAMとPSD-95の担う役割は,同じか,あるいは異なるのか,3) NMDA受容体の局在決定にS-SCAMまたは,PSD-95は関与するのか,を解析している。これまでに,S-SCAMによって,ニューロリギンがシナプスに集積すること,PSD-95は,むしろニューロリギンによって局在決定されていることが明らかになっている。しかし,NMDA受容体の局在決定に関しては,S-SCAMもPSD-95も決定的な役割を担うことを支持する結果は得られていない。一方,βカテニンは,カドヘリンの裏打ち分子としてだけでなく,シグナル伝達分子として遺伝子転写制御に関わっている。βカテニンによるシグナル伝達においては,βカテニンの分解の制御が重要である。そこで,私たちはS-SCAMが,βカテニンの分解制御に与える影響を調べている。その結果,S-SCAMがβカテニンの分解を促進することを見出し,さらにその分子機構として,S-SCAMのN末端に結合するAxinとの相互作用が重要であることを明らかにしている。
(10)脳における新しい細胞間シグナリングシステム
|
|
|
![]() ![]() ![]() |
|
Copyright(C) 2004 National Institute for Physiological Sciences |