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セミナー報告

 

1. "Physiological and genetic approaches to locomotor circuits in mammals"

Dr. Ole Kiehn (Associate Professor M.D., D.Sci., Department of Neuroscience, Karolinska Institutet, Stockholm)

(2003.4.10)

 The spinal cord plays a central role in controlling voluntary muscle movements. This control is exerted via neuronal networks that regulate pools of motor neurons innervating distinct muscle groups. Intrinsic spinal networks control much of the rhythmic motor neuron activity that underlies locomotion. These spinal rhythm-generating networks are known as central pattern generators (CPGs) , and are thought to function as local command and control centres for the phasic activation of motor neurons during locomotion in all vertebrates, including man. The precise organization of the mammalian CPG is, however, so far unknown. A better understanding of the locomotor CPG in mammals is a prerequisite for clinical neuro-rehabilitation of spinal cord injury patients, among whose major obstacles to attaining a normal lifestyle is the loss of ambulation.

 In this talk I will review recent findings that have identified CPG neurons, anatomically and electrophysiologically, that are involved in the left-right alternation during locomotion. These neurons play and important role in coordinating flexor and extensor activity between the two sides of the body. I will also review findings showing that the midline gate keeping controlled by the axon guidance EphA4 receptor tyrosine kinase and its cognate ligand ephrinB3 is necessary for correct coordination of the spinal locomotor CPG. These findings identify the first molecular marker for an excitatory component of the mammalian CPG. Together our studies have revealed new insights into the understanding of the mammalian CPG.

References

 Kjaerulff, O. and Kiehn, O. (1996) Distribution of Networks generating and coordinating locomotor activity in the neonatal rat spinal cord in vitro. A lesion study. Journal of Neuroscience. 16 (8) , 5777-5794.

 Kjaerulff, O. and Kiehn, O. (1997) Crossed synaptic inpus to motoneurons during selective activation of the contralateral locomotor network. Journal of Neuroscience, 17: 9433-9447.

 Tresch MC. and Kiehn, O. (2000). Motor coordination without action potentials in the mammalian spinal cord. Nature Neuroscience 3 (6) : 593-599.

 Stokke MF, Nissen UV, Glover JC., Kiehn O. (2002). Projection patterns of commissural interneurons in the lumbar spinal cord of the neonatal rat. Journal Comparative Neurology, 446 (4) : 349-359.

 Butt SJ, Harris-Warrick RM, Kiehn O. (2002). Firing properties of identified interneuron populations in the mammalian hindlimb central pattern generator. Journal of Neuroscience 22 (22) : 9961-9971.

 Kullander K., Butt S.J.B., Lebret J., Lundfald L., Restrepo E., Klein R., Kiehn, O. (2003). Development of local neuronal circuit controlling walking requires EphA4 and Ephrin B3. Science, in press.

(担当:伊佐 正)

 

2. 乳酸アシドーシス時の脳腫脹へのアニオンチャネルの関与

森 信一郎(生理研 機能協関)

(2003.4.16)

 脳血管障害や脳外傷の発生直後より数日にわたり,脳腫脹が生じる。脳腫脹は脳内血流増加,血管透過性亢進による細胞外液増加,細胞の浸透圧性膨張からなる病態である。周囲を頭骸骨で覆われている脳は,容積増加が直接,頭蓋内圧上昇を引き起こす。このため脳腫脹は更なる脳血流低下を引き起こすだけでなく,脳ヘルニアなどの致命的な病状を引き起こす。細胞の容積が増大した際には,cationやanionの放出とそれに伴うH2Oの流出により,細胞容積は次第に元のサイズに回復する(調節性細胞容積収縮)。

 一方,乳酸アシドーシス時には,細胞外液の条件は不変であるにもかかわらず,脳組織の細胞(neuron, glia) に持続的膨張が生じることが知られている。この細胞膨張は,細胞内の酸性化により生じる細胞内Na, Cl貯留が細胞内浸透圧上昇を引き起こす結果生じる事がわかっていた。この際には細胞容積の回復が認められないことから,調節性細胞容積収縮に関わる何らかの機能が障害されていることが予想されていたが,これまで詳細は不明であった。

 調節性細胞容積収縮機構におけるイオンの流出は,non-selective cation channel,IK channel,volume-sensitive anion channelを介して行われることが知られている。我々はまず,分化誘導したNG108-15細胞,C6 glioma細胞において,低浸透圧刺激により活性化されたvolume-sensitive anion currentが,乳酸アシドーシスにより抑制されることを確認した。次に乳酸アシドーシスによる細胞膨張に対し,ionophoreによる人工的チャネル導入を行うことで細胞容積調節機能が付加されるかどうかについて検討した。その結果,gramicidinによるcation pathwayの導入では乳酸アシドーシス性細胞膨張は影響されないが,VacAによるanion pathway導入により細胞容積は回復した。このことは,実際の乳酸アシドーシス性細胞膨張時にvolume-sensitive anion channelが抑制されることによりその細胞膨張が持続することを示唆しており,このチャネル活性の維持が脳腫脹を治療する上で重要であることを示している。

(担当:坪川 宏)

 

3. 高齢期痴呆予防における咀嚼の役割

渡邊 和子(岐阜大学医学部生理機能学)

(2003.4.22)

 咀嚼により海馬の活動性が上昇し,短期記憶も向上することが報告されている。老人性痴呆では,海馬空間認知機能が顕著に障害されるが,それと同時に咀嚼機能も落ちていることが多い。高齢期の咀嚼機能の低下と海馬機能の関連を調べるため,老化モデルマウスSAMP8を使い,高齢期の咀嚼機能低下が空間認知機能に与える影響を検索した。咀嚼機能低下処置を施した高齢マウス群をモリス水迷路学習させたところ,処置群は対照群に比べゴール位置に到達する時間が顕著に長くなり,空間認知機能障害が認められた。この咀嚼機能低下した高齢マウスのモリス水迷路学習時の海馬Fos蛋白は有意に減少した。一方,若齢マウスではこれらの変化がみられなかった。このことから,高齢期の咀嚼機能低下は海馬への情報入力の低下を引き起こし,海馬機能に影響を与えることが示唆された。

(担当:宮田 麻理子,井本 敬二)

 

4. マルチ電極アレイ(MED64) を用いた海馬スライスでのネットワーク活動の起源と分布

下野 健(アルファメッドサイエンス(株)松下電器産業(株))

(2003.5.12)

(担当:森 泰生)

 

5. IP3 sponge and 2 - APB --- Novel tools to investigate intracellular calcium signaling

岩崎 広英(統合バイオ 神経分化)

(2003.5.14)

 イノシトール1,4,5 - 三リン酸(IP3) は,ホルモン,神経伝達物質などによる外界からの刺激に応じて産生され,細胞内カルシウムストア上にある受容体を介してストアからのカルシウムイオン放出を惹起し,様々な生理機能に関与することが広く知られている。しかし,IP3受容体に対する特異的な阻害剤はこれまでに知られていなかったため,IP3受容体の関与が直接的に証明されている生理現象は限られていた。私達は,IP3受容体のリガンド結合部位の一部を遺伝子工学的に改変することにより,IP3受容体の機能を阻害する蛋白質を作製することに成功し,これをIP3 spongeと命名した。卵成熟・受精におけるIP3受容体の機能を調べるために,IP3 spongeをヒトデ卵に注入したところ,卵成熟は阻害されないが受精膜形成および卵の賦活化が抑制され,IP3受容体の活性化が受精に必須であることが明らかになった。また,IP3受容体の阻害剤として知られている2- aminoethoxydipheyl borate (2-APB) が,細胞内カルシウムストアの枯渇に伴う細胞外からのカルシウム流入(capacitative calcium entry) をも阻害することを見出したので,合わせて紹介したい。

(担当:坪川 宏)

 

6. 匂い学習記憶のメカニズム

椛 秀人(高知医科大学統合生理学教室)

(2003.5.22)

 記憶・学習という高次の脳機能の解明は,脳科学に課せられた重要課題の1つである。交尾を契機に雌マウスに形成される雄フェロモンの記憶は,妊娠の成立に不可欠な,生存価の高い記憶であるとともに,記憶学習研究の優れたモデルとして有用である。なぜなら,フェロモン情報処理系(鋤鼻系)の最初の中継部位である副嗅球に生じるシナプスの可塑的変化と学習が直接に対応しているからである。交尾刺激により賦活されたノルアドレナリン神経の働きを引き金として,種々の情報分子が関わり,僧帽細胞から顆粒細胞への興奮性シナプスに電気生理学的変化(伝達効率の長期増強)と超微形態学的変化が生じる。フェロモン記憶に加えて,新生仔ラットにおける匂い学習も優れたモデル系であると考え,そのメカニズムを解析してきた。この匂い学習は,主嗅球の僧帽細胞と顆粒細胞の相反性相互シナプスが深く関わり,転写因子CREBの発現とそのリン酸化を介して成立する。本セミナーでは,私共の最近の成果を紹介し,匂い学習記憶のメカニズムについて考察したい。

(担当:重本 隆一)

 

7. 脳の形成と細胞の移動

小野 勝彦(生理研 分子神経生理)

(2003.6.16)

 中枢神経系(CNS) の形成過程では,これを構成する細胞の多くは脳室に面した脳室層で増殖し,分化の方向が決まった後に移動を開始する。中枢神経系でみられる細胞の移動は,適正な細胞配列の形成に必須の発生現象である。本セミナーにおいては,オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC) の移動および発達期の脳幹でみられる細胞の移動パターンや分化に関して,これまでの形態学的解析の結果を紹介する。

 【OPCの移動】オリゴデンドロサイトは,CNS内でミエリンを形成する細胞である。ニワトリ胚においてOPCは単クローン抗体O4により標識され,最も早い時期に出現するO4陽性細胞は,sonic hedgehog発現領域に近接した部位に位置している。脳の発生が進むとともに,O4陽性細胞の分布は脳の広い領域に拡がり,この段階では単極型で移動細胞の形態を呈している。O4陽性細胞が出現する以前の段階の脳室層をEGFP遺伝子の導入や蛍光色素DiIで標識し,これらの蛍光物質を取り込んだ細胞を経時的に観察した結果,標識された脳室層から拡がる細胞の中にO4陽性を示すものが見られた。OPC中には,第3脳室面から視神経や網膜へ,また脳幹から小脳へと比較的長い距離を移動するものの存在することが明かとなった。

 【菱脳唇に由来する細胞】菱脳唇は発生期後脳の背側部に見られる構造で,小脳顆粒細胞や脳幹の小脳前核や縫線核のニューロンを産生するといわれている。ニワトリ胚の菱脳唇にEGFP遺伝子を限局導入して,ここに由来する細胞の移動パターン,形態変化やその分化を調べた。EGFPで標識された菱脳唇由来細胞は,小脳および脳幹のいずれにおいても最初は軟膜表面に沿って接線方向に移動し,次いで移動方向を直交性に変えて放射状方向に移動する傾向にある。その後,放射状に移動する細胞の先導突起は発生とともに分枝し樹状突起に移行するものと思われる。脳幹にみられる菱脳唇由来細胞の一部は,glutamate陽性を示し興奮性細胞に分化する可能性が示唆された。

 上述の2つの種類の細胞移動のうち,OPCは正中線から離れるような方向に,一方脳幹の菱脳唇由来細胞は正中線に向かって移動する。このような移動様式・形態は,両者が正中領域からのシグナルの影響のもとに移動していることを示唆している。今後は,移動を制御するシグナル因子の解析を含めて細胞移動を調べていきたい。

(担当:坪川 宏)

 

8. シナプス伝達の短期的および長期的制御機構

高橋 正身(北里大学医学部代謝)

(2003.6.16)

 記憶や学習の基礎過程と考えられている「シナプス可塑性」の機構として,シナプス前部では神経伝達物質放出の,シナプス後部ではレセプター数の制御が重要な役割を果たしている。これらはいずれも「開口放出機構」によって引き起こされるが,その誘発や神経活動依存的な制御機構には大きな違いが存在すると考えられる。我々はシナプス可塑性の機構をより統一的に理解していくため,これら2種類の開口放出の制御機構の解明を進めている。今回のセミナーでは,まずPKCによる神経伝達物質放出の制御機構に関する研究結果をノックインマウスの解析結果も交えて紹介する。次に,レセプターの組み込みに関わる開口放出機構の分子実態の解明とその制御機構についての結果を紹介する。さらに,遺伝子発現を伴う開口放出の長期的な制御に関わる問題についての最近の取り組みについても紹介する。

(担当:永山 國昭)

 

9. 痛み刺激受容・温度受容の分子機構

富永 真琴(三重大学医学部)

(2003.6.16)

 辛味とともに痛みを惹起するトウガラシの主成分カプサイシンの受容体TRPV1は6回の膜貫通領域を有する非選択性陽イオンチャネルで,痛み受容の中心的な分子です。この受容体がカプサイシン・酸・熱という複数の侵害刺激を受容する多刺激痛み受容体として機能することが感覚神経細胞,異所性発現細胞を用いた電気生理学的な解析のみならず遺伝子欠損マウスを用いた行動解析から明らかになっています。また,熱による活性化温度閾値が神経外環境の変化に応じて低下することが明らかにされ,それが急性炎症性疼痛の発生機序として注目されています。TRPV1は分子実体の明らかにされた初めての温度受容体ですが,TRPV1の属するTRPスーパーファミリーに6つの温度受容体が明らかになっています。最近明らかにされつつある痛み刺激受容・温度受容の分子機構をTRPV1とそのホモログの構造・機能・発現を中心に紹介します。

(担当:永山 國昭)

 

10. 自身の発現密度に依存するATP受容体チャネル P2X2の性質の変化

久保 義弘(東京医科歯科大学生理学第2)

(2003.6.16)

 イオンチャネル型ATP受容体P2X2について,経時的なイオン選択性の変化等,穴(ポア)の柔軟性をうかがわせる報告が出されている。我々は,P2X2の性質を発現密度との関連において解析し「発現密度が高ければ高いほど,内向き整流性が弱くなり,大きな陽イオンの透過性が高まる,すなわちポアが大きくなる。」という知見を得た。さらに「高濃度のATPにより弱い内向き整流性電流を呈する高発現密度の細胞に,低濃度のATPを投与することにより観察される電流の内向き整流性は強い。」という結果を得た。我々は「ATP投与により開状態に入った,ごく近傍にあるP2X2受容体チャネル間の相互作用によりなんらかの構造変化が起こり,ポアの性質が変わる。」というイメージが最も自然にデータを説明できると考えている。

 本セミナーでは,まず,これまでメインテーマとしてきた「内向き整流性K+チャネルの整流性の構造基盤」について簡単にご紹介した後,現在進行中の上記研究についてお話しすることによって,これまでの研究の流れを振り返り,また今後の方向を俯瞰したいと思います。

(担当:永山 國昭)

 

11. 行動の基盤となる神経回路制御の分子細胞メカニズム:
     カテコールアミン神経伝達による脳機能制御をモデルに

小林 和人(福島県立医科大学附属 生体情報伝達研究所)

(2003.6.16)

 多くの脳機能は複雑な神経回路における情報伝達とその調節を基盤とする。個体レベルでの遺伝子改変技術は特定の神経回路を構成するニューロンやそこで機能する分子の役割の解明に有益な研究手段を提供する。我々のグループは,カテコールアミン神経伝達に依存して運動制御および記憶学習を媒介する神経回路の作動と調節に

 ついて分子細胞レベルの研究を行っている。第一に,ドーパミンに依存する大脳基底核回路について,運動制御の協調作用における種々の線条体ニューロンタイプの特徴的な役割について述べる。第二に,ノルアドレナリンに依存する記憶学習について,条件記憶の再生における扁桃体ノルアドレナリン系の必須の機能について述べる。

(担当:永山 國昭)

 

12. 情報幾何による多数の因子の解析:多電極細胞記録とDNAマイクロアレイ

中原 裕之(理化学研究所・脳総研・脳数理研究チーム)

(2003.6.23)

 実験技術の進展に伴い,多数の神経細胞の活動を同時に記録する実験が近年増加している。あるいは,DNAマイクロアレイの出現によって非常に多数の遺伝子発現が同時に記録できるようになった。これらの実験で現在,重要かつ緊急な課題は,これら多数の因子(多数の神経細胞あるいは多数の遺伝子)の相互作用をどのように解析するかということである。近年,我々は情報幾何的座標系を用いることで,ある種の解析が非常に見通しよく行えることを示した。その解析手法について,多電極細胞記録とDNAマイクロアレイの二つのデータに関して報告する。講演では,数式をできる限り減らして本質的な直観を伝えるようにする。なお,解析手法の枠組み自体は一般的な枠組みであり,他のデータにも適用可能であるので,その点に留意しつつ説明する。

(担当:河西 春郎)

 

13. CFTRクロライドチャネルによるSLC26ファミリーの制御
     −上皮膜での重炭酸イオン輸送における意義−

洪 繁(名古屋大学医学部大学院医学系研究科病態内科学講座)

(2003.6.25)

 ヒトの膵導管細胞は140mMという高い濃度の重炭酸イオンを分泌するが,その分子メカニズムは明らかではなかった。またのう胞性線維症(CF) ,慢性膵炎などでは膵水分泌とともに重炭酸イオン分泌が障害されており,これが病態に深くかかわっていると考えられている。私たちは新しい塩素重炭酸イオン交換輸送体ファミリーであるSLC26の機能がCFTRにより調節されていることを示し,上皮膜における新しい重炭酸イオン輸送モデルを提唱した。

(担当:河西 春郎,岡田泰伸)

 

14. プロテオーム解析の最新技術と今後の展望

乗岡茂巳(大阪大学大学院生命機能研究科 生体ダイナミクス講座 教授)

(2003.7.3)

 ここ10年間のゲノム科学の進展と質量分析計の進歩により,生体内で発現しているタンパク質の高感度かつハイスループットな解析技術が確立され,「プロテオーム解析」という名称で広く応用されている。実際,組織で発現している数千種類のタンパク質の分離・同定が1回の分析で可能となっている。そこで本セミナーでは,最新のプロテオーム解析技術と生命科学への応用を紹介するとともに,公には表れない問題点を指摘し,プロテオーム解析の今後の展望について議論したい。

(担当:池中一裕)

 

15. Transmodal coding for reward prediction in the audiovisual thalamus

小村 豊

(2003.7.9)

 Unconsciously or consciously, we can extract biological significance among the incoming environmental stimuli. However, it remains unresolved where and how, in the brain, the sensory physical information meets behaviorally relevant information, for example, motivational information.

 I recorded single neuron activity in the posterior thalamic region while rats performed an associative task with a delay imposed between auditory or visual stimuli and reward.     I found that nonprimary thalamic neurons exhibited reward-related responses with two temporal response patterns, early component (EC) and late component (LC).

 EC (a phasic response) occurred shortly after the onset of the stimuli and depended on sensory modality. This magnitude resisted extinction and was correlated with the learning experience. LC gradually increased during the cue and delay periods, and peaked just prior to reward delivery. LC was independent of sensory modality and modulated   by the value and timing of the reward. These observations suggest that even the sensory thalamus is involved        in translating single-modality sensory information into transmodal rewarding information beyond a simple sensory relay function.

(担当:小松英彦)

 

16. The density of AMPA receptors activated
by a transmitter quantum at the climbing fibre-Purkinje cell synapses in immature rats.

籾山 明子(生理研 脳形態解析)

(2003.7.17)

 シナプス後膜の構造や,そこに存在するトランスミッター受容体の密度は,シナプス電流の大きさやばらつきを決める要因として重要であると考えられる。登上線維(CF)−小脳プルキンエ細胞シナプスにおいて,トランスミッター素量が活性化するAMPA受容体の個数と密度を,素量シナプス電流のfluctuation analysisと,postsynaptic density (PSD) 面積の計測を組み合わせて推定した。

 生後2 - 4日齢ラット小脳スライス標本から,AMPA受容体を介する素量シナプス電流を記録したところ,その平均素量サイズは約300pSであった。CF刺激で誘発されたEPSCも,AMPA投与で活性化されたホールセルAMPA電流も,ともに直線的な電流−電圧曲線を示し,シナプス下,シナプス外のAMPA受容体には,ともにGluR2サブユニットが含まれていると推定された。Peak-scaled non-stationary fluctuation analysis (PS-NSFA) によって求めたシナプス下AMPA受容体の単一チャネルコンダクタンスは,約5pS(フィルター補正値は7pS)であった。このPS-NSFAの精度や,RCフィルタリングによる影響は,プルキンエ細胞AMPA受容体のキネティックモデルを用いてMonte Carloシミュレーションを行なうことにより評価した。また,アウトサイドアウトパッチ中のシナプス外受容体に,飽和濃度のグルタミン酸(5mM) をパルス投与してfluctuation analysisを行い,グルタミン酸結合時のチャネル最大開口確率を求めると,0.72であった。抗GluR2/3抗体を用いた免疫電子顕微鏡法で,CF-プルキンエ細胞シナプスのPSDに標識が密集しているのが観察され,また連続切片の再構成からPSD面積を求めると,約0.074平方ミクロンであった。以上の結果から,CF-プルキンエ細胞シナプスで素量グルタミン酸が放出されると,少なくとも平均66個のAMPA受容体に結合し,受容体はシナプス後膜に少なくとも900個/平方ミクロンの密度で存在していると推定された。

(担当:坪川 宏)

 

17. Performance monitoring in the medial frontal cortex of monkeys.

中村加枝(NIH)

(2003.8.4)

 It has been suggested that the frontal lobe contains neurons that monitor and maintain traces of conflict thereby mediating heightened executive control. To test this hypothesis, we recorded from single neurons of the SEF (Supplementary Eye Field) and ACC (Anterior Cingulate Cortex) of monkeys performing color-conditional oculomotor tasks in which irrelevant features of the cues opposed (high conflict, compatible) or favored(low conflict, incompatible) making a response in the correct direction. We found that neuronal activity was no greater under high-conflict than under low-conflict conditions, contrary to the conflict monitoring hypothesis. An enhancement in net activity, as predicted by human functional imaging studies, was observed for only subset of SEF (10%) and ACC (5%) neurons. Instead, the effect of competing stimulus-response process is expressed as a reduction of information on response direction; on the incompatible trials, the activity was increased for saccade to antipreferred direction while activity was decreased for saccade to preferred direction.

 We also found a subset of neurons, called "error neurons", in ACC (15%) and SEF (20%) increased their activity after wrong response. In both areas the activity before saccade onset was not enhanced under situation of conflict indicating that the "error neurons" are not involved in conflict monitoring.

 We further studied whether the events of error affect behavior and neuronal activity on the following trial. The reaction time of the successful trials, preceded by error trials, was significantly longer than the reaction time preceded by successful trials. Neuronal activity during the task period before saccade was also enhanced in the trials preceded by error. The degree of the enhancement in activity after error appeared to be correlated with correct performance on the next trial, particularly in ACC than SEF.

 These findings indicate that neurons in the medial frontal cortex are not directly related to monitoring response conflict. Instead, the ACC in particular, appears to be involved in maintaining over time error signals that modulate performance on subsequent trials.

(担当:小松英彦)

 

18. 膜タンパク質分子内運動をどう計測するか?

佐々木 裕次((財)高輝度科学研究センター 放射光研究所)

(2003.8.13)

 還元論的な究極手段しとして1分子計測法は今注目され,パワーアップして可視光を利用した計測法を中心に汎用的な測定手段になりつつある。しかし,微小な分子内運動を計測するとなるとFRETに代表される可視光を用いた方法では計測精度が足りないことが分かってきた。その対策の一つとして,私は波長を短くすることを提案し,X線1分子計測法が登場した。ナノ結晶を対象タンパク質分子に標識するので,標識法一般の欠点,利点は背負ってくる。原理的にIn-vivoで計測可能であることは大いに利点となる。現在まで,DNA,ミオシン,アクチン,ミクログロブリン,GroEL / ES,GFP,紫膜内のバクテリオロドプシン等の実時間分子内運動を計測してきた。また現在,平面膜内でのKcsAの分子内構造変化計測を進めており,KvAP等の実験も予定している。

 もうひとつの話題として,生物はシステムとして理解しなければならないというシステムバイオロジーと1分子計測の関わりについて述べる。1分子計測という還元論的発想とは相反するこの新しい学問領域が,1分子計測とどのような関係を持って発展していくのか? 現状のシステムバイオロジーでは,分子を点の集合体として見ている。異質な振る舞い(分子内構造変化等)をすることもある1つの構造体と認識した方が本質的ではないのか?私の考案したX線1分子計測法の研究方向と共に考えてみたい。

(担当:永山 國昭)

 

19. ゼブラフィッシュを用いた脊髄運動系神経回路の解析−Engrailed陽性細胞の機能を中心として

東島眞一(日本学術振興事業団長期若手在外研究員
(ストニーブルック大学博士研究員))

(2003.8.13)

 ゼブラフィッシュは,神経発生研究や神経の機能を調べるための研究に多くの利点を有する。GFPを発現するトランスジェニックゼブラフィッシュを用いることにより,生きたまま特定の種類の神経細胞を可視化し,カルシウムイメージング,および,電気生理学的な解析をすることが可能である。本セミナーでは,このような手法的な利点をまず紹介したい。次にそれを応用した研究−Engrailed陽性細胞の機能−を紹介したい。Engrailedは発生時期に脊髄の少数の神経細胞で発現する転写因子であるが,演者の研究により,その陽性細胞は,(1) 運動系神経細胞に対してのネガティブフィードバックと,(2) 感覚系介在神経を抑制することによる反射系のゲーティング,という2つの機能に関わっていることが示唆された。得られた結果は,哺乳動物におけるEngrailed陽性細胞の機能を示唆しており,それに対しての考察を加える。

(担当:永山 國昭)

 

20. 蛋白質翻訳後修飾による神経細胞内輸送制御機構

瀬藤 光利(科学技術振興事業団戦略的創造研究
推進事業「タイムシグナルと制御」研究領域)

(2003.8.13)

 演者らはこれまで,神経細胞内輸送の研究を通して樹状突起方向の輸送モーター蛋白質複合体および軸索方向の輸送モーター蛋白質複合体の存在を示しました。今回,それら蛋白質複合体の樹状突起や軸索の認識機構について,蛋白質の翻訳後修飾の観点から議論します。

 最後に,このモデルに限らない,翻訳後修飾一般の解析に必要な新たな技術開発の展望について述べます。

(担当:池中一裕)

 

21. 成熟ニューロンにおけるcdk5の役割:特異的阻害薬roscovitineの作用から考える

佐竹伸一郎(生理研 液性情報)

(2003.8.18)

 cyclin-dependent kinases (cdks) は,細胞の分化・増殖の制御に関わるタンパク質リン酸化酵素である。cdkファミリーの一つcdk5は,成熟ニューロンの軸策に多く発現することから,細胞分化・増殖の制御とは別の機能も担うと推定されている。しかし,cdk5ノックアウトマウスは脳形成に異常を来たし出生前後に死んでしまうため,成熟ニューロンでのcdk5の役割は現在も不明である。そこで,シナプス機構におけるcdk5の機能を検索するため,小脳スライスでパッチクランプ記録を行い,cdk5特異的阻害薬roscovitineがシナプス伝達におよぼす作用を調べた。2週齢ラットから作成した小脳スライスにroscovitineを灌流投与すると,籠細胞−プルキンエ細胞間の抑制性シナプス伝達および平行線維−プルキンエ細胞間の興奮性シナプス伝達は顕著に増強された。一方,登上線維−プルキンエ細胞間の興奮性シナプス伝達にroscovitineは無効であった。薬理学実験や量子解析から,この阻害薬は,P/Q型カルシウムチャネルの機能を増強して,神経伝達物質の放出を促進することが示唆された。また,roscovitineは,プルキンエ細胞から記録した抑制性シナプス後電流の減衰時定数 (t) や,tetrodotoxin非依存性の微小抑制性シナプス後電流の振幅を増大させた。したがって,cdk5は,抑制性シナプスを後シナプス性に調節する機能も併せ持つと推定される。cdk5は,シナプスの種類特異的かつ複数の機構により,小脳皮質のシナプス伝達制御に関わることが示唆された。

(担当:坪川 宏)

 

22. 運動学習の短期記憶と長期記憶の神経機構
   (Neural Mechanisms for Short- and Long-term Motor Learning)

永雄総一(自治医大 助教授)

(2003.8.28)

 "Practice Makes Perfect" 洗練された技の習得に,練習を繰り返すことは必須である。練習の繰り返しによって,脳に運動学習の記憶が徐々に形成されることに対応すると考えられる。小脳が運動学習に重要であることはよく知られているが,運動の記憶と小脳の神経活動の因果関係については,眼球反射の適応の実験結果の解釈の仕方から,2つの異なった考え方が提出されている。1つは小脳の平行線維−プルキンエ細胞シナプスの長期抑圧(LTD) が学習(適応)の原因で,小脳皮質に学習の記憶が貯蔵されているという考え方であり,もう1つは,小脳は学習に必要な情報を提供する場ではあるが,学習の記憶は片葉の出力先である前庭核に貯蔵されているという考え方である。最近私の研究室で,猿とマウスを実験材料として,数時間単位のトレーニングによる眼球反射の短期の運動学習(適応)と,数日−週単位のトレーニングよって生じる長期の運動学習(適応)に関して,その記憶貯蔵の脳部位がそれぞれ異なることを示唆する実験結果が得られた。眼球運動の適応の実験所見から短期運動記憶から長期運動記憶へ変換過程を推測し,小脳の機能的役割を考察する。

 前庭動眼反射(VOR):頭の回転によって生じる眼球運動。暗所下で眼の動きを測定し,利得(眼と頭の動きの比)で効率を定量化する。拡大レンズや逆転プリズムを装着しながら反射を長期間おこさせると利得に適応が生じる。視機性眼球反応:縞やドットの大きなスクリーンなどのような視界の大きな動き(optokinetic刺激)によって生じる眼球運動。長期間optokinetic刺激を提示すると利得(眼と視界の動きの比)に適応が生じる。長期抑圧:シナプス伝達可塑性の1つ。小脳平行線維入力と登上線維入力が同時にプルキンエ細胞に到達することが繰り返されると,平行線維−プルキンエ細胞間のシナプス伝達効率が低下する。

(担当:重本隆一)

 

23. 心臓イオンチャネル研究の最近の進歩

鷹野 誠(京都大学医学研究科細胞機能制御学・講師)

(2003.9.11)

 心臓の電気生理学的性質には二つの大きな特徴がある。まず第一に,洞房結節ペースメーカ細胞を始めとする刺激伝導系の細胞のみが自発活動電位を発生し,その他の心筋細胞は自動能を持たないことである。第二に,自動能を持たない心室筋や心房筋の活動電位には数百ミリ秒にも達するプラトー相が存在することである。これにより心臓は強縮をおこすことなく弛緩期に血液で充満され,しかもリズミックに収縮することが可能となり,ポンプとしての機能を発揮する。今回のセミナーでは,これら二つの電気生理学的性質の決定において重要な機能を担う2回膜貫通型Kチャネルおよび過分極誘発陽イオンチャネルについて,最近の研究成果を紹介する。

【I】膜脂質による2回膜貫通型Kチャネルの制御機構

 心室筋に代表される非刺激伝導系細胞の活動電位がプラトー相を有するのは,主としてこれらの細胞に強い内向き整流特性を示す2回膜貫通型Kチャネル(Kir2.x) が高密度に分布しているためである。しかしながら虚血時にはこのプラトー相が一過性に短縮することにより,細胞内Caのオーバーロードが阻止される。これはKir2.xよりも内向き整流特性の弱いATP感受性Kチャネル(KATP) が活性化され,その後徐々に不活性化されることによる。我々は心臓型KATPチャネルを構成する2回膜貫通型Kチャネル(Kir6.2) およびスルフォニル尿素受容体(SUR2A) を発現させたCOS7細胞を用い,この現象の分子機構を検討した。その結果,KATPチャネルは細胞内ATP濃度の低下を感知して活性化されると同時にMgATPを利用した燐酸化反応によって活性が維持されていること,その実体はチャネル蛋白質の燐酸化ではなく,膜脂質の構成成分フォスファチジルイノシトール4,5燐酸(PIP2) の合成反応であることを明らかにした。さらにフォスフォリパーゼCをレセプター刺激によって活性化すると,膜内のPIP2が枯渇し,それ自体が下流のIP3やCキナーゼを介することなく直接KATPを制御するという,新しい信号伝達機構を発見した。この新たな信号伝達系は,GIRKといった心臓に存在する他の2回膜貫通型Kチャネルや,神経細胞のM電流の制御もおこなっていることが報告されている。

【II】過分極誘発陽イオンチャネルの発現制御機構

 自動能を有する洞房結節ペースメーカ細胞は,他の心筋細胞とは異なったイオンチャネルの分布を示すが,その機能分化の機構はまったく不明である。我々は,ペースメーカ細胞に特異的に存在する過分極誘発陽イオンチャネル(HCN4) を初めてクローニングすることに成功した。HCN4は胎仔では心臓全体に発現しているが,成獣ではペースメーカ細胞に限局するようになる。しかし不全心では再び心室筋にも発現することが知られている。現在,我々はHCN4の転写制御機構を検討しているが,成獣心室筋におけるHCN4の発現抑制の一部にNRSFという抑制性転写因子が関与していることを紹介する。さらに不全心筋に再発現したHCNxの病態生理学的意義を併せて紹介したい。

(担当:伊佐 正)

 

24.レプチンの摂食行動・代謝調節作用に及ぼすAMPキナーゼの制御機構

箕越 靖彦(Lecturer, Beth Israel Deaconess
Medical Center and Harvard Medical School)

(2003.9.11)

 レプチンは脂肪細胞から分泌され,主として視床下部に調節作用を及ぼして強い摂食抑制とエネルギー消費の亢進をもたらすホルモンである。レプチンは,視床下部のレプチン受容体Ob-Rbに結合して,神経ペプチド -MSH (POMC) を発現するニューロンの活動を高める一方,NPYやAGRPニューロンの活動を抑制して摂食量を低下させる。またレプチンは,Jak2/STAT3を介した遺伝子発現調節やKATPチャネルなどイオンチャネルへの働きを介してその作用を惹起する。しかし,それらの作用がどのようなシグナル分子によってもたらされ,制御されるかはほとんどわかっていない。さらに,末梢組織でのエネルギー消費を亢進させるレプチンの作用機構も,これまでほとんど解明されていなかった。

 この問題に関して,私どもは近年,レプチンが骨格筋でのAMP-activated protein kinase(AMPキナーゼ)の活性を高めることによって脂肪酸の酸化を促進することを明らかにした。レプチンは骨格筋への直接作用並びに視床下部−交感神経系を介した二つの機構によって,ヒラメ筋など赤筋でのAMPキナーゼを活性化する。活性化したAMPキナーゼは,acetyl-CoA carboxylaseをリン酸化してその活性を抑制し,その産生物であるmalonyl-CoA量を低下させる結果,ミトコンドリア酵素CPT1に対するmalonyl-CoAの強い阻害作用を解除してミトコンドリアにおける脂肪酸酸化を促進する。

 さらに私どもは,レプチンが視床下部のAMPキナーゼにも調節作用を及ぼすことを見いだした。驚いたことにレプチンは,骨格筋への作用とは逆に,視床下部室傍核と弓状核において選択的にAMPキナーゼの活性を抑制した。dominant negative (DN) 並びにconstitutively active (CA) なAMPキナーゼを視床下部に発現させ,その効果を調べた結果,DNは視床下部でのAMPキナーゼ活性を抑制するとともに摂食量を低下させ,体重を減少させた。また,レプチンの作用(摂食抑制作用及び骨格筋でのAMPキナーゼ活性化作用)を増強した。これに対してCAは,AMPキナーゼの活性を高めるとともに摂食量を増やし,体重を増加させた。さらにCAがAMPキナーゼ活性を高い状態に保つ結果,レプチンを投与してもAMPキナーゼの活性が低下せず,そのためレプチンによる摂食抑制作用,骨格筋への作用が著しく減弱した。以上の実験結果から,視床下部においてAMPキナーゼの活性を低下することが,レプチンの作用発現に必須であることが判明した。

 このようにレプチンは,骨格筋と視床下部において,相反的にAMPキナーゼ活性を制御することにより,摂食抑制作用と代謝調節作用を引き起こすと考えられる。おそらくAMPキナーゼは視床下部において,神経活動(おそらくイオンチャネル)や遺伝子発現への調節作用を通して,レプチンの作用を制御するのであろう。今後,AMPキナーゼに調節作用を及ぼすレプチンのシグナル伝達機構,並びにAMPキナーゼの標的分子を明かにすることによって,レプチンの作用発現機構だけでなく,さらには視床下部におけるエネルギー代謝調節機構を解明する糸口になると思われる。

(担当:伊佐 正)

 

25. エンドソームでの選別輸送とコレステロール生合成:哺乳動物変異株細胞を用いた解析

大橋 正人(統合バイオ ナノ形態)

(2003.9.17)

 エンドサイトーシス経路の後期エンドソームでの選別は,シグナル伝達受容体などの細胞内膜系分子がリソソームへ運ばれて分解されるか,それとも再利用されるかの運命を決定する最終ステップとして重要である。我々が樹立したCHO変異株細胞群の一つであるLEX2変異株は,インスリン様成長因子2/マンノース6-リン酸受容体(IGF2/MPR) の後期エンドソーム多胞体(MVB) からゴルジ体方向への選別に異常があり,IGF2/MPRが,肥大したMVBの内部小胞に蓄積する。レトロウイルスベクターを用いた発現クローニングにより,このLEX2の異常が,細胞内のコレステロール生合成系の後期酵素であるNAD(P)H ステロイド脱水素酵素様蛋白質(Nsdhl) の発現によって修正された。こうした結果より,コレステロールが,後期エンドソームMVBでのIGF2/MPRの選別輸送に必要とされることがわかった。これまで,コレステ

 ロールの後期生合成酵素は,小胞体に一様に存在すると考えられてきた。しかし,われわれは,Nsdhlが,細胞内の脂肪滴(lipid droplets) の表面に局在していることを見いだした。そして,このNsdhlの局在が,コレステロールの生合成において機能的意味を持っていることを示唆するデータを得た。興味深いことに,後期エンドソームでの,IGF2/MPRの選別機能タンパク質であることが知られているTIP47が,Nsdhlと脂肪滴上に共存した。脂肪滴は,従来考えられてきたような単なる余剰脂質の貯蔵庫でなく,その表面が様々な機能ドメインとして働いているのではないかと最近注目を集めている。我々は,上記の結果より,脂肪滴表面が,コレステロール生合成系と受容体分子の後期エンドソームでの選別輸送制御のインターフェース機能ドメインとして働いているという仮説を提唱する。

(担当:坪川 宏)

 

26. 視床下部GABAニューロンによるゴナドトロピン分泌の調節

美津島 大(横浜市立大学大学院医学研究科神経内分泌学 講師)

(2003.9.17)

(担当:伊佐 正)

 

27. 発達期における神経回路機能の再編成

鍋倉 淳一(九州大学大学院医学研究院細胞システム生理学 助教授)

(2003.9.17)

(担当:伊佐 正)

 

28. 概日リズム形成における哺乳類の時計遺伝子Period1の昨日

程 肇(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター 助教授)

(2003.9.17)

(担当:伊佐 正)

 

29. ヒト脳におけるカウンティングの神経基盤

神作 憲司(NINDS/NIH,Bethesda,USA)

(2003.9.24)

 数は最も普遍的な概念の一つであり,カウンティングは最も単純な数的情報処理と考えられる。しかしながら,カウンティングの神経基盤は未だ良く分かっていない。われわれは,時間的に連続した感覚刺激が,視覚,聴覚,体性感覚といった異なる感覚モダリティーによって呈示されても容易にカウントすることが出来る。本研究では,神経画像の手法を用いて,特に複数の感覚モダリティーに共通な脳領域に注目し,ヒト脳におけるカウンティングの神経基盤について検討する。

(担当:定藤規弘)

 

30. 中枢神経系におけるβ-Synucleinの機能:相互作用する分子からの解析

平林 敬浩(生理研 高次神経機構)

(2003.10.8)

 β-Synucleinは,当初新規の神経特異的リン酸化タンパク質PNP14 (Phosphoneuroprotein 14) として単離されたが,その後PNP14と高い相同性を有するSynucleinや乳ガンにおいて特異的に発現している遺伝子としてクローニングされたBreast cancer specific gene1 (BCSG1)などと共にSynucleinファミリーとして分類され,現在ではβ- Synucleinと呼ばれるようになった。同様にSynuclein,BCSG1は,それぞれα-Synuclein,γ-Synucleinと呼ばれている。これらSynucleinファミリーのうちα-Synucleinについては,家族性パーキンソン病の原因遺伝子であることや同疾患の患者の脳に特異的に認められる細胞内封入体であるLewy小体の構成タンパク質であることが報告され,世界的に注目を集めているが,他のSynucleinの機能については明らかになっていない点が多い。本セミナーでは,β-Synucleinについて我々がこれまでに行ってきた解析の結果を紹介する。組織内分布を免疫組織化学的手法とin situ hybridizationで調べた結果,中枢神経系ではタンパク質,mRNAともに大脳皮質,海馬,嗅球に多く発現が認められた。また,β-Synucleinと相互作用する分子をYeast Two-Hybrid法などでスクリーニングしたところ,GAPDH,Metallothionein (MT)などの分子が得られた。最近,GAPDHは解糖系における酵素以外の機能として神経細胞死への関与が示唆されている。一方,MTはフリーラジカルの除去を司る生体防御機能の他に,神経細胞の成長に関わっているという報告がある。β-Synucleinと相同性の高いα-Synucleinが神経変性疾患であるパーキンソン病に関与している可能性から,これらの分子との相互作用はβ-Synucleinの機能を明らかにする上で非常に興味深いといえる。さらに,β-Synucleinの機能を個体レベルで解析するために,部位特異的に同タンパク質を高発現するトランスジェニックマウスを作製した。このマウスの解析結果についても紹介する。

(担当:坪川 宏)

 

31. Sleep and Wakefulness Responses to Light are Shaped by Early Visual Experience

Professor Mary Behan (Department of Anatomy,Univ Wisconsin School of Veternary Medicine)

(2003.10.8)

 Light is the most important environmental regulator of behavior. Acute changes in lighting conditions influence behaviors such as sleep and wake fulness. Response to acute changes in light are mediated by a group of reciprocally-connected subcortical visual nuclei that include the pretectum, sup erior colliculus, lateral geniculate complex and suprachiasmatic nucleus. Manipulations of early environmental lighting conditions such as dark-rearing or light-rearing, influence sleep and wakefulness behaviors in rats in response to light, and may have long-lasting effects on sleep and circadian systems.

(担当:伊佐 正)

 

32. Element Mapping of DNA Chains by Energy - Filtering TEM

青山 一弘(日本FEI株式会社 アプリケーションラボラトリ)

(2003.10.16)

 DNA chains are detected by phosphorus mapping based on EF-TEM. The three-window method and the image-merging system are used to make phosphorus-mapping images.      It is impossible to observe DNA chains without the image-merging system because of the low signal levels of single images. It becomes easy to assign DNA molecules by saving the typical super-structure of plasmids. To save the structure during specimen preparation, the rapid-freezing method and the freeze-drying method are used. Mapping images can be obtained only when carbon-supporting films are extremely thin. The thickness of supporting film, which is estimated less than 2 nm, is the most important factor in this observation. The reason the quality of the mapping images is so sensitive to the thickness of the supporting films is   the weakness of the signals. In the three-window method, the calculation to remove the background absolutely includes a few errors because the precise spectrum is not observed. To obtain more high-quality mapping images, several improvements in the hardware are suggested.

(担当:永山 國昭)

 

33. How do neurons release glutamate?

高森茂雄(Dept. of Neurobiology, Max-Planck Institute for Biophysical Chemistry)

(2003.10.21)

 In general, classical (non-peptide) neurotransmitters are synthesized in presynaptic cytoplasm and are packaged into synaptic vesicles by means of vesicular transporters specific for each neurotransmitter. Although transporters responsible for monoamines, acetylcholine and GABA had been cloned and characterized at molecular levels in decades, a protein responsible for glutamate uptake into synaptic vesicle has eluded detection. In recent years, we have shown that     two proteins named BNPI and DNPI, both of which     were originally proposed to be associated with inorganic phosphate transport across the plasma membrane, indeed function as vesicular glutamate transporters. All properties  of glutamate uptake into secretory vesicles by BNPI and DNPI appeared to be similar to those previously observed  by intact synaptic vesicles purified from mammalian brains. We have further demonstrated that the expression of BNPI and DNPI in non-glutamate releasing cells/neurons cause glutamate, convincingly indicating that BNPI/DNPI function as a vesicular glutamate transporter (now renamed as VGLUT1/VGLUT2) in mammalian CNS and their expression in neurons suffices to define a glutamate-releasing property in neurons. Despite the similarity on biochemical and neurophysiological characteristics between BNPI and   DNP, their regional distribution is largely complimentary throughout the brain, indicating their differential contribution to glutamatergic synaptic transmission. In addition, more recently we have cloned a gene that exhibits structural similarity to BNPI and DNPI (now termed as VGLUT3). These three isoforms of VGLUT may cover all glutamatergic signal pathways in mammalian central nervous system.

 As is an informal seminar, I would like to present some other topics currently under investigations.

(担当:重本隆一)

 

34. Activity-inducible protein Homer1a suppresses excitatory synaptic transmission

and diminishes dendritic spine Number and size

 二井健介(RIKEN-MIT Neuroscience Research Center)

(2003.10.31)

 Homer family of proteins are concentrated in the postsynaptic density of excitatory synapse. Theyexist in two forms, long- and short-forms. Long forms of Homer havean EVH1 domain that recognizes a PPXXF motif (found in various postsynaptic proteins such as mGluR1/5, IP3 receptor, and Shank) and a coiled-coil domain that mediates homomeric dimerization. This structure enables long-Homer to serve as a postsynaptic scaffolding protein. In contrast, the short form, Homer1a, is generated by alternative splicing that selectively occurs under strong synaptic activity. It contains the single EVH1domain but lacks the coiled-coil domain. This predicts that Homer1a might function as a natural dominant negative for the constitutively expressed long forms of Homer. Toinvestigate the functional role of Homer1a, we overexpressed Homer1a in rat hippocampal CA1 pyramidal cells in organotypic slice cultures, andcompared AMPA and NMDA receptor mediated-EPSCs with untransfected nearby controls, recorded simultaneously. The overexpressionof Homer1a strongly suppressed both AMPA and NMDA receptor mediated-EPSCs while Homer1aW24A, a mutant of the ligand binding pocket of the EVH1 domain, had no effect. Paired-pulse facilitation, an indication of presynaptic release probability, did not change by postsynaptic expression of Homer1A. Analysis of miniature EPSC revealed areduction in size and frequency of miniature EPSCs. Consistent withthese results, Homer1A overexpression reduced thenumber and size ofdendritic spines as well as the abundacne of various postsynaptic proteins, including AMPA and NMDA receptors. We speculate that Homer1A plays a role in the homeostatic mechanisms that maintain the global activity level of neurons within a normal range.

(担当:重本隆一)

 

35. ホヤ神経分化における細胞間・細胞内シグナル伝達機構の解析

大塚幸雄((独)産業技術総合研究所脳神経情報研究部門)

(2003.11.6)

 ホヤは固着性の海産無脊椎動物であるが,発生初期のオタマジャクシ幼生期に脊索をもつことから,脊椎動物と同じ脊索動物門に分類される。脊椎動物のプロトタイプと位置づけられるホヤ幼生の体制は単純であり,またホヤ卵がモザイク的発生を行い,発生の初期段階で将来の幼生の予定領域が識別できることから,初期発生における細胞分化を解析するよい研究材料としてしばしば用いられてきた。我々は,このホヤをモデル系として,神経の分化及び機能発達について研究している。今回,ホヤ神経分化における細胞間相互作用及びカルシウムチャネルの役割について紹介する。

(担当:岡村 康司)

 

36. NEUROSPIN:From Physics to the Human Brain

Denis Le Bihan M.D.,PH.D. (Federative Research Institute on Functional Neuroimaging)

(2003.11.6)

 The aim of NeuroSpin will be to push as far as possible the current limits of Nuclear Magnetic Resonance imaging (MRI) and spectroscopy to study the central nervous system, from mice to humans. Benefiting from French Atomic Energy Commission know-how in the conception of magnets and NMR technology, this technical platform will be equipped with outstanding MRI/MRS equipment and related tools and an advanced computer platform. At this stage a feasibility study is underway for an ensemble of four MRI/MRS systems including a 3T and a 11.7T wide bore MR scanners for clinical studies, a 11.7T system for anaesthetized and awake monkey studies, a 17T small bore system for rodent studies.

 NeuroSpin will house a fully equipped clinical suit   with beds and test/examination rooms (neuropsychology, electrophysiology, pharmacology) to accommodate protocols involving normal volunteers and patients. The center will also be equipped with an animal care facility designed for rodents (transgenic mice) and trained primates, as well as several laboratories (electronics, chemistry, biology, histology,...) .

 Located in Saint-Aubin near Paris, this imaging platform will be unique in Europe. It will offer exceptional resources to the international scientific community with a strong multidisciplinary environment (mathematics, physics, computer sciences, signal and image processing, neurosciences, neuropsychology, neurology, brain development, molecular imaging, functional genomics,...).

 Large office spaces will be provided to accommodate external teams. Indeed, beside resident researcher teams, technicians and support teams, NeuroSpin has been conceived as an open, shared facility designed to welcome international teams of researchers on a temporary basis (weeks to months) , giving them the opportunity to carry out their own studies. This concept, which has been in use for years in the physics community(accelerators, synchrotrons,....) , has proven very successful, allowing teams to share expensive or rare equipment they could not afford on an individual basis.

 Projects will be aimed either at methodological developments (MRI/MRS physics, instrumentation, image processing, neuronal modeling, molecular imaging,....) or neuroscience applications (normal human volunteers or patients, animal models involving non human primates or rodents, neural modeling, biological effects of magnetic fields,...) .

(担当:定藤 規弘)

 

37. フリーズフラクチャーレプリカ免疫標識法による小脳AMPA受容体の定量的解析

馬杉(時田)美和子(生理研 脳形態解析)

(2003.11.21)

 小脳Purkinje細胞(PC) は平行線維(PF) と登上線維(CF) の二つの興奮性入力を受ける。これらのシナプス伝達は主にAMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR) を介して行われている。そこで,AMPARのシナプスあたりの数,密度および局在をSDS-digested Freeze Fracture Replica Labeling (SDS-FRL) 法によって解析した。SDS-FRL法はフリーズフラクチャーの標本を金標識でラベルする方法であり,定量性および感度が非常に高いという利点を持つ。また従来の免疫電子顕微鏡法では受容体をシナプスとの位置関係において解析するためには,連続超薄切片で膜表面を再構築することが必須であったが,SDS-FRL法では膜上分子の分布を一気に2次元的に観察することができる。

 成獣ラットのPF-PCシナプスにおけるAMPARの密度はシナプスによって大きく異なっていた(CV = 0.67) 。一方CF-PCシナプスにおいてはAMPARの密度は比較的一定であった(CV = 0.14)。またCF-PCシナプスにおけるAMPARのシナプスあたりの数はPF-PCの3.3倍であり,平均密度はPF-PCの4.5倍であった。興味深いことにPF- PCシナプスにおけるAMPARはシナプス内でいくつかのクラスターを形成していることが観察されたが,CF-PCシナプスではAMPARは一様にラベルされていた。PF-PCに特異的に発現しているグルタミン酸受容体GluRd2のシナプス間での密度は一定しており(CV = 0.24) ,シナプス内のラベリングも一様であった。以上の結果は従来法であるpost-embedding法でも確認できた。これらの結果は小脳における学習・発達の過程での,シナプス特異的なAMPARの発現調節を示唆するものであると考えられる。

(担当:坪川 宏)

 

38. Hyperpolarization-activated cation current and its modification of dendritic spike initiation in projection neurons of the rat superficial superior colliculus.

遠藤 利朗(生理研 認知行動発達機構)

(2003.12.18)

 上丘の浅層は,視覚定位行動や空間視に関わるとされる,いわゆる膝状体外視覚系の中枢である。上丘浅層には形態的,電気的性質の異なる様々なニューロンが存在している。その中で,主要な出力ニューロンであるWide field vertical (WFV) cellと呼ばれるニューロンには,樹状突起が浅層の視覚地図上で広い範囲にわたって広がっており,hyperpolarization-activated cation nonselective (HCN) current (Ih) を顕著に示すという特徴が知られている。

 今回我々は,Ihの活性化キネティクスの解析と免疫組織化学的染色を行い,WFV cellにおいてはHCN channelのサブタイプのうちHCN1が主要な成分を構成し,主として樹状突起に発現していることを示唆する結果を得た。一方で,WFV cellは入力線維の電気刺激に応答して,細胞体の膜電位に関係なく活動電位を生成することから,活動電位は電気緊張的に細胞体から遠い部位,すなわち樹状突起において開始されることが示唆された。Ihを抑制することによって,入力線維の電気刺激に対して発火する確率の減少,発火までの潜時の延長,発火の閾膜電位の上昇が認められた。このことから,WFV cellの樹状突起に発現しているHCN1は,樹状突起における活動電位の生成あるいは細胞体への伝導に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 樹状突起において活動電位が生成され,かつHCN channelが発現していることにより,WFV cellは樹状突起の遠位部分への入力に対しても短潜時で確実に応答することができると考えられる。このような特性は,WFV cellが視覚入力に対して鋭敏に反応するためには重要であると考えられ,またWFV cellが受容野の中を動く視覚刺激に対して応答しやすいという性質にも寄与していると考えられる。

(担当:坪川 宏)

 

39. Functional implication of the parietal and frontal cortex in selective visual attention in the macaque monkey.

Jean-Rene Duhamel (CNRS, France)

(2004.1.9)

 Selective visual attention is required for visual processing and behavioral guidance. It is generally considered that this function is mediated by a cerebral network. We have studied two cortical areas in the macaque monkey: the lateral intraparietal area (LIP) and the frontal eye field (FEF), whose activity is correlated to eye movements and are thus thought to be part of the saccadic network. We have used a reversible inactivation method and obtained different attentional deficits for LIP and FEF, even in the absence of eye movements. The deficits induced are similar to some neglect patients symptoms. FEF inactivation, in addition, produced saccadic deficits. Our results suggest that LIP is not involved in saccadic eye movements but in the top-down control of attention. The FEF could be involved in both saccades and shifts of the attentional locus.

(担当:小松英彦)

 

40. 経頭蓋磁気刺激の神経メカニズム−計算論的視点からのアプローチ

宮脇陽一(理化学研究所脳科学総合研究センター 基礎科学特別研究員)

(2004.1.21)

 経頭蓋磁気刺激(TMS) による神経活動干渉のメカニズムを提案する。TMSは,ヒト脳内の非侵襲かつ高時間分解能を持った刺激法として幅広く用いられている。しかしながら,TMSが一体どのようなメカニズムで刺激効果を生むのか,その理論的説明は十分になされていない。従来の計算論的アプローチは,外部磁場を印加した際の神経細胞単体の挙動を解析したものがほとんどであり,運動野印加時に観察される末梢筋電の消失期間と類似したスパイク抑制が観察されることなどから,神経細胞自体の活動抑制の重要性が示唆されることがあった。しかしながら,GABA作動薬投与下や過呼吸環境においてTMSの効果が変調を受けることを考えれば,抑制効果の発現過程はシナプスを介したものである可能性が高いと考えられる。また,TMSが生み出す磁場の空間的広がりからも,コイル下の神経細胞が無作為な一斉刺激を受け,それらの相互作用の結果,機能的な意味での抑制効果が発現すると考えるのは自然な仮説であろう。そこで本研究では,神経細胞単体の解析に加え,神経回路網レベルでTMSのメカニズムを検証する。ここでは特に, (1) 単一神経細胞レベルでのスパイク抑制,(2) 側抑制型シナプス結合を持った皮質神経回路網レベルでの活動抑制,(3) 二連発刺激における閾下重畳効果の三つのトピックを計算論的に検証し,TMSによって引き起こされる抑制効果においては,神経細胞それ自体が陽に抑制される必要はなく,むしろ神経細胞間での相互抑制効果が重要であることを示す。

(担当:本田学)

 

41. 受精時および卵成熟時のCa2+オシレーション

毛利 達磨

(2004.1.28)

 受精時には実に様々な変化が起こる。精子が卵に近づいて来るときに起こる先体反応,精子と卵の融合後に起こる細胞内Ca2+増加,その増加によって引き起こされる表層粒崩壊,表層粒崩壊による透明帯やジェリー層の変化,そして,繰り返しのCa2+変化によるCAMK,PKA,PKCや細胞周期を動かす様々な酵素群の活性化があり,その反応はダイナミックな発生過程へとつながっていく。特に哺乳類の成熟卵は受精時に繰り返しの細胞内Ca2+の増加(Ca2+オシレーション)をすることが知られている。Ca2+オシレーションはその後の発生に必要な様々な卵内の反応を引き起こすために不可欠で重要な現象である。受精時のCa2+オシレーションの役割についてはサイクリンBの分解とcdc2を不活性化することにより細胞周期を再開するためであると考えられている。しかしその詳しい機構についてはまだ不明である。

 一方未成熟卵母細胞(以下単に卵母細胞と呼ぶ)もそのパターンは異なるが,自発的Ca2+オシレーションを示していることが報告された。また,そのCa2+オシレーションの機構についても未だに不明である。卵母細胞は受精能を獲得するために様々なホルモンの制御を受けて卵巣内で成熟する。卵母細胞の成熟や卵胞の発達は卵胞刺激ホルモンや黄体形成ホルモンの制御によりなされるが,詳しい機構についてはまだ不明な点も多い。例えば,エストロゲンの濃度の増加は排卵の引き金である黄体形成ホルモンの一過性分泌を引き起こすが,どのように卵母細胞の発達に関係しているのかまだはっきりしていない。

 私たちはこれまでCa2+オシレーション機構を解明するためにマウス成熟卵を用いて受精時の細胞内Ca2+の時間空間的変化について研究してきた。本セミナーでは受精時のCa2+オシレーションについて,これまで明らかになったことについて概観するとともに,最近行っている未成熟卵母細胞のCa2+オシレーションの研究についても述べる。

(担当:坪川 宏)

 

42. 単純な脊索動物の尻尾 〜オタマボヤ尾部の細胞構築〜

西野敦雄(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻)

(2004.2.10)

 我々脊椎動物は,頭索類(ナメクジウオの仲間)と尾索類(ホヤ,ウミタル,オタマボヤなどの仲間)とともに脊索動物門を構成します。ホヤはオタマジャクシ型の幼生期を経て,尻尾を失い固着性の成体になるのに対して,オタマボヤは終生その尻尾を失わないままプランクトン生活を送ります。

 オタマボヤは洗練された運動様式を示すのにもかかわらず,その尻尾はきわめて単純な細胞構成により成り立っていることが明らかになりました。今後“もっとも単純な脊索動物”としてのオタマボヤを,特に尻尾の細胞構築の発生学的変遷に注目して明らかにする予定です。

(担当:岡村 康司)

 

43. 視覚ニューロンにおける側抑制のメカニズム:
pHをメディエーターとする網膜水平細胞から錐体視細胞へのフィードバック

金子章道(星城大学 リハビリテーション学部 教授,慶應義塾大学名誉教授)

(2004.2.13)

 感覚神経系において受容野周辺からの側抑制は受けた刺激の輪郭を際立たせ,像や物体の形の認識の上で極めて重要なメカニズムである。網膜における側抑制はすでに視細胞レベルで観察されており,従来から水平細胞がGABAを伝達物質とするフィードバック機構によって錐体視細胞の周辺受容野形成に関与していると考えられていた。しかし,GABA仮説を批判した報告もあった。イモリ網膜スライス標本を用いて実験したところ,水平細胞の膜電位によってもたらされたpHの変化が水平細胞から錐体視細胞へのフィードバックの本態ではないかとの結論に至った。錐体視細胞が照射されると過分極性の視細胞応答が起こり,グルタミン酸の放出が減少する。一方,周辺部光照射では水平細胞が過分極する結果,陥入型シナプスにおけるシナプス間隙のpHが上がり,錐体視細胞の終末部にあるL型カルシウムチャネルが活性化されてグルタミン酸の放出が増える。これが2次ニューロンの双極細胞に中心−周辺型の応答を引き起こす。

(担当:岡田 泰伸・伊佐 正)

 

44. マッカロー効果を用いたヒト色感覚に関わる神経機構の解明

守田知代(京都大学教育学研究科教育認知心理学講座)

(2004.2.17)

 われわれは,色彩豊かな世界に暮らしている。目に届くのは,ある波長成分を持つ光であるが,そこから特定の色の内的な経験(色感覚)を生み出しているのは,われわれの脳である。実際の色を見ているときに,紡錘状回・舌状回を含む腹側後頭葉領域の賦活を伴うことはよく知られているが,これらの領域が色感覚と直接関わるのかどうかはまだ明らかにされていない。

 本研究では,刺激を一定に保ったまま,異なる色感覚をつくりだすために,マッカロー効果と呼ばれる錯覚現象を用いた。マッカロー効果とは,互いに直交する方向成分をもち,補色関係にある縞模様刺激(誘導刺激)(例:緑色の水平縞,マゼンダ色の垂直縞)を交互に数秒ずつ合計数分間呈示すると,その後,白黒の縞が方向によって誘導時の補色に薄く色づいて見える現象である(例の場合,水平方向にマゼンダ色,垂直方向に緑色)。本実験では,誘導刺激呈示の前後に,白黒からなる縞模様のテスト刺激を呈示するセッションを設け,そのテスト刺激を見ている時の被験者の脳活動を機能的核磁気共鳴画像法(fMRI) を用いて測定し比較した。ここで,2つのグループを用意した。誘導後のセッション中,色に注意を向けるようにあらかじめ教示したINFORMEDグループと,特になにも教示しないUNINFORMEDグループの2つである。実験の結果,マッカロー効果が被験者全員にほぼ同程度誘導されていたことは実験終了後に確認できたにも関わらず,UNINFORMEDグループの約半数の被験者はfMRI実験の最中に色がついて見えることに気づいていたが,残り半数は気づいていなかった。実際の色刺激に対して有意な活動を示した両側の腹側後頭葉の中で,左側V4aに相当するV4の前方領域は,MRスキャン中に錯覚の色に気づいていたグループでは活動が見られたものの,気づかなかったグループでは活動が見られなかった。これらの結果より,色特異領域とされていたV4の中でも,前方領域が特に色感覚に関与していることが示唆された。

(担当:定藤 規弘)

 

45. 高分子量GTP結合タンパク質mOPA1によるミトコンドリア形態の変化

三坂 巧(生理研 神経化学)

 (2004.2.19)

 GTP結合タンパク質(Gタンパク質)を介したシグナル伝達は細胞内において重要な役割を果たすことが知られている。その中でDynaminに代表される高分子量Gタンパク質ファミリー(分子量約100kDa)に属するメンバーのいくつかは,エンドサイトーシスやゴルジ体からの小胞形成が起きる際に脂質二重膜を直接断ち切る役割を担っていることが示されてきている。

 我々が先にマウス脳の神経細胞において高発現していることを明らかにした新規高分子量Gタンパク質(mOPA1) はGTP結合部位近辺のみがDynaminに類似し,それ以外の部分は既知のタンパク質とほとんど類似性を示さない。N末端にはミトコンドリア移行シグナルを有しており,mOPA1を強制発現させたCOS-7細胞においてmOPA1がミトコンドリアに局在し,ミトコンドリアを断片化すること,すなわち形状をtube状からvesicle状へと劇的に変化させることを見い出した。またmOPA1のミトコンドリア断片化能はGTP結合やGTP水解能を失うような点変異により変化が生ずることより,少なくともこの断片化にはGTPに依存する反応が含まれることが示唆されている。近年,ミトコンドリアの分裂・融合に関わる複数のタンパク質の存在やそれらの機能が明らかにされてきており,ミトコンドリアの形態が細胞内においてダイナミックに制御されているというモデルの正当性が実証されてきている。mOPA1タンパク質もその形態制御・調節因子の一つになりうると考えられる。

 最近このタンパク質のヒトにおけるorthologが,常染色体性優性の遺伝病であり網膜神経節細胞の萎縮ならびに視神経細胞の脱落,失明の症状が発症する1型視神経萎縮症(Optic atrophy type 1) の原因遺伝子としてポジショナルクローニングにより同定された。これまでに多くのグループが家族性疾患変異の探索を行ってきており,30種以上にもおよぶ変異が同定された。我々は,疾患変異として同定されたアミノ酸点変異をマウスクローンに導入した変異体を作製し,COS-7細胞に強制発現させた。その結果,作製した疾患変異体のほとんどにおいて,ミトコンドリア断片化能が野生型と異なるという結果を得た。これよりOPA1のミトコンドリア形態に与える機能の変化が,遺伝性視神経萎縮症発症の原因の一部となっていることが推察された。

(担当:坪川 宏)

 

46. Functional stoichiometry and local enrichment of calmodulin interacting with Ca2+ channels

森誠之博士 (Johns Hopkins University School of Medicine,
Department of Biomedical Engineering)

(2004.3.4)

 カルモジュリン(CaM) はCa2+チャネルに直接的に作用することでチャネル自身の制御と,Ca2+influxによる転写因子誘導の両方に関与している。これらの機能を明らかにする上で,チャネル制御に関与するCaM分子数及びチャネル近傍のCaM分子数はCa2+signallingの重要なパラメーターと考えられる。

 そこで今回,我々はCa2+チャネルとCaMのキメラ分子を使ってチャネル制御に関与するstoichiometryについて調べた。更にこのキメラ分子をCa2+チャネルの近傍−ナノドメインに存在しているCaMの分子数を調べるセンサーとして用いることで,CaMのナノドメインにおけるlocal enrichmentの存在を見出した。このことからCaMはチャネル近傍に密に存在することで,様々な情報伝達を増強しているのではないかと考えらる。

(担当:井本敬二)

 

47. イオンチャネル膜電位センサーの動的構造変化
“Structure Meets Function: Conformational Rearrangements of Voltage-Gated Ion Channels”

Dr. Chris Gandhi (University of California Berkeley, USA)

(2004.3.4)

 膜電位依存性チャネルの膜電位感知機構は,極めて精緻な興味深いものである。昨年バクテリアの膜電位依存性K+チャネルの膜電位センサー部を含む結晶構造解析の結果が発表されたが,その知見は他のアプローチによるものと非常に異なっており,膜電位感知機構の実態は明らかになったとはいえない。本セミナーでは,膜電位センサーの動的構造変化について,我々が,accessibility analysis, FRET analysis等を用いて得た最新の成果を含めて紹介する。

 [参考文献]

 Gandhi et al. Neuron(2003) 40, 515-525

 Gandhi et al. J. Gen. Physiol.(2002) 120, 455-463

 Gandhi et al. Neuron(2000) 27, 585-595

(担当:久保義弘)

 

48. Shape representation in ventral pathway visual cortex

Dr.Charles Connor (Johns Hopkins University)

(2004.3.10)

 Shape recognition is one of our most critical and astounding mental abilities. The primate visual system must somehow reduce the enormous dimensionality of the retinal input image to a tractable level where shape information is represented explicitly. The final representation must be efficient enough to encode the virtual infinity of possible shapes and robust enough to generalize across image variations (size, position, orientation, illumination, partial occlusion, plastic deformation). Our studies of ventral pathway visual cortex suggest that shapes are represented in terms of their component parts, which are signaled by local peaks in a population of neurons with basis function-like tuning for contour-related dimensions (orientation, curvature, and relative position).

(担当:小松英彦)

 

49. 神経誘導・パターン形成の細胞・分子機構

岡本 治正(産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門)

(2004.3.22)

 脳神経系,特に脊椎動物における中枢神経系について,その形成過程や機能発現の複雑さは多くの人々の興味を惹きつけてきた。既に半世紀以上前から,脊椎動物の脳神経系は胚発生の初期(嚢胚期)に背側の中胚葉(オーガナイザーと呼ばれる)から分泌される神経誘導因子の作用でオーガナイザーに隣接する背側外胚葉部分から分化し始めるとされてきた。また特に中枢神経系で顕著となる,前,中,後脳から脊髄に至る頭尾軸に沿ったパターン化も,オーガナイザーから引き続き分泌される形態形成因子の作用に基づくとされてきた。しかし最近に至るまで,これら因子の本体は不明であった。

 私共は,アフリカツメガエル嚢胚細胞のミクロ培養系を開発し,これを用いて従来,線維芽細胞増殖因子(Fibroblast Growth Factor : FGF) と呼ばれていた分子量約20,000のタンパク質が生理的濃度でオーガナイザー細胞の両作用を代行して,外胚葉細胞から直接神経細胞の分化を誘導し,その濃度勾配(5-250pM) により単独で神経系頭尾軸パターン化をも引き起こしうることを示した(低濃度ほどより頭部の,高濃度ほどより尾部の神経マーカー遺伝子の発現を誘導する)。さらに,FGF受容体が神経誘導・形態形成の時期に外胚葉細胞に存在することを明らかにするとともに,そのdominant negative変異型を利用して,FGFシグナリングが実際に生体内における神経系の誘導,パターン化に必須であることを明らかにすることができた。

 次に問題となるのは,FGFシグナリングが外胚葉細胞内で,どのような機構によりシグナルの強度差に応じた形で,前頭部から後尾部に至る部域特異的な神経マーカー遺伝子の差次的発現をもたらすのかという点であった。最も単純な仮説は,各神経マーカーのエンハンサー領域にFGFシグナリングの強度差に差次的に応答する配列エレメント(FGF response element ; FRE) があるとするものである。実際私共は最近,後部神経系で発現するXcad3と呼ばれる遺伝子について解析を進め,この仮説を支持する結果を得ている。すなわち,Xcad3の第1イントロンにはFREが複数個存在し高濃度のFGFに応答すること,またその配列に変異を導入するとXcad3のFGFに対する応答性が失われることを明らかにした。また興味深いことにBMP, Wnt他の2種のシグナリングがこのFRE上でFGFシグナリングと統合されることも示すことができた。今後はXcad3の他に,より前方で発現する神経マーカー遺伝子群についても同様なエンハンサー解析を進め,これら前方遺伝子群にもFREが存在するのか,またそれぞれに固有な濃度レンジでFGFに応答するのか等の問題を解明していくことが重要な課題となるものと考えられる。

(担当:岡村 康司)

 

50. Single cell genetics: a novel approach to study experience-dependent plasticity in vivo

Pavel Osten (Max Plank Institute, Heidelberg)

(2004.3.25)

 The rodent somatosensory barrel cortex, with its precise formation of whisker-matched Receptive Fields (RFs) and large-scale functional plasticity induced by trimming whiskers, is a well-established system for the study of experience-dependent plasticity. In order to be able to examine the underlying molecular and cellular mechanisms, we have established a method, based on stereotaxic delivery of lentiviral infectious particles, which allows us to study individual, genetically altered cortical neurons in vivo.    Our lentiviral vectors can be used for neurospecific transgenic expression, siRNA-based gene silencing, and Cre recombinase-based gene knock-out. Importantly, after the cellular phenotype of the genetic manipulations is assessed in vitro in acute cortical slices, the RF properties of the altered neurons are examined in vivo by 2-photon microscopy targeted whole-cell recordings. The main advantages of this approach lie in the ease of its application and in the temporal and spatial control of the genetic manipulations. Currently, we are focusing on the role of dendritic action potential backpropagation in establishing the RF properties of layer2/3 barrel cortex neurons.

(担当:重本隆一)

 

51. Driving action: The balance between reward and work.
Behavioral, physiological and molecular studies in monkeys

Dr. Barry J. Richmond, M.D. (NIH)

(2004.3.31)

 Animals and humans adjust their behavior based on their assessment of whether a goal or reward is worth the work needed to obtain it. The accuracy and intensity of the work depends on the value of the reward and the amount and difficulty of the work (workload) needed. To make these behavioral adjustments, both the work needed and the reward must be predicted. Normal animals, including humans, quickly learn to use visual cues to make such predictions. The normal balance between reward value and predictions of work is disturbed in many psychiatric disorders such as depression (hopelessness, rewards not worth pursuing and work to obtain them too burdensome), mania (do any amount of work regardless of utility), and drug abuse (environmental cues induce craving and drug seeking). We model this behavior in monkeys by exposing them to visual cues, each of which is related to the the amount of work, i.e., the workload, yet to be completed before reward delivery. For normal monkeys, the number of errors is directly related to the number of trials remaining before reward, with the fewest errors in the rewarded trial. We have studied this behavior by manipulating both work and reward.

 For single neuron recordings we targeted structures rich in dopamine, a neurotransmitter associated with reward behavior. More that 60% of neurons in ventral striatum, perirhinal cortex, anterior cingulate, orbitofrontal cortex, basolateral amygdala, anterior insula, and dopamine neurons are selective (in different ways in each area) to aspects of these work schedules. In studies investigating how monkeys learn to associate visual cues with predictions of the work schedules we found that rhinal cortex ablations prevent them from learning to associate visual cues with work schedules. Using a new technique based molecular biology we have been able to show that the downregulating the D2 receptor in adult monkeys mimics the rhinal cortex lesions, and that the normal plasticity that is in perirhinal neuronal responses while learning cues does not occur. Thus, learning to associate visual cues with reward schedules depends on the D2 receptor in the rhinal cortex.

 It appears that the activity of a large number of integrative dopamine-rich brain regions are sensitive to this balance between work and reward, and that D2 receptors are critical for learning associations between visual cues and predictions of work schedules.

(担当:小松英彦)

 


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