生理学研究所年報 第26巻
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細胞器官研究系

生体膜研究部門

【概要】

 当部門では,開口放出とシナプス機能を2光子顕微鏡法を活用し,更に分子生物学的方法論,パッチクランプ,ケイジド試薬や電子顕微鏡を組み合わせて可視化定量化する研究を推進している。本年度は,脳スライス標本内の中枢神経細胞において,ケイジドグルタミン酸の光活性化法により,単一シナプスレベルで刺激を与え,形態可塑性の誘発に成功した。この可塑性には長期増強という機能可塑性が随伴していることが明らかとなった。また,2光子励起法による開口放出測定とGFP標識蛋白質の蛍光観察を組み合わせた結果,膵臓ランゲルハンス島において,SNARE分子が膵臓線細胞においてはアクチンが開口放出に伴い動く様子を初めて捉えることに成功した。

 

2光子励起法による開口放出の研究

河西 春郎,根本 知己,高橋 倫子,岸本 拓也,兒島 辰哉,
大嶋 章裕,劉 婷婷,畠山 裕康

 2光子励起法による定量的開口放出測定に,GFP標識蛋白を用いた同時染色により,開口放出関連蛋白質の動態を明らかにする研究を推進した。膵臓ランゲルハンス島標本においては,逐次開口放出現象が稀に見られることを見出した。これを利用して,逐次開口放出と開口放出関連蛋白質SNAP25の関連を調べた結果,小胞が逐次開口放出を誘発した場合にのみSNAP25が側方拡散により顆粒膜に入ることを可視化するのに成功した。これは,開口放出に伴うSNAREの動きを捉えた初めての研究となった。また,膵臓外分泌腺標本において開口放出に伴うアクチン細胞骨格の新しい再編成機構を解明し,急性膵炎の発症に関係する可能性を明らにした。

 

海馬錐体細胞スパインの研究

河西 春郎,松崎 政紀,早川 泰之,野口 潤,安松 信明,本蔵直樹

 学習刺激に伴うシナプスの形態可塑性については多くの報告があったが,どの様な形態変化がシナプスの機能変化を伴うかは不明だった。我々は,2光子励起法による単一スパインへのグルタミン酸による反復刺激と脱分極の同時投与(2光子ペアリング)により,刺激したスパイン選択的に頭部が速く増大し,その後長期間安定化する事実と,その際グルタミン酸感受性の増大を伴うことを見出した。この研究は,単一シナプスレベルで長期増強(LTP)の誘発に成功した初めての研究であり,長期増強の基盤となる形態変化があること,そしてシナプスの独立可変性を初めて立証したものである。面白いことに,大きいスパインの増大は長期化せず,大きいスパインは安定であり記憶痕跡として働く可能性が示唆された。一方,小さなスパインは長期可塑性の好発部位で不安定であり,学習過程により特化していると考えられる。

 

 

機能協関研究部門

【概要】

 細胞機能のすべては,細胞膜におけるチャネル(イオンチャネル,水チャネル)やトランスポータ(キャリア,ポンプ)の働きによって担われ,支えられている。機能協関研究部門では,容積調節や吸収・分泌機能や環境情報受容などのように最も一般的で基本的な細胞活動のメカニズムを,これらの機能分子の働きとして細胞生理学的に解明し,それらの異常と疾病や細胞死との関係についても明らかにしようとしている。主たる研究課題は次の通りである。

 (1)「細胞容積調節の分子メカニズムとその生理学的役割」:細胞は(異常浸透圧環境下においても)その容積を正常に維持する能力を持ち,このメカニズムには各種チャネルやトランスポータやレセプターが関与している。これらの容積調節性膜機能分子,特に容積感受性クロライドチャネル,の分子同定を行い,その活性化メカニズムと生理学的役割を解明する。

 (2)「アポトーシス,ネクローシス及び虚血性細胞死の誘導メカニズム」:容積調節能の破綻は細胞死(アポトーシスやネクローシス)にも深く関与する。これらの細胞死誘導メカニズムを分子レベルで解明し,その破綻防御の方策を探求する。特に,脳神経細胞や心筋細胞の虚血性細胞死の誘導メカニズムを生理学的に解明する。

 (3)「イオンチャネルの多機能性のメカニズム」:イオンチャネルはイオン輸送や電気信号発生のみならず,環境因子に対するバイオ分子センサーや,他のチャネルやトランスポータの制御にも関与する多機能性タンパク質である。特に,CFTRの他チャネル制御メカニズムやATPチャネルの容積センサーメカニズムやNaClセンサーメカニズムについての研究を行う。

 (4)「消化管上皮細胞の分泌・吸収メカニズム」についても研究する。

 

アポトーシス誘導性アニオンチャネル活性化における活性酸素種の役割

清水貴浩,沼田朋大,岡田泰伸

 細胞死と細胞容積調節機構は密接に関連している。アポトーシス初期に観測される細胞縮小化(Apoptotic Volume Decrease: AVD)は,細胞がアポトーシス死するためのきわめて重要な現象であり,主にK+とCl-コンダクタンスの増加によるイオン流出の結果として生じる。しかしながら,どの種のアニオンチャネルが関与しているのかについてはほとんど知られていなかった。今回我々は,ミトコンドリア系およびデスレセプター系アポトーシス誘導剤が容積感受性外向き整流性(Volume-Sensitive Outward Rectifying: VSOR)アニオンチャネルの活性化を生じたことから,VSORチャネルの異常活性化がこのAVDの原因であることを明らかにした。また,ミトコンドリア仲介性アポトーシス誘導の場合のVSORアニオンチャネル活性化シグナルは活性酸素種(ROS)であり,このROSの除去や産生阻害によりAVD及びアポトーシス死が抑制されることが明らかとなった。本研究結果は次の論文に発表された:Shimizu, Numata & Okada 2004 PNAS 101:6770-6773.

図1:アポトーシス誘導メカニズムにおけるアニオンチャネル及びROSの役割

図1:アポトーシス誘導メカニズムにおけるアニオンチャネル及びROSの役割

 

心筋細胞の容積感受性クロライドチャネルの分子実体はClC-3ではない

Gong weiqin,徐 洪涛,清水貴浩,岡田泰伸

 容積感受性外向整流性Cl-チャネル(VSOR)は心筋細胞を含めて殆んどすべての動物細胞に発現し,浸透圧性膨張後の容積調節や細胞分裂やアポメーシス死にも関与する重要なチャネルであることが知られているが,その分子実体の同定は未だ行われていない。VSORの分子実体候補としてこれまで3種の蛋白がいずれもNature誌で提唱された。即ち,P糖蛋白(Valverde et al. 1992 Nature),pICln (Paulmichl et al. 1992 Nature),ClC-3 (Duan et al. 1997 Nature)である。前2者ではないことは,本研究の出発点ですでに私達やNiliusのグループを中心にして明らかにされていた(see Okada 1997 Am J Physiol )。その後,広く信じられるようになったのがClC-3説であるが,私達は同定基準のすべてを満たさないので,未だ結論には留保すべきであると主張してきた(Okada et al. 1998 J Gen Physiol )。その後,ClC-3ノックアウトマウスを用いた研究によって肝細胞や膵腺細胞のVSOR活性に影響の見られないことがJentschのグループによって報告され (Stobrawa et al. 2001 Neuron),そもそもClC-3説の出所であった心筋においてのみClC-3がVSORである可能性が残っている状況となった。そこで,私達は東医歯大の佐々木・内田のグループとの共同研究によって心筋細胞におけるVSORはClC-3によって担われるかどうかを,ClC-3ノックアウトマウスを用いて検討した。その結果,ClC-3ノックアウトマウスから単離された心室筋細胞(−/−)も,正常のWild typeマウスから単離された心室筋細胞(+/+)も,共に浸透圧性細胞膨張によって活性化されるCl-チャネル電流を示し,それらは全く同一の電気生理学的性質(例えば,電圧依存性:図2A)と薬理学的性質(例えば,キナーゼ活性化剤PMAによる活性亢進:図2B)を示すことが明らかになった。それゆえ,ClC-3は心筋細胞においてもVSORの分子実体ではないことが確定した。これらの結果は次の論文に報告された:Gong,Xu,Shimizu, Morishima,Tanabe,Tachibe,Uchida,Sasaki & Okada 2004 Cell Physiol Biochem 14:213-224.

図2:正常マウス(+/+)及びClC-3ノックアウトマウス(−/−)の心筋細胞における細胞膨張で活性化されるCl-チャネル電流の全細胞記録A,電圧ステップパルスに対する電流応答B,電流電圧特性とPMA効果
図2: 正常マウス(+/+)及びClC-3ノックアウトマウス(−/−)の心筋細胞における 細胞膨張で活性化されるCl-チャネル電流の全細胞記録A,電圧ステップパルスに 対する電流応答B,電流電圧特性とPMA効果

 

マキシアニオンチャネルと容積感受性クロライドチャネルの
ポアサイズの測定

サビロブ・ラブシャン,岡田泰伸

 ストレス時に細胞内から放出されるATPは細胞間シグナル伝達に重要な役割を果す。その放出機序はエキソサイトーシスによるものとそうでないものがある。後者の通路としてマキシアニオンチャネルが多くの場合に関与することを私達は提唱してきた(Sabirov et al. 2001 J Gen Physiol; Sabirov & Okada 2004 Jpn J Physiol)。今回,非電解質有機分子(PEGなど)のポア内侵入によるシングルチャネルコンダクタンスの減少(図3)を指標にポアサイズを測定したところ,このチャネルのポアは半径約1.3 nmでありATPのサイズ(半径約0.6 nm)より充分に大きいことが明らかとなった(図4)。これらの結果は次の論文に報告された:Sabirov & Okada 2004 Biophys J 87:1672-1685.

 一方,容積感受性外向整流性Cl-チャネル(VSOR)は,細胞容積の調節のみならず,細胞からのATPの放出にも関与する可能性が以前指摘された(Hisadome et al. 2002 J Gen Physiol)。そこでVSORがATPを通すに充分な大きさのポアを持つかどうかについて同様の方法で調べたところ,半径0.63nmであることが明らかとなり,ATPのサイズとほぼ同じ大きさであることが判明した。これらの結果は次の論文に報告された:Ternovsky,Okada & Sabirov 2004 FEBS Lett 576:433-436.

図3:非電解質分配法によるチャネルポアサイズ測定原理
図3:非電解質分配法によるチャネルポアサイズ測定原理

図4:種々の大きさのポリエチレングルコース(PEG)を膜の内側又は外側から与えたときのマキシアニオンチャネルの単一チャネルコンダクタンスの変化
図4: 種々の大きさのポリエチレングルコース(PEG)を膜の内側又は 外側から与えたときのマキシアニオンチャネルの単一チャネルコンダクタンスの変化

 

大腸クリプトにおけるイオン分泌時の細胞容積調節機構の解明

眞鍋健一,清水貴浩,森島 繁,岡田泰伸

 消化管における粘液分泌は消化物の流動性を保つ役割を果たしており,宿主防御機構の一端も担っている。これまでに大腸におけるCl-分泌はクリプト(陰窩)で行われ,分泌時にはクリプト全体の収縮(secretary volume decrease: SVD)が生じる事が知られていた。しかしながら,クリプト内部の個々の細胞レベルでの細胞容積調節機構については,ほとんど知られていなかった。我々は二光子レーザー顕微鏡システムを用いることにより,モルモット大腸から単離したクリプト内部の細胞を可視化することに成功し,コリン様刺激によってクリプト基底部の細胞のみが収縮する様子を捉えた。またコリン刺激時のクリプト細胞内Ca2+濃度上昇は,同様に基底部において著しかった。したがって,大腸クリプトにおいては,基底部だけで細胞内Ca2+濃度依存的にCl-が分泌され,分泌性収縮が生じることが明らかとなった。また我々は,そのクリプト細胞が分泌性収縮後,Na+-K+- 2Cl-コートランスポーター(NKCC)活性を介した調節性容積増加(regulatory volume increase: RVI)機構によって細胞容積を回復できることも明らかにした。本研究結果は次の論文に発表された:Manabe, Shimizu, Morishima & Okada 2004 Pflugers Arch Eur J Physiol 448:596-604.

図5:大腸における分泌性細胞容積調節時のイオンメカニズム(CaCC:Ca2+依存性Cl-チャネル)

図5: 大腸における分泌性細胞容積調節時のイオンメカニズム
(CaCC:Ca2+依存性Cl-チャネル)

 


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