生理学研究所年報 第26巻
 研究活動報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ

大脳皮質機能研究系

脳形態解析研究部門

【概要】

 脳形態解析部門では,神経細胞やダリア細胞の細胞膜上に存在する伝達物質受容体やチャネルなどの機能分子の局在や動態を観察することから,シナプス,神経回路,システム,個体行動の各レベルにおけるこれらの分子の機能,役割を分子生物学的,形態学的および生理学的方法を総合して解析する。特に,各レベルや方法論のギャップを埋めることによって脳の機能の独創的な理解を目指す。

 具体的な研究テーマとしては,1) グルタミン酸受容体およびGABA受容体と各種チャネル分子の脳における電子顕微鏡的局在を定量的に解析し,機能との関係を明らかにする。2) これらの分子の発達過程や記憶,学習の基礎となる可塑的変化に伴う動きを可視化し,その制御メカニズムと機能的意義を探る。3) 前脳基底核,黒質−線条体ドーパミン系等の情動行動に関与する脳内部位のシナプス伝達機構および生理活性物質によるその修飾機構を電気生理学的手法を用いて解析し,それらの分子的基盤を明らかにする。4) 大脳基底核関連疾患の治療法の確立のため,神経幹細胞移植による細胞の分化,シナプス再構築や神経回路の再建に関する形態学的および電気生理学的解析を行なっている。

 

グルタミン酸受容体の定量的解析

田中淳一,足澤悦子,籾山明子,深澤有吾,馬杉美和子,重本隆一

 脳内における主要な興奮性伝達物質であるグルタミン酸には,イオンチャネル型のAMPA受容体,NMDA受容体,Kainate受容体とG蛋白共役型の代謝調節型グルタミン酸受容体が存在する。我々は,従来の免疫電子顕微鏡法や新たに開発したレプリカ標識法により,グルタミン酸受容体各サブタイプの局在を高解像度で定量的に解析している。レプリカ標識法を用いたAMPA受容体の解析では,小脳の登上線維―プルキンエ細胞間シナプスなどにおいて平方ミクロンあたり1000個を超える金粒子の標識を達成し,従来法に比べ桁違いの高感度と2次元的な可視化を実現した。また,ノイズ解析を用いた電気生理学的計測と組合わせ,機能的なAMPA受容体数とほぼ同数の金粒子の標識数が得られることを明らかにした。

 

神経伝達物質放出関連蛋白質の局在

萩原 明,深澤有吾,重本隆一

 脳内における神経伝達物質の放出にはさまざまな機能分子が関与している。この中で我々は代謝調節型グルタミン酸受容体や電位依存性カルシウムチャネルなどの放出部位における局在を免疫電子顕微鏡法で明らかにした。またレプリカ標識法を用いることによって,従来法では放出部位に検出することが困難であったtSNARE蛋白質についても,神経終末や軸索に広く分布すると同時に放出部位にも同様の密度で存在することを明らかにした。またこの研究の過程でレプリカ標識法において,CASTなどのCAZ蛋白質や小胞性グルタミン酸トランスポーターが,放出部位や神経終末を同定するためのマーカーとして非常に有用であることを明らかにした。

 

海馬における長期増強現象とグルタミン酸受容体の密度変化

深澤有吾,重本隆一

 海馬における長期増強現象には,イオンチャネル型のAMPA受容体,NMDA受容体等のグルタミン酸受容体が関与している。我々は,新たに開発したレプリカ標識法により,これらグルタミン酸受容体各サブタイプの局在を高解像度で定量的に解析している。レプリカ標識法を用いた海馬CA1や歯状回のAMPA受容体の解析では,シナプスのみならずシナプス外に高密度の標識が認められた。シナプスのAMPA受容体密度は大きなバラツキを持って分布していたが,in vivoでテタヌス刺激により長期増強現象を誘導すると,AMPA受容体密度の低いシナプスの数が減少する。今後受容体サブタイプによる動態の違いや,シナプス外受容体プールとの間の関係などについて,さらに検討する。

 

海馬NMDA受容体局在の左右差

Wu Yue,篠原良章,重本隆一

 脳内における左右差はよく知られているが,その分子基盤はほとんど知られていなかった。我々は九州大学の伊藤功助教授らとの共同研究により,海馬NMDA受容体サブユニットNR2Bが左右の海馬の対応するシナプスで非対称に配置されていることを発見した。この左右差はNR2Aノックアウト動物で増強されており,電子顕微鏡的な解析で錐体細胞シナプスにおけるNR2B標識密度の左右差を検出した。この左右差は介在神経細胞上のシナプスには存在せず,同種の神経軸索が作るシナプスにおいても,神経後細胞の種類の違いによって非対称性の有無が決まることが明らかとなった。今後はこの左右非対称性の生理学的意義を解明することを目指す。

 

GABAB受容体やイオンチャネルの脳内局在と機能解析

Akos Kulik,萩原明,深澤有吾,重本隆一

 脳内における主要な抑制性伝達物質であるGABAには,イオンチャネル型のGABAA受容体とG蛋白共役型のGABAB受容体が存在する。我々は,免疫電子顕微鏡法によりGABAB受容体が小脳ではGABA作動性シナプスではなく,興奮性のグルタミン酸作動性シナプスの周囲により集積していることや,視床においてはいずれのシナプスとも強い関連なく広範に分布しているが,GABA作動性シナプス周囲により密度が高いことなどを報告した。これらの結果は,GABAB受容体が脳の部位により異なる役割を持っていることを示唆している。その後,GABAB受容体がその効果器分子であるカリウムチャネルGIRKサブユニットと海馬錐体細胞の棘突起シナプス周辺で共局在を示すことが明らかとなった。さらにGABAB受容体の機能調節機構や脳における役割の解明を目指す。

 

前脳基底核と黒質−線条体ドーパミン系の電気生理学的および形態学的解析

籾山俊彦

 前脳基底核は中枢アセチルコリン性ニューロンの起始核であり,記憶,学習,注意とうの生理的機能と密接に関係するとともに,その病的状態としてアルツハイマー病との関連が示唆されている。現在アセチルコリン性ニューロンへの興奮性および抑制性シナプス伝達機構および修飾機構の生後発達変化につき,ニューロン同定の新たな手法を導入しつつ,電気生理学的解析,形態学的解析を行なっている。

 黒質−線条体ドーパミン系は随意運動調節に関与し,この系の障害とパーキンソン病等の大脳基底核関連疾患とが関係していることが示唆されている。大脳基底核関連疾患の治療法の一つとして神経幹細胞移植法が期待されているが,移植によるシナプス結合や神経回路の再建に関する基礎的知見はこれまで非常に少なかった。現在,Enhanced GFP遺伝子導入トランスジェニックラットから胎生10.5日目ラットを摘出し,中脳胞部由来神経板組織を成熟ラットの線条体内に移植して,ドナー細胞の分化,シナプス再構築について形態学的および電気生理学的解析を行なっている。

 

 

大脳神経回路論研究部門

【概要】

 大脳皮質の各領域は,基本的に同じ構成の回路を入出力の違いに応じて変えることで,柔軟で多様な情報処理をしている。皮質はコラムとよばれる基本単位からできていると考えられているが,その内部回路についてはあまり解明されていない。皮質の中でも前頭皮質は,それが投射する線条体とともに,精神活動や運動・行動にとって重要な場所である。私たちはこれまでに前頭皮質や線条体ニューロンを,軸索投射・発火・物質発現パターンからいくつかのグループに分類し,それらの生理的性質・神経結合・伝達物質作用などを解析してきた。その結果,局所回路の基本的構成を定性的に明らかにできた。現在は,これらの構成要素から皮質回路がどのような原則で組み上げられているかを明らかにすることを目指して,各ニューロンタイプの軸索・樹状突起上におけるシナプス配置・スパイン分布,錐体細胞サブタイプ間のシナプス結合特性,非錐体細胞サブタイプから錐体細胞への神経結合を生理学的・形態学的に定量的に解析している。これらの過程を積み重ねることで,皮質回路の神経結合選択性,皮質ニューロンの生理的・形態的多様性の意味,各ニューロンタイプの役割を理解したい。そして前頭皮質における回路解析に基づいて,皮質から線条体に信号を送る錐体細胞の活動がどのように決められているのかを明らかにすることを目標にしている。

 

皮質介在ニューロンの樹状突起分枝の定量的解析

川口泰雄,苅部冬紀,窪田芳之

 前年度までに,非錐体細胞の定量的分類,サブタイプごとの軸索分枝・シナプスブトン形成の定量的解析を終えたので,今年度は樹状突起分枝,スパイン形成の定量的解析を,FSバスケット細胞,ニューログリアフォーム細胞,マルティノッティ細胞,CCK陽性大型バスケット細胞,小型バスケット細胞について行った。分枝間角度分布は軸索のと同じ関数で近似することができ,サブタイプ間でも分布に大きな差がなかった。分枝・シナプスブトン・スパインの間隔分布どれも指数関数で近似できた。細胞体から出る樹状突起の数,伸長方向,平均分枝間隔,スパイン密度から,樹状突起の形態パターンには3種類あることがわかった。突起の屈曲とシナプス形成の関係をみるために,軸索・樹状突起分枝ごとの屈曲度と分枝上のブトン・スパイン密度を計測した。ブトン・スパイン分枝密度の平均値はサブタイプごとに異なるが,分枝長や屈曲度とは相関していなかった。

 

VGLUT2が入力する棘突起への抑制性入力について

窪田 芳之,根東 覚,畑田 小百合,川口 泰雄

 大脳皮質の錐体細胞の棘突起は,主に興奮性の入力を受ける事が知られている。しかしながら,その5%程度のものは,興奮性入力と抑制性入力の2つが同時に入力している事(DI spine)を我々は見いだした。DI spineを神経支配している興奮性入力が,他の錐体細胞なのか,それとも視床からの興奮性入力なのかを明らかにする為,検討を重ねた。皮質では,vesiculer glutamate transporter 1 (VGLUT1)は,皮質の錐体細胞の神経終末に発現している。一方で,VGLUT2は視床由来の興奮性神経終末に発現している事が報告されている。今回,これを利用して,DI spineには,どちらのVGLUT発現神経終末が入力するかを検討した。全ての層から1500余の棘突起を電子顕微鏡で観察した結果,VGLUT2陽性神経終末が入力する棘突起の約10%が抑制性入力を同時に受けている事がわかった。

 

calretinin陽性樹状突起への抑制性シナプス入力と興奮性シナプス入力の割合

関川 明生,窪田 芳之,川口 泰雄

 大脳皮質の非錐体細胞には,多くの種類があるが,そのサブタイプの一つであるcalretinin陽性細胞にシナプス入力する神経終末の密度と,興奮性のものと抑制性のものの割合を求めた。まず,還流固定した脳の切片を使って,preembedding immunohisotochemistry法で,calretinin陽性樹状突起をDABニッケル法で染色した。EPONに包埋した後,電子顕微鏡観察用に80nm厚で超薄切片を作製し,postembedding immunohistochemistry法で,GABA染色を施した。電子顕微鏡観察の結果,calretinin陽性樹状突起にシナプス入力しているGABA陽性神経終末は,全体の3-4割程度で,残りは,非対称性の膜の肥厚を示す興奮性の神経終末である事がわかった。

 

皮質線条体システムにおける錐体細胞の多様性

森島美絵子,川口泰雄

 前頭皮質から線条体に投射する錐体細胞は多様であると考えられているが,その機能的構成やシナプス結合特異性についてはほとんどわかっていない。今年度は先ず,線条体に投射する錐体細胞(皮質線条体ニューロン)の形態的特徴を解析した。前頭皮質の皮質線条体ニューロンは大きく二つのグループからなる。一つは同側の脳幹に下行投射する5層錐体細胞で,途中で線条体に側枝を出す。もう一つは,同側の線条体だけでなく,対側の線条体に投射する錐体細胞で,脳幹には投射しない。これらを,それぞれ対側の線条体,同側の橋核に蛍光トレーサーを注入して逆行性に蛍光標識した。その後,脳切片標本を作成して,蛍光標識された錐体細胞を細胞内染色した。尖端樹状突起タフトの起始部の位置,分枝数,総分枝長,空間的拡がりから,両側線条体に投射する錐体細胞は二種類からなっており,どちらの形態も橋核に投射する細胞とは異なることがわかった。

 

 

心理生理学研究部門

【概要】

 PETや機能的MRIなど人間を対象とした非侵襲的脳機能画像と,電気生理学的手法を組み合わせて,短期および長期の学習に伴う脳の可塑的変化,高次脳機能の加齢変化と脳における代償機構の関連を明らかにすることを目的としている。感覚脱失における可塑的変化から派生して,異種感覚統合の脳内機構の解明を目指すとともに,触覚弁別の非対称性,言語処理,学習,認知機能にわたる幅広い研究を行った。さらに機能的MRIの時系列データ解析手法の開発にも取り組んだ。

 

空間パターンの触覚弁別に関する脳神経基盤の非対称性

原田 宗子,定藤 規弘

 点字読などの研究から,触覚形状弁別において左手が有利であることが知られており,左右半球における処理の非対称性を示唆するとされてきたが,その神経基盤は明らかでなかった。触覚弁別課題における神経活動の左右非対称性を調べる目的で,19人の被験者を対象に,機能的MRIを行った。受動的触覚弁別の際,右手左手を問わず,前頭前野,頭側補足運動野,頭頂葉後部にわたり,右半球優位の活動が見られた。一方右手による課題遂行時には,左手の場合に比べ左運動前野尾側部により強い活動がみられた。これは右手による触覚形状弁別において,半球間相互作用に非対称性の存在することを示唆する。

 

話し言葉における視聴覚間の感覚統合に関する神経基盤:FMRIを用いた研究

斎藤大輔,定藤 規弘

 多くの人の行動には,異なる脳部位からの情報の統合が必要であり,特に,聴覚と視覚における異種感覚の情報処理は,対面での情報伝達に重要である。そこで,聴覚と視覚の異種感覚統合が行われる神経基盤を,同時に提示された話し言葉と発声動作の照合課題を行うことにより検討した。機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて実験を行った。課題は3条件で,それぞれ,聴覚-聴覚,視覚-視覚,聴覚-視覚間の照合課題を行い,被験者は,音声刺激と発声動作の刺激の組み合わせが,一致か不一致かの照合を行った。聴覚と視覚の異種感覚統合が行われる神経基盤として,両側腹側運動前野と後部頭頂葉が示唆された。また,この領域には情報を統合するだけでなく,注意の分配にも関与していることが考えられる。そこで,聴覚と視覚刺激の一致,不一致の差を見たところ,両側上頭頂葉と左側頭頂間溝が,聴覚と視覚の情報統合に深く関与していることが示唆された。

 

ピアノ学習に伴う視覚聴覚統合に関与する神経活動

長谷川 武弘(東京女子医大),定藤 規弘

 健聴者においては,読唇により側頭平面の賦活が見られ,視聴覚統合の脳内表現と目されている。読唇にみられるような視聴覚統合が学習によるものである,という仮説のもと,ピアノのkeyboard reading課題を,ピアノ学習者と未学習者に遂行させたところ,前者で側頭平面の賦活が観察されたが,後者では見られなかった。このことから,ある種の視聴覚統合は長期学習によって形成されることが示唆された。

 

聴覚-視覚刺激対連合学習における脳活動変化

田邊 宏樹,定藤 規弘

 学習に伴う視聴覚統合には,無関係な2つの情報を結びつける過程が存在しているとの仮説のもと,対連合学習課題を通して,記憶の形成と記憶されたものの表現に関わる可塑的な神経基盤を機能的MRIを用いて検討した。「結びつけること」に関係している領域は学習の初期に活動が高く学習が進むにつれて活動が下がり,一方「結びついたものの表象」に関わる領域は,学習が進むにつれてその活動を増大されることが予想されるので,そのような学習に伴い増減する脳活動を全脳において網羅的に捉えるWhole-brain cross-trial regression analysisを開発し,解析を行った。その結果,視聴覚情報の連合形成には上側頭溝前方部が,連合学習により形成されたペアの記憶はunimodal領域とpolymodal領域に分散された形で表象され,さらにpolymodal領域がそのネットワークの結び目(node)となっていることが示唆された。

 

発達期における聴覚脱失による可塑的変化の年齢依存性

定藤 規弘

 前年度までの研究で,聴覚脱失による可塑的変化の少なくとも一部は,聴覚連合野を含む,視聴覚統合をになう神経回路により担われていることが示唆された。このような変化に年齢依存性があるかを明らかにするために,音声言語習得以降に聴覚障害をきたした群との比較を行った。早期失聴者(2歳未満)6名と手話を理解できる健聴者6名,晩期失聴者(5歳以降)5名を対象に機能的MRIを試行した。課題は,手話による文章理解課題である。健聴者,聴覚障害者とも全ての課題において後上側頭溝の賦活がみられ,手や顔面の動きに関連するものと考えられた。その一方,上側頭葉の賦活は早期・晩期失聴者の両者でみられたが,前上側頭溝の賦活は早期失聴者でより著明であった。中上側頭溝はヒトの音声に対して選択的に反応することが知られている。この領域は話者の特徴抽出などの複雑な音情報処理に関与し,そのような情報を異種感覚統合や長期記憶のため他の領域へ送る役目が想定されている。この結果から,言語習得以前の聴覚脱失により中上側頭溝の視覚反応性が増強することは,中上側頭溝本来の音声処理が視覚処理に置き換わったことを示唆している。このことは,逆にヒトの音声を認識する脳内機構形成における,早期(2歳未満)聴覚入力の重要性を示唆する。

 

ICAによるtask-related motion artifactの除去

河内山隆紀(香川大学),定藤規弘

 機能的MRIにおいて体動は大きな雑音となり,とくにこれが課題と同期していると除去が困難である。この問題を解決するために,Independent component analysisを利用したデータ解析法を開発し,実データにおいて体動により生じる雑音を効率的に除去できることを示した。

 

機能的MRIを用いた脳局所間結合度の解析手法の開発

山下宙人(統計数理研),尾崎 統(統計数理研),定藤 規弘

 機能的MRIは脳全体にわたる膨大な時系列データを提供する。これを用いた局所間結合度の評価法を,multivariate autoregressive modelを骨子として開発した。本法の利点は影響の方向をあらかじめ設定する必要のない点であり,今後実際の実験データに適用していく予定である。

 

触覚による粗さ評定に関する神経基盤の解析

北田 亮(京都大学),定藤 規弘

 触覚による粗さ弁別の神経基盤は,形状弁別のそれとは異なるとされているが,詳細は不明である。機能的MRIを用いて,粗さ評定を遂行する際の神経活動を計測したところ,両側SIIと島ならびに右前頭前野が,粗さと相関した活動を示した。前2者は感覚処理に,後者は粗さ評定に関連するものと推論された。

 

視覚刺激に対するNIR, fMRI同時計測

豊田浩士,定藤規弘,柏倉健一(群馬県立医療短期大学),笠松眞吾(福井大学)
岡沢秀彦(福井大学),藤林靖久(福井大学),米倉義晴(福井大学)

 刺激提示後の神経活動に伴うfMRI信号変化に関しては未だ正確な機序は不明である。視覚刺激に対してNIRS,fMRI同時計測を行い,両者の信号の反応曲線からfMRI信号変化の成因を検討することを本研究の目的とした。

 5名の健常人を被験者とし,チェッカーボードを視覚刺激として提示した。刺激提示時間を変化させ,それぞれを繰り返した。刺激持続時間とBOLD信号の間には非線形性があり,その非線形性はNIRSから計算されたoxygen extraction fractionに一致することが判明した。

 

運動学習転移における小脳の役割

河内山隆紀(香川大学),松村道一(京都大学),米倉義晴(福井大学),定藤規弘

 2つのボールを掌上で回転させるという運動を学習する際の神経活動をO-15標識水PETをもちいて計測した。学習転移は右手から左手へ起こったが逆は見られなかった。いずれの手で学習する際でも,最初期に左小脳外側に強い賦活がみられた。一方左小脳傍矢状領域では,学習に伴って徐々に活動が減弱することが観察された。これらの活動は,それ以前の学習がある場合にくらべ,無い場合のほうが著明であった。これらのことから,左小脳半球は学習転移に関連していると考えられた。

 

マッカロー効果をもちいたヒト色感覚にかかわる神経機構の解明

守田知代(京都大学),松村道一(京都大学),米倉義晴(福井大学),定藤規弘

 我々は,色彩豊かな世界に暮らしている。目に届くのは,ある波長成分を持つ光であるが,そこから特定の色の内的な経験(色感覚)を生み出しているのは,我々の脳である。実際の色を見ているときに,紡錘上解・舌状回を含む腹側後頭葉領域の賦活を伴うことは良く知られているが,これらの領域が色感覚と直接係るのかどうかはまだ明らかにされていない。本研究では,刺激を一定に保ったまま,異なる色感覚を作り出すために,マッカロー効果と呼ばれる錯覚現象を用いた。マッカロー効果とは,互いに直行する方向成分を持ち,補色関係にある縞模様刺激(誘導刺激)(例:緑色の水平縞,マゼンダ色の垂直縞)を交互に数秒ずつ合計数分間提示すると,その後,白黒の縞が方向によって誘導時の補色に薄く色づいて見える現象である。本実験では,誘導刺激提示の前後に,白黒からなる縞模様のテスト刺激を提示するセッションを設け,そのテスト刺激を見ているときの脳活動をfMRIで測定した。ここで,2つのグループを用意した。誘導後のセッション中,色に注意を向けるようにあらかじめ教示したINFORMEDグループと,特に何も教示しないUNINFORMEDグループの2つである。実験の結果,マッカロー効果が被験者全員にほぼ同程度誘導されていたことは実験終了後に確認できたにも係らず,UNINFORMEDグループの約半数の被験者はfMRI実験の最中に色が付いて見えることに気づいていたが,残り半数は気づいていなかった。実際の色刺激に対して有意な活動を示した両側の腹側後頭葉の中で左側V4αに相当するV4の前方領域は,MRスキャン中に錯覚の色に気づいていたグループでは活動が見られたものの,気づかなかったグループでは活動がみられなかった。これらの結果より,色特異領域とされていたV4のなかでも,前方領域が特に色感覚に関与していることが示唆された。

 

両手協調運動における相転移現象に関わる神経基盤

荒牧勇(科学技術振興機構)定藤規弘

 周期的な両手協調リズム運動においては,同位相モードと反位相モードという2つの安定なモードがある。この2つのモードの安定性は等価ではなく,運動周波数の増加などにより反位相モードから同位相モードへの突然の変化がおきる(相転移現象)。本研究はこうした運動パターンの突然の転移に関連する脳活動を事象関連磁気共鳴画像法を用いて調べた。その結果,相転移現象に関連する領域は,前補足運動野,運動前野吻側,下頭頂葉といった,運動の計画に関与すると考えられている脳部位であった。一方,反位相モードや同位相モードの維持に関連する領域は固有補足運動野,運動前野尾側,一次運動野といった,運動の実行に関与する脳部位であった。また,相転移に関連する脳活動は右半球優位であったが,この偏在は,行動データにおいて相転移時に左手の運動が乱れる傾向があることと関係すると考えられ,両手協調運動において半球間の相互作用が非対称である可能性が示唆された。

 

ブロードマン6野のもつ部位特異的認知機能とその有意性の検討

本田 学
田中 悟志

 これまでに独自に開発した厳密に運動制御要素を排除した心内表象操作課題をもちいて,運動の高次制御にかかわるブロードマン6野(運動前野)吻側部の機能が,非運動性の心内表象の操作にも関わっていることをポジトロン断層法,機能的磁気共鳴画像マッピング,事象関連磁気共鳴機能画像法を組み合わせて明らかにしてきた。そこで観察された活動が,真に心内表象操作に寄与しているのか,それとも単なる随伴活動であるかを検討した。その結果,空間表象を操作するときには外側の運動前野の活動が,文字列表象を操作するときには内側の運動前野の活動が特異的に高まると同時に,それらの部位の機能を経頭蓋低頻度連続磁気刺激によって一過性に低下させることにより,課題選択的に成績が悪化することを発見した。これらの知見は,運動制御機構の重要な要素である運動前野が認知的操作においても必須の役割を果たしており,運動制御と同様に部位ごとに異なる役割分担をおこなっていることを示すものである。

 

超可聴域超高周波成分による行動制御メカニズムの基礎的検討

本田 学
中村 聡(科学技術振興機構)
八木玲子(総合研究大学院大学)
森本雅子(十文字学園大学)
前川督雄(四日市大学)
仁科 エミ(メディア教育開発センター)
河合徳枝(国際科学振興財団)
大橋 力(国際科学振興財団)

 人間の耳に聞こえない超高周波成分を豊富に含む音は,音知覚を快適にする感性反応を誘導することが知られている。その神経基盤の全体像を探るため,ポジトロン断層撮像法をもちいて非可聴域超高周波成分を豊富に含む音を聴取時,同じ音源から超高周波成分を除去した音を聴取時,暗騒音(ベースライン)時の脳血流を計測し,主成分分析をもちいて互いに相関して活動する神経機能ネットワークの全体像を抽出した。その結果,第一成分として両側聴覚野を含む成分,第二成分として視床,視床下部,脳幹を中心として,前頭前野へと広がる成分が抽出された。また超高周波成分を含む音の聴取時には,免疫活性を示す血中NK細胞活性が上昇するとともに,唾液中のクロモグラニンA,免疫グロブリンAが有意に上昇することを発見した。さらに公共空間に超広帯域音響呈示システムを設置し,音響信号を背景に流して不特定多数の利用者の質問紙調査を実施したところ,超高周波成分を豊富に含む音の呈示により快適性が向上するのに対して,同じ音源から作成した超高周波成分を除いた音の呈示では,むしろ音呈示がないときよりも快適性が低減することを示した。また音呈示を行っているときに被験者に自由にボリューム調整させると,超高周波成分を含まない音よりも含む音のほうを,またさらに超高周波成分のみを+6dB増強した音のほうを,より大音量で聞こうとすることを発見した。これらの知見は感性反応による刺激受容行動促進効果を示すものと考えられる。

 

カウンティングにおける運動前野の役割

神作 憲司,Marie-Laure Grillon,定藤 規弘
Ari Johnson,Mark Hallett (NINDS)

 数は最も普遍的な概念の一つであり,カウンティングは最も単純な数的情報処理の一つと考えられる。しかしながら,カウンティングの神経基盤は未だ良く分かっていない。多くの動物が小さな数を比較的正確に扱えることが分かっているが,大きな数を正確にカウンティングするのは,ヒトに特異的な能力と考えられる。これまで我々は,機能的磁気共鳴画像(fMRI)を用いて,小さな数(1-4)をカウンティングするときに比べて,大きな数(10-22)をカウンティングするときに,ヒト運動前野(左腹側運動前野上部)が強く活動することを見出し,さらにこの領域を経頭蓋磁気刺激(TMS)にて刺激すると,大きな数が正確にカウンティング出来なくなることも明らかとした。現在は,カウンティングにおける運動前野の役割をより詳細に調べるために,連続した感覚刺激を明示的なカウンティングを行わずに知覚する場合との比較検討などを行っている。

 

単純反応時間課題遂行時の脳内情報処理

神作 憲司
Mark Hallett (NINDS)

 単純反応時間課題は,単純な感覚運動変換のモデルとして広く用いられてきた。しかしながら,単純反応時間課題遂行をになう神経基盤は未だ良く分かっていない。我々は,単純反応時間課題遂行に必要な神経系は,入力感覚モダリティーや出力効果器によらず活動する,との仮説に基づき,機能的磁気共鳴画像(fMRI)を用いた実験を行った。その結果,右上側頭回後部,右運動前野,左腹側運動前野,小脳虫部,内側前頭回にこうした脳活動を見出した。さらに,右後部上側頭回と右運動前野が,運動出力を行わずに感覚刺激を受けるだけでも活動することも見出した。現在は,単純反応時間課題遂行に何らかの役割を持つことが示唆されたこれらの脳領域の機能をより詳細に調べるために,右後部上側頭回や右運動前野が外部環境の変化を一つの事象として検出する際に用いられるのか,などの点に注目した研究を行っている。


このページの先頭へ年報目次へ戻る生理研ホームページへ
Copyright(C) 2005 National Institute for Physiological Sciences