生理学研究所年報 第26巻
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脳機能計測センター

形態情報解析室

【概要】

 形態情報解析室は,形態に関連する超高圧電子顕微鏡室(別棟)と組織培養標本室(本棟2F)から構成される。

 超高圧電子顕微鏡室では,医学生物学用超高圧電子顕微鏡(H-1250M型;常用1,000kV)を,昭和57年3月に導入して同年11月よりこれを用いての共同利用実験が開始されている。平成16年度は共同利用実験計画が23年目に入った。本研究所の超高圧電顕の特徴を生かした応用研究の公募に対して全国から応募があり,平成16年度は最終的に12課題が採択され,実施された。これらは,厚い生物試料の立体観察と三次元解析,薄い試料の高分解能観察等である。共同利用実験の成果は,超高圧電子顕微鏡共同利用実験報告の章に詳述されている。超高圧電子顕微鏡室では,上記の共同利用実験計画を援助するとともに,これらの課題を支える各種装置の維持管理及び開発,医学生物学用超高圧電子顕微鏡に関連する各種基礎データの集積および電子顕微鏡画像処理解析法の開発に取り組んでいる。電子線トモグラフィーによる手法には,UCSD, NCMIRによる方法及びコロラド大で開発されたIMODプログラムでの方法を用いて解析を進めている。

 本年度の超高圧電顕の利用状況の内訳は,共同利用実験等 123日,修理調整等52日である(技術課脳機能計測センター形態情報解析室報告参照)。電顕フィルム等使用枚数は 5,436 枚,フィラメン点灯時間は399時間であった。装置は,平均64%の稼働率で利用されており,試料位置で10-6Pa台の高い真空度のもとに,各部の劣化に伴う修理改造を伴いながらも,高い解像度を保って安定に運転されている。

 組織培養標本室では,通常用およびP2用の培養細胞専用の培養機器と,各種の光学顕微鏡標本の作製および観察用機器の整備に勤めている。

 

フォルムバール膜の膜厚安定性の検討

山口  登,有井達夫

 フォルムバール膜は,電子顕微鏡用の試料支持膜として用いられる高分子膜である。この膜は,作成が容易で,比較的耐電子線にも優れ,また機械的衝撃にも強いことから生物試料の低倍観察用として広く用いられている。フォルムバール膜の作成法には,一般に乾式引き上げ法が用いられる。この方式は,まずスライドガラスをフォルムバール溶液(溶媒:クロロホルム)に浸し,次にそのスライドガラスをモーターなどを用いてゆっくり引き上げることにより,その表面に非常に薄い膜を作成する方法である。ガラス表面の薄膜は,水面剥離法により剥離し,グリッドに張り付けて使用される。作成される膜の厚さは,引き上げる時の速度(高速時→厚い,低速時→薄い)と溶液の濃度(濃い→厚い,薄い→薄い)によって制御が可能である。今回,作成される膜厚の安定性について検討した。約20度の室温で湿度60%程度の通常の実験室の条件で,引き上げ速度,溶液濃度とフォルムバール膜厚との関係を求めた。膜厚の測定には,金属顕微鏡を利用した干渉法を用いた。この方法は,膜厚(段差)によって生じる干渉縞のズレ量から厚さを算出する手法である。結果を図1に示す。環境(室温,湿度等)にもよるが,引き上げ速度と溶液濃度により,安定に膜厚が制御可能であることがわかった。当室ではできる限り振動を除去し,安定に膜を作成できる「自動膜作成装置」を各部に工夫をこらして製作しており,これを用いてより定量的な測定が可能となった。


図1.フォルムバール膜厚と引き上げ速度の関係:溶液(溶媒:クロロフォルム)濃度を変化させて示す。

 

小腸絨毛上皮下線維芽細胞と吸収上皮細胞間の細胞間コミュニケーション

古家園子,古家喜四夫(科学技術振興機構 細胞力覚)

 小腸絨毛上皮下線維芽細胞は消化管上皮の基底膜の下で細胞網を形成し,lamina propriaを包んでいる特殊な線維芽細胞であり,血管や神経終末,絨毛の平滑筋とも隣接しており,絨毛におけるシグナル伝達の要の役割をはたしていると考えられる。我々はこの細胞が食物や水の摂取による機械刺激を感じるメカノセンサーであり,そのシグナルを知覚神経に伝達して摂食反射を引き起こしていることをculture系で明らかにしてきた。

 今回,小腸絨毛下線維芽細胞と上皮細胞由来のT84細胞をco-cultureした。タッチ刺激により発生したCa2+波が小腸絨毛下線維芽細胞からT84細胞に伝播することが明らかになった。

 小腸絨毛上皮下線維芽細胞で感知した機械的な刺激や神経細胞からのシグナルは小腸絨毛上皮下線維芽細胞からのATP放出によるCa2+波の伝播という形で上皮細胞に伝播し,その機能を制御していると考えられる。

 

 

機能情報解析室

【概要】

 随意運動や意志・判断などの高次機能を司る神経機構の研究が進められた。サルを検査対象として,大脳皮質フィールド電位の直接記録や陽電子断層撮影法などを併用して解析している。

 

意志に関係する脳活動の研究

逵本 徹

 「意欲」や「意志」の神経機序は不明な点が多い。これまでに陽電子断層撮影法を用いた研究で,前頭前野・前帯状野・海馬の脳血流量が想定される意欲の変化と一致した変動を示すことを明らかにした。大脳辺縁系と前頭前野の「意欲」への関与を示唆する知見と考えられる。さらに一歩進めて,この脳領域でどのような神経活動が行われているのかを解明するために,運動課題を行うサルの前頭前野や前帯状野の大脳皮質フィールド電位を記録した。その結果,この部位のシータ波活動が「意欲」や「注意」に相関していると解釈可能な知見を得た。ヒトの脳波で「注意の集中」に関連して観察される前頭正中シータ波(Frontal midline theta rhythms)に相当するものと考えられる。両者の対応関係やサルのシータ波の発生状況をさらに詳しく研究中である。

 

 

脳機能分子解析室

【概要】

 脳機能に代表されるような複雑な生物反応機構の解明に,遺伝子改変動物の作製は必要不可欠である。とくにラットの遺伝子ターゲッティング技術の開発は,脳神経系遺伝子を含む数万にも及ぶ遺伝子の役割を研究するために重要であり,切望されている。脳機能分子解析室では,遺伝子改変動物(マウス,ラット)の作製を進めるとともに,遺伝子ターゲッティングによってノックアウトラットを作製することを究極の目的としている。これまでに,ES細胞,精原細胞の細胞株樹立を目指した研究を行うとともに,核移植や顕微授精など,ラットにおける発生工学的技術の高度化に取り組んできた。研究課題のうち下記の3題を具体的に示す。(1) トランスジェニック(Tg)ラットの作製効率を改善するため,顕微授精技術を応用したTgラットの作製法を開発した。(2) 円形精子細胞の顕微注入によって効率的にラット産仔を作出するため,卵母細胞の活性化誘起方法について検討した。(3) ラットの核移植技術を開発するため,M期体細胞の核移植によるクローンラットの作製を試みた。

 

外来DNAに曝露した精子の顕微授精によるトランスジェニックラットの作製

加藤 めぐみ, 金子 涼輔, 平林 真澄

 卵細胞質内精子注入法 (ICSI) を応用してトランスジェニック(Tg)マウスを作製できると報告された。本実験では,DNA溶液にさらしたラット雄配偶子を顕微注入することによりTgラットの作製を試みた。ラット精子をEGFP遺伝子溶液(0〜10ng/μl)に1分間さらした後,未受精卵子に顕微注入した。DNAの至適濃度は0.5ng/μlで,曝露精子のICSI後の生存率は76%(327/452)であった。翌日,分割卵75個(23%)を含む286個の胚を偽妊娠1日目の雌ラットに卵管移植したところ,25匹(9%)の産仔が得られ,そのうち5匹(産仔の20%)がEGFP陽性のTg個体であった。以上,Tgラットの作製に顕微授精技術が応用できることを証明した。

 

ドナーとレシピエントのラット系統は 1細胞期卵から体外発育した桑実胚〜胚盤胞の産仔発生に影響する

加藤 めぐみ, 平林 真澄, 保地 眞一 (信州大)

 ラット体外培養胚の産仔発生率は10%前後と低く,発生工学技術の開発遅延の一因となっている。本実験では,Wistar系または3元交雑種(SD x DA系F1雌 x Wistar系雄) の前核期卵を96時間培養後,偽妊娠3日目および4日目のWistarまたはF1(SD x DA)雌の子宮に移植し,産仔発生能を比較した。前核期卵の桑実胚〜胚盤胞への体外発生率は3元交雑種胚の方がWistar胚に比べて高かった(74 vs 66%)。Wistar胚の産仔発生率は,Wistar受卵雌のとき13〜24%,F1受卵雌のとき24%だった。一方,3元交雑種胚のそれは,Wistar系受卵雌よりもF1受卵雌に移植したときの方が高かった (31〜34 vs 42〜59%)。もっとも高い産仔発生率 (59%) は5日目の3元交雑種胚を偽妊娠3日目のF1受卵雌の子宮環境に戻したときに得られた。

 

ラットM期体細胞の核移植によるクローン個体作製の試み

平林 真澄, 加藤 めぐみ, 保地 眞一 (信州大)

 2003年9月,Qi ZhouらはM期体細胞核を使ったクローンラットの作製を報告した。この原著を可能な限り忠実に再現し,クローンラットが作製できるかを検証した。ドナー細胞には胎齢12.5日目のDA系ラット由来線維芽細胞の細胞周期をデメコルシン処理によってM期に同調させたもの,レシピエント卵母細胞にはSD系雌ラット由来のMG132処理した裸化卵子を用いた。ドナー細胞核を注入し,ピペットを引き抜きながら卵母細胞のMII核板を吸引除去した。再構築した卵子をブチルラクトン処理によって活性化誘起したところ,分割はした(56%, 175/313)が,それ以降の体外発育例は得られなかった。67個の2細胞期胚を含む計166個の再構築胚を偽妊娠雌ラットに移植したが,クローン産仔はおろか着床痕も確認できなかった。この成績はこれまでのG0/G1期の体細胞核移植における発生率よりも低かった。

 


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