生理学研究所年報 第26巻
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統合バイオサイエンスセンター

時系列生命現象研究領域

【概要】

 3年前の研究室発足以来,発生,分化,再生などの時系列生物現象における生理学的変化(膜電位,イオン濃度)の役割を分子細胞レベルで明らかにすることを目指してきた。今年は,昨年発見した新規電位センサータンパクVSPについて,その分子機能の詳細を明らかにした。また,平成15年度後半から加わった東島助教授がゼブラフィッシュを用いた神経回路機能の研究系を立ち上げ,木村非常勤研究員とともにトランスジェニック技術を用いた解析を軌道に乗せている。また,平成16年4月から加わった西野研究員(学振特別研究員)が比較生理学的なアプローチで,脊索動物の運動機能についての解析をスタートした。このように動物種としてホヤ,マウス,魚,を扱いながら,アプローチもゲノムインフォマティクス,比較生理学,トランスジェニックなどの複数の手法を横断的に扱える環境になってきた。

 

新規電位依存性タンパクVSPの分子機能

岩崎 広英,村田 喜理,岡村 康司
稲葉 一男(筑波大学 下田臨海実験センター)

 前年に我々は京都大学と共同でホヤゲノムからイオンチャネル関連分子を網羅的にリストアップする作業を行なったところ,電位依存性チャネルの電位センサーを有しながらイオンが通るポア領域を欠き,その代わりにC末端側にガン抑制遺伝子として知られるPTENと相同性の高い酵素ドメインを有する新規分子の発見に到った。今年は,同定した電位依存性タンパクVSPについて,細胞内ドメインの機能を明らかにするため,大腸菌にGSTとの融合タンパクとして発現させ,これについてマラカイトグリーンアッセイとTLCによるイノシトールリン脂質の脱リン酸化活性を定量した。その結果,VSPの細胞内ドメインがPIP3を基質とした脱リン酸化活性を有することが明らかになった。

 さらに,膜貫通ドメインの電位センサー機能がC末端側の酵素機能とどのような連関があるかを明らかにするため,イノシトールリン脂質のうちPIP2によって活性が変化することが知られているGIRKチャネルまたはKCNQチャネルを,VSPタンパクとともに,アフリカツメガエル卵母細胞へ強制発現させ,膜電位の測定と,酵素活性の測定を同一の細胞において同時に行う系を開発した。VSPが存在するときのみ,膜電位の変動に応じてGIRKチャネルまたはKCNQチャネルの活性が変化し,電位センサー機能を失ったVSPや,酵素活性をうしなった変異体のVSPでは,このようなカリウムチャネルの活性の変動は見られなかった。これによりイオンチャネル以外のタンパクで初めて,電位センサーによりタンパク機能が調節されることが明らかになった。

 この分子がどのような生理機能に役に立っているかを知るために,VSPに対する抗体を作成して,局在をしらべたところ,精子の尾部の膜に分布することが明らかになった。このことから,精子の運動の制御や,形態の維持などに役に立っているのではないかと推察された。現在,ゼブラフィッシュなど脊椎動物の相同遺伝子についても機能解析を行っている。

電位センサー構造の動きの検出

 

中枢神経細胞の自発発火特性を規定する電位依存性ナトリウムチャネルの制御機構

岩崎 広英,岡村 康司,高木 正浩
白幡 惠美,早坂 清(山形大学医学部小児科学教室)

 前年にクローニングしたヒト電位依存性NaチャネルNav1.6fは,アフリカツメガエル卵母細胞とtsA201細胞発原型において顕著な持続性電流を呈した。Nav1.6がランビエ絞輪部で活動電位の伝搬に働き完全な不活性化を示すことを考えると,ランビエ絞輪部において,持続性電流を負に制御する因子が存在するのではないかと考えられた。そこでランビエ絞輪に発現するいくつかのタンパクとNav1.6を共発現させ,不活性化に及ぼす影響を検討した。

 

ゼブラフィッシュ脊髄神経回路形成機構の解析

東島 眞一,木村 有希子

 近年の脊髄神経発生研究により,いくつかの転写因子の発現に仲介されて,形態学的に異なったタイプの介在神経細胞が分化してくることが示唆されている。しかしながら,これらの介在神経細胞が,最終的に神経回路網の中で機能的にどのようなタイプの神経細胞へ分化していくかは,まだほとんど分かっていない。ゼブラフィッシュは,その脊髄神経回路が単純であることに加え,トランスジェニックフィッシュの手法を用いて,特定の転写因子を発現する神経細胞を生きたままラベルできるため,上記の課題を追求するためのよいモデル生物である。こういった背景の元,我々は,特定の転写因子の発現する神経細胞の,発生分化および,回路中での機能の解析を,ゼブラフィッシュを用いて進めている。

 本年度は特に,Alx(哺乳動物Chx10のゼブラフィッシュホモログ)に焦点を当てて解析を行った。Alx陽性細胞でGFPを発現するトランスジェニックフィッシュを作製し,Alx陽性細胞を可視化した。その結果,Alx陽性細胞は,同側下行性の介在ニューロンであることが明らかになった。また,マーカー遺伝子との二重染色により,Alx陽性細胞の大半(おそらくすべて)はグルタミン酸作動性の興奮性神経細胞であることを明らかにした。これらの結果は,Alx陽性細胞が,ゼブラフィッシュの遊泳行動において,同側の運動ニューロンのフェージックな活動を直接制御するCPG (central pattern generator) ニューロンである,という可能性を強く示唆している。現在,この仮説を検証するべく,Alx陽性細胞の電気生理学的な記録を行っている。

 また,Alx,および,他の転写因子に関して,その陽性細胞の神経伝達物質特性を簡便に調べるための系の作製に取り組んだ。すなわち,特定の伝達物質特性をもつ神経細胞をGFPあるいはDsRedで可視化して,トランスジェニックフィッシュの掛け合わせ(それぞれ違う色の蛍光タンパクを発現するものを用いる)で,転写因子陽性細胞の神経伝達物質特性を調べることができる系を確立することを目指している。現在,グリシン作動性神経,グルタミン酸作動性神経が可視化されているラインの確立に成功している。

 

尾索動物の運動機能を司る構成と原理の解明

西野 敦雄,東島 眞一,岡村 康司
勝山 裕(神戸大学医学系研究科)

 尾索動物は背側神経系や脊索を有し脊椎動物と類似した体制を示しながら,脊椎動物よりも遙かに少ない細胞構成(運動ニューロン数個,筋細胞数十個以下)で精妙な運動機能を示す。一方,尾索動物の中でもホヤのオタマジャクシ幼生とオタマボヤ,ウミタルとではその運動機能は大きく異なっている。動物ごとに共通の分子,細胞機能を持ちながら異なる運動システムを実現する原理は何か? また進化的に類縁な脊索動物種の間で,そのシステムが段階的にどのように変容していったか? これを理解することは,われわれ脊椎動物の生理機能獲得に到った進化史を理解することと,運動の基本構成原理を解明することに繋がる。これまで運動ニューロンの数が最小(6個)のマボヤにおいて個々の運動ニューロンの構成や前駆細胞の運命決定の過程を明らかにしてきた。現在,ユウレイボヤのオタマジャクシ幼生とオタマボヤ,ウミタルという運動システムの大きく異なる3つの尾索動物の運動発現の機構を明らかにする研究を行っている。これにはゲノム的アプローチ,分子生物学的解析,キネマティス解析,電気生理学的解析のそれぞれを行い,まずは運動そのものを担う筋細胞の特性,次に運動を制御する神経回路について比較を行っている。

 

 

 

戦略的方法論研究領域

【概要】

 「構造と機能」という分子生物学のパラダイムは生物の機能が生体高分子,特に蛋白質の独自の構造によって支えられていることを明かにして来た。本部門では細胞内超微小形態を高分解能,高コントラストで観察する新しい電子顕微鏡の開発を背景に細胞の「構造と機能」を研究している。

 永山グループは位相差電子顕微鏡の開発と,その応用としての1分子DNAの塩基配列直読法の開発,チャネル蛋白質の電子線構造解析,ウィルス,バクテリア,培養細胞の無染色観察を行った。

 物質輸送に関する研究が主眼である村上グループは,健常者の唾液糖と血糖の関係を唾液分泌速度と共に測定し,ラット顎下腺における傍細胞輸送の成果を臨床応用に結び付けることが可能になった。ケンブリッジ大学,カリアリ大学との共同研究も継続発展しカソリック大学ローマ校との共同研究も開始している。

 瀬藤グループは質量分析イメージング法開発応用,単アミノ酸側鎖付加の分子機構の研究,新しい蛍光顕微鏡Stick顕微鏡のテストを行った。

 大橋はエンドサイトーシス経路における選別輸送の研究を変異細胞を用いて行った。

 

位相差電子顕微鏡の改良

Radostin Danev,杉谷正三,永山國昭

 電子位相顕微鏡の改良,すなわちZernike位相差法(π/2位相板の利用),微分干渉法相当のヒルベルト微分法(π位相板の利用)の改良を行った。特に位相板につき新しい帯電防止法が見つかり,帯電問題を完全に解決できた。ソフトウエアについては前年に引き続きVirtual TEMの設計とコーディングを行った。Virtual TEMは電子顕微鏡実験をコンピュータ内でおこなうもので,対象物質の構造と元素組織がわかれば電顕像を通常法,位相差法を問わずシミュレーションできる。特に1分子DNA塩基配列直読法のシミュレーションで有効性を発揮した。

 

位相板用炭素薄膜の材料科学的研究

内田 仁,伊藤俊幸,大河原 浩,永山國昭
宇理須恆雄(分子研)

 位相板の帯電防止は電子位相顕微鏡にとって死命を制する重要な要素技術である。帯電の原因が位相板に付着した3種(有機物,酸化金属,マイカ粉)汚れによることが一昨年度わかったので,その解決法を探求した。位相板作成工程で不可避的に入るマイカ粉汚れについてはその帯電を完全に遮蔽する方法「炭素膜サンドイッチ法」が見出され,この問題に決着をつけることができた。

 

DNA/RNA塩基配列の電子顕微鏡1分子計測法の開発

Krassimir Tachev,高橋佳子,大河原 浩,永山國昭
片岡正典(計算科学研究センター)
田坂基行(東大院・理)

 DNA/RNAの塩基配列決定の高速化を図るため,電子顕微鏡技術を基軸に新しい方法論を開発している。この方法はi) DNA/RNAの一本鎖の利用,ii)完全伸長した多数の一本鎖DNA/RNA分子の一方向整列によるアレイ作成,iii)アレイ化した一本鎖DNA/RNAへの単量体A,T,G,Cの有機溶媒中での特異的水素結合,vi)単量体塩基にあらかじめラベルしたマーカー分子(メタルクラスター)の電顕による観察と識別,v) 識別したマーカー分子からの塩基配列の解読,の5つの要素技術により成り立っている。マーカーの識別には0.3nmの空間分解能と定量的コントラスト測定の2要件を満たす電子顕微鏡が必要である。日本電子と共同でJSTの委託開発プログラムを利用し,200kVの位相差電顕を開発した。

 

膜タンパク質 TRPM2 のフッ化界面活性剤による可溶化

松本友治,佐々木悠,永山國昭
原 雄二,森 泰生(京都大学大学院工学研究科)

 カルシウム透過性カチオンチャンネルTRPM2は細胞内レドックス状態の変化によって引き起こされる細胞死に関連があるものと考えられている。本研究では,バキュロウイルス‐カイコ系を用いて大量発現させたヒトTRPM2をフッ化界面活性剤ペンタデカフルオロオクタン酸(PFO)の添加によって可溶化し,アフィニティカラムならびに微量ゲル濾過により精製した。

 精製試料に対するPFO-PAGEならびにウェスタンブロットの結果,モノマーに対応するバンドの他,高分子量側にもTRPM2抗体で染まるバンドが確認された。電子顕微鏡下の観察でも複数の粒子が寄り添うように見える像が得られた。ショウジョウバエのTRPチャネルとの配列類似性から,TRPM2も4量体を形成するものと予想されているが,PFOによって可溶化された試料においてTRPM2オリゴマーがはじめて実験的に捉えられた。

 しかしながら,これまでのところPFOによって可溶化されたTRPM2では,カルシウムチャネル活性,ADPリボースピロホスファターゼ活性とも必ずしも明瞭ではなく,可溶化された試料が生体中のTRPM2と同じ活性,構造をどの程度保持できているかについては慎重な検討が必要と思われる。

 

潅流ラット顎下腺における水分泌調節機構

村上政隆,大河原浩
細井和雄,Kwartarini Murdiastuti(徳島大学歯学部)
Bruria Sachar-Hill, Adrian E. Hill(ケンブリッジ大学生理科学部)

 原唾液は細胞の中からの分泌と傍細胞経路を通過した成分との混合物であり,血液成分が唾液に移行するのはこのためである。標識デキストランをプローブとしてフィルター特性を分泌持続期に計測すると,水の分子半径1.5Åでは1の値に外挿され,分泌持続期に水は細胞間隙/tight junctionを通過できることが示された。また,collagenase処理腺房における管腔内色素希釈過程と腺水分泌の比較から,刺激初期には水分泌は細胞経由成分が分泌量のほとんどを占め,刺激持続期には傍細胞経路が優位を示すことが明らかになった。ここに主に水分子を通過させると考えられてきた管腔側膜AQP5の機能に大きな疑問が生じた。

 ショ糖により浸透圧変化を起こしてやるとラット顎下腺(SMG)の水分分泌速度は低下する。しかし浸透流理論から推測される分泌速度よりはるかに低下した。これらはAQP5が傍細胞輸送を制御する理論(Hill & Shachar-Hill,JMB, 2005 in preparation)と一致し,既報(Murakami,2001, JP 537:899)のデータからのパラメータを用いるとAQP5を浸透圧受容器とする定量モデルは高浸透変化による分泌速度変化を予測することができた。

 徳島大学で遺伝的に選択し開発されたAQP5低発現ラット(Western blottingで正常ラットの1%以下,Murdiastuti, 2002, Pfluegers Arch, 445:405)を用い検討した結果,浸透圧変化を与えた後の分泌速度,その変化は正常ラットのものと非常によく似ていた。この結果は通常の分泌速度の場合AQP5は管腔膜を会する浸透流に寄与することはできないが,AQP5が働いているフィードバック制御系は働いており細胞信号系のほかの要素が大きな増幅に関わっていることを示唆した。

 一方,AQP5を阻害する水銀を分泌導管より逆行注入しAQP5を部分的に阻害すると水銀イオン濃度依存性に分泌速度の低下が見られた。さらに高浸透圧ショックの反応は浸透平衡系から予測される結果より大きくふれた。これは傍細胞輸送のAQP5制御が消失し付加的な浸透圧による水分分泌が減少したことを示している。この結果は上皮膜の定常状態での水分産生は浸透的ではなく,AQP5を浸透圧受容器とするフィードバックモデルが関与していることを示している。

 

灌流ラット顎下腺の細胞間分泌細管の各種薬剤による形態変化

村上政隆,前橋 寛
Alessandro Riva, Felice Loffredo, Francesca Testa-Riva(Cagliari大医,細胞形態学)

 種々の薬剤が唾液分泌を起こすことが知られているが,臨床的な結果のみであり,作用点が不明なものが多い。逆に阻害剤を用いた実験で目的とする阻害以外の効果が出現する場合も多い。2004年度はこれらに関連して2つの形態観察/実験を行った。

 Clozapineの作用点:唾液分泌を誘発する臨床薬として精神疾患に用いられるClozapine についてラット顎下腺の分泌効果と形態変化を観察した。Rivaらはヒト顎下腺標本を切り出し,incubateし,各種刺激薬による形態変化を観察してきたが,作用点についての明確な回答は得られなかった(Riva, 2003,EJM, 41: 83)。今回個体からの影響を切り離すためラット顎下腺を摘出,血管還流してclozapine による刺激を行ったが分泌は誘発されず,高分解SEMにより細胞間分泌細管のmicrovilli pitの数減少,microbudsの数増加もわずかであり,蛋白分泌を示唆する形態変化もわずかであった。その結果,作用点が唾液腺の受容体にあるのではなく,中枢性の作用が神経系を介し間接的に唾液分泌に連携していることが明らかになった。

 水銀の細胞間分泌細管形態変化に及ぼす効果。AQP5を阻害する水銀を分泌導管より逆行注入しAQP5を部分的に阻害すると水銀イオン濃度依存性に分泌速度の低下が見られることを報告したが,水銀効果はAQP5のみに限定されないので,細胞間分泌細管の形態変化を osmium maceration法により検討した。10, 200, 1000μM水銀イオンを逆行性に注入したラット顎下腺細胞間分泌細管の細胞質側表面は10μMでは変化が見られなかったが,200μMでは細管の細胞質側表面が萎縮したような襞状の構造が出現しはじめ,1000μMではこのひだ状の構造が顕著になった。1000μMでは水分泌がほとんど阻害されていることから,細胞膜状の襞形成とa) AQP5機能の消失による経細胞膜輸送の消失,b) Clイオンチャネル機能喪失による浸透圧勾配の消失と傍細胞輸送の消失の両者が起こっていると考察された。

 

質量分析顕微鏡の開発と応用

瀬藤光利,新間秀一,永山國昭
吉田圭一,小河 潔,古田 大,市村克彦(島津製作所)

 島津製作所と共同で質量分析顕微鏡の設計および予備実験を開始した。質量分析顕微鏡は,従来の光や電子を用いた顕微鏡と異なり,物質の質量を用いた顕微鏡であり,観察と同定を同時に行うことができる我々の発明である。

 2004年は高解像度化により顕微鏡とし,段階質量分析シグナルを取ることで内部配列を読み物質同定を行える装置とするための設計を行った。

 また,組織切片を用いたMALDI(マトリックスを用いたレーザーによるイオン化)によるイメージングの予備実験を行い,組織切片からの質量データ取得に成功した。

 

単アミノ酸側鎖付加の分子機構の解明

瀬藤光利,新間秀一,福田義之
池上 浩司,松本 峰男,矢尾育子(三菱生命研)

 単アミノ酸側鎖付加はチュブリンなどに起こる翻訳後修飾である。神経細胞の発達に伴って亢進することが知られているが,その分子実体は明らかでない。われわれはグルタミン酸付加を行う新規酵素およびこの酵素活性に必要な補助蛋白を,大規模ランダムミュータジェネシスによる変異体マウスの解析とイーストツーハイブリッド法スクリーニングにより発見した。

 驚いたことにαチュブリンのグルタミン酸付加酵素とβチュブリンのグルタミン酸付加は近縁ではあるがそれぞれ異なる酵素であった。補酵素PGs1はαチュブリンのグルタミン酸付加にのみ必要であった。

 それら新規酵素群のノックアウトマウスを作成,さらなる解析をすすめている。また,ノックアウトマウスの解析の予備実験として,神経細胞を生きたままのマウス脳内で観察する新しい蛍光顕微鏡Stick顕微鏡をオリンパス社と共同でベータサイトテストを行った。

 

エンドサイトーシス選別輸送のメカニズムと生理機能

大橋正人

 エンドサイトーシス経路の生理機能とメカニズムの解明を目指している。これまでに,後期エンドソーム多胞体(MVB)からゴルジに向かう受容体の,MVBからの選別にコレステロールが必要なこと,そこで必要なコレステロールを供給するコレステロール合成酵素であるNAD(P)Hステロイド脱水素酵素様蛋白質(Nsdhl)が,後期エンドソームでの選別機能蛋白質であるTIP47と細胞内脂肪滴(LD)表面で共存すること,胎児発生異常の原因変異G205Sを持つNsdhlはLD上に局在できないこと,Nsdhlが,LDの有無によりLD-小胞体間で二相的分布を示し,その局在により,コレステロールの生合成系が調節されることなどを示すデータを得た。以上の知見より,LD表層ドメインがコレステロール代謝系と細胞内膜系での細胞シグナル分子選別機能を結びつける制御プラットフォームとして働いているという仮説を提唱した。本年度は,この仮説を柱に,細胞内膜系による細胞増殖分化シグナル制御のメカニズムを解き明かす事を目標とし,細胞増殖分化シグナリング分子として重要なソニックヘッジホッグの細胞へのシグナル入力のメカニズムに付いて検討した。ソニックヘッジホッグの細胞シグナル入力はその受容体であるPatchedとシグナル変換分子であるSmoothenedの二つの膜貫通蛋白質の作用で行われる。そして,Patchedの機能はコレステロールの機能と密接な関わりがあることが知られている。これまでに,脂肪滴表層に存在するNsdhlに異常のある変異株を用いた解析により,PatchedとSmoothenedの細胞内膜系での動態がコレステロール合成系の異常によって影響されることを示すデータを得た。

 

 

生命環境研究領域

【概要】

 細胞は,それを取り巻く環境の大きな変化の中で,その環境情報を他のシグナルに変換し,細胞質・核や周囲の細胞に伝達することによって環境変化にダイナミックに対応しながら生存応答を行っている。細胞が存在する臓器・組織によって細胞が受け取る環境情報は異なり,従って細胞が持っている環境情報を受信する機能も異なる。それらセンサー蛋白質は環境の変化に応じてダイナミックに感受性や発現等を変化させてセンシング機構の変化からよりよい生存応答を導く機能を有している。これらのセルセンサー蛋白質は種々の化学的,物理的情報を受容し,センサー間の相互作用を行い,多くは最終的に核への情報統合を行う。これらの細胞環境情報センサーの分子システム連関を解明していくことは,個体適応の理解のための基本単位である「細胞の生存応答」を解明するうえで極めて重要である。この細胞外環境情報を感知するイオンチャネル型のセンサー蛋白質の構造機能解析,活性化制御機構の解析を通して細胞感覚の分子メカニズムの解明を目指している。特に,侵害刺激,温度刺激,機械刺激の受容機構について解析を進めている。

 細胞運動はtailのdetachとfrontの伸展の協調メカニズムによって行われる。この細胞接着・細胞運動の時空間的制御機構の分子メカニズムの解明も目指している。

 

カプサイシン受容体のリン酸化機構の解析

Sravan Mandadi,村山奈美枝,富永知子,富永真琴

 カプサイシン受容体TRPV1は,TRPイオンチャネルスーパーファミリーのTRPVサブファミリーに属する侵害刺激受容体であり,カプサイシンのみならず,プロトンや熱によっても活性化する。TRPV1は種々の蛋白質リン酸化酵素によってリン酸化されるが,我々はこれまでPKCによるリン酸化機構を解析しており,このリン酸化がTRPV1の感作のみならず,脱感作後の再感作にも重要であることを明らかにした。さらに,PKCεが特に関与することを見出した。

 また,PKCによってリン酸化したTRPV1を特異的に認識するポリクローナル抗体を作製した。この抗体は,リン酸化されたSer800を特異的に認識し,痛み研究,炎症研究に非常に有用であることが明らかになった。

 

プロスタグランジンによる炎症性疼痛発生メカニズムの解析

森山朋子,東智広,冨樫和也,杉本幸彦(京都大学)富永知子,成宮周(京都大学),富永真琴

 我々はこれまで,種々の炎症関連メディエイターがそれらのGq共役型受容体活性化からPKC依存的にTRPV1活性を増強させることを報告してきた。炎症において中心的な役割を果たす炎症関連メディエイターの1つであるプロスタグランジン(PGE2, PGI2)も,その代謝型受容体(EP1, IP)に作用して主にPLC活性化の下流でTRPV1をPKCによってリン酸化させることによってTRPV1の活性増強を引き起こすことを明らかにした。このTRPV1とプロスタグランジン受容体の機能連関の重要性は,TRPV1やプロスタグランジン受容体の欠損マウスにおいて熱性痛覚過敏が有意に抑制されるという結果から個体レベルでも確認された。

 

TRPV4結合蛋白質の解析

東智広,森山朋子,富永知子,富永真琴

 温度感受性TRPチャネルの1つTRPV4は,もともと低浸透圧で活性化するチャネルとして報告されたが,我々が温度感受性も有することを報告した。TRPV4は,感覚神経のみならず表皮ケラチノサイトや視床下部で発現することが知られている。表皮は温度変化に直接曝露される部位であり,視床下部は体液浸透圧や体温の調節中枢として機能していると考えられている。そこで,TRPV4の活性制御機構を明らかにする目的で皮膚のcDNAライブラリー,脳のcDNAライブラリーを用いてTRPV4の細胞内ドメインと結合する蛋白質のスクリーニングを行い,興味深い結合蛋白質を得た。今後,両蛋白質の結合ドメインの解析,その結合のTRPV4機能への影響の解析を進めていきたい。

 

TRPV4の体温制御機構への関与の解析

三村明史,森山朋子,鈴木誠(自治医科大学),富永真琴

 温度感受性TRPチャネルの1つTRPV4は視床下部に発現しており,体温調節機能への関与が推察されている。そこで,野生型マウスとTRPV4欠損マウスの腹腔内に温度計を埋め込み,自由行動下に体温の連続記録を行った。無刺激の状態では,両マウス間で体温の概日周期に大きな変化はみられなかった。暑熱負荷等のストレスを加えたときの体温記録を行い,TRPV4の体温制御機構への関与を明らかにしていきたい。

 

新規温度感受性TRPチャネルの探索

冨樫和也,東智広,富永知子,森泰生(京都大学),富永真琴

 哺乳類ではこれまでに6つの温度感受性TRPチャネルが知られており,それらはTRPV, TRPA, TRPMサブファミリーに属する。新たな温度感受性TRPチャネルの探索を目的として,既知のTRPチャネルの温度感受性のスクリーニングを行った。その結果,冷刺激受容体として知られるメントール受容体TRPM8に最も相同性の高いTRPM2に温度感受性があることを見出した。このTRPM2の温度感受性の解析をパッチクランプ法,Ca2+-imaging法を用いて進めている。さらに,このTRPM2の温度感受性の生理学的意義の解明を進めたい。

 

中枢神経系における温度感受性TRPチャネルの発現と機能解析

柴崎貢志,富永真琴

 温度感受性TRPチャネルは,一般には感覚神経や表皮ケラチノサイトで温度受容に関わっていると考えられているが,TRPV1等中枢神経系での発現がみられるものがある。そこで,知られている温度感受性TRPチャネルの発現を検討したところ,海馬での強い発現を示すTRPチャネルを見出した。このTRPチャネルの海馬での発現の時間経過,発現様式,生理学的意義の検討を海馬初代培養系に免疫細胞化学法,パッチクランプ法,Ca2+-imaging法を適用して進めている。

 

mDia 結合タンパク質の探索と機能解析

島貫恵実,富永知子

 Rhoの標的蛋白質であるmDia の細胞運動における役割の解明を目指している。Yeast-two Hybrid法を用いていくつかのmDia結合蛋白質を見いだしている。その1つはactin結合蛋白質である。この蛋白質がmDiaと協調することで細胞接着斑の安定化等に関与する可能性もある。また,文献的にこの蛋白質は細胞のがん化能に関与するとの報告もあるので,mDiaとこの蛋白質の関連を,生化学的および細胞生物学的に解析している。

 さらに,mDiaの特性からmDiaに結合することが予想される蛋白質は,Rac1,Cdc42と関連することが予想される。よって両者の結合が確認されれば,Rhoファミリー蛋白質間の協調作用および細胞運動における役割をさらに明らかにできる可能性がある。

 

神経回路形成におけるmDiaを介する情報伝達経路の役割

島貫恵実,柴崎貢志,富永知子

 mDiaおよびmDiaを介する新たな情報伝達経路の解析によって,細胞運動の時・空間的制御機構を解明し,神経の成長円錐の形態維持・軸索伸長過程への寄与を検討している。新規mDia結合蛋白質 DIPがmDiaによる軸作伸展作用の下流で機能することを見いだした。また,mDia, DIPの中枢神経系での部位特異的な発現を発生初期からin situ hybridization法,免疫組織化学法を用いて検討し,両者が中枢神経系の様々な部位で共局在することを確認した。現在,作製したDIP knock out mouseの中枢神経系の組織形成等における役割を個体レベル,および神経細胞初代培養系で検討中である。

 


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