生理学研究所年報 第28巻
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1.G蛋白質共役応答の調節に関する分子生物学的研究

斉藤修,田中久喜(長浜バイオサイエンス大学,バイオサイエンス学部)
久保義弘(生理学研究所)

 RGSタンパクは,GaのGAP能をもつG蛋白質共役受容体系の調節因子である。そのうち,両親媒性のN端のみを特徴とするプロトタイプ的なRGSが,B/R4ファミリーである。RGSタンパクは,これまでその生化学的性質からRGSドメインでG蛋白質に結合してG蛋白質選択的に作用するとされてきたが,最近の研究から,このB/R4RGSタンパクは,何らかの機構で特定の受容体系を識別・選択して,その下流のG蛋白質を制御するファミリーであることが分かってきた。我々が研究を進めているB/R4メンバーの小脳特異的なRGS8のGq系の調節では,RGS8がN端部のMPRR配列をコアにムスカリンM1受容体に直接結合することが受容体選択性の一つの機構であることを昨年明らかにした。さらに海外のグループも同様の報告を行い,一般的なB/R4の作用機序であると考えられつつある。しかし,直接結合出来ない受容体系もB/R4は選択して調節する。即ち,直接結合以外に,受容体を間接的に識別して調節するシステムがあると考えられる。そこで,本年度は,RGS8結合蛋白質群を探索して,さらに同定因子がどのようにしてRGS8の制御選択性等に寄与しているのか明らかにする事を目的に研究を行った。

 小脳のライブラリーに対してRGS8をバイトにTwohybridスクリーニングを行って結合蛋白質を探索した結果,20個の陽性クローンが単離された。各クローンの配列決定を行った結果,受容体結合能を持つ足場タンパクspinophilin (SPL)が見出された。そこで,このSPLが実際にRGS8に結合能を持つかどうか,SPL-GST融合蛋白質を調製し組み換えRGS8蛋白質と反応させ,プルダウン実験を行った。すると,SPLには明らかなRGS8結合能があることが判明し,さらにRGS8の各欠失蛋白質との結合解析からRGS8上のSPL結合部位がN端のMPRR配列であることが明らかになった。即ち,RGS8上の受容体結合部と受容体をリクルートするSPLの結合部位が全く同一であることが判明したのである。そこで次に,実際にRGS8に対してSPLとM1受容体が競合して結合するのかどうか,3者のプルダウン解析さらにBRET解析で検討した。すると,SPL存在下でM1結合が解除されてくることが明らかになった。SPLに幾つかの受容体の結合能が知られていることから考察すると,SPL結合によってRGS8の作業効率,さらに制御する受容体系が変化する可能性が十分考えられる。今後は,これらの結合性の解析と同時に,生理学的解析によってRGS8の各ムスカリン受容体系への調節選択性や作用効率がSPL発現でどう変化するか明らかにしていく。また,同時にRGS8が微小管モーターKif1aに,さらに低分子量G蛋白質活性調節因子RGL3にも結合する事が明らかになり,これらの因子との相互作用がG蛋白質共役系調節に如何に関わっているのかも今後明らかにしていく。

 

2.イオンチャネル・受容体の動的構造機能連関

柳(石原)圭子,鄢定紅(佐賀大学医学部)
久保義弘(生理学研究所)

 本共同研究では昨年度,強い内向き整流性カリウムチャネルを形成するKir2サブファミリーのサブユニットKir2.1(IRK1) とG蛋白制御内向き整流性カリウムチャネルを形成するKir3サブファミリーのサブユニットKir3.4 (GIRK4) が異所性発現系においてヘテロ多量体としてイオンチャネルを形成することを,免疫共沈降実験や機能欠損(dominantnegative)型変異体を用いた電気生理学的実験によって見出した。本年度はCFPあるいはYFPを結合させた2種類のサブユニットをHEK細胞に共発現させ,共焦点顕微鏡を用いて細胞内局在の観察を行い,Kir2サブファミリーに属するサブユニットとKir3サブファミリーに属するサブユニットのヘテロ多量体チャネル形成について検討を行った。その結果,Kir2-Kir3サブファミリー間ではKir2.1とKir3.1およびKir2.1とKir3.4の組み合わせがヘテロチャネルを形成し得ること,またKir2サブファミリー内ではKir2.1と細胞外pH感受性を示すKir2.3の組み合わせはKir2.1とKir2.2の組み合わせに比べてヘテロチャネルを形成しにくいことが示された。これらの結果は各種細胞に存在する内向き整流カリウムチャネル機能の多様性を解明する手掛かりとなると考えられる。

 

3.神経細胞の移動および機能維持に対する細胞外シグナル分子の解析

馬場広子,山口宜秀,林明子,鈴木彩佳,星登美子(東京薬科大学薬学部)
中平英子,長谷川明子(国立精神神経センター神経研究所)
村上志津子(順天堂大学医学部)
清水健史(熊本大学発生医学研究センター)

 神経細胞の分化,移動および興奮性の獲得・維持に関わる細胞内外の分子およびその作用機構の解明を目的として研究を進め,本年度は下記のような結果を得た。

 髄鞘の主要糖脂質であるスルファチドを欠損したマウスでは,パラノードにおける髄鞘・軸索間結合が欠損する。本年度は中枢神経系の絞輪部に突起を伸ばすアストロサイトの変化を解析した結果,加齢と共にランビエ絞輪軸索上のイオンチャネルの局在が大きく変化するのに一致して,脊髄白質のアストロサイトが活性化していくことがわかった。また,免疫染色結果から,活性化アストロサイト間あるいはこれらと髄鞘間のGap結合の変化が明らかになった(Suzukietal.JNeurosciResinpress)。絞輪アストロサイトは,細胞外基質の分泌やGap結合を介したK+バッファリングなどによって軸索興奮性を維持すると考えられ,これに関与する分子を解析中である。また,同マウス末梢神経系の解析結果から,スルファチドが欠損した有髄神経では,絞輪軸索内部のミトコンドリアに異常を来すことが明らかになった (Hoshietal.Glia,2007)。この結果から,髄鞘のスルファチドは髄鞘・軸索間結合を介して軸索の輸送あるいはエネルギー要求性に関与することが示された。今後はこれらの分子機構を明らかにしていく予定である。

 ニワトリ胚では,脳内に進入したGnRHニューロンは終脳と間脳の境界領域である第三脳室前壁の背側部近傍で腹側方向へと移動方向を変える。この領域に軸索ガイダンス分子であるネトリンを異所性発現させると,GnRHニューロンはより背側へと移動し腹側方向への移動が抑制される。ガイド構造である嗅神経分枝も同時に背側に伸長しており,GnRHニューロンの移動異常は2次的効果である可能性が考えられた。しかしながら,7.5日胚の前脳背内側部を切り出し,ネトリン遺伝子導入細胞塊とコラーゲンゲルによる共培養を行った結果,細胞塊に面した培地に移動したGnRHニューロン数の割合は対照群に比べると有意に高く,GnRHニューロンの移動にネトリン分子が直接関与することが示された。前脳腹側底部に発現するネトリン分子はGnRHニューロンの腹側方向への移動に重要な役割を果たしていると考えられる (MurakamiandOno.NeurosciRes,2006)。

 

4.悪性グリオーマ特異的レトロウイルスベクターの開発と 遺伝子治療の臨床応用に関する基礎的検討

清 水惠司,朴啓彰,中林博道,豊永晋一,八幡俊男,政平訓貴,中居永一
(高知大学医学部)
栗山茂樹,出口章広(香川大学医学部)
中根恭司(関西医科大学),中村秀次(兵庫医科大学)

 高知大学医学部脳神経外科学教室では,悪性グリオーマ患者に対するレトロウイルスベクター(MBP/pIP250+)を用いた遺伝子治療の臨床応用の一環として,ヒトに近い霊長類(コモン・マーモセット)を用いた安全試験を行っている。このレトロウイルスベクター接種後の脳の変性や損傷の有無,および他臓器の形態変化について非侵襲的に調べ,この治療用ベクターの安全性を確認することを目的としてMRIでの検査を行っている。

 高知大学動物実験施設において12ヶ月前にレトロウイルスベクター(MBP/pIP250+) を脳内に投与した。このベクター投与1ヶ月後に採血を行い,RT-PCRにてウイルスベクターが血液中に発現していないことを確かめた。このコモン・マーモセットを平成19年1月18日高知大学動物実験施設より自然化学研究機構生理学研究所の動物実験施設に搬送した。翌1月19日,このコモン・マーモセットにケタミン(30mg/kg),キシラジン(10mg/kg)を筋肉内投与して麻酔した後,MRI 施設に移しMRIの撮像を行った。撮影途中コモン・マーモセットが覚醒し始めたためケタミン(15mg/kg),キシラジン(5mg/kg)を筋肉内に追加投与した。単純MRI撮像後,造影剤カドシアミドを0.3ml使用し,造影MRIを撮像した。

 頭部単純MRIではウイルスベクター刺入部位は確認できたが,脳内に損傷はみられず,また,造影MRIでも異常造影効果は示されなかった。脳内へのウイルスベクター投与による脳内の有害事象はなかった。体部MRIにおいては,心臓の動き,呼吸変動により解像度の良い画像は得られなかったが,肺,肝臓,脾臓,腎臓など胸腔内,腹腔内臓器のサイズ,形態に異常所見はみられなかった。造影剤使用後の画像においても異常な造影効果を示す領域はなかった。

 今回の実験結果より,レトロウイルスベクター投与による有害事象はないことが示された。今回の実験は予定している5頭のうちの2頭目の結果であり,さらに実験を行いレトロウイルスベクターを用いた遺伝子治療の安全性を確認していく予定である。

 

5.神経系発生分化過程での糖鎖動態の解析と医療への応用

辻 崇一,鈴木邦彦,高木淑江,岡田洋子(東海大学未来科学技術共同研究センター)
長谷純宏,長束俊治(大阪大学),中北慎一(香川大学),山中龍也(久留米大学)
土屋尚人(新潟大学),佐久間圭一郎(京都大学),藤本一朗(東京大学)

【はじめに】糖鎖は主に糖タンパク質や脂質などに結合し細胞表層に局在し,細胞間相互作用をはじめとして様々な役割を演じている。神経系の発生分化過程や病変に伴い,これら糖鎖の組成はダイナミックに変動することを示す状況証拠は多いが,その実態をまだ把握できていないのが現状である。そこで,糖鎖分析と糖鎖関連遺伝子群の発現解析を通じて発生分化過程の糖鎖変化を網羅的に把握し,それを基に様々な病気と糖鎖変化の関連を解析することを主たる目的とする。神経系の発生分化過程に参画する糖鎖関連遺伝子は少なくとも200前後はあると考えられるが,本共同研究ではまず手始めとしてシアル酸転移酵素ファミリーに焦点を絞って解析をする。それは,糖鎖の中でも非還元末端にシアル酸を持つ糖鎖が神経系機能や発生分化過程で様々な役割・機能を発現していると考えられているからである。同酵素ファミリーは少なくとも20種のメンバーからなり,今までの初歩的な解析からメンバーの中には神経系発生分化過程で時空間特異的な発現をするものがあることが明らかになっている。その実態を詳細に把握するために,個々の遺伝子が何時何処で発現し,あるいはシャットダウンするのかをまず明らかにする。

【研究結果・考察】シアル酸転移酵素遺伝子の発現量は概して極めて少ないこと,各メンバー間で相互に似た配列を持つことから,20種の各メンバーの発現を比較検討することが容易ではなかった。最近までcompetitive PCRを用いて20種のメンバーの発現解析系を確立し検討を行ってきたが,定量性が無いため相互に比較検討のできるデータが得られなかった。そこで,リアルタイム-PCRによる半定量的な発現解析系の確立を試みてきたが,本年度,幾つかのメンバーの遺伝子発現に関して,半相対定量が可能となってきた。この方法を用いると,マウスC57BL6の神経系発生分化過程で見る限り,

 1) ほぼユビキタスに発現するものと発現時期が限定されたものがあること

 2) 検討を行った中では,ST8Sia-II, ST6Gal-II以外はいずれも発現量は僅少で,発現部位をin situ hybridizationで解析するのは難しいことが明らかとなった。

 今後,発現量の多いものに関してはin situ hybridization を主に用いて解析を進め,少ないものに関してはin situ PCR系を確立し解析を進める予定である。

 

6.mGluR1レスキューマウスの電気生理学的解析

饗場 篤(神戸大学・大学院医学系研究科)
宮田 麻理子(生理学研究所)

 代謝型グルタミン酸受容体(mGluR) のうち,mGluR1はmGluR5と共にグループIを形成し,三量体G蛋白質Gqと共役しプロテインキナーゼC(PKC) 活性や細胞内カルシウム濃度を調節している。本研究では,mGluR1サブタイプのうち,mGluR1a mGluR1bサブタイプ各々のみプルキンエ細胞で発現するマウスを用いて,昨年度から共同研究を行ってきた。本年度は実験をさらに重ね,小脳長期抑圧現象 (LTD) がmGluR1aレスキューマウスでは回復し,mGluR1bレスキューマウスでは欠損することを明確にした。mGluR1aのみc末端ドメインを有しhomer蛋白と結合するため,そのシグナルがLTDには必須であることが明確になった。今後mGluR1電流の性質の違いなど詳細な解析をする予定である。

 

7.大脳基底核を巡る線維連絡の研究


高田昌彦(東京都神経科学総合研究所)
泰羅雅登(日本大学大学院総合科学研究科)
南部 篤(生理学研究所)

 大脳基底核の機能を考える上で,大脳皮質との相互連絡を知ることが重要である。しかし,従来の方法では,経シナプス的な投射を調べるには限界があった。狂犬病ウイルスがシナプスを超えて逆行性に感染することを利用して,これをトレーサーとして用い,大脳皮質間での線維連絡の解析を行った。なお,ウイルスの注入は東京都神経科学総合研究所の感染実験室で行った。

 一次運動野の下肢領域,近位・遠位上肢領域,口腔顔面領域に狂犬病ウイルスを注入した。注入後,4日目で,線条体と視床下核に体部位局在を示すラベルが見られ,これらは,大脳皮質から視床,淡蒼球内節を介して経シナプス的に逆行性にラベルしたものであると考えられる。このラベルは,大脳皮質線条体投射あるいは,大脳皮質視床下核投射の終末部位とよく一致していた。これは,大脳皮質―大脳基底核ループが,体部位に関して閉じたループであることを示唆している。

 

8.サル歩行モデルを用いた二足歩行運動の制御機序

稲瀬 正彦,中陦 克己(近畿大学医学部)
森 大志(山口大学農学部)
南部 篤(生理学研究所)

 歩行運動において,四肢のリズム運動および体幹の姿勢を制御する基本的な神経機構は脳幹および脊髄内に配置される。これらの神経機構に対して,サルの大脳皮質に存在する複数の運動領野はそれぞれ直接的に投射する。皮質網様体路細胞と皮質脊髄路細胞の皮質内分布様式が領野間において異なることを考慮すると,各運動領野が歩行にかかわる脳幹―脊髄神経機構を,平行する二つの下行路を介して分担的に制御することが推察される。

 本研究の目的はサル大脳皮質運動領野における二足歩行運動の分担制御機序の解明である。そのためにサルに流れベルト上を無拘束の状態で四足歩行および二足歩行を遂行させ,一次運動野,補足運動野および背側運動前野から歩行中の神経細胞活動を導出記録した。記録には独自に開発した電動式マイクロマニピュレータを用いた。そして記録された神経細胞の活動様式において,①四足歩行と二足歩行とにおける異なりと②記録領域間における異なりに着目し,各運動領野のそれぞれが歩行運動のどのような側面を制御しているのかを明らかにしようと試みた。

 現在まで54個の皮質神経細胞から課題関連活動を記録した。一次運動野の下肢領域では四足歩行において,多くの神経細胞 (15/21) が歩行周期に一致した相動的な発射様式を示した。歩容を二足歩行に変換しても,相動的な活動様式を示す細胞の割合 (14/21) に変化は認められなかった。補足運動野の体幹・下肢領域では四足歩行において,約半数の神経細胞 (7/13) が持続的又は持続的+相動的な発射様式を示した。歩容を二足歩行に変換すると,このような活動様式を示す細胞の割合 (12/13) は著明に増加した。背側運動前野の下肢領域では四足歩行において,相動的な活動様式を示すもの (6/20),相動的+持続的な活動様式を示すもの (8/20),および歩行の開始前後においてburst状に発火して,かつ歩行の継続に伴いその発射頻度を漸減させるもの (4/20) が記録された。歩容を二足歩行に変換しても,これらの活動様式を示すそれぞれの細胞の割合に変化は認められなかった。

 以上の結果は,サル大脳皮質運動領野の下肢領域における分担的歩行制御機序の一端を示すものであり,サルの一次運動野は肢のリズム運動を,補足運動野は体幹の直立姿勢を,背側運動前野は歩行運動の発動をそれぞれ制御する可能性を示唆する。

 

9.脳の左右差に関する統合的研究−体軸形成に異常を
示す変異マウスを用いたアプローチ

伊藤 功(九州大学大学院理学研究院)

 成獣マウス海馬神経回路にはNMDA受容体NR2Bサブユニットの非対称なシナプス配置に基づく機能的・構造的左右非対称性が存在していることを我々は明らかにした。本研究はこの発見をさらに発展させ,脳の左右差の形成時期とこれに関与する遺伝子の解明。脳の左右差の行動学的意義の解明。および左右非対称な神経回路の形成に関与する細胞外シグナルの解明,をめざして総合的な検討を行うことを目的とする。

 本年度は,内臓系の左右軸形成機構と比較しつつ,脳の左右差の形成時期とその機構を解析することを目的として,体軸の形成に異常を示す変異マウス(ivマウス)を用いた解析を行った。その結果は,ivマウス海馬では左右の非対称性が消失していることが明らかになった(投稿中)。また,ivマウスにおける左右差の消失は,右側異性を特徴としており,左右の海馬がともに右海馬の特徴を示すように変化していた。この結果は,左右差の形成機構が内臓系と脳とでは異なっていることも示唆している。

 これらの成果に立脚し,来年度は左右差の形成と維持に関与するシグナルの同定を目指して,DNAマイクロアレイによる解析を中心に研究を行う。

 

10.線条体投射神経終末の分布領域および分子局在の解析

横井峰人(京都大学大学院医学研究科)
佐野裕美(京都大学大学院医学研究科)

 線条体投射神経細胞にGFPあるいはsynaptophluorinを発現するトランスジェニックマウスを用いて,線条体投射神経細胞の投射領域の解析を行った。私たちは,線条体投射神経細胞の投射領域のなかで,これまであまり解析がすすんでいない,外側視床下部領域に注目した。その結果,線条体投射神経細胞は外側視床下部の前亜領域の限られた領域に投射すること,さらに,この領域には,GABA作動性軸索終末が存在すること,側坐核からの投射が存在すること,GABA作動性神経細胞があまり分布せずグルタミン酸作動性神経細胞が主に分布すること,メラニン凝集ホルモン含有ニューロンあるいはオレキシン/ハイポクレチン含有ニューロンが分布しないこと,を明らかにした。この結果に基づき,側坐核―外側視床下部亜領域―メラニン凝集ホルモン含有ニューロンからなる閉鎖神経回路の存在を提唱し,この神経回路が快楽的摂食行動に関与する可能性を提案した (J. Neurosci. 27: 6948-6955(2007))。

 

11.運動学習記憶に関連するシナプス微細形態の検索

永雄総一(理研・脳科学総合研究センター・運動学習制御)
岡部繁男(東京医科歯科大学・大学院医歯学総合研究科)
首藤文洋(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
重本隆一,久保義弘(生理学研究所)

 マウスの眼球反射を用いて長期運動学習と短期運動学習を定量評価できる適応のパラダイムを開発し,それを用いて,学習成立後に小脳皮質の出力を可逆的遮断したところ,短期運動学習の記憶は完全に消去されるのに対して,長期運動学習の記憶は影響を受けないことを見出した。さらに,長期記憶の痕跡が,皮質の出力先である前庭核に形成されているという電気生理学の所見と,LTDと長期記憶との因果関係を示す所見を発表した(Shutoh et al., Neuroscience 139, 767-0777, 2006 )。小脳皮質に形成された短期記憶の痕跡が,どのようにしていつシナプスを越えて前庭核へ移動するかを実験的に検討した。

 1) 短期記憶から長期記憶への固定化の必要条件の決定

 B6マウスを用いて3つの実験群を作成した。①群には毎日1時間の視覚訓練を行ったのちに,ガス麻酔下,両側小脳片葉に刺入し,GABAのアゴニストのムシモールを0.5mlを投与した。②群には視覚訓練後,毎日ガス麻酔下,両側小脳片葉にリンゲル液0.5mlを投与した。③群には,視覚訓練を行わず,毎日ガス麻酔下,両側小脳片葉にムシモールを0.5mlを投与した。4日間の訓練期間中1時間の訓練によって生じる短期の適応には,①と②群間に差は見られなかったのに対して,4日間の訓練によって生じる長期の適応にでは,①群は②群に比し有意に減弱しており,訓練を行わなかった③群と差はなかった。これらの実験結果は,短期記憶から長期記憶の移行に,訓練直後の数時間の小脳皮質の活動が重要であることを示唆する。

 2)プルキンエ細胞における短期記憶と長期記憶の遺伝子発現パターンの比較

 マウスの小脳皮質の凍結切片からレーザーマイクロダイセクション法を用いて,プルキンエ細胞層と顆粒細胞層を切り出した後RNAを抽出し,そ遺伝子発現の違いをアフィメトリクス社のジーンチップ法を用いて定量化した。40,000の遺伝子に対して4,000個程度の遺伝子についてはプルキンエ細胞と顆粒細胞に発現量に差があることを見出した。眼球運動の短期と長期適応に相関して発現が変動する遺伝子群を,マイクロアレイ法により検索した。B6マウスを用いて4群の実験群を作成した。①群は,5日間暗闇の中で飼育した。②群には,4日間暗闇で飼育し,5日目に1時間の視覚訓練を行った。③群には,1日1 時間の視覚訓練を4日間行うとともに,訓練時以外は暗闇の中で飼育した。④群には1日1 時間の視覚訓練を5日間行うとともに,訓練時以外は暗闇の中で飼育した。5日目に断頭し,脳を摘出し小脳片葉とそれに隣接する傍片葉をそれぞれ分離摘出し,RNAを抽出した。アフィメトリクス社のジーンチップ法を用いて遺伝子発現を定量化し,各群間の差を統計的に評価した。その結果,約90個の遺伝子群は短期適応に特異的に相関して変動し,約160個の遺伝子群は,長期適応に特異的に相関して変動することがわかった。

 3) 霊長類の眼球反射の長期運動学習と小脳皮質の活動

 2頭のアカゲサルに左右逆転プリズムを装着し,チェック模様のスクリーンを見せ,2時間持続的に正弦波状にチェアーを回転させてトレーニングした。トレーニング終了後もサルに逆転プリズムを持続的に装着させた。このようなトレーニングを3日間連続的に行い,水平性前庭動眼反射(HVOR) の利得への影響を見た。2時間のトレーニングにより短期の適応が生じ反射の利得が低下したが,持続的にプリズムを装着した場合には,反射の利得がさらに低下し,長期適応が生じた。短期適応と長期適応の直後に,両側の小脳片葉にリドカイン溶液を注入し,適応に対する効果を現在調べているところである。

 今後の見通しについて

 小脳皮質に長期抑圧によって形成された短期運動学習の記憶痕跡が,練習を繰り返すことにより,何らかの修飾をうけて,経シナプス的に出力先の前庭(小脳)核に移行することが本年度の実験結果から示唆される。本年度は,その移行に,訓練直後の数時間程度の小脳皮質の活動が重要であることが明らかにされた。小脳皮質が長期適応と関係してどのような影響を前庭核に及ぼしうるかを,形態と分子生物学的方法を用いてさらに検討するつもりである。またマウスで得られた所見が動物界全体に普遍的であるかどうかを,霊長類のアカゲサルを用いて検討する予定である。

 

12.ドーパミン受容体欠損マウスを利用した黒質網様部ニューロンの自発発火活動の解析

山田勝也(弘前大学大学院・医学研究科・統合機能生理学講座)
籾山俊彦(自然科学研究機構・生理学研究所・脳形態解析研究部門)

 中脳黒質網様部(SNr) は大脳基底核の主要な出力核で,GABA作動性ニューロンから構成され,脳内で最も高頻度の自発発火活動を示す。一方隣接する黒質緻密部(SNc) のドーパミンニューロンは,SNrに伸ばした樹状突起からドーパミンを放出する (dendritic release) が,その生理的意義はよくわかっていない。SNrに対するドーパミンの影響の解析は,基礎研究上の意義に加えてSNcのドーパミンニューロンの変性疾患であるパーキンソン病の病態理解にも役立つ可能性がある。申請者らは脳スライスを用いた細胞外記録による予備実験から,GABA受容体ならびに興奮性アミノ酸受容体に対する阻害剤存在下,ドーパミンによりSNrニューロンの発火頻度が上昇することを見出した。そこで本応答の作用機序や受容体サブタイプなどの詳細の解明を目指した研究を開始した。

 マウスの脳スライスのSNcに蛍光色素DiIを注入してインキュベーションの後観察し,SNcとSNrの間の線維連絡をよく保存するスライス切断角度を決定した。生後13-34日令マウスを用い,過分極通電時にh-currentを示さないことを特徴とするSNrGABA作動性ニューロンからセルアタッチモードもしくはconventionalなホールセルパッチクランプ記録を行なった。

 野生型マウスおよびD1受容体とD2受容体を共に欠失させたダブルKOマウスのSNrGABA作動性ニューロンに対し,ドーパミンD1受容体アゴニストおよびD2受容体アゴニストを投与する実験から,SNrGABA作動性ニューロンのドーパミン応答にはD1-like受容体ならびにD2-like受容体の両者を介した機構が含まれることが示唆された。

 一方,急性単離したSNrニューロンのうち,h-currentを示さないGABA作動性ニューロンでドーパミンに応答するものは認められなかった(20/20)。またh-currentを示すドーパミンニューロンは,全例(9/9) がドーパミンにより過分極した。以上からドーパミンは興奮性アミノ酸もしくはGABA以外のシナプス伝達を介し,或いはグリア細胞を介して間接的にGABA作動性ニューロンの自発活動に影響する可能性が示唆された。実際グリシンが単離SNrGABA作動性ニューロンを脱分極(8/14) 若しくは過分極(6/14) させることが判明し,更に解析を進めている。

 

13.遺伝子改変動物を利用した大脳皮質抑制性ニューロンにおける神経活動の解明

柳川右千夫,柿崎利和,齊藤康彦(群馬大学・大学院医学系研究科)
川口泰雄,平林真澄(生理学研究所)

 大脳皮質におけるリズミックな神経活動,神経が同期して活動する現象,シナプス可塑性の形成には,抑制性ニューロンが行う神経情報処理が重要な役割を果たしていると考えられている。しかしながら,抑制性ニューロンは,多様な形態をもち,in vitroおよびin vivoで正確に同定することは困難である。そこで,我々が作成した抑制性ニューロンに特異的にVenus蛍光分子が発現するトランスジェニックラット(VGAT-Venusラット)を用いて組織学的解析を行った。大脳皮質GABAニューロンには,パルブアルブミンやソマトスタチン等の化学マーカーで分類される複数のサブタイプが存在する。VGAT-Venusラット大脳皮質GABAニューロン全体に対するサブタイプの割合について,Venusの蛍光とパルブアルブミンやソマトスタチン等に対する抗体による2重染色を用いて検討した。その結果,6種類の化学マーカー(パルブアルブミン,ソマトスタチン,バソアクティブ・インテスティナル・ポリペプチド,コレシストキニン,カルレチニン,a-アクチニン)でGABAニューロン全体の95% 以上を占めることを明らかにした。

 大脳皮質抑制性ニューロンの形態学的および電気生理学的特性を理解するには,他の領域における抑制性ニューロンに関する知見が重要である。そこで,VGAT-Venusラット前庭神経核と舌下神経前位核に存在する抑制性ニューロンの電気生理学的解析を開始した。また,抑制性ニューロンをEGFPで標識したGAD67-GFPマウスを利用して,バレル皮質における抑制性ニューロンの機能など,様々な抑制性ニューロンの機能や形態について解析した。

 大脳皮質抑制性ニューロンに様々な機能プローブを発現する遺伝子改変マウスを作成するために,テトラサイクリンシステムの利用について検討を行っている。

 

14.皮質抑制性細胞における神経伝達物質放出の調節機構

吉村 由美子,高田 直樹,小松 由紀夫(名古屋大学・環境医学研究所)
根東 覚(東京医科歯科大学大学院・医歯学総合研究科)
窪田 芳之,畑田小百合,川口 泰雄(生理学研究所)

 興奮性あるいは抑制性信号をシナプス後細胞に伝えるAMPA/カイニン酸/NMDA受容体やGABAA受容体等のイオンチャネル型受容体が,様々な脳領域においてシナプス前終末にも存在し,神経伝達物質の放出を調節することが近年多数報告されている。最近,我々は,大脳皮質の2/3層の局所神経回路を電気生理学的手法により解析し,錐体細胞が抑制性介在細胞の樹状突起・細胞体を介さずに,抑制性細胞の軸索終末に存在するAMPA/カイニン酸受容体を直接活性化し,近隣の錐体細胞に抑制をかけることを示唆する結果を報告した(Ming et al., Science 2007)。この結果から,抑制性細胞の活動とは別個に,錐体細胞がその周辺の錐体細胞に迅速に抑制をかける機構が,皮質内で機能していると考えられるが,そのような構造を形態学的に示す結果は報告されていない。そこで,電気生理学的研究により推定された軸索・軸索シナプスを介する抑制性シナプス回路を形態学的に同定する目的で,本共同研究を開始した。

 まず,ラット大脳皮質の切片を,電子顕微鏡で観察した。興奮性神経終末と思われる非対称型のPSDをもつ神経終末と,抑制性神経終末と思われる対称型のPSDをもつ神経終末が近接して存在するかを検討した。これまでの検索では,興奮性神経終末と抑制性神経終末が近接して,典型的なシナプスを形成する所見は得られていない。また,シナプス構造がなくても,興奮性終末から放出されたグルタミン酸がspill overし,近傍の抑制性終末に作用してGABAが放出された結果,近傍の錐体細胞が抑制される可能性が考えられる。そこで,興奮性神経終末に隣接する抑制性の軸索終末表面にグルタミン酸受容体が存在し,しかもその抑制性終末が錐体細胞の細胞表面にシナプス接着しているような構造が存在するかを検討している。現在,Lowcryl樹脂に包埋した組織を用いて,グルタミン酸受容体をpostembedding immunohisochemistry でラベルし,そのような構造が観察できるかどうか解析中である。

 

15.齧歯類および霊長類における大脳皮質錐体細胞への抑制性および領域外からの入力の3次元的解析

一戸 紀孝,冨岡 良平,松下 敦子,Kathleen S. Rockland
(独立行政法人理化学研究所・脳皮質機能構造研究チーム)
窪田 芳之(生理学研究所)

 大脳皮質の神経細胞の中で多数を占める興奮性の錐体細胞の神経活動は興奮性・抑制性の多様な入力の影響を受けている。これらの入力が作るシナプスは,錐体細胞の樹状突起または細胞体表面に,入力の起源により特異的な分布をしていると考えられ,その分布は神経細胞の行っている計算上重要であると考えられている。今回,我々は,この錐体細胞表面への入力の分布に関して,2つのプロジェクトを行った。1つは,ラット周嗅皮質の各層の錐体細胞尖頭樹状突起へのparvalbumin (PV) 陽性GABAergic終末のシナプス分布の検討である。実験は,まず周嗅皮質の近傍のTE野にEGFPを感染細胞に発現させるアデノウィルスを注入し,周嗅皮質内の錐体細胞をGolgi様にラベルし,その切片でPVとGABAの終末マーカーvesicular GABA trasnportor (VGAT) を異なった蛍光色素で染め出し,共焦点顕微鏡を用いて,これらの終末の接触部位を検索した。その結果,尖頭樹状突起の細胞体からの距離が大きくなるにつれて,接触部位の密度が下がるが,0にはならないことが示された。この結果は,PV陽性終末が細胞体周囲に接触する傾向があるという,これまでの考えを支持するとともに,遠位の樹状突起でも,細胞によっては相当のPV陽性終末が接触するということを示す。また,同じ切片を電子顕微鏡用に処理し,共焦点顕微鏡で同定された8個の接触部位が実際に8個ともシナプスを作っていることを確認した。2つめのプロジェクトはマカクザルの下側頭葉前部(TE) の錐体細胞を,上と同様に下側頭葉後部(TEO) へのウィルスの注入を用いてEGFP標識するとともに,順行性のトレーサーBDAをTEOに注入し,feedforward-feedback loopの存在と,そのシナプス結合部位について共焦点顕微鏡を用いて検討した。その結果,TEの5層の錐体細胞の尖頭樹状突起が4層を通る際に,TEOからの投射終末と接触することが示された。この接触部位は,棘突起上以外に,樹状突起のシャフトも含む。興奮性の終末は,一般に棘突起にシナプスするといわれており,現在,実際にこのシャフトへの接触部位がシナプスを形成しているかを,電顕写真3次元再構築を使った検討をしている。

 

16.マカクザルの中枢神経系の損傷からの運動機能回復に関する組織学的研究

大石高生(京都大学霊長類研究所),肥後範行,村田弓(産業技術総合研究所)
伊佐正,齋藤紀美香(生理学研究所)

 ヒトをはじめとする霊長類は指を独立に動かすことにより,物体の操作などの器用な運動を行うことができる。皮質脊髄路を延髄レベルで切断すると指の器用な運動が永久に消滅した(Lawrence and Kuypers, 1968) が,皮質脊髄路の切断が頚髄C4/5レベルの場合は運動機能が回復することが伊佐らによって示された(Sasaki et al., 2004)。神経回路の構造的変化による機能代償がこの運動機能回復の基盤になっているという仮説を検討するため,構造変化のマーカー分子の一つであるGAP-43の遺伝子発現とタンパク発現を皮質脊髄路損傷ザルで組織学的に検討した。対照となる正常マカクザル (n=8) の運動関連皮質では,GAP-43のmRNAは主としてV-VI 層に存在し,II-III層での発現は弱かった。脊髄への投射をもつV層の大型錐体細胞における発現は,小型の錐体細胞における発現よりも弱かった。皮質脊髄路切断後2週間から1ヶ月経過した個体 (n=5) の一次運動野では,V-VI層に加えてII-III層でも顕著な遺伝子発現が見られ,さらに損傷と同側の一次運動野ではV層の大型錐体細胞においても顕著な発現が見られた。皮質脊髄路切断後3-4ヶ月経過した個体 (n=6) では発現レベルは減少するものの,II-III層では正常個体よりも強い遺伝子発現が見られた。また,皮質脊髄路切断個体では,正常個体に比べて,一次運動野に加え,運動前野腹側部のIII層に有意な遺伝子発現の上昇が見られた。このことは,皮質脊髄路切断後に大脳皮質の複数の領野において神経回路の変化が生じた可能性を示唆する。脊髄では外側皮質脊髄路などで,破壊側の方が反対側よりもGAP-43を強く発現する構造が多く見られた。二重染色によりGAP-43陽性構造を検討したところ,MAP2との共存はなく,ニューロン特異的エノラーゼと共存していた。また,GFAPとの共存はほとんどなかった。これらのことから,GAP-43陽性構造の大部分はニューロンの軸索であることが確認できた。ただし,損傷部より尾側の白質内にごく少数GAP-43とGFAPの共存像が観察され,少数のアストロサイトがGAP-43を発現することを確認した。皮質脊髄路切断後には運動関連皮質だけでなく脊髄でも軸索伸長を含む神経回路の構造変化が起こっていることが示唆される。

 

17.大脳シナプスのin vivo2光子画像解析

河西春郎,野口潤,宮崎崇史(東京大学医学部)
鍋倉淳一,和気弘明,高鶴裕介(生理学研究所)

【目的】河西研究室では2光子励起顕微鏡を用いた大脳海馬・皮質のシナプスの動態及び安定性の解析を行ってきており,動物in vivoでの実験を開始している。本共同研究では,生理学研究所生体恒常性発達機構研究部門で開発した新しい標識動物を共同利用することにより,回路形成に関係するシナプス前部・後部の統合的可塑性安定性の研究を行うための技術開発を行う。

【成果】thy-1プロモーターにGFPを導入したトランスジェニック動物H-lineおいては,明るい2光子蛍光が得られ,これに対して超短パルスレーザーのビーム性状,パワーやパルス幅などのスペックを最適化し,深部到達性の検討を進めた。この結果,大脳皮質の表面から800ミクロン位にある錐体細胞の細胞体まで明瞭に観察され,その樹状突起を脳表面まで追跡できることがわかった。また,樹状突起スパインは300ミクロン位まで観察可能で,II/III層の錐体細胞については,樹状突起やスパインの全容を可視化することが可能となった。

 樹状突起スパインの観察には,脳の呼吸や脈拍による微細な動きを押さえることが重要である。これには手術の術式が大きく影響することがわかった。頭蓋の開口の大きさやガラス窓の固定法などについて工夫を行うことにより,再現性よく固定のよい観察が可能となった。最近,ガラスを脳に接着させることによる脳への炎症性反応の誘起が懸念されている。これに対しては,生体適合性のよい合成ポリマーをガラスにコートすることを検討した結果,神経細胞そのものがより鮮明に観察されることがわかってきた。現在,グリア細胞の反応について検討中である。

 この様に,脳の2光子観察は大きな可能性を秘めているが,この手法による研究には引き続き多数のノウハウを蓄積する必要がある。脳の2光子観察を始めている研究室は日本では極めて少なく,本共同研究にある二つの研究室が協力することにより,今後も一層,効果的にこの分野の発展に貢献することが期待される。

 

18.GABAシグナリングにおける新規分子PRIPの役割解明研究

兼松隆・平田雅人(九州大学歯学研究院)
鍋倉淳一(生理学研究所)

 我々が発見し遺伝子クローニングを行った新しいイノシトール1,4,5三リン酸結合性タンパク質分子は,PLC-d1 と高い相同性を有するが,PLC酵素活性を持たない。そこでPLC-related but catalytically inactive protein (PRIP)と名付けた。PRIP分子には,PRIP-1とPRIP-2の2つのサブタイプがある。我々はPRIP-1/-2ダブルノックアウトマウス (PRIP-DKO) を作製して機能解析の実験を進めた。その結果,PRIP分子はGABAA受容体のエンドサイトーシス過程を調節する分子である事を明らかにする事ができた。その概要を以下に列挙する。

 1.GABAA受容体のエンドサイトーシスは,受容体bサブユニットのリン酸化レベルによって調節を受ける事を明らかにした。

 2.bサブユニットの脱リン酸化調節にはPRIPとタンパク質脱リン酸化酵素 (PP1, PP2A) 複合体が重要である事を明らかにした。

 3. PRIP分子がGABAA受容体のbサブユニットに直接結合することで,タンパク質脱リン酸化酵素 (PP1, PP2A) の足場タンパク質として機能する事を明らかにした。

 4.GABAA受容体は,AP2/クラスリン複合体によって被覆されエンドサイトーシスが誘導されるが,この過程をPRIPがGABAA受容体のbサブユニットのリン酸化レベルを変える事で調節する可能性を示した。

 

19.発達期におけるてんかん波発生機構の解明

夏目季代久,新井潤,緒方元気(九州工業大学大学院生命体工学研究科)
鍋倉淳一(生理学研究所)

 発達期におけるてんかん波において,Ca2+ 依存性K+チャネルの関与は今まで明らかにされてこなかった。特に,発達期には,脱分極性のGABA電位が発生し,Adult期とは異なる反応が起こると考えられる。本研究では,発達期におけるてんかん波発生過程におけるCa2+依存性K+チャネルの関与を明らかにする事を目的とする。5,6日齢のスライスからはGiant depolarization potential(GDP)と考えられる自発的な神経リズムを,8,9日齢のスライスではGABAA受容体阻害薬のSR-9551投与により発生するてんかん波を用いて実験した。GDP様の自発的発火活動にはGABAA受容体とAMPA受容体の両方を介したシナプスが必要である。さらに,これら自発的発火活動に対して,Ca2+ 依存性K+チャネル(SKチャネル)阻害薬であるapamine (100mM) の投与を行うと,自発的発火頻度の振幅は減少し,自発的発火活動の発火頻度が上昇した。この事から自発発火活動はGDPと考えられ,その振幅及び発火頻度はSKチャネルによって調節が行われていることが示唆される。また2) の実験においても,apaminの投与により波形が変化し,さらに周波数が減少した。以上の事から,発達期のてんかん発火に対しては,Adult期とは異なり,Ca2+依存性K+チャネルは,epileptogenesisに関わっている事が明らかになった。

 

20.視床下部NPYニューロンにおけるAMPキナーゼのシグナル伝達と摂食調節における役割

矢田 俊彦(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)
河野 大輔(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)
栗田 英治(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)
西田 慎吾(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)
箕越 靖彦(生理学研究所)

 AMPキナーゼ(AMPK) は,細胞内エネルギーゲージであり,視床下部におけるAMPKの活性化は摂食の亢進を引き起こすことが報告されている。視床下部におけるAMPKの活性は,全身のエネルギー状態や,摂食亢進物質グレリンや摂食抑制物質レプチン,インスリンなどによって変化することが報告されている。視床下部弓状核には,摂食亢進ニューロンのNPYニューロンと摂食抑制ニューロンのPOMCニューロンが存在しており,グレリン,レプチンの重要な標的となっている。本研究では,AMPKによる摂食亢進機構を明らかにするため,視床下部弓状核におけるAMPKの役割を検討した。

 成熟ラット(5-7週令)から単離した視床下部弓状核ニューロンを用いて,fura-2蛍光イメージングにより細胞内Ca2+ 濃度([Ca2+]i) を測定し,AMPK活性化剤AICARの作用を調べた。測定後,抗NPY抗体,抗POMC抗体,抗リン酸化AMPK抗体,抗リン酸化ACC抗体を用いて,免疫染色を行った。

 AICAR (200 mM) は弓状核ニューロンの24%において[Ca2+]iを増加させた。また,AICAR応答後のニューロンにおいて,AMPKとACCのリン酸化が確認された。弓状核AICAR応答性ニューロンの約40% はNPY免疫陽性ニューロンであった。一方,POMC免疫陽性ニューロンはAICARに対して[Ca2+]i応答を示さなかった。さらに,AICARの脳室内投与により有意に摂食が亢進し,この摂食亢進はNPY-Y1受容体拮抗薬の同時投与により抑制された。次に摂食亢進物質グレリンとの関係を調べた。AICAR応答性ニューロンの約70% において,グレリンの添加は[Ca2+]iを増加させた。グレリン応答後のニューロンにおいて,AMPKとACCのリン酸化が確認された。また,グレリンによる[Ca2+]iの増加は,AMPK阻害剤compound Cによって抑制された。

 以上の実験結果から,AMPKは,NPYニューロンを含む視床下部弓状核ニューロンを直接活性化させ,摂食を亢進させることが明らかとなった。また,グレリンによる弓状核ニューロンの活性化の一部はAMPKにより仲介されることが示唆される。これらの実験結果から,AMPKを介した弓状核ニューロンの活性化およびホルモンの刺激受容は,摂食調節に重要な役割を果たしていると考えられる。

 

21.随意運動発現を司る神経機構の研究

美馬達哉(京都大学大学院医学研究科)
島津秀紀(徳島大学大学院医学研究科)
礒村宜和(理化学研究所)
逵本徹(生理学研究所)
伊佐正(自然科学研究機構生理学研究所)

 ヒトの脳波活動と上肢の筋電図活動の間には相関が認められる。この相関関係は大脳皮質運動野から筋肉への運動制御過程を反映している可能性がある。しかし,一次運動野が近隣の運動関連領野と関係しながら筋収縮をコントロールしていることは一見当然とも考えられるにもかかわらず,その神経機構は十分には解明されていない。我々は,動物実験を行うことによってこの仕組みを神経回路レベルで解明できる可能性があると考え,サルの大脳皮質フィールド電位と上肢筋電図活動の記録及び解析を行った。その結果,筋電図活動と相関を示す大脳皮質の複数部位を特定することができた。さらに運動の実行中にこれらの相関関係がどのように変化するかを明らかにした。現在,これらの成果を発表すべく準備中である。

 

22.クジラ体外成熟卵子への精子注入後の体外発生能

福井 豊(帯広畜産大学・畜産学部・家畜増殖学研究室)
保地 眞一(信州大学・繊維学部・資源生物学講座)
平林 真澄(生理学研究所・遺伝子改変動物作製室)

【クロミンククジラ卵母細胞のガラス化後の体外成熟,単為発生および顕微授精による胚発生能】

 南極海鯨類調査捕鯨で得られた成熟および未成熟クロミンククジラ卵母細胞(未成熟卵子)のガラス化・加温後の体外成熟,顕微授精による体外受精および胚発生を検討した。本研究では,ガラス化法としてcytochalasin B(CB: 7.5mg/ml,30分)前処理の効果,および2種類の凍結媒液(30% ethylene glycol:EG単独,15% EG+15% dimethylsulfoxide:DMSO)を比較した。ガラス化・加温後の体外成熟率は,成熟および未成熟クロミンククジラで各々60.9% と53.1%で有意な差は見られなかった。しかし,ionomycine(5mM,4分)と6-dimethylaminopurin(DMAP: 2mM,3.5時間)による単為発生処理後の卵子活性率は未成熟クジラ(46.4%)より成熟クジラ(76.7%)で有意に(P<0.05) 高かった。EG単独およびEG+DMSOにおける体外成熟率は,各々22.2%,30.2%と後者で高かったが,有意差は見られなかった。また,CBの前処理の効果も見られなかった(処理+:30.4%,処理―:27.3%)。成熟クジラから得られた,175個の未成熟卵子をEG+DMSOでガラス化・加温後(CB前処理なし),10%クジラ卵胞液を含むTCM 199(浸透圧は390 mOsMに調整)で40-50時間の体外成熟培養後,27個が成熟した。このうち,13個の卵子にICSI(卵細胞質内精子注入)を行い,その後Vero細胞との共培養に供した。培養3日目までに6個(46.2%) が分割(2〜5細胞期)し,さらに培養を継続したが,桑実胚,胚盤胞への発生は観察されなかった。以上の結果から,成熟および未成熟クロミンククジラの卵母細胞のガラス化保存には,CBの前処理は必要でないこと,2種類の凍結媒液(30% EG単独,15% EG+15% DMSO)に差はないことが明らかになった。

 

23.精子幹細胞を用いたノックアウトラット作成

篠原隆司(京都大学大学院・医学研究科)
平林 真澄, 加藤 めぐみ(生理学研究所・遺伝子改変動物作製室)

 培養精子幹細胞(Germline Stem,GS細胞)を用いた生殖工学技術ははじめにマウスで樹立され,この技術をラットへと適用することが次の大きな課題である。平成18年において我々は以下の実験成果をあげることができた。

 1) SDラット,BNラット,WistarラットからのGS細胞の樹立,凍結保存を行った。また,凍結保存後に再融解してもその増殖が正常に起こることを確認した。

 2) ラット精子幹細胞を,免疫不全マウスを仮親にすることでラット子孫の作成を行うことに成功した (Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103:13624-13628. 2006)。

 これによりラットを飼育するスペースの削減,子孫作成のスピードの短縮につながることが期待される。この成果は異種の精巣内でも精子形成が正常に進行し,そこから生じた精子を利用し正常な個体発生に利用できる点を示した点で画期的なものであった(ラットとマウスの遺伝的な距離はヒトとチンパンジーとほぼ同程度と考えられています)。

 この異種移植の技術が発展すれば,より大型の動物の精子を小型動物の精巣内で発生させることで,飼育スペースやエサの削減につながるのみならず,希少動物の遺伝情報の保存にも有効に利用できることが予想される。精子幹細胞はGS細胞として試験管内で増やし,遺伝子改変を行うことも可能であることから(平成18年5月23日のPNAS誌に掲載し,報道発表されました),異種を用いた精子幹細胞の遺伝子改変は新しい生殖工学の手法となることが予想される。

 

24.ニホンザルの真皮メラノサイトーシスを用いた母斑治療モデルの確立

遠藤隆志(筑波大学臨床医学系形成外科学)
木村 透(自然科学研究機構 動物実験センター)

 形成外科診療において,真皮メラノサイト病変はよく見られる色素異常症のひとつである。蒙古斑は日本人乳幼児に見られる生理的現象であるが,その発生・消退機序は未だ解明されていない。太田・伊藤母斑および青色母斑についても原因および治療方法は十分に究明されていない。研究の遅れとして,適切な実験動物が見いだされていないことが挙げられる。本研究の目的は次の2点である:1.ニホンザルの真皮メラノサイトがヒトの病変と同一であることを確認し,2.真皮メラノサイト病変の治療に役立つモデル病変であるかを調べる。

 本年の試験として,ニホンザルの皮膚外観を画像解析した。皮膚色を色彩色差計で計測し,数値化を図った。さらに,皮膚生検材料を用いて,病理組織学的検査を行った。

【観察成績】有色素部位はすべての個体に見られ,体表の1/4-1/2程に分布していた。皮膚色の測定成績では,有色素部位のL*,a*およびb*値はいずれも白色部位に比して有意に低い値を示した。

【病理組織学的検査成績】有色素部位の表皮には,メラニン顆粒を含むメラノサイトは認められなかった。真皮層には,多量のメラニン顆粒を有する紡錘形あるいは樹状突起を持つメラノサイトが明瞭に観察された。これらの細胞は,細胞集団を形成せず,また,周囲に結合組織の増生も認められなかった。一方,白色部位の皮膚には表皮および真皮両層にメラニン顆粒は一切観察されなかった。

 以上の観察所見および病理組織学的検査成績から,ニホンザルの有色素部位の皮膚はヒトの真皮メラノサイトーシスと同一であることがわかった。霊長類であるニホンザルは,真皮層にメラノサイトが存在する皮膚構造を有する実験動物であることがわかった。本動物の皮膚は,真皮メラノサイトーシスや母斑病変の発生原因の解明,さらに真皮メラノサイト病変の治療技術の向上に役立つことが示唆された。次年度は,脱色素剤を用いて真皮メラノサイト病変の治療方法の手がかりとしての活用を目指す。

 

25.伴侶動物における機能性腫瘍の検索および腫瘍細胞の系統保存

丸尾幸嗣(岐阜大学応用生物科学部獣医学課程獣医分子病態学分野)
森 崇(岐阜大学応用生物科学部獣医学課程獣医分子病態学分野)
木村 透(自然科学研究機構 動物実験センター)

 伴侶動物の高齢化に伴い,小動物臨床において腫瘍性疾患の診断・治療は重要な課題となっている。また,腫瘍細胞自身が産生する生理活性物質が,生体の機能に様々な影響を及ぼすことがわかり,近年この機能性腫瘍細胞が注目されている。しかし,伴侶動物の腫瘍細胞を継代移植し,保存する例は極めて少ない。本研究の目的は,岐阜大学付属動物病院にて採取された機能性腫瘍細胞を継代し,系統的に保存する技術を確立することである。さらに,系統的に保存された腫瘍株の中から興味あるものに注目し,その腫瘍細胞が産生する因子を僅かなりとも解明することである。最終目標は,各種腫瘍細胞を系統保存する腫瘍バンクを作り,必要な腫瘍株を供するシステムを樹立することである。

 岐阜大学付属動物病院に来院した患畜(イヌ・ネコ)で,臨床所見および各種検査成績から機能性腫瘍と診断されたものを対象とした。外科手術により採取された機能性腫瘍細胞をSCIDマウスに継代移植した。5代にわたってSCIDマウスに継代した後,この腫瘍組織を凍結保存にて半永久的に保存した。次いで,凍結保存した腫瘍を融解し,再びSCIDマウスに移植して,生着の有無を確認した。今年度は凍結保存技術の確立し,伴侶動物の腫瘍細胞をイヌで5ライン,ネコで1ライン収集保存できた。来年度も継続して,同様に腫瘍株を収集し,保存ライン数を増やす予定である。また,病理組織検索を実施し,腫瘍細胞の産生する生理活性物質の手がかりの一端を突き止める。

 

26.DNAおよびクロマチン高次構造の電子顕微鏡による解析

加藤幹男(大阪府立大学理学部)
永山国昭(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 反復配列AL79は,30bp の反復単位鎖長のうち,18bpのポリプリン/ポリピリミジン領域を含む縦列繰り返し(ミニサテライト)である。これらの領域は,ゲノム中で繰返し回数の多型がしばしば見られる。このような性質をもたらす構造要因を知るために,一本鎖DNAを鋳型とするプライマー伸長実験,化学修飾,電子顕微鏡観察,円偏光二色性スペクトルの温度依存変化,示差走査熱量計による熱融解解析を行った。その結果,反復単位は安定なミニヘアピン構造を形成することが示された(Kato et al. Comparat. Biochem. Physiol. Pt.B 146, 427-437; 2007)。

 また我々は,この領域を含む超らせんプラスミドpAL79が,一次元目に酸性 (pH4.6)・二次元目に中性+クロロキンの緩衝液を用いた電気泳動実験において新奇な泳動図を示すことを見出した。すなわち,トポアイソマーのスポットは格子点上に現れた。一方,反復配列を含まないpUC19 DNAでは,トポアイソマーは通常みられるように曲線上にスポットが並んだ。一次元目に中性条件を用いた場合はpAL79,pUC19ともに通常の泳動図を示した。酸性条件は,ポリプリン/ポリピリミジン領域において分子内三重鎖形成を促進することが知られており,pAL79は酸性条件下で三重塩基対合を含む特殊な高次構造を形成すると予想された。そこで,電子顕微鏡観察を行った所,pAL79 DNA試料では様々な形状の分子(相互にきつく絡み合った棒状分子,分枝した棒状分子,ゆるく絡み合った分子,開いた環状)が観察されたが,pUC19 DNA試料ではほとんどがゆるく絡み合った分子であった。今後,これらの形状の差異をもたらす要因と,ミニサテライト配列が周辺DNA領域に及ぼす効果について解析を進める。

 

27.位相差電子顕微鏡の医学・生物学的応用

臼田信光,中沢綾美,谷口孝喜,厚沢季美江(藤田保健衛生大学・医学部)
金子康子,仲本準(埼玉大学・理学部)
小柳義夫(京都大学・ウイルス研究所)
前島一博(理化学研究所)
登阪雅聡(京都大学・化学研究所)
Rasmus Schroeder(マックスプランク研究所)
永山國昭(岡崎統合バイオ)

 高コントラストを特徴とする2 つの電子顕微鏡法,ゼルニケ位相差法と微分干渉法(ヒルバート微分法)を用いて応用研究を行った。高加速の300kV 電顕を用いた位相差法では,電子染色なしで安定して高コントラストの電顕像が得られた。無生物であるゴムのような高分子材料や氷包埋を行った様々な生物材料を対象として研究を行っている。

 培養全載細胞観察においてはミトコンドリア等の細胞小器官と微小管等の細胞骨格が明確に認められた(Setou M, Atsuzawa K, Usuda N, Nagayama Ket al., Med Mol Morphol 39, 176-180, 2006)。血小板や精子においては細胞内部構造が立体的に観察された。同様の観察はウィルスやバクテリアにも適用可能であり,細胞小器官内の酵素蛋白質分子の配列をin situに観察することができた(Kaneko Y, Nakamoto Het al., J Bac 188, 805-808, 2006)。

 高コントラストに生の蛋白質・生細胞を観察できる特性を利用して,様々な蛋白質,蛋白質の複合体としての超分子立体構造,細胞小器官およびそれらの関係を生細胞の中にあるままでの直接観察が実現した。これらの基礎的成果を病態解明に生かすことが試みられている。

 

28.自律神経系中枢のMRIによる研究

瀬尾芳輝,若松永憲(獨協医科大学 医学部)
鷹股 亮(奈良女子大学 生活環境学部)
荻野孝史(国立精神・神経センター 神経研究所)
森田啓之,田中邦彦(岐阜大学 大学院医学研究科)
吉本寛司(京都府立医科大学 大学院医学研究科)
村上政隆(生理学研究所)

 我々は,脳機能画像法(fMRI) により,自律神経中枢の神経活動を空間的・経時的に測定し解析する事を目標として実験を行っている。2006年度も,自律神経活動に関係する様々な刺激を加え,それによって引き起こされる視床・視床下部・延髄における自律神経機能中枢の反応を経時的に追った。その中から,前庭機能についての解析結果について報告する。

 Galvanic vestibular stimulation (GVS)およびCaloric stimulationはともに前庭機能検査として用いられているが,GVSは茎状突起上に装着した電極を用いて体表から刺激するため,前庭系以外の部位も刺激されている可能性がある。今回の研究では,これらの刺激が前庭系を特異的に刺激するかどうかを調べるため,GVSとcaloric stimulationに対する中枢興奮部位を前庭系正常ラットと前庭破壊ラットで比較検討した。中枢興奮部位の測定はMn2+ 造影MRIにより行った。前庭系が正常なラットでは,GVSおよびcaloric stimulationによりmedian vestibular nucleusおよびcerebellar vermisの信号強度が有意に増加したが,前庭破壊ラットではこれらの部位の信号強度変化は見られなかった。以上の結果より,GVSおよびcaloric stimulationは特異的に前庭系を刺激し,小脳を介して姿勢制御に関わっている可能性が示唆された。

 

29.唾液腺分泌終末における内因性蛋白分泌と外因性蛋白分泌のsorting機構

杉谷博士,三井烈,福島美和子,祁兵,吉垣純子(日本大学松戸歯学部)
橋本貞充(東京歯科大学),林知也(明治鍼灸大学)
村上政隆(生理研,統合バイオサイエンスセンター)

 分泌終末での唾液蛋白質は腺細胞が合成する内因性蛋白と血液より移行する外因性蛋白の混合物である。外因性蛋白の移行に関して細胞密着部を通過する傍細胞輸送調節の理解が必要である。本年はことに細胞密着部の形成・維持・調節について検討した。

 1) 細胞間密着部の形成

 初代培養ラット耳下腺腺房細胞の細胞間密着部を電子顕微鏡で観察した。細胞群は,単層になる群と,半球状のクラスターを形成する群に分類できた。単層群では細胞間の頭頂側に,クラスター群では表面細胞間の頭頂側にタイト結合を認めた。また,クラスター内部には腺腔が存在し,腺腔を取り囲む細胞間にもタイト結合を認めた。タイト結合を持つ細胞群を,単層になったM細胞,クラスター表面のS細胞,クラスター内部のI細胞に分類した。クローディン3および4の発現を調べると,I細胞が腺房細胞としての機能を持つと考察された。

 2) 細胞間密着部の維持と調節

 細胞間密着部を有す唾液腺由来培養細胞SMIE細胞を用い,transepithelial resistance (TER)を細胞間結合の機能の指標とし,神経伝達物質による機能の制御を検討した。神経伝達物質ニューロキニンA (NKA) によりTERが上昇した。また,タプシガーギンでもTERは上昇,細胞内Ca2+ 濃度上昇が細胞間をより密着させることを示した。一方,無血清培地にIGF-1を添加してSMIE細胞を培養すると,タイト結合の形態や関連タンパク質の発現が保持され,TERも維持された。これは,IGF-1がタイト結合の発現と機能維持に関与することを示唆した。

 3) 唾液腺におけるAQP6の役割

 AQPファミリーの1つAQP6が,腺腔側膜近傍に局在することを認めた。また,AQP6はタイト結合のマーカー蛋白質であるZO-1の近傍に局在することが認めた。AQP6は水よりも塩素やヨウ素イオンを透過するチャンネルとして機能することが近年明らかにされていることから,傍細胞輸送系でのイオン輸送と関連すると考察された。

 4) 傍細胞経路を通過するIgG

 これまで,灌流液のアルブミンが傍細胞経路を通り唾液に移行すること,その時,活性酸素によってSH基が修飾されること,一酸化窒素 (NO) がSH基に結合したS-ニトロソアルブミンが唾液中に出現することを明らかにした。市販のアルブミンは,少量IgG分画を含むため,今回,灌流液中のIgG分画の唾液中への移行をアルブミン分画と比較した。灌流液と唾液のHPLCプロフィールを比較すると,アルブミン分画とIgG分画の溶出時間のピークが一致した。それぞれの分画のSaliva/Perfusate (S/P) 比は,0.32±0.22(%,平均値±標準偏差),0.22±0.16 (%)であった。唾液分泌量とS/P比の関係には相関関係はなく,灌流液中のタンパク質の唾液中への移行に際し,アルブミンとIgGは同様の挙動を示すことが示唆された。

 

30.発生現象における膜電位シグナル伝達の分子機構とその役割の解明

岡本治正(産業技術総合研究所)
海老原達彦(産業技術総合研究所)
吉田 学(東京大学臨海実験所)
稲葉一男(筑波大学下田臨海実験センター)
柴 小菊(筑波大学下田臨海実験センター)
木下典行(基礎生物学研究所)
佐藤裕公(筑波大学下田臨海実験センター)
東島眞一(生理学研究所)
Mike Levin (Harvard School of Dental Medicine)
岡村康司(生理学研究所)

 近年,発生現象における遺伝子発現のプログラムについては深い理解がなされるようになったが,左右非対称の形成など内在的な遺伝プログラム以外に発生過程の細胞生理学的現象の重要性が再認識されつつある。本研究では細胞内シグナル伝達や膜電位などの細胞生理機構の役割を両生類,尾索動物,哺乳類など動物種横断的に,理解することを目的として,岡崎統合バイオサイエンスセンターと筑波大,産総研による共同実験の成果として見出されたCi-VSPに注目し,各動物種での発現様式および分子機能の解析を行った。カタユウレイボヤ幼若体においてCi-VSPの発現パターンをin situ hybridization法により行い,血液系細胞,消化管,胃に発現が確認された。一方,ゼブラフィッシュにおいてはすでに消化管での発現がin situ hybridization法により観察されていたが,成魚においてVSPの発現様式は明らかでなかった。そこで,RT-PCR法を用いて各臓器でのVSP遺伝子の発現を検討した結果,精巣,脳に発現が見られたが,消化管には発現が検出されず,発生途中の一過的な発現であることが示唆された。現在,両生類について胚での発現様式を解析中である。

 

31.エンハンサートラップ法によるゼブラフィッシュの神経発生および神経機能の解析

武田 洋幸(東京大学大学院理学系研究科生物科学・教授,提案代表者)
東島 眞一(自然科学研究機構・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 ゼブラフィッシュの多数のエンハンサートラップラインをスクリーニングすることにより,神経系のきわめて少数の細胞で発現する転写因子,接着分子,チャネル分子を見付け出し,(i) 転写因子,接着分子に関しては解剖学的な解析により発生における機能を明らかにし,(ii) チャネル分子については,電気生理学的な解析により運動系ネットワーク中での生理的な機能を明らかにすることを目標として研究を進めている。昨年度までの研究で,50系統を超える数のラインについてスクリーニングを行い,中枢神経系の少数の細胞でGFPの発現がみられるいくつかのラインを見いだした。今年度は,そのうちの1つのライン,HK-GFPに着目して研究を行った。HK-GFPラインにおいては,後脳ではマウスナー細胞特異的に発現がみられ,また,脊髄においては非常に少数(各半体節あたりほぼ1つ)の交叉型介在ニューロンで発現が見られる。この交叉型介在ニューロンから電気生理学記録をおこなった結果,これらの細胞は,逃避行動時のみに発火すること,また,マウスナー細胞と電気的シナプスを作っていることが明らかとなった。このように,エンハンサートラップ法により細胞を同定して電気生理学記録を行うことの有用性が示された。

 

32.DIP/WISHの血小板凝集における役割

小田 淳(北海道大学大学院医学研究科)
福見-富永 知子(岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 RhoファミリーG蛋白質の下流蛋白質である,mDia および WASP 結合蛋白質としてほぼ同時期に同定された DIP/WISH は,当初 actin polymerization を促進し,かつ様々なシグナル因子の adaptorとして働くことの可能な分子として報告された。その後,富永の研究により,DIP/WISH の細胞運動時におけるシグナル伝達因子としての役割が報告された。

 小田らは血小板においても DIP/WISH が発現していること,血小板凝集時に必須なシグナル伝達経路にDIP/WISH が関与している可能性を見い出したため,DIP/WISH 抗体を提供することで,より詳しくシグナル伝達経路と血小板凝集の関連を検討した。また,富永の作製した DIP/WISH KO マウスを供与し,現在このマウスでの血小板凝集能を検討中である。

 

33.脳組織培養系による神経ステロイドの機能形態学的解析

樋田一徳,水主智佳,山本登志子(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部形態情報医学分野)
古家園子,有井達夫(自然科学研究機構生理学研究所脳機能計測センター形態情報解析室)

 ステロイドはコレステロールを基質に側鎖切断酵素(p450scc) によるプレグネノロン合成から始まり,複数の代謝酵素により各種ステロイドが合成・代謝される。種々のステロイドのうち,テストステロン及びエストラジオールは特に生理活性を有して脳内可塑性及び性分化に影響を及ぼすことが知られている。これらのステロイドの機能を深く理解するためには,これらのステロイドがどこに局在してどのように作用するかを知ることが基本となる。申請者らは従来,末梢の生殖・内分泌器官とは独立して脳内で産生されるステロイドホルモン(神経ステロイド)の存在意義と機能の解明を目指し,成体のマウス及びラットの嗅球,小脳,海馬におけるステロイド合成酵素の活性と遺伝子及び蛋白発現,及び免疫組織化学的局在を解析してきた。本研究は,血流の存在しない脳組織培養系を用いて,神経ステロイドの発現について解析を行ったものである。

 方法は,生後3日から7日ラットの嗅球,小脳,及び海馬の新鮮脳スライスを作製し,7日から18日間の比較的長期培養を行った後,テストステロン及びプロゲステロン還元酵素の5a-reductase,テストステロン合成酵素の17b-hydroxysteroid dehydrogenase (17bHSD),及びステロイド代謝key enzymeの 17a水酸化酵素 (p450c17) について解析を行った。

 はじめに,培養脳スライスのニューロン・グリア構成を解析した。培養条件を検討した後に解析を行った結果,calbindin,calretinin,parvalbumin,tyrosine hydroxylase,S100bなどの局在が培養スライス内で観察された。次いで培養スライス組織における酵素及びエストラジオール受容体の遺伝子発現をRT-PCR法で解析し,生体脳の発現に比べ少ないものの上記3酵素の発現を確認した。注目すべきはエストラジオール受容体のより強い発現が認められたことである。現在,real time PCRとウエスタンブロットによる生体脳との発現の定量的比較,またステロイド代謝諸酵素に対する抗体を用いた局在について現在解析を行っている。今後,本共同研究によって確立した当実験系を用いて,各種ステロイド物質のスライス内投与によるニューロン・グリア構成及びステロイド代謝の発現と局在の変動を解析する計画である。

 

34.ラット精原細胞の長期培養,ならびに分化誘導後の顕微授精

保地眞一,土屋隆司(信州大学大学院・工学系研究科)
平林真澄(生理学研究所・遺伝子改変動物作製室)

 内在遺伝子を改変する手立てがないラットにおいて,精原細胞株を樹立して遺伝子改変し,体外で半数体にしてから顕微授精で産仔を得るという試みは困難を極めた。またマウスと比較すると,外来遺伝子の導入に利用できる手法にさえかなりの差がありそうである。本研究では,遺伝子溶液を注入したマウス精巣にエレクトロポレーションをかけるという外来遺伝子導入法がラットで機能するかどうかを調べるため,新生仔雄ラットの精巣にEGFP遺伝子を打ち込んでエレクトロポレーションをかけ,生殖幹細胞ゲノムに直接EGFP遺伝子を導入することを試みた。EGFP遺伝子溶液を半分以上の精細管に行き渡らせるよう注入できた精巣を対象にピンセット型電極で挟み,エレクトロポレーターによって静電パルス(35〜50 V,50 msec,X方向と Y方向各4回)を与えた。予備実験の結果から,新生仔雄ラットが2〜3 週齢に達してから,1mg/ml以上の濃度に調製したEGFP DNAを精巣網経由で加圧注入することが重要であるとわかった。DNA注入から6週間後にEGFPの蛍光が認められた精巣をマイクロスライサーで切片にしたところ,その蛍光は精細管基底膜近傍から発せられており,精原細胞レベルで形質転換が起こっていたものと示唆された。しかし精細胞を単離・調製した後の蛍光精子細胞の比率は極めて低く(2.4%),これらの細胞の顕微授精による産仔作出も外来遺伝子導入も確認できなかった。

 

35.エネルギー代謝調節におけるDmbx-1の役割の解明

三木 隆司(神戸大学大学院医学系研究科細胞分子医学)
箕越 靖彦(生理学研究所)

 Dmbx-1は脳に発現するホメオドメイン型転写因子であるが、その生理機能は全く不明である。これを明らかにする目的で,Dmbx-1の遺伝子欠損(KO)マウスを作製したところ,KOマウスは著明な痩せと酸素消費量の亢進を認めた。そこで本研究ではKOマウスで認められるエネルギー代謝制御異常のメカニズムを解明することを目的に解析を行った。

 まず摂食量を測定したところ,KOマウスでは摂食量は有意に減少していた。一方,運動量は明期,暗期とも著明に増加していた。KOマウスと野生型マウスの視床下部での摂食関連ペプチドの発現をリアルタイムRT-PCR法により解析したところ,摂食関連ペプチドの発現調節は正常であると考えられた。また,レプチンによる摂食抑制効果と視床下部弓状核におけるSTAT3リン酸化も保たれていた。一方,KOマウスと野生型マウスにorexigenic peptideであるNPY及び,AGRPを脳室内投与したところ,NPYの効果は正常であったが,AGRPによる摂食促進作用は障害されていた。このことから,Dmbx-1欠損マウスの痩せの原因としてはAGRPの受容体であるメラノコルチン受容体,及びそのシグナル伝達機構に異常があると考えられた。事実,Dmbx-1の発現部位をin situハイブリダイゼーション法により詳細に解析したところ,胎児期(E15.5)では,脳幹部に強いDmbx-1の発現が認められ,特に,メラノコルチンシグナルを受ける孤束核や傍腕核に強い発現が認められた。孤束核及び傍腕核におけるDmbx-1の発現は,E17.5以降の胎仔や成体の脳では極端に減弱することから,Dmbx-1はこれらの部位の神経分化に寄与し,その遺伝子破壊は,脳幹部におけるAGRPの作用低下を引き起し,摂食低下や多動を伴う極端な痩せをひき起こすと考えられる。

 

36.多チャンネル筋電図のオンライン解析システムの構築

松村 道一,武井 智彦(京都大学大学院人間・環境学研究科)
伊佐 正,関 和彦(生理学研究所)

 筋活動を生み出す中枢神経活動の解析法として,神経発火をトリガーとした筋電図の加算平均法(Spike-triggered Average法)が存在する。通常この解析には一万回程度の加算平均が必要であり,従来,全ての神経活動に対して長時間の記録を行い,オフライン解析によってようやく神経活動による筋出力の効果を検証するという方法がとられてきた。本共同研究では,多チャンネル筋電図に対してオンラインでSpike-triggered Average解析を行うシステムを開発することで,神経活動記録中に神経活動による筋出力の効果を検出し,より効果的に興味対象となる神経活動を探索する手法を確立することを目指した。なお研究内容のうち,解析システムの設計,解析プログラムの作成を松村,武井が担当し,筋電図・神経活動記録などシステムの生理学実験への適用を伊佐・関が担当した。

 まず慢性筋電図計測のため,サルの上肢筋肉16種類にワイヤー電極を慢性的に埋め込み,数ヶ月単位での安定した筋電図の導出を行った。これらの筋電図信号は,デジタイジングののち,PCメモリに常時バッファリングされた。次に,サルの脊髄神経活動を細胞外記録し,その神経発火時点をオンラインで検出し,このトリガー信号を同じPCへと入力した。Spike-triggered Average法については,松村ら (Matsumura et al. J. Neurosci 1996) による細胞内電位の加算平均法を応用し,神経発火時点をトリガーとして記録した筋活動をオンラインで加算平均を行い,その解析結果をPC画面上に表示するプログラムを作成した。

 本年度の成果として,(1) 多チャンネル筋電図をサンプリングし(16チャンネル,5kHz),PCメモリにバッファリングするシステムの構築,および (2) バッファリングされた筋活動をオンラインで加算平均するソフトウェアの開発を完了した。さらに,擬似神経活動を用いて本システムの作動試験を行った結果,本システムによって約100Hzまでの神経活動に対して正常にオンライン解析を行えることが確認された。

 これらの結果は,本システムが実際の神経活動記録実験へ応用可能であることを示している。今後,本システムを神経活動記録実験に適用することで,従来のオフライン解析のみの実験よりも効率的に興味対象の神経活動を探索し,それらを選択的に記録することが可能になると期待される。

 


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