生理学研究所年報 第28巻 | |
磁気共鳴装置共同利用実験報告 | ![]() ![]() |
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1.呼吸困難感の中枢情報処理機構の解明越久 仁敬(兵庫医科大学生理学第一講座) 呼吸困難感は呼吸器疾患における最も一般的な臨床症状であり,様々な情動反応を引き起こすと考えられている。その中枢情報処理機構の局在や情報処理過程は,これまで脳波解析とPETで主に検討されてきたが,測定方法や時間・空間解像度に問題があり,未だ解明されていない。我々は,fMRIを用いた呼吸困難感の中枢情報処理機構の解明を目指している。 本実験では,当初,同一プロトコールで空間解像能に優れるfMRIと時間解像能に優れる脳波解析を引き続いて行い,脳血流変化部位と電気活動部位の比較検討によって情報処理過程の解明を目指すことを計画した。健常被検者に対して,2種類の呼吸抵抗負荷(粘性および弾性抵抗負荷)を周期的に与えながらfMRIを行う。非負荷時と負荷時のfMRIを比較検討して脳血流変化部位を同定する。同一被検者に,同一プロトコールの呼吸抵抗負荷試験を行い,その時の脳波変化を多チャンネル計測し,起電部位を推定する。得られた結果に対して,活性化部位が1) 粘性抵抗負荷と弾性抵抗負荷で異なるか,2) fMRIと脳波解析で異なるかを検討する,というものであった。ところが検討の結果,この方法では呼吸抵抗負荷に伴う換気努力,すなわち呼吸筋活動の増加に伴う運動野などの活性化が情動反応に重畳されるという問題点があることが判明した。そこで,呼吸抵抗負荷時の呼吸困難感を,換気量を変化させることなしに増減させ,fMRI信号の差分を計測することを考えた。吸息時に吸気筋である上部肋間筋を振動させ,呼息時に呼気筋である下部肋間筋を振動させる同相胸壁振動刺激は,換気量を変化させることなく呼吸困難感を軽減させ,逆相胸壁振動刺激は呼吸困難感を増加させることが知られている。そこで,胸壁振動刺激を与えながらfMRIを行い,同相胸壁振動刺激時と逆相胸壁振動刺激時のfMRI信号の差分をとることにより,大脳皮質運動野あるいは脳幹呼吸中枢から生じる呼吸運動指令(respiratory motor command) に関連する脳領域を除去し,純粋に呼吸困難感に関与する脳領域を分離抽出することに計画変更した。 本年度は,兵庫医大における予備実験において,同相胸壁振動刺激が粘性および弾性呼吸抵抗負荷時の呼吸困難感を軽減させることを確認した。また,fMRI測定室内で使用できる非金属製の胸壁振動装置を開発した。本実験は次年度に予定している。
2.単語復唱時の脳賦活研究萩原裕子(首都大学東京大学院) 人間は,他人の発した言葉や言語音を聞いて,同じことを繰り返して言う,すなわち,復唱をする能力を持つ。復唱行動は,幼児が最初の単語を発話する頃には既に発現しており,それ以降も子供は頻繁に周囲の発言を復唱することから,母語獲得における復唱の役割の解明が待たれる。 また,外国語学習においても,モデルスピーカーの発音を復唱することは,現代社会で広く行われている学習方法の一つであり,復唱に関わる脳内メカニズムの解明は,脳科学の社会的貢献という意味からも,重要な課題である。 しかし,MRI内で被験者が復唱を行うと口の動きによるノイズが発生するため,MRIによる復唱実験は技術的に容易ではない。我々は,MRIによるこの研究課題を始める前に,ニューロイメージング手法の中では比較的被験者の動きに強いとされる光トポグラフィーを用いた研究を行っている。 成人を対象にした光トポ実験では,被験者が知っている単語(学習済み)と知らない単語(学習前)を復唱するときには,知らない単語のほうが,脳活動が有意に低下(活動抑制)する領域があることを見出した。この傾向は,母語にも外国語にも見られる。また,小学生を対象にした大規模な実験でも,成人と同様な結果が見られ,復唱に関わる脳内メカニズムが成人と子供で共通しているという仮説が支持されている。 今回のMRIの研究では,これまでの光トポの研究を発展させ,復唱による脳活動領域の正確な同定を目指す。光トポは,頭皮に配置された光ファイバーの位置でのトポグラフィーが分かるだけで,頭の内部のトモグラフィーは得られない。MRIを行うことで,光トポでは見えない脳領域の膨大なデータが得られることが期待される。 2006年度は,口の動きによるノイズを考慮したMRI実験パラダイムの開発に費やした。このパラダイムは光トポのパラダイムと重要な点で共通性を持ちつつ,ノイズの影響をなるべく抑えるものでなければならない。また光トポとMRIでは,データ解析方法が異なるので,この点も考慮したパラダイムにする必要がある。来年度はこのパラダイムをさらに修正し,本格的な実験に入る予定である。
3.視覚障害者脳の身体像形成に関与する視覚野での運動感覚情報処理様式の研究内藤栄一(独立行政法人情報通信研究機構&ATR脳情報研究所) 研究代表者は,四肢の腱への振動刺激によって惹起される四肢の運動錯覚経験に関与する脳活動の研究を行ってきた (Naito2004a,b; Naitoetal.1999,2002a,b, 2005; Naito&Ehrsson2001,2006)。この錯覚は振動刺激が興奮させる筋紡錘からの求心性Ia線維入力によって惹起され,四肢の動きを伴わずに被験者は明瞭な四肢運動を経験する。 まず,閉眼健常者19名で右手,左手,右足,左足の運動錯覚に関連する脳活動を測定した。運動錯覚中には錯覚を経験している体部位に対応した運動領野(反対側1次運動野,運動前野,補足運動野および帯状回運動皮質尾側部,同側小脳)の活動が見られた。これに加えて,四肢の相違に無関係で,四肢共通に補足運動野吻側部,右半球前頭-頭頂葉および右大脳基底核に脳活動が認められた。特に補足運動野および帯状回運動皮質などの内側面運動野吻側部には,四肢特有領域,両手領域,反対側四肢領域および四肢共通領域が尾側から吻側の順に配列していることがわかった (Naitoetal. 2007)。 また,健常者が手の運動錯覚を経験している最中に,実際には動いていない手をみると,運動錯覚が減弱することがわかっている。これは運動感覚に対する視覚の優位性として知られている。この現象を利用して脳がどのようにこの視覚優位性を計算するかを検証した。その結果,上頭頂葉後部領域の活動が視覚の優位性に関与していることがわかった。さらに,この活動の度合いは視覚の運動感覚に対する優位性(=視覚によってどの程度運動錯覚が減弱するかの度合い)と正の相関を示し,視覚の優位性が上頭頂葉後部領域で計算されていることを強く示唆した (Haguraetal. 2007)。 これらの知見は,視覚障害者が運動感覚情報処理を行う際に観察されるであろう脳活動を理解するための基礎となる。 引用文献 Naito E, Nakashima T, Kito T, Aramaki Y, Okada T and Sadato N (2007) Human limb-specific and non limb-specific brain representations during kinesthetic illusory movements of the upper and lower extremities. European Journal of Neuroscience 25: 3476-3487. Hagura N, Takei T, Hirose S, Aramaki Y, Matsumura M, Sadato N and Naito E (2007) Activity in posterior parietal cortex mediates the visual dominance over kinesthesia. Journal of Neuroscience 27: 7047-7053.
4.磁気共鳴画像装置による脳賦活検査を用いたヒトの情動と
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阪原晴海(浜松医科大学医学部)
定藤規弘(自然科学研究機構生理学研究所)
竹原康雄(浜松医科大学医学部)
村松克晃(浜松医科大学医学部)
【背景】現在臨床現場で使用されている造影剤は血管外漏出性の造影剤が主たるものであるが,血管内に滞留する造影剤を使用することにより,病変診断能が向上したり,得られる情報にバリエーションが期待できたりすることが考えられる。我々は血管内に一定時間停滞する性質を有する造影剤dendrimers DTPA-D1Glu (OH)(分子量1448.45D;以下デンドリマーと呼称)を使用して,従来の血管外漏出性造影剤であるGd-DTPAとの比較において,その有用性を様々な動物モデルで調査している。
【目的】本研究の目的は,昨年度に引き続き,組織特異性あるいは病変特異性をもった,磁気共鳴画像診断用の新しい造影剤の開発を行うことである。本年度は現在,通常の臨床機で使用される頻度の高いgradient-echo法をベースにした高速撮像法による動脈優位相においてもデンドリマーがGd-DTPAよりも有意に高い腫瘍検出率を有するかどうかを評価した。
【方法】F344ラットに100 ppmのdiethylnitrosamineを混和した蒸留水を給水して100-110日間通常飼育下で化学発癌(肝細胞癌)を誘導した2匹4結節を対象に,Gd-DTPA (0.1mol/kg) による造影T1強調画像(3DVIBE法)の連続撮影を2時間後まで行った。Gd-DTPAによる造影MRI終了後,5時間以上間隔をあけて,引き続き同様の撮像をデンドリマー(0.05mol/kg) を用いて施行した。撮影後肝臓を摘出し,連続切片を作製,H&E染色した。多血肝細胞癌結節の平均信号を計測し,背景肝の平均信号に対するsignal-intensity-ratio (SIR) を計算した。
【結果】デンドリマーでは動脈優位相を含む造影後2時間にわたるすべての時相でGd-DTPAと比較して明らかに高いSIRで肝細胞癌を濃染させ,しかもその濃染が持続する傾向があることが示された。図1は4結節についてのSIRの経時推移で,本造影剤(デンドリマー)がGd-DTPAに比してすべての時相で優れていることがわかる。
図1
尾崎紀夫(名古屋大学大学院医学系研究科 細胞情報医学専攻脳神経病態制御学講座精神医学分野)
【目的】向精神薬服用時の自動車運転の中止が勧告され,患者の就労や日常生活に制限をもたらしている。そこで,社会復帰を目指し,抗うつ薬服用中の患者を念頭に置き,健常被験者を用いて抗うつ薬が運転技能・認知機能に与える影響を検討した。
【対象と方法】被験者は日常的に運転を行う健常男性17名で,問診や精神科診断面接により身体・精神疾患を有さないことを確認した。被験者の平均年齢は35.8±3.3歳であった。被験者には,予め人格傾向(TCI)と抑うつ度(BDI),普段の就労状況 (JCQ),日中の眠気 (ESS),衝動傾向 (BIS11) を質問紙により確認した。
パロキセチン(PAR)10mg,アミトリプチリン (AMI) 25mg及びプラセボ(PCB)を用いた二重盲検,クロスオーバー試験法(Wash Out 期間は1週間以上)を行った。服用前,1時間後,4時間後で運転技能・認知機能・Stanford眠気尺度を評価し,試験終了後に副作用を確認した。運転課題はドライビングシュミレーターを用いた追従課題(車間距離の維持),車線維持課題(横方向の揺れ),飛び出し課題(ブレーキ反応時間)を行い,認知課題はContinuous Performance Test,Wisconsin Card Sorting Test,N-Back Testを行った。結果はFreidman検定を行い,5%未満を有意差とした。
なお,本研究は名古屋大学医学部倫理委員会の承認を得て,被験者全員から書面による同意を得て行われた。
【結果】追従・車線維持課題において服用4時間後のAMI群で有意な成績低下を認めた。4時間後の眠気はAMI群で有意に強く,PAR群はPCB群と有意差を認めなかった。また,4時間後のAMI群で持続的注意の有意な低下を認めた。
【結論】AMIにより追従・車線維持課題などの成績が低下したが,PARでは運転技能や認知機能に有意な影響を与えなかった。これらの結果から,社会復帰や日常生活を考慮した抗うつ薬の選択が重要であると考えられた。
【今後の方向性】運転作業のストレス起因性を調べるために血中物質測定を行う。また,向精神薬に対する反応性,ストレス起因性の個体差を明らかにするためにMRI画像を加味する。抗不安薬であるジアゼパム及びタンドスピロンを用い,さらに運転技能及び認知機能に与える影響を調査する。
伊丸岡 俊秀(金沢工業大学情報フロンティア学部)
顔は個体の識別だけでなく個体の感情状態を他者に伝達する,社会的動物にとってきわめて重要なコミュニケーションツールである。これまでの研究では顔の認識はモジュール化されており,個体を識別するための情報と感情状態を表す表情は別々に処理されていると考えられている。しかし生態学的には,個体にとって重要な他者については,『誰がどういう表情をしているのか』といった個体識別情報と感情情報が統合されている必要があると考えられる。本研究では個体情報と感情の統合に関わる神経活動を明らかにする。
実験では,まず被験者に対して2枚1対の顔写真からなる標準刺激を与え,その3秒後に顔写真1枚からなる比較刺激を与える。被験者の課題は比較刺激が標準刺激のうちの一枚と一致するかどうかを判断することである。ただし標準刺激は(1) 同一個体の異なる2つの表情(2) 異なる個体の同一表情(3) 異なる個体の異なる表情(4)比較刺激とは異なる性の個体で構成されており,被験者は課題に答えるために(1) 表情のみ,(2) 個体情報のみ,(3) 表情と個体情報が統合された情報,(4) 性別のみを記憶する必要がある。このような課題における標準刺激呈示から比較刺激呈示までの期間の脳活動をevent-related fMRIによって計測し,これまでのところ6名の被験者が参加した。
現在得ている結果では,刺激呈示に伴って腹側を中心とする視覚野全般と前運動野などに活動が見られているが,(1) から(4) の各条件間に顕著な違いは得られていない。
現在の課題では,被験者は標準刺激呈示後に記憶すべき情報を選択する必要があるため,それに伴う活動が結果の多くを占めている可能性がある。今後は課題選択の負荷を減らし,顔情報の統合,記憶にともなう神経活動を明らかにする必要がある。
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