生理学研究所年報 第29巻
 生体磁気計測装置共同利用実験報告 年報目次へ戻る生理研ホームページへ


1.誘発脳磁場のウェーブレット変換による時間周波数可視化に関する研究

川田昌武(徳島大学)

 本研究課題では,誘発脳磁場に対してウェーブレット変換(Wavelet Transform)を用いた時間周波数成分可視化を行い,その発現機序について新たな知見ことを目的としている。

 これまでに,ウェーブレット変換を用いたヒト脳波(運動関連脳電位)の時間周波数可視化を独自に進めた結果,本手法が脳波の発現機序を解明する上で有効である可能性を示している。

 本年度はウェーブレット変換の計算時間を短縮するために(従来はGabor関数を検討していた),高速離散ウェーブレット変換(Fast Discrete Wavelet Transform)のプログラムを作成し,本課題への準備とした。また,本研究課題では位置特定も重要となることから,Minimum Norm Solutionによる位置推定法の検討を進めた。

 さらに,誘発脳磁場計測のための実験準備として,提示方法,データ取得時の各種パラメータについての検討を行った。

 上記の被験者実験は次年度に持ち越すことなった。本実験による解析結果は次年度に報告する予定である。

 

2.ウィリアムズ症候群およびその他の発達障害を持つ患者の認知機能研究

中村みほ(愛知県心身障害者コロニー 発達障害研究所)
渡辺昌子(自然科学研究機構 生理学研究所)
平井真洋(自然科学研究機構 生理学研究所)
三木研作(自然科学研究機構 生理学研究所)
本多結城子(自然科学研究機構 生理学研究所)
柿木隆介(自然科学研究機構 生理学研究所)

【背景と目的】ウィリアムズ症候群(以下WS)の視覚認知機能に関しては,視覚認知の背側経路の障害による視空間認知障害が特徴とされる。一方,腹側経路の機能の一つである顔認知は比較的保たれているとされるが,倒立顔に対する反応は特異であるとする報告もみられ,我々も脳磁図において倒立効果を認めない13歳のWS患児例を報告した (Pediatr Neurol. 2006)。さらに昨年度は,より多くのWS患者において,顔認知の倒立効果の有無,およびその結果が同年齢のコントロール群と異なるか否かについて,脳磁図ならびに事象関連電位 (ERP)を用いて検討し,定型発達コントロール群と神経生理学的反応において有意な差を認めず,倒立効果を示す例があることを確認した。さらに,倒立効果を認める例やコントロールと有意な差を示さない例においてはそれ以外の例に比べ3次元図形の模写課題が良好である特徴を認めた。すなわち倒立効果の出現と視覚認知背側経路の機能の発達とが関連する可能性が示唆された。

 今年度は上記の所見が,同様の視空間認知障害を示す他疾患においても認められるか否かを検討した。

【方法】14歳,16歳,16歳の3名の22q11.2欠失症候群(DGS)女性患者を対象に,WSと同様の,臨床医学的観察,心理学的手法(K-ABC,顔認知課題,各種模写課題)を用い,特に視空間認知機能と顔認知機能について検討した。また,WSと同様のERP検査を行い,正立顔,倒立顔,にたいする反応潜時並びに振幅を健常同年齢者データと比較し,倒立効果出現にかかわる神経生理学的所見と上記臨床所見との関連を検討した。

【結果と考案】K-ABCの認知処理過程において,経次処理に比して,同時処理過程がより不得手である傾向を認めた。また,WSで認めたのと同様の視空間認知処理のつまずきを示す例があった。顔認知課題においては,WSとの比較においてより苦手である傾向を認めた。ERP検査においては一名の16歳女性DGS患者で定型発達者と同様の倒立効果を認めた。その他の2名については明確な顔認知特異成分の検出にいたらなかった。倒立効果を認めた患者は年長でありかつ,図形模写課題で3次元図形の模写が可能であった例であった。視覚認知背側経路の機能の発達と倒立効果の出現とが関連するという可能性に対し,更なる証拠を示す結果となった。

 

3.ヒトにおける感覚入力と運動出力処理に関する大脳皮質活動の脳磁場計測

中田大貴,野口泰基,寶珠山稔(名古屋大学医学部保健学科)

 ミリ秒単位の時間分解能を有する脳磁図を用いた研究では,痛覚処理過程の時間経過を明らかにする試みがなされている。これまでの研究では,痛覚刺激後約170ミリ秒後に,一次体性感覚野と二次体性感覚野が並列処理されているという報告や,一次体性感覚野ではなく,後頭頂葉と二次体性感覚野とが並列処理されているという報告がされており,未だその一致をみていない。これらの研究の問題点は,ほとんどの報告が手を刺激した際の脳磁場反応だけを計測していることである。解剖学的に手の一次体性感覚野と後頭頂葉の位置は非常に隣接していることから,手を刺激した際に一次体性感覚野と後頭頂葉の活動を分離することは非常に困難であると考えられる。

 我々は,これらの活動部位を分離するため,痛覚刺激を大腿部に与えた際の脳磁場を測定した。大腿部の一次体性感覚野は,手の一次体性感覚と大きく異なり,脳の内側面に位置しており,後頭頂葉の活動と分離できると想定された。

 実験の結果,刺激対側の一次体性感覚野,二次体性感覚野,刺激同側の二次体性感覚野,刺激対側の後頭頂葉の活動が記録され,等価電流双極子の平均ピーク潜時は,痛覚刺激後それぞれ152,170,181,183ミリ秒であることがわかった。後頭頂葉の活動部位は,下頭頂小葉であり,ブロードマン40野に相当した。

 本実験の結果は,一次体性感覚野と二次体性感覚野の並列処理に関する報告や,後頭頂葉と二次体性感覚野の処理に関する報告のどちらとも否定するものではなかった。つまり,一次体性感覚野と後頭頂葉は,同様の時間帯で活動を示しており,手を刺激した際には一次体性感覚野と後頭頂葉の活動に関する等価電流双極子を分離することが困難であった,ということを示した。各被験者の等価電流双極子の位置は,その被験者の電流双極子の強さがどちらの方が大きいか,一次体性感覚野の方が大きいか,後頭頂葉の方が大きいか,ということによって変動すると考えられた。本実験は,脳磁図を用いることにより,痛覚処理過程に関する活動部位の時間経過を明らかにした。

 Nakata H, Tamura Y, Sakamoto K, Akatsuka K, Hirai M, Inui K, Hoshiyama M, Saitoh Y, Yamamoto T, Katayama Y, Kakigi R. Neuroimage. 2008 (in press)

 

4.脳磁図を用いた発話時のヒト脳機能の研究

軍司敦子,大藤文加,稲垣真澄(国立精神・神経センター精神保健研究所)
岡本秀彦(ミュンスタ大学,ドイツ)
柿木隆介(統合生理研究系)

 発話中の聴性反応の特異性について解明するため,聴覚フィードバックの変化と脳磁場反応について検討した。

 健常成人を対象に,母音/ə/をおよそ5秒間,持続発声してもらい,発声開始後1-2秒後に,聴覚フィードバックされる発話音声の位相を反転する発声実験をおこなった。聴取実験では,発声実験で録音された声を両耳に提示した。

 音が聞こえてからおよそ100ms後に頂点を示す聴覚連合野由来のN1m成分は,録音された声を聞いているときよりも,発話中の方が有意に減衰した。一方で,持続発声の途中で聴覚フィードバックが変化した時点から,およそ120ms後にもN1m様成分が出現したが,その振幅に発声実験と聴取実験間で有意差はなかった。

 発話の際には,音声情報のモニタリング機能は通常,最小限に抑えられると考えられているものの,音の聞こえ方が普段とは異なる環境では瞬時に構音がくずれて円滑な発話の妨げとなるなど,聴性のモニタリング機能の鋭敏さも多数,報告されている。本研究で得られた発話開始直後のN1m成分は,発話時の聴覚抑制を反映したと解釈できる。また,聴覚フィードバックの変化に対するN1m成分の結果から,フォーワード情報と照合するために必要なフィードバックに対する聴性反応は,外界の音を聴取する際と同様に賦活されることが確認された。本研究の結果は,発話時に生成された声の認知や固有感覚から,自分の発話内容や構音を絶えず照合するプロセスを示唆しており,これらの機能が,発話時の発声・構音器官の適切な運動調節に寄与すると考えられる。

 

5.非侵襲統合脳機能計測技術を用いた高次視覚処理の研究

岩木直(独立行政法人産業技術総合研究所)
須谷康一(独立行政法人産業技術総合研究所)

 網膜における視覚刺激の「動き」に基づいて対象の物体を知覚する場合,低次視覚野から頭頂部へ至る背側視覚経路と側頭部へ至る腹側視覚経路の両方が寄与していると考えられる。本研究は,高次視覚情報処理にかかわる複数の脳領域間における神経活動の相互作用を,MEGとfMRIの両方を用いて得られる高精度な脳神経活動可視化技術を用いて,定量的に評価することを目的としている。

 このための第一段階として,視覚刺激の動きから物体が知覚される,fMRI実験用の視覚刺激を作成するとともに,対応するMEGとfMRI実験データを統合的に解析する技術の開発を進めた。具体的には,申請者がこれまでの研究で開発してきたMEGデータを用いた脳内活動分布可視化アルゴリズムをベースに,fMRI計測データから得られる脳内活動の空間分布を先見情報として用いる統合データ解析モデルを作成した。すなわち,fMRIで得られる活動マップを,MEGデータからの脳内神経電流分布推定問題に対する先見情報として組み込むことにより,電気生理学的計測と血液動力学的計測で得られる脳活動データを統合的に扱うことのできるモデルを開発した。

 上記のMEG/fMRIデータ解析技術を用いて,視覚刺激の動きに基づく対象知覚にともなうMEG/fMRIデータ(平成21年度計測予定)の解析を行い,その脳活動ダイナミクスの高精度な可視化を図る。

 

6.異言語話者による音声の脳内処理過程に関する検討

大岩昌子(名古屋外国語大学)

 音声言語の知覚,認知について異言語話者間での比較検討をすることで,言語が保持する音声的特質が母語話者の脳内処理過程に及ぼす影響を脳磁図(MEG)により生理学的に検証した。指標としてミスマッチフィールド (MMF)という,1秒前後の短い間隔で繰り返し提示される同一の音(標準刺激)の中に,それとは異なる音響的特性を持つ逸脱刺激がまれに挿入された場合に,逸脱刺激に対して特異的に出現する誘発脳磁場成分を用いた。音声言語の受容過程について,各母語話者(日本語,英語,フランス語)を対象に,母語,あるいは母語以外の音節構造を持つ非言語の音刺激に対する聴覚誘発脳磁場(Auditory Evoked magnetic Field:AEF)を検討してきた。中でも日本語に特殊モーラとして存在する長音に注目し,母語に長音を持たないフランス語話者と日本語話者における聴覚野の活動パターンに対する母語の影響を検討,日本語話者,フランス語話者ともに,長音を含む語音が逸脱刺激の際のMMNm,単音を含む語音が逸脱刺激の際のMMNmが左右大脳半球の側頭部に認められた。しかし,検出されたMMNmは日本語話者,フランス語話者において差が認められ,母語に弁別的な長母音を持つか持たないかで聴覚野の反応が異なることが明らかになっている。

 外国語習得において,目標言語のプロソディ面,所謂,イントネーション,アクセント,それが関わるリズムの習得が重要視されるが,現在は学習者が置くポーズの性質を音響分析的手法により母語話者と比較検討を行う。プロソディ面は学習者により実行される時間制御の問題が大きいが,それが最も顕著に現れるのがポーズの時間長,あるいはその置き方と推測され得るからである。

 また2006年度にはフランス語言語音の一部の周波数を変化させ,聴覚刺激音として聴取させた場合,日本語話者における発音にも変化がもたらせるか検討し,その結果,短期間においても聴取する音声によっては外国語音を正確に発音できるようになる可能性が示唆されたが,現在はこの聴覚刺激音を初等教育の英語音声教育に利用する試みを初めている。この試みが従来の音声教育に対して独創的と言える点は次の2点である。まず,従来の外国語教育では,小学校から大学まで,各区分ごとで切り離された教育がなされているが,本研究は小学校から大学までを見通した英語音声教育を確立すべく,まず小学校で聴覚的準備教育をすることがその後の言語習得に如何に効果をもたらすかを検討することを大きな目的とする。ここから持続可能な音声教育法を探り,さらには小学校〜大学での外国語音声教育の全体像を模索する端緒をつかむことのできる可能性が高い。

 今一つは,同方法を用いることによる心理的作用である。同方法を高校,大学におけるプログラムに取り込むことにより,学習意欲の面においても著しい効果を上げている。アンケート調査から同トレーニングが受講学生から概ね好評であることもわかった。特記すべきなのは外国語教育における効率的な教授法として実質的に機能するだけでなく,学習者が学習に興味,意欲を持ちながら取り組むことを可能にする副次的効果をもたらす方法としても,「授業の活性化」という視点から,外国語教育の改善に向けた先端的な役割を果たしうると具体的な音声教育の方法として提案できると考えられる。

 

7.前頭葉シータ波活動と脳高次機能

佐々木和夫(自然科学研究機構)
南部篤,逵本徹

 ヒトが課題に集中する際,前頭葉を中心にシータ波領域の脳波活動が観察されるが,その機能や発生機序などの詳細は不明である。ヒトが時間の持続感覚や意識集中などの作業課題を行う際の脳磁場を解析し,シータ波の発生要因の検討と発生源推定を行った。その結果,シータ波活動が脳磁場計測でも認められ,主観的な集中の度合いとシータ波の発生はよく一致した。またその発生源は前頭葉背外側部および内側部に推定された。

 一方,サルの大脳皮質から電場電位を直接記録するという方法を用いると,「注意集中」に関連すると考えられるシータ波活動が前頭前野9野と前帯状野吻側端32野に限局して観察された。これらの結果は,前頭葉のシータ波活動が,ヒトやサルの或る種の脳高次機能に関係しており,限局した領野が発生源であることを示唆している。今後,未解明である「意識」と前頭葉シータ波の関連を探っていきたい。

 


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