生理学研究所年報 第30巻
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行動・代謝分子解析センター

遺伝子改変動物作製室

【概要】

 脳が機能を発揮するということは,個体の行動・精神活動に直結する。それ故,脳機能を研究する際には個体レベルでの解析が必須となる。特に,分子生物学的技術と発生工学的技術を駆使して作製する遺伝子改変動物を利用することは非常に有益な解析手段といえる。マウスにおいてジーンターゲッティング法は確立しているが,脳研究分野で古くから汎用されてきたラットにおいては,この技術はいまだ未開発であり,非常に切望されている。遺伝子改変動物作製室では遺伝子改変動物(マウス,ラット)の作製技術を提供しつつ,遺伝子ターゲッティングによるノックアウトラットの作製,さらには,作製した遺伝子改変動物の脳研究への積極的応用を目指している。これまでにES細胞や精原細胞の株樹立を試みるとともに,核移植や顕微授精など,ラットにおける発生工学的技術の高度化に加えて,遺伝子改変動物を利用した高次脳の発達形成メカニズムの解明に取り組んできた。研究課題のうち下記の3題について具体的に示す。ラットの発生工学技術の高度化に向け,(1)遺伝子導入法の違いによるTg作製効率の比較,(2)円形精子細胞を授精させるための活性化処理法の最適化を検討した。さらに,遺伝子改変マウスの脳研究への応用を目指して,(3)大脳皮質第一次視覚野上に存在する遠近感の認知に必須の機能ユニット“眼優位カラム”の可塑的形成メカニズムの解明研究を進めた。

 

トランスジェニックラットの作製効率における前核注入法と顕微授精法の比較

加藤めぐみ,平林真澄

 実験小動物ゲノムへの外来遺伝子導入に汎用されているのは前核期受精卵への顕微注入法(PNMI)だが,精子に外来遺伝子を付着させてから顕微授精(ICSI) する方法でもトランスジェニック(Tg) 動物が作製できる (ICSI-Tg法)。本研究では用いた外来遺伝子の種類と調製ロット,ラット系統,ならびに顕微操作技術者が同じ実験条件下でPNMI-Tg法とICSI-Tg法の直接比較がなされた3つのケースを検討し,どちらの方法がTgラットの作製にとって有効かを明らかにしようとした。PNMI-Tg法では,前核期卵に5 ng/ml濃度の外来遺伝子溶液を顕微注入し,ICSI-Tg法では,未受精卵に0.1~0.5 ng/ml濃度の外来遺伝子溶液に室温で1分間曝した精巣上体尾部精子を顕微注入した。その結果,ホスト系統がSDRの場合,PNMI-Tg法でのTg産仔/総注入卵(=Tg作製効率)は,ICSI-Tg法に比べ低値だった。DLF1がホスト系統の場合,PNMI-Tg法よりICSI-Tg法の作製効率が高くなる傾向が認められたが,Wistar系統に導入した場合はPNMI-Tg法でしかTgラットが取れなかった。以上のことから,Tgラットの作製効率に基づいては2つの方法に優劣はつけられなかった。

 

ラットROSIにおいて新鮮精子細胞と凍結精子細胞のどちらを用いるかで
卵活性化処理の適期が異なる

加藤めぐみ,平林真澄

 凍結保存したラット円形精子細胞の顕微授精による産仔作製を報告してきたが,精巣から調製したばかりの新鮮精子細胞を用いると産仔率は顕著に低かった。一般的なROSIプロトコールでは,活性化処理により第二減数分裂後期~終期に進めた排卵卵子に円形精子細胞を顕微注入する。本研究では円形精子細胞(凍結vs新鮮),活性化処理開始のタイミング(ROSI前vs ROSI後),そして活性化方法(DCパルスvsイオノマイシン)がラットROSIに及ぼす影響を調べた。その結果,DCパルスで活性化誘起した場合,凍結精子細胞を用いるときはROSI前に,新鮮精子細胞を用いるときはROSI後に,活性化処理を開始した方が高い産仔率が得られた。これと同じ傾向はイオノマイシンで活性化誘起した場合にも認められた。以上のことから,ラットROSI胚の産仔発生において新鮮精子細胞を用いる場合はROSI後に,凍結精子細胞の場合はROSI前に活性化することが望ましいと結論づけた。

 

大脳皮質第一次視覚野上に存在する遠近感の認知に必須の機能ユニット
“眼優位カラム”の可塑的形成メカニズムの解明に向けて

冨田江一,三宝 誠,山内奈央子,平林真澄

 大脳皮質第一次視覚野には,視覚の認知に必須と考えられている機能ユニットが多数存在する。中でも,遠近感の認知に重要と考えられる眼優位カラムは,発生研究および可塑性研究の一番の対象である。第一次視覚野において,同側眼から視覚入力をうける神経細胞群と反対側眼から入力を受ける神経細胞群それぞれは,別々にクラスターを形成している。さらに,これら同側眼クラスターと反対側眼クラスターは交互にパッチ上に並びカラム状構造をとっているため,各々同側・反対側眼優位カラムと呼ばれている。同側・反対側眼優位カラムは,出生前後の発生期,互いに混ざり合い各々見分けがつかない状態だが,発達期になると,外部からの視覚入力に促されて互いに分離を始め,成人期には同側・反対側が完全に分かれたカラム構造となる。しかしながら,この過程における詳細な分子メカニズムは明らかにされていない。当教室では,発生期から発達期にかけて,同側眼優位カラムに特異的に発現している因子群の単離に成功した。この中の1因子の遺伝子シークエンスを解析したところ,この因子は様々な制御因子の活性化と集積化をコントロールするシャペロン因子の1つであることが分かった。さらに,このシャペロンはalternative splicingにより少なくとも長さの違う2種類のフォームが存在すると予想されたので,現在これの真偽を解析中である。今後は,この2種類のフォームのうちいずれが同側眼優位カラムに特異的に発現しているか検討し,より特異的なフォームの個体レベルでの機能解析を行いたい。最終的に,発生期から発達期における,同側・反対側眼優位カラムの分離を促す分子メカニズムが明らかに出来ると期待している。

 



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