生理学研究所年報 第31巻
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1.比較ゲノムにもとづく哺乳類神経系機能素子の解析

岡村康司,藤原祐一郎(大阪大学大学院医学系研究科・生命機能研究科)
髙橋國太郎(東京大学名誉教授)
田中資子(鈴鹿医療科学大学薬学部)
西野敦雄(大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻)
岡戸晴生(財団法人東京都医学研究機構,
東京都神経科学総合研究所,分子神経生理研究部門)
吉田 学(東京大学大学院理学系研究科,三崎臨海実験所)
吉村 崇,中根右介(名古屋大学大学院生命農学研究科応用分子生命科学専攻)
久保義弘,中條浩一(生理学研究所神経機能素子研究部門)

 本研究では,イオンチャネルや受容体などの神経機能素子の機能発揮のメカニズムに対し,種間における機能的差異と一次構造の差異を切り口としてアプローチしている。今年度は,下記のように,膜電位依存性K+チャネルKCNQを対象として,尾索動物ホヤと哺乳類の間で比較解析を行い,また,ウズラの新規脳内光受容体の機能解析を行った。

1. 電位依存性カリウムチャネルKCNQ1は,心筋では,副サブユニットKCNE1と複合体を構成し緩除な活性化を示す電流を担い,腸管などでは,KCNE3と複合体を構成し,常時開状態のチャネルを構成する。岡村グループの単離したホヤのKCNQ1ホモログであるCi-KCNQ1は,KCNEサブユニットによって修飾を受けないという際だった特徴を有する。そこで,本共同研究では,Ci-KCNQ1のこの性質の分子基盤を明らかにすることを目的として,Ci-KCNQ1とほ乳類のKCNQ1の性質の違いに基づき,キメラや変異体の作成と解析を行った。その結果,KCNE1による機能修飾とKCNE3の機能修飾に重要なKCNQ1の分子基盤はそれぞれS5-S6領域とS1領域に存在しており,この領域内の違いが上述のCi-KCNQ1の性質を決定していることが明らかになった。

2. 鳥類等の,ほ乳類以外の脊椎動物が頭の中で光を感じていることが古くから知られてきたが,その分子基盤は謎に包まれてきた。吉村グループでは,ウズラの脳深部に発現する,オプシンファミリーに属すると考えられる新規視物質候補分子「オプシン5」を単離した。本共同研究では「オプシン5」が視物質であるか,すなわち,光刺激によりG蛋白質応答を引き起こすかについて,機能解析を行った。まず,ウズラオプシン5 cDNAをツメガエル卵母細胞用ベクターpGEMHEに組み込み,in vitroで作成したcRNAを卵母細胞に注入してオプシン5を発現させて機能解析を行った。その結果,光刺激により,Gq応答すなわち細胞内Ca2+濃度上昇によるCa2+-Cl-チャネルの活性化が起こること,応答の大きさが光強度に依存することが確認された。さらに,最も有効な刺激になる波長を明らかにするため,波長-応答関係について解析を進めている。

 

2.G蛋白質共役応答の調節に関する分子生物学的研究

齊藤 修,清原啓史,黒木麻湖(長浜バイオサイエンス大学バイオサイエンス学部)
久保義弘(生理学研究所)

 GaGAPであるRGS8は,種々の機構で特定の受容体系を選択して作用することが分かってきた。即ち,RGS8はGaiに高親和性であるが,ムスカリンM1-Gq受容体に対して直接結合して特異的にそのシグナルを制御すること,さらにRGS8結合性と受容体結合性を併せ持つspinophilin(SPL)が共存するとM1とM3両方のGq受容体に対して作用を示すことが判明してきた。一方,M2-Gi受容体も,SPLに結合する。それでは,SPL非存在下でも効率的であるM2系へのRGS8の作用は,SPLの存在でどう変化するのだろうか,本研究ではまずこの点を検討した。ツメガエル卵母細胞にGiにより直接活性化されるGIRKチャネルを発現させ解析した結果,これまでの知見通りRGS8単独でM2由来のG蛋白応答が顕著に加速されたが,一方RGS8とSPLを共発現させても有意な機能上昇は検出されなかった。おそらくGi受容体系に対しては,RGS8はGi高親和性である為,SPLによるリクルートは必要ないと考えられ,RGSに制御される受容体系はRGSのG蛋白・受容体選択性とSPLの受容体選択性両方により決定されることが示された。

 また,さらに消化器官に存在する味覚センサー系の解析も進めた。我々はこれまでに胃や腸などの消化器官には,食物成分を感知する舌の味覚に似たセンシングの仕組みがあるものと考え,小腸由来の培養細胞STC-1を用いて解析を行ってきた。そして,舌で感じる5基本味すべてに小腸細胞STC-1は反応し,顕著に細胞内のCa2+上昇が起こることを発見した。そこで,本年度は旨味センシングに寄与する主な分子は何か,また舌の感覚と同様に5基本味以外の辛味や渋味の感知能力が存在するか,主にCa2+イメージング法で解析した。旨味センサーについては,味細胞で働くT1R1/T1R3二量体は存在せず,T1R3のみが存在すること,代謝型グルタミン酸受容体mGluR4が存在するがその特異アゴニストはCa2+上昇を引き起こせないことが判明した。そして,この細胞で主にグルタミン酸応答を引き起こしているのは,NMDA受容体であり,NR1, NR2D, NR3Aの各サブユニットが存在した。また,この小腸細胞は,渋味物資の茶カテキン類に反応し,細胞内Ca2+を上昇させることが判明した。今後は,このセンサーの実体を明らかにしていきたい。

 

3.イオンチャネル・受容体の動的構造機能連関

柳(石原)圭子,市島久仁彦(佐賀大学医学部)
久保義弘(生理学研究所)

 内向き整流性Kチャネルの示す重要な性質の分子機能を解明する目的で我々は今年度以下の実験を行った。

1) 内向き整流性Kチャネルのイオン透過孔は膜貫通領域と細胞質内に飛び出た細胞質領域から成る長い孔であり,これまで細胞質領域ポアの役割について様々な検討がなされてきたが,未だ十分に解明されていない。一方,内向き整流性KチャネルのKイオン透過性が細胞外Kイオン濃度依存性に増加する性質は本チャネルの機能上重要な性質であるが,その分子メカニズムも未解明である。そこでKir2.1チャネルのポア形成サブユニットのN末端またはC末端(いずれも細胞質領域)にCFPまたはYFPを1つ結合させる遺伝子コンストラクトやN末とC末の両側にCFPとYFPのいずれかをペアで結合させる遺伝子コンストラクトを培養細胞に発現させ,Acceptor Bleaching法によりFRETが起きているかどうかを確認し,さらに細胞外Kイオン濃度をゼロに変化させた際に細胞質領域における構造変化を示唆するFRETの変化が起きるかどうかについて検討を行った。その結果,すべての組み合わせでFRETが確認されたが,構造変化を示唆するFRETの変化は確認されなかった。しかし本実験系を用いてKir2.1チャネル機能と細胞質領域ポアの構造変化との動的関係について今後検討を行うことが可能であると考えられた。

2) Kir2サブファミリーのメンバーのうち細胞外pH依存性を示すKir2.3の生理機能はよく分かっていない。そこでKir2.1とKir2.3のヘテロチャネルの機能や細胞内局在について検討を行うために種々の遺伝子変異体の作製を行った。

 

4.脱髄後のミエリン再生過程におけるミクログリアの解析

馬場広子,山口宜秀,石橋智子,大谷嘉典(東京薬科大学薬学部)
山崎良彦(山形大学医学部)
Hae Ung Lee(名古屋市立大学医学部)

 ミエリンの形成や再生の調節機序は未だ不明な点が多い。我々はこれまでに,中枢神経系のミエリン形成時期に一致して一時的に白質のミクログリアが活性化し,特異的な遺伝子発現をすることを見出している。また,生理学研究所池中一裕教授が所有するPLPトランスジェニックマウスのヘテロ接合体を用いた研究から,ミエリン形成時に活性化するミクログリアに特異的に発現する遺伝子(ホスフォリパーゼD4; PLD4)は,脱髄モデルマウスのミエリン再生時にも発現増加することがわかった。培養ミクログリア細胞株の解析結果から,PLD4はLPS刺激後に核内で増加し,さらに活性化して貪食を開始すると食胞に集積することやSiRNAを用いた発現抑制実験結果からPLD4が貪食に関わることが示唆された。

 そこで,ミクログリアにおけるPLD4の機能の詳細を明らかにするために,培養ミクログリアを用いて貪食のどの時期に関係するかを調べた。PLD1やPLD2はマクロファージの貪食に関与するとの報告があるため,これらとの関係を抗体染色で確認した。その結果,PLD4はPLD1やトランスフェリンと同じ食胞に局在することがわかった。生体における働きを明らかにするために,PLD4遺伝子のコンディショナルノックアウト動物作製のためのコンストラクトを作製した。

 以上の結果から,生後の発達期や脱髄時に活性化したミクログリアが,増加したPLD4などの働きによって死んだオリゴデンドロサイトを処理し,髄鞘形成を促すのに関与する可能性が考えられた。今後ノックアウト動物を作製し,解析する予定である。

 

5.グリア細胞の発生・再生過程の解析と,
その脳高次機能における役割の探索

竹林浩秀1,小野勝彦2,鹿川哲史3,渡辺啓介1
和中明生4,辰巳晃子4,清水健史5,仲嶋一範6,関野祐子7
1熊本大学医学部,2京都府立医科大学医学部,3東京医科歯科大学,
4奈良県立医科大学,5理化学研究所,6慶應義塾大学医学部,7東京大学医学部)

 本年度は,クプリゾン誘発急性脱随マウスモデルにおいてOlig2陽性細胞がどの細胞腫に分化するかについて,Olig2-CreERノックインマウスとCreレポーターマウスのダブルへテロマウスを用いて検討した。その結果,脱髄誘発後Olig2陽性細胞は,効率よくオリゴデンドロサイトに分化することが判明した。この結果は,以前報告した凍結損傷脳におけるOlig2陽性細胞のアストロサイトへの分化の知見と考え合わせると興味深い結果である。すなわち,病態に応じて,Olig2陽性前駆細胞がオリゴデンドロサイト,アストロサイトへ分化する可能性を示唆している。さらに,英文総説をまとめ,これまで我々が行ってきた胎児期および成体期のOlig2陽性細胞の細胞系譜追跡実験の研究結果と今後の方向性についての考察を行った。

 アストロサイトの発生領域と機能的多様性の関連を明らかにするために,アストロサイト特異的遺伝子の遺伝子座にマーカー遺伝子をノックインしたマウスを作製し,研究を進めている。

 また,中枢神経系の伝導速度を計測する新たな技術を用いて,脱髄モデルマウスであるPLP過剰発現マウスの伝導速度を計測した。すると,脱髄が顕著になる前の2ヶ月齢の若いPLP過剰発現マウスも,測定したすべての中枢伝導路において伝導速度の低下を観察した。また,行動解析実験により,この時期のマウスは統合失調様の行動を示すことが明らかとなり,オリゴデンドロサイトの異常と統合失調様症状の関連を示唆する結果が得られた。

発表論文
1. Islam MS, Tatsumi K, Okuda H, Shiosaka S, Wanaka A (2009) Olig2-expressing progenitor cells preferentially differentiate into oligodendrocytes in cuprizone-induced demyelinated lesions. Neurochem Int, 54:192-198.
2. Ono K, Takebayashi H, Ikenaka K (2009) Olig2 transcription factor in the developing and injured forebrain: cell lineage and development. Mol Cells, 27:397-401.
3. Tanaka H, Ma J, Tanaka KF, Takao K, Komada M, Tanda K, Suzuki A, Ishibashi T, Baba H, Isa T, Shigemoto R, Ono K, Miyakawa T, Ikenaka K (2009) Mice with altered myelin proteolipid proteingene expression display cognitive deficits accompanied by abnormal neuron-glia interactions and decreased conduction velocities. J Neurosci, 29:8363-8371.

 

6.脳・神経系発生分化過程において時空間特異的な発現をする
糖鎖解析と医療への応用

辻 崇一1,出口章弘2,高木淑江1,松本卓巳1,藤森一朗3,正木 勉2
1東海大学糖鎖科学研究所,2香川大学医学部,3株式会社高研)

【はじめに】糖鎖は主に糖タンパク質や脂質などに結合し細胞表層に局在し,細胞間相互作用をはじめとして様々な役割を演じている。神経系の発生分化過程や病変に伴い,これら糖鎖の組成はダイナミックに変動することを示す状況証拠は多いが,その実態をまだ把握できていないのが現状である。そこで,糖鎖分析と糖鎖関連遺伝子群の発現解析を通じて発生分化過程の糖鎖変化を網羅的に把握すること,さらにこれらの痴漢を基に,様々な病気と糖鎖変化の関連を解析することも主たる目的とする。神経系の発生分化過程に参画する糖鎖関連遺伝子は少なくとも200前後はあると考えられるが,本共同研究ではまず手始めとしてシアル酸転移酵素ファミリーに焦点を絞って解析をする。それは,糖鎖の中でも非還元末端にシアル酸を持つ糖鎖が神経系機能や発生分化過程で様々な役割・機能を発現していると考えられているからである。同酵素ファミリーは少なくとも20種のメンバーからなるが,中には神経系発生分化過程で時空間特異的な発現をするものがあることが明らかになっている。その実態を詳細に把握するために,個々の遺伝子が何時何処で発現し,あるいはシャットダウンするのかをまず明らかにし,本研究の基盤整備を進める。

【研究結果・考察】マウスC57BL6の神経系発生分化過程で発現時期が限定されていることが明らかになったシアル酸転移酵素メンバーについて,発現部位の特定を開始した。発現量の多いものに関してはin situ hybridizationを主に用いた条件,また,少ないものに関してはin situ PCR系を用いた条件を確立した。今年度は基礎的なデータ収集でほぼ終わったが,ST6Gal-familyについて新しい知見が得られた。このファミリーは2種のメンバーで構成され,基質特異性など極めて良く似ているが,発現様式が全く異なっている。ST6Gal-IはE-12から成獣に至るまで発現量は低いものの,ほぼ全時期,全部位にユビキタスにmRNAの発現が見られるが,ST6Gal-IIはP-1以降,極めて限られた領域3か所にのみ発現していることが明らかになった。また,これら3領域で実際に当該酵素が合成に関与している糖鎖ならびに複合糖質の検索を開始した。さらに,他のファミリー構成メンバーについても発現解析を開始した。当該研究課題において本研究を推進する上での基本的な問題は克服したので,これらを足ががりとして,今後この研究がさらに発展することが十分に期待できる。

 

7.海馬初代培養系を用いた学習期の神経可塑性における
type-IIカドヘリン分子の機能を探る研究

松永英治(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
深田優子,深田正紀(自然科学研究機構 生理学研究所)

 歌鳥は,幼鳥期に親鳥を真似て歌を習得することから,優れたヒトの言語学習モデルとされる。これまでに,鳥の発声を制御する神経核において,歌の学習に伴って,発現するtype-IIカドヘリン分子のサブタイプが変化していくこと,レンチウイルスベクターを用いた強制発現実験と音声解析により,カドヘリンの発現変化が,鳥の歌学習期の可塑性をコントロールしていることを行動レベルで明らかにしてきた。本研究では,実験手法の確立されたラットの海馬初代培養系の利点を生かし,発現するカドヘリン分子のサブタイプの違いが学習期の可塑性に与える影響について,細胞レベルで探ることを目的とした。

 胎生19日のラット胚の脳組織から,海馬由来の神経細胞の初代培養実験を行い,培養条件下で,樹状突起,軸索ともに正常に神経細胞が発達することを確認した。ついで,培養開始7日目に,GFPを融合したcadherin-6,-7(Cad6, 7)の発現ベクターをリポフェクション法により導入し,GFPの蛍光を指標として,発現させたカドヘリン融合タンパクが,神経細胞の細胞体だけでなく,樹状突起や軸索に輸送されることを確認した。

 さらに,発現ベクターを導入した培養3週間後の海馬由来の神経細胞を用いて,GFPの蛍光を指標として,whole-cellパッチクランプ法により,それぞれcadherinを発現させた細胞から,興奮性微小シナプス後電流(mEPSC)と,抑制性微小シナプス後電流(mIPSC)の記録を行った。その結果,Cad6を発現させた細胞とCad7を発現させた細胞では,mEPSCおよびmIPSCの平均振幅には大きな違いは見られないが,Cad6を発現させた細胞では,Cad7を発現させた細胞と比べ,発生頻度が高くなるとの予備的なデータを得た。鳥の歌の学習期においても,発現するcadherinのサブタイプの違いが,シナプス部位数あるいは,シナプス前細胞における伝達物質放出確率など電気的な活動に違いをつくることにより,学習可塑性をコントロールしているのではないかと考え,現在,さらなる詳細な電気生理学的,形態学的解析を進めているところである。

 またこの実験と平行して,極めて再現性の良いラット海馬の初代培養法を応用して,幼鳥の脳からも,ラットの海馬と同様に,神経細胞の分散培養が可能かどうか,引き続き条件検討を行っている。

 

8.ニューロン樹状突起の維持・管理を担う分子基盤の解明

榎本和生(国立遺伝学研究所・新分野創造センター・神経形態研究室)
深田優子,深田正紀(自然科学研究機構 生理学研究所)

 私どもはショウジョウバエ感覚ニューロンをモデルとしてニューロン樹状突起形成を規定する分子機構の網羅的同定を行っている。これまでに,ショウジョウバエの遺伝学的手法により樹状突起の受容領域の維持・管理に中心的役割を果たしている遺伝子としてNdrキナーゼを世界に先駆けて同定した(Emoto et al, Nature 2006, Cell 2004)。Ndrキナーゼは,脳神経系に強く発現するリン酸化酵素であるが,その制御機構や基質特性については殆ど情報が無い。本研究では,主として生化学的手法を用いて,Ndrキナーゼの上流,または下流に位置する分子群を同定し,シグナル伝達系の全容解明を目指す。昨年度は,樹状突起形成に重要な役割を果たすNdrキナーゼ複合体をショウジョウバエ脳より免疫沈降し,複数の共沈降分子をゲル内消化法と高感度質量分析法により同定することに成功した。今年度は,さらに網羅的にNdrキナーゼ複合体分子群を同定するために,様々な界面活性剤の条件検討を行い,最適な界面活性剤とその条件を見いだした。また,ゲル内消化法以外に電気泳動を行わずに精製産物を直接,トリプシン処理するin solution消化法により蛋白質複合体を同定することに成功した。今後,本研究で確立した手法をNdrキナーゼ以外の樹状突起形成因子にも応用していく予定である。これらの解析を基に,樹状突起の維持・管理を分子基盤の全容が解明されることが大いに期待される。

 

9.新規Cl-チャネルファミリーTMEM16の機能解析

酒井秀紀,清水貴浩(富山大学大学院医学薬学研究部)
佐藤かお理,岡田泰伸

 容積感受性Cl-チャネルは,これまでに細胞容積調節機構においてだけでなく,細胞増殖や細胞死といった生理学的に重要な機能においても役割を果たしていることが明らかとなってきているが,いまだその分子実体は解明されていない。最近,TMEM16Aと16Bが細胞内Ca2+濃度の増加により賦活化されるCl-チャネルを形成することが報告された。このTMEM16には10個のホモログが存在しており,一つの大きなCl-チャネルファミリーを形成していると推定されている。これまでにTMEM16Aと16B以外のチャネル機能は明らかではないことから,本研究では,これらTMEM16ホモログが容積感受性Cl-チャネルの分子実体である可能性について検討した。まずこれまでに容積感受性Cl-チャネルの機能的発現が明らかとなっている三種の培養細胞群(HEK293T, KB, HeLa)において,TMEM16ファミリーの遺伝的発現をRT-PCR法で検出した。その結果,TMEM16F,16Hおよび16Kがこれら三種の細胞群で共通に発現していることが明らかとなった。それ故にRNAi法を用いて,HeLa細胞のTMEM16Fおよび16Kをノックダウンし,容積感受性Cl-チャネル活性を測定したところ,これらTMEM16の遺伝的欠損は容積感受性Cl-チャネル活性に影響を与えなかった。一方,HEK293T細胞からTMEM16Fおよび16Kをクローニングした後,これらTMEM16ホモログのHEK293T細胞への過剰発現も試みた。TMEM16Fおよび16Kの過剰発現細胞においても,容積感受性Cl-チャネル活性はMock細胞のものと類似していた。これらの結果から,TMEM16Fおよび16Kは,容積感受性Cl-チャネルの分子実体ではないことが明らかとなった。今回TMEM16Hに関しては,ノックダウンさらにはクローニングもうまく出来なかったため,検討できなかった。今後は,TMEM16Hの検討に加えて,TMEM16Fおよび16Kがどのようなチャネルを形成するのかについて検討する予定である。

 

10.脂肪細胞の細胞容積・肥大化をモニターする分子機構の解析

河田照雄,高橋信之(京都大学大学院農学研究科食品生物科学専攻)
岡田泰伸

 脂肪細胞は,過剰なエネルギーを脂肪という形で蓄え,生体内のエネルギーバランスに応じて,その脂肪を分解・蓄積する機能を担っている。一方で,脂肪細胞が様々な液性因子(アディポサイトカイン)を分泌し,他の組織におけるエネルギー代謝を制御していることが明らかとなっている。このアディポサイトカインの分泌は,脂肪細胞での脂肪蓄積,すなわち脂肪細胞の「大きさ」と密接な関係があることが示唆されているが,その詳細は未だ不明である。そこで本研究では,脂肪細胞が自身でその発達度合いをどのようにモニターして,その形態形成・容積維持・肥大化制御を行っているか,そしてアディポサイトカイン分泌の制御を行っているかを分子細胞生物学的に解明することを目的とする。申請者らは,細胞の大きさをモニターするセンサー分子として,脂肪細胞の分化に伴い発現が上昇する非選択性カチオンチャネルであるTRPV2,並びにその活性化によって引き起こされる細胞内カルシウム濃度上昇に着目し,研究を進めてきた。これまでの研究から,脂肪細胞のカルシウムシグナルが脂肪細胞分化を抑制すること,およびTRPV2を過剰発現させた脂肪細胞では分化が抑制されることを明らかにした。しかし,TRPV2が脂肪細胞の容積増大によって活性化されるかどうかについて,カルシウムイメージング法を用いて検討したが,浸透圧変化による細胞容積増大では,TRPV2の活性化は認められなかった。一方,脂肪細胞分化に必須である核内受容体ペルオキシゾーム増殖剤応答性受容体(PPAR-gamma)のリガンド依存的な活性化,ならびにPPAR-gammaそのものの遺伝子発現がカルシウムシグナルにより抑制されることが明らかとなった。以上より,脂肪細胞におけるカルシウムシグナルは,PPAR-gammaの発現ならびにリガンド依存性の活性化を抑制することで,脂肪細胞分化を阻害することが明らかとなった。

 

11.色の情報処理に関連するサル大脳皮質領域の線維結合の研究

一戸紀孝(弘前大学 医学研究科神経解剖・細胞組織学講座)
谷 利樹(弘前大学 医学研究科生体構造医科学講座)
小松英彦,坂野 拓(生理学研究所 感覚認知情報研究部門)

 近年,本研究の共同研究者である小松グループはじめとして,世界のいろいろな研究グループによりヒトを含む霊長類の脳内に色の選択性の高い領域の報告が相次いでいる。本研究は,この色関連領野のうち,小松グループの見いだしたサルAIT野とPIT野にある色関連領野(以下それぞれAITCとPITC)の相互的結合を明らかにし,これらの領域の色に対する選択性の高さの機能構造的基盤を検討することを目的とする。昨年度までに合計3頭(以下サルA-C)のニホンザルを用いてこの目的に沿った実験を行った。サルBにおいては,AITCが存在すると考えられる前内側側頭溝の尾側端外側に逆行性のトレーサーCTB-Alexa 488を注入したところ,PITCの腹側部が存在する後内側側頭溝腹側部に強い標識が見られた。サルBにおいては,AITCおよびPITCを電気生理的に同定し,AITCにCTB-Alexa 488を,その近傍であるが色の選択性の低い場所に別な蛍光色素をタグしたCTB-Alexa 555を注入したところ,CTB-Alexa 488標識細胞は,電気生理学的にmappingした領域の範囲内においてPITC内に多く見られ,CTB-Alexa 555標識細胞は,色選択性の低い場所に多く見られた。PITC内のラベルはサルAと同様に腹側のPITCに優位であった。サルCにおいては,PITCの腹側部を電気生理的に同定し,CTB-Alexa 488を注入したところ,AITCが存在すると考えられる前内側側頭溝の尾側端外側に特異的に多量の標識細胞が見つかった。上記の3つのサルの実験結果は,PITCの腹側部はAITCと強い結合があることを示すが,PITCの背側部とAITCとの結合に関して不明瞭であったので,本年度はPITCの背側部を電気生理学に同定し,順行性のトレーサーBDAを注入した(サルD)。その結果,AITCが一般に見いだされる前内側側頭溝の尾側端外側部には,標識が弱く,それよりも外側で尾側に強い投射があることが見いだされた。この結果は,PITC腹側部-AITCと,PITC背側部-AITCよりも外尾側の領域 という2つの色情報処理モジュールの存在を示唆する。これらのデータと過去,現在の小松グループや他のグループの脳機能解析の手法で得られた知見をあわせて解析し,色認知のネットワークを検討し論文にまとめて投稿の準備を開始した。

 

12.神経損傷による上位中枢における可塑性機構の解析

宮田麻理子,竹内雄一(東京女子医科大学・医学部・第一生理)
井本敬二(神経シグナル)

 齧歯類の髭を介した体性感覚は,三叉神経第二枝(眼窩下神経)を伝わり,脳幹で一度シナプスを超えた後,三叉神経核群を起始核とする内側毛帯線維を介して視床VPM核の中継細胞に伝えられ,最終的に体性感覚野に達する。内側毛帯線維は幼若期には多数の内側毛帯線維がVPM中継細胞へ入力するが,その後余剰な内側毛帯線維は除去され,生後21日までに単一の中継細胞へは一本の強力な内側毛帯線維に支配されるようになる(発達期可塑性)。一方,末梢神経損傷により,成熟脳であっても上位中枢で受容野の変化が多く報告されているが,シナプスレベルや神経回路レベルでの研究は立ち後れているのが現状である。そこで本研究では,電気生理学的に入力様式を解析しやすい内側毛帯線維-VPM中継細胞シナプスに着目して,末梢神経損傷における視床での変化を解析した。マウスを用いて,内側毛帯線維の一本支配が成立した後で,眼窩下神経の切断し,その後一定期間を置いた後,視床スライスVPM中継細胞からホールセルパッチクランプ法にて内側毛帯シナプスEPSCを記録した。その結果,手術後わずか一週間で単一VPM細胞へ支配する内側毛帯線維が,幼若期の表現型に戻ったかのように再多重化する現象を見いだした。多重支配化した内側毛帯線維の各々のシナプス特性を詳細に解析した結果,神経損傷により,内側毛帯線維一本あたりの興奮性シナプス後電流(EPSC)は減弱し,それを補うかのようにEPSCの振幅の小さな線維がVPm細胞にシナプスを作っていた。神経損傷のVPm細胞に入力する複数の内側毛帯線維によるEPSCの総和(EPSCTotal)は,正常の一本支配の内側毛帯線維のEPSCの振幅と同等であったことから,内側毛帯線維の多重支配化現象は,VPM中継核細胞のシナプス入力を一定にするための代償現象であることが示唆された。

 

13.掻痒シナプス伝達機序のin vivoパッチクランプ解析

倉石 泰,安東嗣修,後藤義一(富山大学 大学院 医学薬学研究部)
古江秀昌,歌 大介,井本敬二(神経シグナル)

 従来,搔痒は軽度な痛覚と考えられていたが,最近の研究により,搔痒は痛覚とは別の感覚であり,また伝達経路も痛覚の経路とは異なる可能性が示唆されてきている。しかしこれまでに搔痒を担う脊髄神経細胞の機能的同定はほとんど行われていない。痛覚に関しては脊髄のin vivoパッチクランプ法により,機能的解析が進んでいるため,本研究では痛覚系の解析に開発した技術を搔痒の伝達系の解析に応用した。

 搔痒の伝達に関わる神経細胞の数は,痛覚系の神経細胞数よりかなり少ないと推定されるため,搔痒に関わる細胞が同定できる可能性はあまり高くないと思われた。

 実験を行ったところ,In vivoパッチクランプ法によりマウス脊髄後角細胞から記録を行ってセロトニンを後肢へ投与すると,自発性の振幅の大きなEPSCの発生が観察され,その経時変化は痒み行動と良く一致した。また,これらの細胞は皮膚への痛み刺激にも応答したが,その振幅はセロトニンによる自発性EPSCの振幅より小さいなど,主に痒み刺激に応答する脊髄後角ニューロンの存在が明らかになった。

 

14.微小管による記憶,神経回路の形成と維持に関する研究

光山冬樹(藤田保健衛生大学医学部脳神経外科)
井本敬二(神経シグナル)

 本計画の提案者である光山は,記憶刺激によりCA1細胞のシナプス後膜と細胞体のあいだに新たに微小管ができるという論文を発表している。この微小管によって,記憶刺激により,AMPA受容体やCaMKIIやmRNAなどがシナプス方向へと,また核を活性化する分子が細胞体方向へと輸送されることが推測される。本計画ではこの仮説を,実際に海馬スライスの急速凍結切片の免疫組織で証明すること,また神経ネットワークモデル上で同様の機序が働いているか微小管の分布を確認することを目的とした。

 実験計画は次の通りである。連続刺激を行った海馬スライスを用いて,刺激された樹状突起と刺激されない樹状突起を染色により区別し,微小管保存法を用いた固定液で固定後,トリミングする。ショ糖液処理後,電顕用急速凍結装置で急速凍結を行い,電顕用凍結切片作成装置にて,約200nmに薄切し,これを候補の分子に対する抗体で免疫組織を行い,共焦点顕微鏡で観察する。さらに,電顕での免疫染色も行う。

 諸条件の検討を行ったが,時間的な制約のために実験計画の実施は次年度に繰り越された。

 

15.うつ病モデルラットにおける痛覚変容のメカニズムに関する研究
-脊髄in vivoパッチクランプ記録法を用いた集学的アプローチ-

神野尚三(九州大学大学院医学研究院神経形態学分野)
古江秀昌,井本敬二(神経シグナル)

 抗うつ剤のターゲットである脳幹より下行するセロトニン神経やノルアドレナリン神経は,脊髄において5HT3やa1受容体を介して脊髄後角ニューロンの抑制性介在ニューロンを活性化し,痛覚シナプス伝達を有効に抑制することが明らかになった。そこで形態学的特徴との相関から,これら抑制性ニューロンの一部が末梢刺激に対しては非侵害性刺激に応答することを見出し,その抑制回路への入力を同定した。In vivoパッチクランプ法によりneurobiotinを用いて記録した細胞を染色し,その細胞に入力する線維を免疫染色で同定した。その結果,これら抑制を担うニューロンの細胞体部にはVGAT陽性のGABAの終末が密に存在し,また,末梢一次求心性線維終末と考えられるCGRPなどのペプチド陽性の終末が樹状突起上に観察された。

 

16.大脳基底核の多角的研究-生理学的・解剖学的・工学的アプローチ-

高田昌彦(京都大学霊長類研究所)
泰羅雅登(日本大学医学部)
稲瀬正彦(近畿大学医学部)
深井朋樹(理化学研究所脳科学総合研究センター)
北野勝則(立命館大学情報工学部)
南部 篤

 狂犬病ウイルスは,逆行性にシナプスを越えて神経細胞に感染することが知られている。この性質を利用して,狂犬病ウイルスを越シナプス的トレーサーとして用い,多シナプス性神経路の構築を調べることを試みた。サルの大脳皮質一次運動野,運動前野を電気生理学的に同定した後,狂犬病ウイルスを注入し,適当な生存期間の後,灌流固定し,狂犬病ウイルスを免疫組織化学的に検出した。その結果,大脳基底核や小脳など,視床を介して多シナプス性に運動野に投射する脳領域が描出できることが明らかになった。

 

17.選択的投射破壊法を用いた大脳基底核の情報処理機構の解明

宮地重弘,纐纈大輔(京都大学霊長類研究所)
知見聡美,南部 篤

 大脳基底核における情報処理機構の仕組みを解明することを目的に,特定の神経連絡だけを破壊する特殊な技術を用いて特定の神経回路の生理学的,行動学的両面の機能を明らかにする研究を行った。大脳基底核内には解剖学的に「直接路」,「間接路」,「ハイパー直接路」の3つの神経経路が存在していることが知られている。昨年度に行った研究では,運動皮質から視床下核に投射しているニューロンを選択的に破壊して,大脳基底核の出力部位である黒質網様部(SNr)の細胞活動とマウスの行動の変化を調べた結果,「ハイパー直接路」は運動が発現する前に運動皮質内の不必要なニューロンの活動を抑制する働きがあり,その皮質から大脳基底核への入力経路を運動皮質→視床下核投射ニューロンが担っていることが示された。

 本年度の研究では運動皮質から線条体に投射している投射ニューロンだけを選択的に破壊して,神経生理学的及び行動学的な変化を調べ,運動皮質→線条体経路と運動皮質→視床下核経路の機能の違いを検証した。

 まずSNrの細胞活動を記録した。正常個体のSNrは皮質刺激に対して数msから約20msの範囲で興奮-抑制-興奮の三相性の応答を示す。しかし運動皮質→線条体投射ニューロンを破壊したマウスでは正常個体に比べて抑制反応が有意に弱まっていた。更に有意差は見られなかったが遅い興奮反応も低下している傾向が見られた。この結果は運動皮質→線条体経路が大脳基底核の3経路のうち「直接路」と「間接路」の入力経路であるというこれまでに報告されている解剖学的及び生理学的なデータと合致している。そして次に選択的破壊後のマウスの運動量を測定したが,正常個体と比べて有意な変化は見られなかった。この結果は大脳基底核の出力部位であるSNrに対してそれぞれ抑制もしくは興奮という反対の効果を及ぼす「直接路」と「間接路」の経路を同時に破壊したために,結果として大脳基底核から視床を介して運動皮質へと至る出力は総体的に見て変化しなかったためと考えられる。

 以上の結果から,運動皮質→視床下核投射ニューロンと運動皮質→線条体投射ニューロンは運動皮質から大脳基底核内への異なる経路の入力部分を担い,運動制御に関しても異なる働きを持つと考えられる。

 

18.凍結割断法を用いた一次嗅覚路の解析

高見 茂(杏林大学保健学部)

 様々な作用が知られている脳由来神経栄養因子(BDNF)の作用の一つに,シナプス後細胞膜に存在する受容体TrkBとBDNFが結合することによって電位依存型Naチャネル,すなわちvoltage-gated sodium channel 1.9(Nav1.9),の開放およびシナプス後細胞の脱分極の誘発が起こる事がある。我々はこれまでに,包埋後イムノゴールド法によりラット嗅細胞軸索膜近傍にBDNFの膜受容体TrkBが局在している事,また,光学顕微鏡レベルでNav1.9の免疫反応性がラット嗅神経線維束に存在している事を明らかにしてきた。しかしながら,TrkBとNav1.9が同一細胞膜上に局在している事を示す,電子顕微鏡レベルでの所見は得られていなかった。そこで昨年度までの本共同研究では,Freeze-fracture replica immunolabeling(FRIL)法を用いた検索を行い,Nav1.9免疫反応が嗅細胞軸索を束ねて包むolfactory ensheathing cell(OEC)であると考えられる細胞のIMPに近接して観察できることを明らかにしてきた。平成21年度においては,Nav1.9ノックアウト(knock out, KO)および野生型マウスを対象としたコントロール実験を,FRIL法を用いて行う事を目的とした。Dr. Mark D. Baker(Queen Mary University of London, J. Physiol 586: 1077-87, 2008)より譲渡された灌流固定後の成獣Nav1.9 KOマウス嗅球組織,および生理学研究所にて灌流固定を行った野生型マウスの嗅球組織を摘出したのち,ラット組織に行っていたのと同様に凍結割断およびその前処理,凍結割断,割断面へのカーボンおよびプラチナ蒸着を行い,SDS処理を施してレプリカ膜を作製した。これに抗Nav1.9抗体を用いたイムノゴールド法を行い,10nm金粒子によって抗原抗体結合部を可視化し,レプリカ膜をグリッドに載せて透過電子顕微鏡観察を行なった。Nav1.9 KOおよび野生型マウスでは,ラット嗅球組織と同様にOECであると考えられる細胞の同定が可能であった。同定された細胞についてNav1.9免疫反応を示す金粒子を観察したところ,野生型においてはIMPが小さなクラスターを形成した部位に観察する事が出来た。一方,KOでも金粒子が観察され,野生型マウスとの明らかな差がみられなかった。従って,FRIL法では満足なコントロール実験の結果が得られなかった。今後は,Nav1.9のノックアウトおよび野生型マウスを用いた光学顕微鏡レベルのコントロール実験を行う事が必要であると考える。

 

19.脳の左右差に関する統合的研究-体軸形成に異常を示す
変異マウスを用いたアプローチ

伊藤 功(九州大学大学院理学研究院)

 成獣マウス海馬神経回路にはNMDA受容体NR2Bサブユニットの非対称なシナプス配置に基づく機能的・構造的左右非対称性が存在していることを我々は明らかにした。本研究はこの発見をさらに発展させ,分子レベルから,行動レベルまで,一貫した研究が可能な実験系を構築する事により,脳の左右差の分子基盤解明を目指すものである。

 海馬神経回路に存在する2種類のシナプス(NR2B-dominant, NR2B-nondominantシナプス)はNR2Bサブユニットの分布のみならず,シナプスの形態やAMPA受容体GluR1サブユニットの分布においても異なっており,NR2B-dominantシナプスにはGluR1サブユニットの分布が少なく,形態的にも小さなシナプスである。一方,NR2B-nondominantシナプスにはGluR1サブユニットの分布が多く,大型のシナプスであることも明らかになっている。そこで本年度は,これら2種類のシナプスの機能的な差異を明らかにするためにいくつかの分析を行い,これらはシナプス伝達の効率においても異なっている可能性を示唆する結果が得られた。

 

20.大脳皮質介在ニューロンにおけるセロトニン受容体の発現解析

渡我部昭哉(基礎生物学研究所・脳生物学研究部門)

 私はこれまでに,霊長類大脳皮質においてセロトニン受容体ファミリーが,層,領野特異的な発現を示すことを報告して来た(Cerebral Cortex 2007. 17: 1918-33, Cerebral Cortex 2009. 19: 1915-28)。本共同研究では,ラットの前頭皮質におけるセロトニン1A,2A及び2C受容体の細胞タイプ特異的な発現を調べるために,これらの受容体mRNAと,興奮性ニューロンや,介在ニューロンサブタイプなどのマーカー遺伝子の共発現様式を,2重蛍光in situ hybridizationによって調べた。その結果,1A,2A, 及び2C受容体mRNAのいずれも興奮性ニューロン中心に発現する事,1A及び2A受容体mRNAはパルバルブミン陽性の介在ニューロンの一部に発現していることを確認した。さらに3重蛍光in situ hybridization法を開発し,1A,2A受容体mRNAの両者を発現するパルバルブミン陽性ニューロンが存在することを確認したが,その数は少数であった。これらの結果は,電気生理実験で得られた前頭皮質介在ニューロンのセロトニン感受性の結果を裏付けるものであった。

 

21.遺伝子改変動物を利用した抑制性ニューロンの特性についての研究

柳川右千夫(群馬大学 大学院医学系研究科)

 脳は,興奮性と抑制性のニューロンで構成される神経ネットワークの集まりからできている。GABAニューロンが抑制性ニューロンの代表であるが,中枢神経系に散在し,少数であり,形態も多様なので,in vivoあるいはin vitroで正確に同定するのは容易でない。GABAニューロンを緑色蛍光タンパク質,GFPで標識したGAD67-GFPノックインマウスがGABAニューロンの同定に便利であることから,広く使用されている。しかしながら,GAD67-GFPノックインマウスではGABA合成酵素をコードするGAD67遺伝子が破壊されるため,野生型マウスに比較して脳内GABA含量が減少する欠点がある。ホモ接合体のGAD67-GFPノックインマウスは口蓋裂や呼吸障害を発症し,出生日に死亡する。そこで,脳内GABA含量が同等で,GABAニューロンを蛍光タンパク質で標識したトランスジェニックマウスの作製を試みた。小胞型GABAトランスポーター(VGAT)はGABAニューロンに発現する。VGAT遺伝子を含む細菌人工染色体に黄色蛍光タンパク質をコードするVenus遺伝子を挿入したコンストラクトを利用してトランスジェニックマウス(VGAT-Venusマウス)を作製した。4系統樹立し,各系統の脳についてin situ hybridization法で解析した結果,系統#39でVenusの発現が最も強く,Venusの発現分布がVGATの発現分布と類似していた。そこで,系統39の大脳皮質,海馬,小脳皮質における組織学的解析を行った。VenusとGFPとのアミノ酸配列の相同性が高く,Venus分子は抗GFP抗体で検出できる。抗GFP抗体と抗GABA抗体を用いた2重免疫染色法でVenus分子がGABAニューロン特異的に局在するかどうか検討した結果,高率で両方の分子の発現一致を観察した。以上の結果から,VGAT-Venusマウス系統#39は,今後GABAニューロンの特性を研究する上で有用なツールであることが判明した。

 

22.脊髄多極電気刺激による上肢運動誘発法の開発

鈴木隆文1,竹内昌治2,太田 淳3,徳田 崇3
Anderew Jackson4,深山 理1,関 和彦5
1東京大学大学院情報工学系研究科,2東京大学・生産技術研究所,
3奈良先端科学技術大学院大学,
4ニューカッスル大学,5生理学研究所/国立精神神経センター)

 生理学研究所の関らの電気生理学的研究から,霊長類の頚髄には把握運動を含めた上肢運動の制御に重要な固有の神経回路が存在すると想定された。そこで本研究では,このような脊髄固有神経回路の近傍に多数の微小電極を留置し,それらへ電気刺激を与えることによって上肢運動を誘発する方法を開発することを目的とした。そのために本年度は,頭部や頚部の動きに追従し,動きによる脊髄への損傷が最低限に抑えられると予想される柔軟神経プローブの開発・最適化及びその埋込み方法の確立を図る事であった。

 このような目的のため,鈴木・竹内・深山はそれぞれパリレン樹脂を用いた柔軟プローブを脊髄慢性刺激用に最適化するための議論を重ねた。関・Andrewと行った実験より,金箔を使った電極は数百∝Aが必要な脊髄刺激には適切でないことが判明したため,新たな素材での電極を制作している。太田・徳田は従来網膜刺激用に用いていたボタン状微小刺激電極を脊髄刺激に応用するための議論を重ねた。さらに,議論の最終段階では関が加わり,電極の最終デザインが決定した。2010年9月には最初のバージョンの電極が完成予定である。関とAndrewは多極電極への刺激パターンを決定するための実験を生理学研究所及びニューカッスル大学で行った。その結果,脊髄には刺激効果を非線形加重させるような神経回路が内在する事が明らかになった。これらの特徴を利用して効率的に手の目標軌道を再現する方法を確立しつつある。以上のように,本年度は予定通りの研究成果が得られた。

 

23.霊長類の把握運動のシミュレーション技術の開発

荻原直道1,横井浩史2,武井智彦3,金 祉希3,大屋知徹3,関 和彦3,4
1京都大学大学院理学研究科,2東京大学工学部精密工学科,
3国立精神神経医療研究センター,4生理学研究所)

 生理学研究所の関らの電気生理学的研究から,霊長類の頚髄には把握運動を含めた上肢運動の制御に重要な固有の神経回路が存在すると想定された。そこで本研究では,サルの把握運動遂行時に記録した筋電図活動,脊髄及び大脳皮質の神経活動を,サル筋骨格系の解剖学的数理モデルに当てはめ,神経系による筋シナジー形成に関する仮説の検証をする実験をスタートさせる事であった。また構築したモデルを義手の制御にあてはめるための基礎的研究も行う計画をした。年度が始まり,生理学研究所では把握運動遂行時のサル手指からの筋電図記録が,京都大学では日本サル手指の解剖学的数理モデル確立のためのCT撮影の準備が,また東京大学ではサル型義手の調整が進んでいた。ところが,生理学研究所の関が9月また武井,金,大屋が10月に生理学研究所から国立精神神経医療研究センターに移動した。また時期を同じく荻原も京都大学から慶応大学に,また横井も東京大学から電気通信大学に異動した。つまり,構成員のほとんどが移動し実験機器も生理学研究所から国立精神神経研究センターに移設されたため,筋電図の記録は中断せざるを得なくなった。当該共同研究を今後継続するためには国立精神神経医療研究センターに移設された機器を用い予定した研究を遂行するのが適切だと判断した。そのためには生理学研究所に設置されているモーションキャプチャシステムのセットアップをNCNPに設置する必要があった。そのための準備として武井,大屋,金が中心に岡崎を訪問し,これまで使用していたモーションキャプチャシステムの設定などについての情報収集を行った。2010年8月現在,これらのシステムを再構築する準備が整い,研究の再開に関する準備を進めている。研究者の移動に伴い,生理研で研究を継続することは不可能になったが,当該共同研究のスタートアップという本研究の大きな目的は以上のように達成された。

 

24.皮質脳波の発生機構

長谷川功(新潟大学大学院医歯学総合研究科)
吉田正俊,渡辺秀典(生理学研究所)

 皮質脳波ECoG法と微小電極法を同一個体の脳同一部位で直接比較する動物モデルを,まずラットで作成した。

 東大工学部鈴木講師との共同開発で,網目状の構造で広範囲の脳から安定的にECoG計測を行える柔軟な生体電極を試作した。MEMS技術で,金の薄膜の両側にパリレン-Cを蒸着させ,厚み約20mmの柔軟で生体親和性の高い薄膜を自由な形状に製作できる。ラット用に試作した電極アレイでは,1mm間隔で6 X 6の格子状に36点の電極(32点の記録電極,2点の参照電極,2点のグラウンド)を網の交点に配置し,電極の間には一辺750mmの四角い空隙を開けた。この空隙のために,脳のような複雑な構造物に対しても,生体と電極とが安定接触した状態で比較的広い範囲をカバーすることができ,網の空隙から微小電極その他の刺入型プローブが挿入でき,さらにガスや脳脊髄液その他の物質の行き来を妨げず,生理的な状態が保たれる。

 新潟大学では麻酔下でのロングエヴァンスラットを対象にして,この網目(メッシュ)状パリレンECoG電極を一次視覚野の活動計測に適用した。その結果,硬膜外急性留置,硬膜下慢性留置のいずれにおいても同側眼刺激,対側眼刺激に対して,32チャネルの視覚応答が安定に記録できた。メッシュECoG電極は網目構造を持たない電極に比べて脳に柔軟にフィットすること,微小電極法による局所フィールド電位(LFP)や従来の銀ボール電極によるECoGに比べ信号のS/N比が相対的に高いこと,ECoGとスパイクの眼優位指数に有意な相関があることがわかった。またATR神谷室長との共同研究で,1試行のデータから90%近い正答率で刺激眼条件をデコーディングできた。

 メッシュ状ECoG多点電極と刺入型電極を用いた同時記録の実験は生理研グループでもラット運動野を対象として進めた。

 これらの結果は2009年神経科学学会(Neuro2009),北米神経科学学会(SFN)に複数の演題として発表し,論文発表予定である(Toda et al Neuroimage 2010 in press, DOI 10.1016)。

 

25.抑制性ニューロン単独培養標本を用いたシナプス小胞取込みの
スイッチングモデルの確立

桂林秀太郎(福岡大学薬学部臨床疾患薬理学教室)

 抑制性シナプス伝達は発達によって変化する。この変化は部位特異的であり,脊髄―脳幹の一部では生後2週間を境にGABAからグリシンへスイッチングする。本研究ではシナプス内にグリシンやGABAを強制注入して濃度を変えた場合やシナプス小胞のEndocytosis時にGABAを取り込ませた場合,シナプス伝達物質放出様式がどのように変化するかを比較検討し,抑制性伝達スイッチングの簡易モデルの確立を目指した。昨年度までの共同研究により,パッチ電極に高濃度グリシンを注入しシナプス前神経終末部を灌流すると,灌流から60分後にはSR-95531感受性成分が減少し,ストリキニーネで完全に抑制されるIPSCの出現を確認している。このことは本来GABAのみを放出していたシナプスが,神経終末部内グリシンが高濃度になることでシナプス小胞内にグリシンを取り込み,Vesicular Inhibitory Amino Acid Transporter(VIAAT)を介してグリシンを放出したことを示唆する。一方で,細胞外に高濃度のGABAを投与し,強制脱分極によりシナプス小胞のExo-endocytosisを加速させた場合もシナプス小胞のEndocytosisで取り込まれたGABAがシナプス小胞から放出されることも一部のニューロンで確認した。しかし,その放出量はシナプス前神経終末部に大量のGABAを存在させた場合の開口放出量よりも微々たるものであった。本年度の結果から,シナプス小胞内抑制性伝達物質を高濃度に維持するためにはVIAATを介した取り込みが重要であると結論付けた。

 

26.中枢性エネルギー代謝調節系における分子メカニズム基盤に関する
生理学的研究

松尾 崇,山口秀樹,十枝内厚次,中里雅光
(宮崎大学医学部 神経呼吸内分泌代謝内科)
箕越靖彦,岡本士毅(自然科学研究機構 生理学研究所)

 摂食とエネルギー代謝調節は,中枢と末梢で産生される物質の複雑な相互関係により,巧妙に調節されている。視床下部は,エネルギー代謝調節の中枢として機能しており,どのような分子が働いているかを明らかにすることは中枢性代謝調節を理解する上で重要である。視床下部におけるマロニル-CoA脱炭酸酵素は,マロニル-CoAのアセチル-CoAへの変換を触媒し,それによりマロニル-CoAレベルを調節する。マロニル-CoAは,長鎖脂肪酸の代謝に必要不可欠な酵素であるカルニチンパルミトイル転移酵素-I(CPT-I)を阻害する。マロニル-CoAレベルが低い場合,長鎖脂肪酸をミトコンドリア内へ輸送させ脂肪酸代謝を促進する。摂食・エネルギー代謝調節機構における視床下部マロニル-CoA脱炭酸酵素の機能解析を実施するために,神経特異的なシナプシンプロモーターを有するマロニル-CoA脱炭酸酵素と緑色蛍光タンパク質(GFP: Green Fluorescent Protein)を発現するレンチウイルスの構築を行った。ヒト胎児腎臓細胞HEK293T細胞にトランスフェクションを行い,そのMCD活性測定を行った。対照群と比較して有意な活性を認めた。マロニル-CoA脱炭酸酵素発現レンチウイルスを,マウス視床下部室傍核に投与した。このレンチウイルス感染により室傍核にマロニル-CoA脱炭酸酵素が過剰かつ長期発現することによる,体重変化を測定した。Lab-chow-diet摂食下で,ウイルス感染後10日に一度体重測定を行い100日間測定した。20日目より対照群と比較し,有意な体重増加を認め,100日目まで有意差を認めた。

 次に,レンチウイルス感染により室傍核にマロニル-CoA脱炭酸酵素を過剰かつ長期発現させたマウスと,コントロール群のマウスを,High-fat-diet条件下で飼育し,その体重変化測定した。ウイルス感染後10日に一度体重測定を行い70日間測定した。20日目より対照群と比較し,有意な体重増加量の低下を認め70日目まで有意差を認めた。

 室傍核にマロニル-CoA脱炭酸酵素を発現させたマウスにおいて,飼育餌をLab-chow-dietもしくはHigh-fat-dietの条件に変えることによって,対照群に対する体重増加率が反対の結果が出たことにより,室傍核における脂肪酸酸化と嗜好性の関係が示唆された。

 今後,摂餌量,飲水量,嗜好性の変化,体温,酸素消費量,自発運動量などを測定していく予定である。

 

27.アディポカインの摂食調節作用の仲介ニューロンとAMPキナーゼの役割

矢田俊彦,前島裕子,Udval Sedbazar,高野英介,須山成朝
(自治医科大学医学部生理学講座統合生理学部門)
箕越靖彦,志内哲也,岡本士毅(生理学研究所生殖・内分泌系発達機構研究部門)

 レプチンの摂食抑制とエネルギー消費亢進作用はメラノコルチン系を介する。メラノコルチン系の主要経路はProopiomelanocortin(POMC)ニューロンから放出されるaMSHが標的ニューロンのMC4またはMC3受容体を活性化することによる。レプチンが弓状核POMCニューロンを活性化する経路が摂食抑制とエネルギー消費亢進に重要な役割を果たすことは,多くの研究により明らかにされている。

 POMCニューロンは弓状核以外に延髄孤束核(NTS)にも局在する。しかしNTSPOMCニューロンの役割は十分に解っていない。そこで本研究では,レプチンなどのアディポカインの作用にNTSPOMCニューロンが関与するかを明らかにすることを目的とした。

 ラットNTSから単離したニューロンの活動をfura-2蛍光画像解析による細胞内Ca2+濃度測定により計測し,Ca2+測定後に免疫染色を行いPOMCニューロンを同定した。レプチンはNTS POMCニューロンを活性化した。一方,視床下部と脂肪細胞に局在する新規の摂食抑制ニューロペプチド/アディポカインNesfatin-1の作用経路について検討した。Nesfatin-1の脳室内投与は室傍核オキシトシンニューロンを活性化し,オキシトシンはNTSに投射しPOMCニューロンを活性化して摂食を抑制する経路を発見した。レプチンとオキシトシンは単離NTSPOMCニューロンのそれぞれ約70%,40%を活性化した。レプチン受容体遺伝子変異により部分的レプチン抵抗性を示すZucker fattyラットでは,レプチン応答POMCニューロンは約35%に低下したがオキシトシンPOMCニューロンは約45%であり対照Zucker leanラットと相違がなかった。オキシトシンの脳室内投与はZucker fattyおよびZucker leanラットで同様に摂食を抑制した。この結果は,Nesfatin-1はレプチン抵抗性動物でも正常にメラノコルチン系を駆動し摂食を抑制することを示している。

 以上の結果より,①Nesfatin-1の摂食抑制作用は室傍核オキシトシン- NTS POMCニューロンに仲介されること,②レプチンはNTSのPOMCニューロンを活性化することが明らかとなった(Maejima Y, Sedbazar U, Yada T et al. Cell Metabolism 10(5): 355-365, 2009)。さらに,NTS POMCニューロンにおけるレプチンとオキシトシンのシグナル伝達は異なることが示唆され,これにAMPキナーゼが如何に関与するかは今後の重要な課題である。

 

28.抑制性神経細胞の電顕計測データを用いた神経細胞シミュレータの
構築と電気伝導特性の解析

野村真樹(京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻)
窪田芳之(生理学研究所 大脳神経回路論研究部門)

 本研究では4種類(Martinotti cell, FS basket cell, Double bouquet cell, Large basket cell)の皮質非錐体細胞に関して計算機実験用のモデルを構築し,それを用いた電気伝導特性の解析を行った。モデリングに先立ち,樹状突起の断面積や周囲長など形態データを,電子顕微鏡を用いて正確に測定した。計測データを解析した所,樹状突起の分岐近傍では親樹状突起(細胞体に近い側)の断面積と娘樹状突起(細胞体に遠い側)の断面積の和が一致している事が分かった。また,樹状突起の断面積はそこより遠位の樹状突起の全長と線形関係にある事,樹状突起断面の形状は真円からずれている事が分かった。電子顕微鏡で計測した部分は限られているため,断面積,周囲長と遠位の樹状突起の全長とを線形関係式にフィッティングし,線形近似した形態データをもとに計算機実験用のモデルをNEURONシミュレータ上に構築した。長軸方向の抵抗(axial-resistance),膜のリークコンダクタンス,膜容量として用いたパラメータはそれぞれ,200Wcm, 0.04mS/cm2 and 1mF/cm2である。また,NEURONは真円の断面しか取り扱う事が出来ないため,膜容量とリークコンダクタンスはコンパートメント毎に(l1+l2)/p/(d1+d2)の補正をかけた。ここで,l1とl2(d1とd2)はコパートメント両端の周囲長(断面積から求めた真円の直径)である。静止膜電位は-72mV(FS), -58mV(MA), -62mV(DB), -63mV(LB)とした。現在の所モデルにはアクティブな要素の膜電流は取り入れていない。このモデルをaシナプス,gmax×t×exp(-t/t),ここでgmaxは2nS,tは1msec,で刺激し,刺激点や細胞体での膜電位応答を調べた。

 樹状突起の分岐部においていわゆるRallの法則が成立していれば電流は樹状突起の分岐部において効率よく伝搬し得るが,断面積保存の法則はRallの法則を近似的に満たすかどうかに我々は興味を持っている。それを調べるために,断面積保存の法則を崩したモデルを構築,電気伝導特性に関してノーマルモデルとの比較を行った。結論は,断面積保存の法則が成り立つモデルはRallの法則を近似的に成立させており,効率的な電気伝導特性を有すること,断面積保存の法則を崩すとRallの法則も成立しなくなり,効率的な電気伝導特性が失われる事が分かった。そのため,樹状突起が複雑な形態をとっていても,後シナプス電位が細胞体に与える影響は,シナプス接続部と細胞体との距離の関係として捉えられることが予測される。

 本研究で用いたモデルは,アクティブイオンチャンネルを取り入れていないため,これらを取り入れたモデルの構築と解析が今後の課題である。

 

29.随意運動発現を司る神経機構の研究

美馬達哉(京都大学大学院医学研究科)
島津秀紀(マサチューセッツ工科大学)
礒村宜和,豊田浩士(理化学研究所)
逵本 徹

 運動制御の中枢神経機構を解明する目的で,サルが上肢に力を入れるときの体性感覚野と運動野のフィールド電位と上肢筋電図の関係を,有向伝達関数(directed transfer function,略してDTF)を用いて解析した。その結果,大脳皮質と筋電図の間のベータ周波数領域(14-30Hz)のDTFは,皮質から筋電図へ向かう方向が逆方向よりも優位で,中心溝の前壁(運動野)で最も大きいことがわかった。皮質皮質間のベータ周波数領域のDTFについては,筋収縮中は中心溝後部(感覚野)から中心溝前部(運動野)への向きが逆向きよりも優位であった。一方,安静状態におけるDTFでは,このように一貫した方向性は認められなかった。これらの結果は,感覚野のベータ波領域の活動が運動のフィードバック制御に役立っている可能性を示唆する。

 

30.ゼブラフィッシュを用いた脳脊髄神経回路の成熟過程の
生理学的・分子生物学的研究

小田洋一,谷本昌志,小橋常彦(名古屋大学理学系研究科)
東島眞一

 ゼブラフィッシュの逃避運動を対象として,神経回路の発生過程や機能的回路構成を調べることを目的とする。ゼブラフィッシュの最も速い逃避運動は後脳に左右1対存在するマウスナー細胞によって駆動される。マウスナー細胞は聴覚入力を強力に受けて逃避運動を発現する点に着目し,発生過程における内耳からマウスナー細胞までの聴覚路の回路形成や音刺激に応じるようになる聴覚獲得の過程とその分子基盤を解析した。マウスナー細胞への聴覚入力の発達過程を電気生理学的および形態学的に調べた結果,内耳からマウスナー細胞までの聴覚路そのものは,発生のかなり早い段階(内耳有毛細胞が音に応答するよりも前)に形成されることを見いだした。引き続き,内耳有毛細胞が音への応答能を獲得し,それにより,マウスナー細胞が聴覚に応答するようになることを見出した。現在は,聴覚獲得のキーとなる有毛細胞の機械受容変換や聴覚路のシナプス形成のメカニズムおよびマウスナー細胞の特異的膜特性の発現機構を理解することを目的として,さらなる解剖学的,電気生理学的解析を進めている。

 

31.新規電位感受性蛍光タンパク質を用いた,ゼブラフィッシュ神経回路の解析

宮脇敦史(理化学研究所脳科学センター)
筒井秀和,岡村康司(大阪大学医学系研究科)
東島眞一

 膜電位変化は,生体内の重要な情報伝達の手段である。とくに,神経細胞においては,活動電位と呼ばれる動的な膜電位変化が起こる。神経回路の中を駆け巡る活動電位の時空間パターンを可視化するための実用的な光プローブが求められてきた。神経分化部門,岡村(現阪大)らは2005年に,尾索類のゲノム情報から電位依存性チャネルの電位センサーモジュールと酵素モジュールを合わせもつ新規分子,Ci-VSPを同定した。これをふまえて,理研脳科学総合研究センター宮脇チームと自然科学研究機構生理学研究所神経分化研究部門の研究チームは共同で,Ci-VSPの電位センサー領域を利用して蛍光性膜電位プローブを開発を企て,膜電位依存的なタンパク質の微妙な構造変化を蛍光信号の変化に効率よく変換するシステムを目指した。その結果,新規膜電位感受性タンパク質,Mermaidを作製することに成功した(Tsutsui et al., 2008)。本研究では,このMermaidを用いて,ゼブラフィッシュ生体内での膜電位イメージングの可能性を追求した。まず,心筋細胞での膜電位シグナルの計測を行い,心筋の拍動に同期した心筋細胞の膜電位変化が,波のように空間的に伝播していく様子を捉えることに成功した(Tsutsui et al., 2010)。現在,より高感度にチューンナップしたMermaidを用いることで,心筋細胞でより詳しいイメージングを進めるとともに,神経細胞でのイメージングの準備を進めている。

 

32.唾液腺分泌終末における細胞間結合の調節機構:
細胞内信号系と神経系による調節

杉谷博士,成田貴則(日本大学・松戸歯学部・生理学講座)
橋本貞充(東京歯科大学・病理学講座)
細井和雄(徳島大学・歯学部・口腔生理学講座)
荻野孝史(国立精神・神経センター神経研究所)
瀬尾芳輝(獨協医科大学・生理学講座)
村上政隆(自然科学研究機構・生理学研究所)

 唾液腺腺房細胞におけるムスカリン性受容体やニューロキニン受容体の活性化は水分泌を促進する。分泌される水は血漿由来であるが,その輸送は腺房細胞を経由する経細胞輸送系と,細胞間を経由する傍細胞輸送系の2つの経路により制御される。この水分泌の障害による唾液分泌の低下が口腔乾燥症を引き起こし,結果としての口腔内環境の悪化が認められる。ピロカルピンは口腔乾燥症の治療に広く用いられている薬剤である。本研究は,分離ラット顎下腺灌流標本における水分泌に対するピロカルピンの効果を検討し,次の結果を得た。

 ピロカルピンは容量依存性に唾液分泌を促進し,唾液分泌パターンは,初期の一過性のピーク相とそれに続く持続相,さらに,刺激を中止した後の後刺激相の3つで構成されていた。高濃度の刺激においては,後刺激相の分泌量がピーク相や持続相を上回っていた。他の分泌刺激薬であるムスカリン性アゴニストやニューロキニンでは,後刺激相は認められなかった。ピロカルピンはムスカリン性M3受容体に結合することが知られていることから,他のM3アゴニストであるセビメリン刺激を行うと,同様に後刺激相を含む3相からなる分泌が認められたことから,この分泌相がM3受容体に関わることが示唆された。経細胞輸送系では腺房細胞の腺腔側膜に存在するアクアポリン5(AQP5)の機能が考えられていることから,AQP5の発現や局在に関して免疫組織化学的な検討を行ったところ,ピロカルピン刺激はAQP5に対して効果は示さなかった。灌流液中に細胞膜非透過性蛍光色素であるルシファーイエロー(LY)を加えて傍細胞輸送系について検討したところ,LYの分泌においてもピロカルピン刺激による後刺激相分泌に伴う応答が認められた。さらに,水分泌応答に伴う酸素消費の促進についてピロカルピンの効果を検討したところ,後分泌相に伴う促進が認められた。水分泌において必須である細胞内Ca2+動態ついて,ラット顎下腺遊離細胞において蛍光指示薬fura-2を用いて検討したところ,Ca2+動態においても後刺激相に関わる上昇が認められた。後刺激相における分泌は,ピロカルピン刺激の中止と同時にムスカリン性アンタゴニストを添加すると消失した。

 以上の結果より,ピロカルピンによる分泌にはM3受容体活性化が必要であり,一度活性化された受容体が後刺激相に関わることが示唆された。

 

33.自脳機能画像法による自律神経系中枢の研究

瀬尾芳輝,若松永憲,荻野孝史(獨協医科大学医学部)
鷹股 亮(奈良女子大学生活環境学部)
森田啓之,田中邦彦(岐阜大学大学院医学研究科)
吉本寛司(京都府立医科大学大学院医学研究科)
村上政隆(生理学研究所)

 我々は,脳機能画像法(fMRI)により,自律神経中枢の神経活動を空間的・経時的に測定し解析する事を目標として実験を行っている。2009年度は,昨年度からのMRI装置の故障の解決に年度半ばまで要したため,実験計画は大幅に遅れた。しかし,限られた実験機会を活用し,各研究項目を推進した。その中で,精密な脳機能測定を可能とする造影剤とその投与法について研究結果を報告する。

 Mn造影MRI法は視索上核などの小さな神経核をも検出できる高い検出感度を持っているが,事前に数時間の造影剤の投与が必要であった。この時間を短縮するために,Mn投与法とその影響について,もう一度洗い直した。八木式灌流カエル心およびラット循環動態の解析から,フリーのMnイオンの投与では,サブmMの血漿濃度で心機能及び自律神経活動に影響を及ぼすが,その作用は可逆的であること。また,血漿アルブミンは保護的な作用を持つ事を確認した。一方で,その結果はKoretskyらの提唱した投与法が,循環動態に影響を及ぼすぎりぎりのラインであることを示した。そこでフリーのMnイオンの濃度を下げる為に,比較的低い親和性を持つキレート剤の利用を考えた。pHを考量した解離平衡式から,Mn-bicineを用いた場合,投与濃度の100mMでは90%がMn-bicineとして存在するが,血中最終濃度の0.5mMでは75%はフリーのMn2+イオンであることが示唆された。カエルおよびラットでの心機能は0.5mMまで維持できることを確認し,高濃度の造影剤投与の目途がついた。結果はMagn Reson Medに受理され,印刷中である。平成22年度には,さらに安全なキレートを検討する計画である。

 

34.ミトコンドリアの機能制御による視床下部神経活動調節

中田和人(筑波大学大学院生命環境科学)
山中章弘(生理学研究所・岡崎統合バイオサイエンスセンター)

 近年,ミトコンドリアゲノムの突然変異がミトコンドリア病にとどまらず,躁うつ病をはじめとする多様な高次脳機能異常の原因になる可能性が示唆されている。この研究では特に,躁うつ病では睡眠覚醒や摂食行動における異常が散見されることを鑑み,ミトコンドリア呼吸機能が視床下部神経活動に与える影響を解析することで,高次脳機能の恒常性維持におけるミトコンドリアの役割について明らかにした。変異型ミトコンドリアゲノム(mtDNA)を導入した複数のモデルマウスでは,ミトコンドリア呼吸機能異常の度合いが導入されている変異型mtDNAの分子種によって異なっている。そこで,これらのマウス群の視床下部神経活動をスライスパッチクランプ法にて比較解析した。この時,記録神経細胞を特定するために,視床下部に発現する様々な神経ペプチド特異的に緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するマウスを用いて解析を行った。その結果,これらmtDNAを導入したマウスにおける視床下部神経細胞の電気的性質は,全く野生型マウスと比べて有意な変化はないことが明らかとなった。このことから,今後は電気生理学的性質だけではなく,遺伝子発現等を解析し,視床下部神経活動におけるミトコンドリアのエネルギー代謝の役割を明確にし,さらにミトコンドリアエネルギー代謝の破綻による視床下部病態の発症機構の探索を目指す。

 

35.伴侶動物の鼻腔内腫瘍における組織型と生息環境との関連

中山裕之,内田和幸(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医病理学研究室)
木村 透(自然科学研究機構 動物実験センター)

 近年,伴侶動物(イヌ,ネコ)で鼻腔内腫瘍の発生が増加している。その原因の一つとして,環境化学物質による大気の汚染が考えられている。伴侶動物はヒトと生息環境を共にしており,ヒト疾患のモニターとしての利用が提案されている。本研究ではイヌとネコの鼻腔内腫瘍を組織学的に検索し,その組織型と生息環境との相関を調べることを目的とする。平成21年度は,東京大学動物医療センターからの生体組織の収集が主に行われた。現段階で,1,300例の生体組織の内,約150件が鼻腔組織の生体組織である。この内,腫瘍と診断された症例は,約20%であり,イヌ・ネコともに腺癌が多く,次いでネコではリンパ腫および扁平上皮癌が収集された。腫瘍の組織型が決定したので,これらの細胞株の樹立を試み達成することができた。各症例の生息環境(居住地,飼育状況,食べ物および飼い主との関係)なども調査した。腫瘍の組織型と生息環境の関係をとりまとめて,平成22年度生理学研究所研究会で報告をする予定である。

 

36.伴侶動物の樹立腫瘍細胞株における生物学的特性の解明

酒井洋樹,児玉篤史(岐阜大学応用生物科学部獣医学課程獣医病理学分野)
木村 透(自然科学研究機構 動物実験センター)

 伴侶動物の腫瘍性疾患の中で,特に悪性腫瘍に関しては,腫瘍化メカニズムの詳細が未だ不明であることが多く,また,有効な治療法もほとんどない。しかし,腫瘍化メカニズムの解明や有効な抗がん剤の開発において,腫瘍細胞株を用いた研究は極めて重要であるにも関わらず,伴侶動物の腫瘍細胞の樹立および特性の解析はほとんど行われていない。本年度までに,イヌの脾臓血管肉腫細胞株を5種類樹立し得たので,この腫瘍細胞に的を絞り,本研究を進めた。血管肉腫はヒトにおいも有効な治療法がほとんどなく,悪性度の高い腫瘍の代表格である。

 In vitroでは継代が可能な5種類の脾臓血管肉腫細胞をスキッドマウスの皮下に移植し,継代する方法を用いた。ヌードマウスでは生着しない腫瘍であるが,スキッドマウスでは継代が可能であると共に,VFGAなどの血管内皮増殖因子の自己/傍分泌機構が係わっていることがわかった。これらの成績を取り纏め,本年度に論文として発表した。

 

37.SCIDマウス移植伴侶動物がんにおける遺伝子変異・過剰発現の検索と
実験的分子標的治療

丸尾幸嗣,森 崇(岐阜大学応用生物科学部)

 本研究では,伴侶動物がんの遺伝子変異・過剰発現の検索を行い,スキッドマウス異種移植系を用いてin vivo効果を検討し,それらの成果を臨床応用することが最終目的である。平成21年度は,まずc-kitとHER-2に注目して,各種伴侶動物がんの臨床材料を対象に検索を実施した。また,イヌ胃腸間質腫瘍とネコ乳癌については,凍結保存株をスキッドマウスに再移植して,遺伝子変異・過剰発現の検索を行った。

1. イヌ悪性メラノーマにおけるc-kit遺伝子の発現と変異の検討
 対象腫瘍としては,難治性のものが多く発生するという理由から,イヌ悪性メラノーマを選択した。コア生検および摘出材料46検体を用いてKITの免疫組織化学染色行った。また,うち23検体よりゲノムDNAを分離し,ポリメラーゼ連鎖反応によりc-kit遺伝子エクソン11領域を増幅した後,アガロースゲル電気泳動および直接塩基配列決定法にて変異の有無を検索した。

 その結果,46検体中21検体(46%)でKIT陽性となり,発現はすべて細胞質内で観察された。腫瘍の発生部位による陽性率は口腔51%(20/39),皮膚25%(1/4),指趾0%(0/2),眼球0%(0/1)であった。c-kit遺伝子のエクソン11の変異は,検索した23例すべて認められなかった。

 以上のことから,イヌ悪性メラノーマはKITの発現は約半数に認められたが,c-kit遺伝子エクソン11の変異は確認されなかった。今後,エクソン11以外の領域の変異の検索と,例数をさらに増やして検討し,分子標的治療の対象となるかどうかを見極める必要がある。

2. イヌおよびネコ腫瘍におけるHER-2蛋白の発現の検討
 摘出手術を行ったイヌおよびネコ腫瘍158例について免疫組織化学染色を実施した。HER-2陽性例については,それらの染色強度についてDAKOのHercep TestTM IIの判定基準に従い,0, 1+, 2+, 3+の4段階に分類した。さらにスコア2+,3+を過剰発現とした。

 摘出材料検体158例中,過剰発現を示したものは67例(42%)で認められた。陽性を示した腫瘍はすべて上皮系腫瘍であり,すべての非上皮性腫瘍では発現は認められなかった。陽性腫瘍としては,イヌでは乳腺腫瘍,アポクリン腺癌,移行上皮癌,肛門周囲腺癌,前立腺癌,直腸癌,扁平上皮癌,甲状腺濾胞腺癌,ネコでは乳癌であった。特にネコ乳癌では6例中6例が明らかな過剰発現を示していた。

 これらの結果から,分子標的の対象と考えられる腫瘍として,イヌ移行上皮癌,イヌ前立腺癌,イヌ鼻腔内癌,ネコ乳癌があげられる。

3. スキッドマウス移植イヌ胃腸間質腫瘍のc-kit遺伝子の発現と変異の検討
 既に自然科学研究機構動物実験センターにて株化樹立され,凍結保存されているイヌ胃腸間質腫瘍株について,人と同様なKITに対する分子標的モデルとなりうるかの検討を実施した。しかしながら,スキッドマウス再移植後,増殖に時間がかかり,HER-2蛋白の検討はこれから実施することになる。予想通りHER-2蛋白の過剰発現が認められれば,分子標的薬によるin vivo実験を実施したい。

 



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