生理学研究所年報 第31巻
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1.誘発脳磁場のウェーブレット変換による時間周波数成分
可視化に関する研究

川田昌武(徳島大学)

 本研究課題では,誘発脳磁場に対してウェーブレット変換(Wavelet Transform)を用いた時間周波数成分可視化を行い,その発現機序について新たな知見ことを目的としている。

 これまでに,ウェーブレット変換を用いたヒト脳波(運動関連脳電位)の時間周波数可視化を独自に進めた結果,本手法が脳波の発現機序を解明する上で有効である可能性を示している。

 本年度は高速離散ウェーブレット変換(Fast Discrete Wavelet Transform)に基づく複数測定点間の相関性を求めるCross-Correlation Methodのプログラムを作成し,2点間での簡易計算機実験(単発パルス波形のみ)を実施した。

 現在,脳磁場計測実験(運動関連脳磁場)の結果に対する解析を進めており,次年度も上記解析を継続することとなった。

 

2.脳磁図を用いた発話時の聴覚フィードバック機構とヒト脳機能の研究

軍司敦子,稲垣真澄(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所)
岡本秀彦(ミュンスタ大学)
柿木隆介

 自己発声音に対するモニタリング機能の解明を目指し,変換聴覚フィードバック(TAF)によって変化する発話中の聴性脳磁場反応について検討した。

 健常成人を対象に,母音/ə/の持続発声(5秒)をしているときの脳磁場反応を記録した。発声開始後1-2秒後に発話音声の位相を反転し,変調して両耳へフィードバックする条件(TAF条件)と変調されずにフィードバックされる条件(control)の発声実験をおこなった。聴取実験では,発声実験で録音された声を両耳に提示した。

 発声・聴取の両実験において,条件毎に加算平均波形を算出し,TAF条件からcontrolを引いた脳磁場反応の差分波形を求めたところ,およそ120ms後に頂点を示す成分(1M)が出現した。1M成分はいずれも左右半球の聴覚連合野付近に推定され,実験間で発生源位置に有意差はなかったが,source strengthは発声実験の方が聴覚実験よりも有意に増大した。

 本研究で認められた1M成分の相違は,聴覚フィードバックの逸脱に対する受動的なプロセスと能動的なプロセス間の相違を反映したと解釈できる。フォーワード情報とフィードバック情報の不一致に対する鋭敏な反応が,発話時において,発声・構音器官の適切な運動調節に重要な役割を担うといえよう。

 

3.非侵襲統合脳機能計測技術を用いた高次視覚処理の研究

岩木 直,須谷康一(独立行政法人産業技術総合研究所)

 網膜における視覚刺激の「動き」に基づいて対象の物体を知覚する場合,低次視覚野から頭頂部へ至る背側視覚経路と側頭部へ至る腹側視覚経路の両方が寄与していると考えられる。本研究は,高次視覚情報処理にかかわる複数の脳領域間における神経活動の相互作用を,MEGとfMRIの両方を用いて得られる高精度な脳神経活動可視化技術を用いて,定量的に評価することを目的としている。

 昨年度までに,同じ課題に対して得られたMEGとfMRI実験データを統合的に解析,すなわち,fMRI計測データから得られる脳内活動の空間分布を先見情報としてMEG逆問題の空間的信頼性を高める技術の開発を進めた。

 今年度は,上記データ解析技術を,視覚刺激の「動き」から3次元物体を知覚する際の脳活動ダイナミクス解析に適用し,背側視覚系と腹側視覚系それぞれの神経活動を高い時間・空間分解能で可視化した(図1)。この結果,動きからの3次元物体知覚にともなって活動する,後頭部,頭頂部,側頭葉下部それぞれの部位が協調的に活動する様子を明らかにした。

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図1 MEG/fMRI統合解析による,動きからの3次元物体知覚の脳活動ダイナミクス可視化結果

 

4.Williams症候群およびその他の発達障害を持つ患者の認知機能研究

中村みほ(愛知県心身障害者コロニー)

 ウィリアムズ症候群は7番染色体に欠失をもつ臨床遺伝子症候群であり,心血管系の異常,特徴的顔貌,精神発達遅滞の古典的症状に加えて,認知能力のばらつきが大きいことが特徴とされ,表出言語が比較的流暢であり音楽が得意である反面,視覚認知機能,中でも視空間認知の障害が強く,視覚認知の背側経路の障害が腹側経路に比してより強いことなどがさまざまに検討されている。さらに,過度のなれなれしさとも表現される特徴(hypersociability)を持ち,対人認知面での特性にも注目が集まっている。これらの症状に関連して,その責任領域も明らかにされつつあり,ヒトの脳機能の解明という観点においても,この症候群の検討は有意義であると考えられる。我々は従来,本症候群の視覚認知機能を中心に心理学的検討,神経生理学的検討を実施してきた。本年度実施したことは以下のとおりである。

1. 今年度は,長年フォローアップしてきた本症候群患者4名について,視空間認知障害に関する縦断的な発達を検討した。その結果,本症候群に特徴的であるとされるlocal processing bias(2次元図形の模写において,細かい構成要素の模写は可能であるが,それらを適正に配置して大まかな形を形成することが苦手であることなど)は一過性に全例で確認できた。また,それと時期を一にして,漢字模写の躓きを認めた。しかしながら,これらの所見は多くの場合発達とともに改善がみられた。一方,一部の3次元図形の模写に関しては,縦断的観察においても改善を認めなかった。他の知見と合わせて,本症候群においては奥行きの知覚の躓きについては発達過程における改善を認めにくいと考えられた。(Nakamura M. eta al. Development of visuospatial ability and kanji copying in Williams Syndrome. Pediatr Neurol, 41(2):95-100)

2. 上記の視空間認知の症状の一つとしてあらわれる漢字模写の躓きに対する介入法を検討した。漢字の各パーツを模写するにあたって,比較的得意な腹側経路の機能の一つである色を用い,不得意な背側経路の機能である「どこに配置するか」を,色の助けを借りてわかりやすくする方法を試みた。すなわち,下地を色分けした枠の中に書かれた漢字のモデルを同様に色分けした枠の上に模写する方法を用いたところ,有効であることが分かった。(中村ら。Williams症候群における視空間認知障害に対応した書字介入法の検討 脳と発達in press)また,これらの視空間認知症状はウィリアムズ症候群以外の疾患(一部の学習障害など)においても時に認め,上記介入法の応用の可能性を検討中である。

3. 従来検討中の,ウィリアムズ症候群における顔倒立効果について,脳磁図,脳波を用いた神経生理学的検討の結果を再解析し,上記1で示したものをはじめとする縦断的な臨床的知見と比較検討中である。

 

5.脳磁場計測を用いたヒト脳内における感覚情報相互の
処理過程に関する研究

寳珠山稔(名古屋大学医学部保健学科)

 脳内の感覚情報処理は刺激入力におけるbottom-upの脳反応と,入力反応への中枢性制御であるtop-downの制御とがその感覚情報の処理過程に作用している。本研究では,運動と体性感覚脳反応における脳反応においてこれらのbottom-upとtop-downとの脳反応の相互作用を明らかにしてきた。

 脳反応記録では高い時間的分解能で脳表面の多数の計測点から脳反応を高い精度で観察できる点から脳磁計(magnetoencephalography: MEG)が優れている。これまで,脳磁計により,一次体性感覚野(primary somatosensory cortex: SI)や二次体性感覚野(secondary somatosensory cortex: SII)の活動の変動が報告を報告してきたが,刺激による脳反応条件に加え,随意運動や運動企図の課題を負荷することによりtop-down制御の影響を観察できる。しかし,体性感覚刺激中に実際の運動を生じさせると,運動関連脳磁場が体性感覚誘発脳磁場に重畳することとなり,解析が困難となるため,運動に関するtop-downの脳活動を実際の運動を伴わないNo-go課題を行うことにより,運動前に生じるtop-down脳活動としての運動企図と体性感覚(痛覚)との相互干渉を観察した(Nakata et al., 2009)。

 全頭型306チャンネル脳磁計(Vectorview, ELEKTA Neuromag)及び脳波を用いて記録したYAGレーザーによる痛覚刺激後の脳反応は,刺激対側の一次体性感覚野と刺激両側の二次体性感覚野では差は認められなかったが,前帯状回で有意に減少した。このことは,随意運動に関するtop-down活動が痛覚のbottom-up反応と干渉を生じたための変化と考えられた。また,No-go反応など,タイミングと密接に関連した企図に関する脳活動は前頭前野起源であることが脳磁場反応や画像研究から報告されているが,今回認められた体性感覚反応とtop-down活動との干渉が前頭葉起源のどのような成分と関連があるのかについて時間的関係や経路については明らかではなく,更に解析を進めつつある。

 Nakata H, Sakamoto K, Inui K, Hoshiyama M, Kakigi R. The characteristics of no-go potentials with intraepidermal stimulation. Neuroreport. 2009; 20:1149-1154.

 

6.脳波と脳磁図による聴覚の変化探知メカニズムの解明

元村英史(三重大学医学部附属病院精神科神経科)
乾 幸二,柿木隆介

 認知は知覚探知→記憶→注意→学習→思考→実行機能へと高次化するneural networkで構成され,ミリ秒単位で始まる最初期段階の知覚探知は極めて高い時間分解能を有する脳磁図によって覗きみることができる。ヒトが生存するうえで,外界の情報変化を速やかに捉える変化探知反応は危険に対する防御において不可欠な脳内情報処理システムである。本研究の目的は,脳磁図を用いて聴覚情報変化における変化探知反応を計測し,そのメカニズムを解明することである。

 健常者を対象とし,全頭型306チャンネル脳磁図計(Vectorview, ELEKTA Neuromag)を用いて聴覚変化探知反応を計測した。呈示刺激はbrief standard sound(frequency: 800Hz, pressure: 70dB, duration: 25ms, rise/fall: 5ms)を連結して刺激音(duration: 500ms)とした。標準刺激はbrief standard soundを20個連結し,3種類の逸脱刺激は前半10個のbrief standard soundに続く後半10個のbriefsoundを以下のように変化させたものである。

1) location deviant stimuli: 音源が正面からずれて感じるように左耳のみブランク(0.4ms)を置いてstandard soundを連結
2) frequency deviant stimuli: frequencyのみ840Hz
3) pressure deviant stimuli: sound pressureのみ75dB

 この4刺激を1:1:1:1の頻度にてランダム呈示し,それぞれ300回加算した波形について双極子追跡法による脳内信号源推定を行った。

 その結果,3種類すべての逸脱刺激呈示においては,標準刺激ではみられない刺激変化後100~200msに頂点を示す大きな成分が確認された。3種類の異なる逸脱刺激呈示における頂点潜時のisocontour mapは類似しており,その主な発生源は3種類の逸脱刺激すべて両側の上側頭回に推定され,その位置に有意差はみられなかった。推定された上側頭回の活動には約40Hzの刺激追随型の活動が重畳しており,これは個々の25msのbrief soundに対する情報処理活動と考えられた。

 本研究の結果から,聴覚情報処理自体に関わる活動とは別に,変化探知に関与する神経細胞群が上側頭回に存在すると考えられた。精神疾患における聴覚情報処理異常については多くの報告があるが,われわれはその異常の本質は情報処理自体ではなく,その後に続く変化探知反応にあるという仮説を持っている。今後,本研究で明らかとなった変化探知反応を標的とし,精神疾患の聴覚情報処理異常の解明につなげたい。

 

7.前頭葉シータ波活動と脳高次機能

佐々木和夫(自然科学研究機構)
逵本 徹,南部 篤

 ヒトやサルにおいて前頭葉のシータ波活動が「注意集中」に関係している可能性が示唆されている。我々はヒトが各種作業課題を行う際の脳磁場を解析し,シータ波の発生要因の検討と発生源推定を行った。その結果,時間の持続感覚や意識集中に関連すると考えられるシータ波活動が脳磁場計測でも認められ,主観的な集中の度合いとシータ波の発生はよく一致した。またその発生源は前頭葉背外側部および内側部に推定された。比較実験としてサルの大脳皮質から直接記録を行うと,類似したシータ波活動が前頭前野9野と前帯状野吻側端32野に観察された。ヒトとサルのシータ波の性状はよく一致した。「注意集中」は多様なプロセスと関連していると考えられるため,シータ波発生の主たる要素を抽出することが望まれる。今後は,シータ波がどのような脳内プロセスと関係しているのかを動物実験を併用しながら探っていきたい。

 



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