社会能力の神経基盤

成果概要

自他相同性に始まり向社会行動に至る社会能力の発達は、相互主体性を介した共有による学習過程であるとの仮説を証明することを目的に研究を進めた。具体的には、機能的MRIを用いて、発達過程で出現する社会能力の要素過程としての (1)自己主体性と社会的随伴性、(2)見つめ合いと共同注意、(3)皮肉、(4)ユーモアの授受、(5)共感の神経基盤を明らかにするとともに、(6)学習過程において重要な内発的動機づけの神経基盤を解析した。さらに(7)社会的相互作用が内発的報酬であることを実験的に示し、(8)well-beingに重要とされる自己肯定感の神経基盤を描出、そして(9)主観的な「幸せ」の神経基盤を明らかにした。

 

詳細

(1) 社会的随伴性と行動主体性の神経基盤の相同性

(Sasaki et al.,. in press)

自分の行動の結果としての他者の行為を理解すること(社会的随伴性)は、社会行動において重要である。自他行為の区別には行動の運動様態(kinematics)、身体の帰属(body identity)、フィードバックの遅れの3要素が重要であり、社会的随伴性理解には、この3要素の比較と統合が必須である。発達心理学的観察によれば、発達初期において自己行為とその物理的、即時的フィードバックの比較により行為の自己主体感(sense of agency)が獲得され、発達に伴って他者の時間遅れを伴う反応をフィードバックとする社会的随伴性の認知へと成熟するとされている。本研究では自己主体感と社会的随伴性認知に関わる神経基盤を機能的 MRIにより検討した。被験者はMRI撮像中に手指運動を行い,自己又は他者の動作を視覚フィードバックとして観察した。視覚フィードバックは動作の内容(一致,不一致)と呈示のタイミング(遅延なし,遅延あり)を変えて呈示した。脳機能計測の結果,左下前頭回は自己動作がフィードバックとして呈示される際には動作が同じで、遅延がない時に強く活動する一方で,他者動作がフィードバックされた際には動作が同じであるが,遅延がある時に強い活動を示した。一方でEBAは、自他区別やフィードバックの遅れにかかわらず、行動とフィードバックが一致する際に強い活動を示した。自他区別とフィードバックの遅れの相互作用は、上頭頂小葉でみられた。さらに、後頭葉からEBAとSPLを介して左下前頭回にいたる機能的結合は、3要素の存在で変調した。このことから、自己主体性と社会的随伴性の神経基盤は、EBAにおける単純な動作同一性処理から左下前頭回における社会的適切性を含む複雑な処理へと連なる階層的な処理過程として表象されることが明らかとなった。

 

(2) 見つめ合いと共同注意

 (Koike et al., 2016)

アイコンタクトと共同注意は、パートナーと視覚的な注意を共有する社会的な行動である。アイコンタクトは他者とみつめあう行為であり、ヒトの発達において生後6~12ヶ月ころに出現する。他人の意図を忖度する能力(心の理論)の萌芽でありまた言語発達の前駆と目されており、さらにその欠如は自閉症の早期兆候とされている。共同注意はアイコンタクトの後におこなわれる、二個人がある物体上に視線を向けることにより、物体の上で視覚的注意を共有する行動である。共同注意の中でも特に、自発的に注意をある物体に向けて他者の視線を誘導する共同注意の開始のむずかしさは、自閉症の早期兆候とされている。個体間の相互作用である「共有」の神経基盤を明らかにし、視線を介してどのように二者が単一の「我々」を構成するかを明らかにするためには、2個体の神経活動を同時に記録解析することが必須である。そこで、2台のMRIを用いて2個人間の相互作用中の神経活動を同時に計測するシステムを開発して、共同注意とアイコンタクト時の神経活動を計測した(Koike et al., 2016)。同性で初対面の実験参加者は、二者同時記録MRI装置に入り、ビデオカメラ越しではあるがパートナーと数分間のみつめあいをおこない、この際の脳活動を記録した。二者の間での情報伝達を仲立ちする行動としては、瞬目に注目した。ヒトはパートナーの瞬目を無意識的に模倣することが知られており、また視覚的注意の切れ目を表象しているとも考えられている。瞬目はビデオ映像を用いて記録をおこなった。先行研究(Saito et al., 2010; Tanabe et al., 2012)と同様の方法で、脳活動間に相関があるかを検討したところ、全くの初対面でありかつみつめあうだけという最小構成の社会的相互作用中であるにも関わらず、右中側頭回の脳活動の時間変動は、パートナーのそれと高い相関を示した。この際、行動指標として記録した瞬目の時間パタンを二者間で比較したが、明確な相関は見られなかった。この実験に続けて参加者らは、注意共有の一つの形である共同注意課題を、1時間程度、MRIの中でおこなった。別の日に実験参加者らは再び来所し、みつめあい課題をおこなった。このときの脳活動を解析すると、右中側頭回だけではなく右下前頭回においても脳活動の相関がみられた。この時は一日目とは異なり、二者の瞬目の時系列間には有意に高い相関がみられた。また、瞬目間での相関の増加量と、脳活動間での相関の増加量には正の関係性がみられた。さらに、複数のコントロール条件により、この脳活動同期がパートナー特異的であること、また共同注意課題をおこなった経験に依存することも示した。これらの結果は、参加者らは共同注意課題を介してパートナーと注意を共有する経験を繰り返したことにより、注意の切れ目を表象する瞬目の生起タイミングをパートナーと共有するという形で注意共有を無意識的におこなうようになり、それが右下前頭回での脳活動同期という形で記憶されるようになったと解釈される。現在、この実験を拡張した形で、リアルタイムでの注意の共有が生み出す脳活動の検討、さらには脳波計測へと拡張して電気的な指標を用いて二者間の相互作用を定量化する手法の開発を進めている。

 

(3) 口調による皮肉理解の神経基盤

(Matsui et al., 2016)

ヒトが語用論的能力,すなわち言外の意味を理解する能力を活用する際には,一般的な言語処理に関与する神経基盤に加え,内側前頭前野や,右半球,皮質下領域の関与が示唆されているが,一貫した見解は得られていない。日常会話の皮肉的表現の理解においてはプロソディ(口調)が重要な役割を果たす。そこで、「プロソディを含む皮肉発話の解釈課題」を行ったところ、発話内容(褒め)とプロソディ(非難口調)不一致は前部帯状回と前部島皮質の活動を惹起し、皮肉理解と相関する領域は左下前頭葉腹側(BA47)であった。つまり、口調を媒介とする(ネガティブな)情動が、言語的意味解釈処理に関わるBA47で統合されて皮肉として理解されることを示す。文字情報のみで皮肉理解課題を行わせる場合に関与するmentalizing networkは賦活されなかったことから、音声を介した情動情報の伝達は、皮肉理解においてはmentalizingとは別経路を経由するものと考えられた。

 

(4) ユーモア授受の神経基盤

(Nakamura et al., 2017, Sumiya et al., 2017)

ヒトに特有なコミュニケーション機能としての言語と情動の関係を明らかにするために、ユーモアの授受に関与する神経基盤を、機能的MRIを用いた2つの実験により明らかにした。まず、ユーモアの理解に伴うポジティブな感情と関連して左扁桃体の賦活が見られた(Nakamura et al., 2017)。これは、扁桃体が、言語により媒介される情動の評価に関連することを示しており、言語を含む認知と情動の結節点としての扁桃体の重要性を明らかにしたものである。一方で、ユーモアを発することにより相手のポジティブな反応(笑い声)を惹起した場合に、報酬系の一部である線条体が賦活し、更に自己を表象する領域としての内側前頭前野の活動により、線条体と聴覚領域との機能的結合が増強されることを明らかにした(Sumiya et al., 2017)。これは、ユーモアを発するという自分の行為が相手のポジティブな反応を惹起したという因果関係の理解(contingency detection)により自己効力感というポジティブ感情が生成された、と解釈された。言語的コミュニケーションにより共有される情動(共感)の神経基盤の一端が明らかとなるとともに、この共感が会話を動機づける内発的報酬であると推測された。

 

(5) 他者からもたらされる情動情報の統合に関する神経基盤

(Takahashi et al., 2015)

他者の感情を推測する能力は社会生活に於いて重要である。他者から発せられる様々な情報統合に関連する脳部位を明らかにするために、fMRIを行った。他者が「悲しんでいる」と推測される状況に焦点を当て、他者の顔の表情と流れる涙という視覚情報を統合して悲しみ感情の推測過程に対応する脳活動を調べたところ、内側前頭前野と楔前部・後部帯状回が統合に関与していることがわかった。これらの領域は、「心の理論」と関連する(mentalizing network)ことが知られており、複数の情報をまとめ上げて他者の心的状態に関する推測する役割をになうことが示唆された。

 

(6) 内発性動機づけの神経基盤

(Miura et al., 2017)

行動の内在性価値とは、たとえ明白な結果がなくても行動を経験することが楽しいという内在的感覚を指す。行動の内在性価値により行動が動機づけられることを内発的動機づけと呼ぶ。これまでの研究では、内在性価値と外部報酬を処理する機構は報酬ネットワーク内に共通して存在していることが示唆されていた。しかし、行動の本質的価値がどのように神経活動レベルで表象されているかは不明であった。行動の内在性価値は、随伴性を生成する制御可能性とフィードバックの存在に依存する、との仮説を証明する目的で、ストップウォッチを用いたゲームのfMRIを行った。課題遂行中、制御可能性(参加者がストップウォッチを自ら制御していたという感覚)と結果のフィードバック(参加者が自分の行動の結果を見ることができる信号)が操作された。腹側線条体および中脳は、制御可能性と結果のフィードバックの両者がそろっているときにのみ活性化された。fMRI後に、複数のゲームを自由に選択してもらったところ、参加者は御可能性と結果のフィードバックの両者がそろっているゲームを選んだ(内発的動機づけ)。したがって、作用の本質的価値は、腹側線条体および中脳活性化の増加によって表象されると結論づけた。

 

(7) 報酬としての社会的相互作用

(Kawamichi et al., 2016)

肯定的な社会的相互作用は、人生に意味があるという感覚を生起するため、社会的結びつきの構築を促す動機となりうる。社会的相互作用そのものが、報酬系を活性化するとの仮説を立てて、fMRIを用いて仮説を検証した。複数のメンバーからなる仮想ボールトスゲームに参加中の被験者は、他のプレイヤーからトスをもらうと嬉しく感じ、これに伴って報酬システムの一部である腹側線条体が活性化した。その際同時に活動するprecuneusは肯定的な自己イメージを表象しているものと推論された。このことから社会的相互作用は内発的報酬たりうると結論付けられた。

 

(8) 自己肯定感の神経基盤

(Kawamichi et al., 2018)

自尊心(自己肯定感)は、他者からの評価によって影響を受ける部分と受けない部分があることが知られているが、他人の評価が主観的な自尊感情を変えるその神経基盤は不明であった。自尊心の変化は、mentalizing networkと他者の評価の主観的解釈に関わる領域との相互作用によって表されるとの仮説を検証するために、タスクベースおよび休止状態のfMRIを実施した。参加者は自らの評判をみせられ、その際の嬉しさを評価するとともに、その時々の自尊心の程度も報告した。嬉しさ(すなわち、評判の主観的解釈)に基づく自尊心の変化の度合いを評価するために、一定の嬉しさに対する自尊心の変化率を計算し評価感度とした。評価感度は参加者間で変動し、評判評価によって引き起こされたprecuneusの活動と正の相関があった。precuneusとの機能結合は、ネガティブな評判で活性化した領域とは正の、ポジティブな評判で活性化した領域とは負の相関を示した。このように、mentalizing networkの一部としてのprecuneusは、評判の主観的解釈を自尊心に変換するための関門として機能するものと解釈された。

 

(9) 主観的な「幸せ」の神経基盤

(Matsunaga et al., 2016)

幸せには、好きなものが得られた時などに経験する「幸せな気持ち(幸せ感情)」としての一時的な側面と、自分は幸せである、と比較的長期にわたり安定して認知される「幸福度」としての長期的な側面のあることが知られており、幸福度が高い人は日常生活の中で幸せ感情を感じやすく、逆に日常生活において幸せ感情を多く経験すればするほど幸福度が上がっていくというように、幸せの2つの側面は相互に関連していることが心理学的研究から分かっていた。しかし、なぜ2つの側面が関連するのか、その生理学的基盤は不明であった。MRIを用いて、幸せに関連する脳領域を構造面・機能面から調べたところ、幸福度が高い人ほど吻側前部帯状回の皮質体積が大きく、その大きさはポジティブな出来事を想起している際の吻側前部帯状回の活性化と相関していることが判明した。即ち幸福の二側面が共通の神経基盤(吻側前部帯状回)を持ち、持続的な幸福はその体積に、一時的な幸福はポジティブな出来事を想起している最中の神経活動に関係していると解釈された。