1. サルにおける脊髄レベルでの皮質脊髄路損傷後の機能代償機構の解析
げっ歯類やネコなどとは異なり、霊長類においては大脳皮質から脊髄に投射する皮質脊髄路(錐体路)は脊髄の運動ニューロンに直接結合をします。一方、個々の指を独立して動かして物をつまむような精密把持運動(precision grip)は霊長類において発達してきた器用な運動です。そして多くの錐体路に障害を受けた患者の症例や、延髄錐体の切断実験を行ったサルにおいて(Lawrence and Kuypers 1968)、手指をまとめて動かすような把持運動(power grip)は回復しますが、個々の指を独立して動かして物をつまむような精密把持運動(precision grip)は永久に消失することから、皮質脊髄路と運動ニューロンの直接結合が精密把持運動を可能にしていると考えられるようになりました。
ところが近年私たちの研究グループは、サルにおいて直接結合のほかに皮質脊髄路から頚髄C3-C髄節に存在する脊髄固有ニューロン(C3-C4 propriospinal neuron = C3-C4 PNs)を介して運動ニューロンに至る2シナプス性の興奮伝達経路が存在することを見出しました。この経路は皮質脊髄路が直接運動ニューロンに接続しないネコにおいて発達していることが知られている経路です。このC3-C4PNsを介する経路が脊髄で側索背側部を通過する皮質脊髄路とは異なり、側索腹側部から前索を通過することから、頚髄C5レベルで側索背側部を切断することによって、皮質脊髄路から運動ニューロンへの直接結合は遮断しつつ、C3-C4PNsなどの中継ニューロンを介する経路は残して運動を調べることが可能になります。そこで我々はこのようにして頚髄C5レベルで側索背側部を切断したサルを用いて皮質脊髄路から中継ニューロンを介して運動ニューロンに至る経路の機能を調べることにしました。その結果、これらのサルは切断後1−3週間でprecision gripによって小さなものをつまむことが可能になり、1−3ヶ月で把持力の弱さは残るものの、precision gripがほぼ完全に回復することを見出しました(Sasaki et al. J. Neurophysiol., 2004)。
そして現在私たちは次のステップとして、このような機能回復過程の神経機構につき、特に大脳皮質などの上位中枢における再組織化の可能性に注目して、以下の実験を行っています。
1.PETによる機能回復過程の様々な段階における脳活動のイメージング。
2.上記PETの実験で機能回復過程で活動の上昇が起きると認められた部位が実際に機能回復にどのように寄与するかを調べるためにそれらの領域に局所的にGABAA受容体のagonistであるmuscimolを微量注入して機能を局所的にブロックし、機能回復してきた運動に対する影響を調べる実験。
3.機能回復の様々な段階における大脳皮質関連領域におけるGAP-43など成長関連タンパク遺伝子の発現解析、およびマイクロアレイによる遺伝子発現の変化の網羅的検索。
現時点で既に、機能回復過程において障害された手と反対側の大脳皮質一次運動野以外にもさまざまな領域で活動の増加が見られ、それらの領域も機能回復過程に一部貢献していることが示されつつあります。そのような結果からC3-C4PNsを介する経路以外のシステムも機能回復に関わっていることが推察されます。今後さらにこの実験系を用いて、脊髄損傷後の運動機能回復のためにリハビリテーションの基礎となる研究を展開していきたいと考えています。
 


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