6. 霊長類における把持運動の制御機構
手を用いた把持運動はヒトを含めた霊長類において高度に発達した随意運動である。この「ものをつかむ」という動作の制御は簡単なようで複雑である。物体の形状や位置を認識し、それをつかむのに最適な手の形や把握力を瞬時に計算し、計算結果を基に運動指令を作り出し、その運動指令を基に手を動かし、運動の結果生まれた感覚フィードバックをもとに運動指令を修正する。このように複雑な一連の過程は中枢神経系においてどのように制御されているのであろうか。この問題は現在でも様々な角度からアプローチされている古くて新しい研究課題である。
これまでの研究から大脳皮質の様々な領域及び小脳などが把持運動の制御においてそれぞれ異なった、重要な役割を担っている事が明らかにされている。一方これまで全く調べられたことがなかったのが、脊髄の役割である。脊髄は大脳皮質などの上位中枢と効果器である筋肉の中間地点に存在し、運動指令を上位中枢から伝える下降路や、末梢の感覚器からのフィードバック信号を伝える上行路がこの脊髄を通過する。それも、ただ通過するだけでなく脊髄において複数のシナプスを経由しているので、何らかの情報処理が行われていると想定される。つまり、大脳や小脳だけでなく脊髄も上記のような把持運動の制御に何らかの役割を担っていると予想される。ではどのような役割か?この点が全くわかっていない。
そこで我々は、行動中の覚醒サルから脊髄ニューロン活動を慢性的に記録する新しい実験手法を用いて、この問題にアプローチしている。つまり、サルに把持運動を行わせ、その際に頚椎にあらかじめ装着した記録用チェインバーからニューロン活動を記録している。そして神経活動の変化する運動局面、下降路入力、末梢入力などを調べ、それらから脊髄でどのような情報処理が行われているのか類推しようとしている。最近ようやくニューロン活動の記録が始まり、1)多数のニューロンが運動に依存した変化を示すこと、2)それらの一部は運動神経への直接投射をもつと考えられること、3)運動開始前から活動を変化させるニューロンが存在すること、が明らかになりつつある。これらの結果はどれも脊髄が把持運動の制御に関わっていることを示唆するポジティブな結果であり、これまで単なる「中継点」と考えられてきた脊髄においても合目的的な情報処理が行われていることを示すのが現在の目標である。
 
 


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