4.神経ネットワークを研究する、
ちょっと素敵な実験系の開発


脳は多くの神経細胞によって構成されています。そしてその神経細胞をつないでいるのがシナプスであり、その結合が神経ネットワークを形成します。神経細胞の特徴は、電気的活動を示すことです。

その電気的活動を図る方法として、現在非常に有名で強力な方法がパッチクランプ法もしくは微小電極法(sharp-electrode)と呼ばれるものです。これらの方法を用いると1個の神経細胞の詳細な電気的活動を測ることができるだけでなく、2本の電極を用いることによってシナプスで繋がった2個の神経細胞から測ることもできます。実際多くの科学者が用いている方法です。

しかしこれら方法にも限界があります。2個までの神経細胞は記録できるのですが、それ以上はほとんど技術的に不可能なのです。しかし神経ネットワークを調べたいのならば、2個では足りません。4個、5個、いやもっとたくさんの神経細胞の活動を同時にモニターする必要があります。そのようなことができたら神経細胞の電気的活動を調べている多くの研究者が興味をもつでしょう。

我々は、そのようなクリティカルな問題を解決する測定技術を現在開発しています。そのアイデアは以下の様です。実際の神経細胞の電気的活動の記録は高々2個です。これは実際問題としてどうしようもありません。しかし我々の考えは、"足りない部分は人工神経細胞 (computer-simulated neuron) で補ってあげればよい"というものです。

神経細胞をシミュレートするというと、「ほんとに?それってどのくらい本物っぽいの?」と思う方が少なからずいます。しかし Hodgkin-Huxley model と呼ばれる理論を使うと実際にパッチクランプ法等で実際記録した記録とほとんど同じ神経活動をシミュレートすることができます。それもそのはず、神経細胞の電気的活動のこれまで多くの研究は Hodgkin-Huxley model に従うことがわかっているのです。

そんなリアリスティックな神経細胞を作ることができるのだったらそれを使わない手はありません。実際のパッチクランプ法で記録した2個の神経細胞とコンピュータ上に作った数個の人工神経細胞を繋げて、神経ネットワークの研究を行うことのできる実験系を開発する・・・それが我々の研究です。

以上のアイデアは非常にシンプルであり、ちょっと考えれば思いつきそうな研究です。しかしこれまでこのような研究の報告はほとんどありません。どうしてできなかったのか?それはそれを難しくする幾つかの問題点があったからです。

1つめは"リアルタイム性"です。Hodgkin-Huxley model を用いると非常にリアリスティックな人工神経細胞を作ることができますが、一方で非常にたくさんの計算を必要とします。もちろんたくさんの計算時間が必要となります。しかし実際の神経細胞とつなげるためには、計算時間は短くなければならないのです。リアルタイム(実時間)で動かないといけません。そのような高速の計算はこれまでのコンピュータでは不可能でした。しかも普通のPC(たとえば windows)などは数値計算能力がそれほど早くはないので、実現は難しいところがあります。その問題を我々はDSPと呼ばれるデジタル信号処理に特化したプロセッサを用いることによって解決しています。

2つめは我々の測定系を使うには、パッチクランプ法などの電気生理学的な知識・技術と、Hodgkin-Huxley model の理論的な理解と実践、そしてプログラミングの知識・技術が必要です。これらの知識や技術を全部習得するのはそれほど簡単なことではないですし、実際に世界的にみてもこれらがこなせる人はそうはいません。しかし我々の研究室には、これら両方の知識と技術があるのです。

以上の説明で我々の測定系が興味深いものであると思っていただけたでしょうか?しかもさらにすばらしいのは、コンピュータ(プロセッサ)の性能は日々目覚しく上がっています。しかもそれは我々がすることではなく、コンピュータを作る会社ががんばってくれてます。プロセッサが高速化するにつれ、もっと複雑な測定系が労せずして構築できるようになるのです。おいしい話だとは思いませんか?



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