1.遺伝子異常による神経疾患モデルマウスの解析

 脳の情報の処理は、(主に)神経細胞が行っています。神経細胞はお互いにシナプスという部分で機能的につながり、いわゆる神経回路を形作っています。シナプスで、神経細胞は神経伝達物質という化学的物質を用いて情報を他の細胞に送ります。それを受け取った細胞はその情報をいったん電気的な信号に変換して統合処理し、さらに他の神経細胞に情報を伝えていきます。このように神経細胞は、化学的物質に対する反応性を持ち電気的情報処理が可能な”マイクロマシン”あるいは”マイクロコンピュータ”なのです。



小脳のプルキンエ細胞。蛍光色素をいれることにより細胞の広がりがわかります。

 私たちは、神経細胞の働きに不可欠な役割を果たすことが知られているいくつかの分子が、実際どのように働いているかということに興味をもって研究を進めています。その方法として、これらの分子に遺伝子異常があるマウスを用い、神経細胞の”部品”の調子がわるくなるとどのようなことが起こり、神経症状が生じてくるのかということを解析しています。

 私たちが主に対象としている分子は、イオンチャネルと神経伝達物質受容体です。イオンチャネルは電気の通り道であり、イオンチャネルが開いたり閉じたりすることで、神経細胞の電気的な性質が調節されます。また神経伝達物質受容体は,他の細胞から放出された化学物質を受け取り、化学的情報を電気的情報に変換します。特に私たちが興味をもっているカルシウムチャネルは、神経伝達物質の放出に深くかかわっており、また電気的な活動を細胞内の化学的情報に変換する役割を担っています。従ってカルシウムチャネルの異常は、脳の機能に重大な影響を与えることが予想されます。



rollingマウスNagoya. 電位依存性カルシウムチャネルα1Aサブユニット遺伝子の変異により小脳失調症が起こります。私たちはカルシウムチャネルの電位センサー部位にある1つのアミノ酸が変わることによりチャネルの性質が変化し、その結果、神経障害が引き起こされることを明らかにしました。

 電位依存性カルシウムチャネルの異常により、失調症(よたよた・ふらふらする)やてんかんが起こることが知られていますが、なぜそのような症状が起きてくるかに関しては、ほとんど研究がなされていませんでした。私たちは、遺伝性失調症マウスの小脳の神経回路を電気生理学的に系統的に解析しています。




小脳プルキンエ細胞の活動電位発火パターン。脱分極電流に対して、正常マウスでは(左)バースト状の発火パターンを示すが、rollingマウスでは(右)バースト状の発火が途絶えてしまう。

 またてんかんの発生機序を明らかにする手がかりとして、てんかんをもつマウスの解析も行っています。てんかんは大脳皮質の多くの神経細胞が一度に過剰興奮の状態になことにより起こります。

 カルシウムチャネルに異常を持つtotteringマウスは、生後3週ごろからてんかんの一種である欠神発作を示します。欠神発作の原因は、大脳皮質と視床を相互に結ぶ神経ネットワークの異常により生ずると考えられてきましたが、その詳細は不明でした。私たちの最近の研究により、totteringマウスにおいて大脳皮質Ⅳ層錐体細胞へ入力する抑制性シナプス伝達が減弱していることが明らかになりました。大脳皮質Ⅳ層錐体細胞は、視床から直接抑制を受けるのではなく、抑制性介在ニューロン介するフィードフォワード抑制を受けます。totteringマウスでは、この視床-大脳皮質投射のフィードフォワード抑制機能に著明な障害があることが示されたわけです。

update 02-May-2006

もとに戻る