宍戸恵美子

特別協力研究員

日本学術振興会特別研究員PRD(平成234月より)

 

自己紹介

私はこの何年間か現場で自閉症の幼児の行動介入を行ってきました。これは行動療法または応用行動分析(Applied Behavior Analysis; ABA)と呼ばれるもので、行動学の原理に基づいて行われるものです。行動介入は1970年ころから米国で自閉症の幼児に応用されて大きな効果をあげてきました。 行動介入は就学前の幼児に対して集中的に行われ、発語の促進や問題行動の低減が期待されます。UCLALovaasらの報告では、行動論的アプローチによって約半分の重度自閉症児が正常域の知能を獲得するなど、それまで確たる治療法がなかった自閉症の改善に大きな進歩をもたらしました。

 

オペラント条件付けによる強化学習 (三項随伴性に基づく学習)

 

しかし、一方で行動介入による治療には問題もあります。たとえば自閉症児の一部はパターン学習のわなにはまってしまい、般化(*)に大きな困難を抱えたままのことがあります。これらの子どもたちは言語スキルを獲得して話せるようになっても、ロボットのように決められた受け答えしかできない、子どもらしくない、などと評されます。理由はわかりませんが、一部の子ども達は言葉が話せるようになっても、本来なら自然環境から学ぶべきことを学べないまま成長するようです。この欠点のために行動論的アプローチに対して関係者の間でもさまざまな議論があります。

このような治療上の欠点を克服するには、現場のケースを集めて統計的に分析し、傾向をつかみ、さらにそれを情報として伝えていくことが大切です。近年活発になっている新しい行動論的アプローチの中には、この問題に対して答えを持っているものがあります。例えば、子どもの自発的な行動を強化する方法があります。これはフリーオペラントと呼ばれる、最も基本的な行動の考え方に由来するものです。一部の自閉症児にはフリーオペラントにもとづく方法によって自発性、新規探索性、般化の改善が見られます。また強化の遅延や、高度な構造化(行動の直後に強化するのではなく、一連の作業が完成したら強化するなど)も有効です。このような要素を取り入れた行動介入を受けた子ども達は「やだやだ」と拒否の表現を使ったり、少し見当外れの質問をしたりもしますが、見た目には子どもらしくなります。

しかし、この行動論的アプローチの新しい流れがどうしていままでのものと違うのか、なぜ有効なのかはまだよくわかっていません。本研究では実際の現場での行動介入における強化タイミングを解析し、モデル構築・分析を行い、背景にある行動−強化の関係を推論します。子どもがどのような自発的行動バリエーションを示し、それに対して強化スケジュールをどのように設定しているのか、期待される効果はなにかを考察し、治療の裏にある理論的なバックグランドを明らかにしたいと思っています。

 

*般化;獲得したスキルを他の場面で使っていくこと

 

 

自閉症と呼ばれる子どもたちの中には視覚に偏りがあるタイプ、触覚が過敏なタイプ、音に敏感なタイプなどさまざまなケースがあります。近年のゲノム解析の報告から、いままでひとつのまとまりと捉えられがちだった自閉症が実はさまざまな原因によって引き起こされ、結果的に似たような症状を示すものと考えられるようになってきました。どうして異なった性質を持った子ども達が、同じ自閉症の症状(コミュニケーション、社会性、想像力の問題からなる中心症状および、発話の遅れや常同行動、パニックなどの行動上のバリエーション)を呈するのかはわかっていません。感覚過敏など、物事の感じ方に違いがあると認知の仕方も変わってくるはずです。しかし、おそらく感覚の異常だけが自閉症を形作るのではなく、自閉症の子どもの中で何らかの学習機序が異なっているため、それらの特徴が現れるのではないかと思っています。

 

自閉症をはじめとする発達障害の子どもの中には視覚情報の処理につまづきがあるため、就学期直前になっても文字が認識できなかったり、絵を書くことができなかったりするケースがあります。これらの子ども達も行動論的なアプローチによって改善する場合があります。

 

近年まで自閉症は知的に遅れがあるものとされてきましたが、行動介入によって言語を獲得した自閉症児の中には、介入後に高い知能を有する場合があります。また、現在の大人の人口に占める、知的に遅れがない自閉症の割合は想像以上に多いと言われています。自閉症をはじめとする発達障害についてはまだ多くのことが明らかになっておらず、専門家や研究協力者など多くの方の参加が望まれます。自閉症の原因を探ることは神経科学や生物学の分野の研究と重なる部分がたくさんあります。興味を持たれた方はぜひご一報ください。

 

いままでの経歴

平成2年 東京大学理学部生物化学科卒

平成2年 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻

平成6年 日本学術振興会特別研究員

平成7年 博士(理学)取得

平成7年 基礎生物学研究所研究員

平成11年 ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校

リサーチ・サイエンティスト、日本学術振興会海外特別研究員

平成15年 第二子が発達障害のためニューヨーク州にて行動介入を受ける

平成17年 行動介入コンサルテーション

NPO法人の講習会講師など

放送大学・大学院(人文科学系)在籍

平成2212月より生理学研究所特別協力研究員

日本学術振興会RPD内定

研究課題「発達障害における行動介入の神経科学的分析と応用」

 

原著論文、総説、著作など

英語

Emiko Shishido, Yasufumi Emori and Kaoru Saigo. Identification of seven novel protein-tyrosine kinase genes of Drosophila by the polymerase chain reaction FEBS Lett. 235-238 (1991)

Emiko Shishido, Shin-chi Higashijima, Yasufumi Emori and Kaoru Saigo.

Two FGF-receptor homologues of Drosophila: one is expressed in mesodermal primordium in early embryos Development 117, 751-761 (1993)

Emiko Shishido , Naotaka Ono, Tetsuya Kojima, Kaoru Saigo. Requirements of DFR1/Heartless, a mesoderm-specific Drosophila FGF-receptor, for the formation of heart, visceral and somatic muscles, and ensheathing of longitudinal axon tracts in CNS Development 2119-2128 (1997)

Emiko Shishido, Masatoshi Takeichi, Akinao Nose. Drosophila Synapse Formation: Regulation by Transmembrane Protein with Leu-Rich Repeats, CAPRICIOUS Science 280. 2118-2121 (1998)

Hiroki Taniguchi, Emiko Shishido, Masatoshi Takeichi, Akinao Nose.Functional dissection of drosophila capricious: its novel roles in neuronal pathfinding and selective synapse formation J Neurobiol. 104-16(2000)

Raphaelle Dubruille, Anne Laurençon, Camille Vandaele, Emiko Shishido, Madeleine Coulon-Bublex, Peter Swoboda, Pierre Couble, Maurice Kernan, Bénédicte Durand. Drosophila regulatory factor X is necessary for ciliated sensory neuron differentiation. Development 5487-5498 (2002)

Diane Henry, Stephanie Burke, Emiko Shishido, and Gary Matthews.Retinal Bipolar Neurons Express the Cyclic Nucleotide-Gated Channel of Cone Photoreceptors J Neurophysiol 754-761(2003)

 

日本語

宍戸恵美子、能瀬聡直: ショウジョウバエ幼虫筋肉の発生におけるファウンダー細胞の役割とロイシンリッチリピートタンパク質 生体の科学 49, 612-616 (1998).

東島恵美子「シナプス終末におけるカルシウム情報伝達」上原記念生命科学財団研究報告集17, 340-344 (2003)

宍戸恵美子「自閉症スペクトラムとシナプスタンパク質のアンバランス」(総説、投稿中)

宍戸恵美子(著)、平岩幹男(監修)「教えてのばす、発達障害の小さい子ども(仮題)」平成23年夏に出版予定