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順序尺度を用いた幸福度の報告における過剰報告バイアス

2016年05月13日 研究報告

 人間は嬉しさを表現したり、悲しさを表現したりするときに、その度合いを数値化することができます。その様な感情の数値化で代表的なのが、心理学で用いる幸福度と呼ばれる指標です。たとえば、「あなたは現在どれくらい幸せだと感じていますか?“非常に幸福”を10、“非常に不幸”を1として、何点になるか選んでください」という質問があります。ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授は、この様に測定された幸福度の動きに注目しながら経済政策を行うように提言しています。

 幸福度という指標を経済政策の評価に使ってよいかどうかは、人間が幸せだと感じる感情の強さを正しく測定できるかどうかにかかっています。ここで問題となるのは、感情の表現の仕方は決して1から10といった、閉じられた尺度だけで行われるものではない、ということです。実際、経済学の考え方では人間の感情の表現に上限はなく、いくらでも好きな値をとることが可能とされています。

 そこで、金銭報酬を得たときの嬉しさの度合いを報告する際の脳活動を記録するfMRI実験を行い、嬉しさの報告に心理学的な幸福度を用いる時と、経済学的な、上限のない自由な方法で報告を行う時の脳活動の差を分析しました。これらの活動が同じであれば、人間の感情の度合いの表明というのは共通の機能にのっとった普遍的なものであり、幸福度は幸せであるという感情を正しく測定しているはずです。一方で、もし何かしらの相違点が認められれば、幸福度という指標を信用して用いることに注意が必要になります。

 実験の結果、2つの興味深い発見がありました。まず、同じ金額から得られるうれしさの感情表明であっても、1から10といった閉じられた尺度(幸福度)を用いた時のほうが、自由な数値で嬉しさを表現するときよりも、大きな数値で報告する傾向が明らかになりました(分析では2つの報告値を比較可能なように処理がなされています)。さらに、幸福度で報告を行っているとき、頭頂皮質や線条体と呼ばれる脳部位の活動負荷が上昇していることが明らかになりました。これらは嬉しさの処理に関わる脳部位なので、幸福度で報告することにより、同じ金額であっても余分に嬉しくなっている、という不思議な現象が起きていることになります。

 以上の結果から、1から10といった閉じられた尺度では、幸福感の正しい測定ができないのではないかという可能性を指摘しました。

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科研費・助成金情報

この研究は、脳科学研究戦略推進プログラム「社会的行動を支える脳基盤の計測・支援技術の開発」(課題D)、グローバルGCOE「人間行動と社会経済のダイナミクス」、科研費(26118711, 24653058, 15H01846)によって行われました。

共同利用研究者情報

田中沙織 ATR脳情報通信総合研究所 数理知能研究室 室長
山田克宣 近畿大学 経済学部 准教授
田中悟志 浜松医科大学 総合人間科学講座 准教授
大竹文雄 大阪大学 社会経済研究所 教授

 

リリース元

Title: Overstatement in happiness reporting with ordinal, bounded scale

Authors: Saori C. Tanaka, Katsunori Yamada, Ryo Kitada, Satoshi Tanaka, Sho K. Sugawara, Fumio Ohtake, Norihiro Sadato

Journal: Scientific Reports

Issue: 6, Article number: 21321

Date: 18 February 2016

URL (abstract): http://www.nature.com/articles/srep21321

DOI: doi:10.1038/srep21321

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