
皮質線条体ニューロンの生存におけるRho/Rho-kinaseシグナル伝達系の役割
神経細胞は、生まれた後、生き延びながら色々な段階を経て成熟します。この一連の過程を神経細胞の発生と言います。発生の過程で、神経細胞がどのように生き延びるのかは、かなり詳しく研究されているのですが、成熟した後の神経細胞がどのようにして生き延びているのかというのは、あまり分かっていません。Rho GTPaseという分子は、細胞の外からの刺激を細胞の中に伝達する役割を持つ大事な分子であり、特に、Rho-kinaseという分子と密接に関わりながら刺激を伝達します。発生過程の神経細胞の生存におけるRho/Rho-kinase伝達経路の役割は良く研究されているのですが、成熟した神経細胞の生存における役割はまだ良く分かっていません。
我々は以前、細胞の中に目的の遺伝子を運ぶことが出来るウイルスベクターという実験技術に改良を加えて、ある特定の神経細胞集団にのみ目的の遺伝子を運ぶことが出来るような新しいウイルスベクター技術の開発に成功しました。この技術を利用することによって、特定の神経細胞集団でのみRho/Rho-kinase伝達経路を遮断することが可能となります。我々はまず、脳の中で、線条体という場所に連絡を送っている大脳皮質という領域に存在する特定の成熟神経細胞集団(皮質線条体神経細胞)に着目し、新しいウイルスベクター技術を駆使して、皮質線条体神経細胞において、RhoあるいはRho-kinaseの働きを遮断したマウスをそれぞれ作りました。これらのマウスの脳を組織学的に調べたところ、両方のマウス共に、皮質線条体神経細胞の数が顕著に減少していることを見出しました。これらの結果から、Rho/Rho-kinase伝達経路は、皮質線条体神経細胞の生存に重要な役割を持つことが分かりました。
皮質線条体神経細胞は、脳の様々な機能を調節しており、これらの細胞が変性脱落すると、アルツハイマー病に代表される神経疾患の発症にも繋がります。今後さらに検討すべき課題はあるのですが、将来的には、Rho/Rho-kinase伝達経路を標的とした神経疾患の新しい治療法や薬剤の開発に貢献出来る可能性があると期待しています。
<用語説明>
○ ウイルスベクター
既存のウイルスを無毒化し、目的の遺伝子を体の細胞に運べるようにしたもので、遺伝子治療等にも利用されています。
共同研究情報
福島県立医科大学 生体機能研究部門:加藤成樹、小林和人
名古屋大学 神経情報薬理学講座:黒田啓介、中牟田信一、貝淵弘三
京都大学・生理学研究所:伊佐正
科研費や補助金・助成金情報
Japan Society for the Promotion of Science (JSPS) KAKENHI Grant Numbers 25560436, 25351002, and 15H01458. The Brain/MIND project from Japan Agency for Medical Research and Development (AMED).
リリース元
Title: Survival of Corticostriatal Neurons by Rho/Rho-kinase Signaling Pathway
Authors: Kenta Kobayashi, Hiromi Sano, Shigeki Kato, Keisuke Kuroda, Shinichi Nakamuta, Tadashi Isa, Atsushi Nambu, Kozo Kaibuchi, Kazuto Kobayashi
Journal: Neuroscience Letters 630: 45-52 (2016)
DOI: 10.1016/j.neulet.2016.07.020.