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「見えないところに注意を向ける」盲視の能力を促進する方法の解明

2017年12月06日 研究報告

 私たちの目から入ってくる情報は、見ている本人が実際に「見えている」と認識しなくても、常に脳に送り込まれ続けています。その証拠として、視覚野が損傷した患者さんが、実際には物体を視覚的に認知していないのにも関わらず、その「見えていない」はずの物体に対して何らかの反応をする「盲視」という現象があることが分かってきました(図1)。

 これまで吉田助教らの研究グループは、脳の視覚野に障害をもったサルが、実際には「見えていない」はずの光に対して正しく目を向けることができることを証明しました。さらに、実際に「見えていない」はずの光の位置をサルが正確に当てることができることも発見しました。このような盲視の能力は、もともとヒト特有の能力と思われていましたが、これらの成果はサルでも同じ能力があることを示した世界でも初めての研究成果です。ではこの盲視の能力は、より促進させることができるのでしょうか。この疑問に答えをみつけるべく、今回我々は「見えていない」視野にあらかじめ注意を向けておくことで盲視の能力は向上する、と仮説を立て実験を行いました。

 注意には大きく分けて「ボトムアップ性注意」と「トップダウン性注意」の二種類の注意があります。「ボトムアップ性注意」は、例えばきれいに晴れた夜空を見た時、我々は周りの星より明らかに目立つ月に自然と注意を向けてしまうといったような、いわゆる「より目立つものに注意が行ってしまう」タイプの注意です。これに対し、もうひとつの「トップダウン性注意」とは、例えばドアの向こうに足音が聞こえた場合、ドアの向こうから足音の主が現れるのを予期してドアに目を向ける、といったような、いわゆる「何らかの刺激を受けて、この後起きる現象を予測してあらかじめ注意を向けておく」タイプの注意です。今回の実験では、視覚野に障害を持つサルに何らかの刺激を与えることで、実際には「見えていない」視野に「トップダウン性注意」を向けることができるかを検証しました。

 今回の実験では、心理学の場で広く用いられている、トップダウン製注意を検証する課題を用いました(図2)。これまでの盲視の能力を調べる上で用いてきた基本的なテスト(図2A)では、画面の中の丸がどこに移動するかを、視覚野を損傷したサルが、欠けた視野の中の丸の移動先へ実際に眼を向けることができるかどうか、で判断していました。今回の実験では、これまでの方法に加え、丸が移動する前にあらかじめ矢印によって移動先の手掛かりとなる情報が提示されます。つまり、左右のどちらに丸が出るのか、矢印によって予告をするわけです。矢印の向いた方向に実際に丸が出現する場合(確率:80%)と矢印の向いた方向とは逆の方向に丸が出現する場合(確率20%)をランダムに混ぜ、サルが丸の出現した場所に実際に目を向けた場合(正解した場合)には報酬(ジュース)を与えました。

 結果、矢印によってあらかじめ注意を向けた場合、手がかりのない従来の実験の結果と比べて正答率が向上しただけでなく(図3A)、実際に移動先の丸へ目を向けるまでの反応時間も短縮されました(図3B)。つまり視覚野に損傷を負ったサルは、丸が出現する方向に関する情報(矢印)の刺激をあらかじめ与えることで、視野が欠けて実際には「見えていない」場所に丸が移動した場合に起きる盲視の能力を促進させることができる、ということです。

 さらにこの結果には意識を科学的に研究する上で重要な意義があります。日常生活ではしばしば「意識する」と「注意する」をほぼ同じ意味で使うことからもわかるように、「意識」と「注意」はよく似た概念です。「注意を向けるということ」が「意識的にものが見えること」と同じことであるように考えられがちです。しかし本研究では、見えていない視野にトップダウン注意を向けることが可能であることを示すことによって、「意識」と「注意」が別ものである  
ということを示しています。
吉田正俊助教は、「今回の研究では、見えるということと注意を向けることができるということが必ずしも同じことでないことを明らかにすることができました。そして今回得られた知見は、脳損傷による同名半盲や盲視を持つ患者さんの視覚能力をトップダウン性注意が促進できることを物語っており、より良いリハビリテーション法の開発に貢献できると考えています」と話しています。

 

図1:盲視とは?

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盲視とは「見えていると意識できないのに見えている」現象です。視覚野に障害を持った患者が、その見えないはずの視野にある物体の位置を当てることができることに医師は気付きました。例えば、スクリーンに光点を点灯させて当てずっぽうでいいから位置を当てるように指示すると、患者は実際には見えていないにもかかわらず、光点を正しく指差すことができました。このように、本人は見えていないにもかかわらず、眼球運動など一部の視覚機能は脳損傷から回復することがあります。これを盲視と呼びます。(詳細は脳科学辞典の項目「盲視」 参照)

 

図2:使用した行動課題

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(ライセンス:Creative Commons Attribution License (CC BY 4.0) https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja)
 

(A) これまでに盲視のテストで用いてきた課題では、サルがディスプレーの中心にある白い点を注視していると白い点は右上、右下、左上、左下の4ヶ所のどこかに標的刺激として出現するので、そこに目を向ける(青矢印)と報酬のジュースがもらえます。盲視のサルでは白い点が見えていないはずの視野にあってもこの課題を正しく解くことができます。
(B) 本研究で使用した課題では上記の(A)の課題を行う際にあらかじめ矢印(手掛かり刺激)が提示されます。この矢印は次に標的刺激が出るのが右側か左側かを予告しますが100%信頼のおける情報ではありません。80%の確率でのみ正しい向きを示す(整合条件)のに対して残りの20%の確率では間違った向きを示します(不整合条件)。もしサルがこの矢印の意味を理解しているなら、赤の点線で示したような位置に注意を向けることができます。そしてこの「注意のスポットライト」のなかに標的が現れたとき(整合条件)、不整合条件と比べて標的刺激に目を向ける成績の向上と反応速度の低下が起こります。ではそれが盲視のサルでも起こるかどうか、それを本研究では検証しました。

 

図3:本研究で用いた課題の成績および反応時間

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(Creative Commons Attribution License (CC BY 4.0), 2017 Yoshida, Hafed and IsaのFigure 2を改変。 http://journal.frontiersin.org/article/10.3389/fnsys.2017.00005/full)
 

(A) 本研究で用いた課題の成績を、標的刺激に向けて正しく目を向けることができた正答率を縦軸に、標的刺激の明るさ(輝度コントラスト)を横軸にして表示しています。標的刺激が暗くなる(横軸で右側)ほど、難しくなるので正答率は下がります。しかし、整合条件では不整合条件よりも正答率が高くなっていました。つまり、注意を向けることによってこの課題の成績が上がったのです。
(B) 本研究で用いた課題の反応時間を、標的刺激が出てから目を動かすまでの時間(反応潜時)を縦軸に、標的刺激の明るさ(輝度コントラスト)を横軸にして表示しています。整合条件では不整合条件よりも反応潜時が低下していました。つまり、注意を向けることによってこの課題の反応時間が短縮したのです。

科研費・補助金、助成金情報

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)戦略的国際科学技術協力推進事業(SICP)、および科研費 新学術領域研究「脳内身体表現の変容機構の理解と制御」の支援を受けて実施されました。
 

リリース元

Informative cues facilitate saccadic localization in blindsight monkeys.
Masatoshi Yoshida, Ziad M. Hafed and Tadashi Isa.
Frontiers in Systems Neuroscience.  doi: 10.3389/fnsys.2017.00005  2017年 1月31日

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