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海馬記憶と扁桃体記憶へのカルモジュリンキナーゼIIα活性の関与の違い

2018年09月12日 研究報告

 健忘症やPTSD(心的外傷後ストレス障害)といった記憶の異常を伴う病気への対処法を見つけるためには、学習・記憶の分子メカニズムの研究が欠かせません。そのメカニズムにおいて重要な役割を果たすのが、脳の中にたくさん含まれているタンパク質リン酸化酵素、カルモジュリンキナーゼIIα(アルファ)です。記憶にはいくつか種類があって、脳の中で異なる部位が関与することが知られています。これまでの研究から、このキナーゼが場所や状況を覚えるための海馬依存性の記憶に必要なことはわかっていましたが、それ以外の種類の記憶への必要性については、よくわかっていませんでした。

 そこで今回私たちは、このキナーゼの酵素作用であるリン酸化活性をなくした遺伝子改変マウスを用いて、場所や状況を覚えるための海馬依存性記憶と、恐怖に関わる条件を覚えるための扁桃体依存性記憶の成績を調べてみました。その結果、このキナーゼ活性の欠損したマウスは、トレーニングを重ねても、周辺の情報から場所・位置を覚えるという海馬依存性の記憶を形成することが、全くできませんでした。一方、怖い体験の手掛かりとなる知覚刺激を覚える扁桃体依存性の記憶については、普通のマウスに比べると低下しているものの、ある程度は形成されることがわかりました。さらに、怖い体験をした場所・状況を覚える記憶 —これには海馬と扁桃体の両方が必要なのですが— は、1回のトレーニングでは全く形成されなかったのですが、反復トレーニングを行うと、「恐怖反応の全般化」、すなわち、怖い体験をした場所とは異なる環境下でも怖がるようになってしまうということがわかりました。

 以上の結果から、脳内の異なる部位で形成される記憶の分子メカニズムに違いがあることが判明しました。海馬依存性記憶には、このキナーゼのリン酸化活性が必須ですが、扁桃体依存性記憶には、このキナーゼを介する経路に加えて、それとは独立した経路も関係しているものと考えられます(図参照)。さらに、このキナーゼ活性が、PTSDなどで見られるような「恐怖反応の全般化」を抑えるために必要な因子のひとつである可能性が示され、PTSDの病態解明や治療の手掛かりになるかもしれません。

NIPS Research_Fig_Yamagata_J.jpg
 

共同研究者情報

柳川右千夫
群馬大学大学院、医学系研究科、遺伝発達行動学分野

科研費・補助金、助成金情報

科研費

関連部門

<神経シグナル研究部門>
井本 敬二
山肩 葉子

 

リリース元

Differential involvement of kinase activity of Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase IIα in hippocampus- and amygdala-dependent memory revealed by kinase-dead knock-in mouse
Yoko Yamagata1,2, Yuchio Yanagawa3 and Keiji Imoto1,2
1Division of Neural Signaling, National Institute for Physiological Sciences, and 2SOKENDAI (The Graduate University for Advanced Studies), Okazaki 444-8787, Japan; 3Department of Genetic and Behavioral Neuroscience, Gunma University Graduate School of Medicine, Maebashi, 371-8511, Japan.
eNeuro 7 August 2018, 5 (4) ENEURO.0133-18.2018
DOI: https://doi.org/10.1523/ENEURO.0133-18.2018
http://www.eneuro.org/content/5/4/ENEURO.0133-18.2018

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