
ナトリウムイオン輸送性V-ATPaseのユニークな構造をゼルニケ位相差クライオ電子顕微鏡で解析
すべての生物は、細胞の中の溶液の組成比、特にイオンの濃度をいつも一定に維持しています。外からの刺激があると、この溶液組成比が一時的に乱されて、これを刺激として感じ取ることができます。細胞はそのためにATPというエネルギー物質を使って、細胞内のイオンの濃度をコントロールしています。この役割をするタンパク質の一つがV-ATPaseです。
本研究で用いたEh V-ATPaseは、腸内連鎖球菌(Enterococcus hirae)の細胞膜に存在するV-ATPaseで、ナトリウムイオンを選択的に細胞外に排出することが知られています。Eh V-ATPaseは、その部分的な構造がX線結晶構造解析によって明らかにされているだけで、その全体像は不明でした。その理由は、唯一の構造解析手段である従来のクライオ電子顕微鏡法では、その可溶化されたタンパク質の粒子像が可視化できないためでした。
本研究では、生理研で開発されたゼルニケ位相差クライオ電子顕微鏡を使って、細胞膜から可溶化されたEh V-ATPaseの粒子像を可視化することに世界で初めて成功しました。そして、この粒子像から単粒子解析という方法で立体再構成し、Eh V-ATPaseの全体構造を得ることができました。V-ATPaseは、主としてV1と呼ばれるATPをエネルギーとする動力部とVoと呼ばれるイオンポンプ部が一本の回転子によって繋がれたまさに回転モーターのような構造をしています。本解析の結果、Eh V-ATPaseはV1とVoが2本の固定子で固定されており、V1から伸びる回転子は中心から外れてVoの回転子の先の大きなリングと結合していることがわかりました。また、抗体を結合させることによって回転子の回転を固定した構造の解析から、このタンパク質の連続した3つの構造状態のうちの2番目の構造も明らかにすることができました。
本成果によって、Eh V-ATPaseのナトリウムイオン輸送性のためのエネルギー伝達機構の構造基盤を明らかにすることができました。今後さらに詳細な構造研究を進めることによって、V-ATPaseが関係する疾患の治療法や治療薬の開発において重要な情報を提供することができると期待されます。
Eh V-ATPaseのゼルニケ位相差クライオ電子顕微鏡像(背景)と三次元構造
共同研究者情報
飯野亮太(分子科学研究所)
薬師寺 Lica Fabiana、村田武士(千葉大学)
上野博史(東京大学)
高木淳一(大阪大学)
角田 潤(生理学研究所)
科研費や補助金、助成金などの情報
科研費、先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)、JST-ERATO百生量子ビーム位相イメージングプロジェクト、生理研共同研究
リリース元
Title: Off-axis rotor in Enterococcus hirae V-ATPase visualized by Zernike phase plate single-particle cryo-electron microscopy
Authors: Jun Tsunoda, Chihong Song, Fabiana Lica Imai, Junichi Takagi, Hiroshi Ueno, Takeshi Murata, Ryota Iino, Kazuyoshi Murata
Journal: Scientific Reports
Issue: 8:15632
Date: 2018.10.23 publish & online
URL (abstract): https://www.nature.com/articles/s41598-018-33977-9
doi: 10.1038/s41598-018-33977-9