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ウミヘビ類のゲノム解読に成功 ―海洋環境への適応進化の分子的基盤を探る―

2019年09月11日 研究報告

概要

クジラやイルカなど海に生息する哺乳類のゲノムは、陸に住む哺乳類のゲノムと比較すると、嗅覚に関与する遺伝子群をコードする領域などが大きく異なることが知られています。こうした海洋環境への適応進化に伴うゲノムの変化は、哺乳類以外でも見られるのでしょうか。
ウミヘビ類は海に生息するコブラ科ヘビ類の総称で、卵生で陸に産卵するエラブウミヘビ類と、胎生で生涯を水中で暮らす真ウミヘビ類の二つのグループに分けられます。岸田拓士 野生動物研究センター 特定助教は、自然科学研究機構生命創成探究センター、理化学研究所生命機能科学研究センターおよび琉球大学と共同で、エラブウミヘビ類と真ウミヘビ類両方のゲノムを解読して、陸に住むヘビとの違いを探りました。真ウミヘビ類のゲノムには、クジラなど海棲哺乳類と同じような変化が起きていました。陸と海の両方を必要とするエラブウミヘビ類のゲノムは、陸ヘビ類と真ウミヘビ類の中間状態であることが示唆されました。
本研究は、海洋環境への適応進化に伴うゲノムレベルでの収斂進化(全く系統の違う動物が類似した形質をもつように進化すること)を明らかにしました。また、現在のクジラ類は生涯を海で過ごしますが、彼らの祖先ムカシクジラ類は陸地と海の両方を必要としていました。それら祖先のゲノムはどのようなものであったのか、そうした問いに対する答えも示唆しています。
本研究成果は、2019年9月11日付けで英国の国際学術誌「Proceedings of the Royal Society B」286巻1910号のオンライン版に掲載されました。

20190911go-1.jpg沖縄のサンゴ礁を泳ぐイイジマウミヘビ(真ウミヘビ類) 写真提供:笹井隆秀(琉球大学)

 

1.背景

太古の海で誕生した我々の祖先は、古生代のデボン紀から石炭紀にかけて、2つのステップを踏んで水中から陸上へと適応進化を遂げました――まずは両棲的な(水中と陸上の両方の環境を必要とする)四肢動物が登場して、次に四肢動物の中から、水中環境を必要としない羊膜類が登場しました。
 こうして陸上環境への適応進化を遂げた羊膜類の中から、いくつかのグループが再び海へと戻りました。陸から海へと生活の場を移すにあたって、呼吸や移動の方法、感覚器官など様々なものを水中環境に合わせて作りかえなければなりません。水中環境への適応という共通した課題に対して、互いに異なる系統的背景やボディプランを持つ複数の生物グループがそれぞれどのような答えを出したのでしょうか。羊膜類の海洋進出は、自然が行った進化の壮大な実験と捉えることができます。
 従来、こうした羊膜類の海洋環境への適応進化を探る上で、クジラやイルカなど鯨類がモデルとして扱われてきました。鯨類は、始新世の初期―およそ5500万年前に偶蹄類から分岐した海産の哺乳類です。彼らは海へと進出するにあたって後肢を失い、前肢はヒレ状になりました。鯨類は偶蹄類から派生したため、彼らのゲノムはウシなど偶蹄類のゲノムとよく似た配列をしています。しかし、いくつかの遺伝子がコードされている領域が大きく異なっていることがこれまでに報告されてきました。最も顕著なのは嗅覚に関与する遺伝子をコードする領域です。陸に住む偶蹄類は、ゲノム中におよそ1000個もの嗅覚受容体遺伝子を持っています。哺乳類の持つ遺伝子の総数はおよそ3万個なので、彼らの持つ遺伝子のうち30個に1個は嗅覚に関与する遺伝子ということになります。しかし、鯨類のゲノムには嗅覚受容体遺伝子はほとんど存在しません。この遺伝子群をコードする領域そのものが失われたり、あるいは遺伝子としてはゲノムに残っていても、正常な受容体タンパクを作ることができないような突然変異が多くみられるのです。偶蹄類を含めた羊膜類の持つ嗅覚受容体は、空気中に揮発している化学物質を受容するものであり、水中に溶解している化学物質は受容できないため、鯨類のように水中で生活するようになると、この遺伝子は不要になるからだと考えられています。
 こうしたゲノムの変化は、鯨類以外の海棲羊膜類、特に嗅覚能力が哺乳類とは異なる爬虫類などでも見られるのでしょうか。加えて、鯨類は陸から海への移行の過渡期にある化石が多数発見されています。そうした、始新世の初期に登場した両棲的な鯨類の祖先は、四肢だけでなく鼻や嗅覚神経系の構造をダイナミックに変化させていったことが、化石記録から推定されています。このように、海洋環境への適応進化を考える上では両棲的な段階が重要です。しかし、これら両棲的鯨類の化石はいずれも古すぎて、現在の古代DNA技術をもってしてもゲノム配列を解読することはできません。
 現在の地球上には、生まれてから死ぬまで生涯を水中で暮らす羊膜類が、鯨類以外にも2グループ存在します。海牛類(ジュゴン・マナティー類)とウミヘビ類です。特にウミヘビ類は、鯨類とは系統が遠く離れた爬虫類であり、両棲種と海棲種の両方が現存しています。本研究では、ウミヘビ類に着目して、彼らのゲノムが陸ヘビと比べてどうなっているのか、そして両棲種のゲノムは陸ヘビや海棲種のゲノムと比べてどうなのかを探りました。

2.研究手法・成果

これまで、海洋環境への適応進化に関してウミヘビ類に着目した研究はほとんど行われておらず、ゲノムなども全く解読されていませんでした。このため、本研究ではまず、海棲のウミヘビ類(真ウミヘビ類)と両棲のウミヘビ類(エラブウミヘビ類)それぞれの全ゲノム配列を世界に先駆けて解読するところからスタートしました。

 本研究でゲノム配列を解読した種は次の通りです:
エラブウミヘビ類
・ヒロオウミヘビ Laticauda laticaudata (図1-A)
・アオマダラウミヘビ Laticauda colubrina
真ウミヘビ類
・クロガシラウミヘビ Hydrophis melanocephalus (図1-B)
・イイジマウミヘビ Emydocephalus ijimae (表紙写真参照)

20190911go-2.jpg.png図1. エラブウミヘビ類の一種ヒロオウミヘビ(A)と、真ウミヘビ類の一種クロガシラウミヘビ(B)。エラブウミヘビ類は卵生で産卵のために陸地を必要とする一方で、真ウミヘビ類は胎生で生涯を水中で暮らす。どちらのウミヘビ類も尾は水中移動に適した櫂状となっているが、エラブウミヘビ類は陸を這うための腹板(腹のウロコ)が陸ヘビ同様に発達している一方で、真ウミヘビ類の腹板は退化しており、陸を這うことはできない。スケールバーはいずれも10cm。

次に、解読したゲノム配列に含まれる嗅覚受容体遺伝子を全て同定して、陸ヘビのゲノムと比較を行いました。陸ヘビはおよそ3~400個の嗅覚受容体遺伝子を持っていますが、この数はエラブウミヘビ類では100個前後、真ウミヘビ類では60個前後にまで減っていました。鯨類ほど極端ではありませんが、やはり真ウミヘビ類のゲノム中に存在する嗅覚受容体遺伝子の数は、陸ヘビのそれよりもずっと少なくなっていました。加えて、真ウミヘビ類に残された60個の遺伝子は、鼻腔での発現が確認されず、実際には使われていない可能性が示唆されました。おそらくは、ウミヘビ類は海へと進出してからまだ日が浅い(1000万年以内だと考えられています)ため、不要となった遺伝子を全て失うのに十分な時間が経過していないのではないかと考えられます。同じく嗅覚受容体遺伝子の数を減らしたエラブウミヘビ類ですが、彼らの鼻腔ではこれらの遺伝子はきちんと発現していました。エラブウミヘビ類は産卵などのために陸上環境も利用しているため、そうした場面で陸上の嗅覚も必要としているのでしょう。
 本研究は、海洋環境への適応進化に伴う、鯨類とウミヘビ類との間におけるゲノムレベルでの収斂進化を明らかにしました。また、エラブウミヘビ類に代表される両棲種は、海洋進出の過渡期にあると位置付けることが可能であり、そうした適応進化のプロセスを考える上で重要であることが示唆されました。

3.波及効果、今後の予定

本研究では、海棲種と両棲種の両方のウミヘビ類のゲノムを解読して国際的なゲノムデータベース上で公開しました。今後は誰でもこのデータベースにアクセスして、自由に解析することができます。両棲種と海棲種の両方が現存する羊膜類グループは、ウミヘビ類の他には存在しません。このため、本研究で解読されたゲノム配列データは、今後のこうした適応進化研究において広く利用されるものと期待しています。
 我々ヒトもまた、かつて海棲種であった祖先から、両棲種を経て現在の陸棲へと進化しました。古生代のデボン紀から石炭紀にかけて経験した陸上環境への適応進化は、我々ヒトを理解する上で非常に重要な進化イベントだと考えられています。この時我々の祖先はどのような困難に直面したのか。そしてその困難をどのように解決したのか。その解決策は、今現在の我々をどのように束縛しているのか。こうした観点からヒトを理解するためにも、その逆向きの進化を最近になって経験したウミヘビ類は重要な生物グループです。今後は、魚類・両生類・羊膜類の間のゲノムの相違と、陸ヘビ類・エラブウミヘビ類・真ウミヘビ類の間のゲノムの相違に関して詳細に比較していくことで、海から陸、あるいはその逆方向の適応進化の分子的基盤について、さらに理解を深めていくことを予定しています。

4.研究プロジェクトについて

本研究グループの構成員は次の通りです:京都大学野生動物研究センター 岸田拓士 特定助教、自然科学研究機構生命創成探究センター 郷康広 特任准教授、辰本将司 同特任研究員、理化学研究所生命機能科学研究センター 辰見香織 テクニカルスタッフ、工樂樹洋 同チームリーダー、琉球大学熱帯生物圏研究センター 戸田守 准教授
本研究は、日本学術振興会の科研費(15K07184, 18K06378, 16H06531)および琉球大学熱帯生物圏研究センター共同利用共同研究の助成を受けました。

研究者のコメント

 一般に、イルカやウミガメなど海に住む羊膜類というのは人気のある動物が多いのですが、ウミヘビだけは不思議と人気がありません。多くの種が強い毒を持つ、というのが一つの理由でしょうか。でも、彼らの多くはおとなしい性格をしており、我々の方からちょっかいを出さない限り、まず襲ってくることはありません。ウミヘビ類の分布は太平洋の西部に限られており、日本はウミヘビ類が自然分布する珍しい国の一つです。今回ゲノムを解読した4種はいずれも、沖縄の沿岸で海に潜れば簡単に目撃できる種ばかりです。沖縄でダイビングなどをされる際には、ぜひウミヘビ類にも注目してみて下さい。

用語解説

羊膜類:脊椎動物に含まれる分類群の一つ。発生の初期段階に胚が羊膜を持つという特徴を有する。基本的に陸上環境に適応しており、水中での呼吸に必要な鰓(えら)を持たない。現在の爬虫類・哺乳類・鳥類を合わせた分類群である。
嗅覚受容体:主に鼻腔の嗅上皮にある嗅神経細胞に発現して、 特定の化学構造を持った化学物質と特異的に結合して脳の嗅球へとシグナルを投射する。この結果、環境中に存在する化学物質を、我々の脳は「ニオイ」として認識する。この受容体をコードする遺伝子の配列によって、結合する化学物質の種類が決定される。このため、より多数の多様な嗅覚受容体遺伝子を持つほど、より多種多様な化学物質を嗅ぎ分けることが可能となる。

論文タイトルと著者

タイトル: Loss of olfaction in sea snakes provides new perspectives on the aquatic adaptation of amniotes(ウミヘビ類の嗅覚の退化は、羊膜類の海洋環境への適応進化に新たな視点を投げかける)
著  者:岸田拓士、郷康広、辰本将司、辰見香織、工樂樹洋、戸田守
掲 載 誌:Proceedings of the Royal Society B, 286巻1910号, article no. 20191828
DOI:10.1098/rspb.2019.1828

お問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ>
岸田 拓士 (きしだ たくし)
京都大学野生動物研究センター・特定助教


<報道に関するお問い合わせ>
京都大学総務部広報課 国際広報室

理化学研究所 広報室 報道担当

自然科学研究機構 生命創成探究センター
広報担当
 

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