
同じ情報を見ているのに数字の見えが変わる新たな知覚現象を発見
2024年09月18日
研究報告
概要
私たちが豊かな社会生活を送る上で、数字を認識することは欠かせません。このため、数字を認識する視覚情報処理の仕組みを理解することは重要な研究課題です。今回の研究において生理学研究所の羅俊翔研究員・横井功技術職員・竹村浩昌教授とオランダ・スピノザ脳イメージングセンターのSerge Dumoulin博士は、同じ図形を見ているのに数字の見えが変わる新たな知覚現象を発見しました。この現象を詳細に調べることを通じて、ヒトがどのような情報処理過程を経て数字認識を行っているかの一端を明らかにしました。まずこの研究では、電子機器などで広く用いられている「デジタル数字」に注目しました。羅研究員は、このデジタル数字が部分的に覆い隠された際に(図1A)、同じ図形を見ているのに「6」または「8」という二通りの数字の見え方をすることを発見しました(図1B)。この現象は、同じ情報を見ていても複数の種類の見え方をする、「多義的知覚」(注釈1)と呼ばれる現象の一つであると考えられます。
過去の脳研究の知見から、ヒトの視覚情報処理は脳の初期視覚野から高次視覚野において段階的に処理されており、まず線分の傾きなどの情報が処理され、複雑な形、カテゴリーの処理に関わる高次の段階の処理を経た上で、意味情報を処理する段階に至ると考えられています。研究チームは、ヒトの視覚情報処理においてどのような段階での処理が主観的な数字の認識に関係するのかを調べるため、健常成人を対象に順応法(注釈2)と呼ばれる方法を用いた行動実験を行いました。
結果
16名の健常成人を対象とした実験の結果、「6」または「8」の数字を長時間見た後に部分的に覆い隠されたデジタル数字を見ると、参加者は順応した数字とは異なる数字が見えたと報告することが分かりました(図1C)。つまり、通常は「6」にも「8」にも見える図形を見ているにも関わらず、この図形が「6」を長時間見た後は「8」に、「8」を長時間見た後は「6」に見えることが分かりました。研究チームは、このような効果がどのようなタイプの視覚図形に順応した際に生じるのかを詳細に調べ、その結果この効果は局所的な線分の傾き情報などの初期の視覚情報を処理する段階やあるいは意味情報など高次の情報を処理する段階ではなく、複雑な形やカテゴリー情報を処理する中期段階の視覚情報処理によって生じていることを明らかにしました。
この研究成果は、どのような視覚情報の処理過程を経て数字の認識が成立しているのかを明らかにすることに加え、物理的な入力が同じであっても主観的には異なる数字に見える実験パラダイムを確立したという意味で意義深いと考えられます。将来的には、この研究で確立した実験法に基づき脳計測を行うことで、ヒトが数字を認識する上でどのような神経機構が関与しているのかを明らかにすることができると考えられます。

図1.(A) 街頭において、青信号の残り時間を示すデジタル数字の一部が覆い隠されて曖昧に見える例(Luo et al., 2024 Journal of Visionより再掲)。 (B) 左:デジタル数字の一部を丸で覆い隠すことで、同じ図形を見ても「6」と「8」の二通りの見え方をする。右:デジタル数字の一部を丸で覆い隠すことで、5から9に数字が増えていくようにも、9から5に減っていくようにも見える。(C) 本研究での実験および結果の概要。長時間「6」または「8」を見続けた後に、部分的に覆い隠された曖昧なデジタル数字を見ると、「6」を見続けた後は「8」に、「8」を見続けた後は「6」に見えることが明らかになった。
注釈1:多義的知覚は物理的な入力が同じであるにも関わらず主観的な認識が変わる知覚現象です。実験心理学研究や脳研究において感覚入力から主観的な認識が生じるメカニズムを解明する上で重要な現象であり広く研究されています。
注釈2:順応法とは、長時間にわたり同じ刺激を見せ続けた後に見えがどのように変化するかを調べる方法で、一般的には特定の視覚情報を処理させる神経細胞を疲労させることにより起こる見えの変化を通じて脳における視覚情報処理の内容を類推する実験手法です。
注釈2:順応法とは、長時間にわたり同じ刺激を見せ続けた後に見えがどのように変化するかを調べる方法で、一般的には特定の視覚情報を処理させる神経細胞を疲労させることにより起こる見えの変化を通じて脳における視覚情報処理の内容を類推する実験手法です。
共同研究情報
研究者名:羅俊翔, 横井功, 竹村浩昌研究機関名:生理学研究所
研究者の所属講座名、部門名:感覚認知情報研究部門
研究者名:Serge O. Dumoulin
研究機関名:Spinoza Centre for Neuroimaging
科研費などの情報
本研究は、以下の研究資金の支援を受けて実施しました。科学研究費助成事業・基盤研究(B) (21H03789) (竹村浩昌)
科学研究費助成事業・基盤研究(B) (24K03240) (竹村浩昌)
論文情報
Title: Bistable perception of symbolic numbersAuthors: Junxiang Luo, Isao Yokoi, Serge O. Dumoulin, Hiromasa Takemura
Journal: Journal of Vision
Issue: 24(9)
Date: September 17th, 2024
URL (abstract): https://jov.arvojournals.org/article.aspx?articleid=2800808
DOI: 10.1167/jov.24.9.12