視線の動きと脳活動の関係を明らかに
― スムーズパーシュートとサッカードの比較
2025年10月29日
研究報告
概要
「目は心の窓」と言われるように、目の動きは人の注意や緊張などの内面を映し出すとともに、外の世界から情報を得る大切な手段でもあります。私たちは、対象を滑らかに追い掛ける「スムーズパーシュート」と、素早く視線を移す「サッカード」という2種類の目の動きを使い分けています。本研究では、脳全体の活動を高精度に調べられる機能的MRIと、国際的に開発された最新の解析技術「HCPパイプライン」を用いて、これら2種類の目の動きを支える脳の仕組みを比較しました。その結果、両方に共通する神経ネットワークがある一方で、それぞれに特徴的な脳活動も明らかになりました。この研究成果は国際的な学術誌Cerebral Cortexに掲載されました。背景
スムーズパーシュート(滑動性追跡眼球運動)とサッカード(跳躍性眼球運動)は、どちらも眼球運動ですが、役割や制御の仕組みは大きく異なります。例えば、目を閉じたまま動かそうとすると、サッカードはできますが、スムーズパーシュートは難しいはずです。また、統合失調症の患者さんでは、スムーズパーシュートに障害が出ることが知られており、両者が異なる神経ネットワークに依存していると考えられてきました。しかし、これまでの研究は、主に一方の眼球運動だけを対象にすることが多く、両者を直接比較する研究は限られていました。研究成果
本研究では、機能的MRIを用い、跳躍的か滑動的かという眼球運動の形式以外の条件を揃え、それぞれの眼球運動に関わる脳活動を直接比較しました。さらに、アメリカの国際プロジェクトHuman Connectome Project(HCP)で開発された最新の解析ツール「HCPパイプライン」の導入により、これまでにない精度で脳全体の活動を可視化しました。その結果、どちらの眼球運動でも、視線を固定しているときに比べて、後頭葉の低次・高次視覚野の多くの領域を始め、頭頂葉の頭頂間溝に沿った領域、前頭葉の複数の眼球運動関連領域、小脳、皮質下領域など、広い範囲で共通して活動が高まることが分かりました。また、眼球運動中に活動が低下する領域にも共通性が見られました。一方で、2種類の眼球運動の活動の詳細な比較により、違いも明らかになりました。スムーズパーシュートでは、低次・高次視覚野や後帯状溝、上頭頂小葉でより強い活動が見られました。対照的に、サッカードでは、前頭葉の眼球運動関連領域や頭頂葉の頭頂間溝に沿った領域の活動が強いことが分かりました。つまり、両眼球運動は共通の神経基盤を持ちながら、それぞれに特徴的な神経ネットワークを動員しているのです。
今回の成果は、眼球運動に関わる神経ネットワークの理解を深めるだけでなく、統合失調症などの精神・神経疾患の病態解明や早期発見・診断につながる可能性があります。また、病気とは関係なく、スムーズパーシュートが生得的に苦手な人が一定数いることが知られており、こうした特性が球技スポーツの得意・不得意に関わっている可能性も考えられます。もしそうであれば、将来的にスポーツ科学への応用も期待できます。
外界の情報を取り込む眼球運動を手がかりに、人の心や脳の働きに迫る──その点に今回の研究の面白さがあります。
視線を固定(注視)しているときと比べた、スムーズパーシュート(左上)とサッカード(左下)のそれぞれの脳活動変化を見ると、活動増加した部位(赤色部分)と活動低下した部位(青色部分)のいずれについても、両眼球運動で類似のパターンが見られた。一方で、両眼球運動の脳活動を詳細に比較する(右上下)と、スムーズパーシュートにより関連が強い部位(赤色部分)とサッカードにより関連が強い部位(青色部分)の違いが明らかになった。
研究者・共同研究者情報
山本哲也(生理学研究所 生体機能情報解析室、自然科学研究機構 岡崎連携プラットフォーム スピン生命科学コア)三浦健一郎(生理学研究所 生体機能情報解析室、国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神疾患病態研究部、京都大学 高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点)
松田圭司(産業技術総合研究所 人間情報インタラクション研究部門)
松本純弥(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神疾患病態研究部)
橋本亮太(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神疾患病態研究部)
小野誠司(筑波大学 体育系)
定藤規弘(生理学研究所 生体機能情報解析室、自然科学研究機構 岡崎連携プラットフォーム スピン生命科学コア、立命館大学 総合科学技術研究機構)
福永雅喜(生理学研究所 生体機能情報解析室、自然科学研究機構 岡崎連携プラットフォーム スピン生命科学コア、総合研究大学院大学 先端学術院 生理科学コース)
科研費や補助金、助成金など
本研究は、以下の研究資金の支援を受けて実施しました。科学研究費助成事業・基盤研究(C) (20K06920) (三浦健一郎)
科学研究費助成事業・基盤研究(C) (22K12809) (山本哲也)
科学研究費助成事業・基盤研究(B) (23K24749) (小野誠司)
科学研究費助成事業・基盤研究(B) (23K25200) (福永雅喜)
科学研究費助成事業・基盤研究(A) (24H00622) (定藤規弘)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構・脳神経科学統合プログラム(JP23wm0625001)(福永雅喜)
文部科学省共同利⽤・共同研究システム形成事業~学際領域展開ハブ形成プログラム〜 (分⼦・⽣命・⽣理科学が融合した次世代新分野創成のためのスピン⽣命フロンティアハブの創設) JPMXP1323015488 (Spin-L課題番号: spin24XN038)
論文情報
Title: Brain-wide activation and deactivation maps during smooth and saccadic tracking in humansAuthors: Tetsuya Yamamoto, Kenichiro Miura, Keiji Matsuda, Ryota Hashimoto, Seiji Ono, Norihiro Sadato, Masaki Fukunaga
Journal: Cerebral Cortex
Issue: 35(8)
Date: 2025/9/10
URL (abstract): https://academic.oup.com/cercor/article/35/8/bhaf242/8250586
DOI: 10.1093/cercor/bhaf242