歩行速度において、人は「後退」の視覚運動をより正確に判断できる
2026年10月27日
研究報告
概要
自然科学研究機構 生理学研究所の羅俊翔助教・横井功技術職員・竹村浩昌教授と京都大学の蘆田宏教授からなる研究グループは、標準的な歩行速度において、人間は前進する時よりも後退に伴う視覚パターンの速度の違いをより正確に判断できることを発見しました。この発見は、運動の方向や速度によって人間の視覚感度がどのように変化するのかを明らかにするものです。本研究成果は『Journal of Vision』誌に掲載されました。
研究内容
私たちが前に向かって歩くとき、目の前の景色は中心から外側に向かって広がる(拡大する)ように見えます。逆に後ろへ下がるときはその逆で、景色が内側に向かって縮む(縮小する)ように見えます。「オプティカルフロー」と呼ばれるこれらの視覚運動のパターンは、私たちが空間内をどのように移動しているかを判断する助けとなります。これまで、ヒトが拡大と縮小のどちらのパターンをより精度高く処理しているかについては研究グループ間で意見が分かれていました。本研究では、「運動パターンの速さの違い」がこれまでの研究結果が不一致である原因になっているのではないかと考え、実験を行いました。
研究グループは、27名の成人を対象に外側または内側に動く単純なドットパターンを用いた実験を、30名の成人を対象に3次元空間の移動をシミュレートしたドット表示を用いた実験を行いました。参加者は連続して提示される2つの映像を見て、どちらが速いかを判断しました。研究チームは、それぞれの運動パターンにおいて、参加者がどの程度小さな速度の違いを区別できるかを測定しました。
その結果、秒速1.5メートル(時速5.4キロメートル)、つまり一般的な歩行速度とほぼ同じ中間的な速度において、縮小パターンの方が、より小さな速度差を区別できることが判明しました。単純なドット表示を用いた実験でも、3次元シミュレーション実験でも、同様の傾向がみられた一方で(図参照)、いずれの実験でも他の速度では、有意な差は見られませんでした。これらの結果は、縮小運動への感度の優位性が速度に依存していることを示しており、過去の研究における見解の食い違いを説明できる可能性があります。
研究グループは、後退に伴って生じる縮小パターンに対する感度の高さが、バランスを崩すなどの危険な状況に対して即座に反応することに役立っているのではないかと考察しています。ヒトの脳における視覚処理機構がこの優位性を生み出すメカニズムを解明することは、最終的に、より優れたバランス機能の評価手法、新たな転倒予防策、そしてリハビリテーションプログラムの改善に貢献する可能性があります。

図:歩行速度において、後退によって生じる視覚運動パターンをヒトはより正確に判断できる。
風景のイラストが示すように、前進と後退の動きは、それぞれ拡大・縮小する視覚運動パターン(オプティカルフロー)を生み出します。毎秒1.5メートルで前進または後退した際に生じるパターンを用いた実験では、参加者は縮小運動において、より小さな速度の違いを区別することができました。中央のグラフは一人一人の参加者(赤及び青のドット)における成績を表しており、値が低いほど感度が高い(小さな違いを区別できる)ことを意味します。実線は同一参加者の測定値を結んだもので、アスタリスク(*)は統計的に有意な差があることを示しています。中央のパネルは Luo et al. (2026) Journal of Vision の図を改変の上転載しました。
風景のイラストが示すように、前進と後退の動きは、それぞれ拡大・縮小する視覚運動パターン(オプティカルフロー)を生み出します。毎秒1.5メートルで前進または後退した際に生じるパターンを用いた実験では、参加者は縮小運動において、より小さな速度の違いを区別することができました。中央のグラフは一人一人の参加者(赤及び青のドット)における成績を表しており、値が低いほど感度が高い(小さな違いを区別できる)ことを意味します。実線は同一参加者の測定値を結んだもので、アスタリスク(*)は統計的に有意な差があることを示しています。中央のパネルは Luo et al. (2026) Journal of Vision の図を改変の上転載しました。
共同研究情報
羅俊翔(生理学研究所,総合研究大学院大学,自然科学研究機構岡崎連携プラットフォームスピン生命科学コア)
蘆田宏(京都大学文学研究科)
横井功(生理学研究所)
竹村浩昌(生理学研究所,総合研究大学院大学,自然科学研究機構岡崎連携プラットフォームスピン生命科学コア, 自然科学研究機構共創戦略統括本部定量・イメージング生物学研究分野)
科研費や補助金、助成金など
本研究は、以下の研究資金の支援を受けて実施しました。科学研究費助成事業・若手研究 (JP24K16879) (羅俊翔)
科学研究費助成事業・基盤研究(B) (JP24K03240) (竹村浩昌)
科学研究費助成事業・挑戦的研究(開拓) (JP26K21951) (竹村浩昌)
生理学研究所共同利用研究(23NIPS603, 24NIPS611, 25NIPS606, and 26NIPS604)(蘆田宏)
文部科学省共同利⽤・共同研究システム形成事業~学際領域展開ハブ形成プログラム〜 (分⼦・⽣命・⽣理科学が融合した次世代新分野創成のためのスピン⽣命フロンティアハブの創設)(JPMXP1323015488; Spin-L program No. spin24XN017, spin25XN015, and spin26XN007)
論文情報
Title: Anisotropic speed-discrimination sensitivity for expanding and contracting optic flow.Authors: Junxiang Luo, Hiroshi Ashida, Isao Yokoi, Hiromasa Takemura
Journal: Journal of Vision
Issue: 26
Date: 2026/10/25
URL (abstract): https://doi.org/10.1167/jov.26.10.18
DOI: 10.1167/jov.26.10.18