所長からのメッセージ

岡田 泰伸

 生理学研究所は,「ヒトのからだ,とりわけ脳の働きを,大学と共同で研究し,若手生理科学研究者の育成を行う研究機関」です。人々が健康な生活を送るための科学的指針や,病気の発症のメカニズムを解明するための基礎となるような科学的情報は,ヒトのからだの働きとその仕組みを研究する人体基礎生理学によって与えられます。その人体基礎生理学の研究・教育のための唯一の大学共同利用機関が生理学研究所です。ヒトを「考える葦」としてヒトたらしめているのはよく発達した脳です。また,脳・神経系は全身の臓器や組織の働きと相互関係を結びながら,それらを統御したり,調節したりする役割も果しています。それゆえ,生理学研究所は現在の研究対象の中心に,脳・神経系を据えています。
 生理学研究所は,分子から細胞,組織,器官,そしてシステム,個体,社会活動にわたる各レベルにおいて先導的な研究を行うと共に,それらの各レベルにおける研究成果を有機的に統合して,生体の機能とそのメカニズムを解明することを第1の使命としています。生命科学は,近年ますますそのレベルを高度化し,その内容を多様化しています。その中で,生理学研究所は,生理学とその関連領域の研究者コミュニティの力強いご支援とご支持のもとに,生理学・脳神経科学の分野で常に国際的に高いレベルの研究を展開しています。この第1の使命をよく果たしていくことこそが,次の第2・第3の使命遂行のための不可欠の基盤であると考えています。
 生理学研究所は,大学共同利用機関法人自然科学研究機構の1機関として,全国の国公私立大学をはじめとする国内外の研究機関との間で共同研究を推進するととも共に,配備されている最先端研究施設・設備・データベース・研究手法・会議用施設等を全国的な共同利用に供することを第2の使命としています。その結果,生理学研究所では毎年,多種・多様な「共同研究」,「共同利用実験」,「研究会」,「国際シンポジウム」,「国際研究集会」が持たれ,毎日のように国内外から多数(招聘参加者年間約1000人)の研究者に滞在いただいております。「多次元共同脳科学推進センター」に「流動連携研究室」を設置し,国内の脳科学者が客員教授,客員准教授又は客員助教としてサバティカル的に3~12ヶ月間滞在して,共同利用研究を密に行うための受け皿も用意しています。昨年度の共同利用研究件数は計161件となりました。この数値は平成14年の法人化以前の値のおよそ2倍にあたります。
 生理学研究所は,大学院生や若手研究者を国際的な生理科学研究者へと育成すること,そして全国の大学,研究機関へと人材供給することを第3の使命としています。総合研究大学院大学(総研大)では生命科学研究科生理科学専攻を担当しており,5年一貫制の教育により毎年数十名の大学院生を指導しています。また,他大学の多数の大学院生も受託によって指導しています。更には,トレーニングコースやレクチャーコースなどの開催によって,全国の学生や若手研究者の育成に貢献しています。「多次元共同脳科学推進センター」は,全国の若手脳科学研究者の育成を異分野連携的に推進する場も提供しています。総研大で2010年より開始された「脳科学専攻間融合プログラム」では,分野を超えた脳科学教育を行っており,その中心的な役割を生理科学専攻が担っています。
 生理学研究所は,これらの3つのミッションに加え,学術情報の発信や広報活動にも力をいれています。ホームページを充実させ,人体の働きとその仕組みについての初・中・高等学校教育へのパートナー活動や,市民講座の開催や研究所一般公開などを通じて,コミュニティの研究者ばかりでなく,広く国民の皆様との交流を深めていきたいと考えています。生理学研究所は,その成果等を取りまとめ、「生理学研究所要覧」や「生理学研究所年報」として毎年発刊しています。また生理研ホームページ(http://www.nips.ac.jp/)には、最新の研究成果等を広く紹介をさせていただいておりますので御高覧いただければありがたく存じます。また,市民の皆様に生理学研究所の活動を見ていただけるように「広報展示室」を開設いたしていますので,是非とも見学にお越しいただければ幸いに存じます(お問い合わせはpub-adm@nips.ac.jpまで)。
所員一同,「人体の機能を総合的に解明することを目標とする」という,創設時の“生理研憲章と称すべきもの”の第1条の実現に向かって,一歩一歩進んでまいりたいと考えておりますので,皆様方のご支援・ご鞭撻をお願い申し上げます。

生理学研究所所長 井本 敬二
IMOTO,  Keiji

医学博士。京都大学医学部卒業。国立療養所宇多野病院医師,京都大学医学部助手,講師,助教授,生理学研究所教授,総合研究大学院大学教授(併任)等を歴任し,2013年4月1日から生理学研究所所長,自然科学研究機構副機構長。
専攻:神経科学,神経生理学
 

年頭のあいさつ(2014)

【2014年01月07日】

所長 井本 敬二

明けましておめでとうございます。

 

 新しい年を迎え、今年の研究の計画などをいろいろと考えられていることと思います。

 この数年間を振り返ってみると、バイオサイエンス研究の発展には目覚ましいものがあります。実際、昨年末にScience誌に取り上げられたBreakthrough of the Yearの10件のうち、8件までがバイオサイエンス領域の研究でした。生理学研究所に関係する研究としては、遺伝子改変動物の劇的な効率化を図るCRISPR、脳などの組織を透明化し組織の深いところにある細胞を蛍光色素で可視化するCLARITY、睡眠の機能的意義に関する研究などがあげられます。これからも数年間の間は、iPS細胞関係の研究も含めてバイオサイエンスの研究は大きく発展していくと予想されます。分子を分子として扱うのではなく、細胞・組織・個体といった統合されたレベルでの分子の機能を測定することが必要となってきている現在、私たちの研究領域の重要性が増していると言えるでしょう。一方、私たちの実力が試されることになもなります。

 言うまでもなく、新しい研究・新しい技術を追いかけることだけが学術研究ではありません。しかし新しい技術により研究の進展が促進されることも事実です。生理学研究所は大学共同利用機関として、新しい研究成果・新しい技術を研究者コミュニティに利用しやすい形で提供していく責務があります。生理学研究所の規模ではすべてを実現することはできませんが、重要課題を決めて実現化に努力しています。昨年の重要課題は、ウィルスベクター室の設置と自動切削装置内蔵の走査型電子顕微鏡(3D-SEM)の設置でした。関係者の努力によりこれらの計画は順調に進んでおり、今後研究成果に結びつくと期待されます。今年の重要課題は超高磁場(7テスラ)の磁気共鳴画像装置(MRI)の設置です。7テスラMRIを用いての脳機能イメージングはまだ未開の研究領域であり、7テスラMRIが設置されている国内の研究拠点と連携を取りながら脳・生体の機能の可視化を進めて行く予定です。

 昨年より日本版NIH構想が話題になっており、来年度に向けて組織体制の構築と予算編成が行われています。アメリカのNIH(国立衛生研究所)は、基礎的学術研究も含めて幅広くバイオサイエンスの研究を行うとともに、研究費の配分機関としての役割も果たしています。一方、日本版NIHでは、主に研究成果の効率的な医療・産業応用が目的となっています。基礎研究と医療・産業応用とのギャップが小さくなることは大いに歓迎すべきことですが、それとともに基礎的学術研究を常に高いレベルに保ち、バイオサイエンスの発展の種を発見し苗を育て続けることも重要です。5年、10年を見越した研究を着実に進めることは、いつの時代にあっても不可欠です。

 最後に、生理学研究所で働き学ぶ皆様が、心身ともに健全であり、優れた研究成果を生み出していけることを願い、新年のあいさつとします。