教育とその条件に思う

【2009年10月01日】

自然科学研究機構 生理学研究所所長
岡田 泰伸

生理学研究所では“脳とからだの不思議を解き明かす”研究をしていますが、一方で総合研究大学院大学の生理科学専攻を担当して大学院生の教育も行っています。研究者養成のための教育ですので、講義もありますが、実際の研究指導が主たる内容となります。一流の研究者の一心不乱に研究に打ち込む姿こそが、院生への最も大きな「教え」となるように思います。そして、院生の優れた着想や思考などの“伸びる芽”の「育み」(とその結果として逆に教えられること)が私達の使命(と喜び)なのです。

小中高等学校教育でも家庭教育でも、同じような「教え」と「育み」が最も重要ではないでしょうか。受験競争によって強いられた“つめこみ教育”や、ストレスに摩耗・疲弊した父母や教師の姿や背中が、本来の「教え」を喪失させているのではないかと心配です。

子供達が、毎日のように自然に直接触れてその美しさと不思議を体感したり、身近に盛んな第一次産業の営みを目にして自然とヒトとの関係を学んだり、多人数の子供同士の日常的な遊びを通して他人との協働の喜びや他人を思いやる心を体得することができる環境が必要です。これこそが子供達の“伸びる芽”の源泉なのだと思うのです。しかるに、現代社会はその「育み」の対象も喪失させつつあるのではないかと心配なのです。

コンクリートで固められた生活空間や、パソコンやケイタイなどのコンピュータを介しての人間関係や、二次・三次産業の偏重は、確かに私達人間が、即ちヒトの脳とその遺伝子が、生みだしたものです。しかし、自然を慈しみ、他人を思いやる心、そしてそれらを涌出させる環境を取り戻そうとする心もまた、ヒトとその脳と遺伝子に内蔵されているものと私は確信しているのです。

(「月報 岡崎の教育」2009年10月号“教育随想”より)