年頭のあいさつ(2011年) 

【2011年01月10日】

新年あけましておめでとうございます。

 本年は混沌とした世情の中で明けました。2011年度の科学・技術関係予算は最悪の事態は免れることになりそうですが、中・長期的にはまだまだ心配な状況が続いています。わが国のこれまでの政治のあり方が、そのままでは全くやっていけない時代に入り、元にも戻れないことは自明だが、ではどうすればよいのかも明確とされていない、それが今の状況だと思われます。このような「過渡期」には、基本に戻り、長期的展望を持ったグランドデザインこそが、第一に求められていると思います。そして、混乱の時にこそ腰を落ち着けて、「ピンチはチャンスなり」という姿勢で、1つ1つ着実に実行していくことが肝要だと思います。
 私は、所長としての第1期目の4年間をこの3月末に終えるにあたり、「人体基礎生理学の研究・教育のための唯一の大学共同利用機関」である生理学研究所の長期展望を、次のように提示したいと思います。即ち、法人化後の第Ⅰ段階としての現在は「人体の仕組みについて脳機能を中心に解明する脳科学的生理学」に力点をおいた研究を行っているが、近い将来の第Ⅱ段階には「脳と人体各器官・組織との相互作用を解明する統合生理学」に力点を移した研究を行い、更に遠い将来の第Ⅲ段階においては「諸学を取り込んだ総合人間科学としての人間科学的生理学」に取り組むための総合的な大学共同利用研究機関になっていくべきものと考えています。このような長期的展望に基づいて、生理学研究所のミッションも明確に位置付けられた上で実行されていき、種々の環境整備も行われていく必要があるように思います。

 生理学研究所の現段階の第一のミッションは、「人体と脳の働き(ファンクション)とその仕組み(メカニズム)を解明する世界トップレベル研究を行う」ことにあります。この使命を果たすために、これまでは次の5つの柱を立ててきました。即ち、①「機能分子動作・制御機構解明」、②「生体恒常性維持・脳神経情報処理発達機構解明」、③「認知行動機構解明」、④「高度認知行動機能解明」、⑤「四次元脳・生体分子統合イメージング法開発」の5つです。昨年よりこれらに、⑥「モデル動物開発・病態生理機能解析」を加え、研究柱を6本化することに改めました。更に昨年、これまでの「分子・細胞・神経回路・脳・個体」の5階層に「社会活動」を加えて、研究対象を6階層化することにしました。研究柱⑥を加えた理由の第1は、統合的な生理学研究を推進していくためには、病態研究も組み込んでいかなければならないと考えられるからです。また第2に、ここ数年の生理学研究所の研究内容には病態的なものが、事実、一翼を占めはじめていることが英文論文出版から明確となったことです。第3に「行動・代謝分子解析センター」の「遺伝子改変動物作製室」が共同利用研究によって作成してきたトランスジェニック(TG)マウスやノックアウト(KO)マウスにおいて病態表現型を示すものが多くなってきたことです。そして第4には、「霊長類遺伝子導入実験室」が稼働しはじめ、病態モデル霊長類動物の開発も期待できるようになったことです。更に第5には、同センターの「行動様式解析室」に専任の特任准教授が昨年着任し、遺伝子改変モデル小動物の行動レベル表現型を網羅的に解析するための本格的体制が整い、更に昨年4月より同センターに「代謝生理解析室」が新設され、モデル小動物の代謝生理機能レベルの表現型の解析も広く行う体制を整えることができたことです。このように生理学研究所がカバーする研究が階層数でも柱数でも増えたことは、縦にも横にも発展を示した証左であるといえるでしょう。
 生理学研究所のこのような研究展開に対して、更に力を与えるような、3つのうれしい報告をしなければなりません。生理学研究所ではこれらの遺伝子改変マウスの他に、TGラットの作成にも大きな実績がありましたが、更に昨年には待望のKOラット作成技術の確立も同センターの「遺伝子改変動物作製室」において実現されたのです。ラットはマウスよりも賢く、脳の大きさも大きく、in vivo的な電気生理学的研究の対象ともしやすく、これまでの生理学的研究成果の積み重ねも多いので、この技術の開発は生理学的・脳科学的研究に大きな展開点を与えるに違いありません。2つ目には、これまで名古屋大学環境医学研究所とは、シンポジウムの共同開催や人事交流を行うなどの連携を長く行ってきましたが、昨年からはこれが名古屋大学医学部との連携に拡大されたことです。研究柱⑥の病態生理機能解析の研究においても、6層目の研究対象階層「社会活動」の研究においても、ヒトの病態に関する知見と照らし合わせることは不可欠のことです。病院や臨床部門を持たない生理学研究所は、この名古屋大学医学部との連携は大きな力となりますし、系統的な共同研究の実施へと発展すれば、日本国内におけるこの分野の発展のための最大拠点となることは間違いないと思われます。そして、最後にこれら一連の生理学研究所の最近の研究展開に強く背中を押してくれる予算措置が、2011年度から行われることになったことです。概算要求していた特別経費プロジェクト「ヒトとモデル動物の統合的研究による社会性の脳神経基盤の解明」が実現される運びとなったのです。このプロジェクトにおいては、dual fMRI、KOラットなどのモデル動物、更に高度化されていく二光子顕微鏡が大いに活躍してくれることになるでしょうし、名大医学部との連携や共同研究が重要な意味をもたらしてくれることになるでしょうから、まさにタイムリーなことなのです。

 生理学研究所の第1のミッションがこれまで大変よく果たされてきたことは、「2011年度大学ランキング」(朝日新聞社出版)において2004-2008年の論文引用度指数が生理学研究所は神経科学分野第2位(なお第1位は総合研究大学院大学なので実質的には第1位)、全分野を含めた総合でも第3位にランクされていることからも明らかだと思います。「脳科学研究戦略推進プログラム」のもとでのプロジェクト研究においても成果が出はじめてきましたので、生理学研究所における研究は更に大きく発展していくものと確信されます。

 生理学研究所の第2のミッションは、「全国の大学・研究機関との共同研究・共同利用実験を推進する」ことにあります。2010年度は、すべての共同利用研究件数が140件を超え、これまでの最多となりました。共同研究の成果も多数出版され、とくに「計画共同研究“バイオ分子センサー”」などからは極めて優れた研究成果が出版されました。「多次元共同脳科学推進センター」には2009年度より長期滞在型(サバティカル的)共同利用研究の受皿として「流動連携研究室」が設置され、その受入身分として客員教授、客員准教授に加え、2010年度からは客員助教も用意できました。2011年度においてもこの受皿を大いに活用いただき、共同利用研究機関としての役割を更に大きく果たしていくことができればと念じています。

 生理学研究所の第3のミッションは、「若手生理学・脳科学研究者を育成・発掘する」ことにあります。総合研究大学院大学の生理科学専攻としての大学院生教育においては、これまでマンツーマン的教育を濃密に展開し、神経科学分野における論文引用度指数第1位を獲得することに大いなる役割を果たしてきました。更に2010年度からは、「脳科学専攻間融合プロジェクト」が立ち上がり、生理科学専攻がその中心的役割を担うことになりました。2011年度からは、博士後期課程入学者全員への入学金の実質的免除やリサーチアシスタント(RA)制度の更なる充実化を実施し、多くの優れた大学院生を受け入れていきたいと望んでいます。「情報処理・発信センター」の「広報展開推進室」の尽力によって、広報活動は更に大きく展開され、2010年の1年間で新聞記事掲載155件、講演会24件、見学者400人以上という実績を上げ、NIPSホームページの2010年度アクセス数も3月末までには3000万回に迫る勢いとなっています。本年秋には、生理学研究所「一般公開」が開催されますので、これを機に国民・市民・子供達への広報・情報発信活動に更に工夫を加え、発展させていくことが必要でしょう。

 生理学研究所にとって本年は、もう1つ別の意味で大きな年となります。2011年度予算に「生理学研究所実験研究棟の改修」が認められ、2年間にわたって耐震改修工事が行われることとなりました。これによって、これまでの漏水事故多発などのはげしい経年劣化による問題が一挙に解決し、これを機会にあわせてスペースの再分配による有効活用化をもたらしうることになり、大変喜ばしいことだと思います。一方で、職員や院生の皆様には一時的に大変な苦労と不便をかけることになります。皆で譲り合いながら、研究業務遂行にできるだけ支障のないように協力して進めていただきますよう、お願いする次第です。

 わが国の将来を根底から支えるのは学術研究・基礎的研究であることは、間違いないことだと思います。研究系・技術系・事務系の全職員と大学院生の皆さん、一人一人の毎日の地道な努力こそがこれを支えているのです。本年も自信と誇りを持って、共に力を合わせて励んでまいりましょう。