異分野連携による新しい電気科学研究の展開に期待する

【2011年07月01日】

岡田 泰伸
 自然科学研究機構 理事
 生理学研究所 所長
 日本生理学会 会長

 私はこれまでの40年間の研究生活を、電気生理学的手法を基軸にして送ってきた。だからこの原稿依頼を受けた時点では、電気と私自身や私の研究生活との関わりについて記述すればよいと気軽に考えていた。しかしあの3月11日の東日本巨大地震と大津波から福島第一原発事故へと続いた大災害の衝撃を受けた今、気重ではあるが原子力発電に関連した記述を避けては通れなくなった。
 熱エネルギーを機械エネルギーに変換し、発電器を介してそれを電磁誘導的に電気エネルギーに変換するという発電法において、核分裂反応によって生ずる熱エネルギーを用いる原子力発電は、化石燃料や天然ガスを用いる火力発電法に比べて、その効率性や(CO2、NOX、SOXを出さないという意味での)「クリーン」性において優れていることは釈迦に説法である。しかし、事故によるリスクの点でそれは圧倒的に劣っていることが改めて白日のもとに晒された。加えて実は、使用済の放射性廃棄物の最終的処分には、それが無害となる(10万年とも言われるほどの)超長期間後まで(地層処分等によって)安全に保管するよりほかなく、その実現は、殊に地震の多い私たちの国土においては、実際上不可能であるということが忘れられがちである。これを解決するための学術研究こそが、原発推進よりも先決的に行われなければならないことなのである。更に遠い将来の熱エネルギー源を核融合反応に求めるために、それに向けたたゆみない学術研究もまた必要である。
 リスク分散を考えれば、異なる原理によるいくつかの発電法を併用する必要がある。現在の多くのリスクは熱エネルギーを得る所にあるように思われるので、水力や風力や波力(や人力も?!)で直接に機械エネルギーを得て発電させる方式も、それぞれ弱点はありつつももっと採用すべき選択肢である。光エネルギーを半導体光電効果によって電気エネルギーに変換するという全く異なる原理による太陽光発電方式が、更に大きな選択肢となるのも全く当然のことである。これに加えて、私は動物が体内で取っている発電方式に着目した研究がもっとなされるべきではないかと考える。
 動物細胞はその内的環境を画する細胞膜をはさんで、およそ100 mVの電圧差を作り出している。膜の厚さは10 nmにすぎないので、1 cmあたりに換算すると100万ボルトという大きさとなる。その一過性放電を通じて神経や筋肉は不断の働きをしている。また、デンキウナギやシビレエイでは、それを積み重ねた発電器官から数百ボルトの放電も可能にしている。これは、基本的には細胞が生産したATPの加水分解エネルギーを超効率的に(100%に近いエネルギー効率で)利用するポンプ(とよばれるタンパク質)の働きによって、細胞膜内外のイオンの分布に大きな差をつけて(いわゆる濃淡電池として蓄電して)おき、特定のイオンを通すポア(チャネルとよばれるタンパク質)を必要時に開いて放電するというやり方である。生体外で廉価に能率よくATPのような化学エネルギー源を生産し、それを高効率に利用するポンプにあたる装置を配したシステムを創出することはすぐには困難かもしれないが、長期的には研究に値する。より短期的・現実的には、自然に存在するイオン濃度勾配(例えば海水と淡水)をそのまま利用することも可能だろう。おそらくこの原理は(水の濃度勾配を直接利用するのではないので、このネーミングは適切とは思えないが)「浸透圧発電」として既に注目され始めているようだ。しかし、この発電法には(イオン通路の目詰まりなどの)技術的問題点が内在しており、その克服には生体が示しているイオンチャネルなどの仕組みの巧みさに学ぶことが推奨される。このようなことの実現によって、電気エネルギーに依拠した現代社会を、電気化学的エネルギーに依拠した新しいバイオミメティックなエコ社会に換えることができるかもしれないと、私は期待している。
こういった新しい研究には、異分野の連携が不可欠であり、多くの研究者による共同研究が求められる。わが国にはそれを有効に実現するための大学共同利用機関というユニークな仕組みと場がある。私が所属する自然科学研究機構もそのような組織体であり、国立天文台、核融合科学研究所、分子科学研究所、基礎生物学研究所と生理学研究所の5機関によって現在は構成されている。いずれも電気に大なり小なり関係はしつつも電気科学を直接研究対象とはしていない。しかし、異分野交流・連携には熱心であるので大いに利用いただくことはできるだろう。それに止まらず、異分野連携による新しい電気科学の展開を組織的にも可能とするような大学共同利用機関を、電気学会コミュニティを基盤にして新設する取り組みをされてはいかがであろうか。最後はいささか我田引水的ともなったが、電気学会の将来の青写真にも関係した、まさに時を得た議論の展開への誘い水ともなれば幸いである。

電気学会・学会誌7月号