年頭のあいさつ(2013年)

【2013年01月10日】

所長 岡田 泰伸

生理学研究所で働き、学ぶすべての皆さん、新年明けましておめでとうございます。

 昨年は、東北大震災復興費のための給料カットの実施や、人事院勧告による退職金引き下げの決定など、研究教育職員や技術職員にはつらい思いをさせました。一方、超高圧電顕機能高度化やミクロ・コネクトミクス研究用装置(3D-SEM)の導入が実現したり、年末には生理科学専攻を含む総研大4専攻に「卓越した大学院拠点形成支援補助金」が交付されるなど、うれしいこともあった一年でした。2013年は、本当によい年であるよう念じるばかりです。

 さて、本年は夏までに大学・大学共同利用機関に、機能強化のために「ミッションの再定義」を行うように国から求められていますので、新年早々からその準備に取りかかる必要があります。生理学研究所の最終目標は「人体の機能を総合的に解明すること」であり、このような人間生理学研究に向けて、現在は、“人体の仕組みを脳機能を中心に解明”している段階から、“人体の脳と他臓器・心との相互作用の因果律的解明”を行う段階へとステップアップ中であると位置づけています。その中で、当面のミッションは、①世界トップレベル研究推進、②共同利用研究推進、③若手研究者育成・未来科学者発掘、この3点であることは既に確定していることであり、これらの基本を変える必要はありません。ただ、今回の「再定義」は、独立行政法人研究機関との違いをより鮮明にすることと、最も大きなキーワードとしてグローバル化を実現することが挙げられており、これらを考慮した上で、実績データと今後見込まれる成果見通しに基づいた形で、外部から見てより明確かつ判りやすい形で再確定をする必要があるということなのです。
 詳細は教授会のワーキンググループに検討していただく予定ですが、少し私の考えを述べておきます。ミッション①については、その研究の質として、開発型の研究をトップダウン的に行うのではなく学術的基礎研究をボトムアップ的に行うというのが私達の基本的立場です。長期的展望で息の長い、そしてスケールの大きい研究をしなければなりません。幸いなことに最近のトムソン・ロイターの調査では、2006-2011年の相対被引用度において、生理学研究所はPhysiologyの分野で、ハーバード大学やチュービンゲン大学と並んで(ケンブリッジ大や東大や京大や理研より上位の)トップレベルにあることがわかりました。今後はNeuroscience分野ででも更にグローバル的トップ研究機関となれるように努力する必要があるでしょう。その意味で、ミッション①は「世界トップレベル生理学・脳神経科学研究の創発的推進」といった表現に改める方がわかりやすいかもしれません。
ミッション②の遂行は、このミッション①の実現を基盤にしてこそなしうるものです。大学における学術的研究環境の低下が進行する中、全国ネットワークの形成でこの危機を乗り越える必要があります。大学共同利用機関としての生理学研究所は、大学の先生方にとって“ここに来れば集中して能率よく研究を進めることができる”という場を、短期滞在型共同利用研究のみならずサバティカル的長期滞在型共同利用研究の受皿も含めて提供すると共に、全国的ネットワークの形成でわが国の学術的研究力の低下を防いでいく必要があり、その中核を担う使命があると思います。その意味で、ミッション②は「生理学・脳科学の共同利用研究推進と全国ネットワーク形成」といった内容と表現に改める方がわかりやすくなるでしょう。共同利用研究推進を更に強力に推進していくために、いま最も求められている研究用設備は、配備済のミクロ・コネクトミクスと結合してマクロ-ミクロ・コネクトミクス研究を可能とするための7テスラfMRI装置の導入です。一方、全国ネットワーク形成機能を更に強化するためにコミュニティから強く要望されているのが、ニホンザル繁殖・飼育・供給のための施設の岡崎(又は近郊)での新設です。
ミッション③の「若手研究者育成」とは、大学院生の教育や、全国の学生・院生・若手研究者を対象にした生理科学実験技術トレーニングコースによる実習や、多次元共同脳科学推進センターによる異分野連携脳科学教育コースなどの活動を指し、「未来科学者発掘」とは、学生や子供達やその親・祖父母達を対象とした各種広報・情報発信の活動を指します。大学院生の教育は、総研大教育と特別共同研究員制度による他大学から受託しての大学院生教育と、他大学研究者に帯同の大学院生への共同利用研究を通じての教育協力という3面で行っています。殊に、生理科学専攻として私達固有の大学院生の教育を行っている総研大教育には、次のような画期的な長所があります。総研大への入学者は、必ず他大学のコースから飛び出してきたという高いポテンシャルを有しています。更には、これらの大学院生は往々にして分野や学閾を越えて生理学・脳科学の分野に参入してくれるので、私達のめざす分野を跨ぎ超える新しい質の研究に、大きな刺激と力を与えてくれるのです。また、大学共同利用機関では、多くの大学からの、多種の異分野からの、そして種々の国からの共同利用研究者との普段・不断の接触を得ながら学ぶことができるのです。今後は更に、多くの外国人留学生も受け入れて、生理研の教育のグローバル化を深化・進化させて行くことが肝要と言えるでしょう。それゆえに、ミッション③は、「分野跨超性・国際的若手生理学・脳科学研究者の育成と発掘」といった表現がより適切だと思われます。
 少し脇道に逸れますが、ここで総研大の重要性について追記したいと思います。総研大は、学部も修士課程も持たない博士課程のみの大学院大学であり、そのような大学は我が国で唯一無比であります。我が国の高等教育の最大の欠点は、多くの優れた大学生が他へ移動せず、同じ大学の修士から博士への大学院コースをとって、同じ大学のポスドクや常勤教員職に就くといった単線性・蛸壺性にあり、その傾向は法人化後の大学院生囲い込みで更にひどくなってきています。博士課程入学者をすべて他大学から得る総研大こそが、我が国の研究者育成・教育における最大の弊害である単線的・蛸壺的教育を打ち破るものなのです。総研大教育が新しい大学院教育のロール・モデルとみなされることになるように充実・発展させることで、我が国の学術研究の革新をもたらすことができると思うのです。加えての総研大の強みは、大学共同利用機関を基盤機関として教育が行われる点にあります。そこには最先端の研究用装置・研究技術が配備され、トップ研究者を教員として擁しているばかりでなく、全国の大学や海外からの研究者との共同研究を通じて教育を受けることができ、優れた学際性・国際性を身につけるのに最適の環境が与えられています。それらの強みを、もっともっと宣伝すべきだと思います。実は、私個人の研究の転回も、(このような新プロジェクトを共に切り拓く院生を求むと記したホームページを見て)異分野から参入してくれた大学院生を得て開始が可能となり、その展開は他の国立大学の異分野研究者との共同利用研究からの助けも得て成し遂げることができたのです。
 グローバル化については、先に指摘した被引用度指数などの指標においてグローバル的トップ研究機関であり続けるべきことに留まるものではありません。優れた欧米研究機関との研究交流・共同研究や、それらからの客員教授の受け入れなどによって、最先端の国際的研究拠点としての機能を果たし続けなければなりません。それについては、「日米脳」事業の継続・拡充や、チュービンゲン大学との学術交流協定の実質化が環となることでしょう。独法研究機関のように破格の待遇で、欧米から著名な研究者をひっぱってくる財力はありませんので、私達の国際性やグローバル化は違った形で実現しなければなりません。私達の研究機関の国際的役割を、地球的規模に押し広げていくためには、まずアジア諸国との学術交流を推進することが極めて重要であり、それは特に教育を通じてのものになるでしょう。大発展過程にある中国や韓国は、研究者や若者が主に米国の方を見ている上に、現在の我が国との困難な関係も加わって、多くの留学生やポスドクをこれらの国から得ることは当面は難しいものと思われます。この問題の解決には時間がかかるかもしれませんが、周りの環境から条件を整えていくことが得策でしょう。その意味でも当面は、東南アジアや中央アジアからの受け入れに力を移して行くべきものと考えます。私自身はこれまでに、中国から10名、ウズベキスタンから5名、バングラディシュから3名の院生・若手研究者を岡崎に受け入れてきましたが、すべて優秀で、大きな成果をもたらしてくれました。その要因としては、親交の深い教授から、信頼のできる人材を送っていただいたことが大きかったと思います。そのような教授との親交も、ご本人や娘さんを留学生や奨学生として受け入れたことから始まったものであり、国際交流においては人と人のつながりがいかに大事であるかの証左だと思います。東南・中央アジアからの留学生やポスドクの受け入れが、更に将来において優れた若い人材の受け入れを拡大再生産するというポジティブ・フィードバックを生み出すのです。そのような人材の流れが、ひいては中国や韓国などの東アジアとの交流へとも波及することになると思うのです。そしてまた、このような研究・教育を通じての国際的な人と人のつながりが、10年先には国と国との(思想・信条や歴史認識における事情を越えてもの)友好関係を作り上げることの基礎を与えることになるのです。それに関連して思い出されるのは、日本留学の経験のある周恩来元首相による日本人戦犯への厚遇や日中国交回復への尽力であり、彼が生きていれば今の状況もきっと異なっていただろうと思うのです。既に形成されているタイやウズベキスタンとのパイプを更に太くし、またパイプのない東南・中央アジアの国々とは新たにそれを構築して、優れた外国人留学生や若手研究者をアジアから受け入れて、生理研と総研大・生理科学専攻の国際的役割を高めると共に、研究マンパワーを強化して、グローバル化をその意味でも実現していきたいものです。それゆえ、新しいミッション④として、アジアにおける「生理学・脳科学の国際的研究・教育拠点構築」を打ち出すことにするのがよいと思います。
生理学研究所には、優れた技術者集団としての技術課があります。技術課の皆さんには、生理研全体の基盤としての研究装置・情報システムなどのインフラの維持や、各種行事の運営サポートや、出向先の部門・施設での技術サポートなど、まさに“縁の下の力持ち”として研究所を下支えしていただいています。その上に、私は所長就任後に技術課自身が主役となる2つの取組みの開始もお願いしてきました。その1つは「生理学実験技術データベース」の構築であり、もう1つは「人体・脳四次元イメージング」の製作です。前者については、第1段階の目標としてお願いしていた100件を、遂に本年始に達成していただくことができました。これを更にブラッシュアップしていただくと共に、更に新しい技術データを追加し続けていただきたいと、改めてお願い致します。そして、この100件を越えた今、このデータベースのバナーを生理研ホームページのトップページにもってきて、広くアクセス・利用していただき、フィードバックもより多く得られるようにしていただきたいと思います。後者については、前回の「一般公開」をめざして作製されてきたのですが、それ以降あまり進んでいないように思われます。次回の「一般公開」がもう1年半先に迫っていますので、人体・脳四次元イメージングのバージョンアップをお願いしたいと思います。人体や脳の種々の箇所をクリックすれば、これまでに各部門・施設で得られてきた画像が説明と共に現れてくるようなものを作り上げてはいかがでしょうか。そのためには、教授や研究者の皆さんからも積極的な協力をいただかなければなりませんので、その点を先生方に私から強くお願いしたいと思います。昨年の技術課の取り組みで目立った1つに、理科教材としての「マッスルセンサー」作製における数名の技術職員の協働が挙げられます。今後も、このようなコーワークが促進され、質の高い技術力の獲得とそれによる成果の発信がなされることを期待しています。そのようなことから、来年度からは「データベース賞」の他に、「四次元イメージング賞」と「コーワーク特別賞」を設けていただき、これらの取り組みを促進していただけるよう、心ばかりではありますが寄付もしたいと思っています。そしてもう1つ、全国の大学や研究機関において、その数が次第に減っていく中で往々にして孤立的に頑張っている技術職員に手をさしのべて技術交流し、できれば共同的技術開発も行うなど、技術課には、その技術者ネットワークの中心を担っていただくという役割も果たしていただきたいと思っています。

毎年述べていることではありますが、私達が携わっている学術研究の成果は、殆どの場合、すぐには人々の生活に直接的に役立つ形で結実するものではありませんが、文化として、そしてゆくゆくは生活・産業・医療などにおいて役立つものを生みだす土壌として、我が国や人類の将来を根底から支えるものであります。自信と誇りと希望をもって、毎日の地道な努力で“よい仕事”をしていただくよう、研究系・技術系・事務系の全職員と大学院生の皆さん方にお願いしたいと思います。今回で私からは最後となりますので、つい長々と多くのことを書いてしまいましたが、私も皆さんと心を1つにして努力する所存であることを述べ、所長からの年頭のあいさつといたします。